レッド・メモリアル Ep#.15「レジェンド」-1 |
4月12日 11:14P.M.
《クラスノトーチカ操作場跡》
セリアとフェイリンは、打ち捨てられた貨物操作場の地下にある、正体不明の施設の中で、トイフェルら謎の人物達により、どこかの部屋に案内されていた。
彼女らに向けての待遇は申し分ないものだったが、セリアは焦っていた。早く、あのリー・トルーマンを追わなければ、自分の手から遠く離れた所へと行ってしまうような気がして仕方なかった。
だがこの場にいる者達はどうやら、セリアよりも良くリーの事を知っているらしいし、彼と同じ目的のために動いているようだ。闇雲にリーを追うよりも、彼らの話を聞いた方が良いのかもしれない。
それに彼らはセリアに対して非常に気になる言葉を言っていた。
「悪いけれども、わたし達は急いでいるのよ。話は手短にね」
セリアはそう言いながら、整えられたソファーの上にフェイリンと共に座っていた。
「駄目ね。幾らやっても、携帯電話自体が壊れちゃっているみたい」
フェイリンは落ちつかない様子で、自分の携帯電話をいじっていた。さっきから何度もその行為を繰り返している。元々デジタルジャンキーであるフェイリンは、携帯電話が動かないだけで落ちつかないのだろう。
「無理ですよ。攻撃は電磁波兵器による攻撃であった事が判明しています。ですから、この施設内にある全ての電子機器がやられてしまった。この基地に攻め込んできて、あなたに捕らえられた連中も白状しています」
向かいのソファーにランタンを持ちながら、セリア達の前に現れたトイフェルが姿を見せる。ランタンの炎は暗闇の施設中では頼りになったが、それでもまだ施設内は暗く、セリア達が案内された部屋の中、全てを照らすには足りない灯りだった。
「電磁波兵器を使われるほど、重要なものがこの施設にはあったのかしらね?」
周囲を見回しながら、ただ、警戒を解くつもりは無く、したたかな目で周囲を見回しながらセリアは言った。
「ええ。ここには、世界各地から集めていた機密情報がありました。ですが、常に本部の方と連絡をとっていますからね。情報の損害は一部で済みました?」
セリアの前にいる紳士的な男は、あくまでその態度を崩さずにそう言って来た。
「本部?何を言っているの?あなた達は?ここが何かの捜査機関だとでも言うの?そうは思えないわね。だったら、あなた達は、もっと堂々としているはずだもの。こんなにこそこそしてしまっているからには、世間には知られたくない秘密があるという事ね?」
セリアはそう言った。蝋燭の灯りが照らす室内は広いが、ほとんどの場所が薄暗く、彼女には何が周りにあるか良く分からない。だが、警戒を払って、自分の後ろには誰にも立たせないつもりでいた。
「説明すると長くなるでしょう。ですから簡潔に言います。あなたは娘さんがいて、彼女が生まれてからずっと生き別れになっていますね?あなたは、自分の娘の父親の本当の正体も知らない。いいですね?」
「話が、突然過ぎるわ。どうして、そんな方向に話が行くのよ?」
セリアは警戒心と不快心もあらわにそのように言うのだった。自分の娘の話を、まさかこんな場所で聞こうとは思ってもいなかった。だが、リー・トルーマンは、セリアの娘の事で何かを隠しているようだった。この者達がリーと通じているのだったら、何か関係あるのかもしれない。
「何故なら、あなたの娘さんの父親はベロボグ・チェルノだからです。気が付きませんでしたか?無理もありません。彼は巧妙にその正体を隠し、あなたに近づいた。それはあなたが『能力者』であるからです。ベロボグ・チェルノはその野望の一環として、自分の優秀な遺伝子を後世に残そうとした。
結果、あなたの娘さんが生まれる結果となったのです。彼女は今、ベロボグの組織に狙われています。彼女の存在が、ベロボグの計画に大きく関係しているからです」
トイフェルは、あくまで落ちついた口調でセリアにそう言って来た。だが、セリアは警戒を解かない。落ち着かない様子でソファーから立ち上がって、その男へと言い放った。
「信用できないわ!話を幾らでもでっちあげる事ができる!それに、私の18年も前に生き別れになった娘が、ベロボグの奴の子供だってどうして言えるのよ?」
そんなセリアの言葉を遮るかのように男は言ってくる。
「18年前。あなたはベロボグと出会い、大学の在学中に妊娠しましたね。父親は不明のまま出産を。しかしあなたの前から娘さんは忽然と姿を消してしまった。失踪届けも出したが、結局行方不明のままだ」
「よく調べたものだわ。でも、ベロボグと、私の生きているかもどうか分からない娘を結び付けるのは、幾らなんでも無理矢理過ぎよ」
セリアは呆れかえったふりをしてそのように言ったが、実際は耳を傾けてはいた。もし本当だとしたら。そんな気持ちに襲われる。
