聖六重奏 3話 Part1 |
三話「小さな死神と目立たないラッパ吹き」
帝王の大鎌
この学校において、生徒会が決めることは多い。
いつか、会長が冰さん達に休学処分にする、という発言をした通り、休学、退学も生徒会が決めることが出来る。
後は、各部活の予算や、文化祭や体育祭の内容について、各学年の校外学習の行き先についてなど。まあ、この辺りは普通かもしれないが、全てが生徒会の独断で決まるのが特徴で、各委員や部長を招集することはない。
これは、それだけ生徒会には優秀な人材が集まっているから、いちいち会議を開く必要はないだろう、という判断に寄るらしい。
そんなことに時間を割くぐらいなら、勉学と退魔士としての修行に励め、というのがこの学校の方針だ。
でも、そんな独裁政治をしているものだから、度々不満を申し立てに生徒が塔まで乗り込んで来ることもある。
――今回は、番外編として、その様子をご覧頂きたい。
「会長、居るかしら?」
生徒会室の扉が開かれ、よく通る声が響いた。
素人では出せない様な、お腹から発声したプロの声だ。大声なのに、ぶれていないし、割れてもいない。
「おお、おお、誰かと思えば、ふーたんであったか。相変わらずちまっこくて、可愛いのう」
「う、うるさい!未来の王に対して頭が高いわよ!」
生徒会メンバーの聖域(魔窟かも)に乗り込んで来たのは、黒髪を腰まで伸ばした女生徒だった。
身長は冰さんぐらいちまっこく、意外にもグラマラス。顔だちはかわいらしいけど、不敵なその表情からは女王様の様な威厳を感じる。
「で、そんなふーたんがもえたんに何の用だい。今日は掃除当番だから、もえたんは遅れて来るぜ」
「そう。じゃあそれまでここで待つわ。私は直訴に来たのだから、言伝てを頼むのはありえないもの」
一方的に言うと、その人は奇しくも副会長の椅子に座った。
まだ部屋には一年生と杪さんしか居ない。
「あはは、森君の席だ。でよー、ふーたん。今ここに居るのは、この学校の未来を担う一年生の二人なんだが、二人ともふーたんを知らぬ様子。自己紹介など、してみてはどうかな」
「この私を知らないとは、不埒な生徒も居たものね。でも良いわ。名乗ってあげる」
ふーたんさんは椅子から立ち上がって、髪をかき上げながら名乗った。
「私の名前は鳳風月!フェニックスの鳳に、風雅なる月光の調べと覚えなさいっ!クラブは演劇部に在籍、部長の座を後輩のかなみに譲りながらも、圧倒的カリスマと演劇の才能で部を導く三年生きっての逸材。生きながらにして伝説。生まれながらにして天上天下、唯我独尊の名を欲しいがままにする、至高の人物と心得なさい!」
きっちり一呼吸で大見得を切ると、そのまますとんと椅子に座り直した。
なんというか……濃ゆい人だ。
杪さんも大概強烈なキャラクターを持っていると思ったけど、これは下手をするとそれ以上だ。
「この学校に丸二年居るだけはある、って感じね」
小声で些希さんが呟いた。些希さんみたいに人に気付かれにくくない僕は、あまり大きな声では返事が出来ないけど、全くその通りだと思う。
「あ、僕は……」
「良いわ。知っているもの。河原君に、筒ヶ内さん。生徒会の役員というのは、あなた達が思っている以上にこの学校の有名人よ。一目置かれると同時に、嫉妬の対象にもなるわ。私は闇討ちの様なつまらない真似は好まないけど、夜道には気を付けておきなさい」
色々とすごい人だけど、一応後輩を心配してくれている、らしい。
ただ、ここまで人は尊大になれるのか、と思うぐらいの言い回しはなんというか、逆に恐れ入る。
「そういや、かなたんは居ないんだね?いつも一緒なのに」
「かなみ?あの子はいつも部室に来るのが遅いもの、待たずに来てしまったわ。まあ、あの子より私の方がきちんと用件を伝えられるもの、わざわざ呼ぶ必要もないわ」
自己紹介の時に名前が出ていた、今の演劇部の部長さんのことだろうか。
でも、この学校の演劇部の話はあまり聞いた覚えがない。
