キケンカノジョ Part2
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三章

 

お待ちかねの昼がやってきた。

 今日はサンドイッチと焼きそばパン。焼きそばパンといえば、学食ならばすぐに売り切れる人気メニューだ。しかし、なぜ衛の前にある焼きそばパンは、これほどまでに殺気を噴出させているのか。

 二兎追うものは一兎をも得ず。

 衛にとって、奈緒子と付き合うためには、これを食べなければならない。ズボンには、奈緒子の父親が進めていた胃薬一包供えてある。与謝野晶子曰く、君死にたもうことなかれ、の心境で、出撃せねばらない。

 まずは、卵のサンドイッチだ。サンドイッチは挟むだけだから、手を加える要素は少ない。つまり、奈緒子の腕が発揮されずにすむだろう。

 覚悟を決めて、食べる。

 とたんに、なにかわからない固い歯ごたえと、圧倒的な刺激臭がした。

「うんぐがああああ、うんんんん」

 口を抑えて、悲鳴と吐しゃ物が外に漏れないように、踏ん張りながら、口の中のものを少しずつ飲み込んでいく。中世の魔女狩りの拷問だったら、これを食べさせればいい。一発でアウトだ。

 苦しみぬく衛の様子を見ていながら、奈緒子はニコニコと笑っていた。いや、おそらく、喜んで食べているものと勘違いをしているのだろう。衛は、その勘違いを訂正させずに、食べきったあと、「美味しいよ」の一言をなんとか言う。

 これほどまでに、美しい光景は、なかなか見られるものではない。

 そうこうしていると、昼休みをいっぱいにつかって、間食することが出来た。いつもよりも破壊力が増しているのは気のせいだろうか。

「今日はね、お母さんも手伝ってくれたの」

 衛は、いま、恐ろしい事を聞いた様な気がする。

「おっ、おかあ、さん?」

「うん、衛くんにあんな事で怒っちゃったから、今日は仲直りしようと思って、いつもより手をかけてつくったの。途中遅刻しそうになったから、お母さんも手伝ってくれてね」

(つまり、なんですか。一子相伝の暗殺料理を母子のコラボでつくりあげたというわけですか? ……よく俺は食べきったな)

 つくづく、頑丈な身体に生んでくれた母に感謝する。これで、タッくん熱が冷めれば、完璧な母だ。

 しかし、今日の苦行は終わった。

 衛は、懐から小さな紙袋に入ったプレゼントを取り出した。

「これ、ナオちゃんにあげるよ」

 本日のメインイベントである奈緒子の誕生日プレゼント。すこし、値がはったが、奈緒子の喜ぶ顔を見られるならば、多少の出費など痛くはない。

「開けていい?」

「あたりまえだよ」

 奈緒子の白く細い手が、もどかしそうに袋を開けた。中から出てきたのは、星の形をしたシルバーのネックレスだ。

「七曜市は、星とか占いとかにまつわる地名が多いし、パワースポットも多い。だから、ピッタリ、こういうのが面白いかなって思ったんだ」

「これ、真ん中にあるのって、真珠?」

「うん、そう。ナオちゃんにあうと思うよ」

 衛は、奈緒子の手からネックレスを取ると、留め金を外して、そっと首につけてやった。衛は自分の予想が外れていない事に、満足した。

「綺麗だ。これが俺の彼女だなんて、信じられない」

「……バカッ」

 そのバカには、恋する乙女の照れ隠しがこもっていた。その様が、さらに衛の心を掴んだ。

(可愛すぎる!)

 そう思うと、奈緒子を引き寄せて、小声で訊いた。

「今、キスしてもいい?」

 奈緒子の目が、周囲を探る。人がいないことを確認すると、コクリと頷いた。

 衛は、二度目のキスをした。

 

 放課後、美術部に顔を出す。

 片桐は、二人がそろっているのを見て、意味ありげな笑みを浮かべていた。

「おふたりさん。おそろいで何しにきたんですかぁ?」

「すみません。昨日は心配をかけました」

「別にぃ、心配なんてしていないわよ。だって、あなたたちが別れるなんて、ちっとも思えないし」

 言葉は優しいが、その言い方でチクリチクリと刺してくる。なぜだろうか。いつもは優しい片桐が、今日に限って、やけに嫌味っぽい。

 すると、ずいっと奈緒子が前に出てきた。

「部長、『あたしの』彼氏をいじめないで下さいよ」

 片桐と奈緒子では、大人と子供のような構図になっているが、奈緒子の発する気迫は、片桐に怯むことなくぶつかっていった。

「ここは、美術部なのよね。カップルの喧嘩で騒がれちゃうと、真面目にやってる部員がこまるわ」

「わかってます。だから、今日は真面目に部活動をしに来たんです。――でも、部長だって、時々、彼氏の愚痴を言ったりしてるじゃないですか」

「私のことは関係ないの!」

「……部長、もしかして、フラれた?」

 奈緒子の言葉に、部員全員が固まり、視線を片桐に集中する。

 片桐は、鼻息を荒くしながら、言葉を発しようとしたが、上手くできない。見る見るうちに、赤くなっていった。

 それは、奈緒子の言葉が正しい証明である。

「ナオちゃん。そこまではっきり言わなくても」

 さすがに可哀相になって、奈緒子に耳打ちした。奈緒子も、声をひそめて囁く。

「ごめん、まさか、図星だとは。部長の彼氏、いや、もと彼って、部長みたいに背の高い人が好きっていうフェチだから、そうそう別れるなんてないと思ってたんだよね」

 片桐は、とうとう堪えきれなくなって、大粒の涙を流しながら泣き出した。

「私だってねぇ、私だってねぇ。努力はしたのよ。背高くても胸が小さいって、何度も言われたから。でも、私より高くてスタイルのいい女を見つけたから、別れようなんて。ふざけるんじゃないわよ。なんで、あんなチビが、私をフルのよ。今までの努力を返しなさいよ!」

 おいおいと泣き続ける片桐に、衛をはじめ、全員がどうしようかと、見守っていた。

「ナオちゃん。なんとかして」

「どうして、衛くんを助けたのよ。衛くんが慰めてあげなよ」

「無理だって。どうやったら、慰められるっていうの」

 ふたりは責任を押し付けあっていると、大沢が前に出てきた。

「おい、大沢くん。どうするつもりだ」

「僕がなんとかします」

「なんとかするって……」

「いいから、まかせましょ」

 奈緒子は、衛を引っ張って、片桐から遠ざける。

 泣いている片桐と大沢。大沢は奈緒子よりも小さいので、さらに身長差がある。

「……部長、僕、部長の事が好きです!」

 衛は目眩がしそうになった。まさか、そういう展開に話がなるとは。しかし、その横にいる奈緒子は、この後どうなるのか、わくわくしながら見守っている。火事や事故が起こったときに、まっさきに駆けつける野次馬タイプは奈緒子だろう。

 一方、片桐は、まだ涙が止まらない。

 しかし、突然の告白に、驚きの表情を見せた。

「大沢くん?」

「部長の前の彼氏は、部長の背だけをみていたようでだけど、僕は、部長の全てが好きです。優しくて、強いところが。まだ、入部してそんなに時間はたっていないけど、僕は部長にいいところをイッパイ知っています。だから、部長の事が好きなんです。だから、僕と、付き合ってください」

