クローズファンタジー 蒼の巻 2 |
「ちょっと待ちなさいっての。探査も慎重に行わないと地雷を踏みかねないのよ」
ロアが手綱を引く手を止め、イリアが探査に集中できるように環境を整えた。静寂と、明滅する魔力だけが周囲一帯を包み込み緊張感が全身を強張らせる。
イリアは歩みを止めた馬車から降りた。周囲は魔力に毒されたか、面妖な植物が高地にも関わらず生い茂っている。右方には蔦が生い茂った崖があり、風に呷られて生き物のように、ざわめく蔦は不気味で仕方が無いし、左方には断崖絶壁が奈落の底へ誘(いざな)うかのように顔を見せている。
どうやら魔力の発生源も辿れるようでイリアは出来るだけ広い平地で立ち止まり、天に向けてロッドをかざす。
白銀の糸を何重にも束ねて作ったような極太の閃光が天へ向けて放たれ、途中で花火のように魔法陣が空高くに展開された。それは先程の手順と同じくして砕け散っていき、周囲一帯に雪のように降り注ぐ。
(何だろう。凄く嫌な予感がする)
レイドは、目の前の神秘的にも映る光景を目の当たりにしながら不安な気持ちが胸を掻き回し始めている事に気付いた。
つい落ち着けずに剣帯へ手を伸ばす。
(イリアの探査が失敗に終わることを恐れているのか?)
__いや違う。
レイドは即座に頭を過ぎった推測を否定した。では、どうしてこんなにも不安な気持ちが止まらないのだろうか。
(探査の結果、恐ろしい濃度の魔力が検知される事を恐れているのか?)
__これも違う。
今度は少し考えたが、やはり別の理由があるとレイドは確信した。何故かといえば、魔力の濃度が高いと検知された所で剣帯に手を伸ばしても何も出来ないに決まっているからだ。
(そうだ。どうして僕は剣帯に手を……ッ!)
答えに気付いた瞬間、レイドはサーベルを抜刀する。
__騎士道精神・亀の型・相塞(そうさい)
亀の甲羅の如き鉄壁を作り上げる剣術をレイドは頭で考えるより先に体で動き解き放った。
抜刀した瞬間、真空波が右方の崖と馬車の間を突き抜けていき、崖から放たれた高速の投擲物が粉微塵に粉砕されていく。
スリングショットやボウガンの類ではない。もっと素早く正確に射止められる鋭利な弾丸のようなものが何発も何発も崖の方向から放たれていた。
(どうして、もっと早く気付けなかったんだろう)
山賊の住処は、それこそ毛細血管のように崖の中に張り巡らされているに違いない。
狙撃には打ってつけの蔦でビッシリと覆われた崖(ポイント)、不自然に山道を走る馬車(ターゲット)。そしてイリアが空に打ち上げた派手な魔法陣(目印)。
山賊が見逃すはずないではないか。
「イリアッ!」
一人、取り残されて中心に立っているイリアにレイドが叫ぶと、イリアは大丈夫と言わんばかりにロッドを天に向けたまま叫び返す。
「目を塞いでなさい!」
突然、音も無く閃光が周囲一帯を包み込んだ。
目を塞いでいたが、それでも目頭が熱くなってくる程の光線が差し込んでくる。イリアの言葉を信じずに目を塞がなかった人達は酷い目に合っているだろう。
「魔力を視認できるようにする魔法って、応用すればこういう事も出来るんだけど……あっちゃー、ちょっとやり過ぎたかしら」
数秒後、眩しい閃光が止み、苦悶の声をあげ待機していた山賊達が転げまわる光景が映る。
おそらく、イリアは人が視認できる魔力の光量を調節したのだろう。本人も匙加減を忘れるぐらい大幅に引き上げて、さながら閃光手榴弾を数十倍にも強化した目くらましを作り上げたのだ。
「イ、イリア!? ヴィロ教授達に何かあったらどうするんだよ」
「げっ!?」
レイドの言葉は図星だったようで、イリアが冷や汗をかき始めた。幾ら警告を促したとはいえ、戦闘慣れしていない人間の反射神経では瞬間的に目を塞ぐことなど難しい。
……と、レイドは心配していたのだが、
「私達なら大丈夫です」
「さあ、ナイト諸君。僕達を守ってくれたまえ」
等など馬車からは応援の声が届いてきており、皆無事のようだ。
(何だ。僕が心配性過ぎただけか)
安堵と溜め息を織り交ぜながら、レイドはすぐに表情を切り替えて蔦の生えた崖__敵の居城を見据える。
「イリアは引き続き、探査を」
「ラジャー。レイドも気をつけなさい。こいつら、意外と連絡網は侮れないみたいだから」
イリアの忠告にレイドは頷いてから、崖へ駆け走る。
一人一人の実力は大した事は無いが、最初の襲撃といい今回といい狙われやすい行動はしていたものの広い鉱山の中、用意周到に待ち伏せるなんて並大抵の統率力では不可能。
それこそ切れ者なリーダーシップが裏で手を引いている可能性がある。今まで以上に神経を研ぎ澄ましながら、レイドは蔦で覆い隠された崖へ突撃した。
壁にぶつかって痛がるのが関の山に思えるが、それはフェイク(偽物)でレイドは蔦を引き裂き崖を切り抜かれて作られた廃坑の中へと進入する。
狙撃用に開いた小さな穴から光が差し込み、薄ら暗い暗闇の中でも山賊達が目を塞いでイリアの放った光線に視界をやられていた。
(最新鋭の狙撃銃? 何で、こんなものを山賊が!?)
