聖六重奏 1.5話 Part1
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1.5話「透明少女の行方」

 

 

 

糸を垂らす聖女

 

 

 

「杪。あなたの身体能力の高さは私が一番知っているつもりです。どういう事ですか」

 翌日、授業の後に当然の様に僕を含めた五人が尖塔に揃った。

 議題は勿論、右足にギプスをはめている杪さんについてだ。

「あれは一種の、術式かな。少なくとも、悪霊の仕業じゃない」

 今、さらりとすごい事を言ったな。

 それはつまり、学生か、教職員の誰かが杪さんを狙って術を使ったという事だ。

 三階からの高さでしたのだから、脅しじゃない。本当に命を奪うつもりで。

「まあまあ、そんなシリアスな顔しなくっていーって。あたしが多方面に恨みを買ってるのは周知の事実だし、そう簡単に暗殺されるつもりもない。寧ろ、冰たん辺りに注意を呼びかけたいね。あたしよりずっと繊細なんだから」

「……杪さん」

 冰さんは泣き笑いみたいな顔になって、俯いてしまった。

 でも、一番まともな顔が出来ていないのは他でもない、会長だ。

「杪。犯人の目星は?あるのなら、名簿に印を付けて下さい。片っ端から尋問します」

「おいおい、もえたん。だからそういうのは良いって。あたしは大体無事なんだから、そう怖い顔しなすんな、美少女が台無しだよ?」

 杪さんは会長に後ろから抱き付いた。いつもなら笑いが起きる場面なんだろうけど、今は空気が重い。

「杪、私は真剣です。下手をしたら、あなたを失っていたのかもしれないのですよ?それに校内の殺人未遂事件を放置するなんて出来る訳がありません」

「萌。そういうのは本当にありがた迷惑だ。これはあたしの売られた喧嘩なんだ」

 もう、杪さんの顔からは余裕の笑みが消えていた。

 会長を抱き竦める腕は、いつしか会長を羽交い締めにする様な形になっている。

「その体で、何が出来ると言うのです」

「あたしの退魔器は足なんて必要じゃない。その気になれば、ここからでも校内中の生徒をやれる」

「一人の捜査能力には限界があります。まさか、本当に全ての生徒を攻撃する気はないのでしょう」

「…………でも、あたしは」

「私とあなたは他人じゃない。ここに居る皆もそうです。今回の件をあなただけに押し付けて、いつも通りの日常を送れるとでも思っているのですか?」

 杪さんは逡巡して。

「ごめん」

「あなたは何もかも背負い込み過ぎです。他人に愛を注ぐ前に、どうか自分を愛して下さい」

 会長は杪さんの腕を優しく取り、逆に抱き締め返した。

 すると、杪さんは静かに目を瞑り、その端から、涙を零した。

「冰。教職員方にも協力を仰ぎましょう。HRでこの事を広報してもらう様に伝えて下さい。ここ最近あった妙な事に関して、投書を受け付けます。森谷さんは投書箱の用意を。河原さんは一年生の成績最上位者に会って来て下さい」

