ノベルス:第4話「ペア解消をここに宣言す?」part1
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ノベルス:第4話「ペア解消をここに宣言す」part1

 

 時は深夜に差しかかろうとしていた。彼の海域はサーチライトが錯綜し、いつもよりも煌々と照らされていた。

アクアフロンティアの周囲だけに限って言えばまるで昼間の明るさを保っているようだった。

 前回、リヴスと初の交戦をしてから数十日と経たずの新たなリヴスの出現。

 深みを帯びた五月の夜は、しんと冷えるような空気が漂う。

 水平線に目を遣れば空と海の境目が分からない程に遠くて暗い。

 まるで巨大な生物が口をパックリと開いているようなそんな風景である。

 日中こそ、日照りが日を追うごとに強くなってきだが、特装部隊にはそんな季節の変わり目を味わっている余裕はなかった。

 リヴスという海獣は確かにそこにいて、常にアクアフロンティアへの侵攻を狙っているからだ。彼らがアクアフロンティアを襲うのに、昼か夜かなどと時間帯を選ぶことはない。

 そして今日という日も例外ではなく、夜の十二時を越えたところで緊急のサイレンが都市内を赤く照らした。

 しかし既に海の上の戦いは始まっており、栄児ら特装三課のメンバーはそれに気を取られている暇はなかった。

 一部観測したデータによれば、相手はハ虫類の類に良く似ており、ちょうどワニのような姿をしているらしい。

 例のごとく、複数体での襲撃。前回に比べれば大群とは言えない個体数らしいのだが、その分今回は巨大であるらしい。

 昭和から聞くところによれば、レーダーに映っているのはせいぜい五十や七十といったところのようだ。だがそれも均等にアクアフロンティア周辺をうろついているわけではなく、実のところ、どのように分布し攻めてくるか詳しくは分からない。

 それに加えて視界が悪い。周囲を照明で照らしていると言っても、海に反射するだけでほの暗い海を見通すまでには至ってはいない。

その行動は水面にうっすらと顔を覗かせるだけで、その全貌を捉えるのはなかなかに至難の業である。

 つまり、どこからリヴスが襲ってくるか分からない、そんな緊張感の中で栄児たちは戦いを余儀なくされている状況なのだ。

 夜の海とは思えないぐらい明るいのに、物音一つしない現状はどこまでも不気味な雰囲気だと言えよう。その明るさがかえって、海の底知れない暗さを助長する。

 そんな中、鉄平は目の先でヘビーデバイス仕様のタガーナイフをくるくると放り投げては余裕ぶりをみせていた。

「ったく、こうも照らされちゃ眩しいのか暗いのか区別がつかねえなあ」

 一方で、彼と付かず離れずの距離を保つ紋匁。

「こういう日もあるということ……、ってお前は何を呑気に遊んでいるんだ! 油断するなと言っているだろうが。ただでさえ至らぬところだらけのお前を、フォローしながら戦う私の身を考えてみろ!」

「……へいへい、その通りでごぜえますよ。お嬢サマ」

 インカムを使わずとも皮肉を言い合える距離に二人がいるのには理由があった。特装部隊の陣形は、二人一組を組ませるような形で布陣を引いていたのである。

今回はオーソドックスな前後の配置ではなく、バディを等間隔に並べた陣形だ。

 というのも視覚で確認しづらい敵を相手にするがゆえに、単独での戦闘は彼らにとって分が悪い。だがバディとの距離を近づけることで死角を減らし、視界の限界を補うことができる、というのが昭和の判断だ。

 またそれに加えて、無用な出兵を抑えるという意味で今回から一般兵の戦闘への参加を止めさせた。それには出費を削減するという意味合いや、戦場の主導権を特装に任せたいという昭和を始めとした、一課、二課、三課の責任担当者の強い意向もあった。