まだ授業が始まって一週間ほど、全然この学校のことがわかっていないけど、部員勧誘もなかった筈だ。
「二人しか居ない部員の片割れなんだから、もっとこう、百合百合しく行こうぜー。あたしはその方が良いなって思うよー」
「……二人、ですか?」
「そう、少数精鋭で構成されるのが我が演劇部よ。究極、演劇は一人が十役もこなせば、二人で十分出来るものなのよ。勿論、部を存続させる為に今年の一年から一人引き抜くつもりではあるけども、この態勢はこれからも変えないつもりよ」
話し方も独特なら、考えも独特な人だった。
自信満々に言われると、なんとなく正しい事を言っている気がするけど、実はそうでもないから注意しないと。
でも、そうして考えるとこの風月さんも、杪さんも話し方が上手なんだと思う。
杪さんは口調をわざとばらばらにして、相手のペースを崩して、自分のペースに持って行ってしまう。
風月さんは、その謎の自信で自分の意見をごり押しして、無理矢理に通していく感じだ。
曲者が揃いそうなこの学校で、人の上に立つ人はこんな話術を持っている必要があるのだろうか。……風月さんのは、あんまり真似しちゃいけない気がするけど。
「……遅れました。申し訳ありません……鳳さん。どうされたのですか?」
一通り、風月さんの人となりを知ることが出来た辺りで、会長がやって来た。
「ちぃーす」
「こんにちは」
続いて、副会長と冰さんの二年組も入って来る。相変わらず仲良しだなぁ。副会長爆発しろ。
「来たわね。高天原萌。私がこのタイミングで、あなたの前に現れる。この意味がわかるわね?」
「――なんとなくは。しかし、少し早過ぎはしませんか?」
二人の間に、にわかに緊張感が走った。
どちらかといえば小柄な会長に、それより背の低い風月さん。その容姿だけを見ていれば可愛らしい二人なのに、修羅か羅刹かといった殺気さえ放っているその様子は、宿命の敵同士にも見えた。
「急を要するの。月末に買うべきゲームが四本もある」
「予算は動きません。演劇部は活動実績も考慮し、部員数二名のクラブにしては破格の扱いをしている筈です。それで尚足りないというのなら、それはあなたのお金遣いが荒いだけでは?」
「演劇をしていく上で、必要な出費を重ねた結果よ。これでも、同人誌には自腹を切って、私もかなみも数万単位で資産を失っているの。これ以上の散財は学生の身には無理。わかるでしょう?」
「あなたの部の活動資金を、月割にしている理由がまだわからないのですか?あなたにはお金があれば、あるだけ使ってしまう典型的な浪費癖があります。それを抑える為、わたしは心を砕いているのですよ?」
「芸術活動に出費は必要なの。参考資料は多ければ多いほど良い。私の書く脚本が一定以上のクオリティを保ち、上演の度に大成功を収めているのは、偏にゲームや漫画の力なの。評価を受けている部活には、他の弱小を差し置いてでも優遇措置を計るべきではないかしら」
「この学校はあなたを中心に回っていませんよ、鳳さん。あなたの世界の中心はあなたでも、わたしは生徒全員を可能な限り平等に見つめています。弱小部活を切り捨てろと言いましたが、わたしから見れば、全ての部活が、生徒が同等の価値を持っているのですよ」
「ふっ、相変わらず綺麗事を並べるのが好きね」
「そういうあなたは、三年目に入っても、女王様ですか」
捨て台詞の様に二人がほぼ同時に言って、一先ず怒涛の口論は一時休戦に入った。
会長は、風月さんの剣幕に負けない様に努力をしていたのか、息が切れていた。対して風月さんは涼しい顔。長台詞にも慣れているのだろう。
「全く、あなたが会長になってくれたお陰で、今年は大荒れね。前会長なら、私の勢いに負けていたのだけど、流石に違う」
「あいにく、すぐ近くにうるさい娘が居るもので」
「……あれ、なんで皆あたしの方を見んの?あ、ああ、あたしには見えない妖精さん的なのが居る?いやー、やだなー、あたしのピュアハートもすっかりダーティになっちまったってことかー」