 杪さんをあやす様に抱きながらも、会長は次々に指示を飛ばした。

 そして、僕への指示。成績最上位者に会う。それが意味する事は。

「その人も、一年生から選出される生徒会役員、ですか」

「はい。書記を務めて頂こう、かと」

 そういえば、僕の役職は何になるのだろう。

 まだ一度もその話が出ていない気がする。

「放送で空き教室に来てもらいましょう。二階の二○○教室、わかりますね?」

「は、はい!」

 流石にそれぐらいはわかる。

 というか、それがわからなかったら本当に馬鹿扱いされてしまう事だろう。

「一応、顔写真とプロフィールも渡しておきましょう。明日からはここに来る様に伝えておいて下さい。それが終わりましたら、そのまま寮で休んでもらって結構ですので」

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 筒ヶ内(つつがうち)些希(さき)。

 会長から渡されたクリアファイルには、彼女の写真と簡単なプロフィールの印刷されたA4用紙が挟んであった。

 といっても、資格や受賞歴は特になし。中学以前にクラブ活動はしておらず、家族構成ぐらいしか彼女の情報はなかった。

 写真はと言えば、とても高校一年生には見えない様な美人が写されていた。

 パールピンク、というのだろうか。薄いピンク色の髪と、切れ長の瞳が特徴的だ。

 杪さんとはまた違ったタイプの大人っぽい美人との出会いを楽しみにしながら、教室に向かう。

 迷わずに到着。まだ来てない様だ。

 ドアをスライドさせ、中に入る。

「――こんにちは」

 瞬間、教室の中から声が聴こえて来た。

「え。あ、こんにちは」

 全く気配なんて感じなかったのに、窓際に筒ヶ内さんは居た。

 実際に会った筒ヶ内さんの身長は意外と低く、会長とほぼ同じぐらい。百六十ギリギリない、といったところだろうか。

「河原、聡志君だったかしら」

「うん。筒ヶ内些希さん」

「些希って呼んで。苗字、長いだけだから。聡志君」

「わかった。些希さん」

 些希さんは椅子ではなく、机に腰掛けた。

 僕もそれに倣って、適当な机の上に座る。

「声をかけられるまで、私に気付かなかったでしょう」

「う、うん」

 まるで気配がなかった。

 僕もそこそこには退魔の力を持っているのだから、もし気配を消されていても、彼女の通力を感じる事は可能だった筈なのに。

「私は、透明人間なの」

「……透明人間?」

 色々と非常識な人間の居るこの学校だけど、そんな人間は存在しないに決まっている。

 現に些希さんは、僕の目に映っているし。

「私の肌、病気でもしているみたいに青白いでしょう?それにこの髪も、染めている訳じゃない。生まれ付き色素が薄いの」

 胸まで伸ばされた髪をかき上げる。夕焼けに反射して、それはきらきらと光った。

「私がデパートに行ったとする。すると、その入口の自動ドアは開かないの。他の人が前に立てばちゃんと開いてくれるのに、私の存在だけを無視する。私は、機械に認識されにくい。いや、全く認識されない体質を持っている」

 第一声から、些希さんに明るい印象は持たなかった。

 だけど、輪をかけてその口調が暗く、淡々としたものになった気がした。

「小さい頃、悪霊に偶然出くわした事があった。あの時はもう、命はないものと思ったけど、悪霊は私を無視して行ったの。霊は人を目で見て感じるのではなく、通力で感じている。私の通力は、いつもその形を潜めている。誰も感じる事が出来ない」

 ここまで言われると、“透明人間”である訳がわかってしまった。

 そして、次に来るのは……。

「私は何もしていなくても、気配がない。人の視界に入っていたとしても、とてつもなく気付かれ難いの。かくれんぼをした時なんて悲惨よ?どちらかと言えばわかりやすい所に隠れていたのに、誰も見付けられなかった」

 何故、急に些希さんがこの話を始めたのかはわからない。

 でも、僕はこの話が、とても他人事には思えなかった。

 その所為で何も言えず、ただ聞き手に回ってしまったのだと思う。

「私はここにちゃんと存在している。触る事も出来る。声も聴こえる。だけど、誰も気付かない、気付けない。透明人間とどれだけの違いがあるのかしら」

 話を終えた些希さんは、無表情だった。

 悲しみがある訳じゃない。

 勿論、楽しそうに語った訳でもない。

「――でも」

 再度口を開いた些希さんの顔は、明るかった。

「退魔士になれば、これが利点になる。誰にも気付かれずに敵を狩る。そんな格好良い戦士に、私がなれる。この学校に入る事で、初めて私は私を好きになれる。そんな気がする。聡志君は、どう?」

