クローズファンタジー 蒼の巻 1
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第1章『魔鉱石』                      

 雨に打ちひしがれれば、人は弱る事をレイドは知っている。

 ただの小石でも投げつけられれば、人は傷つくし、それが何十何百という数になれば大怪我を負わせられる事だってレイドは知っている。

(あの時、僕はどんな顔をしていた)

 集中殴打を喰らって気絶した山賊達を邪魔にならないよう、道脇にどけながらレイドは崖上でスリングショットを真っ二つにした時の自分の心境について頭を悩ませていた。

(やっぱり、怒ってた?)

 自分で自分に問いかける。

 

 答えは過去として返ってきた。

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 10年前、レイド・コールがレイド・コールという名を持たず、ただのみすぼらしい獣(けだもの)として生きていた頃の話。

 その少年には沢山の肩書き、いや悪名がついていた。

『混ざり物』『化物』『ケダモノ』『悪魔』『人間の皮を被った怪物』『蒼き悪霊』『冷酷非道』『殺人鬼』

 数えていたら、きりが無いほどの悪名を抱えながらも少年は大して気にしていなかった。何せ彼には記憶が無かったのだから。本当の両親も、故郷も、自分の名前すらも。

 何もかもが、少年には分からなかった。

 だから、自分の存在が周囲にとって忌まわしいものである事が当たり前であり何ら違和感を感じずに生きていた。

 

「ふふっ……」

 そこまで考えて、レイドは嘲笑する。

 山賊に化物と言われて腹が立った自分がいた事に気付いたからだ。

 冷静に越した事は無いが、仮にケダモノのまま生き続けていたとしたらレイドは化物と言われようが何も感じず、ただ剣を振るって目の前の障害を排除しただろう。

 つまり、良くも悪くも自分が化物扱いされたら怒りを露にする程度には”人間らしくなった”という証拠。

 

「レイドー! これくらいにして、さっさと先に進みましょう」

 イリアの呼ぶ声がしてレイドは振り返った。

 確かに、これ以上は山賊達をどけなくても通行の妨げにはならないだろうし時間を取り過ぎると目を覚ましてしまうかもしれない。

「分かった」

 白色で青色のラインが幾つも入った特徴的な騎士服から砂埃を払い、レイドは馬車に乗る。既に他の面子は乗車していた。

 

「いやぁ、しかし三つの種族。それも四大国の人間が揃って一つ馬車の中というのも珍しいね」

 パカロッパカロッと馬の蹄が小石を蹴散らす音が軽快に響く中、ルーフェンスがしみじみといった様子で呟く。それに、ほぼ全員が賛同するかのように頷いた。

「へ? そんなに珍しいことなんですか?」

 その中、レイドだけが首を傾げる。何せ妙に全員溶け込んでいるではないか。

「おいおい、聖王国ってのは箱庭なのか?」

 そういう問題ではないと、レナが鼻で笑いながらレイドを小馬鹿にする。

「違う。レイドが世間知らずなだけ」

「イリアまで!?」

「まあ、確かに異様な光景ではあるかもしれませんね」

 イリアにまで馬鹿にされ、落ち込むレイドをフォローする形で中年半ばの学者、ヴィロが口を挟んだ。

「ここは聖王国の領土。増してや、”亜人戦争”が終戦したばかりですし」

「俺達、別の巣で暮らしてる連中がいること自体が可笑しいっつー話だよ」

 レナがヴィロが言うよりも早く結論を導き出した。

「ま、まあそういう事です」

 レナの比喩に苦笑いを浮かべながらヴィロがずり落ちそうになった眼鏡を整える。

(そういえば、詳しい事は知らないけど亜人戦争が10年前に終戦してたんだったな)

 

 レイドは10年前からの記憶が無い。その頃、丁度、亜人戦争と呼ばれる種族間の偏見、差別から起きた戦争が終戦したらしい。

 未だに、戦争の名残は各地に残っており三つの種族、魔人と獣人、そして竜人も他の種族とは関わるのを躊躇う傾向にあるらしい。

「ふっ、これも何かの巡り合わせと考えるべきだろう。そういえば、ろくに自己紹介もしていなかったね」

 ルーフェンスが場を締め括り、自己紹介に流れを変えた。

 

 レイド達は同じ馬車に乗り、同じ目的地に向かっているが皆が皆、同じ目的を持って行動しているわけではない。

 とどのつまり、世間話をするような関係では無かった。

 

