聖六重奏 4話 Part2 |
邂逅
杪さんの誕生日は、五月二日。
つまり、ゴールデンウィークとがっつり被っていることになる。
更に、杪さんの怪我も一週間前には無事、完治。いきなり全力疾走を見せてくれたのだから、もう安心だ。
――信じられないけど、もう僕達が入学して、一月ぐらい経つ。
入学していきなり事件があって、落ち着かない感じだったけど……あれを乗り越えて、早くも生徒会の中での信頼関係は確固たるものになったのだと思う。
その分、クラスメイトとの関係は疎かになっていたけど……まあ、その辺りは適当に上手く行っている。些希さんも、無事に何人かの女子と友達関係を築けているみたいだ。
そんな訳だけど、ある日の生徒会で「それ」を提案したのは、意外にも副会長だった。
「五月二日、比良栄さんの誕生日会兼、親睦会ってことでどっか行かねぇか?」
生徒会としての仕事は、五月中頃の球技大会の打ち合わせが終わり、六月末の遠足にはまだ期間がある、という丁度暇な時期。
加えて、まだ生徒会メンバー全員がプライベートで顔を合わせるという機会は、一度もなかった。
同じ学年同士や、幼馴染同士では付き合いがあるみたいだけど、雑談や遊びは生徒会の集まりだけで事足りてしまうから、今まで意識的にオフで集まることもなかったのだろう。
「良い話ですね。森谷さんが提案したということは、弓道部に同日の活動はありませんね?茶道部も大丈夫、剣道部は四日でしたね。後は一応、料研ですが」
「ないぜー。というか、集まり潰してでも行くに決まってるじゃあないか!あたし主役なんだし!」
とまあ、反対意見なし、皆に予定もなし、ということで数分でこの案件は可決された。
ちなみに、僕も些希さんも結局無所属。理由は、まだいまいち惹かれる部活がないのと、正直生徒会の集まりと勉強だけで手いっぱいだから。
評点を落としてしまったら、来年も生徒会に入ることが出来なくなってしまうし、趣味や退魔業以上に勉強の優先順位は高い。
「具体的には、どこに行くのですか?……杪さんが主役ということは、やはり食べ物屋?」
とは、冰さん。流石に杪さんのことをよくわかっていらっしゃる。
会長はすっかり先日のケーキ事件以降、大食いキャラが定着しているけど、杪さんはどちらかと言えば美食家だ。
あまり量は食べないけど、すごくグルメで、料理や食材に関する知識も豊富に持っている。……自分では作れないけど。
「と言っても、回る寿司は嫌だよ?乾いたシャリとネタなんて、むくむく食ってられないんだぜー」
「ファーストフードとか」
「お前は中学生か!」
副会長の案は、二秒で瞬殺。
「良い和食のお店なら、わたしが知っていますが」
「予算は千五百円以内で頼むー」
「最低でも二千円ないと、まともに食べれませんね」
時々、会長の金銭感覚がずれているのでは、と思う僕がいる。
見た目通り、すごいお嬢様とは聞いているけど、もう二年も寮生活はしている筈だ。
なのに、言っていることが貴族っぽいというか……。
「うーん、普通にカラオケとかで良いんじゃないですか?」
満を持して、僕の意見。
冰さんと些希さんは、あまりこの手の店には詳しくないらしく、うんうん唸るだけだった。
安直かもしれないけど、シンプルイズベストという素晴らしい言葉もある。
歌うのがメインの施設ではあるけど、軽食は食べれるし、部屋代も学生割が利いてかなりお手頃。半日遊ぶには十分だろう。
「そうさね。へへ、些希たんと河ちゃんの歌声も聴いてみたいしのぅ」
「そ、そんな上手くないですよ?」
下手なつもりもないけどね。方向音痴だけど、歌に関しては音痴じゃないと思う。
「反対意見はありませんか?――では、前に一度、杪と十二時間耐久した店がありますから、その大部屋を取りましょう。集合は校門前に十時半で」
……今、何気にすごいこと言いましたよ、会長。
十二時間?杪さんと会長が?
