【改訂版】真・恋姫無双 霞√ 俺の智=ウチの矛 二章:話の五
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 /一刀

 

 

 「高、参りました」

 「遅刻だ」

 

 俺を表す文字は姓しかない。

 故に高。高家の生まれでそれ以上でもそれ以下でもない証。

 そして俺にとっての忌まわしい過去の一幕の証拠でもある。

 

 それを名乗れば、板戸越しに聞こえる声。

 俺の上司だ。この時代にしちゃ出来過ぎた管理体制と規律で、急速に勢力を伸ばした新興黒社会。

 そして俺は、そこに雇われた鉄砲玉の一つ。

 

 「申し訳、ございません……」

 「まあいい。それよりもだ。お別れは済んだのか?」

 

 思わず、汚い言葉が口から飛び出そうになる。

 だれの所為だ。お前の所為で俺は。

 

 それを無理やり飲み込み、従順な台詞を捻りだす。

 

 「はい、滞りなく」

 「良し。では行け。手続きは済んでいる。お前は今冬季新規採用枠で採用された補佐官の高北郷だ。

  并州牧張越様の直属補佐官丁苞様の補佐官だ。姓は高、名は順、字は北郷。間違いないな?」

 

 ……驚いた。まさか名前まで作られているとは。

 字と名は親から貰ってなかったから今までなかったんだけど。

 まぁ、この名前の為に何処かの高さんが消えたんだろうか、それとも既にパイプがあるのか。

 ……どちらともだろう。

 上司は確実に石橋をたたいて渡るタイプだし。 

 

 「はい、私は高北郷。并州牧張越様の直属補佐官丁苞様の補佐を務めさせて頂いております」

 「良し。期限は」

 「これより二月(ふたつき)までの間に」

 「良し。行け」

 「御意」

 

 薄汚れた一寸先さえ見えない道と、華やかな約束された将来の道。

 ここが分かれ道。

 

 さよなら、霞。

 

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 配属先に、真新しい文官服を着こんでゆく。

 正規の衣装だから、だれも咎めもしない。俺はどこからどうみても新規採用された文官だろう。 

 

 「失礼します」 

 「おや、来たかね。ふむ、キミが新しい補佐の人かね?」

 「はいっ! 高北郷と言います! よろしくお願いします」

 

 出迎えたのは如何にもな好々爺といった風貌の男性文官だった。

 彼が丁苞か……。

 

 「ほっほ、若いのはいいのう、元気があり余っとるなぁ」

 「いえいえ、自分の様な若輩では丁苞様には敵いません。四十と数年にわたって現役でいらっしゃる貴方様にはとてもとても」

 「おや、そこまで知られて居るとは」 

 「自分の目標は貴方様のような立派な文官になることなんです! 

  自分の心の師とも言える貴方様の元へ配属されたことをとてもうれしく思ってます」

 「おやおや、それは嬉しいのう。いっちょ期待にこたえられる様頑張ってみるかの」

  

 性格は自尊心が高く、頑固。

 また融通が効かないが、忠誠心は折り紙つき。なんと霞の父の教育係をやっていたらしい。

 州牧の教育係に付けられる、それがこの男の州牧からの信頼度が何より現れている一面だろう。

 

 しかしなるほど、これが霞曰く“頭堅いクソ爺”か。

 確かに懐古主義っぽいし、融通利かなさそう。

 でも褒めればそれなりに扱いやすそうだし、誘導もしやすそうだ。

 

 ……まずはこの人からか。

 

 心の中で、私欲の犠牲者になるこの男に小さく謝罪すると

 俺は、俺の中に“俺”を創る。

 

 俺は役者にはなれない。ならば、演技ではなく真実にすればいいのだ。

 

 俺は、人が良く気配りが出来、しかし所々子供らしい好青年だ。

 俺は、人が良く気配りが出来、しかし所々子供らしい好青年だ。

 俺は、人が良く気配りが出来、しかし所々子供らしい好青年だ。

 

 俺の人格は、人が良く気配りが出来、しかし所々子供らしい好青年、だ。

 

 

 人が良く気配りが出来、しかし所々子供らしい好青年な俺は、

 人が良く気配りが出来、しかし所々子供らしい好青年に相応の、如何にもなとびっきりの笑顔を見せた。

 

 「はい! これからご指導よろしくお願いします!」

 

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 /丁苞

 