「僕は帝国出身の吟遊詩人でね。聖王国には、旅目的で入国したのだが生憎、路銀が尽きてしまってね。そこのロア君と共にこの馬車を利用した運送業を営んでいる。ちなみにロア君が御者(ぎょしゃ)で僕がガイドだ。それと僕の名前は長いからね、ルーフェと呼んでくれると嬉しい」 

 この馬車はルーフェンスとロアの所有物で、山道だろうと何だろうと早く走れるのが売りらしく、使っている馬も他の馬よりも一回り大きく逞(たくま)しい体つきだ。 

「ああ、ちなみにロア君は重度の人見知りなんだけどね。ああやって顔を隠してはいるが実は誰かが話しかけてくれるのを常に期待しているような人間だから、是非とも構ってくれたまえ。とても喜ぶ」

「変な嘘を吹き込むな」

 機械音声越しでも怒っているのがハッキリと分かるぐらいに、大きな音を発しながらロアが否定した。

「ほら、こんな風にからかいがいがあるのだよ」

「き、貴様……」

 引っ掛かったと言わんばかりに笑いをこらえるルーフェに対し、ロアはこれ以上、反応したら負けと言わんばかりに機嫌を損ね、それ以降はだんまりを決め込んでしまった。

「群れるのは嫌いだが、俺も名乗っておくか」

 お次はレナが乗り出した。

「俺の名前はレナ・トレアス。牙竜国(トライドラ)の出身だが野暮用で、ここに来た。短い付き合いになるだろうが宜しく頼む」

 口は悪いが、意外と義理堅い性格なのかレイドに握手を求めてきた。

 喜んでレイドは握手に応えるが、何やら故意的に強く握られている気がしてならない。

「では次は私が」

 レナの強烈な握手のせいで渋面を浮かべるレイドを他所に自己紹介は続いていく。

「私の名前は、ヴィロ・アルベイン。自由国(バーロス)で魔力に関する研究を続けていたのですが、聖王国の各地にて魔力の大量発生が確認されていると聞いて検分の為に出向いてきた次第です」

 ヴィロが丁寧にお辞儀をし、

「そんじゃ、締め括りといきましょうか」

 イリアが自己紹介のラストバッターを務める。

「私はイリア・ホーネット。んで、そっちにいるのが……って、何やってんのよ、レイド」

 レイドの異変に気付き、イリアが何やら如何わしいものを見るような目つきで会話を中断する。

(やっと気付いてくれたッ……!)

 レイドは心の中で救いの手が、ようやく差し伸べられた事に感謝した。

 というのも、レナは相も変わらずレイドの腕に謎の重圧を加えており、いい加減レイドにも嫌な汗が滲み出していたのだ。しかも相手は口調こそ男のそれだが女性である。レイドは反抗精神で握り返す事も出来ずに、耐え続けるしかなかった。

「フッ……」

 レナが笑いながら、手を離す。

「少し力勝負がしたくなってな。膝をつけないタイプの腕相撲をしていたんだ……」

(だろ……?)

 作り笑いを浮かべながら、レナはあからさまな嘘をつく。そして、同意である事を促すように。いや、脅すようにレイドに耳打ちした。

 全く以って、レナの意図が読めないレイドだったが、とりあえず話を合わせないと嫌な予感がしたので、ぎこち笑いを浮かべながらレナに合わせてみる。

「うっ、そうです。レナさんはお強いですから少し力比べをしてみたくて」

 心の中では、誰か察してくれと願ってやまないレイドだったが、

「ほら、腕相撲って普通なら膝をついて根っからの力勝負になっちゃうじゃないですか。だから敢えて膝をつかないアンバランスな腕相撲で勝負しようかと……ハッ、ハハハ」

 一同がレイドの発言に沈黙する。こんな滅茶苦茶な嘘をついたら怪しまれるに決まっている。

「まあ、確かに種族によって腕力差は大きく変わってくるし、その変なルールの方がフェアに機能するかもね」

 幸か不幸か、イリアが嘘をカバーするかのようにレイドのフォローをしてくれた。目は笑っていないが……、

「あーもう。話が脱線しちゃったわね。改めまして、私はイリア・ホーネット。武術家だけど”ハイデルヴェルグ騎士団”の魔法騎士(マジックナイト)を務めてる。んで、そっちのレイドは同じく”ハイデルヴェルグ騎士団”の竜騎士(ドラグーン)で同僚。私達がヴィロ教授の護衛を務めてるって訳」