 大沢の精一杯の愛の言葉に、みな固唾を飲んで見守っている。

 片桐の涙が、ようやく、止まった。

「好きって、同情じゃなくて?」

「僕は、同情好きになるなんて、残酷な事はできません。僕は、僕のために、部長が好きになったんです。……僕じゃあ、不満かもしれません。でも、今、部長の涙を止める事が出来ました。これだけでも、部長のそばにいる意味があると思います」

「……ごめん。頭がぐちゃぐちゃで、何も考える事が出来ない。悪いけど、返事は今出来ないの」

「いいです。無理に付き合って欲しいわけじゃありませんから。でも、部長の事を、僕が好きだって、わかってもらえればいいんです」

「……うん」

 奈緒子はにやりとわらった。

「部長、おちたわね」

「ナオちゃん。俺、時々、ナオちゃんのことオヤジくさく見えるのは、気のせいだろうか」

 周りにいた美術部員は、衛の言葉に、うんうんと頷いた。

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 部活を「無事」終えて、家に帰ろうとしたとき、奈緒子が急に衛の家に行きたい、と言い出した。衛としては、この後、どこかのファミレスでも行って、奈緒子の誕生日を祝おうかと思ってたのだが。

「いいの、だって、プレゼントはもらったもの。あとは、衛くんの御両親に挨拶をすれば、これ以上ない誕生日になるわ」

「それは、ロープレで途中経過を抜かして、一気にラスボスにいくようなものじゃないか?」

「ちがうわ。それは、衛くんが私の両親に、『奈緒子さんを下さい』って頭を下げに行くとき。私のは、将来の嫁姑戦争を回避するために、打っておく布石よ」

「嫁姑って、大げさな……」

 言いかけた衛の顔を、奈緒子がアイアンクローで掴む。

「ワタシヲステルキ」

 万力のように、奈緒子の五本指がギリギリと衛の顔に食い込んでいく。

「ちょ、痛い。本当に痛いって。捨てるわけない。ナオちゃんのこと捨てるわけないって。これ、本気でやってるでしょ。潰れる、顔が潰れる」

「よかった。あたしったら、衛くんがあたしに飽きて、ぽいって捨てるんじゃないかって、一瞬フリッツ・フォン・エリックを召還させちゃった」

「……そのネタは、いまどきの若い子は知らないと思うよ」

 痛む場所をさすりつつ、突っ込む。衛は、中学時代の友人にコアなプロレスファンが居たので、なんとかついていけているが。

「じゃあ、いきましょ」

 校門をスキップしながら駆け抜ける奈緒子。衛は、終始振りまわされっぱなしだった。

 奈緒子は、衛が家に連れて行くと返事をしていない事にも、気がついていない。

「なにごとも、起こらなきゃいいんだけど」

 それは、天のみが知る事だった。

 

 家に帰り着いたが、問題は、これからだった。

「ただいま」

 奈緒子を玄関に引き止めておいて、まずは衛が先に母親に説明をする。その理由はふたつ。ひとつは、いきなり奈緒子を紹介して、驚かせないため。もうひとつは、夕食を奈緒子に手伝わせないように手を打つためである。

 特に、ふたつめの事項は、嫁姑どころか、衛と奈緒子の仲でさえ、危うくしかねないものだ。幸い、息子が彼女を連れてきたと言う事をすんなり受け入れた母親は、奈緒子が母の料理を食べたいそうだ、という衛の嘘を信じて、奈緒子に手伝わせる事なく夕食の支度を行わせる事に成功した。

 その間、衛は、奈緒子を部屋へと連れて行った。

「あたし、手伝わなくてもいいのかな?」

「ああ、大丈夫。お袋がナオちゃんがきたことで、張り切ってさ。もう、腕によりをかけて作るって」

(お願いだから、余計な事をしないでくれ)

 心の声を見せないように、軽く言った。

「それにしても、衛くんの部屋って、けっこう片付いているのね。男の子の部屋って、もっと、こう散らかってるのかと思った」

「まあ、そういう奴もいるけどね。俺は、整理整頓をしておくタイプなんだ。逆に散らかっていると、落ち着かなくて、眠れない」

 ふと、ベッドの下に目をやると、なにやら肌色が大量のDVDが顔をこんにちはと出していた。その刹那、衛は、奈緒子を引き寄せて、ベッドに押し倒した。仰向けになった奈緒子に見えないように、足でそのDVDをベッドの、更に奥の影に蹴飛ばす。全部で三秒も掛からない出来事であった。

「衛くん、ちょっと積極的になりすぎだよ」

 頬を赤らめながら、覆い被さる形の衛を見つめる奈緒子。衛は、最悪の事態を避けるために、より事態を混迷に導いてしまったのでは、と思いつつ、これはチャンスなのかも、とそのまま奈緒子の期待することをしてしまおうか迷った。

「で・も・ね」奈緒子の指が衛の唇に当てられる。

「下にお母様がいるから、今日はお・あ・ず・け」

 ホッとすると同時にガッカリした。特に下半分の部分が。奈緒子が起き上がってきたので、衛はどいて椅子に座る。

「それで、細川くんのことは、どうなったの?」

 制服と髪の乱れを直しながら、奈緒子は言った。脱ぐ事の反対の行為なのに、妙に艶かしい。衛は思わずつばを飲み込んだ。

 その視線に気がついたのか、奈緒子は舌をベーと出して、「エッチ」と呟いた。

 その仕草も、衛にはとてもつもなく可愛らしい。けど、今は義和のことだ。

「昨日、朱雀タクシーに電話して、親父さんがいるかどうか尋ねた」

「どうだったの?」

「今、休みを取ってるんだって。どこにいるのか、教えてくれなかった」

「そう、まあ、いきなり従業員の住所を訊いても、教えてくれないでしょうね」

「あと、親父さんの愛人が電話の応対に出ていた。声では、結構若い女性だったみたい。話をしても、不倫なんかするようなタイプには思えなかった」

 奈緒子は首を横に振った。

「だめねぇ、男の人って。お父さんが浮気調査を依頼されたとき、そのほとんどが、浮気するタイプには見えないって言ってたわ。男はいつまでたっても子供っぽいけど、女は生まれたときから一人前の女なの。そこに、騙されるのよね」

(ナオちゃんも女だろうに)

 その言葉を口にしたら、自宅から病院まで救急車で移動する事になるだろう。賢明な判断で、沈黙へと変えた。

「けど、衛くんの力では、それが限界よね。さすがに尾行とか張り込みは、学校があるから出来ないし。――もう一度、お父さんに頼んでみるわ。こういうときには、プロの手を借りる事が一番の最善策だもの」

「でも、お父さんにだって、他の仕事があるだろう? 迷惑をかけられないよ」

「可愛い娘のためなんだから、それくらいしてもらうわ。別に、人捜しくらいは、他の仕事と平行でも、十分対応できるわよ。だから、心配しないで」

「ずいぶんと借りばかり出来るな」

 奈緒子は立ち上がって、近づいてきた手が衛の顔に触れる。また、アイアンクローかと警戒したが、奈緒子の顔が近づいてきたとき違うとわかった。

「――貸し借りは、これで回収するから」

「これは、俺にとっても嬉しい事なんだけど」

「だったら、嫌になるまでやってあげる」

 奈緒子はカラカラと笑った。

 