 「北郷や、ここからここまでの竹簡を土木の籠へ入れておくれ」

 「はい。と、丁苞様、こちらの竹簡は酒の税率の分類ではございませんか?」

 

 

 一週前に新しく入った儒子はくるくるとよく働く。

 その上頭もかしこく、算術においては私も舌を巻くほどよく出来る。

 

 出生はごくありふれた商家の三男だか、その教養の高さはお嬢様にも負けず劣らずといった具合だ。

 これはとてもいい拾い物をした、としみじみ思う。

 

 

 「おお、そうじゃな。ではその様に頼む」

 「御意に」

 

 

 礼儀作法も少々荒削りな部分もあるが、概ね出来ておる。

 そして何より、学のある者特有の傲慢さが見られない。

 

 私は武家の出生で文官になった為、あの無駄飯喰らいの名士共に散々バカにされて来た。

 武家は武家らしく槍働きをすればいい、と何度言われたことか。

 そして決まって私を貶すのは、この子の様に賢く若い名士の人間だった。

 

 四十年の歳月をかけ、私はそれらを出し抜き、張越様に一番の信頼を置かれる文官になった訳だが。

 やはり今でも、私は名士が、さらに言えば賢く若い人間が嫌いだった。

 それをこの儒子は感じさせない。儒子の教えにのっとり、決して能力を誇示せず、歳を重ねた先人達に謙った態度をとる。

 そんな好青年を嫌いになれるだろうか、いや、なれはしないだろう。  

 

 

 「それが終われば一服しようかの」

 「本当ですか! あ、失礼しました……」

  

 

 そして、まだまだ若いなと実感させる言動を節々に見せる。

 今の様に、時折見せる子供らしい表情や、仕事の結果を労った時に見せる嬉しそうな表情に。

 

 孫が居ない私に、孫が出来た様な錯覚を覚えさせる。

 もし、彼が望むのならば義理の息子として家を継がせてもよいかもしれない。

 

 

 「ほっほ、構わんよ。どれ、では北郷の持ってきた茶でも淹れさせて頂くかの」

 「あ、僕がやりますよ。丁苞様はどうぞ座ってお待ちください」

 「そうか、すまんのう。ではお言葉に甘えさせてもらうとするかの」

 

 

 うむ、くるくるとよく働き、さらに気もきく。

 両親はこの街に居ないようだが、官職の私の申し出ならば相手も喜ぶだろう。

 商家の三男坊など、大抵は兵役に送られてお終いである。

 それが高官たる私の義理の息子になれば、相手にとっても喜ばしい限りであろう。

 

 

 「丁苞様、お茶が入りました」

 「ん、おお、そうか。すまんのう」

 「いえいえ、これくらいお安いご用です」

 

 

 自然な動作で頭を下げ、少し気恥ずかしそうに下がる。

 その動作が益々気に入る。

 

 

 「──ああ、そう言えば」

 

 

 この儒子の入れる茶は旨い。

 茶など高級なだけの下品なモノかと思っていたが、その考えを改めなければな。

 しかし、茶を簡単に提供できてしまうこの儒子の親は余程の商人なのだろうか……。 

 

 

 「今日も、お疲れでしょうし、あの“疲れの取れやすい茶葉”を使わせて頂きました」

 「おお、そうかいそうかい、わざわざ済まぬのう」

 「いえ、これも丁苞様がお元気に過ごす為、御礼を言われる程の事ではありません」

 

 

 本当に、良く出来た儒子じゃ。

 しかし、この茶は本当によく“疲れが消える”のう……。

 

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 **

 

 

 「おはようございます、丁苞様」

 「ん、おお。……北郷か」

 

 

 儒子が勤め始め一月が経った。 

 并州の地は既に雪に埋もれ、本格的な冬がやってきておる。

 

 そして歳の所為か、最近どうも調子が悪い。

 やけに疲れを感じたり、目眩や耳鳴りが酷い。そして無性にイライラする。

 

 やはり年には勝てぬということなのかのう……。

 しかし、症状が重くなるにつれて、高北郷の持ってくる茶の効能が身にしみる。

 あれを呑むと、立ちどころに目眩や倦怠感も消え、最高の調子が発揮できる。

 

 

 「済まぬが、茶を入れてくれぬか? ここ数日また調子が悪いのじゃ……」

 「あ、すみません丁苞様。両親からの送り届けがなくて、今茶がないんですよ」

 「な、なんじゃと!? それはどういうことだ!!」

 「落ち着いてください!」

 

 

 い、今私はどうなってたのだ?