早口で言い切る。うん、やっぱり杪さんで慣れたんだろう。
「そっちが折れてくれないなら、仕方ないわね。私達演劇部は、生徒会に決闘を申し込むわ。賭けるのは部の活動資金。こちらが勝てば、それを二倍、負ければ半分にしてくれて構わない」
「たった二人で、勝つつもりですか」
「ええ。十分やれると踏んだ上での選択よ」
……決闘制度というのが、生徒会にはある。
生徒会は、ご存知の通り成績の優秀な生徒の集まりで、結果として退魔の力も強い生徒が集まる。
つまり、学校中の秀才の集まりな訳で、文武両道において最高峰のチームということになる。
生徒達は、徒党を組み、生徒会の管理するものを賭け、勝負を挑むことが出来る。これが生徒会との「決闘」だ。
元々は、生徒会が不正やえこひいきをした時の為、その対抗策として用意されたものらしいけど、長らくこの権利が行使されたことはなかった。
生徒会として、一般の生徒に負けるのは屈辱であるから、自然とその緊張感が良い生徒会を作ったからだと思う。
当然、今期の生徒会も素晴らしいものな訳だけど、風月さんは決闘で資金を勝ち取るつもりらしい。
「わかりました。今からグラウンドを開けてもらうとします。三十分後、下に集合で良いですね」
「ええ。首を洗って待っていなさい。私が最強だということを証明してあげる」
三十分後に集合、と言っても、部長だという人を呼びに行く風月さんとは違い、僕達は何もするべきことがないので直ぐに下りることが出来る。
「なんつーか、相変わらずっすね」
去年も生徒会の役員だったから、風月さんのことを知っているのだろう、副会長がぼやいた。
それに冰さんも同調する。二人とも根は真面目だから、風月さんの様なタイプにはどうしても憤りを感じるんだろう。
「あれで、部員……つっても、かなたんだけなんだけど、には優しいんだけどね。なんというか、スケールの大きいツンデレなんだよなぁ、ふーたんは」
杪さんは、苦笑しながらも、一定の評価をしている様だ。
会長は……ずっとぶすーっとした顔をしている。ここまでストレートに会長が感情を表すなんて、ちょっと珍しい。
それに、頬を小さく膨らませた顔は可愛いらしい。
「……皆さん、絶対に勝ちますよ。たった二人に生徒会の六人が負けたと知れれば、末代までの恥になると心得て下さい」
その表情を、いつもの済ました顔に戻したかと思うと、静かに、だけど反論を許さない調子でそう言った。
言い終えると同時に、まだ時間はあるのに会長の体に銀の鎖が現れ、右手には黄金の長剣が握られた。
体は小さく震えていて、据わった目から、それが武者震いだとわかる。
「珍しいですね、会長があそこまで……生徒会関連以外に、私怨でもあるのですか?」
些希さんが杪さんに小声で尋ねた。
気を付けないと、聞き逃してしまうぐらいで、これなら会長には全く聞こえていないだろう。
流石、長年“透明人間”をやっていない。些希さんは自分の特徴を完全に使いこなせているみたいだ。
「いーや、あたしが知る限りは特に。単純に、悲劇的なほどに二人のウマが合わないんだと思うよ。真面目なもえたんと、大真面目で覇道を歩んでいるふーたん。どっちも真っ直ぐだからこそ、二人は永遠に平行線、ってね」
「確かに、あの口論からして絶対に仲良くはなれなさそうですよね……」
さっき、会長自身も言ってたけど、会長は誰に対しても平等に接する。あそこまで人と喧嘩腰で話す姿なんて、一度も見た事がなかった。それぐらい相性が合わなくて、お互いが対抗意識を剥き出しにしているのだろう。
二人ともすごく可愛いのに、勿体ない。
「……些希さん、もう体は大丈夫?戦えそう?」
「うん。大丈夫。心配かけてごめんなさい」
頬を緩ませて、儚げに微笑む些希さんに、思わず目を奪われた。
その存在感の薄さから、地味な印象を受けるけど、やっぱり些希さんはすごい美人だ。それが改めてわかった気がする。
「い、いや、些希さんが元気なら、それで良いんだ」
