外史異聞譚〜反董卓連合篇・幕ノ十一/虎牢関編〜 |
≪虎牢関・諸侯連合本陣/世界視点≫
諸侯連合が水関を出たのは、当初の予定より3日遅れての事である
幾人かの諸侯が軍の撤退を申し入れた事にはじまる、諸侯連合軍の意義について物議が醸し出されたからである
この騒動を袁術は完全に傍観し、連合盟主というよりは袁家当主を立てるという形でその言動を黙認した
袁紹は最終的には諸侯に“形式上”は独自の判断で行動することを了承し、それぞれの領地に軍を帰すことを是認する
しかし、事実上は諸侯の撤退を認めず、連合内部に軋轢を残すこととなる
最終的にこの“形式”に乗ったのは北平の公孫?、平原の劉備、陳留の曹操のみである
この三者は自軍を領地に引いた上で袁紹軍の“陣客”として洛陽への同行を希望し、袁紹もそれを是とした
こうして士気あがらぬまま虎牢関へと進軍を開始した諸侯連合であるが、そこで再び驚愕することとなる
華将軍の壮絶な戦振りから董卓・天譴軍同盟の出陣は予想されていたのだが、合計3万の兵が張将軍・呂将軍の指揮の下、虎牢関に守将として入ったとの斥候の報告が齎されたのである
そして、両将軍が虎牢関に入った理由が諸侯にとっては常識外のものであった
『華将軍の皇帝陛下と董相国への忠義を示した行動に報いるため、陛下は親征による会談を虎牢関でお望みである』
そのために両将軍は事前に虎牢関を守護し、皇帝陛下を待つために入関した、というのである
その事を隠す理由もなければ隠す意図もない
守兵達は声高にそれを誇り、華将軍の忠義と陛下の親征を歌い上げているという
当然、今となっては董相国の両翼ともいえるふたりの将軍が大いに面目を施したという事実と共に
親征には董相国と天の御使いも同行するとの報も入っている
唇を震わせ表情を青ざめさせる袁本初を冷ややかに見つめ、本陣でひとり呟くは曹孟徳
「これは予想外よね…
ともかくこれで終わった、というべきかしら?」
「な、なんですって…!?
わたくしはまだ終わってなど…」
袁本初の言葉に、冷ややかな視線で曹孟徳は答える
「ここまで先手を打たれ続けてはどうにもならないわよ
もう貴女にもそれは理解できているのでしょう?」
悔しげに唇を噛み締めて俯く袁本初
そう、彼女には彼女でまだ打つ手は残っていたのである
それは、虎牢関までを手に入れた上で洛陽に精鋭で向かい、皇帝の安否を確認した、という名目でそれを疑われるような風評を起こした董卓を弾劾することで立場の強化と相手の失脚…とはいかぬまでも権勢を削ぎ落とすという方法である
ただしこれを行うには、補給線を完全に確保し洛陽を望める位置にある虎牢関の確保が絶対条件であった
補給や防衛に不安を抱えては、相手に強気に出られた時に後が続かないのである
袁本初の目論見通りにことが進めば、少なくとも諸侯連合が一方的に立場を下にすることはない
長安まで逃げてくれれば尚よし
彼女はそう考えて軍を引かずにいたのである
それがまさか、親征などと…
「謝っちゃったら許してもらえないかな…?」
そう呟くのは劉玄徳である
彼女は自軍を平原に引いた時点でそれを公言して憚らない
もっとも、諸侯連合の発起人であり現在も軍を引いていない袁本初と彼女とでは全く立場が異なる
他の大多数の諸侯と異なり、袁本初には今となっては皇帝はともかく、董卓に膝を折る訳にはいかないのである
それは名門の失墜と自身の完全な失脚を意味する
彼女としては、自身の失脚はともかく、袁家の失墜だけは避けなければならない立場なのだ
「そんな事が今更できる訳が…」
そう呟いた袁本初に、陣の隅にいた人物が答える
「あらあら〜
本初さまには申し訳ないですけれど、うちのお嬢さまは頭を下げさせていただきますよ〜」
「張勲!