 話の軌道を修正しながら、レイドも纏めてイリアが自己紹介をした。

 ハイデルヴェルグ騎士団というのは、レイド達が所属する騎士団で亜人戦争の終戦後に勢力を拡大。主に治安維持の為に動いているが、内容によっては今回のように単身の護衛任務を請け負うこともある。

「あの、私は教授というほどの人間では……確かに路銀を賄うために魔力研究の知識を広める事はありますが、弟子などは持っておりませんし」

 ヴィロが自身に対する呼び名に違和感を覚えたのか、ハンカチで額を伝う汗を拭いながら困った顔を浮かべる。

「いえいえ、魔力なんて摩訶不思議なものを論理的に解明しようとしてる時点で凄いし、ヴィロ教授の実績は聖王国でも有名です。それに、ヴィロ教授だと語呂が……」

「ストップ! イリア!」 

 イリアが思わず口に出そうとした言葉をレイドが遮る。

 語呂が良いから呼んでるなんて本人の前で言ったら失礼だ。

「聖王国シャルティエのレイド君にイリア君に自由国バーロスのヴィロ教授。牙竜国トライドラのレナ君に僕達、帝国グランベルクの人間か。しかも種族も目的も違うものだらけ。ふふっ、亜人戦争の影響が最も少なかったと言われる聖王国だからこそ形作れる状況なのかもしれないね」

 ルーフェンスことルーフェの言葉に一同が頷く。イリアに世間知らずと罵られたレイドも流石に頷いた。

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 今、レイド達が踏みしめている大地は”クレアシオ”と呼ばれる大陸で四つの国に別れている。

 

 一つ目が聖王国シャルティエ。東南に面しており、騎士団発祥の地で亜種族間での諍いは比較的、少ない方で他国との貿易も盛んな国。

 

 二つ目は帝国グランベルク。西に面しており、クレアシオでは最も大きな面積と人口を誇る国。技術力はトップクラスだが亜人戦争発端の地とも呼ばれ、今現在もレジスタンスやテロリスト等の動きが目立っているらしい。

 

 三つ目が聖王国シャルティエと帝国グランベルクに挟まれるような位置にある自由国バーロスで、”ギルド”と呼ばれる組織が国を構成されている。中心部という事もあり、様々な種族、人種の人間が入り乱れて暮らしている。

 

 最後に牙竜国トライドラだが、クレアシオの最北端に位置しており竜人が主に暮らす狭い国。人口も最も少なく土地の環境も悪い貧民国で、竜人以外は住めないとさえ呼ばれるほどの地形をしている。

 

 以上、四つの国で構成されたクレアシオだが今レイド達が居るのは聖王国で、これがもし帝国の領土でもあろうものなら亜種族間のいざこざで険悪な状況になっていただろう。

 

 簡単な話。どの国も戦争の名残を受けてギスギスしており、他国からの刺激を受けたり与えたりすることを極力避けているのだ。 

(そういえば、聖王国以外の話って滅多に聞かないな) 

 レイドには10年前からの記憶が無い。気付いた頃には聖王国にいて他国には出向いた事なんて無かった。そもそも、記憶があったとしても聖王国以外の国にいたかどうかなんて分からない。

(特に牙竜国の人なんて滅多に見れないし……まだ目的地まで時間もあるようだから聞いてまわってみようかな)

 

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 レイドから近い席に座っているのはレナだが近寄りがたい空気を放っているのと、ついさっきの謎の握手の件があるのでまずは最も友好的な雰囲気を漂わせているルーフェに話しかけることにした。

「そうだな。僕は四大国を全て周ったことがあるが、やはり帝国の堅苦しさにはキツいものがあるね。質実剛健なのは良くも悪くも住みづらい。それに比べ、聖王国は機械が普及していないのが不便だが人も土地も価値観も美しいものばかりで色がある」ルーフェは珍しく曇った表情を浮かべ、「帝国は色に例えてしまうなら灰色さ。衝突ばかりが繰り返される土地は荒み、軍が徹底した鎮圧を行わなければ簡単に自滅してしまうような国だよ。だから僕は帝国に定住せず、あちこちを転々としながら旅をしている」

