ぼくのかんがえたがんだむ 悪ノリ01Bぱーと
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《ああっ! ベイヴ! やっぱり出発しちゃってたんですねっ!》

 突然、映像通信の回線が開くなり、キルティーナが叫んできて、ベイヴは小さく嘆息した。

「お姫様よ……いい加減、シャワールームから映像通信入れんのやめようぜ」

 ベイヴの言う通り、シャワーを浴びたままの格好でキルティーナは通信を入れてきているのだ。

 流曲線状の肢体を伝う無数の雫など気にも留めず、胸元などもタオルで隠すようなこともしないで、怒っている。

 出るところが出ていない身体であろうと、もう十代の中盤に差し掛かっている少女の身体を、そのテの趣味がなくとも、じろじろ見つめるのはどうだろうか。

 一応、彼女の目を見て話しているものの、目のやり場に困るのは事実である。

「もう十六にもなるんだ、出るトコだって出て…………いや、十六にもなるんだから、恥じらいってもんを持ってくれ」

《大丈夫です! ベイヴ以外にはしてません! あと、今、言い澱んだ言葉を最後まで聞かせて欲しいです!》

 今の話を聞く限りだと、タチが悪いことに、ベイヴ以外に対しては恥じらいを抱いているらしい。是非ともその恥じらいを自分にも向けて欲しいものであるが――

(あれ? もしかして、俺ってば、コイツに男扱いされてない?)

 それはともかく。 

「何でハロ連れてシャワー浴びてんだお前?」

《普段は入ってこないんですけど、今日は一緒に付いてきたんですよ。一応、防水はされてるんですよね?》

「まぁそうだが……あんま大量に水浴びさせないでやってくれ」

 そう返してから、思うことがあり、ノア・ホームズのブリッジに音声を繋ぐ。

「ファン。何故かハロがキルトのシャワーにご一緒してる。どうにも、ハロの意思らしい」

《はい。どうやら、トーシットがハロに頼んだようですので、彼には血の海に沈んでもらいました》

 それで大体、トーシットがハロに何を仕込んだかを理解した。

 ハロに仕掛けられたカメラは、この仕事が終わり次第、取り外させてもらおう。

「中々のナイスプレイだが、操舵に問題が出ないようにな」

《一応、私も操舵は出来ますから》

「そういう問題じゃねぇんだけどな」

 小さく苦笑してから、改めてキルティーナの通信の方に向く。

「キルト。お前さんへの指示はファンに伝えてある。とっとと湯浴み切り上げて、コーサクに乗って待機してくれ」

《はい! ……あ、通信切る前に、一つ良いです?》

「ん? 何だ?」

《さすがに、ノーマルスーツの上にネクタイはどうかなぁって》

《ベイヴ、ヘン。べイヴ、ヘン》

「うるせぇ」

 キルティーナとハロの言葉に、憮然と通信を切ったあとで、小さくうめく。

「うーん、悪くねぇと思ったんだがなぁ」

 どうにも、あちこちから評判が良くないので、止めた方がいいのかもしれないと、彼は嘆くように息を吐くのだった。

 

 

「さて……と」

 出撃直後にメンバーと漫才を繰り広げてしまったが、さすがに目的の岩礁地帯までやってきたとなると、そうは行かない。

 今回の依頼は海賊退治だ。

 事前情報からすると、この海賊達は軍人崩れのようである。

 この岩礁地帯は、いくつかのコロニーを直線で結んだ時の丁度交差点にあたる。それらのコロニーからコロニーへ直線的に移動した場合、この近くを通ることが多い。

 ここは、あちこちにある岩礁のおかげで視界は悪く、身を隠すのにはうってつけの場所ではある。そして、奇襲をするにも。

 そして、依頼人は、運悪くここで海賊に襲われてしまった、運び屋ギルドの生き残りだ。

 奇襲によって護衛用MSが一機動けなくなってしまい、そこからあっという間に囲まれてやられてしまったという。

 だが、依頼内容はメンバーの敵討ちではなく、今後、ここを通るだろう民間のシャトルや同業者達の危険を取り除いて欲しいという内容であった。

 内容そのものはどこかしらの軍がやるべきことだ。

 この岩礁を中心とした各ルート上のコロニーは、三大陣営それぞれの所有のものが入り混じっている。そのせいで、ヘタにコロニー駐留軍を動かすと各陣営と諍いが置きかねないという理由で、この岩礁地帯の海賊達を放置しているようである。

