【南の島の雪女】第4話 キジムナーの少女(1) |
【茜さんの体重】
「ねぇ、あかね〜。
ここおしえてー」
休み時間。教室は、生徒たちの声でにぎわっていた。
風乃は教科書を開きながら、ふらりと、一人の女子生徒に近づいていく。
「はーい」
茜と呼ばれた女子生徒が振り向く。
振り向いた瞬間、茜のポニーテールの先端が少し揺れた。
茜は風乃から教科書を受け取る。
「ここからここ」
人差し指で、教科書のわからない部分をくるくると丸く
なぞっていく風乃。
「が、わかんないんだよ」
「ふーのー…
ここは基本中の基本だよ。
仕方ないなぁ」
「基本だから、しっかりおさえておきたいの」
「しっかりしてるんだか、してないんだか」
「茜はやっぱりすごいよ。
頭いいねぇ。なんでも知ってるねぇ」
「それほどでも」
ちょっと恥ずかしそうに笑う。
「じゃあ、頭の良さをためすよ。
123454321 + 123454321 は?」
「246808642!」
「沖縄の最北端にある岬は?」
「辺戸岬」
「さとうきび1本の重さは?」
「約2kg」
「茜の重さは?」
「さ…」
「さ?」
「こらこら!
何どさくさにまぎれて人の体重を!」
茜は、あやうく体重を聞かれそうになり、風乃をにらんだ。
「3○キログラムだよ!」
横から割り込んできた女子生徒が勝手に答える。しかも大声で。
「ちょっとそこ!
勝手に答えないで!」
茜は女子生徒に注意したが、時すでに遅し。
周辺から、ひそひそ、ひそひそ、声がしだす。
「ほう、3○キロか」
「すごいな。俺なんて8○キロだぞ」
「…お前が伏せる必要性はなんだ?」
「ああっ、クラスのみんなに聞かれてる!?」
茜はぐるんぐるんと周囲を見回し、顔を紅潮させる。
体重をクラスに公開されたことが恥ずかしいようだ。
「3○キロ3○キロ、と…メモメモ」
「人の体重メモらないでよ!」
茜は、メモ男子から、メモ帳をひったくるように奪い取り、ビリビリにやぶく。
「3○キロの○には何が入るのかなぁ?」
「ははっ。3百キロだったりしてな!」
男子生徒たちは、茜の体重をネタにし、あははと笑っていた。
「いい加減だまれ!」
茜の右手は、男子生徒たちの顔面山脈に噴火を起こした。
鼻が折れ、目が摘み取られ、歯が散っていく。
男子生徒たちの意識は遭難し、行方不明になった。
目撃者の証言によると、3百キロの高速ナックルが飛んでいったという。
【人間の器が大きいだってよ】
「うーん、たしかに茜は3○キログラムだけあって
背も小さいし、他にもあれとかこれとか
いろいろ小さいよね。
高校生にしては、小さい」
茜の全身をくまなく、頭のてっぺんからつま先まで、
じろじろ見つめる風乃。
珍しい生物を見るかのような目つきだ。
「私を動物みたいに見るのはやめて」
「ごめんごめん。つい、さ」
「あーあ。もう、勉強教えるのやめようかな」
つんとした表情で、そっぽを向く茜。
体重をクラスのみんなに公開され、機嫌を悪くしてしまったようだ。
「でもでも、身体は小さくても、
人間としての器は大きいかもしれないよ」
風乃としては、必死にフォローしたつもりだったが、
茜の表情はあまり変わっていない。そっぽを向いたままだ。
フォローむなしく、伝わっていない。
「『人間の器が大きい』、か。
わたし、人間じゃないんだけどね」
茜は視線を落とし、風乃に聞こえないよう、
小さい声でぼそりとつぶやいた。
「え? に、人間じゃない!?」
小さな声も、もらさずキャッチする風乃の耳。
茜の「人間じゃない」発言をしっかり聞いていた。
人間離れした耳である。
「茜は、どこからどう見ても人間だよ!
