少女の航跡 第3章「ルナシメント」 32節「崩れゆく力」
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 カテリーナは、自分がまだ生きている事さえ不思議に思えた。体中が傷だらけで、纏っていた甲冑も半分以上が打ち砕かれ、一部、体が露わになっているほどだった。頭からも、体の至る所からも出血している。そして、人間であろうとエルフであろうと、この世のどんなに力のある生命であろうと、跡形もなく吹き飛ばされていたであろう衝撃の中で、彼女はまだ生きていた。

 彼女は瓦礫をどけながら、倒れていた体を何としても起こそうとする。生きていたとはいえ、体はぼろぼろだった。節々に痛みが走り、身を起こす事さえやっとの事だったが、何とか身を起こした。

 だが、一体体の身を起こした所で、目の前に迫ってくる存在に、一体どのように贖うというのだろうか。

 この都を滅ぼそうとしている存在と、もはや戦う力が彼女には残されてない。

 その存在は、背中から生えた金属の翼を、大きくはばたかせ、カテリーナの前に降り立った。

 彼はほとんど肉体に損傷を及ぼしていない。カテリーナは、持てる力の全てを持ってして彼に立ち向かったつもりだったが、彼はほとんど体に損傷を持っていない。

「お前の体の頑丈さは認めよう。カテリーナ・フォルトゥーナ。お前は素晴らしい存在だ。だが、お前がどのように戦ったとしても、私にかなう事は無い。なのに何故だ?何故立ち上がろうとする?我にひれ伏せ。それだけでいい。お前を必要としている世界が、目の前に開けているのだぞ」

 彼、ゼウスは地をも揺るがすような声で、カテリーナにそのように言い放ってきた。だがカテリーナは動じず、足元をふらつかせ、呼吸を乱しながらもゼウスに向かって、堂々たる口調を跳ね返した。

「いいや、私にはそんなものは見えてはいない。見えているのは、貴様だけ。この都だけでなく、世界を滅ぼそうとしている貴様だけだ!」

 カテリーナは堂々たる姿勢を見せて、ゼウスに向かって言い放った。傷だらけで、彼女の体はどこにも彼に立ち向かえるだけの力など残されていない。

 だが、カテリーナの意志は折れてはいなかった。堂々たる声でゼウスに向かって言い放つ。そんな声を発するだけでも彼女にとってはもはや、痛みを伴う事だった。しかし意志を破裂させたかのような彼女の声は、瓦礫の山の中に響き渡った。

「分からぬ奴だな、カテリーナ。この世界を作った者は、もっと我に忠実だった。何故、お前はそこまで我に贖うのかが、理解できん。お前の命を奪おうと言うのならできる。この世界を滅ぼした後で、またお前に命をやればいいだけだからな。そして、もっと我に忠実な精神を与えるとしよう」

 ゼウスの巨大な肉体がカテリーナに迫ってくる。カテリーナは、武器も持たないままにゼウスに向かって身構えた。

「そんな事を、されてたまるか!」

 カテリーナはそのように言い放つなり、自分の体から閃光を放った。それは青白い閃光で、まるで稲妻が走っているかのようだった。あのカテリーナの剣に纏っていた閃光と全く同じものを、彼女は体自身から発した。

 その閃光は、傷ついた彼女を再起させ、ゼウスにも負け劣らないような、圧倒的な存在感を見せつけた。圧倒的なその存在感は、あたかもまるで彼女を女神であるかのように見せるほどだ。

 閃光が周囲の瓦礫を宙に舞わせるほどの衝撃が広がる。だがゼウスは微動だにせず、ただカテリーナの方を直視していた。

 女神のような姿と化した彼女を見ても、ゼウスは全く動じていない。むしろそんな彼女を嘲笑っているかのようだ。

「以前に、イライナの姿でお前の前に現れた時、同じ事をしたな?雷神の力を自分の体に取り込んでいたか?お前の肉体とあのさっき折ってやった剣は、すでに一体化していたか。だが、私には通用せん。あのイライナの幻影は打ち砕けたかもしれないが、私には通用する事は無いだろう」

