鞍馬天狗と紅い下駄 そのご |
十三「天狗女と失敗」
大型の水鉄砲を腕に抱えて、とてとてと庭を駆け回るいまり。ずぶぬれになったワンピース、下着が透けているのも意に介さず、いまりを楽しそうな顔で追いかける桜花。そしてそんな桜花を心配そうな顔で追いかける秀介。
のどかな日曜日の午後。幸せそうにはしゃぐ彼らをいまいましく見つめる、二つの瞳があった。
それは彼らの居るアパートよりもはるか遠く、山の上に聳え立つ一本杉の更に天辺に立つ、黒い修験服を着た天狗女の瞳だった。
そう、先日秀介のアパートを抜け出したいまりが、夕闇の中で出会った女天狗。鞍馬寺朱里ことくららちゃんである。
「なによ、なんなの、なんだってのよ。私、ちゃんと術をかけたわよね。どうしてもう元に戻ってるのよ。腕が鈍った、私に限ってそんな馬鹿な。あんなちんちくりんになっても、いまりはいまりってこと。なによそれ、納得いかないわ」
腹が立つ、あぁ腹が立つと呟いて、女天狗は宙を舞う。あぁもう、と、一喝すれば、今まで彼女が立っていた一本杉が、音を立てて真っ二つに割れた。
ゆっくりと左右に別れた一本杉は、静に山の頂に横たわる。土煙と地響きが起こる中で、ふと、木が倒れた間に人が立っていることに女天狗は気づいた。
「あーら、何しに来たのよタマヨリヒメ。昼日中に、わざわざこんな所まで現れるなんて。あんたもよっぽど暇神なのね?」
「もののついでに寄っただけです、千年経っても、自意識過剰は相変わらずですね」
なによやる気と身構える女天狗に、少女は応ずる素振りも見せはしない。その堂々とした態度の前に、力の差、器の差を感じずにはいられない。
ちっ、と、舌打ちをして、女天狗は構えをといた。
「なによ、私がいまりに術をかけたのが気に入らなかったの?」
「そうですね。あまり勝手な事をされては困ります。あれは、頭の皿を失って力を失っている状態ですが、その気になれば一時的に元の姿に戻ることもできます。もし、貴方の術がかかった状態で、元の姿に戻ったならば」
「それこそ面白いじゃない。いまりなら、この汚らしい猿共が我が物顔で行き来する街を、すっきりさせてくれるに違いないわ」
やれやれそれでは困るのですよと、ため息を吐く少女。その目は少しも笑っても居なければ、怒ってもおらず、呆れても居なかった。ただ、冷徹に女天狗を見つめていた。
「よろしくて。貴方を呼んだのは、あれと一緒に暴れさすためではないのですよ?」
「分かってる、分かってるわよ。ふんっ」
十四「かーちゃんとれでぃががが」
最近テレビのCMでよく流れるので、なんとなくそのフレーズは覚えていたが、なるほど全編通して聴いてみると、なかなか良い曲じゃないか。
「ふんふんふん、ふんふんふん、ふふふふふん、ぽーきゃーへいす!!」
「ポーカーフェイスよ、いまりちゃん。けど、踊りはとってもお上手ね」
「えへへ。いまり、ダンスはちょっとじしんあるのよ。だって河童から」
河童がダンスが上手いだなんて、いったい何の文献に書かれているのだろう。
僕にはただ単に、無茶苦茶に腕を振り回しているだけにしか見えなかったが、いまりは自信満々に胸を張って言った。まぁ、子供の言う事だ、気にしたら負けだろう。
えらいえらいといまりの頭を撫でるのは、僕の後輩、六崎楓。文芸部の会誌の原稿を取り立てに、度々我が家におしかけてくる彼女は、いまりと妙に気が合う。
そんな彼女が、凄い歌手を見つけたら僕に是非見て欲しいというから、彼女が持ってきたDVDを我が家で鑑賞する運びとなった。
「あ、れでぃががが、かわからでてきた。さてはれでぃががが、いまりとおなじでかっぱだな。うん、かっぱならだんすうまいのもなっとくだ」
どういう発想だよと僕は思わず吹き出しそうになった。無邪気さゆえの子供の発想というのは、時々とんでもなく人を驚かせてくれる。
