少女の航跡 第3章「ルナシメント」 30節「トールとゼウス」 |
カテリーナ・フォルトゥーナは塔の階段を1段1段踏みしめ、その頂上を目指していた。地上から繋がっている螺旋階段は、塔の外周を幾度も円を描きながら上へと伸びており、上を見ても下を見ても、灯りも無い塔の内部では何も見えず、自分は永遠の闇の中に飲まれているのではないかと錯覚する。
このような塔が、自分がよく知る《シレーナ・フォート》の地下に隠されていたとは。彼女はそれを知る由も無かった。
だがこの塔こそが、この《シレーナ・フォート》を覆う巨大な球殻の元凶である事を、カテリーナはすでに理解していた。
自分は塔から発せられている異様な気配の真っただ中にいる。それは邪悪なものでもなければ、清らかなものでもない。巨大な圧力を持ち、全てのものを踏み拉くかのような、圧倒的な存在のものだ。それが、塔自体から発せられている。
カテリーナはその存在に気押しされる事も、圧倒される事も無かったが、気配だけははっきりと感じていた。
そして彼女はこの気配を何者が発し、この塔を通じて増幅させているかを理解していた。
自分の果たす使命というものも、だんだんと理解できて来ている。この塔の頂上にそれはある。
ルージェラ達、そしてブラダマンテ達は、まだこの都の中にいるのだろうか。彼女や民がまだ都にいれば、予期せぬ巻き添えを与えてしまうかもしれない。カテリーナにとって、それだけは避けたい事だった。
できれば、巻き添えを一切出す事が無い地で、あの存在と対峙しなければならない。この都ですでに起こっている事、それ以上の悲劇は出したくない。
これは、自分自身の使命なのだから。
カテリーナは長い時間をかけて螺旋階段を登り切ったように思えた。数時間もかけたかのように思えたが、実際は数分程度の時間しか経っていないだろう。
彼女は頂上に着いた。
塔の頂上から見える光景は、本当にここが《シレーナ・フォート》の都なのかと疑いたくなるような有様だった。
《シレーナ・フォート》の都自体の変化は、カテリーナも既に目の当たりにしてきたが、この場で見える光景は、何もかもが明らかに異なっていた。
異形の姿と化した都はさながら人間の想像上の世界で描かれる地獄であるかのようであり、しかもその光景さえも凌駕するほどの光景だ。
黒い球殻に包まれた都のあり様が、この場からははっきりと見て取ることができる。あまりにも巨大な球殻は、この都を巨大な口の中に収めてしまったかのようだ。
そしてその中心の塔に今、カテリーナはいる。
カテリーナは《シレーナ・フォート》の有様を一瞥した後、その塔の中心にいる存在に目を向けた。
「よくぞ戻ってきた、カテリーナ。お前を待っていた」
この都中に響き渡るような声を発した存在。カテリーナがその眼で見るのはまだ二度目でしかないが、はっきりとその存在は覚えていた。
その存在はカテリーナに対して背を向け、何やら塔の頂上に設置された祭壇のような場所で、黒い球体に手を乗せていた。黒い球体は、この都を覆っている球殻と似ているかのようにも見えたが大きさが小さい。
その存在は金属で出来たような翼を有している、人の大きさから見れば巨人とも取れる者だった。その体色は黒く、体全体が機械仕掛けであるかのようにさえ見えるが、人から翼を生やしたような姿をしているのは確かだ。
「貴様がここに来いと言っていた。そして、私は貴様を止めにここに戻ってきた」
カテリーナは攻撃的にそのように言い放ち、剣を抜き身のまま持って彼へと近づく。
今にも彼に対して斬りかかっていても不思議では無かっただろう。カテリーナはそれほどの衝動に襲われていた。
だがそんなカテリーナとの間に一人の少女が現れて、彼女を制止した。
「まあ、そんなにお怒りにならないで、銀色の乙女。あなたをお待ちしておりました。まずは落ち着いて、お父様のお話をお聞きになって」
カテリーナの知らない少女だった。年の頃は10歳くらいでしかない。しかもこの少女は、今、カテリーナに背を向けている存在の事を、お父様等と言っている。一体どのような事なのか。