 ゼウスはそう言いながら、カテリーナに対して身構えた。

「そんな事はやってみなければ分からない」

 青白い閃光に包まれたカテリーナは、ゼウスの方に向かって一気に突進していく。それはあたかも稲妻が真横に走っているかのような光景だった。

 巨大な衝撃がゼウスに向かって襲いかかってくる。ゼウスはそれを両手を使って受け止めようとしていた。

 再び強烈な衝撃が周囲を一気に吹き飛ばす。その場にいたならば、周囲の瓦礫のように跡かたもなく粉砕されてしまっていただろう。

 カテリーナの放つ巨大な衝撃が、ゼウスの体をじりじりと後退させていく。

「何をしようと無駄だ。カテリーナ!」

 ゼウスは叫び、その竜巻のような防御壁をさらに巨大なものとさせた。カテリーナが少し背後へと押されてしまう。

 だが、カテリーナも負けてはいない。彼女は更に自分の力を巨大化させ、激突していく。辺りがどうなっても構わないほどに。彼女の発する稲妻のような衝撃が、《シレーナ・フォート》に聳え立つ塔の一つを打ち、それを倒壊させ、城壁を次々と崩落させていく。

 二つの巨大なもの同士が激突し、《シレーナ・フォート》は嵐の中に包み込まれていた。あらゆる建物が中空に巻き上げられ、地盤となっていた地下区画さえも露わになる。

 カテリーナの衝撃が強烈なものとなり、ゼウスを更に包み込もうとした。ゼウスも負けてはいなかったが、カテリーナの方が圧倒した。

「馬鹿な。その力をどこで身につけた!貴様にはそこまでの力はないはずだ!」

 ゼウスが叫ぶ。カテリーナは巨大な衝撃の中で言い放つ。

「何もかも計画通りに行くと思うな!この世界は私達のものだ!」

 そう言い放ち、カテリーナは更に突進力を強め、ゼウスを圧倒した。カテリーナの体はゼウスの体を押しやり、その竜巻のような力さえも吹き飛ばして、彼の体ごと、《シレーナ・フォート》の外部城壁へと吹き飛ばした。

 何もかもをも巻き添えにして吹き飛んでいくゼウスの体は、外部城壁を内側から突き破り、海面を抉った。

 外部城壁が一部崩壊した事により、《シレーナ・フォート》内部へと海の海水が一気に流れ込んで来る。

 ゼウスを吹き飛ばしたカテリーナは、崩壊させた地盤の崖に立っており、今では自分の体を包みこんでいた稲妻のような青い光を解いていた。

 カテリーナは崩れるかのようにその場に膝をついた。今の激しい力の解放で、一気に全ての力を使い果たしている自分を感じていた。

 今の発揮した力が、一体何なのかは彼女自身分からない。自分の中にここまでの力が秘められていたのかと、周囲のあり様を見て喪失にも近い気持ちに襲われていた。

 だが、あの存在、ゼウスを《シレーナ・フォート》の外へと追いやった。彼の力を一瞬ではあったが圧倒する事ができ、彼の体を吹き飛ばす事が出来たのだ。

 崩壊した城壁が更に崩れて行く。都の外側から一気に海水が流れ込んできていて、城壁が更に崩壊していった。《シレーナ・フォート》の都は今や、瓦礫の山と化していた。

 守るはずであった都を、酷い有様にしてしまった。だが、こうするしか、ゼウスを止める方法は無かった。

 

