ぼくのかんがえたがんだむ 悪ノリ01Aぱーと
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 9th October S.D.C.96 

 

 

 ベッドの上に身体を起こし、彼女は窓の外を見る。

 今日の夜は、一際暗い気がして、小さく身震いをした。

 夜――といっても、ここは宇宙に浮かぶコロニーの中だ。地球上のように、自然に夜を迎えているわけではなく、管理システムがプログラムされた通りに、内部の明かりを絞っていっているに過ぎない。

 故に、ここには夜空に浮かぶ月などなく、それを覆い隠す雲も存在しない。

 照明の絞り加減にある程度のランダム性を持たせ、自然の夜を演出しているにしても、このコロニーに生まれて十三年、その夜の帳の色の濃さに大きな差があったとは思えない。

 無論、そのランダムの結果、今日は昨日よりも暗いのかもしれないが、だからといって不安感を煽るような暗さになるとは思えない。

 眠れる夜というのはこういう夜のことをいうのだろうか――本が好きな彼女の脳裏に、ふとそんなことが過ぎって、小さく笑う。

 それでこの不安感が拭えればどんなに良かったか。結局、おかしくはあったが、不安を払拭するには足りなかった。

 もう寝れそうにないな――そう判断した彼女は、仕方なく、枕もとのスタンドにスイッチを入れて、読みかけの小説を手に取った。

 読んでいれば、この不安感を取り除く良い気晴らしになるだろう。もしかしたら明日の授業中に寝てしまうかもしれないが、まぁそれは先生の怒られる覚悟を持って挑めばなんとかなるだろう。

 栞の挟んであったページを開き、続きから読み始める。

 彼女は、本が好きだった。

 人類が宇宙進出を果たし、西暦から星海歴と変わってからはや九十六年。

 モバイルにダウンロードして読む電子書籍は爆発的に普及した。いや、普及せざるを得なかったといえよう。

 月や火星に作られた都市、あるいはここ『ネーデ』のようなコロニーにも一応の製紙工場はないわけではないが、それを本にしていくには生産力がどうしても足りないし、地球から輸送していたのでは、発売などが大幅に遅れてしまう。

 電子書籍や電子新聞などが普及するのは必然だったといえよう。

 この時代、宇宙に住んでいようと地球に住んでいようと、本は趣味の為のコレクションであるといえた。

 彼女もまたそんな物好きの一人なのだろう。

 当然、電子書籍で物語を読むのも好きなのだが、何といっても彼女は本をめくる高揚感がたまらなく好きだった。

 ページの端をつまみ、次のページを開くために捲くる。その行為そのものが、たまらなく楽しいのである。

 今読んでいる小説は、すでに電子小説として発売されていて、すでに何度も読んだ物語であるのだが、彼女はわざわざ通販サイトで発売日に購入したのである。

 地球からここまで本が届くのに一ヶ月掛かる。最初は本が届いてから読むつもりでいたのだが、結局我慢しきれずに電子版も購入してしまっていた。

 そのことに、別段彼女は後悔などしていない。彼女にとってみればいつものことだ。両親や侍従達には少々呆れられてしまっているが。

 彼女が本を読み始めて間もなく、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「はい?」

「あら、やっぱりまだ起きていたのね」

 ノックしたのは母であったらしい。

 たぶん、ドアの隙間から僅かな灯りが漏れていたのを気にしたのだろう。

「入るわよ」

「うん」

 ドアが開き、母が入ってくる――と、いっても室内の明かりなど、ベッドのスタンドライトだけなので、母がどんな表情をしてるのかまでは少々分かり辛いのだが。

「眠れないのね」

「うん。さすがにちょっと」

「まぁ……そうよね」

 実際、彼女が不安を感じているのには理由があった。

 このコロニー『ネーデ』のすぐそばには、ガンダニア流石郡という、岩礁地帯が存在する。その岩礁からは、良い資源が手に入るのだ。

 だが、地球、月、火星でそれぞれ、その流石郡の所有権を巡って対立しあっている。それは十年近くも続いているものだ。

 今でこそ、中立の存在『ギルド』がいる為に、過激な牽制は抑えられているのだが、五年ほど前に、その牽制合戦の延長として地球軍は、火星所有の農業コロニー『エイミー』を破壊しているのだ。

