外史異聞譚〜反董卓連合篇・幕ノ二十二/洛陽編〜 |
≪洛陽/北郷一刀視点≫
さて、ちょっと関係のない話をしようか
詰碁や詰将棋に代表される棋譜の研究と考察というのは、これで結構奥が深い
なぜなら、その時の人間の思考がそれらに浮き彫りになるからだ
現代のように思考時間や一手を打つまでの時間までが詳細になるものではないが、その人物が悩んだ時間を抜いても、どのように考え手を打ったかが、どういう意図でこの詰めを考案したか、そういったものが棋譜を見れば詳細なものとなる
特に碁は、打ち手を見れば身分が知れると言われる程にその個性が浮き彫りになる遊戯で、下手な軍略や戦術を学ぶくらいなら碁を学んだ方が余程優秀な戦術家になれると俺は思っている
もっとも、地図や地形、天候を把握するという下地があってはじめて言える事ではあるのだが
そして、優秀な戦術家は状況を限定しさえすれば優秀な策略家にもなれると俺は思っている
相手の思考を読み、その裏をかき、自分に有利となるように事を運ぶ
これは策略の基礎であり究極でもある
しかしながら、極端な事を言えば俺は戦術などというものは考慮する必要すらないと思っている
相手の倍の兵力を用意し、十分に休養をさせて英気を養い、可能な限り練度をあげて遊兵を作りさえしなければ、そこに敗北はまずありえないのだ
それは歴史が証明している
寡兵で大軍を打ち負かす事が異常であるからこそ、その戦いは後世に伝えられ賞賛されるのだから
故に本当に思考をするべきは戦略であり政略である
これらを一緒と考える向きは多いのだが、それは愚考でしかない
政略とは“どうして戦うのか”を決めるものであり、その大要である
戦略とは戦う前に兵馬を整え戦場を設定し、相手より有利な状況を構築することだ
戦術とはこれらの前提を整えた上で、どう被害を減らして勝つかを行う手段である
話が逸れたように感じられるだろうが、これは知略に於いても同じである
目的を定め、自分に有利な状況を作り、適切な人物を配置して結果を手に入れる
その意味で、馬一族をはじめとした涼州諸侯は全てを誤ったと俺は思う
まず最初の一手として、諸侯連合への参加を選んだこと
これが俺だったら、まずは何を置いてでも洛陽へ使者を飛ばしただろう
戻ってこないのであれば、それが洛陽の現状を示す事になるのだから、その時はじめて諸侯連合への参加を表明すればよかったのだ
それを行わなかった理由はこんな感じだろう
恐らくは董仲穎はともかく、似非占師などが予言した天の御使いなどという得体の知れないものを認める事ができなかったのがひとつ
もうひとつは馬寿成の病がかなり深刻であることの証明だ
これは酷な評価ではあるが、武人としてはともかく、涼州諸侯の求心力として、錦馬超は馬寿成に遠く及ばない事の証明でもある
複雑な政治工作を重ね、洛陽で涼州の安全を確保できるだけの政治力が錦馬超にはない、と判断されたということだ
結果としてこの読みは正しかったといえる
ふたつめの失策は、諸侯連合での立ち位置だ
これは恐らく、錦馬超の個人的感情によるものだろう
多少でも政治的配慮ができる人間であるならば、諸侯連合に参加して尚、漢室に弓引くような事はできない、などと強弁はしない
最低限の協力は約束するはずであり、その点では北平の公孫伯珪は正常な政治的感覚を有していたといえる
結果として敗北を喫したとはいえ、そこに正義があったと信じて自ら動いていたものと、そうでないものに対する感情は異なるのだ
俺達の感情ではなく、諸侯の感情が
そして、最大の失策は馬一族の権勢と涼州の実績を過信していたことだ
彼女は恐らく忘れている
馬一族も一度ならず失脚し、五胡の地へと逃げ延びていた過去がある事を
漢室にとっても大陸の諸侯にとっても、涼州は五胡に対する要ではあるが、その中心が常に馬一族である必要はどこにもない、という事実を失念しているのだ
これは、究極的には涼州諸侯であっても変わらない
馬一族より堅実に、確実に、そして負担や犠牲が少ない人物が率いてくれるのならば、あえて馬一族に義理立てする必要性はないのだ