そんなもんだから、思わずどもってしまって、杪さんが後ろで小さく笑っていた。
うう……やっぱり僕はまだ、女の人と至近距離で話すのが苦手かもしれない。
「会長ー、グラウンド空きましたー!」
「ありがとうございます。ごめんなさい。わざわざトンボまでかけて頂いて」
「いえ!これぐらいお安いご用ですよ!自分達、体育会ですので!」
「体育会は九月ですよ。体育会系、ですね」
「あ、そうでしたー!」
体育馬鹿の人達は、ひたすらに元気だった。
それにしても、会長は誰にでも好かれている。やっぱり、丁寧な物腰がその秘訣なんだろう。
しかし、そんな会長を豹変させてしまう風月さんは恐ろしい……あそこまで自信満々だったんだし、退魔士としての能力も相当に高いんだろう。
学校に通い始めたばかりの僕達では、どう頑張っても届かない高みに居る、そんな気がして来る。
「丁度、準備も整った様ね……さあ、かなみ、血で血を洗い、死が死を呼ぶ殺戮の狂宴を始めましょう!この魂の渇きを潤すのは、紅き血肉のみ。そしてこの世界は終焉を迎え、暗黒の世紀が幕を開けるのよ!」
……すごく個性的な演説と共に、風月さんが再登場した。
その後ろには、セミロングの茶髪の人が居る。これが、部長のかなみさんなんだろう。
「先輩……やっぱり、やめましょうよ。活動資金は十分ですし、私達だけで生徒会の皆さんに勝てるとも思えないですし……」
「安心しなさい。私が一人で全員の首を刈り取って見せてあげる。あなた達!先鋒にして、総大将は私よ!早く戦いを始めなさい!」
風月さんとは違い、大人しそうなかなみさんの意見を無視して、風月さんはすっと前に出た。
演劇部らしいプロの発声で、僕達を捲し立てる。
「良いでしょう。ですが、まだ当初の予定時刻まで時間があります。作戦会議はさせてもらいますよ」
「どうぞ。精々、巌流島の武蔵のごとく、私を焦らすことね」
殺気立った、猛禽類の様に鋭い目のままで、風月さんは仁王立ちになった。
気勢を削がれた反撃とばかりに、無言の圧力をかけ続けるつもりみたいだ。
「鳳さんの退魔器は大鎌。リーチ、威力、防御性能の全てにおいて高水準を誇る強力な武器です。が、彼女の鎌は刃も大きければ、柄も長く出来ています。つまり、近接では満足に戦うことが出来ない。――冰、あなたが一番有利ということになります」
最も有利、ということで冰さんが先鋒に決まった。
風月さんはまだ退魔器を見せていないけど、一年生以外は皆風月さんの退魔器を知っているらしい。冰さんは頷いて刀を出現させた。
その刃に氷のコーティングはない。いきなり本気で戦う、という訳ではないみたいだ。
「鳳さん。死力を尽くして、お相手させて頂きます」
「葦原冰、か。少しは楽しめそうな相手ね。良いわ。萌、あなたが合図をして」
「――始め」
風月さんが言い切るのに重ねる様に、会長がコールをした。
ほとんど不意打ちの様な、卑怯なタイミング。それを予め知っていた冰さんが走り出して斬りかかるけど、それに風月さんはもう反応していた。
「……あなたがこんな手を使って来るなんて、必死ね。でも、それで良いわ。でないと楽しめない――」
最上段からの振り下ろしを紙一重で避け、風月さんが退魔器である大鎌を顕現させる。
背の高さと同じぐらい長い柄に、二メートルはありそうな黒い刃を持った、死神のそれの様な鎌だ。
それが黒いロングの髪と重なって、一つの巨大な黒のシルエットに見える。
「『王者の鎌』。近〜中距離の退魔器の中では最高峰のものだけど、あまりに巨大だから乱戦では味方をも巻き込んでしまう。だから、仲間を頼らずソロプレイをする『王』にだけ使うことが許された退魔器……うーん、正しくふーたんの持つ退魔器だよなー」
杪さんが解説をしてくれる間も、冰さんは何度も撃ち込んだ。
二人に身長差はないから、冰さんはひたすらに威力のある振り下ろしで立ち向かう。
それを風月さんは、幅広の刃で全て綺麗に受け流し、同等以上の力で反撃もしている。
