ゆりんゆりん |
寒い寒い、とある秋の日の、放課後。
昨日今日とあった文化祭は、それなりに盛り上がり、その幕を閉じた。
そして、今日は「準備・運営と疲れているだろう」という学校側の配慮により、生徒はある程度の片付けをしたのち解散。残りは週明けに、ということになっていた。
そして、学校側の言うとおり、あたしたちは確かに疲れていて、今この教室にいるのはあたしと、小学校からずっとクラスメイトの美希だけ。
「((美希|みき))、用事ってなに?」
片付けが終わって、ショートホームルームの後、私は彼女に「用事があるから残っていてほしい」と言われていた。
正直あたしはクラスの企画に加えて、運動部対抗リレーに出たり、自慢じゃないけど他の企画にも引っ張りだこだったので、出来れば早く帰って泥のように眠りたいんだけど・・・・・・ただ、美希の様子も、なんというか・・・・・・普通じゃなかった。
なにかを言いかけては、止まる。そんな感じ。でも、いつもの「何かを誤魔化すときの美希」とはまたどこか違っていて、あたし自身も急かすことは躊躇われていた。
「・・・・・・・・・」
美希は、西側の窓際に立っていて、しかもあたしには背を向けているから、表情は見えない。
と、美希が窓を開いた。途端に、秋の肌寒い、でもどこか清々しい風が入ってくる。
校庭の銀杏の香りに混じって、微かに、美希の付けている香水の匂いがした。ほんのりと甘い、しつこさを感じさせない、美希のお気に入りの香水。フレッシュストロベリー、だったかな。
あたしは、その名前を思い出すと同時に、その香水は美希が何か大事なことをする前に、必ず付ける香水だったことを思い出す。
やっぱり、美希がいつもと様子が違うのは、あたしに何かとっても大事なことを話すと、決めていたからだったんだ。
あたしがそう考えていると、唐突に美希がこちらを振り返って、言った。
「((志保|しほ))・・・・・・」
美希の目には、大粒の涙が溜まっていた。頬は、紅く紅葉した木の葉より、朱に染まっていた。
「私は、ずっと・・・ずっと前から、あなたのことが・・・・・・好きでした・・・・・・」
美希の目は、まっすぐにあたしを見ていた。
あたしの目は、美希から外すことが出来なかった。
美希の告白は、あたしの動きを、止めた。
「やっと、言え・・・た・・・・・・いままでずっと・・・・・・ずっと、気持ち、抑え込んでた・・・けど、」
彼女の膝が崩れ、床に座り込む。あたしは、条件反射で彼女の元に駆け寄っていた。
「美希・・・・・・」
「抑えてたけど・・・抑え、るほどに、気持ちが・・・ふくらんで・・・・・・でも、やっと伝え・・・られた・・・・・・」
美希は目から大粒の涙を零しながら、あたしを見つめて、そして笑った。その笑顔を、あたしは愛おしいと思った。
でも、あたしは迷う。今ここで、彼女の告白に返事をするのは簡単だ。イエスかノーか、ただそれを伝えればいい。
でも、それが難しかった。テストの問題よりも、部活の自己ベスト更新よりも、難しかった。
何も言えないままでいたあたしの頬に、美希の手がそっと触れた。
「志保・・・・・・別に、良いの・・・・・・。私は気持ちを伝えることができて、それで良かった・・・・・・。あなたは凄く困惑してるでしょうね・・・・・・。ごめんなさい」
美希が手を離す。
「だから、あなたは別に気にしないで。断ってくれて良い。軽蔑してくれても良い。だって、私たちは女の子同士・・・・・・仕方ないわ・・・・・・」
そんなことを言いながらも、美希は微笑んでいた。微笑んでいてくれた。まるで、あたしを安心させてくれるかのように。
そして、あたしにとっては、それがあたしの答えを出すトリガーだった。
「・・・・・・!」
美希が驚いているのが、お互いの胸を通して伝わる。腕の中の美希は、暖かかった。
少しして、美希がおずおずと、彼女の腕をあたしの背中に回してくる。好きなひとと抱き合うっていうのは、こんなにも暖かいことなんだと、あたしは初めて知った。
「美希のばか・・・・・・あたしだって、ずっと・・・ずぅっと、あんたのこと、好きだったんだから」
いつわりのない、ほんとうの言葉。
美希の体のこわばりが、まるで春の陽射しで雪が溶けるように、解けていく。
美希の柔らかい肌を、あたしは両腕で、胸で、全身で感じる。
「ばかって、ひどいんだから・・・・・・」
抱き合っていて美希の表情は分からなかったけど、あたしには分かっていた。きっと、美希は笑っている。
これから、あたしたちは一体どうなっていくのか、どうするべきなのか。全然想像付かなかったけど、それでも今はただ、彼女の温もりを感じていたかった。だから、あたしは両腕の力を強める。壊れないように、でも、放さないように。
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