無限に騒いでいそうな杪さんは兎も角、十二時間歌い続ける会長……想像するのは簡単じゃない。
僕の妄想力を駆使しても、声帯をぼろぼろにしてまでマイクを握り続ける会長像は浮かんで来なかった。
――僕の知ってる会長と違う。それは。
翌日。
昨晩、今日が楽しみ過ぎて眠れなかった、なんて子供じみたエピソードもなく、普通に規則正しく寝て、規則正しく起きて、僕は校門に向かった。
寮暮らしだと、校門まですぐに行けるから、ぎりぎりまでゆっくりしていられるから便利だと思う。
といっても、この学校は全寮制だから寮生以外は居ないんだけど。
携帯の時計を確認。九時半。
まあ、一年生である僕が遅刻する訳にはいかないから、五分前行動なんて言わず、思い切って三十分前行動だ。
どうせまだ誰も来ていないだろう……と行ってみると、そこには長身の女性が一人居た。
あまり身長の高くない僕だけど、生徒会では三番目に高い。一番高いのは当然、副会長だから、残る女性とは――。
「おはよー河ちゃん!」
「おはようございます。杪さん」
比良栄杪書記長。彼女しか居ない。
休みの日なんだから、制服なんて着る必要はなく、私服を着ている。
意外にも(失礼か)今時の女の子らしい、カジュアルながらも腕や太腿の露出の眩しいファッションだ。
思えば髪も茶色に染めている訳だし、杪さんはギャルっぽいセンスの持ち主なのかもしれない。
「杪さん、早いですね。僕が一番だと思ったんですけど」
「にゃはは。あたしが一応主役みたいな感じなんだし、一番じゃないとね。ま、あたしが来たのもついさっきだけど」
「そうだったんですか」
「生来、早起きは苦手なもんでねぇ。どうせなら一時間前ぐらいに来たかったんだけどなぁ」
まだ目覚めきっていないのか、んーっ、と伸びをする杪さん。
目もまだとろんとしていて、ちょっと可愛い。
僕は寝起きが良い方だけど、女の子は皆寝起きが悪ければなーと思うのは邪な考えかな。
「いや、しかし久し振りだね。二人で話すってのは」
「そうですね。――もしかして、入学初日以来、かな」
「おお!そんなになるか。あの時の河ちゃんは、初々しくて可愛かったなー。今もすごい可愛いけどにゃー」
にやにやと猫の様に悪戯っぽく笑う。
うぅ……まだ当分この人には敵わない気がする。
というか、生涯かけても無理かな……。
「ところで、河ちゃんよ」
「はい?」
「そろそろ、本命は決まった?」
「ま、またその話ですか!?」
一月前にも同じような事を言われていた、気がする。
ウチの生徒会では、リア充カップルは兎も角、恋バナが好きなのは杪さんだけだろうか。
会長はもっと壮大なことに興味がありそうだし、些希さんは……いきなり僕を誘惑して来たりするけど、恋愛話が好きかといえば、そうじゃない気がする。
――そして、うん……そろそろ、のらりくらりと逃げ回るだけじゃなく、何か結論を出しておいた方が良い気もする。
ま、まあ、ここで杪さんに言ったら通りのルートに進む、なんて現実じゃ有り得ない訳だし……。
1.正統派?会長と答える
2.今、目の前に……杪さんと答える
3.あんな副会長には勿体ない!冰さんと答える
4.ミステリアスな同級生。些希さんと答える
5.その筋の方は歓喜!?副会長と答える!?