レイドは訝しげな表情で、山賊達が持っていた狙撃銃を見る。
使い古された様子のない綺麗なフォルムをした狙撃銃には銃器を取り扱わないレイドでも見覚えがあった。最近、帝国から自由国を経由して輸入された精密射撃と威力を両立させた最新鋭のライフルである。
明らかに鉱山奥深くに巣食う山賊達が手に入れられるような代物では無いはずだが……、
(謎が深まるばかりだな。でも今は考えていても仕方が無いか)
レイドはサーベルの柄で山賊達を次々と気絶させながら、暫く身動きの取れないよう頑丈な蔦を利用して縛っておいた。
__グルルルルルルル
「え?」
意表をつくように動物の鳴き声が聞こえた気がしてレイドは、その場から一歩後退してサーベルを構えた。
聞こえてきた方向には、ただただ暗闇が広がっている。野生の獣が偶然、通り過ぎただけなのだろうが山賊達はいつも、こんな危ない道を使って移動しているのか。
(このまま放っておくのはまずいな)
放置しておいたら先程の鳴き声の主に喰われてしまうかもしれない。レイドは拘束していた山賊達を開放して、一人だけ表へ連れ出した。茶トラ柄をした猫獣人の男だ。
全員の世話は流石に見ていられないが、聞きたいことは山ほどある。
廃坑から出ると、イリアは探査を終え残っていた山賊を片付けている最中だった。
「ごめんなさい。私が不用意に探査の幅を広げたから」
「いや、イリアは悪くないよ。それより探査の方は?」
「魔力が一部から湧き出てて波みたいに流れてきてる。ここからそう遠くないところに発生源があると思うわ。ただ、詳しい事はヴィロ教授に聞いてみないと分からない」
イリアもイリアで、何かしら疑問を抱いているのかレイドと同じような複雑な表情をしていた。
「でさ、その襟首掴んで背負ってる荷物はどなた? あっ! もしかして好みのタイプだからお持ち帰りとか?」
「そんな訳あるか! ……聞きたいことが山ほどあるからね。それに仲間が一人囚われていれば山賊達も迂闊に手は出せないはずだ」
「冗談だって。にしても、あんたって意外と考えることが黒いわよね」
「……?」
イリアが一人で納得している様子を理解できずにレイドは首を傾げたが今はとにかく、この場をさっさと離れ落ち着ける場所を探し、山賊を問い質すのが先決。
それに既に夕刻を過ぎていた。鉱山の中、夜間になれば身動きが取れなくなってしまう。
「あっ、ちょっと待ちなさいってば」
イリアを追い越して、レイドは、やや急いだ足振りで馬車の元へと向かう。
____アオーーーーーーーーーーーン!
「ッ!?」
突然、頭上から狼のような遠吠えが木霊してきた。いや、正しくは右方に連なっている崖の上から。それも複数。
考える暇も無く、レイドは納めていたサーベルを再度、剣帯から引き抜くと同時にサーベルで目の前に現れた影を一閃した。
キャインと虚しい鳴き声をあげながら、崖から飛び降り襲撃してきた狼?の一匹が真っ二つに引き裂かれ、勢いに任せて左方に広がる奈落の底へ落ちていく。
血しぶきがレイドの全身に降りかかったが気にする暇も無く次から次へと狼が崖を飛び降りながら襲ってくる。
狼の鮮血を浴びて一歩、レイドはたじろいだ。そして自分が今置かれた状況に改めて気付く。後方に広がるは落ちたら、まず生き残れるはずがない奈落の底。前方には奇襲を仕掛けてきた狼の群れ。
(野獣の狙いは気絶した山賊達ではなく僕達だったのか)
防戦一方を強いられ、逃げ場も無い。
そして、今まさに狼が獰猛そうな牙をぎらつかせながらレイド達へ……。
「※→↓pm#$%!!!」
その時だ。何か暗号のようなレイドには解読できない言葉が響き渡った。
すると、今にもレイドとイリアを襲おうと飛び掛ってきたはずの狼の群れが全員、クゥーンと情けない鳴き声をあげながら、お座りと命令されたように動かなくなる。
「今の内だ! 馬車に飛び込め!」
聞き間違いようの無い声がレイドの耳に入ってくる。機械音声にも関わらず感情が伝わってくる、この声は間違いなくロアだ。
レイドが全速力で駆け走り、今にも走り出そうとスピードを上げ始めた馬車の後部に跳躍すると同時に狼達が行動を再開し怒ったような、混乱しているようにも思える鳴き声をあげながら馬車を追いかけてくる。
「イリアーーー!」
レイドよりも馬車から離れていたイリアは必然的に取り残される形になってしまった。後ちょっとで追いつく所まで迫ってきていたが、動き出した狼達によって身動きが取れなくなってしまっている。
「※→↓pm#$%!!!」
再度、レイドには解読できない言葉が山道に響き渡り、狼達が”待て”と命令されたかのように立ち止まった。その隙を逃さずイリアは何とかレイドの手に掴まるような形で取り残されずに済む。
さっきは焦っていたため、誰の声か考える暇も無かったが今度は、はっきりと誰の声か分かったレイドは半信半疑で、その声の主に問いかける。
「あなたが、狼達の動きを止めてくれたんですか?」
それは性別すらも判断できない機械音声の持ち主、ロアだった。
「……話は後だ。後方の援護は任せたぞ」
手綱を引きながらロアは静かに告げる。
レイドとイリアは後方から未だに追いつこうと、巧みに駆け寄ってくる狼達を追い払い、気付いた頃には陽が落ちて、不気味に光る月明かりが夜を照らし始めていた。
「おい。侵入者共は始末できたのか?」
「ふっ、どうしてどうして意外と錬度の高い連中を派遣したみたいだな。今のところ、けしかけた部隊は壊滅。しかも鉱山に侵入してきたグループは複数」
そこは金銀財宝の山で彩られた祭壇。いわば山賊達のロッジ(拠点)でヘッド(リーダー)の総本山でもあり、鉱山内の全ての情報網はロッジに集結していた。
聖王国の自警団や騎士団は山賊を馬鹿にしているようだが、彼らの連携と統率力は賊と呼ぶには相応しくないほどに磨かれている。それこそ一個の軍隊と同等な程に。
長年、鉱山を拠点に暗躍していた山賊達の土地勘は非常に優れており、人が住むには厳しい環境が日常的に彼らを鍛え上げる。
「畜生。もっとド派手に忍び込んだ鼠共を駆逐できる武器は無いのか?」
「ふっ、僕という”パイプ(二者の間をとりもつ存在)”を手に入れて舞い上がっているようだな」