 何処か遠くを見るような目で語ったルーフェにレイドは怪訝そうな表情をしたが、内面では次々と好奇心が湧き出てきていた。

「機械というと、あのカラクリ細工みたいな便利な道具ですよね。帝国だと翼が無くても人を乗せて空を飛ぶ乗り物があるとか風の噂で聞いたことがあります」  

「飛行船の事かな? まだ開発途上だが確かに鳥獣人や竜人でなくとも遠くへ飛べる船はある。しかも複数の人を乗せて同時にね」

「おおっ! 一度、大空を飛んでみたいのが夢だったんです。飛行船か〜」

 上の空で飛行船に憧れるレイドに今度はルーフェが訝しげな表情をする。

「君も飛べるのではないかね?」

 ルーフェの問いに我に返ったレイドは苦笑を浮かべながら、自分の翼を広げてみせた。それは鱗で覆われた竜人特有の翼だが、レナに比べると明らかに小さいし虫食いのように穴が開いていて何処か未完成のように爛(ただ)れてもいる。

 それだけではない。左の翼は折れたような痕跡があり変な方向に曲がっている事にルーフェは気付く。

「…………」

 ルーフェはレイドの左翼が折れている事に関しては敢えて何も言わなかった。言えるはずが無かった。

「ハハハ、僕って魔人と竜人のハーフなんですよね。竜人に比べて翼が小さくて長くは飛べないんです。だから、余計に空を飛ぶ事に憧れるのかもしれません」

 何せ本人は、大して気にしていないように苦笑ではあるものの笑みを浮かべているのだから。その笑みは無理をして作っているものでも自身の翼に対して嘲笑している訳でも無いようにルーフェには見えた。

「ふむ、帝国には優秀な666(ロクロクロク)工房がある。おそらく来年にでも飛行船の普及が開始されるだろうね」

「本当ですか!」

「一般人の手に届くのはまだまだ先になると思うけど」

「それでも待ちます」

 再度、上の空で恍惚とした表情を見せるレイドにルーフェは心の中で呟く。

(魔人と竜人のハーフ……か。ここまで長生きしているハーフを見るのは初めてかもしれないね)

 ルーフェはレイドが奇妙な姿である原因に薄々気付いてはいたが、その理由がハーフである事を信じ切れていなかった。

 亜種族同士のハーフは非常に珍しい。

 そもそも亜種族同士が愛し合う事は滅多に無いし禁忌(タブー)とされている。それに亜人戦争が勃発していた為、時期的にも亜種族が愛し合う可能性はゼロに等しい。そして何よりもハーフは産まれにくいし体が弱いとされている。大半は産まれることもなく事切れるか幼くして死亡する。

 なのに何故、目の前のレイド・コールというハーフは、あそこまで強い力を持ち生き延びているのか? 

 身体的な問題もさることながら、時期的にもルーフェには信じきれなかったのだ……。

(もし、本当にレイド君がハーフだとしたら相当な地獄を見てきたに違いない)

 亜人戦争。種族間の差別によって荒んだ大地の中、彼はどうやって生きてきたのだろうか。

「ルーフェンスさ……じゃなくて、ルーフェさん。どうかしましたか?」

 深く考え込んでいたルーフェを、レイドが心配そうな表情を浮かべながら見つめていた。

「いや何、帝国の話をしていたら少し望郷に浸ってしまったようだ」

「ああ、長く話し込んじゃいましたね。すいません」

「構わないよ」

 普段の笑みに戻ったルーフェを見てレイドはお礼を言った。

「あの、お話中に申し訳ないのですが帝国では魔力を利用した道具の開発も薦められているというのは本当でしょうか?」

 突然、ヴィロが話の間に割り込んできた。

「……? いや、魔力を燃料に還元する実験は行われていたらしいが666工房でも未だ魔力を利用した道具は作られていないらしいよ。何せ、実験は失敗したらしいからね」

「やはり……魔力はこの世の理と外れた存在。この世で作られた歯車と?み合う筈も無い。666工房の知名度は自由国にも届いていますが」 

ヴィロが一人、納得したように眼鏡を光らせる。レイドは唐突に始まった二人の会話に追いつけず、聞くだけでも精一杯だ。

 二人が口々にした666工房とは帝国随一の工房で、グリーディ・パシェン博士という有名な発明家を筆頭に構成されたクレアシオの技術の集合体とも呼ばれる場所。

 飛行船も、666工房が開発したようで他にも自然エネルギーを活用した機械なども発明しているらしい。その名は聖王国にも届いており至る所に666工房の印が貼られた道具や機械があるのをレイドも見かけていた。

 

「しかし教授。魔力に関してはあなたが一番詳しいはず。わざわざ聞くまでも無い結果だろう?」

「いえ、観点の違いは非常に重要です。私はこれでもギルドの人間でして周辺諸国から魔力に関する情報を仕入れ、管理する役目にあります。使い方一つ誤ればどうなるかさえも分からない代物ですから__」