この似ても似つかない少女と巨大な存在が親子だと言うのか。
カテリーナは目の前にいる、真っ白な装束と、雪のように白い髪を足下まで垂らしている少女を前にして、この少女も只者では無い事を悟った。
まるでこちらを油断させるかのような容姿をしていながら、その瞳は無垢な姿をしている。そしてカテリーナの心を射抜いているかのようだ。
「私は、お前に話をしに来たんじゃあない。そこにいるゼウスに、今している事を止めさせるためにここに来た」
カテリーナは目の前の少女に対してそのように言い放つ。だがカテリーナのその言葉に、少女は恐れる事も怯える事もせず、ただじっとカテリーナの方を見つめてくる。
そして甲冑の胸の上に手を置いてきた。とても繊細な手をしている。白さが不気味なほどで、それはエルフの肌の白さなどというものではない。まるで透き通るガラスであるかのようだった。
「いくら硬き鉄で身を編まれても、わたしはあなたの心を抑える事ができますわ。無駄な抵抗はしない方がよろしくて?」
カテリーナはその少女の眼をじっと見下ろした。彼女はとても不思議な眼をしている。金色の瞳が、まるでカテリーナの心の全てを見通しているかのようにさえ見えた。
目線を合わせるだけでも、まるで精気を吸われているかのようにも感じられる。だがカテリーナは彼女を見下ろしながら、一言答えた。
「分かったが、何を言われようと、貴様たちを止めようと言う私の意志は変わらない」
カテリーナがそのように答えると、少女は微笑しながらそのまま引き下がった。
カテリーナが祭壇のような場所にいる存在と開けている距離は、足で10歩ほど。十分離れた距離だった。その存在は振り返り、カテリーナを見下ろしてくる。
その存在は巨人なのか、それともそれ以上の存在なのか。カテリーナは今だにそれを実感としては掴めていない。だが、彼ら自身が名乗っている存在の名前は知っていた。
「紹介が遅れた。そこにいるのは、私の娘のガイア。前にも名乗ったと思うが、この私が、改めて名乗らせてもらうが、アンジェロの長を務めるゼウスだ。そして私達はこの世界を監視し、管理してもいる」
ゼウスと名乗った男はそう言い、まるでその体をカテリーナに見せつけるかのように立っていた。
堂々たる姿だ。だが、そこには一片の隙もなく、カテリーナは10歩離れた間合いから一気に間合いを詰める気にもなれなかった。
「よく、我が呼びかけに答えてくれた」
ゼウスはそのようにカテリーナに言って来た。だが、カテリーナは、ゼウスの言葉に反発するかのように彼へと言い放った。
「ここへとやってきたのは私の意志だ。お前の呼びかけに応えたのではなく、お前を止めるためにここに来たのだ!」
カテリーナはそう言い放ち、剣をゼウスの方へと向けた。だがゼウスはと言うと、その顔を少しも歪めずにカテリーナに向かって言って来た。
その声は巨大な雷のように降り注いで来た。
「違う。お前は勘違いをしている。いや、お前が勘違いをしているという事自体が、我等の目的なのだから、それはそれで良いのだがな。
お前は私を止めるためにここに来たと言っていたが、それは違う。お前は私を止めるためと思いこみ、本来は我等の手中にある。導かれるべくしてこの地に導かれた事を、お前自身認識していないだけだ」
そのゼウスの言葉を、カテリーナは理解するのに戸惑った。この男は、一体何を言っている。
「一体、お前は何を言っているのだ?」
カテリーナはそのように言い放った。するとゼウスは、彼女の前方に向かって掌を掲げた。何をするのかとカテリーナは警戒した。攻撃か。ならばこの剣で弾き返してやる。そう思って剣を構えたが、ゼウスが仕掛けてきたのは攻撃では無かった。
カテリーナの前方の空間に、何やら水が流れているかのような絵が現れた。それは川の流れのように流れ、そこに像を映し上げている。
それは動いている絵と形容できるものだった。そしてそこに現れている絵は、カテリーナ自身のものだった。
だがそれは今のカテリーナの姿では無い。もう何年も前の、顔にあどけなさが残る、騎士になりたての頃のカテリーナの姿だった。
その像の向こうで、ゼウスは言葉を発してきた。