「んだと?」
ヘッドである猪(イノシシ)獣人が、全身を独特な紋様の入ったローブに包まれた細い男の胸ぐらを掴む。
周りで待機していた手下達が、ざわざわと騒ぎ始めた。あるものは煽り、あるものは怯え、あるものはヘッドである猪獣人を止めようと促している。
「……僕に掴みかかる暇があったら、お前達の土地勘とやらで邪魔な連中を始末したらどうだ? 僕が君達に関与できるのは物資の補給と情報の供給だけと上から決められている」
フードに隠れて顔は見えないが、薄ら笑いを浮かべているのが声色から嫌でも猪獣人に伝わった。
そう、幾ら組織化された山賊であろうとも最新鋭の狙撃銃なんて仕入れられるはずが無いし、このだだっ広い鉱山の全てを把握するなんて所業は難しい。
それを可能にする存在が今、猪獣人が掴んでいる不気味な男なのである。
猪獣人にとって、目の前の存在は態度からして気に食わない。今すぐにでも忌々しい、ベールを剥がして八つ裂きにしてやりたい所だが、失うにはあまりにも惜しい存在。
半年前ほど前、ぼそぼそと聖王国の目につかないような悪行で生きながらえてきた山賊達の元へ、ローブ姿の男は現れた。目的は不明だが、条件付きで男は山賊達に様々な知恵を教え込ませ、一生を使っても手に入れられないような代物を幾度と無く仕入れてきてくれた。そして、この男自身の実力が山賊達にとって貴重な戦力でもあったのだ。
「フン」
不満そうに鼻を鳴らしながら、猪獣人はローブ姿の男を金銀財宝の山へ突き飛ばす。
デリケートかつ硬質な素材で作られた宝石の山々に突き飛ばされれば大怪我の一つや二つ負いそうなものだが、ローブ姿の男はむしろ楽しむかのように空中で一回転しながら金銀財宝の山を蹴り飛ばし、何も置かれていない足場へ着地した。
金属類を蹴り飛ばしたにも関わらず音は無い。
まるで、クッションを蹴って跳ねたかのようにローブ姿の男は着地してのけたのだ。
「やれやれ。折角、手に入れた財宝に傷をつけようとするなんて僕には考えられないな」
飄々と、自分の体ではなく金銀財宝の安全を心配しながらローブ姿の男は久しぶりに体を動かしたと言わんばかりに、その場でパフォーマンスのように跳ねたり空を裂くような掌打や蹴りをかまし始める。
けれど、あれでもローブ姿の男にとっては準備運動程度のものにしか値しないのだろう。細々とした体からは想像がつかないほどに、あれはパイプと呼ぶには恐ろしい力を備えている。
だから、だからこそ、得体の知れない存在であろうとも猪獣人はローブ姿の男を手離せない。
”特に今は絶対に手離せない戦力”なのだから。
「で、約束通りに”材料”は揃えてくれたのか?」
「ああ、ちゃんと逃げないように地下牢に保管してるぜ」
意味深な例えを使いながらローブ姿の男は、音もなく自身のローブから何かを取り出す。
それは小さな鉄製のロッド。
イリアのロッドが木製の棍棒(こんぼう)なら、ローブ姿の男が携えるロッドは儀式で取り扱われるような錫杖(しゃくじょう)である。錫杖には竜のような紋様が刻まれており、ローブ姿の男が放つ異様な存在感を相乗効果で引き上げるかのように不気味な光沢を放っていた。
「上出来。それと”魔鉱石”の管理も厳重に扱ってくれよ。あれが無くなると僕がここにいる意味も無くなる」
軽く脅すように、猪獣人に用件を述べてから、まるで気体のようにローブ姿の男は靄(もや)となって姿を消した。
その頃、夜の帳が降り不気味な静寂が舞い降りた鉱山道の途中で丁度良い休憩地点を見つけたレイド達は焚き火を囲んで休息を取っていた。
レイドは何とか狼を両断した時に浴びた血のりを拭って、今も手を忙しなく動かしながらとある魔法の調節をしているイリアの様子を伺いにきていた。
舞い上がった煙で、イリアが放った探査用の魔法陣のように気付かれてしまいそうだがイリアの張った結界によって周りからは『岩壁に囲まれた行き止まり地点』にしか見えないようになっている。
一見、物凄い魔法に見えるがイリアが言うには、魔力の濃い場所ほど魔法の威力も汎用性も数倍、数十倍と増すらしい。それをコントロールするのにも数倍、数十倍の努力と計算が必要になるらしいが……、
「魔法だって万能じゃないのよ」
はぁ……と、イリアが心底疲れた様子で溜め息を吐きながら額に垂れ始めた汗を拭う。
イリアの苦労はレイドにも理解できる。曲がりなりにも魔人の血を引いているレイドは竜人の血を引いているにも関わらず魔力を扱えるからだ。
「僕も何か手伝えれば良いんだけど」
「あんたには無理よ。レイドにはレイドの領分があるんだから見張りとして活躍なさい」
「き、厳しいお言葉」
勿論、”魔力を扱える”というだけであってレイドには魔力というこの世の理から外れた毒素に免疫が無ければ、扱う器量も殆ど無いので使える魔法のバリエーションは非常に狭く狭い。応用性も無ければ汎用性も無く、火力も無ければ安定性さえも欠けている。これがレイドの魔法に対する才能であり身体的な限界でもあった。
レイドにはイリアのように派手な炎柱を幾つも出したり、魔力を探査するような精密な魔法も使えない。せいぜい自己治癒能力を促進したり、元からそこで起こっている現象を活発化させたりするのがやっとだ。
ただ、魔人と竜人の絶対的な壁を崩したレイドは周りが出来ないような__それこそレナが反則と言い退けてしまうような独自の武術を扱える特異体質の持ち主でもある。
竜人には”龍脈”と呼ばれる自然エネルギー、気の流れを把握し操る風水師としての能力が備わっていて、レナが迅槍を振るっただけで、頑強な岩をも穿(うが)つ風の弾丸を放ったのも龍脈を利用したものだ。まず自然に吹く風を操作し、圧縮、収束、凝縮させ一個のボール(エネルギー弾)を作り、作ったボールをラケット(迅槍)で狙いたい場所に撃つといった寸法だ。
高地に位置する鉱山には強風が吹き荒れ、風を集めて操るには最高の立地条件だっただろう。
龍脈の元を辿ると風水という言葉が出てくる。
風水とは占いの一種でクレアシオでは単なる言い伝えとされてきたが、空、陸、海、他様々な環境に強い適応力を持った竜人達は、風水を実現してしまう程に卓越した”土地利用術”を会得するまでに至ったのだ。
