外史異聞譚〜反董卓連合篇・幕ノ十二/虎牢関編〜
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≪虎牢関・諸侯連合本陣/袁本初視点≫

 

ありえない!

ありえない!!

ありえないっ!!

 

この諸侯連合は三公を輩出した名門袁家の、ひいては当主たるわたくしの栄光を約束するためのものだったはず

 

それがどうして…っ!?

 

虎牢関に燦然と翻る真紅の呂旗と紺碧の張旗をわたくしは睨みつける

 

それらの旗の中央に翻るは五爪の龍をあしらった蒼天の劉旗と純白の董旗

 

それらを掲げるということは漢室の臣として彼女らが虎牢関を守護している事を意味しています

 

袁術さんはあの不愉快な宣言の後、殿軍として後方に下がりました

 

今はわたくしが先鋒として弓矢の届かぬ位置に陣取っています

 

 

(田舎豪族が政権を壟断しているというだけでも不愉快ですのに、これではまるで…)

 

 

そう、まるでわたくしが逆賊である、そう言われている状況なのです

 

わたくしとて名門袁家の当主

 

漢室に弓引くが如き所業など、考えた事もありません

 

名門には名門に相応しい地位と名誉があって然るべき

 

貴族には貴族の義務というものがあり、それを果たそうとした、それだけではありませんか

 

 

この屈辱をどうすれば贖えるのでしょう

 

いっそこのまま虎牢関を攻め落とす…?

 

さすがにわたくしの冷静な部分がそれを押し留めます

それをしてしまっては本当に逆賊となってしまう

それだけは避けねばなりません

 

袁家の宝刀を握り締め、血が滲み出る程に歯を食い縛るわたくしに、孟徳さんが話しかけてきます

 

「このまま終わるのなら、介錯はしてあげるけど?」

 

同情も憐憫もないその眼差しにわたくしは救われた思いがします

 

「………少々弱音を吐きますわね」

 

「あら、らしくない

 私にそんなことをしてもいいのかしら?」

 

確かにらしくないかも知れませんが、友人に弱音を吐いても罰は当たらないでしょう

 

「これが最初で最後でしょうから

 ………貴女から見て、今の状況における最善はなんだと思います?」

 

わたくしの言葉に孟徳さんは驚きを隠せないようですわね

自分でも、なんと“らしくない”と思いますもの

 

「偉そうな事を言うのなら、首を差し出す準備をして一切を引き受けてくれることかしら」

 

「相変わらず容赦がありませんのね」

 

「貴女に遠慮したところで、私に何か得るものがあって?」

 

苦笑するわたくしに、さも当然と告げる孟徳さん

 

「それをしたとして、どの程度が助かりますかしら」

 

わたくしの言葉に、孟徳さんは考え込みます

 

「そうね…

 袁家を救いたいのであれば、公路に持たせるのが常道でしょうね

 状況にもよるけれど、ほとんどの諸侯は転封もしくは降格で済むんじゃないかしら」

 

「………皆の現状を維持できるような策はおありかしら?」

 

孟徳さんは首を横に振ります

 

「全員は無理ね

 どうしたところで袁家は現状維持すら難しいと思うわよ」

 

やはりそうですか…

 

そうであるならば、取るべき道はひとつですわね

 

「誰か!

 文醜さんと顔良さんをお呼びになって!!」

 

私の声に訝しげに孟徳さんが尋ねてきます

 

「貴女まさか、仕掛けようっていうんじゃ…」

 

ならば許さない、言外にそう告げる孟徳さんにわたくしは首を横に振ります

 

「まさか…

 それでは本当に終わってしまいますもの…」

 

続きを告げようとしたところで、ふたりがやってきました

 

「姫、お呼びですか?」

 

「何かありましたか?」

 

わたくしは二人に向かって頷きます

 

「今から言う事をよくお聞きになってくださいましね?

 わたくしはこれから、名門袁家の長として、最後の意地を通します

 ですから貴女方にお願いがありますの」

 

『お願い………?』

 

なんですの?

その不気味なものを見るような目付きは…

孟徳さんまで、失礼だとは思いませんのかしら

 

「姫が、お願いって…」

 

「あたい、初めて聞いたかも…」

 

「なんだか気持ち悪いわね…」

 

………なんだかムカつきますわね

やっぱりやめようかしら

とはいえ、そういう訳にもいきませんわね

 

「おふたりには、わたくしがこれからする事を黙ってみていて欲しいのです

 そして、結果の如何に関わらず、その後に降伏してくださいな」

 

『へ………?』

 

孟徳さんまで、なんてお顔をしてらっしゃるのかしら

まあ、滑稽でお似合いですけれど

 

「では、後は頼みましたよ

 文醜さん、顔良さん、孟徳さん」

 

わたくしはみなさんを置いて天幕を出ます

 

そして、入口にいる親衛隊に命令を下しました

 

「わたくしに馬を引いてきていただけるかしら?