「セリア。でも、もし本当だったとしたら?」
フェイリンが口を挟んできた。だが、セリアはどうしてもこの得体の知れない者達を信用する気にはなれなかった。
「我々と共に行動して下さい。命令ではありません。ですが、我々とともにベロボグの陰謀を暴く事に協力をしてくれれば、あなたは自分の娘さんに逢う事ができます。一緒に暮らす事もできるでしょうし、さらには戦争も止めることができます」
「できないわ。それは無理な注文よ」
セリアがそう言った時だった。突然、頭上で何か大きな物音がした。それは、扉か何かが開け放たれる音であり、足音だった。一つや二つでは無い。幾つもの足音が近づいてくる。
「時間切れよ。本当の事を言いなさい!」
セリアは足音の正体を知っていた。時間切れと言うのは、この男達だけでは無く、自分についても言えることだった。
「セリア・ルーウェンスさん。私達を信用して下さい」
男がそう言った時だった。突然、セリア達のいる部屋の扉が荒々しく開かれて、一気に武装した兵士達が流れ込んでくる。
「連合国軍だ!大人しく降伏しろ!たった今より、この施設は、連合国の監視下に入る!この部屋にいるお前達!両手を上げて降伏しろ!抵抗した場合は…」
マシンガンを構えて突入してきた者達が言い放つ。
「わたしよ。セリア・ルーウェンス。タレス公国軍の者。もし疑うんならば、本部へと連絡して聞いてみなさい」
セリアは堂々とそう言いながらも立ち上がり、自分の姿をマシンガンを構えた兵士達へと見せつけた。
「ルーウェンス捜査官?すぐに確認する」
部屋に入ってきた兵士は、あくまで部屋の中にいる者達を降伏させながら、セリアに向かってそのように言うのだった。
兵士達が、無線機を使って二言三言やりとりを行うと、やがて、セリアの拘束は解かれるのだった。
「ルーウェンス捜査官。大佐がお呼びだ。あなたを捜しています」
「そこにいる、フェイリンという子も解放してあげなさい。わたしの連れなんだから」
セリアはすかさずそう言って、フェイリンの拘束をも解かせる。部屋に入ってきた軍の部隊は、強力なライトを使用しており、それは敵地を制圧するには優れたものだったかもしれないが、向けられた側としてはあまりに眩しい光を目にする事になる。セリアは光から顔を庇いつつ答えた。
「カイテル大佐と無線が繋がっています。あなたと話したいと」
そう言いながら、兵士はマシンガンではなく無線機をセリアの方へと突き出してきた。セリアはぶっきらぼうにその無線機を受け取る。
「もしもし、カイテル大佐?基地の方ではどうも」
まるで世間話でもするかのような口調でセリアは話し始めるのだった。すると向こうからは抑揚の強いタレス語で言葉が返ってくる。
(ルーウェンス捜査官。あなたは勝手な真似をしてくれたな。基地からいなくなってしまったと思ったら、一体どこにいると言うのだ?リー・トルーマンは見つかったのか?)
大佐は荒々しく言ってくる。無線機の雑音も相まって、がらがらとした声はより一層強調された。
「その様子ですと、あなた方も、まだリー・トルーマンの奴は拘束しないようですわね」
セリアが言い返す。
(質問をしているのは私の方だ。ルーウェンス捜査官。あなたは勝手な行動をしている。その説明をしてもらおう?一体、そこで何が起こった?衛星の監視では1時間ほど前、強力な電磁パルスがその地から放出された。そこは本来ならば、棄てられた操作場しかないというのに、何やら記録に残っていない基地があるそうではないか)
大佐は言葉を並べ立ててくる。この部隊を突入させたのはカイテル大佐だ。セリア達にとっては味方側の部隊と言うことでひとまず安心できそうだが、セリアは弁明を考えなければならなかった。
「リー・トルーマンは、この地にやって来ていますわ。彼は何かしらの組織を使い、ベロボグ達を長年追っていたと、この組織の連中が白状しています?」
(それは一体、何の組織だ?そんな記録はどこにもない)
すかさずカイテル大佐は言ってくる。
「詳細は不明ですが、ベロボグの組織とは敵対していたようですね。この施設に、大して電磁波攻撃をしかけたのも、ベロボグがよこした連中のようです。部隊の何人かを拘束してここに捕らえてあります」
セリアは、相手にも分かるようにはっきりとした口調を発して説明した。
(リー・トルーマンはどこにいる?部下からの連絡では、そこに奴はいないようだ)
カイテル大佐はすぐさま次の質問に移る。
「ここにはいません。ただ、向かったと思われるのは」
「それは、言わないでください」
セリアの言葉を遮るかのように、紳士風の男が言葉を発した。彼は軍の部隊に銃を向けられ、降伏の姿勢を取らされているが、それでも構わずに話してきた。
「黙っていなさい!あなたは拘束されているのよ!」
(ルーウェンス捜査官。リー・トルーマンは一体、どこへと向かったと言うのだ?)