だがしかし、何時から? どうやって? どんな因果が重なって竜人が龍脈を実現できるまでの力を得たのかは分からない。
何故、自分にこんな力が備わっているのかはレイドにも分からないし、きっとレナにだって分からないだろう。
生まれたての子馬が必死に立ち上がり、いつか縦横無尽に平原を駆け回れるようになるのと同じで、本能として竜人は皆、生まれた時から力を身につけ、その力を操るために自分を磨き続けているのだから。
だがそれは義務付けられたわけでもなければ、必ず磨かなければいけないという訳でもない。
そもそも、竜人が龍脈を持っていることに理由が必要だろうか?ともレイドは考えたが哲学的な思考は自分には似合わないと思考を切り替えた。
「皆さん。お疲れでしょうが、この辺りで一旦、状況整理をしたいと思います」
レイドは結界内にいる全員に焚き火の近くに集まるよう呼びかけた。
結界を完璧に張り終わったのか、くたくたに疲れ果てた様子でイリアが焚き火の近くに集まり、次に馬車の点検をしていたルーフェとロア、そしてヴィロがやってきた。ちなみに捕まえた山賊の一人は未だに気絶して眠っている。そろそろ起きてもいい頃合なのに、何故か起きてくれないのが少し不安だったがレイドは全員が集まったのを確認して軽いミーティング(会議)のようなものを開始する。
「ルーフェさん。この銃について何か分かりませんか?」
レイドは、こっそりと山賊からくすめ取っていた最新鋭の狙撃銃をルーフェ達の前に置く。
「おや? どうして僕に銃器について聞くのかな?」
ルーフェが、面白そうなゲームに誘われた子供のときのような目をしながらレイドに聞き返した。
「いえ、護身用でしょうがルーフェさんの服の膨らみが気になって。それ、拳銃ですよね?」
レイドの言葉にイリアが驚いた様子でルーフェの服に何かしら違和感が無いか観察し始める。
一方、ルーフェは恐れ入ったという表情をしながらホルスターに収められた拳銃を取り出した。
「いやはや、完璧に気付かれないよう隠していたつもりだったんだが、流石に戦闘のプロには見抜かれてしまったか」
「いや、戦闘のプロというのは流石に買い被り過ぎかと。もっと僕が冷静な判断をしていれば都合よく事が進んでいたはずですし」
レイドは判断が何度も遅れてしまったことに負い目を感じているのか若干、顔を俯かせる。
「ふふっ、君がいなければ山賊の集団に囲まれた時、僕達は無事じゃなかったかもしれない。それは誇っても良いと思うけどね」
「でも……」
もっと早く気付いていれば、山賊達に後遺症を残すかもしれないような大技を繰り出さずに済んだかもしれない。
言いかけた言葉を呑み込んで、レイドは話の軌道を戻す。
「ゴホン。とりあえず、この狙撃銃について何か分かりませんか? ルーフェさんを疑っているわけではありませんが、帝国出身のようですし運び屋でもあるので仮に山賊が密輸ルートを使っているなら……」
「有り得ない」
狙撃銃を手に取って満遍なく観察していたルーフェが、キッパリと断言した。
「僕は帝国を離れた身だから現地の状況は詳しく把握していないが、これが666工房の造った狙撃銃であることには間違いない」何処か切羽詰った険しい表情をしながらルーフェは続ける。「666工房の技術力はクレアシオでは最高峰と呼ばれているが、今現在の技術は他の3国と比べると10年から20年も先をいっているらしい。考えてもみたまえ。そんな大層な技術を他国に、しかも正規のルートを辿らずに輸出させたらどうなるか?」
ルーフェは、「パワーバランスの均衡が崩れてしまう」と答えを言い放った。
例えばの話。売れば一生、贅沢暮らしが出来るような高価な宝石をスラム(貧民街)の子供が手に入れたとする。
それが、貿易商や物の売買に長けた人間ならともかく大金にありつく機会が全く無いスラムの子供には、どうやって宝石を売ればいいのかなんて分からないし、宝石に秘められた価値自体、理解できるかどうか怪しい。そして、宝石の扱い方を理解できない少年が宝石を持ち続けたらどうなるか?
欲に目の眩んだ集団がこぞって暴動を起こすに違いない。
「自分達の手元にしか置けない程に帝国の技術力は発達し過ぎたのだよ。だから不用意に他国に技術の提供はしない」
「待て、ルーフェ! あまり祖国(帝国)に関して喋り過ぎるのは」
ロアが早口でまくし立てたが、ルーフェは首を振って尚も続ける。
「ロア君。僕は帝国から離れた身だよ。それに僕が帝国から離れて、早数年。その間に、帝国がどれだけの進歩を遂げたことか……。僕が語る内容も時代遅れに違いない」
ルーフェは、狙撃銃を再三見てからレイドに投げ渡した。
「それなんだけどね。モデルやタイプこそ自由国や聖王国に公式で出回っている品だけど、機能は一段階、上の代物かもしれないよ」
「ええっ!?」
淡々と狙撃銃の観察を終えたルーフェにレイドとイリアが驚きの声をあげる。ヴィロも口には出さなかったが、内心驚いている様子だ。
レイドは、すぐさま投げ渡された狙撃銃の隅から隅まで調べるが自警団や騎士団に使用を許可されているそれと何ら変わりない。
「いやー、単なるフェイクの為に一世代前の狙撃銃を真似たのかもしれないけどね。実際に撃ってみないと分からないが、反動が元来のものより抑えられているし、”レーザーサイト”も__」
またも専門用語の山となったせいで、訳が分からなくなるレイドであった。
「__とにかく問題なのは山賊達がこんな代物を入手できてしまっていることだよ。場合によっては国家問題にも発展するかもしれない」
「そうですか。有難うございました」
(状況整理するどころか謎が増すばかりだな……)
レイドは顔を曇らせながら、手元にある狙撃銃を眺める。
(最初に山賊達がけしかけてきたとき、奴らはスリングショットやボウガンを使っていた。あれは、単に僕達を舐めていただけなのか? いや待てよ……)
「もしかして、山賊は何かを隠してる?」
「というと?」
突然、呟いたレイドにイリアが目を丸くして尋ねる。
「いや、最初に山賊達が持っていた武器は、まさに山賊らしい武装で構成されていた。にも関わらず、今度は、どうやって入手したのか分からないような狙撃銃で僕らを出迎えている」