これらの事実を把握した彼女らは、恐らく自分達では水面下でと思っているだろうが、実質は水遊びに興じる幼子のように盛大に、涼州の立場と正義を喧伝し味方を求めて回るだろう
洛陽に残る数少ない縁故のある官吏に早馬を飛ばし、諸侯豪族に会話を求め、今更のように友誼と情報と理解を求めるに違いない
これらが自分の首を絞めると理解していて尚、奔走するしかないのだ
それは、先の会談で錦馬超が発したいくつもの言葉と態度が証明している
関係ない話だがもう一度言おうか
詰碁や詰将棋に代表される棋譜の研究と考察というのは、これで結構奥が深い
俺は今、本当にそう思うのだ
≪数日前/馬伯瞻視点≫
私とお姉さまは、事実上の死刑宣告を受けた状態で詮議を終えた
返すがえすも叔母様があの場にいなかった事が悔やまれる
これは、お姉さまには申し訳ないけど“格”の差だ
多分、同じことを叔母様が言ったなら、こうまで酷い状態で詮議を終える事はなかったと思う
それはお姉さまも感じているみたいで、ずっと唇を噛み締めて目尻に涙を浮かべたままだ
言葉の“重み”がこんなところで出てくるなんて思いもしなかった
同じ馬一族とはいえ、お姉さまはずっと涼州で戦い続けていて、叔母様の体調や宦官嫌いもあり、この動乱の中で洛陽に顔を見せに来たことがない
つまり、お姉さまの立場は“名前だけの名代”だという事なのだ
これが一度でも叔母様がお姉さまを連れて宮中にあがっていれば話は全く異なるんだけど、そういった部分でいうなら諸侯の大半がそのような状態だ
せいぜい農民反乱の時に一度、洛陽に上がったかどうかだろう
そういった部分での差が露骨に出た結果ともいえる
叔母様が動ける身体だったらと、本当に思わずにはいられない
その上で、結果としてこうなってしまったのもある意味仕方がないんだけどぉ…
それもこれも、全てお姉さまの誇り高さから来ているのだというのがもう、どうにもならない
とはいえ、これで詰んだと諦めるには早過ぎる
私は陣に戻るとお姉さまを元気づけながら声をかける
「ほらー!
いつまでもべそべそしてるなんて、お姉さまらしくないったらありゃしない!」
「でもさ…」
うわちゃあ………
これは重症かも……
雨の中で濡鼠になった子犬みたいな目をして見上げてくるなんて、相当参っちゃってるなあ…
まあ、お姉さまの事だから、そのうちこの状況に耐えられなくなって爆発することで立ち直るとは思うんだけどぉ……
一度こうなるとじみーに長いんだよねぇ、お姉さまって
て事は、それまで私ひとりで全部やんなきゃなんないの!?
………これって流石に恨んでもいいよね、叔母様………
全くもう、諸侯にはともかく、涼州のみんなには私から言うのとお姉さまから言うのとじゃ雲泥の差があるっていうのに、本当に世話が焼けるんだから…
仕方がないので、無理やりお姉さまを立ち直らせるため、私は禁断の技を使うことにする
題して、お姉さまの秘密暴露っ!!
私はお姉さまの耳元に口を寄せて囁く
「お姉さま、いつまでもそのままだとこの陣のみんなに………………の事ばらしちゃうけどいい?」
お姉さまはその内容に顔を真っ赤にして飛び上がる
「ちょっ!
ばっ!
おまっ!!
なんでそれを…っ!?」
お姉さまが私や叔母様に隠し事しようったって無理なんだってば
だってすーぐ顔に出るんだもん
くふふふふっ、やっぱり慌てるお姉さまってかっわいいよねーっ!
ニマニマと笑う私に向かって、お姉さまは声も出ない感じで口をパクパク言わせてる
ま、これでさっきまで落ち込んでたのは吹っ飛んだと思うし、多分忘れると思うから大丈夫だよね
基本、お姉さまは脳みそ使うの苦手だし、体育会系だから色々やってたらそういうのはどっかいっちゃうから問題なしなし!
これはかなりの部分でさっきまでの憂さ晴らしも兼ねてるのはお姉さまには内緒だけど
多分ばれないからだいじょうぶっ!
「ばらされたくなかったら、涼州のみんなに撤収準備とか号令してきてよね!
この事も伝えてもらわなきゃならないんだし、叔母様の判断も必要なんだから
急がないといけないんだから頑張ってよね
ね?