 怒りに駆られ、殺意さえ感じてしまったではないか……。

 いくら調子が悪いと言えど、これはあんまり過ぎる。

 為政者としても、一人の人間としても。

 

 

 「す…済まん。今のは忘れてくれ」

 「いいえ、私は構いません。しかし丁苞様、本当にお身体の方は大丈夫なのですか?」

 「私のことは気にしないでくれ……。すこし落ち着けばまた元に戻るであろう」

 

 

 そうじゃ、これは加齢が原因の体調不良。

 茶を飲み一服入れ、しっかりと休息をとれば簡単に治る唯の体調不良なのだ。 

 

 

 「はぁ。それで、茶のことなのですが……」

 「そ、それじゃ! 一体どうして茶が届かぬのじゃ!!」

 「だから落ち着いてください!」 

 

  

 やはり体調の不良が深刻じゃ。

 どうもあの茶のこととなると我を見失いやすい。

 精神が不安定なのも、良くない気分をなおさら加速させる材料の一つになっている。

 

 

 「済まぬ、どうも精神が不安定でのう……」 

 「いえ、お気になさらないでください。それで、茶の件なのですが……」

 「ああ、大丈夫じゃ。続けてくれ」

 「その、父も商人でして。えっと、商売には浮き沈みが付き物でして」

 「ええい! 戯言は良いから早く言わぬか!!」

 「も、申し訳ございません!!」

 

 

 ま……またやってしまった。

 いったい私に何が起こっているのか。

 ええい、どれもこれも茶が切れて居る所為じゃ!! 

 

 

 「謝罪などどうでもよいわ! 要点を言わぬか!!」

 「つまりですね……高価なモノをいつまでも無償で提供する訳にはいかない、と」

 「それで?」

 「はい、えっとですね。 その、其れ相応の対価を払って頂けないかと」

 

 

 クソ、イライラする!

 この儒子はこんなにも要点を得ない無能者だったのか! 

 

 

 「分かった、払おうではないか。 して、何を求めるのじゃ。金か、権利か?」

 「……とある商店の、融通をしてさえいただければ。取引を致す事は必ず保証します」

 「では、取引成立じゃ」

 「はい、ではこの書簡に印を貰えますでしょうか? 確認でき次第、茶を持ちこませて頂きます」 

 「これで良いのじゃな! 早く茶を持たぬか!!」

 「御意に。では一両日中に」

 「遅い!! これより一時(約二時間)以内にじゃ!!」

 「……御意」

 

 

 これで、茶が手に入る。 

 

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 **

 

 

 不調は一向に良くならない。

 少量では効能が余り発揮されず、茶の量も増えるばかり。

 茶も決して安いものではない故、出費は増えに増え、四十と数年かけ貯めた財はすでに半分程も解けてしまった。

 

 そこに……追い打ちをかけるが如き一枚の書状が届く。

 

 「は? 今何と言った?」

 「ですから、在庫の関係がありまして単価を現在から三割増させていただく所存です、と」

 「な、それではとても手が出ぬ。どうにかならぬかのう?」

 

 

 これは、依頼という名の脅迫。

 私が一言声を掛ければ、約三千の兵が自由に動かせる。

 そしてそれは、儒子が一番よく知っておる事柄でもある。

 

 気に入っておった故、斯様な手は使いたくなかったのだが。

 背に腹は代えられぬ、という奴じゃ。

 

 

 「はい、畏まりました。 ……と言いたい所ですが。

  ひとつ、これを御覧に入れてもらえませんでしょうか?」

 「ふむ、なんじゃ?」

 

 金か、物か、どちらかと思った私の想像に反し、儒子が手に持って居ったのはただ一枚の書状だった。 

 

 「どうぞ、お読みになってください」

 「……」

 

 心中に嫌な予感を抱えつつ、私は慎重に書状を手に取った。

 そして、目を通し……

 

 「な……なんじゃこの契約は!!?」

 「なにをおっしゃるのですか? 丁苞様ご自身が御書きになったのではないですか」

 

 あ、余りにもデタラメ過ぎる!