カイテル大佐がまくしたててくる。セリアは向き直って答えることにした
「リーの奴は、恐らく《ボルベルブイリ》へと向かったものだと思われます」
(そうか、分かった。ところでルーウェンス捜査官。君は拘束させてもらう、勝手な事をしでかしてくれたんでな)
カイテル大佐はすかさず言ってくるが、
「いえ、それはできません」
(何故だ?)
ぶっきらぼうな口調のままカイテル大佐は言って来た。
「この施設にいる連中は、どういうわけだか、このわたしに友好的です。彼らから情報を聞き出し、リー・トルーマンの居所を見つけることができるのは、このわたししかいません。あなたの乱暴な部下にやらせても、施設の連中は口を噤むだけですよ。どうやら、随分と訓練された連中たちのようですから」
と、セリアはまるで相手を誘っているかのような口調でそう言うのだった。
カイテル大佐はしばし考えているようだった。彼にとってはセリアはどう映っているのだろうか。平気で勝手な行動をする危険人物だと思われているのだろうか。
少しの時間の後、カイテル大佐は答えてきた。
(よし、リー・トルーマンを捕らえるまでだ。しかしそれが終わったら、あなたは拘束させてもらう。それが連合軍としての命令だ)
「了解しました」
セリアはそう答えた。とりあえず、それだけでいい。これで、リー・トルーマンを追う事ができる。
(その連中から話を聞くのは、ルーウェンス捜査官に任せるが、話は私も聞かせてもらう。そして、部隊を指揮するのもこの私だ。いいか?)
念を押すようにカイテル大佐は言って来た。
「了解しました。私はリー・トルーマンを追います」
セリアはしかとそのように言う。いい加減彼女にとっては訛りの強いタレス語もうんざりしてきていた。
「いいですか?ルーウェンスさん。《ボルベルブイリ》に向かって下さい。そうすれば、あなたの娘さんとも会う事ができる」
トイフェルが、軍の部隊に連行されながらセリアに向かってそう声を上げてくる。彼の言葉が聴き捨てならないセリアだったが、その男はそれ以上口を開かないように命じられ、その場から連れ去られていった。
「どうするの?セリア?」
フェイリンが戸惑った様子で彼女に聴いてきた。だがセリアの決意はすでに固まっていた。
「決まってんでしょ。《ボルベルブイリ》へと行くのよ」
《ボルベルブイリ》ヤーノフ地区
4月13日 5:28A.M.
《ボルベルブイリ》の北部の市街地になるヤーノフ地区に、リー、アリエル、タカフミがやってきたのは、翌日になってからだった。彼らはすでに操作場のアジトから乗ってきた車を乗り捨てており、現在は貨物列車の中に身を潜めて移動していた。
《ボルベルブイリ》が厳戒態勢にあるが、列車は運行していた。特に軍事関係の列車など、『ジュール連邦』にとって、線路の上を走行し、大量の物資を輸送する事ができる列車は一つの生命線にある。それは、車よりも重要な需要で、広大な高度を動脈のように走っている。
リー達が乗りこんだ貨物列車も、恐らく戦争の首都決戦に備えた軍の物資を輸送するものだろう。ヤーノフ地区からそのまま首都の中央部へと物資を輸送する、長大な貨物列車の一角だった。
貨物列車は西側諸国のものに比べてかなり古びており、半世紀近くは使用されているであろう車両だった。所々隙間があって、そこから冷たい風が入り込んでくる。列車の揺れも強く、荷物を積んだ木箱も音を立てていた。
「予想以上に時間がかかっちまったな。首都は戒厳令下だ。どうやって、これから移動するかだ」
タカフミはそのように呟きながら、貨物列車の開いた透き間から外のヤーノフの市街地を見ていた。ひっそりと静まり返り、空には雲が覆っている。
「この列車もいずれは軍の施設に向かう。軍の兵士に見つかるのはまずい。そろそろ行動しないとな」
リーはそのように言ってタカフミを促す。今、外には軍の兵士達がいるような様子は無い。長大な列車は住宅地の中を、線路をきしませながら進んで行った。
「行動するんですか?それよりまだ聞いていません。あなた達は一体、誰と会おうとしているんです?」
アリエルがたどたどしいタレス語でそのように言った。学校などで習ったタレス語なのだろうか。発音は未熟ではあったが、とりあえず意味は通じる。
「『ジュール連邦』の政府の人間だ。総書記ヤーノフにも通じていて、コネがある。彼のお陰で私達はこの国でも活動できた」
リーははっきりとしたタレス語でアリエルに説明した。アリエルは意味を捉えて頷くのだが、まだその顔には不安を隠せない様子だった。
「その人は、信用する事ができるんですか?」
