少女の航跡 第3章「ルナシメント」 29節「滅びの時代」
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 既にルージェラ達、フェティーネ騎士団の騎士達も、セルティオン騎士団の騎士達も大半を失っていたが、まだ戦う意志だけは残っていた。

 何者か、それさえ分からない存在によってけしかけられている怪物達は、あまりにもその数が多く、ルージェラ達、鍛え抜かれた騎士達が幾らけちらそうと、次から次へとその数を湧かせてきていた。

 都を覆う外殻から垂れ下がるものは、怪物達の卵だった。それが地上に降り注ぐ度に、内部から食い破るかのようにして怪物がその姿を現す。その怪物は騎士達に襲いかかり、街を破壊していった。

「一体、どれだけ出てくれば気が済むのよ!こいつらは!」

 ルージェラは、斧を一体の怪物の頭上に振り下ろしながらそう叫んでいた。だが、彼女が叫ぶ相手もどんどん数が減って来ている。

 まともにルージェラの活気に反応する事ができるのは、その姿を見上げるルッジェーロだけだった。

「あんたは、まだ元気があっていいな。俺はもう逃げちまおうかって、考えているくらいだぜ」

 と言いつつもルッジェーロは、迫りくる蟷螂に似た怪物の脚を切り落とした所だった。だが足を切り落とした所で、その怪物は、怒り狂ったかのような素振りを見せる。

「おお、こいつは、こいつは」

 と言いつつ、ルッジェーロは剣を構えなおしつつ、体勢を取ったが、彼は剣を持つ手が痺れ、体中が傷だらけだと言う事を知っていた。

「あんたねえ、この期に及んで逃げ出そうって言うの?あたし達の女王様をほったらかしにして?」

 ルージェラは打ち倒した昆虫の残骸から降りてくるなり、ルッジェーロに向かってそのように言い放った。その時、彼女の身につけていた甲冑の留め金が外れて、地面に音を立てて転がった。

 彼女の甲冑はそれだけ損傷していたのだ。ルージェラ自身も傷だらけだった。さっきから何度も昆虫達が振り回してくる彼ら自身の武器、鎌やら角やらを避けていたからだ。それが甲冑をかするなり、鉄板は損傷を重ねていた。

「もういらないわ。甲冑なんて!」

 そう言いながらルージェラは、胴に付けていた胴鎧を脱いでその場に捨ててしまった。

「おいおいおい、裸で戦おうっていうのか?」

 ルッジェーロは半ばあきれたかのようにルージェラにそう言った。だが、ルージェラは別に裸になった訳ではなく、その下にも活動的で、健康的な肉体を誇示するかのような服を着ていたのだが。

「ふん。こうなったら、あたしは更に本気になったって事よ!これ以上あんたらの好きにはさせな」

 ルージェラがそのように言いかけた時だった。突然、彼女の目の前の路面が、内側から何か吹き上がるかのように持ち上げられ、そこから煙が立ち上った。

「何だ!また新手か!もう御免だぞ!」

 ルッジェーロが警戒しながら剣を構える。ルージェラも同様にし、警戒を強めた。

 だが、彼女の目の前の路面は、突然内側から爆発でも起こったかのように、煙を吹いただけで、何も反応が無い。

 そこから新たな怪物でも出現するのではないかと警戒した彼女。しかし、姿を見せたのは怪物ではなかった。

 路面の石板を持ち上げて、そこから何やら細い腕が飛び出してきた。細くて小さな手をしている何者か。ルージェラは警戒しながら近づいたが、そこにいた人物の正体に気がつくと、やれやれと言った様子で、その細い手を掴み、そのまま地面の中から引きずり出すのだった。

 地面の下から姿を見せたのは、フレアーだった。

「ちょっと、あんた、ここで何をやってんのよ!」

 ルージェラは思わず彼女に向かってそのように言い放っていた。

 フレアーは埃や煤だらけになりながら、ようやくといった様子で、地面から這い上がってきた。一体、彼女はこの戦場の有様となっている街の地下で何をやっていると言うのだろう。