 まったくもって馬鹿げている――と、民間人は思ってしまうのであるが、それが中立相互組合『ギルド・ファウンテン』の設立した理由でもあった。

 各陣営の政治家や軍は、その資源争いの為に、民間人を蔑ろにしてしまっている。

 無論、今回のようにヘタをすれば大規模な戦闘になってしまい、逆に民間人の被害が大きくなってしまうという理由は分かる。

 だが、それで納得できるような民間人はいないのだ。納得出来てしまうのは、ベイヴもまた軍人崩れであるから、なのだろう。

 だからといて、それを放置できないからこそ、軍を辞め、『ギルド・ファウンテン』に自らが立ち上げた何でも屋ギルド『ブルーブルース』を登録した。

 登録しなくても、ギルドという自称できなくなるだけで、ギルドの立ち上げは可能だ。

 だが、登録しておくと、ある程度スムーズにことが運ぶことが多い。

 とはいえ、『ギルド・ファウンテン』は各ギルドに対して何かするわけではない。『ギルド・ファウンテン』は、フリーランスである各ギルドに対して、中立としての後ろ盾となるだけの存在だ。

 基本、ギルドとは全てが自己責任の個人組織なのである。だが、それだけだと三大陣営などが仕事に絡んできた時に、どうしても依頼人あるいは民間人を蔑ろにせざる得ない状況が発生してしまう可能性がある。だが『ギルド・ファウンテン』に登録してあれば、そうした時に、第四の陣営として堂々と名乗ることが出来る。

 だが、前提としては自己責任だ。第四の陣営を名乗った結果、かえってトラブルになった場合も責任を取るのは名乗ったギルドだ。だが、当然、各ギルドの上位組織という扱いとなっている『ギルド・ファウンテン』にも何かしらの責任が飛んでくる。

 そうした場合においては、『ギルド・ファウンテン』はしっかりと対応をする。そして全てが終わった後で、改めて原因となったギルドに責任を取らせるのだ。

「そう――自己責任だ」

 ブルーサニーズのコックピットで、ベイヴが小さく呟く。

 海賊達がどうして軍人を辞めたのか、あるいはクビになったのかは知らない。だが、こうして犯罪者に身を落としてしまったのは、自分達のせいなのである。

 そして、もし自らが望んで海賊などをしていたのだとしても、それもまた自己責任。そうした犯罪を始めた時点で、ギルドないし各陣営の軍に撃たれる覚悟があるはずだ。無いのであれば――

「ま、覚悟があればまだマシって程度で、結果はどっちも同じだろうが……」

 各種レーダーと睨めっこしながら、周囲の警戒をしていると、熱源反応を三つ感知した。

「おいおい、堂々としすぎだろ」

 思わず苦笑してから、べイヴは舌なめずりをする。

「いいぜ。そのトラップ見え見えのお茶会。ご招待あずかろうじゃない」

 べイヴはフットペダルを踏み込むと、岩礁地帯の中央でわざわざ待ち構えてくれている一機に向けて、ブルーサニーズを加速させた。

 

 

「ファンさん、私はどうすれば良いんですか?」

 シャワーを浴び終えて、淡いピンクのラインの入ったノーマルスーツを着たキルティーナが、MSコーサクのコックピットから、ブリッジに訪ねる。

《まずは艦のそばに居て。ベイヴと海賊の戦闘が始まったら、艦を前に出すから――》

「近づいてくる敵や、ベイヴを狙う伏兵を倒す……ですね」

《ええ。だいぶ、そういうコトが分かるようになってきたわね》

 先程からクールな表情を崩さなかったファンが、小さく微笑む。

 自分以外の『ブルーブルース』の面々は滅多に見れないらしいその笑顔は、キルティーナの大好きなものの一つだった。

 ファンは不思議と、自分にはこういう顔を見せてくれるらしいのだ。

 もっとも、その笑みはほとんど一瞬で、次の瞬間にはいつものクールな顔に戻ってる。

 だけど、あの顔を自分のせいで曇らせるようなことはしたくないと思わせるには充分である。

「それじゃあ、ファンさん。出ますね」

《ええ。気をつけて。無理はしないように》

 映像通信のウィンドウが閉じ、コックピット内の明かりが、照明と計器だけになる。

 その中で、一度目を伏せて、小さな深呼吸をしてからゆっくりと目を開く。

 この瞬間から、自分はただの小娘ではない。例え他の誰かからそういう扱いを受けようとも、再び艦に戻り、ヘルメットを外すまでは、ギルド『ブルーブルース』のMS乗りだ。

 スクリーン越しに、ハッチがゆっくりと開いていくのを見る。

 それが完全に開いたのを確認してから、キルティーナは告げる。

「キルティーナ・キャルナ。コーサク、行きますッ!」

 