不安そうな口調で言うアリエル。
「大丈夫だ。君を保護してくれる。あとは俺達に任せておけばいい」
タカフミはアリエルを安心させるかのようにそう言ったが、
「いいや、正直信用できるとは限らない。彼は上院議員だが、ベロボグの息がかかっていないとも言いきれない。だから私達は最新の警戒を払う」
リーの言葉が、強くアリエルに響いたのか、彼女は更に不安げな表情を浮かべざるを得なかったようだ。
「おいおい、リー。相手は子供なんだぞ。もっと安心させてやれ」
タカフミは忠告するかのようにリーにそう言った。しかしリーの表情は厳しい。
「いいや、ここで嘘を言っても仕方がないだろう、タカフミ。それに、この娘が持っている秘密は、子供だからといって済まされるような事ではないんだ。彼女自身にも、それは分かってもらわなければならない」
「分かりました。ですが私も、あなた達を完全に信頼しているわけじゃありません」
アリエルはそう言った。その彼女の言葉にタカフミは顔をしかめたようだったが、リーは違う。彼はアリエルへと近づき、彼女の顔の眼前で言った。
「それでいい。君は誰も信用するな」
彼のジュール語が貨車の中に響くのだった。
そのほんの数秒もしない後、突然タカフミは何かに気が付いたかのように顔を貨車の壁面の隙間に覗かせた。
「この音は、ヘリの音だ。近づいてくる」
タカフミが警戒心を強めた。
「この街は戒厳令下だ。別の目的かもしれない」
リーはそのように言うのだが、彼らが乗っている列車が、突然激しい音をきしませながら停車し出した。
「おいおい、まずいんじゃあねえのか。ここは信号所でも何でもない所だぞ」
タカフミが慌て出す。
「まだ、我々を捜しに来たと決まった訳じゃあない」
慌てるタカフミをリーは制止した。しかし、突然アリエルは身を乗り出して、貨車の隙間から、ある方向を指差した。
「見てくださいあれを!軍の人がこっちに。あっちからも!」
彼女の視線の先からは、住宅地内を走る線路に入り込み、列車の方に向かって警戒をはる『ジュール連邦軍』の兵士達の姿があった。
更に列車の上空ではヘリも飛んでいるらしい。その音が貨車へと降り注ぐかのように響いていた。
「こんな所で検問か?だがこの警戒態勢。ただの検問じゃあないな」
やがて兵士達の足音が近づいてきていた。リーはその懐から銃を抜く。
「おい。幾らなんでも、これだけの兵士を相手に適うと思うか?それに俺達は、『ジュール連邦』に協力を求めに来たようなものだ。ここで戦ったりしたら、逆に不利な立場に追い込まれるぞ」
タカフミはリーを制止する。すると彼は突然貨車の床から立ち上がった。
「何をする気ですか?」
アリエルが彼を見上げて言うが、
「ここは大人しく降伏した方がいい。下手に抵抗したら、協力者に会えなくなってしまうだろう。何、心配はいらない。協力者の手があれば、すぐに軍の拘束からなど解いてくれるさ」
タカフミはそのように言うのだった。
外にいる兵士達は、すでに彼らの乗っている車両の目の前までやって来ている。そして一両ずつ車両を開いては、中にマシンガンの銃口を突き付けて調べている。
「リー。銃をしまっておけよ。アリエルさん。あんたも変な抵抗はするなよ」
そしてついにタカフミ達の乗っている車両の扉が開かれた。兵士達はすぐに貨車内に身を潜めていたタカフミ達の姿に気が付いた。
「そこで何をしている!手を上げろ!」
「おいおい分かった。何も抵抗はしない。抵抗はしない、大人しく降伏するから」
そのようにタカフミは貨車内で立ち上がり大きな声を上げながら言った。
「全員だ!全員貨車の外へと出ろ!」
ジュール語で命令してくる兵士達の姿があった。リーとアリエルも立ち上がり、降伏の意志を見せながら、貨車の外へと出ていくのだった。
背中側から銃を突きつけられ、外には大勢の兵士達がいる。列車を取り囲むかのように兵士達がずらりといて、更に上空にはヘリコプターさえも飛んでいた。静まり返っていたヤーノフ地区が嘘であるかのように騒がしい。
「これはこれは。あんたがリー・トルーマンか?」
突然、兵士達の中を縫うようにして現れた男がいた。彼はスーツ姿の背の高い男で、どことなく役人としての姿を感じられる。
黒いスーツにネクタイをして、同じような姿をした部下を引き連れていた。
「あんたの方は誰だ?」
降伏をした姿のまま、リーはそのスーツ姿の男に尋ねた。
「『WNUA』側の人間に名乗るつもりはないが、私は国家安全保安局のセルゲイ・ストロフだ。あんたらには御同行願おう」