冰さんは懐に飛び込みきることが出来ず、武器相性の差を、見事に克服されていた。
「……冰れ!」
不利を感じたのか、始まって十太刀も重ねる前に、冰さんの刀から冷気が漏れ出した。
刃には厚い氷が張られ、それと同時に冰さんの表情も厳しく張り詰める。
「春先には、まだちょっと寒いわね……面倒だからさっさと決めるわよ」
それに合わせて、風月さんは鎌を下段に構え、一気にそれで半月を描く様に切り上げた。
後ろに跳躍してそれを避けた冰さんは、両手で氷の刀を持ち、飛びながら斬りかかった。
体重と、凍て付く霊力の乗った強力な一撃を受け止めるのは危険だと悟ったのか、風月さんはそれを身を捻って避けるが、追撃の横一閃が襲いかかる。
「流石に本気は速いわね……」
冷気を帯びたそれを鎌の背で受け止め、反撃をしようとしたが、冰さんはもう風月さんの後ろに回っている。
風月さんは鎌を一気に手元に引き寄せ、回転斬りで切り返す。
あれだけ大きな武器を持っていると、素早く動き回ることはやっぱり難しい様だ。それに比べて、刀一本だけの装備で、元から身軽な冰さんは圧倒的なほどの俊敏さで戦える。
見た目の構図では、冰さんが有利に見えるけど……それを見守る会長は、いまいち浮かない顔だ。
「持って後、十太刀……鳳さん相手に二人も消費することになるのは、正直痛いのですが」
含みのあるその言い方に、疑問が生まれる。
風月さん相手に二人という戦力を割くことが、痛手となる?
それではまるで、風月さんは前座に過ぎず、真の敵は二年で、こういうとアレだけど、地味な印象を受けるかなみさんだと言っている様なものだ。
「はあぁぁぁ!!」
冰さんが上段に構えた刀を、大きく振り下ろした。
それが軽く避けられると、次の瞬間には横に一閃。最後に渾身の一太刀が落とされた。
剣術なんて、ゲームで見るものしか知らないけど、その技の名前は僕にもわかった。
――燕返し。
飛び上がる燕を確実に斬り捨てるという、必殺の三連の剣閃。
佐々木小次郎が編み出したという、必殺の技だ。
よく考えてもみれば、冰さんの退魔器はその身に余るほどの長刀……佐々木小次郎の愛剣、物干竿にも似ている。
完成された技と、完璧な条件。それに氷結の霊力が合わさり、その威力は本家のものを超えたと言えるかもしれない。
「燕返しが最大の効果を発揮するのは、初見の相手に対する開幕一番……でも、あなたの成長も大したものだわ」
凍り付いた大鎌を手に、風月さんは素直に称賛の言葉を述べた。
だけど、冰さんはその目の前で刀を地面に突き立て、倒れてしまった。
「え、えっと、どうなったんですか?」
冰さんの太刀筋を目で追うのに必死だった僕は、それに対して風月さんがどう動いたのかよくわかっていない。
結果は、風月さんの方が上手だったということみたいだけど、どうにも納得出来なかった。
「単純な話です。燕返しは真剣での一騎打ちには有効でも、武器が異なる場合には然程有効な技ではありません。勝算は、冰の霊力と腕力が鳳さんを上回った場合にのみあったのですが……守りも一級品なのが、彼女の恐ろしいところですね」
冰さんが戦線を離脱したことで、風月さんの鎌を覆っていた氷も全て溶ける。
僕が見ている限り、風月さんは基本的に防戦一方だった。それなのに、冰さんを綺麗に往なしてみせた……改めてその小柄な体を見ると、巨人の様な圧迫感を持って見えた。
「んじゃあ、あたしがぱぱっと出て、ぱぱっと相討ちぐらいになっておきますかね。どーせかなたんには全く歯が立たないんだし」
「え、杪さん、戦うんですか?」
松葉杖を突きながら、杪さんが前に出て来て思わず驚いた。
まだまだ本調子じゃない……どころか、いくら杪さんの運動神経が良くても、まともに動ける筈がない。
そんな状態で、風月さんという強敵を相手にするのは、あまりにも無茶な話だ。
「はい。お願いします。どうせ天道さんには無力なんですから、きっちり役目は果たして下さいね」