「子供達が、まだいるんだよ!地下に!地下に避難した大勢の人達が残っているの!あたしはそれを助けていて…」

 フレアーは煤や埃を咳き込みながらそのように言って来た。彼女の言うように、フレアーが地面下から破壊してきた路面の下からは、薄汚い姿をした子供達が次々と姿を現してくる。

「地下道にも、すでに怪物が溢れているの!もう逃げ場なんてどこにも無くって、仕方なく、ここから脱出する事に!」

 とフレアーは言ってくる。だが、ルージェラ達は彼女達を助けている余裕は無かった。彼女も、街を徘徊する巨大な怪物たちを相手にしなければならなかったのだから。

「それよりも、あんたは、ピュリアーナ女王陛下の元にいたんでしょう?彼女は?ピュリアーナ女王陛下は無事なの?」

 ルージェラがフレアーの前に堂々と立ち、そのように言い放った。

「ピュリアーナ女王陛下はご無事です」

「すでにこの街から船を使って発たれました」

 そのように次々と言葉を並べてきたのは、シレーナのデーラ、そしてポロネーゼだった。彼女達は、それぞれ、年の頃10歳ほどの少年少女達をその腕に抱えている。どうやら怪我をした子供達らしい。

 自分の見ていなかった所でも戦いが行われていた。ルージェラはそれを痛感した。最前線にいた彼女達も、街を守る者達がいてこそ戦う事ができるのだ。

「ピュリアーナ女王陛下は、何て?」

 ルージェラがそう尋ねた時、再び上空から巨大な羽音を立てながら怪物が迫って来ていた。その昆虫を巨大化させたかのような怪物は、ルージェラ達にとっては敵であり、この場にいる避難民たちにとっては、恐怖の対象となる存在だった。

 子供達が悲鳴を上げ、頭を抱え出した。

 ルージェラは斧を抜き、昆虫の襲来に構える。デーラやポロネーゼのシレーナ達も、その背に背負っていた弓矢を抜いた。

「ピュリアーナ女王陛下は、私達に何と命令したの!」

 そのような状況下にありながらも、ルージェラは声を張り上げてフレアーに尋ねた。怪物の羽音がうるさいくらいで、ルージェラの発している言葉が、上手くフレアー達に伝わっていない。

「今すぐに、全ての民をこの街から脱出させるようにって!」

 フレアーは声を精一杯上げてそう言い放った。

「そう!分かったわ!こいつらを蹴散らしてさっさと街の外に待避するわよ!」

 ルージェラはそう答え、来る怪物の襲来に備えた。だが、上空から迫る巨大な怪物は1体どころではなく数体が群れを成し、迫って来ている。

「おおい、数が多すぎるぜ!」

 ルッジェーロを初めとする騎士達も身構えた。ここにはまだ多くの騎士達が残っているが、彼らはただ戦えば良いと言う訳ではない。避難民の子供達を守りながら戦わなければならなかったのだ。

「やるしかないでしょうが!」

 ルージェラはまだ闘志を残しており、そのように言い放つ。だが彼女自身も、自分の持つ斧でどれだけ戦えるか、限界が見えている事は誰にも言いたくは無かった。

 だが、迫りくる怪物の1体が、突然怯んだ。それだけではなく、次々と何か、巨大な怪物の肉体に比べれば小さなものだが、何かが怪物達に降り注いでいき、怪物達の群れはそれに大きく怯む。

 降り注いでいたのは矢だった。巨大な怪物に比べれば小さな矢でしかないかもしれないが、それは確実に怪物達の体勢を崩していた。

「セシリア様!」

 そのように甲高い叫び声を上げたのは、シレーナのデーラだった。彼女は自分達の真上の上空を見上げ、そのように言い放っていた。

 ルージェラ達の真上に、多くの翼をはためかせたシレーナ達がいる。彼女らは弓矢を構えてそれに次々と矢をつがえ、怪物達に向かって放っていた。

 セシリアと、デーラが叫んだのは、そのシレーナ達の軍を指揮している、白い翼を持つシレーナだった。彼女は白銀の甲冑を纏っており、自らも弓矢をつがえ、それを怪物達の群れに向かって放っている。