ストロフと名乗ったその男は、リー達の顔をじろじろと見るなりタレス語でそのように言って来た。その視線は攻撃的なものなのか、それとも挑戦的なものであったのか、無機質なもので良く分からない。
「あなたは!」
ストロフの顔を見たアリエルが叫ぶかのように言った。するとストロフはアリエルの前で目線を止めた。
「アリエル・アルンツェンさん。お久しぶりだ。しかし、やっとまた会えたな」
「知り合いか?」
リーがアリエルに尋ねた。
「おい、お前は黙っていろ。『WNUA』の人間が、一体、彼女を連れて何をしているのか、きちんと話をしてもらうからな!」
ストロフは指をリーに付きつけるなり言い放つ。攻撃的な口調だった。
「私は『WNUA』の人間じゃあない。国はそうかもしれないがな」
リーはそう言った。だがストロフは相手にしないかのように、
「ああそうか、言っていろ。こいつらをさっさと連れて行け」
周りにいる兵士達にそのように言い放つなり、ストロフは一行を連行していってしまった。
《ボルベルブイリ》郊外 某所
一方、《ボルベルブイリ》の郊外の丁度反対側にある倉庫には、ベロボグ・チェルノ配下の者達が集結をし出していた。
すでに多くの武装したテロリストが集まり、物資の搬入を行っていた。《ボルベルブイリ》は戒厳令で、『ジュール連邦軍』の管理下にあるのだったが、実際には郊外にまではその戒厳令は行きわたっていなかった。住民達はその警戒を強めてはいたものの、全ての施設の監視にまでは至っていない。
ベロボグの配下の者達が、その圧倒的な技術力を持って軍を結集するのは難しい事では無い。しかも彼らはベロボグの計画に従い、戦争が起き、戒厳令が敷かれる前から計画を進めていた。
シャーリはそんな施設の中で、レーシーに救出された後から、ようやく休みを取る事ができていたが、一睡もする事はできなかった。
身体は所々火傷を負っており、服もぼろぼろだった。24時間にわたる拷問を続けられていたが、彼女はそれを耐えきっていた。
シャーリにとって、拷問を続けられていた事は、決して苦痛な事では無かった。むしろ、彼女はその肉体的苦痛に耐えきる事ができたという、達成感さえも味わう事が出来ていたのだ。
お父様のためならば、どんな拷問にも耐える事ができる。それをシャーリは自分で実感する事ができていたのだ。血中の鉄分を操る事が出来、自分の肉体を金属のように硬いものとできる彼女であっても、体中に電流を流されてしまえば、それには太刀打ちできない。
だが、電流を流されただけで、父の計画を全て話してしまうようなシャーリでは無かった。体中にやけどを負おうと何をされようと無駄だ。
倉庫内に設けられた、仕切りだけある個室で、シャーリは鏡を前にしながら顔を洗う。顔は大分やつれてきているが、その顔には恍惚感さえあった。
計画通りに行っている。そしてお父様は確かに自分の事を忘れてはいなかった。妹のレーシーに助けに行かせてくれた。レーシーは随分と手荒な方法を使ったものだが、何とか自分は救出された。
シャーリは自分が救出された理由は知っている。お父様の次なる計画に必要なのだ。
「シャーリぃー。そろそろ、動く時間だよ?」
下着だけの姿でまだ着替えていないシャーリに、勝手に部屋の仕切りの中に入ってきたレーシーが言って来た。
彼女は国安保省を襲撃した時と同じ、人形のような姿でそこに立っていた。
「分かっているわよ」
この仕切りは、自分のためにこの施設に設けたようなものだ。仲間の男共が仕切りをくぐる事は許さないが、レーシーならば別に構わない。
しかし彼女は相変わらず緊張感の無い姿と態度だ。これからしようとしている事の意味を、レーシーは果たして理解しているのだろうか。
シャーリは自らの戦闘服である、身体にぴったりとしたジーンズとシャツと白いジャケットを羽織った。
そして、仮眠を取るために設置されている簡易ベッドの上から、彼女はショットガンを手に取った。
そしてベッドに座るなり、ショットガンの弾装を確認する。弾は満タンになっている。彼女はショットガンの弾装を確認するなり、すぐにそのベッドから立ち上がった。
拷問の後、一睡もしていない彼女だったが、そこに疲労感は一切ない。それよりもこれから行おうとしている事に対しての緊張感を感じざるを得なかった。何しろ、今回行おうとしている計画は、お父様の計画の中でも最も重要な局面の一つなのだから。
彼女は施設内の仕切りを出ると、すでに搬入されてきていた武器弾薬で武装した者達を見回した。
「あいつは来ているの?ペンティコフは?」
部下の一人にそう言い放ちながら、シャーリは部下達を一瞥する。