 前回の戦いを鑑みるに一般兵の戦力では現在のリヴスには対抗できないのは明らかだったからである。それと同時にこの決断は特装という新戦力への自信の表れでもあった。

 そして布陣に話を戻すと、本来なら射程距離の違う者同士を組ませた方が応用が利くはずなのだ――例えば近接担当を囮に中距離が狙撃する、と言った具合にである。

 そうしなかったのは、これまた昭和の判断であるが、その真意は分からない。

「俺やリィが宮御前か晴海と組むのがベストなはずなのに、まったくもって分からないな、あの人は……。なあリィ、そう思わないか」

 栄児も、そのことをずっと気にしているようである。

「分かりません。わたしは命令に従うまでですので」

「お前も相変わらずだな……」

「信じられないんですか? 課長のことを」

「……いや、どうだろう。結局のところ――まだ、分からないな」

「私が言うのも何ですけど、こういうのって信頼が大事なんですよ」

「それは誰の受け売りだ?」

「課長です」

「………………変な壺とか買わされるなよ」

「?」

 こんな状況にも関わらず、リィのすっとぼけた顔には変化がない。

 一方で鉄平も別の意味で、相変わらずだった。

「はぁあ……眠ぃし、ダリィな。リヴスも攻めてくる時間帯ぐらい選べよな。確かに俺はいつでもどこでも喧嘩は買ってやるけどよお……」

「…………」

「こんなん、ちゃっちゃと終わらせて帰りてーわ。余裕過ぎて欠伸が出るぜ」

「…………」

「てかさあ、実はリヴスちゃん俺らにビビって来ないんじゃねーの?」

「あーもうお前はさっきからぶつくさとうるさい! そんなに戦うのが嫌なら他へ行け。私の近くに寄るな! 士気が下がる」

「馬鹿、お前。誰もそんなこと言ってないだろうがよー」

「私は真剣さが足りないと言っているんだ。仮にも、特装に選ばれるだけの才覚を持ち合わせている人間が下らんことを抜かすな、まったく――情けない……」

 紋匁はまるで自分ごとのように悔しさで顔を滲ませた。

「いいか。いくら才能があってもな、それの使いどころを熟知していなければそんなものを何の役にも立たないんだ」

「あー、はいはい分かった、分かった。日頃の鍛錬って素晴らしいですね」

「あーまったく、毎度毎度……いつも普段から言っていることを、こんなところで言わせるな!」

紋匁さん、ちょっと今はそれくらいにしてあげてください

 霞がインカムで一連の会話を聞いていたようで、終わりのないお説教を見かねて紋匁をなだめた。それを聞いて、紋匁はますますしかめてムッとしてしまった。

「だいたい霞、お前がいつもこいつを甘やかすからいけないんだぞ」

え、え、え〜?

 思わぬとばっちり霞はインカムの向こうであたふたしていた。こうなった紋匁には手が付けられない。そのことを霞は分かっていたので、しゅんとして、それ以降は押し黙ってしまった。

 そのときである。紋匁の前方から、ぽちゃん、と水を跳ねた音が聞えた。

「おい、今の聞えたか?」

「んなもん、どこもぴちゃぴちゃ言ってるじゃねーか。ここは海の上なんだぞ」

「いいから警戒しろ」

「大丈夫だって、大分図体がデカイ野郎らしいからな。そんなん黙ってても目につくってーの」

 これにはさすがの紋匁も堪忍袋の緒が切れたようで、

「いい加減にしろ! これ以上御託を抜かすようなら――」

 振り向きざまに紋匁が怒りをあらわにした瞬間、彼女はあることに気がついた。

 それは深淵なる海の底で水に溶けるようにゆらゆらと揺れて見えたが、あんぐりと口を開けたそれはまさしく――

「鉄平! 下、下だ! そこを飛びのけ」

「!?」

 鉄平は彼女の危機迫る形相を見るに、すぐ自身の足元を見た。

「やっばッ!」

 そう彼が認識したとき、それは火山が噴火を起こしたときのように激しく海面へと突き出した。

 そのとき鉄平は間一髪というところで後ろに飛びのいて、リヴスの奇襲をかわした。反射神経がすこぶる良い鉄平だからこそ出来た芸当だ。彼はこういう部分に天性の勘が働くらしい。