「……え?」

 急に話を振られて、困ってしまう。

 僕は……些希さんみたいに辛い想いをした事が、あるにはあるけども、それは一時的なものだった。

 生まれてからずっと“透明”である事に悩んでいた些希さんと同列に置くには、あまりにも僕の過去は軽過ぎて……。

 こう答える事しか、出来ない。

「僕も、多分そう」

「蝙蝠」

 頬をぴしゃりとぶたれた気がした。

 痛い所を突かれる、というのは正にこういう事なんだと思う。

 自覚していた事を、初めて言葉にされた。それが、こんなにも恥ずかしい事だなんて。

「って言われたら、泣いちゃう?」

 些希さんは小さく笑っていた。

 悪戯っぽい、印象的な表情で。これで透明人間なんて、嘘だ。

「ちょっと、涙腺が緩んだ」

 事実。

「ごめんなさい。私、こんなだからどうしても捻くれてしまうの。でも根は良い子だから、許して?」

「自分で言うかな、それ」

「捻くれていますから」

 僕達は、顔を見合わせて笑った。

 その所為で涙が出て来たから、やっぱり僕は些希さんに泣かされた事になる。

 とても敵いそうにない相手だった。

「これは私の推論だけど、きっと皆そうよ。この学校の生徒って」

 何が。と返しそうになって、慌てて頭を働かせる。

 このままだと、あんまりに格好が付かない。

「退魔士の素質を持つ人間は、一般人とどうしても波長が合わない」

「そういう事。昔、退魔の力を持つ人間は神主だったり、巫女だったり、僧だったり、祈祷師だったり……どこか浮世離れしている存在だった。今もそれは変わらない。だから、どうしても人に馴染めない。だからそれから離れる。こんな学校の敷地内に森がある様な、田舎にやって来て」

 この学校も一応、町に属する。

 学校を出てしばらく行けば、それなりに賑わっているアーケードはある。

 だけど、その雰囲気は「田舎町」の域を出ていない。

 その証拠に、比較的空気が良いし、夜空も綺麗だ。

 今時、ちょっと珍しいぐらいに。

「聡志君。生徒会でしょ?」

 些希さんはどうも、脈絡のない会話が好きらしい。

「うん。明日から、塔に来て欲しいって」

「わかったわ。一緒に行きましょう」

「う、うん。些希さん、クラス何組だっけ」

 何気ない言葉だけど、ちょっと動揺してしまう。

 ただ、同じ一年だから一緒に生徒会室まで行く。特別な意味なんてないのに。

「私と聡志君、同じクラスよ」

「……あっ。ごめん」

 些希さんの顔がまた、曇った。

 最悪だ。

 数秒前の自分を殴りたくなって来る。

「というのは嘘。私は二組」

「なっ、些希さんっ!」

「十五年も“透明”やっていれば、それを利用してからかう術ぐらい覚えるわよ。ちなみに私と聡志君、本当にクラス同じだから」

 ……嘘、だよね?

「というのも嘘。五組」

「僕、人間不信になれそうな気がする……」

「もうなっているんじゃない?私は三組。聡志君と同じだから」

「うああああ!!」

 プロフィールにはちゃんと、一年一組と書いてあったんだけど、僕はそんな事も忘れてしまっていた。

 筒ヶ内些希。

 この人、実はすごく恐ろしい人なんじゃないだろうか。

 