 食卓は、異様な雰囲気が漂っている。

 なぜだが、優と優の母親まで同席しているのだ。

「優姉さん、どうしてここにいるの?」

「別に、珍しい事じゃないでしょ」

 すました調子で優は答えた。

 確かに、佐川家と東雲家が一緒に食事をとる光景は珍しくない。だが、よりにもよって、奈緒子が来ている時に。更に言うならば、ついさっきまで、優たちが来る気配はなかった。衛は、自分の母親に目線を飛ばした。

 わざとらしく、荒木卓郎の歌を口ずさんで誤魔化そうとする。どう考えても、情報をリークした容疑者であった。

「それで、まーくんのどこがよくて付き合ってるの?」

 いつのまにか、優の母親と奈緒子が仲良く話している。しかも、衛のことについてだ。

「おばさん。なんで、そんなに嬉々となっているの? しかも、その質問は、俺に失礼じゃないかな?」

「だって、優が側にいるのに、まったくなびかないようなトーヘンボクが彼女をつくって、しかも家にまでつれてきたのよ。これが落ち着いていられる?」

「母さん、違うわ」

 優雅口を挟んだ。

「衛が私になびかなかったんじゃないの。私が衛になびかなかっただけよ」

 ピクリと奈緒子の耳が動いた。

「衛くん、東雲先輩にアプローチしてたの?」

「してない。してない」衛は慌てて否定する。

「覚えていないの? 幼稚園のときに、私をお嫁さんにしたいって言った事」

「んな、大昔の事なんて覚えてないって。優姉さんも、どうして引っ掻き回す事を言うかな」

「衛くん、浮気したら、ダメなんだからね」

 口調は軽く、しかし、目はアイアンクローを仕掛けたときのように、ギラギラとしていた。衛は、思わず萎縮する。

「さて、うちのバカ息子にかまっていたら、折角のご飯が冷めちゃうわ。いただきましょう」

 衛は、この場に味方がいないことに気がついた。四面楚歌を味わった項羽の気持ちは、これほど惨めであったろうか。

 こうして、夕食兼奈緒子のお披露目会はつつがなく終了した。非常に衛に不本意な形で、進められたことは、別にたいした問題ではなかった。ここで、ふと疑問が浮かび上がる。奈緒子は、衛の母の手料理を、美味しい、といって食べていたが、味覚がまともならば、あの弁当の味は、どういうことなのだろうか?

 自分で作ると、おかしな具合に味覚が補正されてしまうのであろうか。

 衛の疑問はつきることはない。

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「なんで、東雲先輩が衛くんの部屋についてくるんですか?」

 前門の虎、後門の狼。果たして。どちらが虎で、どちらが狼なのか。ひとつだけいえるのは、どちらも、獰猛だということだ。

「べつに、貴女に用は無い。衛に用があるの」

 済ました顔で言う優に、奈緒子が苛立っている。おそらく、夕食時の会話が大きく影響しているのだ。衛としては、物心つくまえにいった、たわいも無い言葉なんて、こだわる事はないとおもうのだ。しかし、彼女よりも親しくしている女が、こうして周りをうろちょろされていると、理屈は吹き飛んでしまう。

 衛は、ドンと構えていたいなのだが、どういうわけだか、女たちに翻弄されている。で王してこんな事になってしまったのか。

 ベッドに腰掛けて、そんな風に、現実逃避をしていると、ギュッと奈緒子が自分の胸に衛の頭を引き寄せた。

(おおおっ)

 奈緒子の柔らかい胸の感触が迫ってくる。思わず小躍りしたくなるのを抑えて、奈緒子に身をゆだねた。

「衛くんは、別に用はありません」

 そういってあかんベーをした。だが、優はそれにも動じることなく、衛の腕を掴む。途端に優の顔が衛とあと十センチの距離に出現した。

「うわっ!」

 叫んでから気がついた。これは、優ではない。あかりだ。また、優と触れる事で、死者を見る力を得たのだ。奈緒子を真似して、あかんべーと舌を出している。なんだか、この妹には、優と奈緒子の小競り合いなど全く関係が無いとばかりに自由だ。

「衛、『この子』のことで、話があるの。話をさせて」

「何のことを言ってるの? 放してください」

 奈緒子が手を払うと、ふっと姿が消えた。

「衛、わかるでしょ。私の言う意味が」

 衛は、奈緒子の胸の感触は惜しいが、優の話も大切だということがわかっていたので、奈緒子に頼み込んだ。

「ごめん、ナオちゃん。ちょっと優姉さんとふたりきりで話をさせてくれないかな?」

「……衛くん」

「わかってる。変な事はしないよ。だって、俺はナオちゃんにこれ以上ないってくらいホレてるんだからね。神に誓って誓うよ」

「嘘ついたら、もう、キスしてあげないから」

「うん、だから信用して」

 渋々、ではあるが、奈緒子は部屋から出て行って、母たちの茶飲み話に加わりに行った。その話の流れで、衛の恥をどれだけ暴露されるか恐ろしいが、この際、多少の犠牲は覚悟しよう。

「……ずいぶんと、飼いならされているのね」

「あんまり、人をペットのようにいうのはどうかなぁ。それに、この場合はどちらが飼い主で、どちらがペット?」

「自分で考えなさい。――それで、この子のことだけど」

 優は衛に触れる。

「あなたに彼女が出来たから、もう諦めるそうよ」

 優の隣で、あかりが頷いていた。衛は、ふっと微笑んだ。想いを受け止めてあげる事が出来なかったが、自分で気持ちにケリをつけたのであればよかった。目に見えないからと、ずっととり憑くことだって出来たのだから。まあ、あかりであれば、あまりおかしな事はすることは無いだろうが。

「でも、最後にお願いがあるというの」

「お願い、って、俺に出来る事?」

「いえ、衛にしか出来ない事ね。――この子とキスして」

「はい? いやだって、その子は幽霊なわけで、そんなことできるわけないじゃないか」

「だから、私の身体を使うの」

 衛は耳を疑った。

「つ、つまり、この子を優姉さんに憑依させて、キスをする?」

「そういうこと」

 ちょっと前までなら、優の頼みをきいただろう。でも、さきほど奈緒子に変な事はしないと誓ったばかりだ。その口で、別な女にキスをするなんて。

 ずっと、答えられない衛をみて、優は首を横にふった。

「あまり、手荒な真似をしたくはなかったんだけど」

「えっ?」

 次の瞬間、すべてがブラックアウトした。

 目が覚めたとき、衛はベッドで寝ていて目の前に居たのは奈緒子だった。

「あれ、俺はどうしたの?」

「あの後、東雲先輩が、衛くんが転んで気絶したっていうから、ずっとつきっきりで見てたんだだよ。もう、人を心配させないでよ」

 そういった奈緒子の目に、うっすらと涙が浮かんでいる。

「優姉さんは?」

「お母さんと一緒に帰ったわ」

「そうか」といって時計を見た。針はもう十一時を回っている。

「あっ! ナオちゃん、こんな時間だ! 帰らなきゃ」

「いいの、家には電話して、今日は泊まるっていったから」

「いやいや、ダメだよ。親御さんだって怒るだろ?」

「ううん、お母さんは、しっかりしなさいって」

(しっかりって、なにをしっかりなんだ? 主語を省略するだけで、恐ろしくいろいろない身になってるよ!)