 どす黒い異物は水しぶきを花火のように周囲に弾き飛ばし、そのまま勢いよく口を閉じると、またほの暗い海の中へと消えた。

よって全体を見ることは叶わなかった。

 口の長さだけで四メートルは海上に突き出していたことを考えると、最大でも十五メートル級のサイズと見て間違いないだろう。超巨大なワニ型リヴスの襲撃である。

 着地と同時に、水の上を四つん這いで後ろ向きに滑る鉄平。そのまま勢いを殺して、すぐにでも紋匁の下へと戻ろうとした。

「来い、鉄平! すぐに体勢立て直――」

「?」

紋匁は鉄平の身を案じて、すぐにでも体勢を立て直すよう言おうとした。だが、リヴスはそれを許すような甘い生き物ではなかった。

「な、――鉄平! 後ろだ!」

 そこへ待ちかまえていたように鉄平の背後で口を開けているリヴスの姿があった。まるで足かせ罠のように待ちかまえるリヴス。

 鉄平たちにとってはもぐら叩きの要領なのだが、その実そうではなかった。実際は、逆にもぐらいに襲われる可能性を含めた危険なゲームになっている。

 しかもそれは鉄平の身体などは軽く一飲みにできそうな大きさなのだ。

ぱっくりと開かれた大口は、真赤に染め上がっており周囲とのコントラストがやけに際立っていた。

そこにはのこぎりのような歯が立ち並び、そんなものが上顎と下顎にびっしりと詰まっているのである。

紋匁の目からは、濁ったように赤いブラックホールに鉄平が吸い込まれるように見えた。

「クソッ! またかよ!」

 飛びまわる兎の足を食い千切ろうとするように、用意周到なリヴスの罠に翻弄される鉄平。

冷や汗が彼のこめかみを伝う。足元に踏ん張りを利かせてギリギリで前方に駆け抜けた。

 紋匁との距離は数十メートルと開きがある。そこを何とか一直線に駆け戻れば、体勢を立て直すことができる。

「チッ、どうなってんだよ一体よぉ!」

 ちらりちらりと、リヴスが辺りを徘徊する過程で、背中の部分を滑らかに出しては消えて行くさまが何とも恐ろしかった。気付けば数体のリヴスに包囲されていたのである。

冷静さを失った鉄平には、波立つ海のどれもがリヴスの体の一部に見えてしまい、頭が混乱した。

 立ち止まれば下から襲われ、動き回ってもまるで罠を張って待つ蜘蛛のように行く先々に存在するリヴス。

「ちくしょうー! どうするよ、どうするよ」

「心を乱すなぁぁぁ!」

「!?」

「落ち着け! おい、霞! そっちからこっちの様子は見えるか?」

 防壁の射撃ポイントから寝そべるような形でスコープを覗く霞。

見えます、見えるんですけど――すぐに潜られてしまうので撃つに撃てないんです

「分かった、引き続き狙っていてくれ! 台場、そっちの状況は?」

おそらくそっちと同じような状況だ。囲まれている。だが、どうにか海面におびき出して叩くしかない! 応援にはいけそうにない、だから当座をしのいでくれ

 紋匁程ではないにしろ、栄児の声の様子から焦りが垣間見えた。悪条件に乗じた、見事なまでのリヴスの策略である。リヴスという生物がある種の知性を兼ね備えているという研究結果は、軍事組織の内部では半ば通説となっており、当然のことながら特装の人間の耳にも入っている。

 だがそれが迷信とは思わないまでも、彼らの中ではにわかに意識しづらい部分だったのだ。それがこうもまざまざと見せつけられてしまうとは夢には思わなかった。

「まったく、どうにもこうにもやるじゃないか。この化物どもめ。敵ながらあっぱれだ――だが、それで怯む私ではないよ」

 浮足立つ戦況、そんな中一人冷静に物事を消化する紋匁。その目は段々と落ち着きを取り戻していく。

「だが長時間の耐久勝負だと圧倒的に不利――……ん?」

 リヴスの大口は、紋匁にも迫っていた。鋭利な歯を持つ口で持って紋匁を一飲みにしようと、リヴスの一匹が紋匁の下から突き上げた。

 咄嗟に飛びのく紋匁。そしてリヴスの攻撃をかわしている合間に、彼女の結わいていた髪がほどけた。彼女の元いた場所は、間欠泉から噴射される水のように突出し、それが照明の光に当たってキラキラと輝いていた。それと同時に、だらりと垂れる長髪の隙間から覗く、紋匁の目にも光が宿る。

「早々、考える暇を与えてはくれない、か。まあ上手くいけば、これでどうやら一件落着といくかもしれないな……」

 どうやら彼女には何か思い当たるものがあるらしい。その間にも、鉄平はタガーナイフで応戦する暇も無く、止まれば即死という状況を必死に生き抜いた。がむしゃらに飛び跳ねる彼の姿は随分と滑稽でいて、もはやなりふり構っているような状態ではなかった。