 翌日。

 些希さんと一緒に尖塔へ向かう途中、新しく知った事がある。

 些希さんは、実は案外エロい。

 僕の腕にするりと腕を絡めて来た上に、何故か耳元でどうでも良い様な事をささやく。

「聡志君。聡志君は現文と古文、どっちが好き?」

「それ、雰囲気作ってから言う事!?」

「そんなのはどうでも良いの。はっきりと答えて。男の子なら」

 ……こんな感じ。

 何というか、すごく疲れる。

 ピンクは淫乱の法則、とかあるけどそれもあながち間違いじゃない気がする。

 些希さんの場合はピンク色がすごく薄くて、銀髪とほとんど変わらないけど。

「些希さん。そろそろ着くから……変な勘違いされちゃ不味いし」

「別に、私はそう思われても良いわよ?何なら本当に聡志君の、彼女になってあげても……」

「そ、そういう事は冗談で言わないでっ!」

 顔を赤くする僕を、余裕の表情で笑う些希さん。

 よく男子が「透明人間になって女湯覗きたい」とか言うけど、もしかしたら、些希さんならその逆バージョンをしているかもしれない。

 いや、流石に男湯に女子が居たら、存在感がなくても気付くか。

「……おい、河原てめぇ。リア充だったのか!?早速彼女持ちとか、洒落なってねぇぞ!おい!」

 ややこしいタイミングに、ややこしい人が来た。

「副会長なんて、葦原さんっていう彼女が居るのに、会長に浮気してるじゃないですか。リア充度は副会長の方が上の筈です」

「ばっ、あいつとはんな関係じゃねぇ!それに、会長は好きとかそういうのより、憧れてるって感じで……」

 本当、わかりやすいなぁ、この人。

 皆こんな人ばっかりだったら、世の中は平和だろうに。

「まあ、彼女はもう一人の生徒会の役員ですよ」

「筒ヶ内些希と申します」

 些希さんは僕の腕を離して、上品に一礼する。

「どっかの誰かと違って、殊勝な子だな。俺は森谷一刻。副会長だ」

 意外する役職にも、些希さんは驚かない。さっきの会話を聞いていたからだろうけど。

「今日は彼女さんと一緒じゃないんですか?」

「お前、一回ぶん殴られたいか?……冰は風紀委員会に先に行った。会長も多分そっちだから、今生徒会室に居るのは比良栄さんだけだろうな」

「ああ、ここの生徒会は風紀委員会を兼ねているから、会長が風紀委員長でもあるんだ」

「そういうこった」

 そうなると、会長の仕事量は半端じゃなく多い事になる。

 更に茶道部の部長までしているんだから、会長も大概バイタリティに溢れた人だと思う。

 あの小柄な体で、本当にすごい。

「とっとと行くぞ。会長不在の今、俺が会長の代わりにお前等を仕切るんだからな」

「えー……」

「……筒ヶ内、お願いだからこいつみたいになってくれるなよ」

「ええ。聡志君、こんな人でも先輩なんだから、最低限の礼儀は正さないと」

 えーと、些希さん?

 あ、もうあっち向いちゃってるから副会長には聞こえていないっぽい。流石、些希さん。

 

「おお、よく来てくれた若人達。もえたんは風紀委員会の方に行っちゃうし、暇で仕様がなかったんだぜ」

 ながーい螺旋階段を上りきると、杪さんが迎えてくれた。

 今日初めて杪さんは、やっぱりすごかった。

 何がって、やっぱりその、スタイルが。

「生徒が犯人の可能性が高い、となると風紀委員が動かない訳には行きませんからね」

 とは、副会長。

 いつも通りの席に座る。

 本当は会長の椅子に座りたかったんだろうけど、あいにく今の主は杪さんだ。

「ただ、一年はまだ役員が揃ってないから、河ちゃんにゃ頑張ってもらわないとねぇ。……って、そっちの美人さんはもしや」

「一年一組の筒ヶ内些希と申します」

 これまた、優雅な礼。

 育ちが良いんだろうな。どことなくお嬢様っぽいオーラがあるし。

「かわええのう。本当、ウチの女性陣は可愛過ぎて生きるのが辛いぜ。おねーさん、どぎまぎしちまう」

 杪さん、あなたも規格外の美人ですけどね。

「――さて、さっき当初箱の中身を回収して来たんですけど、結構入ってましたよ。早速」

 副会長は、杪さんが居る為か敬語。

 使い慣れてない感がばりばりだけど。

「学校で起きた、怪事件について、投書を集めたんですよね。まだ学校始まって二日しか経ってないのに、そんなに事件が?」

「あー、いや。休み期間中も含めて、だ。二、三年は春休みも部活やってたからな。多分、風紀委員が持ってった分もあるんだろうけど、投書は三通。それぞれサッカー部、バレー部、写真部のだ」