 身を起こそうとした、ずきりと首筋が痛む。

「つっ」痛む箇所をさわると、なにが起きたのかをおぼろげであるが、察した。あのとき、優は衛の首筋に一撃を食らわせて、意識を奪ったのだ。

 優の妹とキスをするためには、なにも衛が起きているときでなくてもいい。

(ということは、俺は、優姉さんとキスをしてしまったのか)

 その事実に、衛の中で生まれるのは、奈緒子への罪悪感である。なにも、こんなことをする必要がどこにあったのか。優への怒りも同じくらい高まった。

「大丈夫? どこか打ち所が悪かった?」

 ぼおっとしている衛を奈緒子が気遣う。衛は、無言で奈緒子を抱きしめた。

「はう、衛くん。どうしたの?」

「頼むから、このままでいさせてくれ」

 奈緒子を裏切ってしまった事の償い、にもならない。今、こうして奈緒子の温もりを感じる事で、ふたりが恋人であると再確認したくなったのだ。

 奈緒子は、はじめは、ふりほどこうともがいていたが、しばらくしたら、衛に身を任せた。

 そして、何分、何十分も経ってから、奈緒子を自由にした。

「……ごめん」

「ううん。衛くんが、あたしを必要としているってわかったから、それでいいの」

 それから、もう何も言葉は交わさなかった。

 奈緒子は、母親と一緒に寝ることになった。さすがに、親がいる家で衛と一緒に寝ることはできない。でも、それは、今の状態ではかえってよかった。

 翌朝早く、奈緒子は帰っていった。

 衛は、いくらかショックをから立ち直っていたので、奈緒子を見送る。

 奈緒子は、夕べの事を何も訊かず、またね、といって走っていった。

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 七月になった。

 衛の心に刺さった棘は、まだ完全には抜けていない。

 優とは、携帯に何度もかけたが、一向に連絡が取れない。メールも同様だ。

 しかし、奈緒子は、変わらず、衛に笑いかけてくれて、かいがいしく弁当をつくってきてくれる。それで、大分救われている。

 良くも悪くも青春だった。

 それと、もうひとつの美術部に生まれた青春、すなわち、片桐と大沢の関係は、おもったよりも進んでいない。奈緒子に言わせると、片桐は臆病なのだ。傷ついてしまったから、また新たな傷がつくことを恐れる。

 それでも、衛は、穢れのないまっすぐな大沢ならば、片桐のつくりあげた心の壁を打ち崩す事は出来るだろう。

 

「細川くんのことは解決したから」

 いきなり、奈緒子の父親の事務所に呼ばれた衛は、初めて会う父親に緊張していた。

 それを知って知らずか、さらっと大切なことを言ってしまう奈緒子。衛は応接ソファに座っていた。衛の向かいのソファには、奈緒子と奈緒子の父親が座っている。

衛の目は、事態を理解できず、点になった。

「も、う少し、俺にもわかりやすく説明してくれないか?」

「だから、細川くんがもう働く必要はなくなったの。ちょっと強引な手で、解決したわ」

「どういう強引な手をつかったっていうんだ?」

「そこからは、私が説明しよう」

 随分と高そうなブランド物のスーツを着こなした奈緒子の父は、三十前半といっても通用する若さだった。

「結局は、細川くんの父親がネックだった。事故がマネーロンダリングか、贈賄か、目的は知らないけど、細川くんの父親が、背負っても居ない借金を細川くんに言ったことが、君の悩みの原因となったわけだ。だから、悪いけど、細川くんの父親に退場願うことにしたのだよ」

「どうやってですか?」

「まずは、細川くんのお父さんの居場所を調べてから、善意の第三者を装って、接触させてもらったのだよ。森田や大沢建設が事故の真相を知る彼を消そうとしているとね。事故の事は、限られた人間だけしか知らない。すんなりと信じてくれたよ。そして、姿を消したほうが良いとアドバイスをして、昨日、そのアドバイスは実行に移された」

「義和は、どうなるんです?」

「うん、そこだ。アドバイスの中には、彼が事故のことを話した人間から、足がつくかもしれない。だから、きちんとそこの後始末をするように、勧めておいた。それから監視したところ、細川くんの家に電話をかけるのを確かめた。内容も確認したが、事故の事は片付いたから、何も心配する事はない、といっていたからね。もう、学校に復帰できるだろう」

「内容を確認って、盗聴したんですか?」

「まあ、君が黙ってくれるなら、私は手に金属のわっかをかけられることはないだろう」

「いいませんよ。――ところで、今回の事故、そして再開発の胡散臭い部分は、どうなりますか?」

 奈緒子の父親は目をすっと細めた。

「虎の尾を踏むのは、勇気ではなく無謀だよ。まだ、私が刑事だった頃なら、法という後ろ盾があったから、突っ込んだかも知れないが。今では、見ての通り、しがない探偵だ。ましてや、ただの学生である君や奈緒子のことを考えると、とてもではないが、触れて良いものではない。下手をすると、細川くんのお父さんにした警告が、私たち自身に返ってくる」

 衛は深呼吸をする。

 やり方は、ともかく、義和が救われた事は確かだ。何度もいうように、衛は正義を行いたいのではなく、法の番人になりたいわけでもない。友達を救いたいだけなのだ。

 衛は、立ち上がって頭を下げた。

「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」

 感謝しても、感謝し足りない。奈緒子の父親の力がなければ、ただ右往左往するだけだったに違いない。

 衛の肩に、ぽんと手が置かれる。

「君も、いろいろと悩んだろう。友達のために、一生懸命になれるなんて、今時めったにないだろう。そういう君だからこそ、奈緒子がひかれたんだろうね」

「そう、でしょうか」

「それに、奈緒子のご飯を食べられるだけで、私は君を認めるよ」

「……お守りと胃薬、感謝します」

 奈緒子に聞こえないように、男同士の秘密の会話が交わされる。その様子を、奈緒子は不思議なものをみるように見ていた。

「なにをこそこそ話しているの?」

「いや、彼はいい青年だ。奈緒子の眼に狂いはない」

 奈緒子の父親は、ハハハと笑いながら、事務所を出て行った。

「……逃げたな」

 ぼそりと衛は呟く。

そして、力が抜けたようにソファに座りこんだ。

「疲れた?」

「疲れた。肉体的ではなくて、精神的にね。他人のことで、これだけ考えたのは、初めてだよ」

「でも、最後にしちゃダメよ」

「……?」

「だって、これからは、私のことをイッパイ考えてもらわなきゃ」

「わかってますよ。俺の未来のかわいい奥さま」

 衛は、微笑んだ。

 とても幸せな気分だ。そう、これからは、奈緒子のことを考えなきゃ。もうすぐ夏だし、海に行くとかいいかもしれない。そのためには、ちょっとバイトでもしなければなrならないだろう。

 