 この様な認可を出してしまえば、矛先が向かうのは……。

 

 「た、確かに書いたやもしれぬが! こ、これでは他の酒家の経営が成り立たぬではないか!!」

 「そう言われましても……。それとも、丁苞様はご自身の成された契約を破棄されると言うのですか?」  

 

 確かに、この契約をしたことも、印を押した事も覚えては居る。

 しかし、斯様な無茶苦茶な内容だっただろうか?

 あの時は茶欲しさにどうかしていたとしか思えぬ。でなければ、この様なふざけた税率設定などする訳がない。

 

 「ぐっ……、しかし、このまま酒を卸す訳にはいかぬ! 税率が十斤(約5kg)単価当り一銭など、ふざけたコトが出来る筈がない!」

 「そうですか……、では残念ながら茶の販売契約も同時に破棄、と」  

 「そ、それでは話が違うではないか!?」

 「はて、契約書にはそう明記してありますが」

 「なんだと!? 金は払っておるではないか!!」 

 「時間はあります、じっくりご自身の目でもう一度ご確認を」

  

 (中略)

 上記の契約を以て、高家は特別税率の受諾許可を与えられ、対価として丁苞殿には茶関連の取引の席に着く権利を与える。

 

 「ほら、ここに」

 「そ、そんなバカな……」

 

 わ、私が……この様な無茶苦茶な取引をしたと言うのか……?

  

 「いいえ、現実です。ああ、それは控えの書類なのでどうして頂いても構いません。

  そして既に、二週の間に渡ってこの税率で取引が行われております」

 「ふ……ふざけるなっ!!」

 「では、交渉決裂ということで」

 「な、それは待て! 大体、貴様が唆して行った取引じゃ! 私が訴えれば……」

 「それはつまり、丁苞様が大間抜けな取引をしたと言う事を世に自ら知らしめると言うことでしょうか?」

 「……っ」

 

 それは不味い。

 この様な失態、張越様の元へ届けば、信は失墜しここぞとばかりにやり玉に掲げられるだろう。

 ……生憎、私には敵が多い。

 

 「……はっ、ま、まさか……!!」

 「ええ。ご察しの通り。貴方の反対勢力に持ち込む手筈もすでに整っております」

 「なんと……。すでに四面楚歌ではないか」

 

 

 「──さあ、ご決断を」 

 

 私には、既にどうにもできなかった。

 この餓鬼は、一体何を企んでおるのか。

 隠していた牙に今更気付いた自分が、どうしようもなく間抜けに思える。

 

 「……分かった。茶の値上げを許可しよう」

 「では、契約成立です」

 

 

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 「……報告に、参りました」

 「言え」

 

 

 「滞りなく、遂行中です。依存度は着実に上昇し、既に半廃人と化しております」 

 「……良くやった。そのまま続け、代理として州牧に接近させろ」

 「御意。それともう一つ、お耳に入れたい事が」

 

 

 「何だ」

 「教育係、及び乳母と名目上の生母を引きいれました。婚姻の件に関しても滞りなく進んでおります」

 「ふむ、予想より早いな」

 

 

 「このまま進めば春までに太原を支配下に置くことが出来るかと」

 「良し。そちらも進めろ。但し高順(一刀の姓名)には知らせるな。

  ふん、あの餓鬼は張遼との繋がりを作っておきながら、情を移した腰ぬけだ。

  こちらを知れば余計な動きをしかねない」

 「御意」 

 

 

 

 悪意は、一刀の知らないところでも、確実に全てを蝕み始めていた。

 

説明
今北産業
・シリアス
・ダーク
・……あれ、ヒロインは?


・霞√なのに霞の台詞がががががgggg
・良い子は真似しないでね!
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6143 5510 55
コメント
ダークなのがいい感じだけど、一刀が従う理由が謎だ(ドーパドーパ)
ダークなお話ですね・・・一刀と霞の先行きが不安です。(mokiti1976-2010)
この裏の霞の行動が気になるなぁ・・・(azu)
展開がものっそい気になる(歴々)
一刀以外にも裏で動いてるみたいで、一刀と霞が何気にピンチ。(量産型第一次強化式骸骨)
なんとか幸せな未来に続くといいのですけれど。その過程で上司がズタボロになればなお良し。(陸奥守)
馬鹿を一人薬漬け、と・・・・・・一刀と霞の行く末やいかに。(アルヤ)
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恋姫†無双  シリアス 

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