【平燭】声と自覚【腐向け】 |
「俺、今日誕生日なんですよね、燭さん」
ようやっと激務が終わった燭が、自室を開けて一番最初に聞いた声は、まぎれもなく今日一日避け続けていた男の物であった。
第貮號艇長平門は、身内にしか知られていないがとても、それはそれはとても面倒な人物である。
主に、その被害を被っているのは研案塔で最も有能な医師であり、SSSでもある燭その人であるのだが。そして今回も、当然のようにその役回りは回ってきた。
いつになくハードスケジュール。そのくせ、夜の時間帯はやたらあいている時間配分。何かおかしいと思わなかった燭ではない。
しかし、今日は恩師である療師の教えが聞ける日でもあったし、何より時辰から直々の命があった。何かをおかしいと思い続けると言う行為は不可能だったと言える。
よもや、それらすべてが燭と平門を夜に一緒にさせるための計画であったと、誰が思うであろうか。苛立つ心を押さえられるほど、燭は大人ではなかったし、冷静でもなかった。
「貴様の、そのせいで!私が今日一日一体どれほどこき使われたと思っている!」
「いやぁ、貴方をこき使えるのは療師と時辰くらいですから」
「貴様……!」
「で、燭さん、俺になにか言うことはありませんか?」
「とっとと帰れ」
人を食ったような笑みが、ここまで憎く見える日が来るとは思ってもみなかったと、燭はイライラと目の前の男を睨みつけた。声を荒げすぎていないだけまだ冷静な部分が残っていると言えるだろう。
早く寝たいのだ。彼は。一日中療師と時辰にこき使われ続け、たいした結果も得られず、無駄な体力だけを消費した。
こんな横暴が許されていいものか。いや、いいはずがないと自己完結し、そしてその結論を実行させるべく目の前の男を排除しにかかる。
だが、そこは平門だ。貮號艇長様だ。そんな簡単に引きさがったりはしない。
「貴方に祝っていただくためだけに今日の予定を開けておいたのですが」
「人を忙しくした罰だな。諦めてとっとと帰れ」
「丁重にお断りします」
「良いから帰れ!」
「嫌です」
最早水掛け論であった。結論の出ない口論に、燭は今まで押さえていた声を荒げ、平門は同じ表情のまま同じ返答をする。
これ以上付き合っていられるかと、燭はベッドにもぐりこむ。こうなったら不貞寝をしてしまえばいいと。
「どうされるんですか?」
「睡眠をとる」
「そんな! なら、誰が俺に誕生日おめでとうと言ってくれるんです」
「ツクモあたりに言ってもらえ」
「貮號艇の面々からは祝ってい貰いましたよ。花礫も渋々ですが言ってくれましたし」
「ならそれで納得しろ」
「嫌です。燭さんに言ってほしいんです」
人を小馬鹿にするような声音は健在だ。その言葉のどこにも現実味というか、真実味というか、ソレを本物だと位置づける何かがない。だから聞きたくないのだと、燭は反論したい心を押さえて強制的に目を閉じた。
後ろで、平門が嘆息するのが分かる。
「どうしても、貴方に言ってほしいんです」
「……」
「貴方でないと、ダメなんですよ、燭さん」
「…………」
まるで片思いをする少年の様な声だと、燭は嘲笑った。今更、そんな齢でもないだろうにと。振り返った先にあるものを、燭は知っている。いつもの様な皮肉屋らしい彼の笑みだ。それ以外があるはずないと、知っている。
だから、平門の思惑に乗るまいとかたくなに振り返るコトを拒む。
背後で、ギシリとベッドのスプリングが軋む音がした。
「燭さん、こっちを、向いてください」
「っ……!」
なんて声を出すのだと、思わず燭は悲鳴をあげかけた。
耳元に届いたのは、六歳年下の男の声だ。間違いがなければそうだ。
だと言うのに、同性である自分さえ鳥肌を立ててしまうほど壮絶な色気を伴う声を、彼が出せていいのだろうか。良い訳があるはずないと、布団を握りしめる手に力を入れた。
だが、途端に力が抜ける。平門が、その手に自身の手を重ねたからだ。体が、余分に密着する。背中から伝わる体温が、燭を混乱させる。
「ねぇ、燭さん。どうしても言って下さらないんですか?」
「ぁ……っ!」
ゆっくりと語りかけるように、吐息ごと耳に注がれてしまっては、燭にはなす術がない。まるで、あってはいけない体の内にある熱を暴かれているようで、思考が破裂しそうだ。
「ひら、と…」
「なんですか?」
もう、彼は限界だった。
あまりの事態にオーバーヒートした頭で、どうにもひきつる喉を動かしてカラカラの声をあげる。
「誕生日、おめでとう」
苦し紛れに出された声はみっともなく静かな部屋に響いた。
声を出しただけなのに、心臓の音がみっともなく脳内に反響する。傍にいる平門にまで聞こえてしまうのではないかというくらいに、それは大きな音だった。
再び、ベッドのスプリングがギシリと音を立てる。今度は体重が上に上がるための負荷だった。
「有難うございます、燭さん。それでは、夜分遅くに失礼しました」
きっと、これ以上ないまでにすがすがしい笑みを浮かべているであろう平門が、脳裏にちらついた。彼は、なにをするでもなく部屋を出ていく。そこにはなんのアクシデントも存在しない。
扉が開いて、閉まった。その音を未だ混乱している脳が判断すると、燭は大きなため息をついて自身を落ちつかせる試みに出た。
しかし、心臓の音は鳴りやまない。恋をした少女の様に高鳴って仕方がない。三十路を過ぎて何が少女だと言ってしまいたくなるが、それを錯覚するには十分だったのだ。
景色が変わる。真っ白になる。メインの照明に焼かれた瞳は、何も判別できない。
「あの、クソガキが……」
何時になく乱暴な言葉遣いで紡がれた言葉は、しかしどこか甘い響きを持っていて。
どうするべきかもわからない最高峰の脳は、完全にイカれてしまっていた。
後書きという名の懺悔。
平門さん誕生日おめでとう!そして燭先生大好きだ!
この二人の公式のやり取りが大好きです。今回は糖分少なめで書いてみました。
平門さんが本気で燭先生のことが好きなのか、ただ遊んでいるだけなのかの判断は読者のみなさんにゆだねます。というか、居るんですかね、読者さん。
説明 | ||
平門さん誕生日おめでとう!愛してる!でも燭先生の方が好き!…ということで、例によって平燭です。全年齢向けに書いたんですが、少し如何わしい描写があったりなかったり。個人的にはないと思ってます!平燭増えろ! | ||
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