 それと以降、親衛隊は文醜さんと顔良さんの指示に従うように

 いいですわね?」

 

返事をして去っていく親衛隊に頷き、わたくしは再び宝刀を握り締めて翻る旗を仰ぎ見ます

 

 

「袁本初、今日が最後の晴れ舞台、ですわね…」

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≪洛陽・天譴軍陣内/北郷一刀視点≫

 

どうにも嫌な予感が消えない

 

なんというか、早起きして海水浴にいったら渋滞に捕まって、やっと着いたら芋洗いで身動きひとつできない状況になったような、そんな感じの

 

 

これは先の彼女達の行動からくる不安だろうか…

 

いや、それは彼女達に失礼というものだろう

最近は説教が過激になってきてマジ泣きしているというのはあるが、そういう部分からくる予感ではない

一応彼女達なりに俺の事を慕ってくれてはいる、らしい…

うん、多分そうだよな、たまに不安だけど…

なので、この方面の不安は“今回は”除外できる

 

彼女達の行動による問題は、いずれ彼女達自身で思い知る事だろう

俺はそれを見守るだけである

 

 

なら董相国や賈文和が何か仕掛けてくるというものだろうか

 

いや、状況がそれを否定する

 

こちらに今彼女達が仕掛けてきても得るものは何もない

俺の知らない部分で諸侯連合に仕返しをする方策を練っている可能性は高いが、それは諸侯連合の勢力を削ぎ名誉を失墜させる方向に向くものであるはずで、俺達に今すぐ向けられる類のものではないはずだ

 

 

なら、諸侯連合に起死回生の何かがある?

 

俺は選択肢としてこれも消去する

 

既に状況は決している

この盤面を返す事はほぼ不可能だ

 

極端な事を言えば陛下が女性であったことを問題にできなくもないが、これとても言い抜けはいくらでもきく

劉協殿下がまだ未成年であることを利用し、劉弁を摂政として据える

そのための準備期間として、殿下が正式に即位するまでの代理と言い張れば諸侯にはとりあえず手出しができない

ただし、この点を突かれた場合は、何皇后には死んでもらうしかなくなる訳だが

 

劉弁陛下は性別の詐称はしているが、血筋ははっきりしている

故に故人である何大将軍とその妹である何皇后の謀略の結果、と言い張れるからだ

 

ただまあ、そうなったら陛下は泣くだろうから、避けれるものならば避けたいものだが、恐らくは無理だろうな

 

 

唯一取り返す手段があるとすれば袁紹の謀殺による全面降伏だが、実は諸侯連合にはここでひとつの穴がある

 

それは、実際に首を取る事ができ、それを指導できる人間が袁術しかいない、という点だ

 

袁術がまともなら、この手段を取りたくても取れない事に気付く

 

なぜなら、その後に来る一族闘争を生き残れなくなるからだ

 

袁術は自身の保身の為に、埋伏と言い張って裏切ることはできても、実際に袁紹を手に掛ける訳にはいかないのである

 

 

では、諸侯の場合はどうか

これも論外だ

 

理由は“董相国の心証”である

 

謀殺に至る以上、董相国の心証をよい形で得られなければならないのだが、ここで華将軍の最後という鍵が存在する

あれを見た後でそのような行動に出ることは、別の意味で自身の未来を閉ざす結果になる、という程度の判断力はまだ残っているだろう

そうでなければ袁紹は既に殺されているはずである

 

ならば自害させて降伏ならどうか

 

これは比較的、諸侯連合がとるべき道としては順当である

しかし、こちらに謀殺を疑われるという面がある、という危険性もある

その部分を消化できればありうる方法ではあるが、これは予測の範囲内だ

 

 

ん…?

 

なにか引っかかったな…

 

袁紹が俺達に殺された場合は…?

 

これもありえない

俺達には袁紹を今殺す理由は何もないからだ

袁紹が先陣をきって虎牢関を攻め立てた場合にはありうるだろうが、それを選ぶほど愚鈍であるなら、そもそも袁家の当主として立てないだろう

 

………待てよ?

 

なら舌戦による一騎討ちであった場合は?

 

 

俺はここまで思考が進んだ時点で大声をあげる

 

「誰か!

 誰かいないか!!」

 

「一刀様、どうなされましたか?」

 

慌てて入ってきた徳に俺は指示を出す

説明する時間すら惜しい

 

「急いで虎牢関に伝令を出してくれ!

 何があっても袁紹の挑発に絶対に乗るな!!」

 

「あの、一刀様…

 それは両将軍も重々承知では…」

 

困惑する徳に俺は言い募る

 

「違う、そうじゃない!

 今華将軍の事を理由に一騎討ちを申し込まれたら俺達は引けないんだ!!」

 

あ、と声を出す徳に俺は頷く

 

「急ぎます!」

 

そういって駆け出していく徳を見送り、俺は拳を机に叩きつける

 

袁紹の人柄を考えるにありえないと思うのだが、どうしても嫌な予感が消えない

 

俺達が袁紹の自殺の手伝いをさせられる羽目になったとしたら、事実上諸侯の責を問うことが難しくなるのだ

 

つくづく自分の甘さを思い知る

 

 

頼む!