しかし彼女の目当ての人物はそこにはいない。
「ペンティコフはどうしたの?あいつがいないと行動できないわ!」
今度はシャーリは声を荒立ててその名を呼んだ。すると、倉庫の奥の方から声が聞こえてきた。
「ここにいますよ。ちょいと、例の連中のアジトで予想外の眼に遭いましてね。脚を負傷してしまいました」
姿を現したのは、スザム共和国地方特有の濃い顔立ちと、ずんぐりとした体型をした男だった。彼は松葉杖をついており、どうやら左脚を負傷したらしい。
「アジトで何かあったの?」
シャーリはペンティコフにそう言った。
「あれは軍の奴らか、何者か知らないですが、狙撃銃でやられてしまいましてね。部下は結構捕らえられましたし、アリエルっていう女も逃しちまいました」
シャーリはペンティコフの方に向き直る。
「構わないわ。アリエルはこの計画の後でも、捕らえに行く暇はあるもの。それに、例の組織と一緒なら、どうせいずれわたし達の前に姿を見せるでしょうから。それよりも大切なのは、今の計画よ。ペンティコフ。もちろん脚の負傷程度じゃあ、あなたの『能力』は使える状態よね?」
シャーリが施設内にあるテーブルを叩きながら、ペンティコフに言い放つ。
「もちろんです。ただ、実行の場所へは車で連れて行ってもらう事になりますが」
「よし。なら問題は無いわ。あとはお父様からの連絡を待つだけよ」
シャーリは言い放ち、施設の中にいる者達は、シャーリの父親であるベロボグからの連絡を待つ事にするのだった。
ベロボグ・チェルノはとある施設ですでに移動の構えを見せていた。彼がいるのは、『ジュール連邦』の首都、《ボルベルブイリ》から北西へ1000キロ以上も離れた、北の海の上の施設で、彼はしばしの休息をそこで取っていたのだ。
ミサイル攻撃から命からがら生き残り、1日以上生き埋めにされていた。それ以前に彼は、重度の脳腫瘍さえも患っていたが、今ではそれさえも回復してしまっている。
だがこの海上の施設内にいる医師は、ベロボグの精密検査を何度か行い、彼を万全の状態へと戻そうとしていた。
最後の血液検査の時には、もうベロボグの求めている計画の時間までは一刻の猶予さえもなかった。
「チェルノ様。できる事ならば、あと1日は安静にしている方が良いのですが。あなたのお身体はまだ万全とは言えません」
医師は心配そうな面持ちでベロボグにそのように言って来た。
だがベロボグは注射器に満たされていく自分の血液を見つつ答える。
「私は今でも医者だ。そのくらいの事は分かる。だが私の計画にはもはや一刻の猶予も無いのだ。すぐにでも行動しなければならない。娘達も同志達も待っている」
血液が抜かれ切るとベロボグは、すぐさまそこから立ち上がった。そしてその場にあった上着を羽織るなり歩きだす。
「チェルノ様。どうかお体に気をつけて下さい」
ベロボグの背後からそのように言ってくる医師の姿。
「案ずるな。この世界のためだ。私の身のことなど些細な事に過ぎん」
彼はそのように言うなり、レーシーの『能力』を使用してすでに体内に取り込んである無線機の電源を入れた。
レーシーの能力は慣れない内は、異様でしかも奇怪なものであるかのように思えてしまう。だが慣れて来てしまえば、自分の体内に機械があるという事は、それほど不自然な事ではなく、当たり前のことのように認識する事ができるようになっていた。
ベロボグが無線機で連絡を入れた先はシャーリだった。この地は携帯電話の電波の入らないような場所だったが、無線機の専用電波を使うことで、彼女の携帯電話に電話を入れる事ができるようになっている。
シャーリはレーシーに無事に救出されたらしく、すぐに電話に出た。
「シャーリか。わたしだ」
ベロボグがそのように言うと、シャーリからは、ほっと溜息をつくかのような声が漏れてきた。
(ああ、お父様。よくご無事で)
ベロボグは彼女に連絡を入れている暇は無かった。シャーリはベロボグが病院に生き埋めにされていた頃は、国安保省で拷問を受けていたのだ。だが今、お互いは無事に窮地を脱出する事が出来ている。
「私は大丈夫だ。案ずるな。それよりも計画に支障は無いか?」
ベロボグは感傷に浸る間も無くすぐに話を展開させる。
(ありません。ペンティコフは、例の組織のアジトを急襲した際にアリエルを逃したとか。ですが、彼女は次の計画では支障は無いでしょう)
シャーリの方も落ちついた口調ですぐに答えてくる。
「そうか。捕らえる事は出来なかったか。私自らが赴く必要があるかもな」
ベロボグはそう言った。
(お父様。もう、あの娘に振り回される必要は無いのでは?)