 美術室に顔を出すと、安本がデッサンをしていた。

 モデルはというと、なぜだか片桐だ。

「どうして、こんなことに?」

「いやね。彼女の相談に乗ってあげたから、かわりにモデルになってもらったのさ」

「先生に相談したら、対価が必要なんですか? 給料もらってんだから、それくらいタダで聞いてあげたらどうです?」

「わかってないね。ただでもらえるアドバイスと対価を払ってもらえるアドバイス。どちらが、より価値があると思う? 普通は対価は払ってもらうアドバイスだよ。これは、彼女のためなんだ」

 そういう安本の手に握られたクロッキーは、どんどん紙の上に片桐の姿を写していく。「でも、君なら、対価なしでも相談にのってあげるよ」

「なんでですか?」

「細川くん。学校に来たそうだよ。君が何かしていたのは知ってる。本当なら、教育者である私たちが、やらなければならないことだったからね。君には大きな借りが出来た。だからこそ、相談にのってあげるといっているのさ」

 正確に言うと、衛よりも奈緒子の力が大きい。けれども、教師たちの力では、義和を救う事はできなかったとから、借りだということもわかる。ちょっと正攻法ではなかったので、それを詳しく説明することはできないが。

 安本は、驚異的なスピードでデッサンを完成させていく。

(相談、ね。でも、今の俺には、相談に乗ってもらうようなことはないな)

 片桐は、どんな相談をしたのだろうか。

 大沢のこと?

 そうなのかもしれない。片桐の心の傷は、かなり深いはずだ。でも、そのままではいけないと、本人もわかっている。過去に心を縛られず、再び恋する乙女になるためには、誰かに背中を押してもらうしかない。安本ならば、その役目には最適だろう。

 ひそかに、片桐の事を応援しながら、美術室を後にした。

 

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 四章

 

「不思議なんだよな。いきなり、親父から電話があったと思ったら、もう心配することがないだと。ったく、今まで俺がどれだけ迷惑をかけられたのかわかってないんだ」

 七曜駅前の喫茶店「シルフィー」でアイスコーヒーを飲みながら、義和が恨み言を言っていた。衛は、義和から事情を聞いていた、ということで、どのように今回の事態がおわったのかを聞いている。とはいえ、実は義和が知っているのは、あくまでも表向きの事情であるので、おおよその真実を知っている衛には、そう目新しいことはない。それでも、そ知らぬ振りをして聞いているのは、義和のためであった。

 こうして、義和が普通に暮らしているのを見て、自分たちが動いていた事は、無駄ではなかったと嬉しくなる。

「まぁ、ずっとバイトをしてきたお陰で、今俺は結構な金が残ってるんだ。これらから、元を取るぜ」

「……お前、三ヶ月間出てないから、夏休みはずっと補習じゃなかったのか?」

 その言葉に、義和はテーブルに突っ伏す。

「あああ、下らないことを思い出させるんじゃねえよ。っくそ、熱い中を制服着ていかなきゃならないなんて、拷問だ。人権侵害だ。訴えてやる!」

「あのなあ、お前がサボっている間、必死にフォローしていた先生がいたことをわすれるなよ。そうでもなきゃ、お前は停学とかになってもおかしくなかったんだぞ」

「ちっ、わかってる。おせっかいだよな。ホントに」

 言葉は汚いが、その言葉にはほのかな感謝が込められていた。衛は、素直になれない義和をニヤニヤ笑いならが眺めてる。その顔面に熱いお絞りが投げつけられた。

「があ、アチィ、アチィ。何しやがる!」

「ざまーみろ。アハハハハ」

 衛も投げ返そうとしたが、店員の冷たい視線を感じ、おしぼりを置いた。

「……衛」

「……なんだ?」

「サンキュー」

「……感謝されるような事をした覚えは無いな」

「いや、俺のことを心配してくれただろ」

 義和は手を差し出す。衛は、それを握り返しブンブンとふった。衛にとって、やぱpり義和は親友だ。

 

 七夕の夜。

 織姫と彦星が再会し、多くの人々の願いが短冊に書かれる日である。

 七曜市は、七つながりで、大掛かりな七夕祭りを開催する。七曜市だけでなく、近隣の街から祭りに参加するために人が集まる。もちろん、衛としても、これは、思い出に残るイベントにしようと、かなり前から注目していた。

『ごめんね、こんなときに風邪をひくなんて』

 衛は絶望していた。そう、奈緒子が風邪でダウンしたという連絡を受けたのだ。よりにもよって、タイミングが悪い。もちろん、病気なのだから、奈緒子を責める事はできない。それでも、この日だなんて。

「ナオちゃん。大丈夫? お見舞い行こうか?」

『ううん。あたしのことはかまわないで。だって、風邪を移したら悪いし。コホッ――あたしもね。七夕祭りの事は残念だけど。また、来年があるから、ね?』

「わかった。くれぐれも無理しないで」

 電話を切ったが、衛の中にぐるぐると想いが渦巻く。これでいいのか、彼女が寝込んでいるのに、自分ひとり能天気に祭りを満喫するなんて。

「サプライズ、そうサプライズだ。来ないでと強気でふるまうナオちゃんを癒すのは、愛するこの俺のサプライズなんだ! というわけで、断固お見舞いを慣行することにしよう!」

 思い立ったが吉日、そう考えたならば、一分一秒でも早く奈緒子の元へはせ参じよう。いざ鎌倉。敵は本能寺にあり。

 もう、ハイテンション過ぎて、何がなんだかわからなくなっている。

 蛍光灯が、突然消えた。

「なんだ? 切れた?」

 視界が暗くなる。だが、徐々に徐々に、目が暗さに順応してきた。

「どうせ、出かけるし、換えるのは明日でもいいか」

 机に置いてある携帯電話と財布を取ると、ドアを開けようとした。そう開けようとした。だか、ドアノブを握った瞬間。そのままで手が動かない。そして、何度か私用ともがいている手に、冷たく細い指をした手が重ねられた。

「……!」

 視線を、重ねられた手から腕へ、そこから顔へと移す。

「あ、あかりさん……」

 見るのは、これで三度目だ。しかし、これまで優と触れ合う事で認識できたはずなのに、なぜ今夜はふたりきりなのに、見ることが出来るのだろうか。それに、この前のことで、衛のことを諦めるというのではなかったのか。

 疑問だらけであったが、不思議と、死者とふたりきりだという恐怖感は無かった。命無きものが放つ冷たい空気とは対象に、あかりの眼は、優しさにあふれていたからだ。

「なんで、ここに?」

 あかりは、衛の携帯電話を指差した。

「ケータイ? これがなにかあるの?」

 開くと、衛が操作していないのに、勝手にメール作成画面が表示される。そして、文字がどんどんと打ち込まれていく。

「優姉さんが、危ない?」

 あかりがコクリと頷く。全てが消えて、また、新たな文字が打ち込まれる。

「優姉さんを殺そうとしている人間がいる? 一体誰が!」

 だが、あかりは、ただ首を横に振るだけである。そして、また文字が打ち込まれる。

「俺に助けに行って欲しい。そうなんだね」

 また、あかりが頷く。今度は、ネットに接続されて、地図が表示された。

「ここは、学校? 学校にいるんだね?」

 あかりは、「お願い」という口の動きをすると、ふっと消えた。

 残された衛は、これが緊急事態だということを認識する。

「ごめんね、ナオちゃん」

 先ほどまであった、異様な興奮は消えており、緊張感が全身を支配する。体中に鳥肌がたっており、筋肉がいくらかこわばっているのだ。あかりは衛を頼ってきた。普段ならば、出来ない事をやってとげるほどに、危機迫っている。猶予は無い。