……くっ、僕にはとても選べないっ。
「まだ、その質問については保留、ということで良いとですか」
「ははは、そうかいそうかい。んじゃ、一応あたしから一つお伝えしておこう。あたしは勿論、会長も当面はフリーだぜ?そして、河ちゃんのことが少なからず気に入っている、と」
「お願いします……これ以上、いたいけな少年の心を弄ばないでくださいませ……」
がっくりと項垂れる僕を見て、またにゃはにゃは笑う杪さん。
この人、やっぱりSだ……それも弩級の。
僕の心のライフポイントを全力で減らしに来てるよ……。
後は普通にアニメやゲームの話をして時間を潰して、三十分後。
相変わらず、誰も来ない校門前。
「……あれ?もしかしてこりゃ、世界線の移動があって、カラオケ会のない世界線になってるとか?」
「なるほど!僕達にはRSがあった訳ですね!」
なんて言っても、そんなことはない訳で。
更に五分待ってみても、誰も来ない。
一人で待つというのも怖いけど、二人でもやっぱり不安はある。
本当に違う世界線に取り残された気分……今なら、オカリンの苦悩の一端を理解出来る様な……。
「……待ってください。杪さん。もしかしたら、本当、イフの話になるんですけど……」
「ん、なんだい」
「待ち合わせ時間、間違ってません?」
最もシンプルな、一つの可能性。
だけど、僕はこのシンプルな間違いを何度も犯して来た。
そういえば、来夜さんとも何度も。
「ま、待ちたまえ、河ちゃん君よ。今、昨日の夜にもえたんからもらったメールを確に……ナムサーン!」
「ど、どうしたんです!?」
天衣無縫にして、威風堂々。常に飄々としながらも、その心根は情熱的。そんな杪さんが、色を失くした。
目を見開いて、しかし視線は泳がせて、携帯の液晶という名の真実から目をそむけようとしている……が、そんなことは出来る筈もない。
……観念して、待ち合わせの時間を口に出して読んだ。
禁断の呪文を詠唱する様に。あるいは、罪状を読み上げ、審判を下す様に……。
「待ち合わせの時間は、十時半です。まさかとは思いますが、寝坊しないで下さいね。念の為に、十時に起こしに行きますが」
「……杪さん」
「あ、あたしゃ、確かにおかしいと思っただ……もえたんなら、余裕で三十分前ぐらいには来る……だが、それが来ないってことは……」
「部屋のインターホンを超連打してる!?それか、寮長に連絡入れて鍵開けてもらってるとか……」
「うああああ!!あたしは終わりだーーー!!何度言っても言い足りないけど、あたしがッ!泣くまで!ナムサーンと言うのをッ!やめないッ!ナムサーーン!!」
杪さん!あなた、もう泣いてます……!
もう、あなたは十二分に戦ったんです……どうか、どうかお気を確かに!
ちなみに、その後全力で寮の方へと向かったところ、その途中で会長から電話があり、無事に女性陣と合流出来ました。
副会長もすぐに出て来て、無事フルメンバーでカラオケ店へと向かうことに。
「そこで、私は思うんです。風紀の引き締めには、我々が幅を利かすより、生徒側の意識改革が必要だと」
「校則を守らせる、のではなく、守る気にさせるという訳ですね」
「はい。勿論、会長のことですから、可能な限り手は尽くした後だとは重々承知ですが、私は意外性のある方向からのアプローチを……」
カラオケへと向かう道中。
前々から感心があったのか、些希さんは会長と共に風紀の改善についての話し合いをしていた。
リア充二人は、相変わらずのどつき漫才。
朝から引き続き、僕と杪さんがセットとなる形になる。
「むぅ、もえたんと些希たんは、随分とデカい話をしてるなぁ。よし、河ちゃん!あたし等も高尚な話をするぜ!」
「は、はぁ。どんなのですか?」
「そうだなぁ……よし、議題はエントロピーの増大と、魔法少女の必要性についてだ!」
「それ、確実にまどマギの話ですよね!?高尚どころか、超アニメの話じゃないですか!」