 ときには突き出してくるリヴスの口先を足場にしながらもギリギリを生きている。

「よっ、よっとっと、うわっ、危っ! おい、紋匁! 何一人でぶつくさ言ってるんだよテメェ!」

「いやなに。あれだけ散々大口叩いた奴が、今は大口開けて襲われてるんだから面白いと思ったまでだ」

「そんなお前のドSな嗜みはどうでもいいんだよ。しかも別に上手いこと言えてないし」

 紋匁は飛びのいた先で、髪留めを口に咥えて、簡易的に髪を後頭部で縛り直している。

「宮御前流の冗談が通じないとは、どこまでも分かりあえない奴だ。…………これでよしっと。さて反撃開始だ」

 髪留めで髪を留めると、紋匁は闘志をそのままに、声高に鉄平へ勝利の布石を打つべく作戦を通達した。

「鉄平、良く聞け! お前はそのままでいい」

「はぁ? 何言ってんだよ、お前」

「いやむしろ、それがいいんだ。それでしかこいつらは倒せない。霞聞えるか?」

はい、聞えます

「いいか。これからお前は鉄平、もしくは私を撃ってくれ」

「ちょ、お前意味が――」

どういうことですか?

「あいつらは弱い者から先に仕留めていく。そうやって効率良く兵力を削っていくつもりなんだ。戦争では常套手段だな。だからあの男が今狙われている」

なるほど

「だが、襲うときは私らに姿を見せざるを得ない、つまり――」

そこを叩くんですね、分かりました! ただ紋匁さんたちの動きが早すぎるので、敵を十分引き付けられるよう動きをワンテンポ落としてください

「お前ら、無茶苦茶言うな!」

「無茶を通してこその私たちだろうが、これはもう乗っかるしかないんだよ」

 ギリっと奥歯を噛み締め、覚悟を決める鉄平。いたる所から顔を突き出すリヴスに対し、反応速度を落とすというのは、それだけ攻撃を受ける危険性を高めてしまうからだ。

「やっぱりあの女は鬼畜だ……」

 鉄平はそんな呟きを胸に秘め、リストバンドのバッテリーを交換する。

 リヴスから逃げられる範囲で海を駆け、霞が追いかけられる範囲で速度を落とす。

「そろそろまたやつらのトラップが来てもおかしくねえな……。霞、狙っとけよ!」

 そこへ満を持しての突出。巨躯が姿を現す僅かな時間がそこに生まれた。

「今だ、霞!」

 鉄平は十分に敵を引きつけると、すぐさまその場を回避する。霞の放つ光弾に当たっては敵わないからだ。そして、数百メートルという距離を一瞬にして埋める光の矢が、リヴスの体を貫いた。

 撃沈――暗闇の海を、緑色の体液が染め上げる。被弾したリヴスは仰向けに翻り、海面に浮き出して、身をよじっている。

 紋匁はその残骸処理を遂行すべく、手にナイフを携えてひとっ飛びに弱るリヴスの腹の上まで飛び乗ると、数十メートルはあるリヴスの体に刃を入れた。

 まるで魚の内臓を取り出すために、腹から尾まで包丁を入れるようなそんな具合である。

 ヘビーデバイス仕様のナイフは、リストバンドにはめたバッテリーエネルギーを帯びているがゆえに、バターでも切るようにリヴスの表皮を裁断する。

 そのとき、緑色の血が紋匁の頬に跳ね返った。

「よし、まずは一匹目だ!」

 紋匁はそれ以降も様子見のステップで持って、鉄平との距離を保ちつつ作戦の経過を見守った。現時点では、紋匁が奇襲を受ける確率は少ない。それは紋匁の警戒レベルと、察知能力の高さがそれをさせないからだ。

 それに加えて紋匁の言う通り、リヴスは獲物の力関係を見抜いている。

 リヴスによる鉄平への襲撃は続く――一匹目の攻撃を皮切りに、鉄平の着地する先々で海面にのこぎりのような歯を剥き出しにして待っていた。まるで食虫植物のように待ち伏せ、その場その場で食い千切ろうと襲ってくるリヴス。