 すぐに出ようとしたが、優に危害を加えようとしている人間のことを考えると、丸腰で行くのはあぶないだろう。

 部屋の隅に置いてある、金属バットに目がとまった。

 かつては、青春の汗を流すために、何度も素振りをした相棒だ。これなら、その犯人とたたかうことができるはずだ。

 そう思うと、バットを携帯用のケースにしまい、肩にかけて飛び出した。

 七曜高校へは歩いてもいける。でも、今は時間がとにかく惜しい。車庫においてある自転車に飛び乗り、全速力でかける。

 途中、祭りの影響で、自動車が渋滞を起こし、人も詰まっていた。みな、駅前の国道で行われる七夕パレードを見るために並んでいるのだ。しかし、学校とは少しルートが違うので、一本道をはずれ、迂回していけば問題が無い。

「佐川くん!」

 浴衣を着た片桐と大沢が並んで歩いているところに偶然通りかかった。しかし、衛はペダルをこぐのをやめずに、すれちがいざまに「今、急いでるんで!」と叫んで走り去る。

(どうやら、先生のアドバイスが効いたのか?)

 この状況にあって、それは衛を安心させるものであった。

 家を出て、十五分くらいで、学校にたどり着く。校門の脇に自転車を置くと、転がるように、学校の中に入っていた。

 メールの着信音がなる。

 こんなときに、と思ったが、さきほど、あかりがコミュニケーションをとるために携帯電話を使っていたことを思い出す。いそいで開くと、やはり、あかりからのメッセージだった。『体育館』とある。

 体育館というと 校舎の横に別棟である建物だ。衛は、急いで指示された通りに、体育館へと向かった。

 入り口をそっとあける。そこは、古びた下駄箱が置いてあり、授業のときには、ここで体育館用のシューズに履き替えることになっている。運動をするスペースは、さらに、もう一枚扉を抜けたところだ。音を立てないように、そっと入り口を閉めて、耳をすませる。すると、誰がもがいているような、くぐもった声が聞こえた。それは、優の声に思えた。

(優姉さん!)

 一気に、中に飛び込もうかと思ったが、その前に、もって来たバットを取り出す。ケースは下駄箱の上に置く。右手でバットを握り締めながら、少し、扉を開けて、中の様子をうかがう。中は、電気がついておらず、暗い。天井に近いところにある窓から、外の照明の明かりが入ってくるが、光の当たっているところと居ないところでは、舞台のピンスポットのようにまったく見え方が違った。

 しかし、スポットが当たっているところに、人が横たわっているのが見えた。

 下着姿の優が、紐で縛られている。口には猿ぐつわがかまされており、言葉を自由に発することが出来ない。だから、呻き声しか出せないのだ。

 突然、優の姿を遮るように、暗闇からひとり出てきた。

 七曜高校の制服を着ている。どうやら女子のようだ。手には、優を縛ったと思われる紐の束があった。

(優姉さんが危ない!)

 もう、たまらずに、衛は中に飛び込む。

「やめろ!」

 そういって、バットを振りかざしながら突進する。

 紐を持った女子は、振り返ると、驚いたような表情を浮かべた。

 

 その胸には

 

 衛があげた

 

 星型のネックレスが光っていた。

 

「衛くん。どうして、ここにいるの?」

 衛は、上段にバットを振りかざしながら、静止した。

「……ナオちゃん」

 そんなことがありえるわけがない。奈緒子は、今、風邪で寝込んでいるはずなのだ。先ほどまで、「ごめんね」と衛と祭りに行く事が出来ないと、謝っていたではないか。どうして、目で見えていても、それを現実だと認めるのが怖い。

「衛くん、答えて! どうしてここにいるの! この女がいるから? あたしの衛くんを誘惑する、この薄汚いメス猫がいるから!」

 奈緒子の表情が一変して、まるで鬼女のように目が釣りあがり、口が大きく開かれた。

「俺は、俺は、優姉さんが危ないって教えてもらったから、ここに来たんだ! それよりも、ナオちゃんこそ説明してくれ! なんで、優姉さんをこんな目に合わせるんだ!」

 奈緒子は、苛立ったように、下で転がっている優を蹴り上げた。腹を蹴られた優はたまらず、呻き声をあげる。

「優姉さん!」

 奈緒子はさらに、しゃがみこむと、優の髪をつかんで頭を引き寄せた。

「衛くん、この女は、衛くんに無理やりキスをしたんだよ。許せる?」

「なっ、なんでそれを」

 優があかりのために、衛を気絶させてキスをした。そのとき、奈緒子は下で母親達と談笑していたはずだ。その事実を知る事が出来たはずが無い。

 衛が絶句しているのを見て、奈緒子はケタケタと笑った。

「だって、衛くんの部屋に、盗聴器を仕掛けて置いたんだもの。その場に居なくても、大体の事はわかるよ」

「いつの間に、そんなことを……」

「衛くんの部屋に行ったときに、あたしを押し倒した後。衛くんったら、あたしに興奮して、隙だらけなんだもの。楽勝だったよ。ウフフフ」

「衛くんは、あたしだけのものだ、あたしだけが好きに出来るんだ。この女が、たとえ幼馴染だとしても、絶対に許さない。――どうして、今日を選んだかわかる? 本当だったら、あたしだって衛くんとデートしたかったよ。でもね。いいこと思いついたの。七夕だから、願い事を書いた短冊のかわりに、恥ずかしい姿のこの女の死体を、体育館にブル下げて置くんだ。そうすれば、邪魔者は消えて、あたしの願い事も叶う。素敵だと思わない?」

 衛には、ちっとも素敵だとは思えなかった。もし、奈緒子の境地になったならば、そのアイデアが福音にきこえるのかもしれない。しかし、衛の耳には、狂気以外の響きを持たない。

「俺は、ナオちゃんのことが好きだ。優姉さんは、たしかに、親しくても、恋人とは違う。どうしてわかってくれないんだ」

「……衛くんはわかってない。あのとき、この女がしたのはキスだけだったけど、それ以上の事をしたかもしれないんだよ。いいえ、まだ、していないだけで、これからするかもしれない。それだけで、あたしには殺す価値がある」

 そう言って、奈緒子は、優の首を締める。

「ナオちゃん! やめろ!」

 衛はバットを投げ捨てると、奈緒子に飛び掛り、優から引き剥がした。衛は奈緒子を抱きかかえたまま、転がる。だが、奈緒子は衛を殴りつけると、衛から距離を置いて起き上がった。

 ふたりは、はぁはぁと荒い息をしたまま、対峙をする。

「ねぇ、どうして、わかってくれないの? あたしには、衛くんしかいないんだよ。見て」

 奈緒子は、スカートをめくった。

 衛の眼には、女物の下着ではなく。見覚えのある柄のトランクスが飛び込んだ。

「……!」

「衛くんの部屋に入ったときに、もらったの。衛くんは、この女に気絶させられてたから、気がつかなかったんだろうけどね。あれからずっと、これをはいてるんだよ。これをはいていると、衛くんといつもに一緒にいられるの。朝も、昼も、夜も、ずっと一緒。衛くんに触れられているみたいに、ずっと感じっぱなし。今もそうよ。確かめてみる?」