 流れ弾であったと地球連合軍は主張しているものの、例えそれが流れ弾であったとしても、コロニー在住者としては不安以外のなにものでもない。

 そして、その『エイミー』の時と、似たシチュエーションで、月と火星、地球が三つ巴の牽制合戦を始めてしまったのである。

 彼女が――この『ネーデ』の住人が不安で眠れなくなってしまっても無理もない。

「寝れないなら、子守唄でも歌ってあげましょうか?」

 母はからかうようにそう聞いてきた。

 母とて不安で一杯だというのに、こちらには不安を見せたくないのだろう。

「私、もう子供じゃないです」

 彼女は口を尖らせてそう言うものの、母がベッドに腰掛けてから、不安感が和らいだのは事実である。

「ふふ、そうだったわね」

 頭を撫でられ始めると、彼女は気分が軽くなり、思わずあくびが漏れた。

 結局一ページも読み進むことないまま、改めて栞を本に挟むと、布団へと潜りこんだ。

「あら? やっぱり眠かったのね」

「ねぇお母さん」

「なぁに?」

「私、もう子供じゃないですけど、今日はちょっと、子守唄歌ってほしいかも……です」

 何故か少し恥ずかしくて、彼女は布団で口元を隠し、視線を母から外しながらそう告げる。

 そんな娘の姿に、母は楽しそうな笑顔を浮かべると、

「ええ、いいわよ」

 彼女の胸元に手を置いて、小さい頃に歌ってくれた歌を口に出し始める。

 同時に不思議な安らぎに包まれて、ウトウトとし始めた。

 だが、彼女の意識がだいぶ沈み、歌の一番が終わり、二番の冒頭に差し掛かったころ、突然、大きな振動が起こった。

 彼女は慌てて身体を起こし、母は驚きに目を丸くする。

 母子はベッドの傍の窓から身体を乗り出す。

 同時に、けたたましいサイレンと共に夜時間は突然の終了を迎え、昼と同等の照明がコロニー内を照らし出す。

 親子は直感した。

 いや、親子ならずとも、この『ネーデ』に住む人々はみな一斉に思っただろう。『エイミー』の悲劇を。

 そして、その直感は正しいと誰もが感じていた。

《ネーデ管理局です。皆様、緊急事態が発生いたしましたが、落ち着いて行動をしてください》

 こんな状況で発せられる緊急事態など、思いつくことは一つしかないのだから。

《ネーデ傍で行われておりました戦闘の流れ弾の一つがネーデに直撃致しました。現在被害状況を確認しておりますが、万が一のことがございます。住民の皆様は、避難の準備をお願いいたします》

「とりあえず、着替える時間はありそうね」

「お母さん、そんな呑気な……」

 思わず呆れてしまったが、不思議と焦った気持ちは落ち着いた。

「でも、のんびりとはしていられなさそうね。家のみんなももう起きてると思うから、皆で脱出艇に向かう準備をしましょう」

 もしかしたら、今の呑気な発言は、こちらがパニックを起こしそうになるのを防ぐ為の発言だったのではないだろうか。

 そんなことを思いながら、彼女はベッドから飛び降りると、素早くクローゼットの元へと向かった。

 クローゼットからすぐに着れて動きやすそうな服を適当に見繕うとそれに着替える。

「あら、早着替え」

「お母さんがのんびりしすぎてるだけ!」

 そもそも、着替える時間があると言ったのは母ではなかっただろうか。

 いやそんなことより――

「お母さんは着替えないの?」

「私はあなたみたいな早着替え出来ないもの」

「じゃあ、とりあえず居間に向かおうよ。近くにいる人たちにも声を掛けて。あとお父様にも」

「そうね」

 二人でうなずき合って、部屋の外へと飛び出す。

 それと、ほぼ同時だった。

《ネ、ネーデ管理局ですッ!》

 切羽詰った放送が聞こえて来たのは。

《住民の皆様に緊急連絡申し上げますッ! 落ち着いて聞いて、落ち着いて行動してくださいッ!》

 ならばお前ももう少し落ち着くべきだろう――そう思ったのは、何人いたのだろうか。

 がんばって落ち着こうとしているのは何となく分かったが、それでも放送している女性は焦燥を隠せていない。

《先程の流れ弾によって、当コロニーは崩壊しますッ!!》

 誰もが聞きたくなかった最悪な言葉を、よりにもよってコロニーの管理局が放送した。

 もちろん、放送担当の女性の焦り方からして、予感はしていた。だが、それでも聞きたくなかった言葉であったのは確かである。

《野外電子掲示板に、各区画からもっとも近い脱出艇と、その脱出艇の状況を表示致します! 予測崩壊予定時間はおよそ一時間半です。その十五分前……時間にすると、一時二十分までには全ての脱出艇を発進致します。コロニーの崩壊状況によっては多少の前倒しはございますが、まだ一時間弱の余裕はあります。皆さん、落ち着いて脱出艇へ移動してください!》

 一応、モバイル端末や家庭用のパソコンからも、脱出艇の場所や脱出艇の状況などは確認出来るようだ。

 とはいえ、その辺りもコロニー内のネットワーク機能が生きている間だけである。それは電子掲示板も同じなのだが。

「マーシア! キルティーナ!」

 母と共に部屋から出ると、慌てた様子の父と遭遇する。

 駆け寄ってきた父は、彼女と母を一緒に抱きしめた。

 それから、ゆっくり身体を離すと真剣な顔で母の顔を見た。

「マーシア。キルティーナと先に逃げろ。使用人達には、我々のコトは気にせずに自分の身の安全を守れと指示を出してきた。お前達は気にしなくていい」

「お父さんは?」

 父の言葉には、父自身が含まれていないことに一抹の不安を覚え、彼女は問う。

 それに、父は腰を落とし、目線を彼女に合わせて告げた。

「ネーデのコロニー管理局は((月面都市|ルナリア))軍管轄ではあるが、だからといって、ネーデ市長である俺が、彼らに任せっきりにしとくわけには行かない」

 色々言いたいことはあった。だが、その父の力強い眼差しに、彼女はゆっくりとうなずいた。

「わかってくれたか」

 ふっ……と父は小さな笑みを浮かべる、彼女の頭を撫でて立ち上がる。

「管理局からは、気にせず家族とともに逃げてくれと連絡はあったがな……市民を見捨てて市長が逃げるワケにはいかんだろ。無論、ギリギリのところで脱出艇に向かう」

「では、私達とは違う脱出艇に?」

「そうなるだろうな。だが、絶対に逃げる。嘘はつかん」

 今度は母と見つめ合うことになった。だが、母もきっと彼女と同じだったに違いない。

 仕方ないといった様子でうなずいた。

「では、また後でな」

 告げて、父は改めて母とそれから彼女と、順番に抱きしめると、独り駆け足で玄関の方へと走っていた。

 しばらく見送るように立っていた二人だったが、母の方はすぐに気を撮り直したらしい。

「ほら、私達も」

 肩を叩かれて、彼女もようやく我に帰る。

 うなずいて、差し出された手を握る。

 まるで自分が小さな子供に戻ったような気分になって少し気恥ずかしいが、母と手を繋ぐだけで不思議と、不安感は小さくなった。もしかしたら、それは母も同じなのかも知れない。

