少女の航跡 第3章「ルナシメント」 26節「断罪」
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「この娘は、本当に彼女を惹きつけるのに役立つのですか?」

 台座の上に横たわらされたブロンドの髪をした少女、ブラダマンテの顔を覗きこみながら、ガイアは言った。

 ガイアは、人間達にとってみれば、さながら白い人形とも言える姿をしている、彼女の白く長い髪は異様とさえ言えたし、人の体では実現する事が出来ぬほど白い肌をしている。彼女はその白い肌にも髪にも、金色の瞳にも、一点の曇りもないような姿をしていた。

 ガイアはそうした異様なまでの無垢で汚れない外見さえ除けば人の姿とそれほど変わらない。人の子供のような姿をしている。

 精霊、妖精。そのような存在として人間達はガイアをとらえるであろう。だがガイアはそのどのような存在とも違った。その、どのような存在をも凌駕した存在であり、彼にとっての実の娘でもあった。

 人々からは神とも形容され、畏怖され、時には崇められる。絶対的な存在と言える彼らに、親子という血縁関係があるというのもおかしなものかもしれない。

 だが、人間達には到底理解する事は出来ないだろう。

 彼らは、人が想像する血縁関係など、もはや凌駕するほどの、絶対的な、そして精神的な繋がり方によって繋がっているのだ。

 ゼウスはゆっくりとガイアの元へと近寄っていく。ガイアからは父と呼ばれた彼ではあるが、彼女とは似ても似つかぬ姿をしていた。

 ガイアに比べると、ゼウスの姿は10倍にも近い体躯を持っていた。その姿は巨人と呼ぶにもふさわしい姿をしている。

「ガイアよ。これも運命と言うものだ。全く関係が無いと思われていた、フォルトゥーナの娘とオルランドの娘が出会い、お互いに絆を深めあう事になった。

 これは、全ての運命を司るこの私でさえも想定していなかった事だが、現に起きてしまった事だ。不確定なものというものは、いつの時代でも存在すると言うもの。それがこのような形として起こった。

 だから、今は我々はそれを利用しようではないか。あの頑固なフォルトゥーナの娘も、これでようやく我らが手中に入れる事ができる」

 ゼウスの発した一言一言が、圧倒的な迫力を持って発せられる。彼の発した言葉は地震のような響きを持つ。彼の言葉自体が、大地を揺るがすに十分な迫力を持つものだった。

 だが、ガイアは彼のそのような声を聞いても恐れもしなかった。彼よりも遥かに体躯は小さく、娘である彼女の存在ではあったが、ガイアの存在は彼と同等のもの。彼女自身も彼に劣らぬ存在感を放っている。

「私は、この世界への断罪を続ける。

 贖う同志達はいるようだが、所詮の所は、サトゥルヌスも、カイロスも駒に過ぎんのだ。ハデス達も迷いはしているが、結局のところ、我々の元につくと言う。

 我等は、大いなる輪廻の意志に基づき、世界をあるべき姿に整えるのだ。そのため、ここの世界にある文明は不要だ。文明は淘汰されねばならない」

 ゼウスはそのように言いながら、そっと顔を上げた。その深き溝を幾つも顔に走らせた異形の顔は、ある一点を見つめた。その一点には、空間に流れる川のような映像が流れている。

 その流れる映像には今、階段を登って来る一人の男の姿が映し出されていた。

 その男は、廃墟のような有様となった塔の階段を一歩一歩、脚を踏みしめるかのようにして登って来ている。

 その人物が何者で、どこを登って来ているのか、彼は良く知っていた。

「文明を淘汰させる権利など、何者にもない。世界のあるべき姿というのならば、それは今、ある姿そのものであり、何者にもそれを変える事は出来ないものなのだ」

 彼の背後で、低い男の声が響いた。彼は顔を上げた。

「サトゥルヌスよ。わざわざ、カテリーナ・フォルトゥーナを連れてきてくれたのか?」

 ゼウスが堂々たる声で背後の男に向かって言い放った。

「私はもはやサトゥルヌスではない。その名はとうに捨てたのだ」

 背後の男の声も、ゼウスの声に比べればかなり見劣りするものであったが、堂々たる声だった。彼の声はその空間に響き渡って、ガイアとゼウスの注意を惹いた。

「名を捨てたか。だが、お前がした離反はそれだけではないな。お前はこの世界に下されるはずの大きな裁きを妨害しようとしたのだ。それは、神に背いたも同然の事なのだぞ」

 ゼウスはサトゥルヌスと呼んだ男、ロベルトの方を振り向いてそのように言い放った。その声は静かながらも、圧倒的な迫力を持って放たれた言葉であり、大地さえも揺るがそうという迫力を持っていた。