シャーリは言ってくるが、ベロボグは歩を進めながら彼女と通信して話していくのだった。それは歩きながら携帯電話を使っているのと何も変わりはない。簡単な事だった。
「いいや、そんな事は無いのだ。あの娘こそ要だ。しかし、彼女が組織と一緒に行動をしているというのならば、その居場所は容易に掴める」
ベロボグは自分の視界内に画面を展開させる。あたかも自分がサイボーグになったかのような気分だが、これもレーシーの『能力』を取り込んだ事によって可能な技術だった。
彼は自分の視界内に《ボルベルブイリ》の地図を表示させていた。そして自らでそこに幾つかをマークする。
その作業をしている時、ベロボグは海上施設の外に出た。
無機質な鉄骨を組み上げた、石油採掘基地のようなその施設は外に出れば肌寒い。ここは北の果ての地にある施設なのだ。
(お父様、いかがなさるのですか?)
しばし考えていると、電話先からシャーリが促してくる。
「計画通りに行う。アリエルも捕らえる」
(では、どうかご命令を)
シャーリは更に促してきた。するとベロボグは向き直るなり、彼女に声高らかに言うのだった。
「よし。ではこれより、《ボルベルブイリ》制圧計画を実行に移す。私も参加する。全ての同志たちに、今こそ決起する時だと命令を下せ」
そのベロボグの声に、シャーリも勇ましい声で答えてきた。
(はいお父様。全ての同志達に伝えます!)
ボルベルブイリ 国家安全保安局
国安保局の捜査官であると言うセルゲイ・ストロフによって捕らえられた、リー、アリエル、そしてタカフミは、国安保局の建物へと連れられてきていた。そこは、歴史的雰囲気を醸し出すような建物だったが、現在はその真正面の大部分の辺りがビニールシートによって覆われている。
青色のビニールシートが、歴史ある建物に対して、妙に浮いて見えてしまう。
「改築中なのか?いいや、違うだろ?」
タカフミが車から降ろされるなり、皮肉めいた声でそのように言うのだった。彼は後ろ手に手錠をされており、しかもマシンガンで武装した兵士達に周囲を固められている。リーやアリエルも同様だった。
「気にするな。お前達は今、それどころじゃあない」
ストロフがタレス語でそのように言いながら、リーやアリエル達を連れた兵士を先導する。
「戦時中だと言うのは知っているが、まだ『WNUA』軍は《ボルベルブイリ》に攻撃をしてきていないはずだがな」
続いて車から降ろされてきたリーが言う。
「あれをやったのは、あんたらの軍じゃあない。それに、余計な口を聞くな。私が喋ろと言うまでな」
ストロフはそのようにリーに向かって、指を突きつけて言い放つ。彼らは、何かの攻撃を受けた後の、国家安全保安局の建物の中へと連れていかれた。
リー、アリエル、そしてタカフミの三人は、ストロフと言う名の捜査官に連れられ、ある部屋の中に連れ込まれた。
その部屋と言うのは、何かの小会議室であるらしく、手錠をかけられた者達が連れ込まれるような部屋とは思えない。彼らは部屋に入るなり手錠を外されたが、不動の姿勢で立つ兵士達が、部屋の入り口を固めた。
そして部屋に連れ込まれ、10分ほどが経過する。
「これから、私達は、一体どうなるんですか?」
アリエルは心配そうな声を発するのだった。彼女は窓際に立ち、《ボルベルブイリ》の街並みを眺めているが、その姿は不安そうだった。
「私達の待遇は、テロリストとしての対応じゃあない。この国の国安保局の人間としても、『WNUA』側の人間として、下手に手荒な真似はしたくないんだろう」
リーはそのように答えた。あくまで彼は冷静な口調で分析しているかのようだ。
「じゃあ、何故、私達はこうして捕らえられているんです?」
アリエルがリーに聞き返す。
「俺達が組織の人間だって言う事を知っているからだろう。そして、あの捜査官も、俺達の組織の存在については、薄々気づいているはずだ」
タカフミはそのようにリーの変わりに言うのだった。
「私は、こんな事をしている場合じゃないんですよ」
するとアリエルは、若干苛立ったかのような声で言う。