「お父様!そんな!これは、嘘ですわ!」

 私達の背後で上がった、ガイアの甲高い声に、私は思わず怯んだ。

 カテリーナによって、あのゼウスが倒された。私はそう思っていた。

 ゼウスの娘であるという、ガイアが取り乱している。彼女が作り上げていたこの真っ白な空間も、その白さがだんだんと薄れてきている。

 目の前にある見えない壁にもひびが入り、まるで私はガラスを前にしているようだった。

 カテリーナを助けに行く事ができる。彼女は今、体もぼろぼろで立っている事さえできないほどだ。すぐに助けにいかなけばならない。私はそう判断した。

 目の前の巨大なガラスのようなものに、私は激しく拳をぶつけた。そうすれば砕けると思ったが無理だった。

「無理ですわ。そんな事をしても!お父様はまだ死んではいない!あの程度の力で屈するようなお方ではない!」

 ガイアの声が響き渡る。彼女は私達の方へと一歩足を踏み出し、その恐ろしげな髪を振り乱しながら近づいてくる。

「無駄だガイア。我々を解放しろ。ゼウスは、カテリーナによって、滅ぼされる」

 ロベルトがそう言った。彼は私よりも幾分も冷静だ。

「そんな事はありませんわ!見ていなさい!お父様は必ずあの娘を叩きつぶし、全てを滅ぼすのですわ!」

 ガイアがそう言った時だった。突然、《シレーナ・フォート》の外壁の外側の海水が吹き飛び、大量の海水が宙を舞った。

 その衝撃と共に、海水を海で起こった嵐であるかのように巻き上げ、《シレーナ・フォート》へと突進してくる者の姿があった。

 《シレーナ・フォート》の城壁が再び崩壊し、カテリーナの元へとやってくる姿。それは嵐であるかのように接近してきた。

 それはゼウスだった。

「ああ、お父様!やはり生きていらしたのですね!」

 ガイアの狂喜にも似た声が、私たちのいる空間に響き渡った。

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「我は滅びん!我を打ち倒す事などできん!」

 ゼウスの声は巨大な咆哮となって響き渡った。カテリーナはそれを前にして、諦める事も、受け入れる事もしなかった。ただ、竜巻のような衝撃を持ってして自分に近づいてくる彼の姿を見ている事しかできなかった。

 巨大な竜巻が真横に突き進むかのように、ゼウスは、カテリーナへと突進した。

 カテリーナ再び彼の攻撃を、稲妻を纏い防ごうとするが、先ほどゼウスを吹き飛ばしたものよりもずっと小さな光しか放てなかった。

「その程度か?カテリーナよ!我を先ほど滅ぼした力はどうした!勢いを見せてみろ!次の時代を担っていくだけの、力を我に見せてみろ!」

 ゼウスの方向が再び響き渡る。だが、カテリーナは完全に押されており、言葉を放つ事さえもできない。ゼウスの放つ衝撃の大きさは先程よりも更に大きなものとなってカテリーナに襲いかかって来ていた。

 カテリーナは圧倒されてしまう。もはや、彼女には力も残されていないのか、ゼウスの巨大な衝撃を防ぐ事が出来なかった。

 ゼウスの竜巻はカテリーナを呑み込み、《シレーナ・フォート》の一区画全てを呑み込んでいってしまった。後には何も残さず、全てを呑み込み、押しつぶす。

 跡に立っていたのは、ゼウスの巨人のような体格だけだった。

 ゼウスは肩で息をしながら、じっとその場に立っていた。やがて、その堂々たる姿を、この都全てに見せつけるかのように腕を広げ、言い放った。

「見よ!我に逆らった者は皆、こうなるのだ!誰も我に逆らう事などできない!全ては我の手で滅び、消し去られるのだ!

 我こそがこの世の神であり秩序!全てよ、我にひれ伏せ!」

 ゼウスの声はまるで自分自身に酔っているかのようだった。だが、カテリーナの体はどこにも無く、今の一撃で全てを粉砕してしまったかのようだった。

 ゼウスは一歩足を踏みしめる。瓦礫が音を立て、竜巻の破壊が続いている王宮の方へと足を進めた。

「カテリーナよ。体が残っていなくても、お前の魂は残っている。例え我に逆らおうとも、お前は我によって生み出された存在だ。利用させてもらうとしよう。お前の精神を、もっと我らに忠実になるようにしてからな」

