崩壊の森 3
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 陽は中点を過ぎ、ここ一、二刻が最も陽光が強くなる。

 その中ですらアルディートの髪は陽を吸い、黒く鮮やかな光を放っている。

 アルディートは地平の彼方に視線を走らせ、

「文献に目を通した」

「――ほう」

「マウラール殿に勧められてな。読む気はなかったがタウに雨問いの祈りをと言われたが、オレのような不信心者のにわか神代では祈りを捧げて成果のあるはずがない」

「それで祈るフリでもしろと言われたか? タウに」

「民人の心、一時的にでも休めるためにせめてフリでもしてくれと言われた。それで祈るフリをしている間に神の間で文献を読んでいた」

 アルディートの言葉にメルビアンは声を殺して笑った。

「タウもとうとう諦めたと見える。この強情な神代に」

「暗黒神を象徴する黒色を持つオレを神代に仕立て上げたのがそもそもの間違いだ」

「タウが折れたとなれば、これで異を唱える者はいなくなったわけだな。いや唯一、おまえがいたか」

 射殺されるほど強烈な光を放つメルビアンの瞳から逃れるように、アルディートは背を向け、再び地平に視線を転じた。

「若つ国、緑は燃え、水は舞い、大地は唄う。山は忌を拒み、民人の声、風に舞えり」

「アザラ初代王・ソリス王の『若つ国』を読んだのか」

 問いにアルディートが無言で肯定するとメルビアンもまた彼方に見える森を見やり、

「ソリス王は暗黒神に支配され闇に包まれた世界を救ったとされる伝説的人物――このアザラの初代王だ。荒れ狂う自然に立ち向かい、秩序ある安定した世を築いたという。だがソリス王の唯一の欠点は戦いを好まず剣を手にしたことがなかったということだな」

「同じ血が流れているとは思えない言葉だな」

「と、父が言っていた」

「戦こそが生きている証と公言しておられたからな。今は永世で闘ってるかもしれないな」

「それはいい。父は死して戦から身を引くとは思えぬ」

「……読み終えて、どれほどの時が経ったのだろうかと。どれほどの時が経てばこのような荒廃した風景になるのかと」

 今やアザラ国内で濃い緑が望めるのは、この聖域と国内の一部だけである。

 背に森を有する険しい山を、残る三方を砂漠に囲まれた国。

 砂漠の乾きを良く知るアザラの民。

「ソリス王の御世には人の心を知る力があったという。その残り火が時折、王族に現れるがもはやないに等しい。その力あらば世界を一つにし、何か見いだせるかもしれないが……」

「全て神の御心のままか」

「神代が何を言う。古くはその力を最も強く持つ者が、神代になったと言うぞ」

「それは昔の話だろう」

「確かにな」

 アルディートの後ろ姿を見つめながら、メルビアンは小さく息を吐き出した。

 その力があれば、ソリス王が暗黒神を滅ぼしたように、アザラだけでなく世界に蔓延している死の病から全ての人々を助けることが出来るかもしれないのだ。

「……神の意は滅びにあるのか?」

 アルディートの呟きは誰もが心の底に潜めている問いであった。

 地平を見つめるアルディートの横顔を見つめながら、メルビアンは静かに目を伏せた。

「その問いを投げかけ、応えを神に求められるのは神代のみだぞ」

 メルビアンの言葉に振り向き、アルディートは口の端で笑った。

「暑さで頭がおかしくなったのか? オレを必要としたのは何故だ。オレは闘うためにここにいると思っている。神代になったのはオレの意志じゃない。だが他人との関わりが薄いオレでさえ戦いを肯定する人々の声が届く。まして王の耳に入らないはずはない。それを望むからこそオレを『上宮』という手を使ってここに来させたのだろう。正規軍に入隊した時と同じ、先陣を切って怯ませろということだろう」

「まだ根に持っているのか?」

「持っていないはずがないだろう。綺麗さっぱり忘れて欲しければ妙な会話をやめることだ」

 それが口説くような言葉を投げることだと悟り、メルビアンは小さな笑みを浮かべただけでやめるとは言わなかった。

 

 アルディートの背を《火の月》の陽光が射る。

「ザバと城に来るがよい」

「…………」

「よいな」

 口を閉ざしたまま頷くこともしないアルディートを残し、メルビアンは祈り堂の上から姿を消した。

 

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 フレラの主が姿を現すと、知らず安堵のため息がもれた。

 ほんの少し前に祈り堂の屋根の上から舞い降りてきたメルビアンに「私の元へ来るまでに不機嫌な顔をやめさせておけ」と言われ、アルディートがしばらく屋根から降りてこないのではないかと思ったからだった。

 