 いざ動きだそうとした時、そこへ、再び大きな振動が起きた。

 立っていられないほどではないものの、二人の不安感を煽るには充分だった。

「と、とにかく……お家の中に居ると、お家が壊れた時が大変ね」

 母の言葉にうなずく。

 何が切っ掛けになって建物が倒壊するか分からない状態だ。

 今の振動も、何が原因かが家の中にいると分からない。ポケットモバイルで確認しようと思うが――

「後にしなさい。外に出れば、お家の傍にも電子掲示板があるわ」

 その通りだ。ポケットに入れようとした手を止めて、母親と共に家の玄関へと向かう。

 そして、玄関のドアを開ける。

 

 目の前を、

 光沢を放つ、

 灰色の壁が、

 通り過ぎていった。

 

 それが何であるか理解出来ず、彼女も母も唖然とする。

 通り過ぎていった影響で発生した風圧に靡く髪や服を気に出来ないほどの驚愕したまま、二人はその壁を目で追い――ようやくそれが何であるかを理解した。

 MS――モビルスーツと呼ばれる人型の機動兵器。全長二十メートル前後の、この時代の主力兵器。

 彼女は、自らの知識を総動員してそれについてを思い出す。

「地球連合軍主力モビルスーツ……EAF-04MSサニーズ」

「地球のMS?」

 何故そんなものが崩壊を始めた『ネーデ』の中に居るのか。

 だが、コロニー内に侵入してきているサニーズ一機ではなさそうだ。

「あっちのは、火星主力のモビルスーツMW-08Kカイゼル・フント……」

「本当にキルティーナは色んなことを知ってるのね」

 ずんぐりとしたシルエットのMSに視線を移しながら、感心するように母が呟くが、その表情は硬い。

 この状況、かつての出来事を思えば、カイゼル・フントは救助活動をしてくれているのだと思えるのだが、地球連合のMSは……。

 母子が悩んでいると、サニーズの方がカイゼル・フントの方へと向かっていく。

 それを訝っていると、サニーズは右太腿部分の収納から一振りのダガーを取り出した。

 それに呼応するように、カイゼル・フントも持っていたビームライフルを構えた。

「お母さん!」

 だが、すぐにその二機の目的は分かった。

 

 あの二機は、このコロニーの内部までも戦場にしようとしているのだッ!

 