 そういって、奈緒子は衛のトランクスの中に手を入れた。奈緒子の顔が、上気していく。さっきまでとは違う、荒い息使いで、艶かしい呻き声を時折漏らす。

「衛くんだって、あたしが居なければ、もう駄目でしょ? だって、あんな不味い弁当を毎日たべてくれるもの」

(不味い、今、不味いといったのか)

「――わざとだったのか?」

 これまでで一番の衝撃だった。たとえ、どれほど死にそうな目にあっても、それを食べて、美味しいといことが奈緒子への愛だと思っていた。

 衛の問いかけに、奈緒子は、大きな声をたてて笑った。

「ハハハハハッ。当たり前でしょ。あんなものを、普通の味覚の人間がつくれるわけないじゃない。ましてや、恋人につくるものだったらね。でもね。衛くんなら食べてくれるって信じてたんだよ。そして、食べてくれた。その時、あたしは、衛くんとあたしの愛の絆が、本物だって確信したんだ」

「……なんでそんなことをしたんだ?」

 奈緒子は、笑い声をピタッとやめて、表情を消した。

 瞬間、衛の背筋に今まで感じなかったくらいの寒気を感じた。本能で身体が震える。

「お母さんから教えてもらったのよ。見た目でよってくる男は、ろくな男がいないって。そういう男は、女を抱いたら、すぐ捨てるのよ。でもね。あの不味い料理を食べさせても、逃げない男なら、一生尽くす価値がある。――お母さんは、昔から、もててね。いろんな男がよってきたんだ。それでいい感じなった男に、騙されて子供まで出来た上に捨てられた」

「まさか、それがナオちゃん?」

「うん、今のお父さんはね。刑事だったときに、ボロボロになったお母さんを助けてくれた人なの。お父さんは、お母さんがわざとまず料理を食べさせても、それを美味しい、美味しいといって食べてくれた。そう、衛くんみたいに。それで、あたしがいても、それをうけいれてくれたお父さんが、お母さんと結婚したわけ。衛くんも、お父さんと一緒だよ。誰かのために一生懸命になれて、あたしの料理を無理して美味しいって言ってくれて、なによりあたしのことを好き。だから、あたしは、衛くんのために生きるの。そのためには、邪魔なものは全部全部消してやる!」

 奈緒子が動いた。

 一瞬、なにをするのか把握できずに、衛は遅れた。だが、奈緒子がバットを拾い、優に向かったのを見て、考えるよりも先に身体が動いた。

 バットを振りかぶる奈緒子。辛うじて、その前に間に割ってはいる事が出来た。

 そして、次の瞬間振り下ろされるバットを防ぐために、右腕に力を入れて軌道を止めた。

「ウォォォォォォォッ!」

(……折れたな)

 ズンという衝撃とともに、とてつもない痛みが襲う。まるで、右腕をプレスで潰されたかのような激しさだ。大声で叫び声をあげたい。痛む腕を押さえて転げまわりたい。しかし、その痛みにかまっている暇もない。脳内麻薬の力で、この状況でも、次の一手が打てた。左手でバットを奪い取ると、それを遠くに投げ捨てる。そして、奈緒子にタックルをしかけた。

 片手で、どうしてそんな力が出るのかと思うくらいに、強く、強く奈緒子を組み伏せる。右手の感覚は、もうなくなっていた。

「放して、殺すの! そいつを殺すの! 衛くん、放して!」

 もがきながら、優への殺意を隠そうとしない奈緒子を、衛は必死で取り押さえた。つめでひっかれたり、噛み付かれたりして、衛の傷は増えていく。それでもかまわず、押さえ込むそして、叫んでいた。

「ナオちゃんのことが好きだ! 大好きだ! 地球で一番、宇宙で一番大好きなんだ!

たとえ、不味い弁当を食べさせられても、ちょっと嫉妬が強くても、そんなナオちゃんが好きなんだ! でも、今のナオチャンじゃない! 誰かを傷つけるんじゃなくて、笑っているナオちゃんが好きなんだ。目を覚ましてくれよ。俺は側にいる。ずっと側にいるから!」

 涙が溢れてきた。

 堪えきれない哀しみが、涙の雫となって、奈緒子の顔に、降り注ぐ。

「お願いだ! いつものナオちゃんにもどってくれえええ!」

 魂の慟哭だった。それが、奈緒子に届くようにと願いつつ、叫び続ける。

 もがく力が少し、弱くなった。

 奈緒子も、泣いていた。ボロボロと、泣いていた。奈緒子の涙と、衛の涙が合わさって、グチャグチャになっていた。衛は、そんな奈緒子を抱きしめる。強く、抱きしめて、この夢みたいな出来事が過ぎ去るようにと祈った。

 突然、体育館の明かりが点いた。

 そして、誰かが入ってくる。

「おい、そこでなにをやっているんだ!」

 衛は振り向いた。そこに居たのは、安本だった。その後ろには、来る途中であった片桐と大沢がいる。

 三人は、下着姿で拘束されている優と、涙を流しながら奈緒子にしがみついてる衛を見て、絶句した。安本は、それを衛が優と奈緒子を襲っている光景だと勘違いした。

 あわてて、衛を捕まえると、床に組み伏せた。衛には、安本をどかすだけの力は残っていない。

「佐川くん、私は君を誤解していたようだ! こんなことをするなんて!」

 片桐は、優の拘束を解き、そして奈緒子を抱き起こした。

「大丈夫? 佐川くんの様子がおかしかったから、来て見たんだけど。正解だった見たいね」

 奈緒子は、呆然として片桐を見ていた。そして、安本に組み伏せられている衛を見ると、安本を突き飛ばして、衛にすがりついた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。衛くん。許して」

 奈緒子は、衛の胸で泣きじゃくる。

 安本たちは、どうなっているのか理解できずに、その様を見ていた。

 自由の身となった優が、衛と奈緒子の元へと近づく。そして、泣いている奈緒子の腕を掴んで引き起こすと、思い切りその頬に二度、平手打ちを喰らわせた。

「これは、さっき蹴った分と、衛の腕の分」

「……ごめんなさい」

「謝ってもらう事はない。あなたが間違ってしまったのは、私にも責任があるから。私が、貴女のことを考えないで、『私たち』の都合を衛に押し付けたのが悪かったのね。ごめんなさい」

 奈緒子は、その言葉を聞くと、優の胸に飛び込んで「ごめんささい」を言い続けた。

「つまり、これは佐川くんの仕業じゃなかった?」

 二人の会話を聞いていた片桐が、そこからつなぎ合わせた結論を口にした。大沢としては、まったくわからないので、頷く事も出来ない。

 狐につままれたとはこのような顔をいうのだろう。

「違います」

 右腕を抑えながら、衛が立ち上がった。

 全員の目が衛に集まる。

「……衛くん」

「俺がふたりを襲ったんです。先生が最初思った通りなんです。奈緒子は被害者です」

「衛、それは……」

 優が否定しようとすると、衛は手で制した。

「先生、すみませんでした。俺は、どんな罰でも受ける覚悟です」

 頭を下げた衛に、優が歩みよって、そして先ほどよりも力強い平手打ちを放った。

 脳震盪が起こったんじゃないかというくらい衝撃、クラクラと視界が回る。

「バカッ、あんたが罪をかぶって、どうなるの! それで誰よりも傷つくのは、あの子なのよ! 自己犠牲的な行為に酔いしれて、ヒーローぶるんじゃないわよ! あんたはさっき、あの子の側にずっといるって言ったくせに、すぐに捨てるじゃないわよ」