お・ね・え・さ・まっ」
「&$%#&%$##&%$&!?」
言葉にならない叫びをあげるお姉さまを笑って見ていた私なんだけど、いきなり空気が変わったのを感じて笑いを引っ込める
あ、ちょっとからかいすぎたかも…
顔を真っ赤にしたまま銀閃を持ち出したお姉さまを見て、私はやりすぎを悟った
背中を冷たい汗が流れる
えっと〜………
もしかして、ほんき………?
「ふふふふふふふふふ……
た〜ん〜ぽ〜ぽ〜………」
えへへへへ…
お姉さま、目が笑ってないや………
こめかみに冷汗を浮かべて愛想笑いをしながらじりじりと下がる私に、お姉さまが摺足で間合いを詰めてくる
「えっと、あの、お、お姉さま?
たんぽぽちょ〜っとだけやりすぎちゃったよね?
あ、謝るからさ………」
「も・ん・ど・う・無用っ!
あの秘密を知ったものは生かしておけないっ!!
死ねっ!!」
「うきゃーーーーーーーっ!!」
天幕から飛び出して必死で逃げる私と、それを追いかけるお姉さまを見て涼州のみんなが笑ってる
うん、まあ、いつもの光景といえばそうだもんね
これでまあ、まだなんとかやっていけるかな……
って!
それどころじゃないんだってばっ!!
お願い助けてもうこの際誰でもいいからっ!!
このままじゃ本当にお姉さまに
こ〜ろ〜さ〜れ〜る〜っ!!
私とお姉さまの追っ掛けっこは当分は続きそうだ
≪数日前/曹孟徳視点≫
まさか、あの錦馬超に頭を下げられるなんてね…
私は、肩を落として去っていく涼州の豪傑とその従妹の後ろ姿を見つめながら、様々な感慨に溜息をついた
彼女達の気持ちも立場も解るのだけれど、今の私は彼女達の言葉に絶対に首を縦に振る訳にはいかない
感情としては少なからず味方もしたいし、こちらの条件によってはあの豪傑を麾下に招く事すら可能な状態ではあったけれど、それでも首を縦には振れなかった
特に同じ武人として感じるものがあったのか、春蘭の瞳には一際同情の色が濃い
同じ立場になったらと、自分と重ね合わせているのだろう
それは季衣も同じなのか、何かを言いたげにちらちらと私の方を見ている
私はそんな二人にそっと首を横に振って、奥に設えてあった椅子に身体を預ける
「あの……
華琳さま……」
おずおずと言葉を口にする季衣に、私はそれ以上先を言わせる訳にはいかなかった
「お黙りなさい、季衣
それ以上言うのは許さなくてよ」
びくっと身体を縮める季衣には可哀想だけれど、そこから先を言わせる訳にはいかない
ここは既に敵の腹の中なのだ
たった一言が命取りになる
だからこそ、私は彼女達が食い下がる事もできないように扱い、一顧だにもせずに返したのだ
そんな私を愛しい従姉妹達が視線で宥めてくる
ふと見れば季衣の瞳には涙が溢れ今にも溢れそうになっていた
その様子に、私は少しきつく当たりすぎた事を悟る
季衣はまだ子供だという事を忘れていた私の不注意だ
「ごめんなさい、季衣
別に貴女の事を怒ったのではないのよ」
うりゅっと瞳を潤ませながら季衣が上目遣いに私を見ている
………我慢なさい華琳
季衣はまだ子供なんだから
一瞬不埒な感傷に支配されるが、さすがにそれは自制する
自然と花開き咲き誇るまでは無粋というものよ
でも困った事に可愛いのよね…
私は埒もない思考を追い払いながら季衣に諭す事にする
「季衣、よくお聞きなさいな
例えば、季衣は村の人達を一人で盗賊から守れるくらいに強いわよね?」
私の言葉に出会いの時を思い出したのか、季衣はぱっと顔を明るくして頷く
「はいっ!
あの時は華琳さま達に助けていただきました!」
私はそれに頷いて話を続ける
「そうよね、あの時はそうだったけれど、もしあの盗賊が5万とかの規模で私達が季衣を見捨てたとしたら、貴女はどうする?」
その言葉にむっとしたのか、季衣は元気に言い募る
「そんな!
