真昼のパンプキン |
カボチャだ。
ああ、目の前にカボチャがある。
それも、緑色の南京じゃない。オレンジ色の、しかも普通よりデカいの。
いや、見えているのはヘタの部分だけだから、まだ大きいと確定した訳じゃない。
でも多分……きっと、恐らく、このカボチャは大きい。
何故なら、明らかに人間が被ってるから。
少なくとも人間の頭はすっぽり入ると予想される。推理以前の、推測だ。
「おい、ハロウィンはまだ先だぞ」
明らかに不審者なそいつに、声をかける。
一応、自分が怪しい人物に見えるということは自覚しているのか、そいつは電信柱に隠れていた。
といっても、カボチャの被りものがはみ出ている。体は隠れきっているということは、女か、子供か。
「……わ、ワレはハロウィーン神の使いじゃ。少年、ワレを見た者は近日中に酷い目に遭うぞよ。今なら見逃してやれる、行きたまへ」
「おまわりさーん、こっちに怪しい人がー」
「あばばばば!や、やめい!祟るぞよ!いや、呪うぞ……は、版権的に不味いか。カースるぞよ!」
「苦しい言い直し方だな……で、お前は何だ」
カボチャ越しだから、若干声はこもっているが、まあ女だろう。それも若い。
俺が大学生だから……同じぐらいか、妹と同じ高校生か。
あ、ちなみにいうと、妹というのは名前を音弥(ねや)という。
「ねや」の音が猫の鳴き声の「にゃー」に似ている為か、猫コスプレ+猫っぽい口調で話すファンタジカルな妹だ。
以前は妹のこの奇行が許せない……というか、理解出来なかった俺だが、今では逆に我が妹ながら、萌え萌えになってしまっている。
……と、そういうのは今は良い。妹も大概レイヤーだが、こいつには理解を示すことが出来ないぞ。なんといっても、顔が隠れているんだからな。
美少女のコスプレは良いが、顔が見えないなんて誰得過ぎるっ!
「えーと、演劇部の罰ゲームでハロウィンが終わるまで、この格好をさせられてて……」
「はぁ……。当日ならまだしも、普通の時にその格好は痛いな」
「やっぱり、痛いですか!?」
「ああ、激烈に痛いぞ」
がっくりと項垂れるカボチャ頭。
結構可愛い奴なのかもしれないが、見た目には可愛らしさの欠片もないからな……弁護のしようがない。
「くぅ、こうなったら、いっそキャラを貫いてやりますよ!私もこれで、役者の端くれなんですから!わ、ワレはハロウィン魔神じゃー!トリックオアトリート?ふん、甘いなッ!Die or Kill!この世は死ぬか生きるかの戦場だー!!」
「さっきはハロウィーン神の使いだったのに、昇格したんだな。というか、もうその台詞、確実にハロウィン関係ないよな」
「ククク……実はワレの正体!それは!この世に戦慄と恐怖をお送りする、魔王の提供でお送りしました!次回も見ないとカースるぞよ!」
色々と吹っ切れたのか、遮二無二走り出すカボチャ女。
……本当に捕まらんか、アレ。
「ただいまー!お兄にゃん!お兄にゃん!朗報にゃ!」
「おお、おかえり。どうした。音弥」
謎のハロウィン娘との邂逅の後、家でゆっくりしていたところに妹の声。
いつもなら音弥の帰りの方が早いんだが、大学の講義が一コマ休講になったお陰で早く帰れていた。
「変な人を、捕獲して来たにゃ!」
「……パンプキンヘッドか」
何となく、予想は付いていた。
俺の妹は、好奇心も動物並だ。正しく、獣の心を持っている。
だから、あんな面白そうな奴が近所を徘徊していたら、無視する訳がない。
「にゃっ!?お兄にゃんは何でも知っているんだにゃ!」
「お前のスリーサイズまでな」
あ、冗談です。
「なっ……兄妹だというのに、不潔です!だぞよ!」
妹の後ろからわーわー言っているのは、さっきの仮装女。
なんでわざわざ徘徊しているんだろうな。この格好が嫌なら、じっとしてれば良いのに。
「にゃーたんとお兄にゃんは、既成事実レベル2まで作っちゃってるにゃ」
「おい、果てしなくわかりづらいネタを口走るな。後、そのSSはまだ上がってないぞ」
「にゃんと!?お兄にゃんとにゃーたんの営みについてのSSは、九月十八日には着手されていたというのに!」
……メタくてごめんなさいね。色々と。
まあ、その辺りの残念な感じも味ということで。