「私は、つい数日前から、今まであった事もなかった父に狙われていて、しかも幼馴染だと思っていた女の子が実は私の異母姉妹で、さらにはテロリストだったんです。そして、養母はどうなったかも分かりやしない。
私は育ての母に会いたい。それに、戦争とか、テロとかは無縁の世界で、元通りに暮らしたい。それだけなんです」
アリエルの訴えるかのような声が響き渡る。するとリーは座っていた椅子から立ち上がり、彼女の肩を両手で叩いて言った。アリエルの着ているライダースジャケットは数日間もずっと着て、しかも死地を何度も乗り越えてきたため、かなり薄汚れている。その光沢も色あせていた。
「大丈夫だ。君の養母は生きている。この《ボルベルブイリ》の病院にいる。そして、ベロボグからは君を何としてでも守る」
リーははっきりとした口調でアリエルにそう言った。アリエルは、リーのあたかもサイボーグであるかのような顔に、少し人間味が現れているのを見てとった。
それは、本気の意志、信念が無ければ出せないような表情だ。
リーと同じく椅子に座っていたタカフミも立ち上がって、アリエルの元へと近づいてくる。
「アリエル、安心してくれ。我々の組織の支援をしている議員は、この国の国防省と通じている。国安保局のさっきの捜査官に言えば、俺が議員と話をする。そして君は無事に保護される。お母さんともすぐに会えるさ」
タカフミはアリエルを安心させるかのような声でそう言った。この男には、どことなく人を安心させるかのような口調と表情がある。そして言葉にもどことなく説得力と言うものを感じる事が出来た。
アリエルは彼らの説得で安心しようとしたが、まだ心の芯にあるような不安感をぬぐい去る事ができない。
彼らの行動力や、影響力はもとより、そもそも安心しきってよいものかと不安にさせられる。
と、リーとタカフミの説得が終わった所で、部屋の扉が荒々しく開け放たれた。そこに現れたのはストロフだった。
「お前達は一体、何者だ!ただ者じゃあないだろう?」
ストロフはそう言ってくるなり、いきなり部屋の中にいた三人に向かって言い放った。
「突然何を言い出すんだ?訳が分からないぜ」
タカフミはそんなストロフに対して、何も知らないという風を装って言い放つ。
「俺はお前達を釈放するように上から言われた。しかも、この国の国防省直々の命令でだ。お前達が何者なのかを名乗ってほしいものだな!」
ストロフはそう言ったが、あたかも部屋から出さないかのごとく、その場に立ち塞がっている。
「君が命令に従う人間ならば、余計な質問はしないはずだが?」
そのようにリーが冷静に言った。
「分からんな?お前ら二人と、何故か、アリエル・アルンツェン。君をも釈放するように言われている。これは一体、どういう事だ?しかも追加の命令によれば、国会議事堂まで保護して連れてくるようにだと?」
ストロフはあくまで納得がいかないと言った様子で言い放つ。
「それって、一体どういう事なんですか?」
アリエルはタレス語ではなくジュール語で言った。ストロフは彼女の方を見て答えた。
「あんた達を保護して国会議事堂まで連れて行き、しかもサンデンスキー上院議員と会わせろとの命令が出ている」
「それって」
アリエルがそう言いかけた時、
「じゃあ、その命令通りにして、あんたは私達に余計な口は挟まない事だな」
リーがストロフに近づいていくなりそう念を押す。
ストロフは納得がいかないという様子だったが、黙るしかなかった。上院議員の命令ともあらば、彼も黙って従うしかない。
「付いてこい。俺から言えるのはそれだけだ」
ストロフはそう言うだけだった。リーとタカフミは冷静な表情で、そしてアリエルは戸惑いつつ、ストロフ達に連れていかれるのだった。
説明 | ||
リー達から組織の目的を聞かされたアリエル。彼女らは、ベロボグらの陰謀を暴くため、《ボルベルブイリ》に向かい、ある議員との接触を求めます。 | ||
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