 成る程。そりゃそうか。二日で事件が起きまくるって、どんだけこの学校は魔窟なんだ、って話だ。

「読み上げてくれるかい?」

 杪さんの言葉。口調は軽いけど、声音は少し低い。真剣だという事だろう。

「はい。サッカー部員が練習試合中、何もない所で転んだ。本人は、何にもつまずいてないって言ってる」

「……杪さんと同じ感じですね」

 杪さんは、いつもなら造作のない着地をミスした。

「バレー部は……打ち上げたボールが、突然消える事があった」

「そりゃあ、ガチで怪事件だねぇ。まあ、そんな珍しい事じゃないけど」

 そうなんだ……。

 本当、何でもありだな、この学校。

「最後、写真部。現像前のフィルムが一本だけ、なくなった」

「ドラマみたいな話ですね。犯人が自分の写っているフィルムを盗む、みたいな」

「正にそれ、なんじゃないかな?じゃないと、使いきったフィルムなんて盗むメリットないし」

「聡志君もそう思う?」

 些希さんと顔を見合わせる。

 中々に息合ってるな、僕達。やっぱり同い年同士、通ずるものがあるのかもしれない。

「まあ、ボール一個、フィルム一本分の部費を余計にもらう、なんてセコい話じゃない、本当の事ってのは確かみたいだな。特に写真部は、ちゃんと状況とか聞いておくべきか」

 うんうん。珍しく正しい事言ったな、副会長。

「じゃあ森君がサッカー部とバレー部、河ちゃんと些希たんが写真部に行って来てくれないかな。あたしはここでもえたんと冰たんを待ちつつ、それとなく通力を探る事にするぜ」

「犯人の通力がわかるんですか?」

「うんにゃ。これは別件バウアー。悪霊の通力を探るのはあたしの使命さ」

 そうか。一昨日の悪霊を逸早く発見したのは杪さんだ。

 学校の敷地内ぐらいの範囲であれば、悪霊を見付けるのは造作ない事なのだろう。流石巫女さん。

「よっし。じゃ、またここに集合な。比良栄さん、留守お願いします」

「泥船に乗ったつもりで任せておけい」

 にやりと笑って、親指を立てる。

 手負いでも、絶対この人なら大丈夫。そんな安心感がある。

「ああ、そういえば河ちゃん」

「はい?」

「しっかり些希たんの事、エスコートするんだぜっ」

 吹き出さなかったのは、評価されて良いと思う。

 全く、毎回発言が突飛過ぎるって。

「は、はあ」

「そうよ。聡志君、お願いね?」

 そんな、些希さんも乗っかって来ないで……。

「……リア充爆ぜろ」

 副会長、あんた以上のリア充はそうそう居ないと思います。

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「で、私が先を歩く事になっているのは……」

「ごめん、些希さん。でも僕、写真部の部室とかまるでわからない」

 地図を見ろ?ははっ、あなたも無茶な注文をしなする。

 僕は地図を読めない人間なんだっ!そして、人はそんな人間を方向音痴と呼ぶっ!

 どやっ!!

「まあ、聡志君は地図読めなさそうな顔してるけど」

「……そんな顔してます?僕」

「アレよね。勉強は出来るけど、生活面がまるで駄目な人の典型」

「ぐへっ」

 思わず、踏まれた蛙みたいな声が出てしまった。メメタァ。

 些希さん、案外ズバズバ言う人だ。

「それに比べて、私はキャラがまるで読めないでしょう?」

「本当にね……」

「透明だから」

「それ、便利な言葉だね」

 存在感が薄い事と、無個性である事とは違うと思うけど、些希さんは未だに謎が多い。

 透明人間というよりは、ゴーストといった方がイメージには合いそうだ。掴み所がないから。

「そういえば、些希さんの退魔器って何なの?まだ見た事がないけど」

「どんなのか、当ててみて?……なんて言ったら、面倒臭がるかしら」

「うーん、本当、予想が付かないからなぁ。ヒントをもらえないと、無理そうだ」

 まず、近接武器なのか、間接武器なのかすら予想が付かない。

 暗器なんかも似合いそうだし、僕みたいに銃を使っても違和感がない。

 会長みたいな剣の可能性も十分に考えられる。

「ヒントは……そうね、有効射程は中程度。あまり相手と離れ過ぎると、色々と迷惑がかかる、って感じね」

「迷惑?」

「そう、味方や、周りのものに」

 離れ過ぎると、迷惑になる?