「で、ですね。こんなところに拉致られて来て、どうすれば良いんですかね。私。暇じゃないんですけど」
「急にキャラ崩して来たな……音弥。お前がどういう意図でこいつを連れて来たか知らんが、言うほど弄り甲斐ないぞ、これ」
「えー。そうなのかにゃー?じゃあ、要らないにゃ。返してくるにゃ」
「そうしなさい」
むんず、とカボチャ女の襟元を掴み、引っ張って行く我が妹。
細身の外見だが、スポーツ万能で力も強い音弥にとって、女一人運送するぐらい造作ないことだ。
「ええー!?ちょっと妹さん、さっきはあんなに興味津々だったじゃないですかー!」
「お前、自発的にその格好してるなら珍しいけど、罰ゲームだってわかってるからな。自発的にやってる様な痛い子ならまだ面白いんだが」
「プロのレイヤーのにゃーたんから言わせてもらえば、コスプレ魂がわかっていないのにゃ。そんなモグリのレイヤーがにゃーたんの前に醜態を晒すなんて、身の程をわきまえるにゃ」
「そんなー!?」
ずるずるずる、玄関まで引っ張って行き、放り出す。
まあ、あいつに全く同情しない訳じゃないが、罰ゲームなら仕方ないな。
「けっ、ビッチが、二度とあちきの前に顔を出すんじゃねぇぞ」
「キャラ変わってません!?というか、実はそっちが素……」
『おーい、音弥ー』
「にゃーい!今行くにゃー。おい、いつまでも寝てんな。とっとと失せろ」
「は、はいっ!!」
「ということがあったんですよ!先輩!もう私、仮装とか絶対にしませんから!」
「ふむ……その子は確か、あなたと同じ二年だったわね。……ふふ、将来有望だわ。スカウトして来なさい」
「無理ゲーというレベルじゃないですよ!?という絶対嫌です!殺されます!」
「じゃあ、これを持って行きなさい」
「えーと……ホウレンソウ、ですか?」
「やりなおせ草よ」
「シレン!?しかも、パチモンじゃないですか!」
「あなたはどうせ脚本担当なのだし、利き腕さえ無事なら良いわ。死ぬ気で行きなさい」
「んな殺生な!」
数日後。具体的な日付をいえば、十一月の頭。音弥は何故だか高校で演劇部に入ったらしい。
先日のカボチャ女(なんと演劇部の部長だった)からスカウトを受けたんだとか。
勉強も運動も出来る音弥だが、部活に入っていなかったのは趣味の時間が減るから、という理由だったんだが、演劇部では色々勝手を許されるらしいので、主にコスプレ衣装作りの為に部室を使わせてもらう、ということで合意に至った。
「で、お兄にゃん。先輩さんがすっごく可愛いんだにゃ!小さくて、胸もあって、すごくコスプレし甲斐がありそうなのに、未経験!にゃーたんが、一級レイヤーにしてあげるんだにゃ!」
「そうか。そりゃ良かったな」
「だにゃ!ふふー。明日、また会うのが楽しみなんだにゃー」
普段、学校ではオタク趣味を隠していた音弥だが、演劇部で初めて自分を出せる様になったみたいだ。
まあ、以前から猫コスプレはしていたんだが、恐ろしく似合っているし、もう体の一部みたいに同級生には認識されていたらしい。
兎も角、部員不足な演劇部にも、音弥自身にもこの事はプラスに働いた。俺もそこまでオタク文化に造詣が深いという訳じゃないし。
「ところで、音弥」
「にゃ?」
「今度、部員の連中もウチに呼んだらどうだ?正直、あのカボチャ女がどんな顔していたのかも気になる」
声と話し方からして、結構俺好みかな、と思いもしていた。
……まあ、今更高校生となんとかなる、ってことはないと思うんだけどな。
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TINAMIでは初の短編、ということになりますでしょうか これから、オリジナル短編の投稿はこちらだけにしようと思います。TINAMIへの投稿作品には出ていないキャラばかりですが、一応登場キャラクターは既存のキャラクター、となっています |
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音弥がかわいい`3`У(sachi☆ka) | ||
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