鞍馬天狗と紅い下駄 そのさん
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七、「いまりとおにごっこ」

 

「いまりかくれんぼつよいな。もうずっとおーかおねえちゃんいまりみつけられてないもんな。いまりならせかいおにごっこせんしゅけんでもゆうしょうできちゃうな」

 アパートから少し離れた所にある電柱の裏。秀介が滅多に通らない通りで、いまりはかれこれ三時間近くかくれんぼをしていた。

 いつまでたっても桜花がやって来ないのを、自分が隠れるのが上手いからと思うのはやはり無邪気な子供だからか。途中悪がきにからかわれたり、犬に吼えられたりと散々な事もあったが、いまりはその電柱の下に留まり、かくれんぼを続けていた。

 辺りは既に夕暮れ時。ばいばーいと声を張り上げて、いまりが居る前の道を駆けていく同い年くらいの子供たち。

 流石に三時間もそうしているとつまらなくなってきたか、いまりは少しだけ頬を膨らませると、もう、おーかねーちゃん遅い、と、電柱にもたれかかって空を見上げた。

「おそら、まっかっかだー。とまとみたい。そういえばさいきんとまとたべてないな」

 トマトが橋谷家の食卓に並ばないのには訳がある。年甲斐もなく秀介がトマトを食べれないからだ。子供っぽいことに、彼はトマトだけはどうしても食べれなかった。

「おにいちゃん、とまときらいとか子供だなぁ。あんなにおいしいのに」

 しししと、悪戯っぽく笑ったいまりは、しばらくしてまたはぁと溜息をついた。

 流石にかくれんぼをやめてもう帰りたいのだろう。しかしながら、ここで自分が隠れるのを止めて帰ってしまっては、桜花が自分を探して迷子になってしまうのではないだろうか。子供ながらにそんなことを考えて、いまりは身動きが取れなくなっていた。

「あ、カラスがなくからかえるのうただ」

 夕焼け小焼けで日が暮れて、と、町内の広報無線から音楽が流れる。それでも、いまりは電柱から離れようとはしない。夏もすっかりと過ぎ、昼吹く風にも寒さが感じられるようになった頃、夕方の冷たい風におもわずいまりは身を震わせた。

「かーかーかー。カラスさん、とかいじゃあんまりみかけないの。あっ、いたっ!」

 どこからともなく飛んできたカラスが一羽電線の上に止る。

 その黒い目を夕焼けに光らせて、カラスはどこか高圧的にいまりを見下ろす。するといまりは、そんなカラスに向かってその小さい手を激しく振った。

「からすさーん、だめだよー、もうおうちにかえるじかんだよー」

「……子供になっても相変わらず、とぼけた事言ってるのね、馬鹿いまり」

 どこからともなく声がした。声の主を探して、いまりが辺りを見渡す。しかし、そこには声の主の姿はない。居るのはそう、彼女の頭の上の、カラスだけ。

「すごい、とかいのカラスすごい、ことばをしゃべる!! さすがとかいだ!!」

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八、「女鴉天狗は絢爛に電柱に立つ」

 

 何を言っているやらという感じに、カラスはため息を吐いた。丁寧に顔を隠して、呆れたという感情を器用に翼で表現して。

 カラスが幾ら賢いと言っても、そんなこと、できるはずがない。

「覚えてないの。子供になって記憶力まで低下しちゃったのかしら。嫌だわ、かつて千の厄災を呼び起こし、その名を京に響かせた女河童の成れの果てがこれなんて」

「いまりそんなわるいこじゃないよ!! 千回もわることしてないから!! 本当に、ちょっとだけ、ちょっとだけしかしてないもん!!」

 悪い子呼ばわりされたのがよほど嫌だったのだろう、頬を剥くらさせてカラスに抗議するいまり。そんな彼女を更に憐れむように溜息をついて、カラスは顔を隠していた翼をどけた。

「あれ。カラスさん、いまり、カラスさんのこと知ってるかもしれない。昔、どこかで会ったことある気がする」

「そうよ、貴方は私をよぉく知ってるはず。その証拠に、私も貴方の事をよぉく知っているんだから。河童のいまり、宇治川に棲む伝説の女河童。京都に居る数々の神仏を相手に一歩も引かずに暴れまわった大妖怪」