「お前は、我々の監視の下で育ってきた。お前が誕生してからと言うもの、全てが我々の監視下にあった。それを、お前自身認識する事は無かっただろう。だが、常にお前の動向は見図られ、そして、今この場にいるときまで、お前は我々によって動かされてきた。
さらにそもそもお前が誕生した事さえ、我々が行った計画の一つなのだ」
ゼウスの発する圧倒的な言葉がカテリーナに向かって降り注ぐ。彼女は自分の目の前で誕生する、一人の赤子の姿を見ていた。その赤子の姿が自分であり、子供を抱えているのが、自分の父親である事は、カテリーナにもすぐに分かった。
自分の父親、クロノス・ティッツアーノは今と全くその姿が変わっておらず、赤子は今の自分自身の面影を残している。
カテリーナはその出来事に見入っていたが、やがて口を開いた。
「何を言っている」
ゼウスは雷を落とすかのような言葉でカテリーナに向かって言って来た。
「お前の父親、クロノス・ティッツアーノは、我々の同志の一人だ。お前の母、シェルリーナに、カテリーナ、お前を誕生させるため、わざときっかけを作り、お前と言う子をもうけたのだ。
クロノスの娘であるお前は、ただの人間では無い。それはお前もすでに自覚しているか?我々、アンジェロ族の一員なのだ。外見こそ母親の方に似ているが、潜在能力は我々アンジェロ族のものを持っている。つまり、お前は人間ではなく、我々アンジェロという神の遣いの一人なのだ」
そのゼウスの言葉を、カテリーナは頭では理解する事が出来た。しかしながら、今のカテリーナにはそれを頭で処理し、答えを発する事はできない。
自分の父親が。あの父が私を誕生させたという事自体が、目の前にいる男達の壮大な計画の一つだと言うのか。
と言う事は、自分の父は、すべての元凶の一人であり、母を騙し、自分を誕生させたと言うのか。何故、そこまでする必要があるのか。
自分を騙し、母をも騙したのが、自分の父親だったのだ。
そして目の前にいるこの男は、さらにその父親をも操っていたというのか。
カテリーナは初めて、人に裏切られたと言う気持ちに襲われた。カテリーナは女王を信用し、友人や仲間を、そして母も父も信用してきた。
だが、すでに父親は、自分の生を発生させた時から、自分を利用してきていたのだ。
カテリーナは何も答えられないでいた。恐ろしいまでの感情が自分に向かって襲いかかってくる。
それは今のカテリーナの意志では耐える事はできるものであったが、大きな衝撃と傷になったのは確かだった。
こいつは、私をこうして騙しているのではないのか。カテリーナは自分に言い聞かせる。これは全て、自分を落としいれるために、ゼウスが発している、ただのたわごとなのではないのかと。
だが、ゼウスは決定的な雷をカテリーナの上へと叩き落としてきた。
「分からないか、カテリーナよ。何故、お前が誕生させられたのか。何故、わざわざ、お前と言う存在を作り出し、利用するためにここまでの事をしているのか、それを理解しているか?薄々は感じているだろう。お前の持つ恐ろしい力。そして立場、地位。全てがそのために、我々が用意したものなのだ」
「何の事だ?」
カテリーナは剣を振り払いつつ言い放った。
実際、カテリーナはその事については、天からの授かり物、そのように教えられてきた。だから疑問に思うような事は無かったのだ。
だがゼウスは、カテリーナの信じていたそのまやかしを全て否定し、ただ一言言い放った。
「お前はこの世界を滅ぼすために生まれたのだ」
その言葉に対して、カテリーナは思ったほどの衝撃を受けなかった。
事実、カテリーナは自分が、他人にはする事ができないほどの、圧倒的な力に恐怖も少なからず抱いていたのだ。
だが、それを今までは、自分が進むべき道に、使命に利用してきただけだ。それによって、国を守る事ができ、女王陛下に認められ、騎士達を率いる事もできたのだ。
世界を滅ぼす事も、カテリーナが望めば出来たことかもしれない。
ただゼウスは、それを確たるものにした。
カテリーナの背後から、ゆっくりと、白い少女、ガイアが近づいてきた。