歯車に潤滑油(じゅんかつゆ)を塗ったかのように、レイドの推測は滑らかに勢いを増していく。
「僕らを徹底して始末するつもりなら、最初の時点で狙撃銃を携えておけば良かったんじゃないか?」
「聖王国に狙撃銃の所持を悟られないよう、表立って使用したくなかったんだろうね。だが、それだけだと不自然な点があがってくる」
ルーフェの言葉にレイドは頷く。
「二度目の襲撃で急に抵抗が本格化してきた。”別に僕らの目的は山賊の殲滅ではない”のに誤解される何かがあった……」
単純に、仲間がやられたからレイド達を警戒視して本気を出したとも考えられるが、それではあまりにも情報の伝達が早すぎる。
突然、歯車の動きが止まり、レイドは言葉に行き詰まる。後少しで何かの答えを導き出せるような気がして、もどかしくてしょうがない。
「それについてなんだが、お前達は狼の群れが襲ってきたことも視野に入れているか?」
無言で静観していたロアが合間を見計らったかのように口を開いた。(顔は完全に隠れている為、実際に口を開いて喋っているかどうかは見当つかないが)
「そういえば、ロアさんは狼の群れを操作してましたよね」
「如何にも。旅の最中で手に入れた__単なる小銭稼ぎの芸当に過ぎないんだが、ある程度なら動物に命令信号を送って操ることが出来る」
一瞬、躊躇うかのようにロアが口ごもったが顔も見えず、機械音声で喋っているせいでレイドには何を思ったかは全く悟れない。
「ただ、命令信号というのは野生の動物には効き辛い傾向にあるんだ。しかも複数を相手にするとなると、な」
「じゃ、じゃあ、あれって一種の賭けだったの!?」
危うく、狼の群れに命を奪われかけたイリアが驚愕の声をあげる。
「あくまで”野生の動物”ならな。俺の使った命令信号は、元から受けた命令を逆算して跳ね返すものだったんだ」
ロアの付け足しに、あっ、とレイドは声をあげる。
「そういえば、あの狼の群れ。僕達を最初から狙って動いていた……」
「ふっ、気付いたか」
行き詰まっていたレイドの頭に新しい潤滑油が注がれていく。
「野生の狼なら、無防備な弱い人間を狙う。僕やイリアじゃなく馬車を直接襲っても良かったはずだし、気絶している山賊を狙うのが最もベストな選択だ。でも……それじゃ、まさか」
「そのまさかだ。あれは”軍用犬”。いや正しくは”軍用狼”か? とにかく、山賊が狼を利用していたのは間違いない」
ジョーク交じりの訂正をしながら、ロアが結論を述べる。
軍用狼達は本能に忠実な行動を取らず飢えを満たすことよりも優先して山賊達には目も暮れず、レイド達を襲ってきた。
「ますます、山賊達の正体が掴めなくなってきたわね」
イリアが内心、信じられない様子で呟く。
「でも、これで一層、山賊が何かを隠し通そうとしてる可能性は濃厚になったかもしれない」
後、一押し情報があれば……と、未だに昏睡しているかのように寝ている山賊を恨めしく思いながらレイドは歯噛みする。
「……あ、あの〜」
今まで会話の輪に一切、入ってこなかった声に全員がピクリと耳を傾ける。
そこには、おどおどしい素振りで会話に入れず困った表情を浮かべるヴィロが立っていた。いつから、レイド達の会話に加わろうとしていたのだろうか? それを考えると非常に心が痛むので、レイドは考えるのを後回しにする。
「ヴィロ教授? 何か気になる点でも?」
「いえ、もしかしたら山賊達が隠そうとしてるものが何か分かった気がしまして……」
いつもに増して小声になっているヴィロを見ていると明らかに放置された挙句、傷ついているのが全員に伝わってくる。だが、気にするべき部分がそこではないという事も全員に伝わっている。
「皆さんは、”魔鉱石(マーナス)”と呼ばれる鉱石があるのをご存知ですか?」
ヴィロの言葉にイリアとロア以外の全員が首を傾げる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいってば。魔鉱石って、ただの噂話とかおとぎ話の類でしょ?」
イリアが眉をかしげながらヴィロに問い返す。その顔には明らかに信じていないと書かれていた。
「それが実在するのですよ。魔力を生成し放出する鉱石がパワースポットという名目で各地に転がっているんです」
淡々と告げるヴィロに、イリアは目の前の学者の頭が壊れたのかと内心、疑った。けれど、完璧に否定できない情報を自分が掴んでいるせいで半信半疑に陥る。
魔法というオカルト(非現実)を更に逸したオカルトが存在する。それがイリアには信じられない。信じたら負けな気さえする。
「イリアさん。探査結果を復元できますか?」
無言で、イリアは探査用に散らした魔法陣と同じものを、小型の地図のように縮小化して展開する。
透明感のある円形の魔法陣には波のように、ある一点から拡がる紫色の光が波のように浮かんでいた。イリアは、その魔法陣の最も色の濃い部分に指を指す。
「確かに、この一点(ポイント)から魔力が流れ出してるようにも見えるけど、ただの気のせいじゃないの? やっぱり魔鉱石が関与してるなんて信じられないわ」
イリアは魔鉱石(マーナス)という言葉に覚えがある。ただ文献を漁っていたら見つけただけで実物を見た訳でもなければ、それが実在するなんて信じてはいない。
魔鉱石__それは、この世の理も、法則も、仕組みさえも無視する魔力を生成しクレアシオ全体に漂っている魔力の奔流と謂われる鉱石。そして、魔力によって形作られた別世界へ繋がる門(ゲート)とさえも呼ばれている。
だが、これは全て想像上の話で文献も曖昧。そもそも、別の世界があるなんてにわかには信じ難いし発見者の名前が、どの書物にも記載されていないのが論より証拠だった。
「これを見てください」
断固として信じないイリアを見兼ねたヴィロが懐から三枚の写真を取り出した。
一枚目は生い茂ったジャングル。遠めに見ると分かるが、オアシスを巨大化したかのように砂漠に覆われているのに中心部だけがジャングル地帯になっている。
二枚目は、そのジャングルの内部を撮ったのか不気味に変色した動植物達が顔を見せている。並々と生い茂っているにも関わらず、それら全てに何処か生気が感じられない。この世のものとは思えないと解釈した方が正しいか。