華琳さまも春蘭さまも秋蘭さまも、そんな事はなさらない方ばかりです!!」
まあ、確かに盗賊如きならそうなんだけど…
「そうかも知れない
でも違うかも知れない
その時季衣は戦うしかないのだろうけれど、私達が
『勝負にならないから逃げましょう』
と言ったら、どうする?」
逃げる、という選択肢があの時の季衣にはなかったでしょうから、ちょっと意地悪な話かも知れないわね
………一緒になって悩んでいる春蘭が少しどころでなく気掛かりではあるけれど
「いや、盗賊の5万やそこら、私なら…」
「姉者ぁ………」
ええ、すまないけれど秋蘭、少し春蘭のお守りをしていてちょうだい
季衣にも早いうちに、春蘭以外に誰か教師をつけるべきね
戻ったら考えておきましょう
悩んでいる季衣に、私は言い諭す
「季衣が悩むという事は、無理でも守らないといけないものがある、ということよね?」
不安そうにゆっくりと頷く季衣に、私は笑いかける
「それは確かに正しい事よ
その気持ちは大事にしないといけないわ
でも、それを向ける方向と時期を間違えてはいけないのよ」
私の言葉を噛み締めるように、季衣はゆっくりと言葉を紡ぐ
「えっと…
よくわかんないですけど、守るべきものを間違えてはいけないということですよね?」
その視線で「涼州の人達は違うのか?」と問いかけてくる彼女に、私は頷く
「今私達が守らなければならないものは涼州の人々?
それとも陳留で共に戦ってくれた人々?
季衣はどちらだと思う?」
「それはやっぱり………」
言いづらそうに口篭る季衣の頭を私は撫でる
「そう
悔しいけれどそれが正解なのよ
私は目の前の100人も、その後にいる見えない人々もいずれその全てを守る気でいるし、誰も見捨てたりはしない
だけど…」
これ以上は言葉にできない
今の自分の無力さを言葉にしてしまえば、私は………
「華琳さま、ごめんなさい……」
季衣は本当は頭の良い聡い子だ
学問ができるとか、そういう意味ではないけれど、人の気持ちや空気を読み、その天真爛漫さで皆を救ってくれる
そういう意味で素敵な子だ
そんな子にこんな表情をさせてしまった不甲斐なさに、私は自分で自分を殺したくなる
私は季衣の頭を撫でながら、表情を引き締める従姉妹達と共に頷く
「でもね、見ていなさい季衣
こんな無様はもう二度とない
いずれ必ず全てを救ってみせる
この私の手で」
「………はいっ!!」
再び笑顔を取り戻した瞬間、季衣のおなかから“きゅるるるるる〜っ”という豪快な音がする
「えへへへへ……
安心してすっきりしたら、おなか減っちゃった……」
「そういえば食事がまだでしたな、すぐ用意させましょう」
照れくさそうに頭を掻く季衣を見て、微笑みながら秋蘭が言う
それを受けて春蘭も暢気に笑う
「そういえば腹が減りましたな
今日の献立は何なのか楽しみです」
「そうね……
ではみんなで食事にしましょうか
味気ない糧食もみんなで食べれば少しは美味しくなるでしょうしね」
『はい!!』
笑顔を取り戻した彼女達を見ながら私はもう幾度になったか判らない誓いを再び行う
こんな無様は二度とはないわ
覚悟してなさい、董卓
そして、天の御使いとやら………
説明 | ||
拙作の作風が知りたい方は 『http://www.tinami.com/view/315935』 より視読をお願い致します また、作品説明にはご注意いただくようお願い致します 当作品は“敢えていうなら”一刀ルートです 本作品は「恋姫†無双」「真・恋姫†無双」「真・恋姫無双〜萌将伝」 の二次創作物となります これらの事柄に注意した上でご視読をお願い致します その上でお楽しみいただけるようであれば、作者にとっては他に望む事もない幸福です コラボ作家「那月ゆう」樣のプロフィール 『http://www.tinami.com/creator/profile/34603』 機会がありましたら是非ご覧になってください |
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さて、涼州を一刀たちが管理するのか、月たちに任せるのか。・・・しっかし人材が足りない気がするのだよ。誰を当てはめるか・・・うーん、あの時代だと張既、カク昭、郭淮・・・あー思いだせん。(通り(ry の七篠権兵衛) 今の涼州勢に力を貸すところはなさそうだな。 劉備がもしかしたらかな?(きの) |
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