 ゼウスは自らが抉った地面をゆっくりと、カテリーナが吹き飛んでいった方向へと進んで行く。跡かたも無く瓦礫もみじんに粉砕してしまった跡を、彼は進んでいった。

 だが、ある地点までゼウスがやって来た時、突然、瓦礫の山を吹き飛ばし、ゼウスさえも思わず怯ませるほどの衝撃が放たれた。

 ゼウスの前には、ある存在が現れていた。その存在は、カテリーナのものとはまた異なる存在だったが、姿はカテリーナそのものだった。

 カテリーナの体は王宮の方まで吹き飛ばされたに見えたが、そうではなかった。

 彼女は今、ゼウスの前に立ちはだかっている。その体は宙に浮き、体からは稲妻が溢れだし、ゼウスの前に壁として塞がっていた。

「馬鹿な。お前は、確かに消滅したはずだ。そのような力など、お前の中に残されているはずが無い!」

 ゼウスの咆哮のような声が広がる。だが彼に構わず、カテリーナは静かに言った。

「何故恐れる?これはお前達がした事なのだ。お前達がこの私に与えた力なのだ。何故、恐れを抱くのだ?」

 カテリーナは静かに言っていた。静かに放たれる彼女の言葉は、今までの彼女の言葉とは似ても似つかぬものだった。それはゼウスよりも更に巨大な力を有している神であるかのようなものであり、大きな迫力を持っていた。

「やめろ、やめるのだ!このようなものは我の計画には無い!もしお前がその力を使ってしまうのならば、この世界がどうなってしまうか分からない!やめろ!全てが破滅してしまうかもしれないのだ!」

 ゼウスは言い放った。彼は恐れおののいている。だが、カテリーナを取り巻く巨大な稲妻の嵐はさらにその規模を広げ、ゼウスを呑み込んだ。

 彼の絶叫にも似た声が広がる。カテリーナから放たれている稲妻はもはや真っ白な閃光へとその色を変えており、《シレーナ・フォート》の全てを呑み込んでいた。

「全てを破滅させようと、私を利用していたのはお前たちだ。何故お前が恐れるのだ?」

 カテリーナは更にそのように言うなり、白い閃光の光を大きなものとしていく。それは《シレーナ・フォート》にあるものを次々と呑み込んで行き、更には都の外部を覆っていた黒い外殻さえも、内側から破裂させていった。

 全てが呑み込まれていく。王宮も、建物も、そして街を徘徊していた怪物たちも次々と呑み込まれていく。全てが白い光に包まれていた。

「あの者達か!あいつらが、貴様にそのような力を与えたのか!おのれ!裏切り者達め!おのれぇ!」

 ゼウスのその絶叫が最後に響いた。白い光は大きな爆発となって、一気に《シレーナ・フォート》の都を呑み込み、全てを吹き飛ばしていった。

 

 数刻も経った頃、黒い球殻が崩壊し、再び、日の光が《シレーナ・フォート》の廃墟と化した街に降り注いで来る中、ゼウスの巨大な体躯は、まるで巨像であるかのように、瓦礫の中に立ちつくしていた。

 黒い金属のようなものに覆われていた彼の体だったが、今、その黒い金属は、表面が灰として散っていき、残った部分も焦げが覆っていた。巨大な彼の翼もすでに崩壊しており、彼の肉体は見るも無残な姿になり変わっていた。

 まるで石像であるかのように立ちつくす彼。そこにはかつての彼が見せていた。神にも似た威厳も迫力も何も残されてはいなかった。彼の肉体は段々と灰となり、塵となって空気の中へと散っていく。

「馬鹿な。こんなはずでは…」

 ゼウスの最後の言葉はそれだった。その言葉を最後に、ゼウスの体はゆっくりと崩れ落ち、地面に大量の灰となって散った。

 ゼウスの灰が散ったすぐ目の前には、カテリーナの体が横たわっていた。半壊した甲冑の中にある彼女の肉体はすでに息をしていない。彼女の生は、その全てが失われていた。

 その体の中に秘められていた全ての力、全ての生を使い果たし、カテリーナもゼウスが灰になったかのように、全ての命を使い果たしていた。

 廃墟と化した《シレーナ・フォート》の中で、神々の力をぶつけ合った二つの存在は、両者とも散っていった。

 

説明
圧倒的なゼウスの力の前に屈したカテリーナ。そんな存在を前にしてカテリーナは―。
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