「にゃはは……容赦ねーなー。ま、ふーたん相手なら、あたしの相性の良さは鬼だって。きっちり冰たんも疲労させてくれたみたいだしね」
三年生の二人の間では、何か定石の様なものがあるみたいで、欠片も会長は心配していないらしい。
杪さんは手元に「千曳岩」を顕現させると、軽く手を上げて風月さんに合図する。
それから、会長が「再開――!」と宣言し、二人の戦いが始まった。
「黄泉の国は過去の国。二千と四十一振りの冥刀を再び!」
詠唱と共に十二角形の方陣が浮かび上がり、召喚されたのは妖怪や亡霊ではなく、幾本もの刀だ。
それぞれが強烈な霊力を持っていて、並の退魔器とは比べ物にならないほどの存在感がある。
その一本一本が、ロケットかミサイルかの様な速度で、風月さんに向けて殺到する。
「杪、あなたの攻めも単調ね。そろそろ完全に見切れるわ!」
驚くべき速度で刀は放たれているのに、それをすいすいと風月さんは避けて、大鎌を振り上げて杪さんに肉迫した。
最上段からの一撃は、とてもではないけど防御出来そうにないし、今の杪さんでは避けることも出来ない。
絶望的にも思える状況だけど、杪さんの口元には笑みがあった。
「ふーたん。今の世にはこんな格言があって、だな……『レベルを上げて物理で殴れ』!どんな術よりも、直接ぶん殴った方が楽で、しかも強いってことさ!」
急に魔本を閉じたかと思うと、その背表紙を鎌に向けて、叩き付けた――!
逆方向からの予想もしていなかった力に、思わず鎌と、風月さんの足元がふらついた。
その隙に再び魔本は開かれて、十二角形の方陣が宙に描かれる。
「天を突く長身、地を割る大金棒。暴力と破滅の権化、涙を知らない赤鬼。行けー、金剛鬼!」
展開された方陣から、紅色の肌の腕が伸び出て来たかと思うと、その傍らに五メートルはある金棒が召喚された。
間もなく、赤鬼も姿を現し、その体が詠唱文通り、十メートル以上の巨体を持っているとわかる。
退魔器の中でも、「召喚」を行えるものはかなり特殊なので、僕にはよくわからないけど……あれだけ大きな妖怪をたった数秒で召喚してしまうなんて、素人でもすごいことだってわかる。
これには風月さんも驚いた様で、鎌を構え直す手が止まっていた。
けど、ここで雰囲気に呑まれてしまうほど風月さんもメンタルが弱くはない。
鬼が振り下ろした金棒を、必要以上に大きく距離を取って避けて、舞い上がるグラウンドの砂を被らない様にすると、鬼を大きく迂回して杪さんに迫った。
風月さんと鬼の間に杪さんが居る形になる為、鬼は迂闊な攻撃が出来ない。攻防一体の素晴らしい立ち回り方だ。
「ん、じゃあチェックメイト。ヤッちゃえ」
だけど、それは相手が「生き残る戦い」をしようとしている時にだけ意味の戦法。
今の杪さんは、自分が次の戦闘に役立てないなら、いっそ刺し違えようとしている。
そして、それは現実のものになった。
鬼の金棒は、風月さんを捉え、同時に、杪さん自身の体も押し潰して行った。
勿論、この鬼も霊力の産物なので、物理的なダメージは受けない。それでも、気絶は免れない様な圧倒的な破壊力だ。
それを躊躇いもなく自分も受けるなんて、杪さんの覚悟……いや、杪さんだから言ってしまうと、能天気さは凄まじい。
「……本当に相討ちとなりましたね。杪、鳳さん共に意識がない、と。杪は兎も角、鳳さんは保健室に送っておきましょう。私です。至急グラウンドに保健委員を」
冷静に二人の状態を確認すると、会長は素早く携帯で保健室に連絡を取る。
杪さんは今までもこんな感じの無茶な戦いをして来たのが、よくわかる一場面だった。
「――じゃ、次は俺が決めさせてもらうぜ?天道、容赦はしねーからな?」
「は、はいぃ!」
ここでいきり出て来たのは、副会長。
長弓を手に女の子を狙って、ロビンフッド気取りですが、やってることはかなりゲスいので気を付けろ!
そんな訳で、生徒会と演劇部の戦いの第二幕が始まったのでした。
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