しかしながら、いまりの無邪気な発言も、六崎のおかしな恰好の前には、笑いのランク的には小笑いに過ぎない。笑いを堪えた拍子に、眼の端に六崎の格好が目に入って、僕は笑いを通り越して呼吸困難に陥りそうになった。
「ね、どうですか、格好良いと思いませんか、レディガガ!! このセンス溢れる曲、一歩先を行く衣装、そしてダイナミックなダンス!! 天才ですよ、まさに、スーパーアーティストですよ!! 私、初めて芸能人に一目ぼれしましたよ!!」
「あぁうん、まぁ、凄いよね、色々と」
あぁ、私もレディガガみたいに、格好良く生きれたらなとため息を吐く六崎。
少なくともその恰好だけはレディガガともいい勝負だ。今日も今日とて、六崎の壊滅的な服装センスは健在だった。下は足下まで隠れるロングスカート、上はジャージにエプロンと、まったく趣向の分からない組み合わせ。しかも何故だか肩パットがジャージには入っている。料理を作るのか、スポーツをするのか、世紀末なのか。加えて、そこに知的な黒縁伊達眼鏡が加わるのだから、もうどうしたいのかと。
「はぁ、憧れるなぁ。私もレディガガみたいになってみたいなぁ」
「六崎、お前はもうちょっと、日本のアイドルに目を向けた方が良いと思うよ」
モーニング娘とか、AKBとか、そういう無難な所に憧れろよ。
十五「女天狗と化物女」
レディガガのPVを見せるという名目で先輩の家に遊びに行った帰り。
久しぶりに先輩とお話ができてほくほくとした気分だった私は、ふと、電柱の上に人の気配を感じて、漕いでいた自転車を止めた。
こう見えて、私は霊感みたいなものが強い。かの昔、先輩に興津先輩、いまりちゃんとでダムに行った時だって、森から漂ってくる異様な気配にいち早く気が付いたのは私だった。そう、今となっても恐ろしいが、あの夜は本当に大変だった。
「なにかに見られてる。なに?」
いまりちゃんと同じ妖怪の類だろうか。肌を突き刺す様な感覚は、その視線の主が、只者ではない事を私に訴えかけていた。いまりちゃんの様にかわいらしい妖怪なら、私としてもウェルカムだけれど、この気配は、なにかが違う。
けれども、あの夜に私達を襲った化物でもない。
霊感はあるが霊力がある訳ではない。きっと、襲われたならば私なんかはすぐに食われてしまうだろう。しかし、威圧感はあるが、不思議ととって食おうという感覚は感じられなかった。
自転車を止めて視線を感じた電柱の下に立つ。見上げると、電柱の先には妙に赤く光る星が見えた。
「誰、隠れていないで出てきて。私になにか用があるんでしょう?」
「ふぅん。貴方、私達の気配を察することができるのね。猿のくせにやるじゃない」
背中に何かが降り立った。そう感じて私が振り返った時だ。
「あっ、えっ、ちょっ、なに、これ!? あっ、あっ、体が」
私の肩パッドがその後ろに立った何者かに当たり、そのまま押し倒してしまった。
闇夜に響く尻餅の音。あぁ、悪い事をしてしまったと、私は急いでその倒してしまった何者かに近づく。
「大丈夫ですか? ごめんなさい、私が肩パットなんて入れてたばかりに」
暗くてよく見えない中で、一歩、私が足を踏み出せば。ぼきりと、何かが折れる音がした。明らかに、私の脚が、何かを踏み抜いたようだった。
まずいと思って一歩下れば、また、ぼきり、と音がする。
「ご、ごご、ごめ、ごめんなさいっ!! あの、その、怪我はありませんか!?」
言った途端に爆発音。辺りに白い煙が立ち込める。
これはそう、見た事がある、前にいまりちゃんが大人に変身した時にも、こんな爆発が起こった気がする。
暗闇の中に目を凝らす。私の伊達眼鏡がとらえたのは、黒い着物の少女の姿だった。
説明 | ||
河童幼女と暮らすほのぼの小説。短編なので気軽に読んでください。 pixivで連載していた前作「河童いまりと頭の皿」はこちら。⇒ http://www.pixiv.net/series.php?id=31613 |
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