 しかし、もしかしたら自分達はそれに気づくのが遅すぎたのかも知れない。

 カイゼル・フントのビームライフルから放たれた光線をサニーズがギリギリのところで躱す。そして、その光は彼女達の家に直撃する。

 大きな爆発と、強烈な衝撃波と、強い熱波。それにさらされて、身体が浮き上がったことだけは理解出来た。

 その後は、何が起きたのかイマイチ分からない。

 色んなものに身体を叩かれて、ぐるぐると回って、ハッとした時には地面に転がっていた。

 地面に叩き付けられ、転がったりもしたのだろう。意識も失っていたのだろうことも容易に想像がつく。

 全身が悲鳴を上げて激痛を訴える。それでも涙を堪えて必死に身体を起こして周囲を見渡す。

「おか……あ、さん……」

 ここは、家から数メートル歩ほど出た十字路だ。

 転がってしまったからなのか、目が回っておりやや方向感覚が僅かに狂っているが、それでも周囲の看板から自宅の方向を何とか見出して、そちらを見遣る。

 そこにはかつて自宅があった場所に開いた小さなクレーターと、大小様々な瓦礫が散乱していた。

 痛みとは別の涙がこみ上げてくる。

 それでも、何とか彼女はそれを堪えて、母の姿を探す――いや、探す必要は、なかった。それでも探したのは、現実を認めたくなかったからか。

 自分と自宅のちょうど中間地点に、母は倒れている。それは、きっと彼女はすぐに気づいていたに違いない。

 だが、認めたくなった。

「お、かぁ……さん……?」

 だけど認めざるを得ない。

 人が俯せに倒れている。

 左足が足があらぬ方向に曲がっている。

 何かの破片が腹部から飛び出している。

 倒れてる辺りのアスファトが赤く染まっている。

 認めたくない。認めたくないのだが、そこに倒れている金色の髪の女性は枚がいなく自分の母だ。

「あ……ぅあ……」

 認めなければ、ギリギリに色々なものを耐えていられたのかもしれない。

 だが、見つけてしまった。認めてしまった。

「ああ……ああ……」

 全身の上げる悲鳴など忘れて、呆然とした足取りでその人の元へと向かう。

「おかー……さ……ん……?」

「キ……ル……ティ……ナ……」

 顔も上げずに、かすれた声で漏らす母親に、彼女は気が付くと涙が溢れてきている。

「にげ……な、さ……い……」

「お母さん! お母さんッ!! 目を開けて下さい……お母さんッ!!」

 それだけ言って動かなくなってしまった母に、何度も必死で呼び掛ける。

 我慢なんてもの、とっくに出来なくなっている。

 大粒の涙を流し、必死に母に呼び掛ける。母親の身体を揺すらないのは、それをすれば、刺さっている破片や、曲がっている足などがもっと酷いことになりそうだからだ。

 そんなこと意味がないのだということを判断するだけの冷静さなど、今の彼女は持ち合わせていない。

 だが、時間と状況というのは刻一刻と変わっていく。

 MSの戦いはまだ行われているのだ。それどころか、他のMSも多数侵入してきているのだ。

 それでも、この場で、十三の少女に、それを判断しろというのは酷な話である。

 だが、そんなもの現実は考慮などせず、こういった場では常に非情だ。

 いつの間にかサニーズとカイゼル・フントは位置を入れ替えており、戦闘の場はより彼女へと近づいてきている。

 彼女は母親のことで頭がいっぱいで気が付いていなかったが、カイゼル・フントの動きは完全に彼女を庇う形に変わっていた。

 パイロットが声を掛ければ良かったのかも知れないが、そのカイゼル・フントのパイロットは運が良いのか悪いのか、新兵であった。

 模擬戦などの経験があれど、完全な実戦は初めてであり、それなりに腕のよいパイロットが繰るサニーズの攻撃を捌くのが精一杯であり、彼女に声を掛ける余裕がなかったのである。

 それでも、そのパイロットは、母の死に涙する少女を守ろうとしていた。

《やめろ! そっちのサニーズ! そっちのフントの背後には、ガキがいるッ!》

 その二機の間に割って入ってきたのもまた、サニーズだった。

 オープン回線を使って割り込んできたのは、カイゼル・フントのパイロットに、乱入に友軍機の援護の意図は無いと知らせる為のものだろう。

《何を言っている軍曹! 卑怯にも民間人を盾にしている火星人如きに躊躇う必要など!》

《うるせぇよッ! こっちの誤射でこうなってんだろうがッ! 状況からすりゃ、民間人盾にして暴れてんのはコッチに見えちまうっての!!》

 怒られているサニーズは味方機に向けて、ビームライフルの弾鉄を引いた。

《おいッ!》

《軍曹。上官に対する口の利き方、常々疑問に思っていたが……それ以上に、この状況で、味方である自分を怒鳴りつけるとは裏切りに値するぞ。貴様は火星人か? それとも月面人か?》

《ハッ!》

 乱入してきたサニーズは、上官だと言っているサニーズを鼻で笑い飛ばした。

《貴様……ッ!》

《火星人だろうが月面人だろうが、構わねぇよ……人間でいられるなら、どれだってなッ!》

 宣言と同時に、乱入してきたサニーズは一気に加速する。

《血迷ったか……ッ! ベイリオン軍曹ッ!》

《血迷ってるのはアンタの方だろうよッ! 少尉殿ッ!》

 突然、オープン回線でケンカを始めた二人に、呆然としながらも、カイゼル・フントのパイロットはその両機の動きをしっかりと見ていた。

 ベイリオン軍曹の繰るサニーズは向けられたビームライフルの銃口を、左手に握っていたビームサーベルで切り裂いた。銃身から分かれた銃口が自分の方へと跳ねてくる中で、ベイリオン軍曹は次いでそれを躱すようにサニーズに膝を曲げさせつつ、右の太腿の収納からダガーを取り出すと、屈んだ体勢のまま、上官のサニーズの左脛辺りにダガーを突き立てる。

 そして、立ち上がる勢いを利用して肩からのタックルで突き飛ばした。

《そこのフント!》

《は、はい!》

《そっちの嬢ちゃんは落ち着いたら俺が脱出艇に連れて行く。アンタは、他にも助けてやれそうな連中を助けてやってくれ》

《了解しました》

 わざわざカイゼル・フントを操作して火星軍式の敬礼をする。

《うちの馬鹿な上官殿達の後始末させて、悪いな……》

《い、いえ……》

 きっと、何と答えてよかったのか分からなかったのだろう。そんな曖昧な返事をした後、彼女を気遣うようにゆっくりとその場から離脱していく。

《貴様は……上官を馬鹿だと……》

《馬鹿じゃねーか。こんな壊れそうなコロニーで人命救助よりも、戦闘を選ぶ時点で充分な》

 告げると、立ち上がろうとしている上官の乗るサニーズの右足にビームサーベルを突き立てた。

《き、貴様ぁ……ッ!》

《殺しはしねぇよ。殺しちまったら、人命救助したいなんて俺の言葉が軽くなる》

 次いで、右肩と左肩にビームサーベルを突き刺し、左脛に刺さっているダガーを回収した。

《おい、そこの嬢ちゃん》

 声を掛けられて、彼女はサニーズを見上げる。

「ひぃ……」

 そう声をならす彼女に、ベイリオン軍曹はサニーズに膝を付かせて、コクピットのハッチを開いた。

 胸の部分のカバーが開き、コックピットから顔をだした地球連合軍兵は、ヘルメットを外す。

「殺したいなら、俺を殺してくれて構わないよ」

「……え?」

 思わぬ言葉に呆ける彼女に、ベイリオン軍曹は小型の銃を一つ彼女の方へと放り投げた。

「護身用のニードルガンなんてショボいシロモノだけどな。そんなショボいモノでも、俺の喉へゼロ距離で打てば殺せるよ。それでアンタの気が晴れて、脱出艇に向かってくれるなら、まぁ……俺は満足かな」