あなた!!」
その声の主は袁公路の腹心、張伯輝
彼女は真っ黒な笑みを浮かべて本初を見つめている
「だってうちのお嬢さまは“袁家当主の横暴を糾すために”この連合に“潜り込んだ”んです
仕方ないですよね〜
まさか当主がこんな無謀をするなんて思わないし、かといって面と向かって逆らったら危険ですし
だったらこうやって埋伏になるしかありませんものね〜」
あまりに一方的な言われように絶句する袁本初
「こうなったら仕方がありません
うちのお嬢さまが“なんとかして”三族皆殺しーとか言われないように頑張りますので、本初さまは当主としての義務を果たしてくださいね〜」
「うわ〜…
黒いなぁ…」
呆れたような感心したような顔で呟く劉玄徳
「そんなことはありませんよ〜
これでも気が咎めてるんですから
でも、名門の血筋を絶やすわけにはいきませんし、そうなれば方法も限られますからね〜」
絶句したままの本初に伯輝が告げる
「ああ、そうでした
このまま私が帰らなかったり、本初さまの軍がこちらに近づいたら遠慮なく攻撃して逃げさせていただきますね
こちらの配下の豪族には、この後独立を支援するっていう条件で間に布陣してもらってますし、そちらの陣で騒がれても困りますよね、色々と」
徹底した袁公路…
否、張伯輝の保身術に、周囲から呆れたような溜息が漏れる
「そんな訳で宜しくお願いしま〜す」
足取りも軽く出ていく張伯輝に、曹孟徳が流石に呆れを隠せずに呟いた
「なんというか、私がいうのもなんだけど、本初には色々と同情するわ…」
「うん、私達がいうのもなんですけど、色々とすごかったですよね…」
しみじみと呟く劉玄徳に、今まで空気と化していた公孫伯珪が呟く
「おいおいお前ら、他人事じゃないぞ
私達も一歩間違えば明日は我が身、なんだからな……」
≪虎牢関・袁術軍陣内/孫仲謀視点≫
久方振りにお会いした姉上はなんというか相変わらずで、私はそれに安堵しつつ、生意気にもお説教をする事になった
姉妹の再会としてはどうなのだろう、と自分でも思うのだがこればかりは持って生まれた性分なので仕方がない
妹の尚香も姉上と似たような性分で、聞くと母様もそのようなお人柄だったと聞くので、多分私が孫家の常道から外れているのだと思う
公謹や公覆は
「孫家の気質を持ちながらそのように在れるからこそ、我々は貴女に期待しておるのです」
と嬉しい事を言ってくれるが、やはり寂しさというかそういうものが残るのは隠せない
水関での戦はそれは酷いもので、軟禁状態で小規模な豪族や江賊の鎮圧にすら出る事ができなかった私にとっては、かなり衝撃的なものとなった
しかも、正確にはまだ初陣前である
姉上は苦笑しながら
「やっぱり引いて正解だったわ、これ」
と自画自賛しておられたけど、確かに私もそう思う
もしあれが初陣だとしたら、私は正気を保っていられただろうか
興覇も呟くように
「あれの相手をするのは御免被りたいところです」
そう言っていたくらいだから相当なものだと知れる
死に勝る蛮勇なし、という事なのだろう
夜営の篝火を見つめながらそんな事を考えていると、袁紹の陣から張勲が戻ってきた
「あらあら〜
孫家のお姫様自らとは、ご苦労さまです〜」
「張大将軍こそご苦労さまです」
私は張勲を好いていない
はっきり嫌っているといってもいい
姉上にいわせると
「袁術ちゃんさえ絡まなければ、むしろ付き合いやすい人種なんだけどね」
という事らしいが、孫家を使い潰そうというのが見え見えなので好ましく思う理由が全くないのだ
私の事務的な対応に張勲は笑顔で応える
「嫌われちゃってますね〜
でも安心してくださいね
お嬢さまのために、今度は孫家に潰れてもらっては困るようになりそうなので、本気で独立支援しちゃいますから」
「え?」
思わず振り向いた私に、にこにこしながら張勲は喋り続ける
「今まではほら、南陽が基盤だったので、孫策さんみたいな人に自由になられたら困っちゃうのでそうしてた訳なんですけど〜」
多分転封されますからね〜、と顎に指を当てて呟いている
「その事は姉上は…?」
あはは〜、と笑いながら張勲は答える
「当然もう知ってますよ〜
だからこうやって本初さまを警戒してもらってるんですから
私達に恨み骨髄、まではいってないでしょうし、それなら仲良くできるうちに仲良くしたいですからね〜」
最後まで聞かずに、私は姉上の天幕に向かって駆け出す
そして、許可も得ずに天幕に飛び込んだ
「姉上!!」
「……………なによぉ
……夜襲でもあったの………?」
「そんな場合ではありません!
起きて説明してください!!」
布団に包まって出てこようとしない姉上を揺り動かす
「……うっさいなぁ………
なによ、蓮華じゃないの………
眠いから夜襲じゃないなら寝かせてよ…」
私は布団を強引に引きはがす
「寝ぼけてこのようなところで真名を呼ばないでください!!
姉上に聞きたい事があるのです!
