黒髪の勇者 第十一話
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第二章 海賊 (パート2)

 詩音とフランソワが造船所に到達すると、普段よりも早い時間にも関わらず、そこには既に大勢の男たちが一心に作業に勤しんでいた。活気ある声や、金槌を叩く威勢の良い音がところかしこと響き渡っている。その中でも一際体格の良い筋骨隆盛とした男が、造船所に入った二人に向かって声をかけた。グレイスである。

 「や、フランソワお嬢様。お待ちしておりましたぜ。」

 グレイスはフランソワの信頼もあり、また自らの指導力もあって、自然の内に工場長という立場として活動をしていた。フランソワが到着するまでの間、彼が率先して作業を指揮していたのだろう。

 「今日は皆、早いのね。」

 驚いた様子で、フランソワはそう言った。普段なら港湾作業の終了までに、あと一時間程度はかかるはずなのだから。

 「そりゃもちろん、もうすぐこのシャルロッテも完成するのですから、どうせなら今日片付けてしまおう、って腹でしてね。」

 両腕を腰に当てながら、グレイスはそう言ってがはは、と景気の良い笑い声を上げた。その様子に微笑ましくフランソワは笑いながら、こう答えた。

 「それは助かるわ。完成したら、ささやかになるけれど、完成のお祝いを皆でしましょう。」

 「そうと分かれば作業もはかどります、おう、野郎ども!」

 そこでグレイスは、唐突に声を上げて、既に数十人に及んでいる男たちに声をかけた。そのまま、威勢良く続ける。

 「完成の暁にはフランソワお嬢様のありがたいご配慮により、盛大に完成祝いを行うぞ!全員、気合入れろ!」

 その言葉に、綺麗に統率された声が反響した。おう、と一致団結した男たちは、それまでよりも増して作業に集中し始めたのである。既に船には立派な帆も取り付け終わり、後は残された内装の具合を確かめるのみとなっていた。ニスが丁寧に塗られた帆柱は空から降り注ぐ柔らかな日差しにきらきらと輝いている。フランソワのみならず、この一ヶ月間造船を手伝った詩音もまた、シャルロッテの完成を心から楽しみにしていたのである。

 「シオン、ハンモックの取り付けを手伝ってくれ!」

 頭上から、既に馴染みとなった海男が声をかけた。見ると、詩音の位置から見て真上にある甲板から、声をかけた男が軽く上半身を突き出している。

 「分かりました、すぐに行きます!」

 詩音はすぐにそう答えると、フランソワに軽く手を振って、船体側部に備え付けられた梯子へと向けて駆け出した。最早なれた梯子を勢い良く登りきった詩音は直後に、甲板に積み上げられていたハンモック十名分程度を投げ渡される。それをしっかと掴んで詩音は慎重な足取りで船内へと入っていった。小型艦という制約上、シャルロッテの階段は通常のものよりもほんの少し角度が急になっているせいだ。

 第一層部分には既に、旧式ながら左右二十門のカノン砲の設置が完了しており、乗員用のハンモックがその間を縫うように所狭しと並べられていた。シャルロッテの乗船員は機械化されていないこの時代ということもあるが、まともに戦闘を行うならば最低でも百名弱の人員が必要となる。プライベートの確保は困難を極めているが、この時代の船でそれを追求することは、流石のフランソワであっても困難であったのだ。

 その乗員の寝床となるハンモックは既に半数程度の設置が終えられている。詩音は手渡されたハンモックを脚立を使いながら、素早く取り付けてゆく。初めは戸惑ったこの作業も、慣れてしまえばたいして難しくもない。

 「詩音、私室にベッドを運び込むぞ。」

 ハンモックを付け終えた詩音が甲板に戻ると、滑車で持ち上げたらしい、組み立て式の二段ベッドを目の前にしたグレイスがそう声をかけた。そう、プライベートが殆ど存在しないシャルロッテの中で、設計上たった二つだけ完全なプライベートが確保されたスペースが存在している。一つは他の船舶にも存在している船長室。そしてもう一つ、倉庫の容量を減らしてまで用意したもの、それが大陸ではおそらく初となる女性専用室の存在であった。当初フランソワは自らがシャルロッテに乗り込むことを前提としながら自らの貞操の保護についての観点がなく、図面を見せられたグレイスとオーエンの指摘により急遽自らの私室を設計図に押し込んだのである。その部屋のベッドが二段ベッド二つという指示であるのは、将来的に女性が複数名乗り込むことをフランソワが予定しているものか、或いは自身だけで狭い船内の一部を独占することを嫌がったものか、それは明確ではなかったが。