そして三枚目。
「これが魔鉱石とでも?」
イリアが怪訝そうな表情で写真を眺める。
そこには、翠色に輝く大きな鉱石が映されていた。直径300cmはあり、外周は、まるで鉱石を守るように生えた紫色の蔦によって囲まれている。
「ええ。これは自由国の領土で発見されたものなんですが、周囲10kmに相当する範囲で動植物が異常な成長を遂げ、今まで砂漠だった大地がジャングルに変貌しました。私は、その原因を確かめる為に、ある方達とジャングルに侵入。この魔鉱石を発見しまして……」
「やっぱり、信じられない。写真が捏造されてる可能性だってある」
ピシャリとイリアはヴィロに写真を返して否定する。
「イリア?」
否定するイリアの表情に陰りを感じたレイドは、顔を覗き込もうとした。刺々しい性格の彼女だが、他人を乱暴にあしらう様な行動を取った姿は見た覚えが無い。
「……でも、そうね。依頼も依頼だし、実際に確かめてみないと分からないもの」
途端、陰った一面が嘘のように、普段のマイペースな表情に戻ったイリアは長い髪の毛を掻きながら復元していた魔法陣を閉じる。
「確かに、魔鉱石なんて使い方さえ分かれば森羅万象を扱えるでしょうからね。世間から隠し通して自分達のものだけにしようとする理由にはなるけど。__ねえ、もし本当に魔鉱石があったとして、ここにいる山賊達はいつから、こんな濃度の高い魔力に浸かってる事になるのかしら?」
イリアの推測に全員が、まさかという顔を浮かべる。
「予想的中。レイドッ!」
「ああ!」
レイドはイリアと共に急いで、未だに眠り続けている猫獣人の山賊の元へ駆け寄った。
急場しのぎでこしらえたテントの中で捕縛していた山賊は青白い顔をしながら、やはりというべきか眠り続けている。
「死んではいない」
イリアは慎重に、山賊の額と胸に手を当てる。幸い、息はあったようだが__
「助かる見込みもない」
冷ややかに、レイドに結論を言ってのけたイリアだが内心では歯を食いしばるような想いをしていた。
ずっと猫獣人が目を覚まさない原因は魔力の多量摂取による中毒症状であろう。毒素を溜め込んで、溜め込んで、ボロボロになったその体を魔法で癒すなんて出来ない。傷を癒す魔法をかけても、結局は魔力を、その体に注ぎ込むことになる。結果は同じ。むしろ衰弱した体に止めを刺して死を急がせる手向けになるかもしれない。
かといってそれだけでは、
(助けられない理由にもならない)
イリアは、あろうことか術式を展開し指を猫獣人に向けながら呪詛のようなものを唱え始めた。それが毒であると分かっていても、彼女には目の前の命を助けられる自信があった。
「何を?」
訝しげな表情で聞いてくるレイドに視線で「黙ってて」と伝えながらイリアは精密な魔法陣を描いていく。
「あるべきものは あるべき場所へ 万物に干渉せしめる魔性の水よ 元ある泉へ帰りたまえ」
まるで、超高速の雷を撃たれたかのように猫獣人の体が魚のように飛び跳ねた。そして、一筋の閃光が猫獣人の口元から飛び出し、イリアの口元へ吸い寄せられていく。
その正体は魔力。イリアは魔力を水の流れに例えて猫獣人が溜め込んでいた魔力を吸い取っているのだ。ハチの針に刺された体から毒素を抜くように。
__やがて、もう充分だとイリアが魔力の流れを形作っていた閃光を手刀(しゅとう)のように断ち切る。
「まっ、後は獣人ならではの生命力に頼るしかないわね。私、医者でも……何でも……ない…………し」
はぁ……とイリアが溜め息を吐き倒れ込み、咄嗟にレイドが抱き抱える。
(そういえば、イリアだけ動きっぱなしだったな)
「少し塩梅を忘れかけてたわね。私の事は気にしないで」
と言いつつも、自分の力で立ち上がれる気力も損なっているのか腕の中でグッタリと項垂れているイリアを心配しながらレイドは生気を取り戻したかのように寝息を立て始める猫獣人を見やる。
「ふむふむ。お楽しみのところ、お邪魔してしまったかな?」
突然、テントの外から聞こえてきた声に、背筋の凍るような感覚を感じながらレイドは振り返った。悪意のこもった笑みを浮かべながら、ルーフェが立っていた。
「違いますから!」
「おーおー、必死に否定する辺りが、また微笑ましいね。いや本当、良い所でお邪魔をしてしまったようだ」全く反省していない様子で、ルーフェは「冗談はさておき、眠っていた皇子様が起床なさったみたいだよ」目を細めながらレイドの先にいる相手を見据える。
そして、レイドが、ルーフェの視線を追うと重たそうに眠りから覚め、瞼をあげた猫獣人がこちらを眺めているではないか。
「俺を助けてくれたのは、そこの嬢ちゃんか?」
猫獣人がレイドとイリアを交互に見ながら、酷く疲弊した、しゃがれた声で問う。
「あら、もうお目覚めなのね。感謝しなさいよ」
呟くようにイリアが鼻を鳴らし、もう大丈夫だと言わんばかりにレイドから離れ一人で立ち上がる。
「その様子だと私達が、何であなたを助けたのか。もう分かってるみたいね?」
「…………頼みたいことがある」
「は?」
猫獣人が、項垂れた耳をあげながら唖然とするイリアの目を見る。
「お前達の欲しい情報を今から語ってやる。だから耳の穴かっぽじって、一文字も聞き漏らさずに聞けって言ってんだ」
焦っているようにレイドとルーフェにも視点を忙しなく移動させながら猫獣人が一方的に語りだした。イリアが、何か言おうとしたがルーフェが腕をイリアと猫獣人の間に挟んで静止する。
「ふふっ、そこの兄さんは分かってるじゃんか。ここは霧(ミスト)地帯と呼ばれてる。魔力の溜まり場だ」
ゴホッゴホッと辛そうに咳き込みながら、猫獣人が一息つく。
「何年前になるやら。亜人戦争が終わって、ようやく安息の地を取り戻せたと信じて坑道を掘ってた連中が魔力の溢れ出す泉を掘り起こしちまったのは……」
「それってまさか……」
「魔力に汚染されて人が住めるような場所じゃなくなった。結果、鉱山は閉鎖。聖王国の為に働いてた連中ごと追放するような形でな」
宙を見ながら、猫獣人は感傷に浸るように語り続ける。