「何で……」

「ン?」

「何で……死んでも良いなんていうんですかッ! 見ず知らずの私に、何で殺せなんて言うんですかッ!?」

 涙を散らしながらこちらを睨む少女に、ベイリオン軍曹は頭を掻きながら、だが勤めて平静に、返答する。

「そりゃまぁ、お前のお袋さんを((殺|や))っちまったのは、((地球連合軍|ウチ))だしな。恨みがあるなら、俺で晴らしてくれればいい……って思っただけさ。あとはまぁ、一応言っておくと、別に俺は死にたいだなんて思ってないさ。だが、筋くらいは通しておきたいのさ」

《……こちら、クルーブル少尉! ベイリオン軍曹が血迷った! ヤツは裏切り者だ!》

「おっと。あのハゲ、本気で状況ってモンを分かってるのかね。それに従う部下も部下だけどよ」

 コックピットの中から聞えてきた声に、少女は涙を拭いもせずに、キョトンとする。

「あなたは……その部下じゃないんですか?」

「元部下だ。聞いての通り裏切り者になっちまったみたいでな。あのハゲの言葉を疑わずに信じる馬鹿な同僚達に殺される身だ」

 戯けた調子で返答する彼をジッと見つめていると、何度目かの大きな振動が『ネーデ』を襲った。

「月と火星の連中は救助メインだろうが、((地球軍|ウチ))の連中は何で邪魔してんだよ」

 全てが全てというわけではないが――

「チッ……転属先はクソみてぇな過激派中心だったってところか」

 まいったねぇなどと呟いているが、彼はまだどこか余裕のありそうな空気を纏っている。

 オーバーアクションで肩を竦めたあと、ベイリオン軍曹は彼女に向き直って真面目な顔で告げた。

「嬢ちゃん、俺を殺すかどうか悩むんだったら後にしてもらっていいかな」

「え?」

「コロニー内のドンパチのせいで、ここの崩壊は思ったより早そうだ。嬢ちゃんがここから走っても一番近い脱出艇にすら間に合うか微妙みたいだからな。一旦、こいつに俺と一緒に乗ってくれ」