 その後もルーフェとヴィロは会話を続けていたが専門用語の山で聞く事すらままならなくなり、オマケに暇そうにこちらを眺めていたイリアまでもが魔力に関する会話に加わった為、レイドは逃げるように牙竜国についてレナに聞く事にした。 

「あん? 牙竜国の話なんか聞いたってつまんねーぞ」

 相変わらずの威圧的な態度に、レイドは内心、「苦手なタイプ」などと心の中で呟いたが抑える。

「……にしても、聖王国って奴は噂通りのぬるま湯だな」

「え?」

「こういう国は汚点を大きな絨毯で覆い隠してるだけって話だ。やり方がヌル過ぎる」

「何が言いたいんですか?」

「物分りがおっせーな。言うなれば山賊の対処だよ。うちの国なら即刻、打ち首で全員始末する」

 レイドは、さも当たり前のように物騒な言葉を口に出すレナに驚愕した。今、彼女が話しているのは紛れも無く牙竜国の話にも繋がっているのだから。

「だ、だからって無闇に人の命を絶つのは……」

「おいおい。その結果がこういう山賊の巣窟、平和な国の裏に潜む闇を作り上げたんじゃないのかよ?」

 言い返せない。

「自国に利害を齎(もたら)す弊害は排除する。勝手に人様の家にあがりこんで、くつろぎやがる虫を叩き潰すのと大差ないだろ?」

「なっ!?」

 あまりにも冷酷な例えにレイドは背筋に悪寒が走るのを感じた。レナはレイドの反応を楽しむように、むしろ微笑を浮かべながら立ち上がる。

 どうして目の前の女性は、こうも淡々と情けの無い言葉を紡ぎ出せるのか。

 それがレイドには理解できない。まるで、別の生き物を見ているような……

「これが、牙竜国の考え方だ」

 レイドは牙竜国について何も知らなければ見た事もない。だが、レナの言葉から察するに聖都とは生き方も違えば考え方も違うという事だけははっきりと分かった。

 そして悔しいが、言い返せる言葉が見つからないことも痛いほど身に染みる。

「……そろそろ霧(ミスト)地帯か。おい、運び屋。受け取っとけ」

 無言になったレイドに何処か満足げな表情を浮かべたレナは、未だ魔力についての話題に華を咲かせているルーフェに硬貨を投げ渡し、

「おや、こんな中途半端な所で降りるつもりかい?」

「充分。後は単独で動いた方が都合良いんだよ」

 馬車の背に配置された扉から飛び降りた。かなりの速度で今も走り続ける馬車からだ。

「せいぜい、足元掬われないように気をつけやがれ」 

 嘲笑うかのように大きな翼を羽ばたかせながらレナは、そのまま山の何処かへ飛んでいってしまった。廃坑が立ち並ぶ鉱山の中、途中下車で去ってしまう等、正気の沙汰とは思えないが何故かレナなら無事に目的を果たして街まで帰還するだろうとレイドは思った。

 そういえば何の為に、ここまで同行したのだろうかとレイドは今更ながらに疑問を抱く。

「牙竜国は貧しい。自分達の国で食料を賄えない牙竜国の民は、よく傭兵稼業として民を他の国に派遣するそうだ。彼女も誰かに雇われて動いているんじゃないかな。僕も詳しい事情は知らないけどね」

 レイドの疑問を悟ったのか、ルーフェが水の入ったボトルを口に当てながら喋る。

「しかし、空気が薄くなってきたせいかな。気分が悪い」

 若干、疲れた表情を浮かべてルーフェが座り込んだ。

「多分、そろそろ目的地に到着すると思うけど……ちょっと待って。魔力の濃度が濃くなってきてる」

 イリアが目を大きく見開きながら、小規模な術式を腕で刻み始める。腕が線を引くごとに白銀の糸が宙に張り巡らされていく。

 1分足らずで出来上がった白銀に光る魔方陣のようなものを、イリアは手で掬い取り握りつぶす。

 すると、馬車の中に魔方陣の破片が散りばめられ、次第に白銀から紫色の破片に変色していく。明滅する紫色の破片を見るイリアの表情は徐々に険しくなり、同じくヴィロ教授も元から細い目を更に細めて見間違いかと眼鏡を何度か掛け直しては目の前の光景を見直していた。