「わたし達がいることを忘れて貰っちゃ困るわ、ルージェラ・アパッショナート将軍! わたし達がこの怪物達を惹きつけておくから、あんた達は子供達の難民を逃がしなさい!」

 セシリアは上空にいながらそのように言い放った。彼女は、そのまま急降下すると、シレーナが得意とする弓ではなく剣を引き抜いて、それを地上にいる巨大な怪物の頭部へと突き刺した。

 頭上を突き刺された怪物は、奇声を上げながらその場に崩れる。

 そしてセシリアは怪物の頭部から剣を引き抜くと、堂々とした姿をその場にいた者達に見せつけた。

 その場にいる騎士や兵士、避難民や子供達、シレーナからも歓声が上がった。

「さすがセシリア様だ!」

「格好いい!美しい!憧れてしまいます!」

 デーラは子供達を庇いつつもそのように言うのだった。

 そのように周りから言われるセシリアの顔には微笑さえ浮かんでいる。このような死地にありながらも、彼女はどうやらまだ余裕を見せているかのようだ。

「空は、我ら、シレーナの独壇場。怪物共ごときに好きにはさせないわ!」

 セシリアがそう言うと、空を飛ぶシレーナ達から、さらに弓矢による追撃が怪物に向かって与えられた。セシリア自身も上空の怪物に向かって、弓矢の一撃を与える。

 再び何体かの怪物が上空で撃ち落とされ、地面へと落ちてきた。

「あんた達ねぇ。それだけやる気があるんだったら、さっさと、あたし達、地上にいる者達の援護に回って欲しかったわ。こっちは、どれだけ苦労しているって言うのよ」

 ルージェラは自分も余裕を見せたふりをしながら、セシリアに向かってそう言った。

「あら、こう見えても、アパッショナート将軍。こちらのシレーナ部隊もひどく苦労したものですよ。何しろ100は超える怪物共を、弓矢で撃ち落としていたのですからね。上空から避難民を誘導し、都のこちら側にまで回りこんでくる。これは、大作業とも言えるものでしたわ」

 セシリアはルージェラの方を振り向きつつそう言って来た。

「セシリア様!上空から新たな怪物が!」

 上空の方にいるセシリアの部隊のシレーナが彼女にそう言って来た。

 都を球殻のように覆っているその内部からは、更に雨雫であるかのように紫色の物体がこぼれおち、それは中空で、内部から破られ、中からは飛行する事ができる形状の怪物が姿を現す。

 その怪物は誕生したばかりであるというのに、すでに意志を持ち、シレーナの部隊に向かって襲いかかってきた。

 突進してきた怪物に、何人かのシレーナが跳ね飛ばされた。それでも彼女達の部隊は、上空から急降下してきた怪物に弓矢を放つ。怪物の体は、そのまま地上の建物の中へと飛び込んで、激しい地響きとともに粉砕した。

 更に、10は超える怪物が、しずくの中から誕生し、上空のシレーナ達に襲いかかってくる。

「おのれ!」

 セシリアはいてもたってもいられずにか、その場から飛び上がり、弓矢を更に放った。しかしそんなセシリアの鳥の姿をしている脚を、いきなりルッジェーロが掴んだ。

「な、何をするのよ!」

 セシリアは慌てふためきそう言ったが、ルッジェーロの顔は真剣だった。

「行くな!部隊を撤退させろ、セシリア将軍。この怪物共は一見、やたらに作りだされているように見えているが、実は計算されている。あんた達が現れてから、上空を飛ぶ事ができる怪物が途端に増えた。