 彼の伸ばした手を、彼女は不思議と躊躇わず取った。

「良い子だ。だが、お袋さんとのお別れはちゃんと済ませるんだ。じゃないと、後悔するコトになるぜ」

 その言葉に、彼女はうなずくと一旦彼から手を離して、母の亡骸に向き直る。

 だが、お別れとは何をすれば良いのかが分からない。

 ただ立ち尽くしていると、彼もまた母親へと向き直った。

「敬礼ってガラじゃねーけど……娘を守った勇敢な母親に、な」

 告げて、やや雑な敬礼を彼はしてみせた。不思議とそれで充分だった気がした。

 守ってくれたのだ。母は命を賭して自分を。

 ぽんっと、ベイリオン軍曹は彼女の頭に手を乗せると、母の亡骸の傍にしゃがんだ。

「あの……何を……?」

 この男性がおかしなことはしないと理解はしているのだが、それでも母に何をするのかと不安になる。

「埋葬してやる時間はないが、まぶたぐらいはな」

 その優しさを含んだ彼の言葉に、ようやくパニックではない、本当の母の死を受け入れられた気がする。

 溢れてくる涙は、先ほどまでのものと違って、妙に熱い。

「手、だしな」

 わけも分からぬまま、彼女は涙を拭って右手を差し出す。その手に乗せられたのは――

「お袋さんが胸に付けてたロケットだ。アンタとお袋さんと、こいつは親父さんか? 三人で写ってる写真入りの、な」

 もう、熱い涙が止まらなかった。

 つい十分くらい前に子守歌を歌ってくらた母親が死んでしまった。

 自分は、それを受け入れてしまった。

「泣きながらでもいい。一緒に、乗ってくれるな?」

 彼に抱きかかえられながら、サニーズのコックピットへと運ばれる。

 その中で、

《崩壊が予想よりも三十分以上早まっております。脱出艇順次発進します! まだ避難の終わっていない住民の皆さんは至急近場の脱出艇へ!》

「おいおい。三十分早まったってマジかよ」

 その放送を聞きながら、ベイリオン軍曹は彼女の顔を見る。

「悪い。脱出艇に送り届けるのはムリみたいだな。何とか安全な場所へは送り届けてやるから、それまでこの窮屈な場所で我慢してくれよ?」

 言うだけ言って、彼女の返答もまたぬままサニーズを立ち上がらせる。

 コックピット内のモニターを見ていると、コロニーから脱出していくモビルスーツがちらほら見える。その多くがサニーズだった。

 それでも残って救助を続けているサニーズもいるが、それはごく少数だ。

 多くは月面都市軍――いや、このコロニーに少数配備されてる防衛用のやつや、火星軍のモビルスーツばかりである。

「本気で、連合と袂割った方がよさそうだ。性に合わねぇにも程がある」

 何か重たいものを吐き出すような嘆息と共にそれだけ呟くと、彼は表情を変えた。

「さて、逃げるとしましょうか。お姫様」

「…………おねがい、します」

 止まらない涙を拭きながら、彼女はようやくそれだけ絞りだす。

 地球連合軍としてのシグナルをオフにしてから、彼女を乗せたベイリオン軍曹の繰るサニーズはその場から走り始める。

《止まれ、そこのサニーズッ! ……いや、止まってくれないか、ヴェルベイヴリッド!》

 それを制止しようと、白いサニーズが近寄ってくる。

 通信から聞こえてくるのは、真面目さと同時に信じられない何かを問うような声。

「グラン。お前さんは、この光景とハゲ少尉の言葉に、何も思わないのか?」

 サニーズを走らせたまま、ベイリオン軍曹がそう返すと、

《それは……》

 言葉を詰まらせる白いサニーズのパイロットに、ベイリオン軍曹は告げる。

「俺も同じだよ。んで、考えた結果、軍辞めるコトにしたわ。このサニーズはもらってくから、後はよろしくな。お前と飲んだ酒、結構美味かったぜ! じゃあなグランッ!」

 言っていることが滅茶苦茶であるが、それを制止出来るものはその場にいなかった。

 ベイリオン軍曹のサニーズは、足を止めている白いサニーズの脇を抜けていく。

 そんなやり取りなど気にもかけずに、彼女は機体の周囲を映すモニターをじっと見つめていた。モニター越しに見る街並みは、もう彼女の知っているものでは無い。

 戦闘での倒壊や炎上は元より、コロニーそのものに出来た亀裂などによっても壊れ始めている。

 その光景をロケットを握りしめたまま、彼女は見つめ続ける。

 コロニーの外にでた後も、彼はサニーズをうまく破片の影に隠すと、その崩壊の一部始終を見せてくれるのだった。

 故郷がゆっくりと壊れる光景を見ながら、睡魔が緊張を超えるその一瞬まで、母のことと父の無事と、そして、これから自分はどうすれば良いのかということが、ぐるぐると彼女の頭の回り続けけていた……。

 

 

 

     機動戦記ガンダムソード

    ACT.01 その男、ベイヴ

 

 

 3 years after ―― S.D.C.99

 

「……お母さん……ッ!」

 思わず声を出し、キルティーナ・キャルナは目を覚ました。

 気味悪く早鐘を打つ心臓を落ち着けるように深呼吸して、彼女は身体を起こす。

「ここ……は……?」

 今見た夢のせいか、何故か記憶がハッキリとしない。

 額に滲んだ汗に、ピーチブロンドの前髪が張り付いている。だが、それを整えることもせず、掛け布団を握りしめている。

 十六を迎えたにしてはまだ幼さ残る顔は僅かに歪み、愛嬌あるその大きめな双眸は、今は涙を滲ませ揺れていた。

「大丈夫か、姫さん? なんか大声だしてたけど」

「……ベイヴ」

 部屋の入り口に立っていた男性の姿を見て、キルティーナは改めて大きく息を吐いた。

 そうだ。ここは、ノア・ホームズという艦にある、一室。しかも自分の部屋だ。

 それから、部屋の入り口に立っているのは、べイヴ・べイル。この艦の持ち主で、艦長で、今キルティーナが属しているギルドのリーダーだ。

 栗色の髪を適当にオールバックにしてる掴み所のない人で、自分の恩人で、妙に大きなネクタイをしてるけど、どうやらそれがトレードマークで、そのネクタイを変だと言うと怒ってしまう、変わった人。

 そして、きっと自分は彼に恋をしてるのかもしれない――気がする。これは、夢を見る前からハッキリとしない感覚ではあるのだけれど。

 キルティーナは改めて大きく深呼吸をする。ようやく気分が落ち着いてきた。

「悪いな勝手に入って。大声が聞こえたんでノックをしたんだが、返事が無かったもんでね」

「いえ、こちらこそ気付かなくてすみません」

 まったくもって心というものは勝手なもので、彼の顔を見るなり自分はだいぶ安心してしまったようである。

「ほれ、飲みな」

「ありがとうございます」

 キルティーナは手渡されたグラスを受け取ると口に付ける。

 ただの水のはずだが、その透明な液体は、喉の奥から身体の中に染み渡り、内側から不安感の全てを洗い流してくれるような清涼感があった。

「ふー……」

 その水を飲み干して、ひと心地つく。

「汗と涙で、可愛い顔が台無しだぜ」

「それだけ、嫌な夢だったんです」

「そうか」

 ベイヴはそれ以上のことは言わなかったし、追求もしない。

 ただ、俯く彼女の頭に手を乗せて乱暴にその頭を撫でてニヤっと笑った。

「とりあえず、シャワーでも浴びとけ。もうすぐ目的地だけど、そのくらいの時間はある。いつもみたいに長湯しなけりゃな」

「気をつけます」

「よし。その調子だ。仕事に夢見の悪さなんて、引きずるんじゃないぞ」

「はい」

 こちらがうなずくと、彼もまた安心したような笑みを浮かべて部屋を出て行った。

 そうして、部屋のドアが閉まってから、彼女はベッドから降りる。

 部屋に備え付けの鏡を見ると、前髪が額に張り付いてるだけでなく、髪そのものがぐちゃぐちゃになってしまっている。寝癖にしてはひどすぎるそれを見て、彼女は小さく嘆息した。