「ふふふ……だが、まどマギは概念だらう!?ある意味、あたし達は世界構造全体についての話をすることになる訳だ!」
「そ、そう考えると、なんかすごい感じはしますね……」
僕もあのアニメは大好きだし、語れないことはないから、案外僕達が話すには良い内容かもしれない。
いきなり難しい話なんて出来る訳ないんだから、身の丈に合った話をするぐらいで、丁度ね。
それにこういう話をしていたら、なんとなく杪さんが歌う曲も予想が付く気がする。
まあ、十中八九アニソンをごり押しして来るだろう。で、僕もそれに乗っかって、些希さんもその方面には精通していそうだし、乗ってくれそうだ。
ああ、そう考えるとすごく夢が広がる。杪さん、萌え系が好きっぽいけど、あの手のアニメの曲って、男だと歌い難いものも多いからなぁ。僕は歌えないだろうから、杪さんの美声に期待。
些希さんは声も落ち着いた感じだから、エンディング曲ならどれを歌っても大体、様になる気がする。あ、ゲームの人になるけど、霜月さんとかすごい似合いそう。後は、片霧さんとかも良いかも。
「おっ、と。そろそろ到着だぜ」
「へぇ……ジャン○ラですか」
まあ、ベタなところ。
アニソンもそれなりにカバーしてる、DAMの部屋を取る、って感じだろうか。
「もえたん、無論、JOYだよなっ」
「ええ。他はわたしが歌えるものがありませんから」
……あれ、アニソン、同人ソンに定評のある、JOYさんですか?
というか、会長、何気にすごいこと言った様な……。
「皆さん、学生証を出しておいて下さいね。杪、割引クーポンのURLを……」
「おう!赤外線受信頼むぜー」
なんかもう、すごく庶民的。とっても「日常」な雰囲気。
金銭感覚までお嬢様疑惑のある会長だけど、貧乏学生のお財布事情もちゃんと考慮してくれているみたいで、安心。
「えっと、聡志君。赤外線って、どこから出るんだっけ」
「あー、些希さんの携帯なら、ここかな?受信にするにはどこ押せば良いか、わかる?」
「……ちょっと、不安かも。あんまりこういうのしたことないし、今の友達のメアド交換は、相手の子に任せちゃったから……」
「はは、そっか。えっと、ここだね。ちなみにプロフィールを送るだけなら、このメインメニューでゼロを押すだけでプロフィール画面を呼び出せるんだよ」
「へぇ……」
あんまり携帯に詳しくないらしい些希さん。
ちょっとしたことだけど、なんとなく距離が縮まった……気がする。
ちなみに。
「え、えーと。一刻、どうすれば良いんだったっけ」
「馬鹿だなお前、そんなのもわからねーのか?」
「だ、だって、メール送るのも苦手だし……」
「ほら、貸せ。全部俺がやってやるから」
……こんなリア充カップルも居ましたとさ。
末永く爆ぜろ。
学生証とクーポンを提示して、部屋へ。
ゴールデンウィークなのに案外空いてるっぽいのは、学校からそれなりに離れたところにあるからだろうか。
もっと近場にいくつも大きめのカラオケ店はあるから、そっちは開店と同時にほぼ満員になっていると思う。
長めの距離を歩かないといけないのは大変だけど、そこはまあ、若さでカバー。杪さんの足も治ってるしね。
「では、杪。お誕生日おめでとうございます」
『おめでとうございます』
会長の言葉を皮切りに、全員で声を合わせてのおめでとうの言葉。
杪さんは照れたみたいで、にゃははと顔を赤くしていた。
「も、もう、そんな威勢よく言ってくれなくて良いのによー」
会長が杪さんにマイクと目録を渡して、もう一本のマイクは自分自身が持つ。
どうやら最初に歌う曲はもう決まっているみたいだ。
「おし、じゃあ、一発目はあたしともえたんのラブラブっぷりをアッピルしてやんよ!このナンバーで行くぜい!」
「はぁ……一曲目なので、テンションを上げきれないかもしれませんが」
目録を手に取ると、ニュートリノ並の速度で杪さんが曲を入れる。
他に予約がないので、当然その曲が流れ出す。
歌詞が表示させると、前奏が入る前にノリノリで歌い始める杪さん。ああ、この曲は……!