 しかし、ロベルトは彼の方へと一歩踏み込んだ。まるで、彼自身の存在に贖おうとするかのように。

「神に背いた、か。まるであなたは自分がしている事をすべて正しい事であるかのようにその言葉を言うのだな。だが、やはりあなた達は間違っている。神もお前達がしようとしている裁きなどというものは認めないし、お前は神でさえない」

 ロベルトはそう言うなり銃を抜いていた。その銃口をゼウスの方へと向けている。

 だが銃口を向けられても、ゼウスはまるで気にもしていないようだった。子供がおもちゃの剣を大人に向けているも同然だった。ガイアの方も、ロベルトを何とも言えない表情で見て来ている。

 ゼウスは手で遮ろうとしながら一言だけ言った。

「止めておけ。お前が何をしようと無駄だ」

 まるでロベルトの事など、障害の一つさえ感じていないかのようなゼウスの声だった。

「何をしようと無駄か。そんな事くらいは分かっている。あなたは我々とは違うのだからな。だが、それは決して神であるという意味では無い」

 ロベルトの発した言葉が再び空間内に響いたが、やはりゼウスもガイアも、彼の言葉などどうとも思っていないようだった。

「神ではないか。だが、誰かが神にならなければならないのだ、サトゥルヌス。それが、どういう事か分かるか?我々は、この世界にとって神なのだ。文明を創り出す事もできるし、それを滅ぼす事もできるのだよ。この力を、神の力として、一体、何だと言うのだ?そして、お前もそれに手を貸して来たのだ。お前とて、我等と同罪である事は変わりあるまい。この期に及んでそれに贖うと言うのか?」

「我々がしようとしている事に、その娘は関係ないだろう?」

 ロベルトは、更にゼウスの方に一歩踏み込んでそのように言った。顔で、ブラダマンテが横たわっている台座の方を指し示す。

「ふふ、一体、何を言っているのだ?この娘も、カテリーナ・フォルトゥーナと同様、後の世界に必要となる存在として、神が選んだ娘の一人なのだぞ」

 ゼウスは若干の苦笑を見せてそのように答えてきた。彼にかかれば、苦笑さえも巨大に響く鐘であるかのようだ。

「その娘は何も関係が無い。後の世界に必要になるほど、彼女は強大な力を有していない」

 ロベルトはそんなゼウスの声には屈せずそのように言った。

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「お前も、私に贖うつもりだからこそ、このブラダマンテ・オーランドに接触したのだろう?本来ならばこの娘は、とうにその力を解放されているはずだったが、お前が余計な事をしたお陰で、カテリーナよりも随分と力の解放が遅れているではないか。この娘と接触する事によって、我等の計画を妨害できると思ったのか?どうなのだ?」

 ゼウスの声は響き、ロベルトは彼の言葉に対して答えを述べた。

「当初はそうする事で、彼女らにかけられた、神の荷とも言える重き荷を取り除けると思ったからだ。両親を失わせた事は、このブラダマンテにとって、心に深手を負わせる事になってしまった。お前はその深手を逆に利用し、ブラダマンテを飢えさせる事で、後の世界にも通用する人間にしようとしたようだが、それは神とは言えぬ行為だな。

 お前が街ごと彼女の両親を滅ぼした事が、神の偉業などとはとても言えない。だから私が彼女に手を差し伸べた」

 それはロベルトにとってみれば、仲間にしか明かしていない、ブラダマンテにも明かしていない事実だった。

 彼女は今、ロベルトの見ている向こうで横たわっているわけだが、彼女が、自分が生まれた時からロベルトに見守られて来たと思えば、一体どんな反応を示すだろう。

 ゼウスはそれを知ってか、言葉に感心とも嘲笑とも取れるものを含めて答えてきた。

「ほほう。という事は、サトゥルヌス。お前はまさか、このブラダマンテをまるで実の娘であるかのように思っていたのだな?理解できた。何故、この娘が生まれてからと言うもの、常に傍らから見守っていたかという事をな」

「だが、それももう終わりだ。あなたの計画はここで食い止める」

 と言うなり、ロベルトは更にもう一歩、ゼウスの方へと歩を進めた。

 ゼウスの方はと言うと、ロベルトの方は振り向かず、ただじっと、眼の前の黒い球体を見つめているだけだった。

 ゼウスの背中はあまりに大きい。異様なまでに禍々しい姿をしており、まるで彼の肉体全てが金属で出来ているかのようにも見える。彼の背中からは翼が生えており、その姿は巨大な昆虫のようにも形容出来たが、昆虫と言うにはあまりにも言葉が足らな過ぎる。