いいから起きてください!!」
不承不承身を起こす姉上に、私は先程張勲から聞いたことを質問する
その答えはといえば…
「なんだ、そんな事かぁ…
そんなの後で説明したげるから、おやすみぃ………」
「姉上ぇっ!!」
私が諦めないと悟ったのか、姉上は寝惚け眼で枕元にあった酒壺を引き寄せて杯に注ぎもせずに煽ると、胡座をかいて頭を掻いている
「ん〜…
まあ、そんな事は言ってたし、多分今度は本当でしょうね…」
「では我らの独立は……!!」
自分の顔に喜悦が走るのが自分でも解る
姉上はそんな私に溜息をつくと、真顔になった
「逆よ逆
一番苦しい時期に独立させられて、これからたっぷり恩を売られる訳」
いまひとつ姉上の言っている事が私には判らない
そんな私に姉上は噛んで含めるように言い諭す
「なんの準備もできていないところで独立するってことは、袁術ちゃんの全面支援がなきゃ無理なのよ
いくら公覆や興覇が頑張って江賊や山越を駆逐しても、私達が豪族を平らげたとしても、逆に首根っこは押さえられたままになるってこと」
「それでは……」
「そう、もうひとつふたつ手を打たないと、私達はずっとこのまま使い潰される
だから貴女も表面的な事に囚われずにもっと視野を広くもちなさい
いずれ貴女の後を皆がついてくることになる
それが孫家に生まれた者の義務なんだから」
姉上の言う通りだ
孫呉の王は姉上だが、私もいずれ妹として孫家に連なるものとして、姉上を支えて皆を導かねばならない立場にある
そしてありえない事だが、姉上になにかあった場合には私が次の王となるのだ
私は姉上に謝罪して天幕を後にする
これからどう身を処していくべきか、孫家の者として考えながら
≪虎牢関・袁術軍陣内/張伯輝視点≫
さて、と…
これからどうしましょうかね〜…
慌てて走り去る孫権さんから視線を外し、私は鼻歌を歌いながら天幕へと戻ります
(さて、袁紹さんにはああは言いましたが、困りましたよね〜)
実際私は困っている
お嬢さまがあれの巻き添えを食って殺される事を回避する自信はあるが、その後の待遇に関しては正直自信が持てないでいるからだ
お嬢さまの処遇は極端な事を言えば董卓とその側近の胸先三寸
とてもじゃないが、そんな博打にお嬢さまの身を晒す訳にはいかない
こう言ってはなんだが、袁紹の未来はこの時点でほぼ決まってしまっている
どう身を処しても当主の座を追われて放逐されるというのがいいところだろう
普通に考えて助命が行われるとは思えない
当初の構想通り“普通に水関で”戦っていれば、多分諸侯連合の土俵だったという事は、董卓側には相当に“切れる”人間が存在する、という事を示している
しかも、自分が通ってきた、そして現在も歩んでいる道だからこそ理解できる部分がある
社会通念や常識の外側から相手は仕掛けてきているのだ
(これは相当に腹黒い相手ですよね〜)
今の諸侯連合でそれだけの事をやってのけられる人間は恐らく自分だけだ
そして、相手にそれを可能にする人物は恐らくひとりしかいない
“天の御使い”である男、北郷一刀
他に該当者は存在しないのだ
(困ったものです
なにしろ噂では陛下の隣に立つ資格を認められたとか言いますし)
噂通りであるなら、場合によっては個人的に近づくことすらままならない、ということだ
しかも、漢中と天譴軍の周囲は異常ともいえる情報封鎖をしている
自分達だって仮にも海千山千の孫家相手に諜報戦を仕掛けて、相手が引いているとはいえ五分以上の戦いができているというのにだ
それが全く通用しないという事は、相手はそれだけ情報というものに気を使っているという事の証明でもある
(ともかくも、どう立ち回ってお嬢さまに袁家当主になっていただくか
そのための勅をどう陛下と董卓さんから引っ張り出すか
なんですよね)
袁紹の天幕ではああいったが、自分は“現時点では”投降し寝返る気はない
それは会談と称した事実上の裁判の場で行うつもりだ
そうしなければ風評に瑕がつく
追い立てられてではなく、こちらから行くのではまずいのである
故にわざわざ天幕であのような事を言い、挑発して帰ってきたのである
あれは遠からず暴走する
既に引き絞られて張り詰めきった弦なのだ
そして、削がれたとはいえ面目を施した袁家の権勢を盾に孫家の独立を支援し、事実上の配下とすれば、当面の安全は保たれる
理想的には袁紹の両腕である文醜と顔良を引き入れる事ができれば、軍事的にも強化される訳で…
(いけないいけない
人間欲をかきすぎると必ず失敗しますからね〜
まずはお嬢さまの安全を最優先しませんと)
むにゃむにゃと寝言を呟きながら笑顔で寝返りをうつ愛する主人を愛でつつ決意を新たにする
「安心してくださいね、お嬢さま
何があっても、この七乃が絶対にお守りしますから」
説明 | ||
拙作の作風が知りたい方は 『http://www.tinami.com/view/315935』 より視読をお願い致します また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します 当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです 本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」 の二次創作物となります これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール 『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』 機会がありましたら是非ご覧になってください |
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コメント | ||
連合軍はほぼ打つ手なし、そして孫呉も事実上袁術の支配下に置かれるのが決まってしまった、と。こうまでくると他の諸侯が反天譴軍連合でも組まないとマトモに勝てるかどうかすら怪しいですよねぇ……この戦いはどう終止符を打つのか、続きを読ませていただきます。(田吾作) | ||
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