そう、「ヒャダインのじょーじょーゆーじょー」かっ!
杪さんがヒャダインパート、会長がヒャダル子パートを歌っている訳だけど、なんかもう、杪さんの声芸が凄まじい!そして、会長の声が必死可愛い!
油断をしたら、全てを持って行きそうな杪さんのパワーボイスに、声量も明らかに負けているのに、必死に喰らい付こうとする会長の攻めの姿勢……良い!
会長、これはそう、萌えです!萌さんだから、とかいうダジャレじゃなく!萌えです!
「よっしゃあ!最高に場はあったまっただろう!じゃあお次、行ってくれい!」
「はっ……うぅ、飲み物……」
一曲で、満身創痍のご様子の会長。対して杪さんは、これから十曲でも連続で歌えそうな元気の良さだ。
「次に入れたのは、私の曲ですね。温まった場に水を差すことになるかもしれませんが」
マイクが冰さんに移る。
冰さんがアニソンとは思えないし、もしかしたら、なにがし48とか来ちゃうんじゃないですか、これ。
あんまりそういう、きゃっきゃっした曲は好きじゃない僕だけど、冰さんなら僕得過ぎる!
流れ始めた曲は……えっと、よくわからない。表示された曲名は……「サイレント・イヴ」!
季節感とか無視の、しかも古い曲だけど、冰さんの正に氷の様に澄みきった声にこれは、すごく合う……!
歌唱力もすごく高いし、じっくりと聴き入ってしまった。
聴き入り過ぎて、次に副会長が歌った曲なんて、速効で忘れてしまうぐらい。
「あ、次は僕ですね。『人生美味礼讃』です!」
曲が流れ始める前に、曲名をばらしてしまうと、知っているのか杪さんが含み笑いをして、会長も頭を抱えて見せた。
些希さんにも通じた様で、にやにやと意地悪そうに笑う。
――そう、わかる人にはわかると思うけど、これはぶっちゃけてしまえば、カニバリズムの歌……。
お昼ご飯を前にした今この時間に、本来なら歌うべきじゃない……だけど、それをあえて歌う。それが僕のカラオケ美学だっ!
「ちょっ、おま、飯が不味くなるだろ!」
「……えっと、一刻、どういうこと?」
「わ、わからんならそれでいい。お前は穢れてくれるな」
「う、うん」
ふははは、見事、副会長の食欲を削ぐことに成功したぞ!
「最後に、私ですね。会長さん、どうぞ」
「はい。次は杪、デュエットはしませんよ。あなたに合わせると、五曲も歌わない内に声帯がおかしくなりそうです」
なんとなく学年順に入っていた予約も、些希さんで最後。
再生された曲は……まさかの「1000%SPARKING!」!?些希さんが元気な曲、という時点で結構な意外性だけど……って、声真似をしていらっしゃる!?
というか、二番の台詞が完全に本人と一致している気がするのですが……まさか些希さん、物真似が出来る人だったなんて。
全然透明人間じゃないよ、これ。確実に存在感ありまくりですよ、これ。
「会長さんと杪さんの為、二人の曲は歌わないことにしますね。今日は三人以上をメインに歌わせてもらいます」
他の物真似も、出来ると言いなさるのか……なんてこった。
さて、続いて、会長の曲。
むっ、この可愛い感じの出だしは……「童話迷宮」か!
いつもは涼やかな声で話している会長が、すっごく萌え萌えきゅんな可愛らしい声で歌っておられる!
だ、誰かゴスロリ衣装を!ここにゴスロリ衣装を持ってクルノデス!
「うわ、やべ、もえたんの見てなかった。ゆかりん被っちまったぜ」
次の杪さんの曲は……「Black cherry」か!