髪の毛があって、スカートはいてて、
日本語しゃべってるじゃない!」
「髪の毛がなくて、スカートはいてなくて、
日本語をしゃべってない奴は人間ではないと」
茜は白い目で、風乃を見るのだった。
【緋那さん登場】
「ちょ、ちょっと、あかねぇー…」
茜を呼びかける、小さくかぼそい声。
その声は、風乃の背後からだった。
「どしたの、ひーなー」
茜は風乃との会話を中断し、緋那に反応する。
「こっちへきてちょうだい」
「ん? わかったよ。
ふーのー。ちょっと後でまた話そうねぇ」
茜は風乃と別れると、緋那と一緒に廊下へ出る。
廊下の人通りは少ない。内緒話をするにはうってつけだ。
「あのね、茜。あまり自分から正体を明かすのは
やめたほうがいいんじゃないかなぁ…。
『人間じゃない』ってしっかり聞こえてたみたいだよ」
「やだ、ひーなーったら。
本気で受け取るわけないじゃない。
どうせ誰も信じないよ。わたしたちがキジムナーだなんて」
「たしかに、私たち、完璧に人間に化けているけど…
皮膚の色も、髪の色も」
緋那は、自分の肌の色と、茜の髪の色に目配せした。
黒い髪と、白と黒がほどよく混じった肌。
人間もとい日本人に近い容姿をしている。
「体重や身長はごまかしきれないよ。
小さくて軽いし。高校生にしては不自然なくらい」
緋那はそう言って、自分のつま先から胸のあたりまで見渡す。
「心配ない!
だいたい、近頃の沖縄人はキジムナーが実在してるなんて
思ってないって」
「そうかなぁ」
「ひーなーは心配性だなぁ」
「心配するよ。もしばれたらって思うと」
「那覇に引っ越してきて、学校に通い始めて2週間。
誰にもばれてない。
ばれる心配よりも、
ちゃーんと勉強についていけるかどうかを心配したほうがいいよ」
「う、うん」
「しっかり学業をがんばって、
将来、人間に負けない力を手に入れるんだよ。
わたしたち、キジムナーの繁栄のために」
「あかね…」
「100年後のキジムナーは、人間より数が多くて、
科学が発展していて、都市にいっぱい住んでて、
何不自由ない裕福な暮らしをうんぬん」
茜はキジムナーの未来について論じ始めた。
こうなると長い。校長先生の素質を感じるほどに。
緋那は目まいを感じた。
「あ、授業始まるよ」
始業のベルが鳴る。
始業のベルは、茜の言葉などおかまいなしに
「はい中断ね」と言わんばかりの勢いで、邪魔するように鳴り響く。
続きの言葉など決して許さない。
「あとセリフ三行ぐらいあったのに!」
「つ、続きは教室で、ね?」
セリフ三行で済むはずがないのだと緋那は感じていた。
長い演説を聴かされるのはたまらない。
それは人間もキジムナーも同じだ。
始業のベルのタイミングの良さに、ほっとする緋那であった。
【体育の授業のあと】
それは体育の授業が終わったあとのことだった。
「うーん…」
男子生徒が、体育倉庫のドアを開けようとしていた。
しかし、なかなか開かない様子だ。
「こういち?
何してるの?」
男子生徒の横を通りかかった茜が、気づき、声をかける。
「茜か。
体育の後片付けをしていて、体育倉庫を開けたいんだが、
開かなくてな。困ってるんだ」
上原光一は困った表情で、茜に答える。
「私が開けようか?」
「茜が? 無理無理。
男2〜3人がかりでやっと開くような扉だぞ。
鉄製で重いドアのくせに、たてつけも悪くて
開きにくいんだよ。
女の子がくわわった程度では」
「えい!」
光一の話も聞かず、鉄製で重くて立て付けの悪いドアを
ばしんと殴りつける茜。
「え」
目を見開く、光一。
殴られたドアは、ゆっくりと奥のほうへ傾いていく。
倒れゆくドアから発生した風圧は風となり、
光一の顔面にたたきつけられる。
前髪がしゅっと浮き上がる。
「ドアが…倒れた? マジかよ」
目の前には、中心がへこみ、
地面にころがっている鉄製のドアがあった。
こんなドアの開け方は見たことがない。
光一は倒れたドアに近づいて、そう思った。
「ほら、開いたよ!」
倒れたドアを指差し、にこにこ笑顔で、光一に話しかける。
人の役に立つ喜びを感じているのか、たいへん嬉しそうだ。
「…開いたな」
感情のない声を発する。
光一は思った。
最近の女の子は、ドアを殴り飛ばして開けることができる。
女の子について認識を改める必要があると。
【開けたら閉める】
「ありがとう、茜。
だけど、どうしようか。
ドアを開けたのはいいけど、
どうやって閉める?
地面にドアが倒れているんだが」
「男子2〜3人であけられるんでしょう?