 

そうなっても決して乗ってくれるなよ!!

 

 

俺は虎牢関の方を見て、ただそう祈る事しかできない自分を呪っていた

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≪虎牢関・諸侯連合本陣/曹孟徳視点≫

 

私は“らしくない”麗羽の行動を見送ってから溜息をついた

 

(なるほど、まだその手があったのね…)

 

ある意味潔いというべきで、いかにも自分勝手な麗羽らしい選択肢

でも、私塾時代のなにかと傍迷惑で無謀な、それでいて憎めない彼女はやはりそこにいたのだと、今更ながらに実感する

 

「あの…

 孟徳様…

 姫はいったい…」

 

顔叔敬が不安そうに私を見ている

文季徳もその表情は納得がいっていないようだ

 

そういえば、このふたりの事を麗羽はいつも自慢していたわね

私は勤めてそっけなく聞こえるように二人に告げる

 

「死ににいったのよ…

 自害じゃ後々問題が出るから、敵に殺されにね」

 

理解ができないようで、ふたりとも首を傾げている

確かに麗羽が選ぶ選択肢としては、私も除外してたくらいだしね

 

「そうね…

 敢えて華将軍の事を引き合いに、虎牢関に陣取る将軍に一騎討ちを申し込みにいったのよ

 捕まる余地もないくらいに怒らせた上でね」

 

私の言葉に文季徳が笑う

 

「いや、そんな無茶を姫がするはずないっしょ

 そもそもまともに戦えないんだし」

 

そうよね、あの麗羽が嗜みとして武芸を学んでいたとしても、一線級の将軍とやりあえるはずがないのよね

そう、普通に考えれば

 

「でも文ちゃん、孟徳様は“死ににいく”って…」

 

やはり違和感があるのか、顔叔敬も信じ難いようだ

 

でも、考えてごらんなさい?

あの麗羽が私達に“お願い”よ?

私はそんな事、槍が降ってもありえないと思っていたわよ

 

私のそんな思いが顔に出ていたのでしょう

徐々に二人の表情が強ばってくる

 

「はは……

 まさか、嘘、だよな………?」

 

「うん…

 姫に限ってそんな事するはず……」

 

顔を見合わせる二人に向かって、麗羽の親衛隊が飛び込んでくる

 

「文将軍!

 顔将軍!

 大変です!!

 本初様がおひとりで虎牢関に向かわれました!!」

 

『……っ!!』

 

やっぱりね…

 

慌てて飛び出そうとする二人を私は怒鳴りつける

 

「お待ちなさい!

 文季徳!

 顔叔敬!」

 

二人は一瞬止まってまた走り出そうとするが、私は“絶”を突きつけてそれを止める

 

「ここで本初を止めようというのなら、私が相手になってあげる

 本初はいい友人とはとても言えないけれど、それでも彼女の誇りに泥をかけようというのなら、それは絶対に私が許さない」

 

文季徳の顔が色々な感情に染まって歪む

 

「でも、でも…

 姫が……

 あたい達の姫が……」

 

そうよね、理屈じゃないわよね

でも、麗羽は貴女達に後を託したのよ

それを忘れたとは言わせない

 

「文ちゃぁん………

 姫ぇ………」

 

顔叔敬が泣きながら膝を折る

彼女にも理解できたのだろう

もう、麗羽を救う方法はないという、その事に

 

抱き合って泣きながら、それでもゆっくりと麗羽の見える位置までいこうとする二人に続いて私も天幕を出る

 

そこにいた親衛隊のひとりに、私は声をかけた

 

「すまないのだけれど、ひとつ頼まれてくれるかしら

 本初の親衛隊である貴方達にしか頼めないのだけれど」

 

「は…

 一体なんでありましょうか?」

 

私は息を吸い込むと、なるべく感情が表に出ないように彼らに告げる

 

「諸侯全てに通達して欲しいの

 連合の盟主である袁本初の死に様を、その目に心に焼き付けて欲しいとね」

 

 

無言で走り去っていく彼女の親衛隊を見送り、私は二人の後を追う

 

本当に最後までいけ好かない奴だったわね

 

でも、この曹孟徳の友としてこれからは誇ってあげる

 

 

後始末は私が引き受けてあげるから、存分におやりなさい

 

ねえ麗羽………

説明
拙作の作風が知りたい方は
『http://www.tinami.com/view/315935』
より視読をお願い致します

また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します

当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです

本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」
の二次創作物となります

これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します


その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です

コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール
『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』
機会がありましたら是非ご覧になってください
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コメント
ここで中土に根付いた歪んだ儒教の思想そのものが敵になりましたか、なんとも厄介な。こうなると一刀君の祈りは届かないやも……。続きがとても気になります。(田吾作)
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