その数、数十体は下らないだろう。だが殲滅するきっかけは掴んだ。

「いいぜ、どんどん来いよ!」

 一匹目を皮切りに、波状攻撃を受ける鉄平だったが、その襲撃回数と同じだけの肉塊が海に浮き始めた。

「霞、日頃の成果だな。当てる弾より、外す弾の方が少ないなんて中々出来る芸当じゃない」

いえ、鉄平君がタイミングに気を使ってくれているから、こっちも合わせやすいんです

「ふんっ、そういう勘だけがやつの取柄だからな。反応反射に関しては抜群ではあるが、まったく……」

 紋匁はどこか納得しかねる顔をしながら流れ作業のように、仰向けに引っくり返っているリヴスに次々と止めを刺した。

 気が付けば、一連の流れで数十体というリヴスの死体が海に浮かんでいた。そして、リヴスによる波状攻撃も一端の休止をみた。

 軽やかにステップを踏みながら、リヴスの攻撃を警戒する二人。

 そこへ昭和からインカムを通じて無線が入る。

お前らのエリアのリヴスはあらかた消えたようだが、まだこっちのレーダーはやつらの存在を確認している。気をつけろよ

 昭和の通達により戦いの終わりが近いことを特装三課は理解した。だがリヴスの方もこれまでのこちらの対応を学習したのか、簡単に姿を現さなくなっていた。

 ざわついた後の不自然な静寂は彼らの心を不安にさせる。

「ハァ、ハァ……おい、どうするんだよ紋匁」

 膝に手をついて呼吸を整える鉄平、その顔には疲労のあとが見える。

「鉄平、止まるんじゃない! だが、こう静まられると手の打ちようが――」

 それは一瞬のことだった――紋匁は鉄平との間に微かに背びれを出したリヴスの存在に気がついた。その方向は他のどこでもない――アクアフロンティアに向かうものだった。

「どうしたんだ?」

 と問うと紋匁は大声を上げた。

「戻るぞ、鉄平! やつらは順番を入れ替えた! 私達との戦闘を捨てて、直にアクアフロンティアに侵入するつもりだ!」

「何?」

 紋匁はそれだけ言うと、一目散に防壁の麓まで駆けた。その距離数百メートルとあるが、彼らの跳躍なら三十秒もあれば到達できる。

 鉄平もその後に続くような形で後を追うと、そこにはリヴスの残党三体が防壁をものすごい勢いでよじ登っているのが見えた。短い触手のような体毛が、吸着盤の役割を果たしているのか、彼らは絶壁とも言える斜面を全力で駆けていた。