2〜3人で閉められるよね」
平然と言い放つ。
「地面に落ちてるドアを拾って、
へこみを直して、たてつける。
クラスの男子たちでは、ちょっと難しいな」
「ふーん…
じゃあ、私が閉じようか」
「閉じるって、どうやって」
まともな閉め方をするはずがない。
光一は嫌な予感をおぼえた。
「ドアのへこみを直して、たてつける。
簡単でしょう?」
「いやどう考えても難し…」
「ひーなー! ひーなー!
こっちこっち!」
光一の言葉を無視して、
茜は少し遠くにいる緋那を呼んだ。
茜の声に気づいて、近寄ってくる緋那。
「開いているドアを閉めたいんだけどー
てつだって」
茜は、そう言って緋那にお願いする。
緋那は、「開いている」ドアをちらりと見る。
地面に転がっているその鉄製のドアが、
少し泣いているように見えた。
「あかねぇー…
これは開けたんじゃなくて、壊したんでしょう?」
「そうとも言う」
「仕方ないねぇ。直しましょう」
「うん」
緋那は、鉄製の重たいドアをよいしょと持ち上げる。
そこに苦しさはない。
教室の机を持っているだけのような力のかけ方だった。
「ほら、ドアのへこんだところを逆側から殴って」
緋那は、鉄製ドアを持ち上げると、茜の前に立つ。
鉄製ドアを茜の目の前に持っていき、へこみを直すように指示した。
茜はこくりとうなずくと、にぎりこぶしを作った。
「とう!」
ドアのへこみを逆側から殴ると、
あっというまにへこみはなくなり、
ドアは元の真っ平らな状態に戻った。
「ドアのへこみを殴って元に戻した?
あれ鉄製だぞ。ウソだろ…」
普通、工具なり技術なりいろいろ必要なものがあるだろう。
だが彼女たちには必要なかったらしい。
腕一本で直してしまった。
自分の知識はおかしいのだろうか。
光一の「常識」が音を立てて崩れ去っていく。
「へこみは無くなったよね?
じゃあ、ドアを元の場所にもどそうね」
緋那は、鉄製ドアを持ち上げると、がちゃがちゃと音を立てながら、
鉄製ドアを元の場所にたてつけ直した。
所要時間、1分未満。実に早い作業である。
「ほら、これで閉まったよ」
「あ…ありがとう」
「どういたしまして。
じゃ、私たち、そろそろ教室に戻るから」
「あ、ああ」
「ばいばーい」
「…ん?
そういえば、俺、何しに来たんだっけ。
あっ…体育の後片付け!
やばい、さっきドア閉じたばっかじゃないか!
何もしてないのに閉じちゃったよ!」
また、あのドアをこじあけないといけない。
己のバカさ加減に、あきれる光一であった。
【キジムナーは怪力】
「あのさ、あかね」
「なに?」
「さっきふと思ったんだけど、
人間の女の子って、大きな鉄製のドアを
殴り飛ばせないんじゃないかな」
「え? そうなの?」
「そうだよ。
少なくとも、私たちのクラスにはいないよ。
鉄製のドアを殴り飛ばせる女の子は」
「やっばー。
まずいよね、それ。
私たち、人間じゃないことがばれちゃうよ」
「おーい! あかねー! ひーなー!
ちょっと待ってくれ!」
茜と緋那の後ろから声がする。
振り向くと、そこには光一の姿があった。
「げ」
茜と緋那はお互いに顔を見合わせ、
気まずく困ったような表情をした。
「こっ、光一。何の用かな?」
「あのドア、もう一度開けてくれないか。
開けてすぐ閉めたから、後片付けできてないんだ。
さっきみたいに殴って、開けてくれ」
「な、何のことかなぁ。
わたしたち、ドアを殴って開けたなんて知らないなぁ」
しらをきる茜。
目が泳いでいる。世界記録並の早さで泳いでいる。
「え? さっき、殴って開けただろ?
俺、この目でしっかり見たんだ。
俺の手でドア開けてると時間かかるから、
茜たちの力を借りたいんだ。頼むよ」
「見間違いじゃないかなぁ」
「いや、あれは見間違いじゃない。
俺の目に狂いはない」
「春だから、ちょっと頭がぽやんと
してるんだよ。
だから、あるはずのないものが見え…」
「とにかく来てくれ」
茜の手首をつかみ、強引に引っ張ろうとする。
「きゃ…ちょっと!