 メルビアンよりさらに年若い青年・アルディートは太陽の光を集めたようなメルビアンとは正反対に、漆黒の闇を支配するに相応しい黒い髪に黒い瞳を持っていた。

 その色がどれほど忌まわしいものであるか幼子さえ知っているため、稀に生まれてくる黒い髪・黒い瞳の赤子は闇の住人であるとされ闇に返されてしまうのが通例だ。

 だがアルディートは置き去りにされただけで、運のいいことに旅商人の女に拾われ他人の奇異の視線を受けながらも成長してきたのだった。

 アルディートを拾い育てた女の子供であるザバは兄としてアルディートと共に軍役に就いていたが、彼が王の目に止まり王都へ、そして神の住まう神殿へと居を移すとともにやはり住処を移していったのだった。

 

「雲上の国はいかがでございましたか?」

 減らず口では決して王に負けてはいないとアルディートが密かに思っている兄代わりの男――ザバがうやうやしく礼をとりながら静かに尋ねてきた。

「どこにでも現れるヤツがいていい気分は綺麗さっぱりなくなった」

 その表情が不快を強く表している。

 それを見て取ったフレラは瞳を丸くし、

「陛下に何と畏れ多いことを」

「フレラ、おまえは聞いてないだろうがな、ヤツは言ったぞ。『私と対等な口をききたかったら神代になれ』とな」

「ほう。陛下はそんなことを申されましたか」

 メルビアンと同種の、まめに手入れをすれば美しいはずの金髪を揺らして含み笑いをするザバは、その様を見てますます不愉快になってゆくアルディートなどお構いなしだった。

「おまえ、いつから王の手先になった?」

「いえいえ、とんでもございません。私は両者から同じだけの距離をおかせて頂きたいと思っております」

 含み笑いを残したまま至極当然に言葉を滑り出させる。

「聞いたかフレラ。これがオレの兄代わりの男の言うことだからな。いや、おまえは王の味方だったな」

「まあ、神代様。わたくしは王都にお出でになられてからずっとお世話をさせて頂いてますもの。神代様のお味方でございます。ですが……」

「おまえのその『ですが……』が曲者だな。まあいい。あいつとのケリなどつけようはずもないからな。おい、ザバ。キサマ、いいかげん笑うのをやめろ」

 ほんの少しの付き合いでアルディートの性格を見抜くとはさすがと言うべきか。売り言葉に買い言葉であれほど嫌がっていた神代の座に就かせたのであるからと笑いながらザバは思っていた。

 なおも食い下がろうとするフレラをアルディートは手で制し、

「後で来いと言っていたぞ。おまえもな」

「私もですか?」

「そうだ」

 アルディートの返答にザバの顔から笑みが拭い去られた。

(ではいよいよ……)

 武人王と讃えられるメルビアンであったが、出兵し不敗を誇っていたのは父王が健在の時であり、その時は第二王子という立場が戦場を自由に駆けめぐらせていたのである。

 王太子である兄が廃嫡されメルビアンが立太子して間もなく父王も戦の中、病に倒れた。

 周りの人間が早く王位にと急かす中、王位に対して何の執着もなく育ったメルビアンは民人が知りようもない時間を経て国王となった。ザバが推測するに、内の守りを固めるために費やす時間が多く、前王のように戦を仕掛けてゆく余裕などなかったのだろう。

 それに……ザバの表情が緩む。

 実際に王と会い話してみると、武人王という噂とはほど遠い人間だった。ただし情熱的で感情豊かな、側近にとってはあまり有り難くない国王であったが。

 戦を避けてきたその王がいよいよ腰をあげる決心をしたのか……。

 いや、アザラ建国を阻んだ暗黒神の化身と囁かれるアルディートを国教の最高位に就ける決断をした時、メルビアンはすでに戦の決意をしていたに違いない。

「ヒマだろう?」

「ええ。私には恋を語る人もおりませんし」

 アルディートは思い切り険悪な瞳を見せると怒鳴ることもせずにその場を立ち去ってしまった。

 追いかけるフレラが、王城に行くなら身支度をと叫ぶ声が林の向こうから聞こえ……消えた。

「可愛い弟はついいじめたくなる。陛下のお心も……」

 取り残されたザバの独り言は誰の耳にも届かなかった。

 

 

説明
【熱砂の海→見えない夜→崩壊の森】
 アザラを建国した王の書を読み、何故ここまで世界が荒廃してしまったのか、と広がる砂漠を見てアルディートは思う。
 それはメルビアンだけでなくこの世界に生きる者すべてに共通した思いであり――。

崩壊の森 2 → http://www.tinami.com/view/320810
崩壊の森 4 → http://www.tinami.com/view/324389
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ファンタジー 傭兵 戦士 飛竜 砂漠   魔導 

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