「俺は、そんなことしてない!」

「心が寄り添っていないなら、捨ててるのも同じよ! そんなことがわらかないから、衛はバカなのよ。あんた、前に言ったわよね? 『誰も喜ばないような事をして、いいことをしたと思うなんて、ホントにバカだよ』って。今のあんたがそれをしようとしてるじゃない!」

 もう、堪えきれなくなったのだろう。優もボロボロと泣き出してしゃがみこんでしまった。衛は、じっと奈緒子を見る。

「……」

 奈緒子が間違ってしまったように、衛もまた、間違いを犯そうとしているのだろうか衛としては、奈緒子を助けたい、そういう思いでいっぱいなのだ。

(俺は、自分の気持ちを押し付けて満足しているだけ?)

 わからない。一言でいえば、衛は未熟なのだろう。正しいことがなんなのか。いくつもの感情の海の中でもがき、手探りで正しいことを追い求めている。

 しかし、正しい事と言うのは、いろいろな形がある。問題は、「誰にとって」正しいのかだ。今、衛は自分が正しい事をしようとしたら、奈緒子や優からみたら間違っていることだと教えてもらった。

 そう、奈緒子にとって正しい事を見つけなければ。

「……衛くん」

 歩み寄ってきた奈緒子の手が、そっと衛の頬を撫でる。

「悩まないで。あたしは、衛くんが側にいてくれるだけで、あたしのことを好きでいてくれるだけ幸せなの。それだけでいいの。――あたしも、どうして、そのことに早く気がつかなかったんだろう。衛くんが、こんなにあたしの事が好きでいてくれるのに。酷い事をイッパイしても、それでも好きっていってくれるのに。満足できなくて、暴走しちゃった。あはっ。本当にあたしって、バカよね」

「大丈夫だ。ふたりで、間違ったところからやり直せばいい。俺たちは、まだ、そのチャンスがある」

 衛は、そういって、奈緒子と唇を重ねた。

 

-6ページ-

エピローグ

 

衛の腕は、ものの見事に折れていた。

 全治二ヶ月。しかし、この程度で済むならば、安いものだ。身体の傷ならば、癒す事が出来るから。このことについては、奈緒子を訴える気はなく、優も同様であった。ただ、奈緒子の父親から、治療費をとかなりの金額が入った封筒を渡されたが、実費だけをもらって、後は返却した。全額返してしまうと、奈緒子の両親をかえって苦しめるだけだと思ったのだ。

 奈緒子は、処分をうけた。警察沙汰にならなかったとはいえ、拉致監禁、そして傷害。起こしてしまった事を考えると、温情をかけることは難しく、結果は停学となった。被害者である衛や優、そして安本たちが懸命に理事会に訴えかけたので、退学は免れたのだ。

 しかし、奈緒子は、自主的に学校を辞めることにした。

 奈緒子は、けじめだ、といっていた。

 そして、衛たちの前から、姿を消した。

 一年後、衛は海に来ていた。

 衛は、三年になり、本当ならば、今ごろ受験勉強で一分一秒が惜しい時期である。でも、今日だけは、ここにこなければ、ならなかった。

片桐は、美術の専門学校に進んだ。優は海外留学でイギリスに行っている。けれども、ネットを使ったテレビ電話のお陰で、常に優と会う事ができる。

――あかりだが、なぜか、あの事件の後から優の側から消えてしまったという。しかし、衛は思う。姿が見えないだけで、優のことをずっと見守っているはずだと。

 美術部は、なぜだか衛を部長として、新入生を入れて総勢十人で切り盛りしている。案外頼りになるのは大沢だった。とはいっても、その裏には、前部長の影がちらほらとみえる。

 三郎も義和もごく平凡な高校生活を満喫している。ただし、三郎には高校生活の間に振られる数が三桁の大台に乗ろうかとしていることを除けば。

 暑い日ざしを遮るパラソルの下にしいたビニールシートに寝そべりながらで、潮風を感じていた。うだるような暑さで、本当に嫌になってくる。目を瞑ると、拡声器でもつけているのではないかというくらいの、人々の喚声で、ますます体感温度が増してくる。

「ここ、空いてる?」

「見ての通り」

 衛は、目をあけずに答えた。隣に、人が座る気配がした。

「……暑いね」

「ホントに、海にきたら、涼しいかと思ったけど。人ごみで余計暑いよ」

「うふふ、海に来て、失敗しちゃったね」

「そうでもない」というと、身を起こした。

「また、ナオちゃんと会えたから」

 そういうと、奈緒子の手を握った。奈緒子は、微笑む。

「ごめん。たくさん、待たせちゃったね」

「そうでもないよ。だって、ずっとナオちゃんと一緒だったもの」

「あたしも、衛くんと、ずっと一緒だった。だから、寂しくはなかったよ」

「……嘘つき、寂しかったくせに」

 衛はクスクスと笑った。そして、握った手を強く握る。奈緒子も、その手を強く握り返す。もう、二度と放したくはない。その気持ちがお互いをつないでいた。

「ねぇ、お腹すいてない? お弁当作ったんだ」

「弁当!」

 そのフレーズに、思わず握った手を放してしてまった。奈緒子は、とたんに膨れ面になる。

「もう、普通のお弁当だよ、っていうか、衛くんってば、しばらく会わないうちに、愛が冷めちゃったんじゃないの? 一年前は、不味いお弁当でも、あんなに美味しいって食べてくれたのに」

「……キツイなあ」

 奈緒子は、再び笑った。

「ジョーダン、ジョーダン。とにかく、もう、衛くんの愛を試すような事はないから。だって、あたしを押さえながら叫んでた言葉が、まだあたしの耳に残ってるもの。今度は、一年分の愛を込めた美味しいお弁当だから、ちゃんと味わって食べて?」

「その愛で、食あたりにならないよう、気をつけるよ」

「万が一の時には、人工呼吸をしてあげるわ」

「フフッ、ナオちゃんにやってもらったら、ドキドキしすぎて、心臓が止まるかも」

「大丈夫、そのときには地獄までもついていってあげる」

「地獄行き確定か。俺は、善良な高校生なんだけどな」

「だって、まだ、いってくれてないもの」

「何を?」

 奈緒子は少し考えるように首をかしげた。そして、口パクでその言葉を伝える。

(……そうか。そうだな)

 衛は、息を吸った。そして、思いを込めて、その言葉を口にする。

「おかえり、ナオちゃん」

「――うん、ただいま」

 奈緒子は、衛の胸に飛び込んできた。

(また、恋が出来る。世界で一番好きな人と)

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危ないけど純粋なカノジョとの恋愛モノ
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