ちょっとマイナーな曲だけど、小悪魔っぽい杪さんの歌声が、ジャズと合わさって最強に聴こえる!
しかし、さっきは男性的な声だったのに、こんな声も出せるなんて。杪さんの声帯が謎過ぎる……。
「では、私も流れに乗りますね」
冰さんの入れた曲は……!?こ、この前奏……忘れる訳がない。僕の青春の名曲!「雪、無音、窓辺にて。」だ!
なるほど、冰さんの傾向が読めて来た、冰さんだけに、雪や冬に関係した曲縛りで来るつもりなんだ。……というか、すごい上手い!
あんまりアニメとか見なさそうなのに、このクオリティとは……お陰で、副会長の曲は今回も忘れてしまった。
いや、一応、空気読んでアニソンだったと思うんだけどね。無難に上手かったし。
やりたいことはやったので、些希さんに先を譲って(しつこいけど、ダジャレじゃありません)、流れ出したのは……「ルーレット☆ルーレット」!あれ、これは普通に一人の……と思ったら、ガヤみたいに入ってる他のC組メンバーの声を、可能な限り再現し始めた!?
すごい……なんかもう、意味がわからないぐらいすごい……。
こんなの絶対おかしいよ(褒め言葉)!
楽しい時間はあっという間に流れて、もう夕方。
結局、中盤以降は杪さんが歌いまくったり、思い出した様に些希さんが凄まじい声真似をしてくれたりしていた。
会長は控えめで、冰さんも同じく。たまに盛り上げるという名目で副会長がロックな魂を見せ付けてくれたけど、まあ、上手かったと思う。
「さて、もえたん!あたし達は夜まで歌い続けようぜ!」
「杪。わたしは今日これ以上……」
「そんなこと言わないでさー。あたしの誕生日ってことで、頼むよー」
「……そういえばそうでしたね。わかりました。皆さんは先に帰っておいて下さい。杪に付き合うと、喉を潰されますから」
会長一人が杪さんの犠牲(この言い方はアレか)になってくれるそうで、僕達は五時には店を出ることに。
カップルさんはこれから寄るところがある、ということで別れて、僕と些希さんで寮へと向かった。
「今日は楽しかったね。まさか、些希さんがあんなに物真似が上手だと思わなかったよ」
「ふふっ。地味な子ほど、意外な得意があるものでしょ?」
「いや……些希さんはもう、存在感ないのが特徴だから、ある意味地味じゃないというか……」
「むっ、暗に私のこと、馬鹿にしてる?」
「いやいやいや。そんなことは」
二年生の二人じゃないけど、痴話喧嘩みたいなゆるゆるーっとしたやりとり。
カラオケもすごく盛り上がったけど、こんな何気ない会話も楽しい。
杪さんとも自然に話せるけど、やっぱり同い年の些希さんが一番気兼ねないから、一番素に近い会話が出来ると思う。
……だから、話に夢中になっていて、彼女がすぐ近くに居ることにも、気付けなかった。
それは、彼女も同じ。女の子と――多分、友達と話していて、僕に気付いていなかった。
『わっ』
どん、と彼女の肩が、僕の肩に当たった。
慌てて、頭を下げる。
「ご、ごめんなさい」
「い、いえ。ぼくも不注意で……えっ?」
大きな黒の瞳が、僕を見つめていた。
漆黒の髪、白い肌。ファッションは相変わらず、絵本の中のお姫様みたいな白いワンピース。
かつてストレートだった髪はポニーテールに結われていて、より活発でボーイッシュな印象を受ける。
ずっと嘆いていた膨らみに乏しい胸も、会わない期間の内に無事成長したみたいで、些希さんと同じか、それ以上はある。
……彼女は、前以上に美人になっていた。
「来夜、さん……」
「聡志……君」
再会は、本当に突然にやって来た。まだお互いの心の準備が出来ていないのに。
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前回がシリアスだったので、今回はちょっとゆるめのお話です | ||
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