 「やれやれ、人間は本当に非力じゃのう。」

 のほほん、と言いながら二段ベッドの下段部分をひょい、と軽々しく持ち上げたのはドワーフ族のオーエンであった。この一ヶ月で何度も目にしたが、確かにこのドワーフ、人間に比べると格段に力が強い。なにしろ鍛えに鍛えた海男が三人がかりで持ち上げるような代物でも、何事もなかったかのように軽々しく持ち上げてしまうのだから。

 「悪かったな、人間で。」

 苦々しく、ただし多分に冗談の混じった声でグレイスはそう言うと、二段ベッドの上段部分の端を掴みながら、詩音にむかって軽く顎をしゃくった。それにあわせてグレイスとは反対側を詩音は持ち上げる。こうして二段に分けて搬入するのも、一度に運べば狭い船内で身動きが取れなくなることを憂慮したからである。

 流石に重い、と感じながら詩音は第二層部分、船長室と女性室、そして倉庫が用意された場所へと降りていった。まだ弾薬と食料品の搬入は終えていない。完成後、処女航海までの一週間程度で装備品の搬入を終える予定となっていたからだ。

 「もう少し、色気のある部屋でもいいのじゃが。」

 詩音とグレイスが、漸くの思いでベッドを室内へと運び込むと、既にベッドの設置を終えていたオーエンが何かを嘆くようにそう言った。

 「お嬢様らしいだろ。」

 一度ベッドを床に置きながら、グレイスがオーエンに向かってそう言った。

 「レースのカーテンくらいつけても、罰は当たらないと思うのじゃ。」

 「つけたって、この部屋には窓がないだろ。」

 「気分の問題じゃよ。な、シオン。」

 「そう言われても。」

 突然のオーエンの振りに、詩音は困ったように首を傾げた。確かにシャルロイド公爵家の館は目を見張るような装飾で施されているが、詩音が目にした場所はその中でも一部でしかない。食客という立場である以上、詩音に当てられる部屋は他の衛兵や執事、そしてメイドたちが泊り込む宿泊棟の一部に過ぎず、稀に公爵であるアウストリアの話し相手に呼ばれることはあっても、フランソワの私室を覗くような行為ができるわけでもない。ただ、普段の服装がその可憐な肢体と美貌に相反して素っ気無い、質素なものを好むフランソワが、この部屋を華美に飾り立てるとは、少なくとも詩音には想像が出来ないことではあったが。

 「いいから、取り付けを手伝ってくれ。」

 呆れたように、グレイスがそう言った。その言葉に、まだぶつぶつと何事か呟きながら、オーエンが作業へと戻る。この二人、話し出すと言い争ってばかりのようだが、結局は良いコンビなのである。瞬く間に分割されていた二段ベッドを完成させた二人は、続いて持ち込まれたもう一組のベッドも手際よく備え付けた。

 「よし。」

 簡素な女性部屋の設置を終えると、グレイスが満足したようにそう言った。

 「これで殆どの作業は終わったはずだが・・。」

 「では、一度甲板に戻りましょう。」

 続けて、詩音がそう答える。その言葉にグレイスは軽く頷き、未だに何かを、おそらく室内の装飾について思考していたオーエンを連れて三人は船内の階段を上り始めた。途中の第一層をちらりと見ると、どうやら全てのハンモックの搬入は終了しているらしい。作業を行う人間は少数、どうやら散らかったゴミを片付けている様子であった。そのまま、甲板に上がると、出迎えたのは満面の笑顔を浮かべたフランソワである。

 「お疲れ様、グレイス、オーエン、それに詩音。」

 に、とフランソワは笑った。どこか誇らしげな、そして思わず心を躍らせるような、可愛らしい笑顔で。

 「これで全ての作業が終了したわ。皆、約束どおり今日は完成のお祝いよ!」

 フランソワがそう叫んだ直後、怒号のような歓声が沸き起こった。一部の男たちがフランソワを勢いで胴上げしようとして、グレイスに張り飛ばされる。その様子をくすくすと笑いながら見つめていたフランソワは、少し小さな声で詩音に向かってこう言った。

 「ビックスには悪いけれど。」

 その言葉に、詩音は軽く肩を竦める。日が暮れたら怒鳴り込んで来そうだが。

 「今日ばっかりは、仕方ないな。」「今日ばっかりは、仕方ないよね。」

 同時に発せられた、詩音とフランソワの声が妙にシンクロして、船の完成を称える声に紛れて、楽しげに消えていった。

 

説明
第十一弾です。

今日は調子よく書けましたw

黒髪の勇者 第一話
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