「そーなのー。いまりね、むかしはうじがわでぶいぶいいわせてたんだよ。なんでしってるの。あ、しりあいなんだった」

「そして、その隣にはいつも、相棒の姿があった。大妖怪河童の相棒は、やはりそれも大妖怪。鞍馬山の主である天狗の娘で、黒い翼を持つそいつの名は」

 そのお名前は、と、いまりが尋ねるように呟いた。途端、風が辺りに吹き荒れたかと思えば、電柱に張った電線が波打った。

 突風に顔を抑えていたいまりが恐る恐ると顔を上げれば、先ほどまで電線に止っていた烏の姿は何処にも見当たらなくなっていた。

「あれ、カラスさん、どっか行っちゃった? あれ、帰っちゃったかな?」

「ちゃんと居るわよ。ふふっ、本当、鈍くなっちゃったのね。昔の、あの研ぎ澄まされた刀の様な雰囲気はどこにもないわ」

 面白くないわね。冷たい感覚を伴った声が夕闇に響く。

 肩をぶるりと震わせていまりはその声の主を探して天を仰ぎ見る。すると、煌煌と光る明星を背景に、電柱の上に立つ、女の姿を彼女の瞳がとらえた。

 黒い修験複に紅い下駄、そして黒い翼にグラマラスな体。

「どう、思い出した? 久しぶりね、いまり」

 く、く、と言葉を詰まらせて、いまりは、その女天狗の名前を叫んだ。

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九「くらまてんぐのくららちゃん」

 

「くららちゃんっ!!」

 ずるりと電柱の上で下駄を滑らせる鞍馬天狗。対照的に、どうして彼女がずっこけたのか分からずに首を傾げるいまり。

「くららって何よっ!! 違うわよ私の名前は鞍馬寺朱里! くらまじあかりよ!!」

「あー、ごめん、いまり、なまえまちがえちゃった、くららちゃん、ごめんね」

「だから、くららじゃないって言っているでしょう、馬鹿いまりっ!! なによ、本当に頭の中身まで子供になっちゃったってわけ!? 笑えないわよ、そんなの!!」

「いまりばかじゃないもん!! まちがえられるようなややっこしいなまえしてる、くららちゃんがわるいんでしょう!!」

 どう考えても、名前を間違える方が悪い。とんでもない開き直りをして、いまりはぷいと顔を天狗女から背けた。

 そこはそれ、天狗女も子供だからと気にしなければ良い物を、真に受けた彼女はぐぎぎと歯を食いしばり、電柱の上で握りこぶしを震わせる。

 黒装束に紅い下駄。金糸のあしらわれた帯など、いささか普通の天狗にしては、派手な格好をしている彼女である、その容姿から想像つくように、当然、プライドも高ければ、自尊心も強かった。

 が、なんとかそこは堪えたらしく、深呼吸すると、再びいまりに向かって冷たい視線を投げかけた。

「ふん、まぁいいわ。こんな低級妖怪のたわごとに、いちいち目くじらたてるほど私も安い妖怪ではないもの。ふふっ、いまり、今の貴方とっても素敵よ。小さくて、馬鹿っぽくて、昔の生意気だった頃の面影なんて微塵もないのがまたいいわ」

「えへへ、いまり、ほめられちゃった。そうだよ、いまりいいこいいこさんだもん。おにいちゃんも、おーかおねーちゃんも、かーちゃんも、いまりはいいこだねーって、ほめてくれるんだよ。すごいでしょ、えへん」

「褒めてる訳じゃないわよ。やりにくいのは相変わらずね。まぁ良いわ」

 そのいいこいいこさんもここまでなんだから。

 また突風が吹く。電柱の上から天狗女の姿が消えた。彼女がどこにいったのかと、慌てて辺りを見回すいまり。ふと、その背後で、とん、と何かが落ちる音がした。

「後ろよ、おマヌケさん。ふふっ、こんなに簡単に背後を取られるなんて。いやね、若くなるというのも考え物だわ」

 そっといまりの瞳をその手で覆うと、女天狗はその翼を大きく広げ、いまりを包む。

「さ、思い出しなさい。本当の貴方を。そしてまた、私と二人で、暴れましょう」

説明
河童幼女と暮らすほのぼの小説。短編なので気軽に読んでください。
pixivで連載していた前作「河童いまりと頭の皿」はこちら。⇒ http://www.pixiv.net/series.php?id=31613
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河童いまりと頭の皿 幼女 妖怪 ほのぼの ギャグ 

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