 つまり、シレーナの部隊に対応した怪物が生成されるように、すでに計算されているのだ」

「馬鹿な!そんな事が!」

 そうセシリアが言った時、上空からシレーナの1人が墜落してきた。彼女はルージェラのすぐ側にその体をしたたかに打って、ぴくりとも動かなくなってしまった。

「ちょっと、あんた」

 ルージェラが彼女の体を起こす。

「セシリア様。駄目です。もう防ぎきれません。攻撃が激しすぎます」

 彼女はそのように力無く呟いた。

 負傷したシレーナを見下ろし、セシリアは迷いの表情を見せた。

「だが、撤退してしまったら、一体、誰が、この都を救うと言うの!」

 セシリアが余裕を見せていた表情を崩し、ルッジェーロの方に向かって言い放つ。しかし答えたのは、倒れたシレーナを介抱しているルージェラの方だった。

「セシリア。何もここで死ぬ事は無いわ。私達は民も、子供達も抱えている。それに、まだ希望は残されている」

「希望?一体、何の事を言っているのよ」

 セシリアがそう言うと、ルージェラは持っている斧を《シレーナ・フォート》の王宮の方に向けるなり堂々たる声で言った。

「まだ、カテリーナが何かをしようとしている。カテリーナは、自分の使命というものを果たすため、あの王宮の方へと向かった。その使命というものは、この都を救う使命なのだと思っているわ。

 きっとカテリーナはこの危機からあたし達を救ってくれるのよ!」

 ルージェラはそう言ったのだが、セシリアはため息をつくなり、呆れた声で言うのだった。

「何それ?あの子が王宮の方に単独で向かったからって、一体、何ができるって言うの?使命って何?あなた何も知れないの?それで、よくそんな事ができるわね。まるで、あのカテリーナ・フォルトゥーナが、救国の聖女であるかのような事を言うのね」

 と、セシリアはルージェラの事を小馬鹿にしたかのような声で言ったが、ルージェラは本気だった。

「いいえ、あたしはそう信じている」

 ルージェラがそのように答えた時だった。突然、どこからともなく、まるで間の抜けたかのような声がその場に響き渡ってきた。

「助けてぇくれぇ〜!」

 あまりにも間の抜けているかのような声に、ルージェラ達は拍子抜けしたような気分になったが、建物の陰から、まるで何かに追われるかのようにして、数人の民が姿を見せてきた。

「あ、あんた達、騎士か。俺達を助けてくれ。俺達は何もしていないんだ。ただ、女王の命令に反対だっただけで、こんな事になるとは!」

 数人の民の中の一人の男はそのように声を上げていた。まるでそれは命乞いをするかのような声だった。

 ルージェラにすがりついてきて、彼女は自分にすがりついてくるその男に対して、嫌悪にも似た表情をして見せる。

「誰よ、あんた。これから、避難しようとしている所よ」

「連れて行ってくれ、連れて行ってくれ、頼む。もうこんな都は嫌だ!」

 ルージェラの言葉を遮るかのように、その男は声を上げて言って来る。

 その時、子供達を率いてきたフレアーが、何かに気が付いたように男の方を指差して声を上げた。

「あーっ。あなた。王宮に向かって、デモ行進を率いていた奴でしょ」

 フレアーがそう叫んで彼を指差すものだから、一斉に皆の視線は、その男の方へと向けられた。

 その男は、この《シレーナ・フォート》の民の者達と変わらぬ服装をしていたが、どうやらデモ隊の一員らしい。ピュリアーナ女王の政策に反対をし、年中そこらでデモを行っている連中だ。

 だが今、彼らは怪物達に襲われているらしく、デモどころか、ピュリアーナ女王の配下にいる騎士達に助けを求める事しかできない。

「あ、あんたは」

 デモ隊の男は、フレアーの顔を見上げて驚いたように言った。

「分かった。これが、現実って奴よ。あたし達は、あなた達を助けないって事もできる。でも、そんな事をしたら、あなた達は、この場で死ぬわね」

 このような死地にいながら、今度はフレアーが悠々とした口調でそのようにデモ隊の男に言った。すると、その男は血相を変えたかのようにフレアーにすがりつき、その体を揺さぶるほどだった。