「仕事も住処も失った鉱夫達は汚れ仕事に手を染めるしかなかった。俺もその一人で……この周辺一帯を統率してるヘッドに拾われたんだが……ヘッドは良い人だったぁ。常に俺らを導いてくれて、いつか必ず元の生活を取り戻そうと。責任を全て自分だけで抱え込んじまうような人で……だのに、あいつらが来てから全部変わっちまった」
「あいつら?」
レイドが猫獣人の言葉に目を細める。
「半年前ぐらいか。俺らのような底辺と違って、本物のマフィアみたいな得体の知れない連中だった。緩衝地帯にある俺らを狙って交渉を持ちかけてきたあいつらは、ヘッドを取り込んで物資の補給を取引に鉱山の採掘を再開するよう俺らに命令してきたんだ。誰にも悟られないよう、ひっそりとな」
最早、最後まで言わねば気がすまないと言わんばかりに猫獣人が続ける。
「それ以来、ヘッドの性格も変わって、どんな汚れ仕事でも厭(いと)わないようになっちまった。採掘を続けていくうちに魔力の汚染も酷くなって、そして遂に見つけちまったんだよ。あいつらが求めてる”魔鉱石”とやらを」
「ッ!?」
「頼む……ここにいる連中は全員、人質みたいなものなんだ。ヘッドの目を醒ましてやってくれ。あの道化……クッ、ギアッ! アアアアアァァアアアアアア!」
突然、息が落ち着いてきていたはずの猫獣人が呻きだし捕縛していた縄を強引に引き裂いて苦しそうに自身の首に手を絡め始めた。
「な、何で!? どうして!? 魔力は、ほとんど吸収したはずなのに!?」
イリアが猫獣人の手を抑えながら慌てふためいて叫ぶ。しかし、猫獣人は神経毒でも撃たれたかのようにヒクヒクと痙攣しながら、ゆっくりと息を引き取った。
「”人質”か」
レイドは混乱して真っ青になるイリアを、もう動かない人形のように項垂れた猫獣人から引き離す。
猫獣人は最初から自分が死ぬのを分かっていてレイド達に何かを託したのだろう。だから、こちらの質問に一つ一つ答えず一方的に言葉を連ねていった。
「ふむ。せめてもの手向け。鎮魂歌(レクイエム)でも送ろうかと思ったが、まだ死んではいないみたいだよ」
ルーフェだけが余裕のある表情を浮かべたまま、猫獣人に手を向ける。
レイドは、すぐにルーフェの言葉を理解し猫獣人の安否を確認し始めたが、イリアの方は疲労とショックが重なったせいであんぐりと口を開けたまま、頭でもおかしくなったのかとルーフェの言葉に耳を疑っている。
「おそらく、溜め込んでいた毒素(魔力)を一気に吸い出した反動で気を失っただけだろう。すぐに手当てをしてやれば、命に別状は無いと思うけどね」
イリアをテントの隅で休ませながら、レイドはルーフェと共に応急措置を施した。
流石は吟遊詩人と言うべきか。多方面から知識を取り入れ、幾つもの国を転々としていただけあって騎士団として基礎的な手当ての仕方を学んだレイドよりも、手際良く応急措置を進めていく。
「そういえば、ルーフェさんは大丈夫なんですか?」
ふと、ルーフェも獣人であることを思い出してレイドがルーフェの顔色を覗き込む。だが、その顔はいつもの余裕を醸し出しており、疲れた様子は微塵も見せずに猫獣人の体をゆっくりと横にして応急措置を締め括った。
「ああ、似たような場所を通ったことがあってね。慣れない感覚だが後、数日はもつだろう。心配しないでくれたまえ」
一仕事やり終えて満足したようにマイペースに喋るルーフェを見ていると、自然と励まされているような気になってくる。
「アハハ。頼りになります。ただ、無理はせず、気分が悪くなったらすぐに言って下さいね」
「ふふっ、最悪の場合は、そこの眠っていた王子様と同じように僕もイリア君に目覚めのキスを……」
「ねえ、レイド……そいつ、私の代わりに一発殴ってくれないかしら?」
精神的に参っていたイリアも流石に聞き捨てなら無いと言わんばかりに、そこはかとなく殺意を込めた頼みをレイドにしてきた。
「おおっ、もしかしてイリア君が僕を罵りながら殴打で起こしてくれるのかい。それもまた良いかもしれないね」
「二度と起きないぐらい強い殴打でなら喜んで、してあげてもいいわよ」
ああ、それも良いかもしれないと変態じみた発言を連発するルーフェと黒い笑みを浮かべながら、段々、冗談と本音が入り混じり始めたイリアの仲裁に入るため、レイドは自分の身を犠牲にして間に入る。
「二人ともストップ。ルーフェさんも、あんまりイリアをからかうのはやめてくださいよ」
「な、何よそれ! まるで、私が悪ふざけにまんまと釣られて弄ばれてる子供みたいじゃない」
「ええっ!? いや、違うって。ち、違います。断じて違いますよ。イリアさん! これは言葉の綾(あや)でして」
仲裁に入るどころか、状況を険悪化させてしまったレイドは、何故だか更に状況が悪化する爆弾が投下されそうな気がして、背後にいる白兎獣人こと変態兎にも気を配る。
「おや? 別に僕はからかってもいないし悪ふざけもしていないよ」
それはつまり、今までの言葉が本気である事を意味しているわけで、
「だが、イリア君の代わりにレイド君に叩き起こされるというのも悪くない。呆れながらも、何だかんだ優しく起こしてくれて朝ごはんの支度を」
瞬間、その場の空気が絶対零度の如く凍りついた。ルーフェだけが妄想を膨らましながら破廉恥な笑みを浮かべ、グーグーと再度、寝息をたてはじめた猫獣人のいびきが更に混沌とした空気に拍車をかける。
「ストオォォオップ! ていうか、これ以上話をややこしくしないでくださいよ!」
悲痛の叫び、もとい悲痛の突っ込みを入れたレイドによって、その場は一段落を終えた。
「ところでレイド君。彼が言っていた言葉の中に気になる名称は無かったかい?」
「え?」
ルーフェが真剣そうな眼差しで試すようにレイドを見据える。レイドは何ともスイッチの切り替えが早い人だと思ったが、猫獣人が伝えた言葉を思い出してみる。
「彼、この鉱山を何と呼んでいた?」
「確か、霧(ミスト)地帯……あっ!」
レイドは自分の発した言葉に目を丸くした。
引っ掛かっていた何かが外れて、頭の巡りが高速化していく。出来れば自分の考えを否定したい。でも、それ以上に疑惑が沸いてくる。
『……そろそろ霧(ミスト)地帯か。おい、運び屋。受け取っとけ』
レナは最後に何と言っていた?