「撫でられるのは嫌ではないんですけど、髪の毛乱れちゃうんですよね」

 それから、クローゼットから適当な着替えを取り出す。

 艦の構造上仕方がないとはいえ、各部屋にシャワーがないのが、今回ばかりは悔やまれる。こんなボサボサ頭、クルーの人たちにあまり見られたくない。

 部屋のドアを少しだけ開けて、周囲を見渡す。どうやらみんな仕事直前の準備等をしているようで、廊下にはいそうにない。

 キルティーナは胸中で小さなガッツポーズを取ると、廊下へと出た。

 そこへ――

《ハロ。ハロ。キルト、起キタ。キルト、起キタ》

 一抱えほどある緑色のボールのようなロボットか、ぴょんぴょんと跳ねながら近寄ってくる。

「ハロ、しーっ……です」

 ドキリとしながら、キルティーナは人差し指を口元に当てて、ハロに告げる。

《ハロ、シー。ハロ、シー。キルト、シー。キルト、シー》

「ああ、もう。そんなにしーしー連呼しないでください。何か別の意味で恥ずかくなってきました」

《シーシー? シーシー?》

 賑やかに跳ね回るハロを抱きとめる。

「とりあえず、黙りましょうね? ハロ」

《ハロ、黙ル。ハロ、黙ル。キルト、怖イ》

 パタパタと耳とも羽根ともつかない部分を動かしながら、目を点滅させて、ようやくハロは大人しくなってくれた。

「こんなことしてる場合ではないんですけど」

 ただでさえ、自分はついつい長湯をしてしまうのだ。

 そろそろ目的地だとベイヴも言っていたので、もたもたしていると、キルティーナを置いてべイヴが仕事に行ってしまう可能性がある。

「置いてけぼりは嫌ですから」

 うん、と一つ自分に気合を入れながら、キルティーナはシャワールームへと向かうのだった。

 

 

「じーさん、相棒の調子はどうだい」

 キルティーナの部屋を後にしたベイヴは、格納庫へとやってきて、そこで作業をしている老人に、軽い調子で声を掛けた。

「このオイボレが弄っとるんだ。常に万全に決まっとんじゃろ」

 ややずんぐりとした印象を受けるその小柄な老人は、ベイヴが推測するに七十歳は行っているだろう。豊かな白ひげはオイルまみれで黒ずんでおり、歳の割には背筋がシャキっとしていて、纏っているボロボロの作業ツナギはみすぼらしさを通り越してなんとも頼もしい。

 その姿を初めて見たキルティーナは、ドワーフって実在するんですね、などと言ってこの老人に笑いを提供していた。

 それを笑い飛ばす事体が、なかなか器のでかいところであるが、この老人、器だけでなく声もでかいし態度もでかい。

「頼もしいこった」

 老人――自称オイボレと共に、ベイヴは自分の相棒を見上げる。

 そこにあるのは、全長二十メートルはある巨大な人型のロボットだ。

 モビルスーツ。この時代に無くてはならない存在となった、機動兵器。

 元々モビルスーツとは作業用の人型ロボットのことを指していたのであるが、地球、月、火星の関係が悪化していくにつれ、それを兵器として転用され始め、今ではすっかり兵器としておなじみになってしまったしろものである。

 ベイヴが相棒と呼ぶこの機体は、地球連合軍の主力MS、サニーズだ。

 本来、サニーズ灰色なのだが、ベイヴが個人的に使うに当たって青く塗りなおしている。

 そのカラーリングから、正規サニーズと区別する為に、ベイヴ達はブルーサニーズと読んでいる。

 色の他にも、本来のサニーズとは細部が細かく違っており、OSなども、ここ数年間のべイヴのデータをフィードバックした独自のものになっていて、まさにベイヴ専用のMSといえる。

 何より他のサニーズと比べ、特筆すべきものがある。それは全長とほぼ同じサイズの大剣だ。刃渡りはサニーズの肩口から足まであり、柄も顔と同じくらいの長さがある。人間サイズで例えるのであれば、所謂バスタードソードなどと言われる武器に近いだろう。刃渡りもMSサイズになっているが、サイズ比でいうなら、それもバスタードソードと同じくらいか。

「ああ、そうだ。お前さんに頼まれ取ったビームピストルの予備カートリッジ。作っておいたぞい。右腿の収納に二本入っておる」

「ん? 右に入ってたダガーはどうしたんだ?」

「左腿の収納に二本入っておったビームサーベルを減らして入れておるが……何か、あるのか?」

「せっかく収納までしてもらったところ悪いんだが、右腿にダガーは一本残しておいてくれ。その代わり、左腿の開いたところに、カートリッジ一本だ」

「つまり、左右に刃物とカートリッジを一つずつってコトか」

「ああ。右手しか使えなくなった時、右腿にカートリッジだけってのは涙が出そうだしな」

「なるほど。そいつは、オレが迂闊だったわ。至急入れ替えておく」

「頼むぜ」

 オイボレがとっとと作業へと戻っていく後姿を見ていると、

《こちらブリッジのトーシット。そろそろ目的の岩礁地帯に着くぜ。どうするスか、旦那?》

 操舵担当のトーシット・ラウドンの声が聞こえてくる。

 格納庫の入り口にある受話器を取ると、ベイヴがすぐに返答した。

「位置としてはどの辺りだ?」

《一般的なレーダーの圏外ギリギリってとこっス。依頼人の話を信じるんなら、連中の所持してるMSじゃあ、まだこっちには勘付けない距離っスね》

「んじゃあ、ここらで一旦艦を止めてくれ。もちろん、すぐに動ける状態でな」

《了解》

「俺は最終調整が終わり次第ブルーサニーズで出る。細かいことは、ファンとお前さんの判断で頼むわ」

《ま、いつも通りっスね》

「そうとも言うな――じゃ、よろしく」

《了解っス。旦那も気をつけて》

 受話器を戻すと、ベイヴは襟やネクタイを整えながら、ブルーサニーズへと歩み寄っていく。

「それじゃあ、今日も頼むぜ相棒」

 そう呼びかけて、コックピットから伸びている簡易昇降機に足を掛けた時、

「おい、べイヴ。ノーマルスーツを着ろといつも言っておるじゃろ」

 近くでコンソールを叩いていたオイボレがコチラに見向きもせずに、水を差してきた。

「何でだよ。あれかっこ悪いじゃんよ」

「カッコ良いもカッコ悪いもあるか。MSってのは精密機器の塊なんじゃよ。専用スーツを着るのは、何もパイロットの安全だけじゃなく、MSの内部に無用な塵や埃残さないようにするって理由もある。というか、お前さん元軍人でコロニー出身ならその辺りのコトを知らぬわけでもわるまいて」