「あなたは恐ろしい力をお持ちですわ。それこそ、このわたくしや、お要さまに匹敵するほどの恐ろしい力。それを正しく使いこなすためには、お父様の言う通りに使えば良いのです。
それでこそ、あなたが生きてきたという証、あなたの心で燃え盛る炎を、さらに輝かせるために、なくてはならない事なのです」
ガイアがカテリーナの背後で、密やかな声で言って来た。カテリーナはガイアの方にも警戒を払うが、目の前から迫ってくる圧倒的なゼウスの気配にも挟まれ、身動きを取る事が出来ない。
この者達が発している圧倒的な気配は、カテリーナが今までに感じた事がないほど圧倒的なものだった。
ゼウスはガイアに合わせるかのようにして、さらに言葉を続けてきた。
「さあ、カテリーナよ。この都が手始めだ。この都を滅ぼす事により、この世界の浄化は始まる。お前が始めるか、否かだ。そのトールの力を使えば、お前は神にも匹敵する力を有する事になり、滅んだ後の世界の指導者になることができるだぞ。
ジュエラの末裔である、ブラダマンテ・オーランドもそれを望んでいる」
ゼウスはそう言うなり、カテリーナの横の方を指差してきた。そこには二台の寝台が置かれており、そこには二人の男女が横たわっていた。
一人はブラダマンテ、そして、もう一人はあのロベルトとかいう男だった。
二人とも意識を失っており、まるで死んでいるかのようにそこに横たわっている。あまりにも無防備な姿だ。
二人ともすでにゼウス達の術中に落ちているのか。カテリーナは思わずブラダマンテの体に近寄ろうとしたが、ゼウスの言葉がそんなカテリーナを制止した。
「サトゥルヌス、お前達の間では、ロベルトだとかと名乗っていたが、その男は、私に贖おうとしたが、失敗した。だがブラダマンテは、お前と共にこれからの時代を紡いでいくに必要な存在だ。彼女は自分では気づいていないが、ジュエラの末裔でその血を引いていると言う事に気が付いていない。
しかしこれからの時代に、ブラダマンテとカテリーナ、お前の存在は不可欠なのだ。お前達二人が我々に協力する事によって、我々の計画は成熟し、完成される」
「分からない。私が誕生させられた目的は理解したが、何故、ブラダマンテが必要なのだ?」
カテリーナは依然として、ゼウスに向かって身構えながら言い放つ。
するとゼウスは、今度はカテリーナの目の前の像に、金色の髪を持つ幼い少女の姿を映し出す。その少女はおそらく彼女の両親であろう人物に、優しく育てられていた。
その金色の髪の少女がブラダマンテである事は、カテリーナにはすぐに分かった。
「そのブラダマンテ・オーランドは、ジュエラという種族の末裔でな。それはその者自身も知らない。ジュエラは本来、この大陸のもっと奥地に住み、人間との関係を絶った者たちなのだが、何百年も前に一部がこの地に降りてきて、人間と交わるようになった。
ブラダマンテは大分、ジュエラの血が薄くなってきてはいるが、まだ、十分にその力を発揮できる。カテリーナよ。お前が持つ力と同じように、ブラダマンテが持つジュエラの力も人間の想像する事ができないほど圧倒的なものだ。その潜在能力を発揮すれば、お前と共に、お前自身が滅ぼした世界の後の世界を担っていくにたるだけの存在になる事ができるのだ。
そう、お前は英雄になる事ができる。滅びた後の世界で新たな、そしてより洗練され、我々が望む文明を作り上げる事ができる」
ゼウスはそう言うなり、カテリーナに向かってその指先を向けてきた。そのしぐさだけでカテリーナは衝撃波にも似た衝撃を感じたが、何とか持ちこたえる。
まだ、この存在に圧倒されるわけにはいかない。
「貴様らが望むのは何だ?わざわざこの世界を滅ぼす理由は何故だ?」
カテリーナは言い放つ。
「神が望むのは、より洗練された世界だ。戦争、勢力、国家、王族。そのようなものを乗り越えた、さらなる世界を我々は望んでいる。
小さな基準で言うならば、その時代の王を民が望まなければ革命が起こり、王を処刑してでも、新たな王を作り出し、新たな国を生み出すだろう?それと同じ事だ。だが、我々は自ら王になるつもりはない。王は、お前のような意図的に誕生させた存在にやらせる事になっている」