『ここは霧(ミスト)地帯と呼ばれてる。魔力の溜まり場だ』
レナは去り際に、猫獣人と同じ名称で鉱山の名を呼んだ。これでは、まるで最初から危険な地帯であることを知っていたようではないか。そして、
『後は単独で動いた方が都合が良いんだよ』
途中下車で一同の前から立ち去った。
「まだ、彼女が黒と判断するには情報が少な過ぎます。__でも、警戒しておいて損は無いでしょうね」
けれど、レイドは、まだ決め付けるには早いと考えた。ルーフェは首を縦に振りながら、静かに目を瞑ってフルートを奏で始める。その音色を聴いていると、今日一日の疲れが抜けていくようでとても澄み切っていて心地よい。
レイドはルーフェの奏でる音色が木霊する中で、魔鉱石の危険性。山賊を影で操っている何者か。あらゆる可能性を試行錯誤しながら明日に向けて準備をする。
準備を終えたら、イリアの様子を見に行きたいとレイドはテントの外へ目を向けた。
まだ、先程の獣人が助からなかったかもしれないというショックが残っているかもしれない。
「準備も程々にして、イリア君の様子を見に行ったらどうかな? 女の子を待たせるのは、あまり感心しないよ」
サーベルの手入れや、防具の点検等を行っていたレイドにルーフェが声をかける。
「で、でも……」
「フフ。僕達も旅には慣れているのさ。ある程度なら君の装備の点検だって出来るよ。ほら早く」
まるで背中を押すようにルーフェが放った言葉にレイドは頭を下げながらテントの外に出た。
「おやおや、あんなに駆け足で探しに行くなんて」
ルーフェは微かに見えたレイドの必死な表情に、ほくそ笑みながら、わざわざ背中を押す必要も無かったかと作業に戻った。
キャラ紹介
レイド・コール 性別:男 年齢:20歳 種族:半魔半竜人
ドラゴンのような鱗が特徴的な蒼い翼、尻尾を有した穏やかな性格の青年。剣術と魔法を巧みの扱う騎士だが、やや世間知らずな一面も。
イリア・ホーネット 性別:女 年齢:21歳 種族:魔人
ツインテールが印象的な魔人の女性。レイドとは昔からの仲で同じ騎士であり、思ったことはすぐに口に出すタイプ。棍棒を操り、多種多様な魔法を扱える。
ルーフェンス 性別:男 年齢:35 種族:白兎獣人
帝国出身の吟遊詩人。陽気でムードメーカー兼トラブルメーカーな行動力と発想力を持っており、意外と情勢に関しても広い知識を持っている。
名前が長いので”ルーフェ”と呼ばれている。
ロア 性別:? 年齢:? 種族:?
全身から顔に至るまで、全てローブで覆っており、更に機械越しに声を発信している謎に包まれたルーフェの用心棒。馬車の運転はお手の物で、御者としてレイド達と同行する。
ヴィロ・アルベイン 性別:男 年齢:36歳 種族:魔人
黒縁メガネで長身の学者。魔力の話になると、饒舌かつ能動的になるが……?
レナ・トレアス 性別:女 年齢:24歳 種族:紫竜人
男勝りな口調が特徴的な牙竜国出身の竜人の女性。風を操り、迅槍と呼ばれる自身の獲物を扱い豪快に戦う。また、魔力を強く毛嫌いしているようだ。
【専門用語辞典】
聖王国シャルティエ:クレアシオの南東に位置しており、騎士団の総本山がある比較的平和で物腰の柔らかい国。和名では聖王国(せいおうこく)と読む。
帝国グランベルク:クレアシオの西側に位置しており、最も大きな面積と人口を誇る国。亜人戦争発端の地とも呼ばれていて技術力はトップクラスだが未だに種族間の諍いが絶えず、緊迫状態にある。和名では帝国(ていこく)と読む。
自由国バーロス:クレアシオの中心部に位置する交易に栄えた街。”ギルド”と呼ばれる組織が国を担っており、
軍人を嫌っている。和名では自由国(じゆうこく)と読む。
牙竜国トライドラ:最北端に位置する大多数の民が竜人で構成された国。和名では牙竜国(がりゅうこく)と読む。
3種族について
魔人:外見は人間と変わらないが、魔法と呼ばれる、この世の法則を無視した力を駆使する事が出来る唯一の種族。
獣人:骨格は人間だが、動物のような体毛や鱗で全身を包み込んでいる種族。様々な動物の外見をしており、一緒くたに獣人といっても、細かく鳥獣人や馬獣人、猫獣人などと細かく分かれている。
竜人:伝承に出てくる竜のような姿をした種族。獣人と同じく骨格こそ人間と全く変わらないが自然エネルギーを操る”龍脈”と呼ばれる力を扱える。
説明 | ||
これは三つの種族が織り成す繋がりのファンタジー。 『まず最初に蒼き瞳に蒼き翼と尻尾を有した青年とその仲間達の冒険談が記された巻を開くとしよう。 長い長い物語が今、産声をあげる__』 |
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