「でも、あれ着るとネクタイつけれねーし」

「別に良いじゃろネクタイくらい」

「良くないね。このネクタイは俺のトレードマークでトレンドマークだ」

「だったら、ノーマルスーツの上に付けてのるんじゃな」

 面倒くさそうにオイボレは吐き捨てると、大きな嘆息をして、コンソールを再び叩き始めた。

「なるほど。そういや、スーツにネクタイってのは基本だしな」

「ツッコミを入れきれんわ」

 ポンと、納得したように手を叩くべイヴに、ぼそりとオイボレは呟くのだった。

 

 

《まさか、本当にノーマルスーツにネクタイ付けるやつがおるとは……》

「おいおい。じーさんのアイデアだろ?」

 一般的にノーマルスーツとは、所謂宇宙服と呼ばれるものだ。

 人型機動兵器であるモビルスーツに対して、((一般的|ノーマル))なスーツと言う意味で、ノーマルスーツなどと呼ばれている。

 ノーマルスーツを着る用途としてはいくつかあるが、今ベイヴが着ている理由は、先ほどオイボレが言った通りだ。

 宇宙において、放射能から身を守るったり、MSの動きによって伴うGや運動慣性などに対し、身体を固定したりなど、色々な意味がある。

 モビルスーツのコックピットは気密はされているし、酸素も確保されている。中に居る限りは放射能などの影響もほぼないのだが、それはMSが無傷であった場合だ。

 破損や動作不良が発生するばその限りではない。コロニー内や地球の地上などでなら、別にそれでも問題ないかもしれないが、宇宙の真ん中でそうなってしまった場合、ノーマルスーツを着用していない場合、非常に危険である。

 その辺りを分かった上で、ベイヴはちょくちょく普段着のジャケット姿で乗ることが多い。ある意味、こだわりファッションの為に命を賭けているとも言えるのだが、この艦のクルー達からは、すこぶる評判悪かったり、心配されたりしているのは、先ほどのオイボレとのやり取り通りである。

「さて、じーさん。もう出して大丈夫か?」

《ああ。お前さんの心配なんぞする必要もないが、抜かるんじゃないぞ》

「あいよ」

 ピッとこめかみの辺りを軽く擦るように指を振り、ブリッジへと通信を繋ぐ。

「トーシット。ターゲットの宇宙海賊さんとやらの様子はどうだ?」

《動きがあったらすぐ旦那に報告してますって。気づかれても居ないと思うっスよ》

「それじゃあ、俺はそろそろ出るぜ」

《キルトはどうしたんス?》

「湯浴み中。覗きたいなら行って来たら?」

《よっしゃ!》

 気合のはいったトーシットの叫びの直後、ゴンという鈍い音が聞えた。

《ボス、保護者あるまじき発言ですよ》

「おおコワ」

 どうやらトーシットの横に居た彼女が、その手にもったA4サイズの端末の角でトーシットを殴ったようである。

 今まで黙ってベイヴとトーシットの会話を聞いているだけだったその眼鏡の女性は、ファン・フェフ。この艦の副艦長であり、ベイヴを筆頭としたこのギルドの事務関係の一切を引き受けている女性だ。ちょっとばかりクールすぎるきらいがあるが、間違い無く有能な人材である。

「ファン。お姫様も出撃したいって駄々こねるだろうが、少し出撃は待たせてくれ」

《それは構いませんが……では、どのタイミングで?》

「資料を見る限り、連中は軍人崩れだ。最初に姿を見せるヤツだけが全員じゃないだろうからな」

《そういうことですか。では、彼女のコーサクの機動力を考慮して、ターゲット達が姿を見せたタイミングで、少し艦を岩礁地帯に近づけますが、構いませんね?》

「ああ。さっきトーシットにも言ったが、その辺りの判断はいつも通り、お前らに任せる」

《了解しました。ご武運を。ボス》

「ははっ……綺麗な女神にそうやって祝福してもらえたとあっちゃ、万が一もありえないな」

 芝居がかった様子でそう告げると、操縦桿を握りしめた。

《ハッチ開きます》

「うっし。そんじゃまぁ行きますか! ベイヴ・ベイル! ブルーサニーズ、出るぜッ!」

 開かれたハッチの外は、満天の星が輝くとされた黒い海。

 その中へ、巨大な剣を携えたディープブルーのシルエットが飛び混んでいった。

 

説明
何となく、書けと様々な方面から圧力を受けたので、思わず筆を走らせてしまった。とりあえずは序盤部分だけ。脳内イメージだとアニメ的には冒頭5分程度のアバン+Aパート終了してCM入るところまで。 小説にすると長いです(ぉ あ、おいらはSFとかメカとかロボとかの描写が超苦手(というかその辺りの語彙が欠如してることに気づきました)ですのでその辺りはご了承のほどをお願いします。 ちょっとした落書きのつもりがまさかこんな分量になるなんて……。 ネタ的に3話までは見て欲しいとかやりたいけど、当面の目的は1話だけでも完成させるコトになってきた。 あくまで悪ノリ、悪ふざけ。細かいことはなーんも考えておりやせん。



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