「身勝手な話だ。少なくともこの西域大陸はそんなに堕落していない」
しかしゼウスは言い放った。
「それはお前達、人間の基準で見ているからだ。お前が生まれた国も、20年前に戦争をしたばかりだろう?そして、隣国から資源を搾取している。だからこの国はお前が思っているように、堕落していないだけだ。
そして我々は決めている。3400年だ。3400年以内に、この文明が我々が望む基準を満たさなければ、この計画を実行する事に決めている。
知っているか、カテリーナよ。どのような歴史家が過去を遡ろうとも、この文明には3400年前の歴史が存在していないと言う事を。それは、我々が跡形も残らぬほどに、3400年前に滅ぼしたからだ。そして唯一この塔のみを残した。
この塔は、3400年周期でこの私の力を最大限に発揮してくれる。お前達はまだ知らぬが、重力と言う物体を構成する力を自在に操作する事により、どのような物体であろうと、内側から粉々に破壊する事が出来てしまうのだ。
この世界の大地は残せる。しかし、人間や生命のほぼ全てを消失させる事ができる。今はその手始めに過ぎんが、カテリーナよ、お前は選ばれたのだ。その後の世界を1000年以上の時をかけて復興させる。歴史には英雄として名が残り、望めば、誰にも逆らう事ができぬほどの力を持った、神になる事もできるのだぞ」
ゼウスの声は周囲に響き、カテリーナが足にしている塔さえも揺るがすほどのものだった。だがカテリーナは臆することなくその地に足を付けている。
耳にゼウスの言葉が響き渡り、頭から体の芯まで響かされているかのようだ。それは音と言う名の手で、彼女の心を鷲掴みにして来る。
彼女はその手を振り払い言い放った。
「私は、そんな事など興味は無い!全てはこの国を、そして民を、全ての者達を守るためだ!
貴様らに生まれさせた、そして、この世界を私が滅ぼす存在であっても構わない!だが、今、私がここに来た理由は一つ。お前達を止める為だ。お前達の言いなりにはならない!」
カテリーナはゼウスに向かって大剣を構え、刃の先を向けた。今は刃の先も揺るぐ事は無い。しかとゼウスの体を定めている。
「まこと、物騒な乙女ですわ。前の者達、特にこの文明を創造させた、白き翼の乙女は、もっとわたし達に友好的で、お父様に歯向かう事などしなかったというのに」
「白き翼の乙女」
カテリーナは背後から言って来た白い少女の方をちらりと振り向き、思わず呟いていた。ガイアが言って来た言葉は、カテリーナにも聞き覚えがあったからだ。
「聞き覚えがあるだろう、カテリーナよ。今、この世界でシレーナと呼ばれている種族を統率している女王は、必ず白い翼を持つ。その血を引いている者こそ、この文明の設立者となったのだ」
ゼウスは、今度はカテリーナの前にまた別の像を流してくる。
そこに映っているのは、今度はシレーナ達だった。しかもそれはカテリーナが知っている現代のシレーナではない。身に纏う装束も、彼女達か暮らしている世界も、全て古式のものであった。
「ピュリアーナ女王が、その末裔だと?あのお方の祖先が、私と同じようにお前達が作り出した存在であり、文明の創設者となった、だと。そう言いたいのか」
カテリーナは再び剣を下ろし、そう言った。
彼女の前で、川のように流れていた像がぷっつりと切れ、その向こうにゼウスの姿がはっきりと見えるようになる。
彼はその鉱物で作られたような顔をカテリーナの方に向けたまま、更に先の言葉を続けてきた。
「3400年だ。カテリーナよ。私はそれだけの期間、人間や、それ以外の存在に文明を創り上げ、成熟するだけの期間を何度も与えてきた。今度はその役割をお前が果たすのだ。
なぜならば、それこそ進化と言うものだからだ。滅びなくして進化する事はあり得ない。お前が創り出す文明は、今、ここにあるものよりも遥かに洗練されたものとなるだろう。そしてそれは、新たな3400年に引き継がれる事になるのだ」
ゼウスの声は、神が発した言葉のように、この場にあるもの全てに響き渡り、反響した。大地さえも震えているのをカテリーナは感じる。