「イリア、これは一体?」

「魔力を探知、視認できるようにする術式。その場に漂ってる魔力の濃度が一定値より高ければ高いほど色が濃い紫色に変色していく」

「つまり……」

 レイドの確認を促す問いに、コクリとイリアが頷く。

 つまり今、レイド達は濃い魔力が漂う真っ只中にいる訳だ。何が起こっても不思議ではない、それを可能にする力が周囲一帯を囲っていると思うと背筋が凍る。

 引火すれば大爆発を起こすガスが漂っているのと同義。いや、使いようによってはそれ以上の天災だって起こり得るのだから。

 

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キャラ紹介

 

レイド・コール 性別:男 年齢:20歳 種族:半魔半竜人 

ドラゴンのような鱗が特徴的な蒼い翼、尻尾を有した穏やかな性格の青年。剣術と魔法を巧みの扱う騎士だが、やや世間知らずな一面も。

 

イリア・ホーネット 性別:女 年齢:21歳 種族:魔人

ツインテールが印象的な魔人の女性。レイドとは昔からの仲で同じ騎士であり、思ったことはすぐに口に出すタイプ。棍棒を操り、多種多様な魔法を扱える。

 

ルーフェンス 性別:男 年齢:35 種族:白兎獣人

帝国出身の吟遊詩人。陽気でムードメーカー兼トラブルメーカーな行動力と発想力を持っており、意外と情勢に関しても広い知識を持っている。

名前が長いので”ルーフェ”と呼ばれている。

 

ロア 性別:? 年齢:? 種族:? 

 全身から顔に至るまで、全てローブで覆っており、更に機械越しに声を発信している謎に包まれたルーフェの用心棒。馬車の運転はお手の物で、御者としてレイド達と同行する。

 

ヴィロ・アルベイン 性別:男 年齢:36歳 種族:魔人

 黒縁メガネで長身の学者。魔力の話になると、饒舌かつ能動的になるが……?

 

レナ・トレアス 性別:女 年齢:24歳 種族:紫竜人

 男勝りな口調が特徴的な牙竜国出身の竜人の女性。風を操り、迅槍と呼ばれる自身の獲物を扱い豪快に戦う。また、魔力を強く毛嫌いしているようだ。

 

【専門用語辞典】

聖王国シャルティエ:クレアシオの南東に位置しており、騎士団の総本山がある比較的平和で物腰の柔らかい国。和名では聖王国(せいおうこく)と読む。

 

帝国グランベルク:クレアシオの西側に位置しており、最も大きな面積と人口を誇る国。亜人戦争発端の地とも呼ばれていて技術力はトップクラスだが未だに種族間の諍いが絶えず、緊迫状態にある。和名では帝国(ていこく)と読む。

 

自由国バーロス:クレアシオの中心部に位置する交易に栄えた街。”ギルド”と呼ばれる組織が国を担っており、

軍人を嫌っている。和名では自由国(じゆうこく)と読む。

 

牙竜国トライドラ:最北端に位置する大多数の民が竜人で構成された国。和名では牙竜国(がりゅうこく)と読む。

 

3種族について

 

魔人:外見は人間と変わらないが、魔法と呼ばれる、この世の法則を無視した力を駆使する事が出来る唯一の種族。

 

獣人:骨格は人間だが、動物のような体毛や鱗で全身を包み込んでいる種族。様々な動物の外見をしており、一緒くたに獣人といっても、細かく鳥獣人や馬獣人、猫獣人などと細かく分かれている。

 

竜人:伝承に出てくる竜のような姿をした種族。獣人と同じく骨格こそ人間と全く変わらないが自然エネルギーを操る”龍脈”と呼ばれる力を扱える。

 

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 どうも、初めましての方には初めまして。プロローグからお読みくださっている方にはこんにちは。パナシェです。

 

 まずは、ここまでお読み頂き本当に有難う御座いました。

 

 何か気になる点や、指摘したい部分などがありましたらお気軽にコメントにて受け付けております。

 

 さて、ここからは次回予告です。今回は非常に説明の多い回となりましたが、次回からは展開が高速化+少し頭を使う内容に変わっていきます。 

 もし、クローズファンタジーがお気に召しましたら次回もご愛読下さると感謝感涙の極みであります!!

説明
これは三つの種族が織り成す繋がりの物語。
『まず最初に蒼き瞳に蒼き翼と尻尾を有した青年とその仲間達の冒険談が記された巻を開くとしよう。
長い長い物語が今、産声をあげる__』



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ファンタジー 竜人 長編 

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