はなして!」
茜は、光一の手を振りほどこうとした。
「茜!」
緋那は、茜と目を合わせ、合図を送る。
(ふりほどいてはだめ。
強い力が光一にかかって、ふっとぶかもしれないよ)
(うう…じゃあどうすればいいの)
「こら! 何をしてるの!」
光一を制止する声が、奥から飛んでくる。
やがて奥から人影が見え、女子生徒のかたちをおびてくる。
「ふ…ふーのー」
茜は、風乃の姿に気づいた。
「光一。
茜が嫌がっているでしょう」
「なんだ、ふーのーか。
俺は、早く重いドアを開けてもらうために
茜を連れて行きたいだけだよ。
何もいじめているわけじゃあ、ないんだ」
「あ、あの、光一!
私たち、ちょっとトイレに急いでるので、
その…手伝いはまた今度ということで」
緋那が機転をきかせる。
「そうだったのか。すまなかった」
光一は、茜の手をはなした。
「じゃあ…そういうことだから。
ばいばい」
茜と緋那は足早に去っていった。
「トイレじゃあ仕方ないな。
戻ってドアを開けるとするか」
光一はため息をつきながら、肩を落とした。
「ん? 光一、茜たちと何かあったの?」
「ふーのーも、ドアを殴ってへこませること
できるんだろう?
最近の女子はすごいよな」
「はいー?」
風乃は光一の言っていることが理解できなかった。
【キジムナーは怪力2】
「ふぅ…危なかったねぇ、茜」
茜たちは、人気のない校舎裏に来ていた。
「ありがとう、ひーなー。
でも、おっかしいなぁ…
髪留めで制御していたはずなんだけど。
こんなに強い力が出るなんて」
茜は、自分のポニーテールの髪留めをさわった。
「まだ、制御が不安定なんだと思う。
キジムナーの力を人間に合わせるには、
まだまだ技術が必要かな」
緋那も、自らの髪留めを触った。
「人間の造ったものはいちいち
もろすぎるんだよぉ…」
「ないよりマシだよ。
制御しないと、力が有り余って、
物を壊したり、人に危害を与えちゃうからね」
「めんどくさいなぁ」
「あ、いいこと考えた!
かよわい女の子のふりをしていれば、
余計な力を出さずに済むと思う!」
「かよわい?
どんなふうに?」
「わたし、ペンより重いものを持つと筋肉痛が…」
緋那のナイスアイデアは、即座に却下された。
【指名手配】
ぴろりんぴろりん、と音が鳴る。
音は、緋那のポケットからだ。
「ん? メールだ。
何だろう」
緋那はポケットから携帯電話を取り出し、開く。
「キジムン・コミュニティ
那覇支部よりお知らせ…」
メールのタイトルを読み上げる。
「なになに?
何が書いてあるの?」
茜が緋那の携帯電話を覗き込む。
「凶悪な雪女が那覇市内に潜伏中、だって」
【雪女と1000万】
茜と緋那は、教室に戻るため、
廊下を歩きながらメールを読んでいた。
「凶悪な雪女が那覇市内に潜伏中。
注意されたし。
なお、捕縛した者には、報奨金1000万を与える」
茜がメールの内容を、小声で読み上げる。
「1000万かぁ。
すごい大金だ」
緋那は素直に驚く。
「1000万あれば何ができるんだろう」
「貯金」
「毎日、焼肉食べ放題!」
「募金」
「毎日、デザート食べ放題!」
「献金」
「毎日…
はぁ、考えるの疲れた」
「礼金」
「1000万もあれば旅行にいけるね。
北海道とか」
「雪が見れるね」
「そうそう!
雪が見れるんだよ!」
「よし、旅行に行こうよ」
「その前に雪女を捕まえないと…」
「うーん、たしかにね。
那覇市内は広いから、どこにいるか
見つけるのは大変だよ」
「簡単には見つけられないかもね」
「いきなり頓挫かぁ…。
1000万ほしかったなぁ」
「まあ、地道に勉強がんばりましょう。
お金は後からついてくるよ」
「そうだね」
茜と緋那は、自分たちの教室に入っていく。
教室の中から、女子生徒の話し声が聞こえてくる。
「わたしの家に雪女が住んでてさぁ…」
風乃は、自分の家に雪女が住んでいるということを
隠すことなく、話していた。
「ふーのーったら冗談ばっかり」
くすりと笑う女子生徒。
風乃の冗談はおもしろいな、と思っているようだ。
「雪女いたー!」
茜と緋那は、驚きの声を同時にあげるのだった。
次回に続く!
説明 | ||
【前回までのあらすじ】 雪女である白雪は、故郷を脱走し、沖縄まで逃げてきた。 他の雪女たちは、脱走した白雪を許さず、 沖縄の妖怪たちに「白雪をつかまえろ」と要請する。 南国紳士を撃退した白雪と風乃。 しかし、2人の前に新たな敵があらわれようとしていた。 |
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