だが、彼女は臆せずに彼に向かって言い放った。
「私は、この文明を滅ぼす事などできない。この文明にはまだ守るべき者達がいる。それなのに、この文明を滅ぼすだと?お前は、自分をまるで神か何かであるかのように言っているが、それは本当なのか?」
カテリーナは、ゼウスの方に向かって、一歩足を踏み出した。剣を構え、絶大な存在を感じる彼の方に向かって、一歩、歩みを進める。
彼女がそのように言っても、背後でゼウスの娘であるという存在、ガイアはせせら笑っている。ゼウスは表情を変えず、ただその無機質な表情をカテリーナへと向けている。カテリーナは、まるで嵐の中へと飛び込んで行くかのような感覚を味わっていた。
その嵐は、目に見えたものではないが、感覚としてははっきりとして感じる事ができるものだった。
嵐は強大な力が渦巻き、それはどのような嵐よりも激しい突風となってカテリーナへと襲いかかってくる。だが彼女は臆せずそれに立ち向かった。
やがてゼウスとの距離がほんの3歩程度にまで縮まった時、カテリーナは大剣を正面に構え、彼と対峙する。
迷いは無かった。カテリーナはこの強大な存在と戦うつもりでいた。戦う力も自信も、刺客もある。そして、この存在を止める事ができるのは自分だけだ。
「神に贖うつもりか?カテリーナよ。お前が今持つその強大な力を与えてやったのは、この我らなのだぞ」
ゼウスは、再度カテリーナに向かって問いかけてくる。彼が言葉を発するたび、新たに嵐が起こっているかのようだったが、カテリーナはそれに向かって立ち向かう。
彼女自身の体も光り、雷光のようなものが体から発せられていた。
「もういい!お前達の目的は全て分かった!そして、私が自分が何者であるかと言う事も分かった。だが、それはもう全て構わない!お前がいかなることを私に言おうと、私がこれからやる事は変わらない。私はお前を止めて見せる。それだけだ。
私はお前達に作られた存在であるのかもしれない。だが、そんな事はもはやどうでもいい!私はこの都を救い、世界を救って見せる!」
カテリーナから雷光のようなものが発せられ、その迫力は、目の前にいる存在、ゼウスの醸し出す迫力と激突した。激突した衝撃によって閃光が輝いたが、その場にいた者達は一向に怯まなかった。
ゼウスはそこで立ち上がり、カテリーナにその巨人のような体格を見せつけながら、言い放った。
「いいや、分かっていないな、カテリーナ。お前には私を止める事はできん。今まで我らが創造して来た者達は、一人残らず、私にひれ伏すしかなかった。お前とて同様だ。
そもそも、お前を創造したのは我らだ。この我を超える力を持つ事などありえん。それは他の何者でも無い、決定的な事実として存在しているのだ!」
ゼウスの迫力はカテリーナを圧倒しようとしたが、カテリーナも負けてはいない。剣を構え、ゼウスと対峙する。
「ならば、試してみるか?」
カテリーナはそう言い放ち、ゼウスに向かって剣を振り下ろした。稲妻が彼女を包みこみ、青白い稲妻の閃光が周囲を照らし上げる。
カテリーナの振り下ろした巨大な刃は、ゼウスの腕によって阻まれた。ゼウスの腕は、まるで金属が織りなす骨格であるかのようにできており、カテリーナの、ガルガトンにさえ通用した刃を防ぐ。
しかもゼウスは全くその体を微動だにせず、カテリーナの剣を抑え込んでしまった。
「仕方あるまい。この娘には、体で理解させるしかないようだな。ガイアよ、そこで横たわっている者達と共に離れていなさい」
ゼウスはそう言った。
「はい、お父様」
目の前で強大な迫力同士が激突しているのにも構わず、ガイアはそのように言って、二人の元から距離を取った。
直後、カテリーナとゼウスの間で激しい閃光が放たれ、辺りに白い光と轟雷のような雷鳴をふりまいた。
説明 | ||
ついにゼウスの目の前までやって来たカテリーナ。彼女は最後の最後までゼウスから味方にならないかと勧誘されるものの、カテリーナはそれを頑なに否定するのでした。 | ||
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