 だが、それ自体結局は破れかぶれの本能でしかなかった。

「良いのか? それじゃあお前らの持ち味が台無しだぞ」

 と呟くのは紋匁。彼らにとって生身を晒す時点で、劣勢な立場へと転落していたのだが敗色濃厚な獣は何をするか分からない。

それだけが紋匁の心配ごとではあったが、今はもう彼らを両断し、防壁から引き剥がすことしか考えていない。

 紋匁は防壁に辿りつくと、壁に足を駆けて一気にリヴスの這う位置まで追いついた。彼らの先頭をいく一匹の前までいくと、通せん棒をする形で彼らの進行を遮った。

 先陣を切っているリヴスのギロリとした目が、紋匁を睨みつける。それは後を失った獣の目である。

「真っ当な御対面だな」

 それだけ言うと、滑空するように颯爽とリヴスを目がけて駆け下りた。

 滑空というよりも、もはやそれは落下に近い。紋匁の接近に合わせ、迎撃せんとしてリヴスがその大口を開けると、紋匁は落下の軌道を少しずらしていた。

 そうして噛みつきの回避に成功すると、ナイフの刃をその大口の端に切れ込みそのままリヴスの体の側面を両断した。

 痛烈な金切り声と共に、リヴスはまるでシールを剥がすように防壁からめくれ上がり、ついには海へと落ちて行った。

「あと二体……」

 紋匁は、彼女から見て前方の左右にへばりついているリヴスを早々に標的として捉えた。

 そこへ下から遅れて鉄平がリヴスに追いついた。丁度、紋匁と鉄平でリヴスを上下から挟み打ちするような格好になっている。もはや、彼にはリヴスを倒すことしか頭にない。

「お前ばっかり活躍しやがって、こっちは逃げ回っていただけで全然仕事が出来ちゃいねーんだかんな!」

 鉄平は右手にへばりついているリヴスに目をつけると、その手にナイフを握り締めて攻勢をかけようとした。

「ぐるるるるる…………」

 リヴスはまるでまだ諦めてはいないような具合に、喉を震わせている。そして後方の鉄平に気付くと、ぐるりと向きを変えて側面から迎え撃つような格好を取った。

 威嚇するように口を大きく開けるリヴス。

「そんなこけおどしが通用するかよ!」

 リヴスのテリトリーに飛び込んでいく鉄平。勢いがついているので今さらに方向を変えるということはできない。

 向こう見ずな特攻――紋匁はそれを目の当たりにすると、

「馬鹿、そのまま突っ込む奴があるか!」

 と怒号を鳴らして鉄平を叱りつけたが時すでに遅し。

 リヴスにとっては口を開いたのは実はフェイントであり、本命は体長のおよそ三分の一を占める尻尾による攻撃だった。

 鞭のようにしなるそれは、丁度鉄平がリヴスの懐に潜りこもうとしたその瞬間に彼を殴るようにして思いっきり叩きつけた。鉄平にとってはまったくの死角、そして不意打ち。

「ぐはっ!」

 鉄平は空中へと弾き飛ばされ、真っ逆さまに落ちて行った。

「鉄平! おのれらぁぁ!」

 紋匁は落下するそのままの勢いで、今しがた鉄平を弾き飛ばしたリヴスの横っ腹に着地すると、考える余地も無くリヴスのその懐にナイフを突き立てた。

 激痛を感じているのだろうか、身をよじっては荒れ狂うリヴス。それに並行してよじ登っていたもう一匹のリヴスが反応し、紋匁に急接近を開始した。

紋匁は突き立てたナイフを背中に向かって横一文字に切り裂くと、リヴスは前足で防壁を落ちまいとしてあがいたが、ずるずると後退し奈落へと落ちて行った。

 最後の一匹がその大口をガラガラと左右に振りながら紋匁へと突進していく。追い詰められた獣の最後の抵抗――それも虚しく、紋匁は防壁のちょっとしたとっかかりに足を駆けて跳躍し、リヴスの猛攻を軽々といなした。

 その際に、リヴスの尻尾の付け根へとナイフを突き刺して慣性の勢いを殺す。

リヴスの上に降り立った紋匁の顔には激がほとばしり、何人も許さないという気配しかない。

「がるるるるるるる……」

 暴れ馬ならぬ、暴れリヴス。

「あいつをやったのは、この尾かぁ!」

 と雄たけびを上げると、紋匁は狂ったように何度も何度も同じ個所にナイフを突き刺しては引き抜いた。

 緑色の鮮血が紋匁の額を染め上げると「これが止めだ」と言わんばかりに尾の付け根から頭部に向かって駆け、なぞるようにして一直線に切り裂いた。

 パックリと割れるリヴスの表皮。臓物が滴り、一つの生命が朽ちて行く。

 リヴスは生気を失ったようで、あっけなく防壁から落下して言った。

 紋匁は防壁から突き出た鉄筋に片手でぶら下がり、波が打ち寄せる遥か下を見下ろした。

「ハァ、ハァ……、台場……、台場はいるか?」

 必死の形相は困憊した表情へと変化する。

その声は宮御前か。そっちの状況はどうだ?

「ハァ、ハァ、殲滅だ。全部掻っ捌いてやったよ……、だが、鉄平がやられた! リヴスの攻撃で防壁から空中に放り出されたんだ……、あいつを、あいつを探さなきゃ……」

 疲労の上に鉄平がやられたことによる心労が重なり、紋匁の心象はまるで穏やかではない。

それには及ばないぜ

「え? 鉄平?」

何、人が死んだみたいな口ぶりをしてんだ、お前は

 それは確かに鉄平の声だった。

鉄平さん、何を勝ち誇ったような顔をしているんですか、私たちが下にいなかったら結構ヤバヤバな状況でしたよ

 そしてリィの声。

はいはい、全部おまえのおかげですよ、おチビさん。おら、これで気が済んだかよ

 そんな安堵が漂うやりとりにアヤメは怒りを爆発させた。

「ふざけるなよ! お前は戦場を甘く見過ぎだ。勘にばっかり頼りきっているからそういう目に遭うんだ!」

な、なんだよ、やぶからぼうに言いやがって。今回もめでたくリヴスを倒せたんだから、それで良いじゃねーかよ

 紋匁は鉄平の反応を見越していたのか、彼の言葉には興味がないと言った風に声を落とした。

「――もういい、私はもう戻るぞ」

 

つづく

 

説明
リヴストライブというタイトル、オリジナル作品です。 地球上でただ一つ孤立した居住区、海上都市アクアフロンティア。 そこで展開される海獣リヴスと迎撃部隊の攻防と青春を描く小説です。 青年、少女の葛藤と自立を是非是非ご覧ください。 リヴストライブはアニメ、マンガ、小説等々のメディアミックスコンテンツですが、主に小説を軸にして展開していく予定なので、ついてきてもらえたら幸いです。 公式サイトにおいて毎週金曜日に更新で、チナミには一週遅れで投下していこうと思います。公式サイト→http://levstolive.com
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