 機関銃か何かで、流れ弾や跳弾が危険、という事だろうか。

「時間切れ。こういう事よ」

 そう言うと、些希さんは右手を軽く掲げた。

 すると、その五本の指全てに、透明の指輪の様なものが現れ、そこから五本の光が伸びて来た。

「糸……?」

「そう。この『アラクネの糸』は蜘蛛の糸であり、鋭利なピアノ線。そしてまた、蚕の繭糸でもある。捕縛、攻撃、防御。三つの用途に使い分ける事が出来るの。中々に便利でしょう?」

「退魔器まで見えにくい、って事だね。流石透明人間」

「ええ、透明だもの」

 些希さんは得意げに笑って、更に糸を伸ばした。

 やがてそれは一つの毛糸球の様な形になる。

「それは?」

「アリアドネの神話。聡志君は直ぐに道に迷いそうだから、常にこれを垂らしながら歩いたら?」

「うっ……」

 い、言い返せないっ。

「なんて。これも私の退魔器の説明の一環よ。こうして丸めた糸を転がしておいて、それが踏まれると……」

 廊下に転がした球を、些希さんは自分の足で踏んだ。

 すると、ぐるぐるに巻かれていたそれが一瞬にしてばらけ、些希さんを捕らえようと網状に広がって襲いかかった。

 当然、そこは彼女自身の退魔器。直前のところで糸は消えてしまう。

「一種のトラップね。私の通力から作られたこの糸もまた、存在感が異常に薄く、通力もほとんど感じられない。こんな目立つボール状になっていても、相当注意をしないと見逃してしまうの」

「正に不可視の罠」

「ええ、透明だもの」

 これはもう、決め台詞だな。

「はい、ここが写真部室よ」

 些希さんはある教室の前で立ち止まると、ノックをしてから、ドアを開けた。

「失礼します。生徒会です」

「あ、ああ。投書を見てくれたんだ」

 些希さんと僕を迎えたのは、眼鏡の男子生徒だ。

 さらさらの茶髪で、理知的な整った顔。いかにも優等生って感じがする。

「僕は三年生の本田。一応、部長をさせてもらってる」

「一年の筒ヶ内です」

「同じく、河原です」

 部長さんは椅子を用意してくれた。

「フィルムが無くなった、という事でしたが」

 切り出したのは僕だ。

「そうなんだ。それは、彼女……西本君の撮ったものでね。西本君、君自身が話してくれ」

「はい。わかりました」

 西本、と呼ばれた女子がやって来る。

 その顔に見覚えはない。二年生だろうか。

「何を撮っていたのか、教えてもらえませんか。後、誰か人を写した、だとか」

 と、些希さん。

「はい。あのフィルムは、日曜に町に出た時に使ったものです。被写体は主に建物と、公園の木や遊具ですね。建物は人が入らない様にしていましたが、公園は人が写っていた方が“らしい”ので、特に気を付けてはいませんでした」

「……日曜に公園、か」

 メモを取っておく。恐らく、その公園で撮った写真の中に犯人が写っていたのだろう。

 早い内に、聴き込みなり何なりをする必要がある。

「その他には、本当に何も写していませんか?何か、変な物や、変わった景色だとか……」

「私はどちらかと言えば、建築物の写真を撮るのが好きで、公園で撮ったのはほんの気まぐれでしたからね……何も無いと思います」

「わかりました。ありがとうございました」

 十分な情報は手に入った。

 副会長がどれほどの情報を得ているかわからないけど、進展は確かにあったと言えるだろう。

「それじゃ、些希さん」

「ええ。もう戻りましょう」

 椅子から立ち上がる。

「ご協力、ありがとうございました」

「いえいえ。また何か、思い出す様な事があればお伝えしますね」

「ありがとうございます」

 

 

 塔に戻ると、丁度副会長も戻って来たところだった。

 特に有益な情報は得られず、その後、会長と冰さんも加えた五人で件の公園で聴き込みをしたが、写真部の西本さん以外の学生を見た人は居なかった。

 そうして、事件発生から三日目の生徒会の活動は終わった。

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