 彼は全ての生命を圧倒するほどの存在なのだ。

 ロベルトは自分で銃の銃口を向けていたが、こんなものがゼウスに通用するかどうか、彼自身でも、自信が無かった。

「お前が私を食い止められるとは思えないし、お前も自分が私達を食い止める事ができるとは思っていないのだろう?」

 ゼウスはそこでやっとロベルトの方を振り向くとそのように言って来た。

 ゼウスには何もかも見通されている。ロベルトは改めて思い知らされた。だがもう引く事はできない。

「決断を下すのは、カテリーナ・フォルトゥーナだ。彼女があなたの決断に対して贖うか、協力するかを決める。いや、彼女は既に決めている。あなたに対して贖うつもりでいる」

 ロベルトはそう言い放った。

「そんな分かり切った事を言うために、わざわざここに来たわけではないだろう?“ロベルト”?」

 ゼウスには何もかも見通されている。ロベルトはそれを痛感していた。だが動揺するつもりも暇もなかった。

「カテリーナの決断が何であるにせよ、私はブラダマンテをこのままあなた達の手中に渡すつもりは無い。解放してもらおう」

 ロベルトの目線の先にはブラダマンテの姿があった。彼女は意識が無いまま、側にはガイアの姿が立っている。

「ブラダマンテ・オーランドがここにいないと、カテリーナはここには来ないぞ」

 ゼウスはそのように言ったが、

「いいや、来るとも。彼女がここにいようといまいと、カテリーナは必ずここにやってくるさ。だから、解放して貰おう」

 そう言うなり、ロベルトはゼウスの方へと銃口を向け、警戒したまま、ブラダマンテが横たわっているベッドの上へと近づいていこうとした。

「だが、そう言う訳にもいかないのでな、サトゥルヌス。我々の計画の一かけらにでも手を出し、妨害しようと言うのならば、お前も敵である事に代わりはないようだ。だが長き間、共に行動をしてきた仲間として、お前にも敬意を払わねばならん。ガイア!」

 ゼウスが声を上げると、ブラダマンテが横たわる台の前にいた少女がゆっくりとロベルトの方に近寄った。

「ごきげん麗しゅう、サトゥルヌス様。再びお目にかかれて光栄ですわ」

 その声はゼウスの神とも取れるような圧倒的な声とは反し、純粋無垢な少女そのものの声だった。だが、その純粋さが籠った声は、あまりに美しすぎるものであり、逆に恐ろしい響きが籠められていた。

「私はカテリーナ・フォルトゥーナをここに迎えねばならんのでな。サトゥルヌス、お前の相手はガイアにしてもらおう。お前もガイアの事は良く知っているだろう?彼女がどれだけ恐ろしい力を持っているかも、全て知っているはずだ」

 ロベルトはゼウスのその言葉に反抗するかのように、ガイアの方へと銃口を向けた。

「ああ知っているさ。だが、私は覚悟の上であなた達に離反をした。それも分かっているのではないか?」

 ロベルトのその問いに、ゼウスは何も答えようとはしなかった。再びロベルトの方に背を向け、眼の前の黒い球体へと集中している。

 ロベルトの目的はあくまでブラダマンテの身柄の確保だった。彼はガイアに向けられている目線に立ち向かいながら、彼女の横たわっている台の方へと歩を進めていく。

 ロベルトの持つ視線は鋭く、それだけでも武器であるかのような眼光を放っていた。だが一方のガイアの方はその純粋無垢な目を見せ、まるでロベルトの攻撃的な視線を中和してしまいそうな気配を醸し出した。

 ロベルトは銃の射程内までガイアに踏み込んだ事を確認し、躊躇いなくその引き金を引いた。

 しかしガイアはその銃弾の速度よりも早く動いて見せ、異様に長く伸びた髪にさえロベルトの放った銃弾は掠りもしなかった。

 ガイアはゆっくりとロベルトに接近してくる。ロベルトは銃弾を更に放ったが、ガイアは正面から近づいてきた。それも、ゆっくりと歩を進むかのように進んでくる。ロベルトの放った銃弾を避ける時だけ、残像を残すほどの速度で左右に動き、まるでガイア自体が、掴む事が出来ない幻影のような存在にさえ見えた。

 ガイアはロベルトにある程度まで接近すると、その手をロベルトに向かってかざした。ロベルトは銃弾を放ち続けるが、ガイアには一発も命中することなく、遂に銃に篭められている弾が全て尽きた。

 ロベルトは銃弾を再装填しようとしたが、ガイアは構わずロベルトに接近し、そのガラスのように繊細な掌をロベルトにかざす。

 ロベルトは銃弾を素早く再装填し、その銃口をガイアの方へと向けたが遅かった。ガイアの手のひらからは眩い白い閃光が光り出していた。

 一点の汚れも無いかのように見えるその光の中で、ガイアの表情は異様に不気味にさえ見えていた。口元を緩ませ、何とも取れない表情でこちらを見ていた。

説明
ブラダマンテを拉致した、黒幕のゼウスとガイア。しかし彼らを止めるために、サトゥルヌスことロベルトがそこに現れるのでした。
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