「お願いだ!そんな事をしないでくれ!俺達も助けてくれ!」

 まるで命乞いをするかのような男達の声だった。ルージェラは、やれやれと呆れた様子でその場にいる者達に言い放つ。

「これからこの場にいる全員を都の外に脱出させるわ!私の命令には従いなさいよ!この中で、一番偉いんだからね!全く。子供達の方がよほど扱いやすいくらいよ」

 そう言うなり、ルージェラは斧を振りかざし、その場にいる者達を先導し始めた。

「シルア、怪物達がやって来ていない方向が分かる?その道を通って、皆を先導するから」

 フレアーはそのように足元にいるシルアに尋ねた。シルアは、少し周囲を見回した後、フレアーに向かって答えるのだった。

 猫の姿をした彼は、その前足を、前方に開けている道の一つに向かって突き出して言うのだった。

「この道からは、怪物の気配は少なく感じられますな。多くの人々を逃がすのであったら、ここからが得策でしょう」

 シルアのその言葉に皆は従った。彼らは今、滅び落ちようとしている都を棄て、街を脱出しようとしていた。

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 ロベルトを除いた、カイロス、ハデスの2人は、既に《シレーナ・フォート》の都を離れていた。

 カイロスは早々にどこかへと消えてしまい、ハデスも彼の後を追う気は無かった。どうせ元々一匹狼な奴だったし、もはやこの状況では彼にとってもどうする事も出来まい。ハデスは彼を追う気は無かったし、好きにさせてやる方が扱いが楽な奴だった。

 だが、今、彼の背後から追いかけてくる者の扱いに関しては、ハデスも正直うんざりしていた。

「おい、待て!おれを置いていくつもりか!」

 そうディオクレアヌは言葉を発していた。ハデスは彼に構うつもりは無かった。

 あの地獄の世界と化した都から出してやったと言うだけでも、かなりの慈悲をかけてやったというものを。彼は、あのまま民衆の面前で国家反逆の罪で処刑される事もなく、このままのうのうと逃げおおせる事ができる。

 だと言うのに、彼はハデスの跡をしつこつ追いかけてきた。

「待て!貴様ら、散々おれを利用しておいて、見捨てる気か!」

 ディオクレアヌは乱暴にハデスの肩に掴みかかると、そう言い放ってきた。

「見捨てるだと?何様のつもりだと言いたいのは私の方だな。貴様を牢獄から救ってやったのは誰だと思っている?」

 ディオクレアヌはそんなハデスの言葉などどうでも良いといった様子で更に言って来た。

「おれは、ここまでなのか?貴様はおれを国王にすると言っていた。永遠の王国を築きあげるための、王にすると言っていた。なのに、この扱いは何だ?」

 ディオクレアヌが更にそう言ってくるので、ハデスは呆れた素振りをして言った。

「ああ、言ったとも。それでだ。実際、お前は一時的に王になる事ができただろう?くくだらん革命軍の王だろうがな。しかしだ。この世界は貴様が想像しているものよりも、遥かに巨大な歯車によって動かされている。

 その歯車の中心にいるのが我等が主だ。そして貴様はその歯車の潤滑油程度の存在でしか無い。貴様の望んでいる王だとか、王国などといったものは、簡単に握りつぶす事ができるし、我々は今までそれを何度もしてきた。

 簡単に言うとだな。お前の考えている事など、我々の崇高な目的の前では、小虫程度のものだという事だ」

 ハデスがそのように言うと、ディオクレアヌは乱暴にも拳を振り上げ、それでハデスに殴りかかって来ようとしていた。

 権力も、武器も失った男ができるのはこの程度かと、ハデスは思い、彼の振り下ろしてきた拳をひらりとかわしてしまった。

 ディオクレアヌはその体重のまま草原の地面に転がり、激しく悪態をついた。

「ふ、ふざけるな!おれはこんな事では終わらない!」

 だがハデスはそんな彼を軽蔑の眼で見下ろして言った。

「そうか。では、そこで見届けろ。この世界がどのような理でできているのかをな。そして、生き残って見せろ」

 そう言うなりハデスは自分の体を、空間に開いた影のようなものの中へと入りこませた。それは他の者では入ってくることのできない、空間の隙き間だった。

「どこへ行くんだ?おれも連れて行け!」

 というディオクレアヌの声が聞こえたが、ハデスは彼をこれ以上連れて行く気は無かった。

 これから滅びの時代が始まるにせよ、どうせ生き残れなかった者は、その先の時代に生きる価値は無い。

 ディオクレアヌはそれに生き残る事ができるだろうか。いや、無理だろう。

 

説明
陥落する《シレーナ・フォート》。そこからピュリアーナ女王やルージェラ達も脱出をしようと図るのですが―。
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