 

「よ。ご招待預かったぜ」

 岩礁地帯の中心部の開けた、岩礁のない空白地帯で待ち構えていた黒いサニーズに、べイヴはわざわざ映像通信で呼びかけた。

《貴様は……ッ!》

 次に返って来たのは、黒いサニーズのパイロットの怨嗟に満ちた顔だった。

「おや? 俺、おたくと会うの初めてだけど?」

《忘れたとは言わせんぞ……ヴェルベイヴリッド・ベイリオンッ!》

 突然言われた本名に、思わず驚く。

 そんなべイヴに自分の正体を示したかったのか、相手のパイロットはヘルメットを投げ捨てた。

《このオレを忘れたとは言わせんぞッ!》、

「あー……なんか、驚き損だぜ」

 それに対して、ベイヴは思わず肩を竦めた。

 正直言えば、あまり見たくなかったハゲ頭である。

 もっとも、ベイヴが知っているハゲ頭とは少々変わっており、大きな傷がいくつか出来ているが、まぁそれはどうでも良い。

《貴様……ッ!》

「堕ちたモンだなぁ、クルーブル少尉殿?」

《……堕ちもしなかった……あの時、貴様が裏切らなければなぁッ!》

「そーやって、他人のせいにばっかりしてきた((結果|ツケ))が今の通りだろ?」

《ふざけろ! ベイリオンッ!》

 詰まらなそうに返答を繰り返すベイヴに、ついに激昂したクルーブルのサニーズがビームライフルを構えた。

「俺はふざけてなんかいねぇよ! クルーブルッ!」

《黙れぇッ!》

 直後に飛んでくるビームライフルからの射撃を躱すと、ブルーサニーズは腰のホルスターについていたビームピストルを抜いた。

 そして、オープンチャンネルを開くと、ベイヴは宣言する。

「クルーブルッ! ならびにここを根城にしてる海賊どもッ! 俺はギルド・ブルーブルースのリーダー、ベイヴ・ベイルだ! これよりテメェら全員へ、お仕置きの時間ってヤツだ! 根こそぎぶちのめしてやるから、覚悟しやがれッ!」

《調子に乗ってッ!》

 クルーブル機から撃たれた二発目のビームを今度は、大剣の腹で受け止める。

「ただ馬鹿でかいだけの剣だと思うなよ。ハイアンチビームコーティングを施し、ガンダニア合金をそこそこ使った一級品だ」

 ブルーサニーズの右側から、かなり小さな岩と共に迫ってきた別の黒いサニーズを、その岩石ごと両断する。

「んでもって……切れ味だって一級品よ」

 本来、宇宙空間――いや例え地上であろうとも、その長さと重量から、一度振り回せば、その遠心力でブルーサニーズがバランスを崩しかねない代物である。

 その遠心力に対しバランスを取るには、通常のバランサーだけでは物足りないため、スラスタやバーニアを絶妙に操作することで、一時的にバランサーとして利用するという手段を取っている。無論、その全てのコントロールをベイヴがしているのではなく、ある程度、OSに事前プログラムをしている。

 そもそも、このブルーサニーズのカスタム内容の大半はそこに集約されているだ。

 即ち、グランザンバーを振り回すこと。

 ビームピストルの作成目的ですら、ライフルだと大剣を振り回す時、邪魔になるからという理由である。

 両断した石片と爆風に巻き込まれないように、素早くその場から離脱する。

 すでに、クルーブル機は移動している。さすがに、その一連の動作を傍観してるほど馬鹿ではないらしい。

 クルーブル機を探そうとした直後、アラートが鳴り響く。

「砲撃か!」

 それを避けながら、砲撃の出所を窺い、ビームピストルを向ける。

 やや距離がある上に、すでに敵機は姿を隠している。

 事前に確認した三機のうちの一機。

「三機だけってコトはないはずだが」

 クルーブル機と、両断したサニーズと、今しがた砲撃を打ってきた機体――たぶん、地球連合のディーンズというサニーズをベースに遠距離戦を強くしたMSだろう――以外にもMSはいるだろう。少なくとも、一時的に動力を押さえてその辺りに隠れているか、あるいは対レーダー用のG・チャフを撒いているか。

「G・チャフって結構いい値段するよな確か」

 基本的に軍用で、一般流通には出回っていないものだが、そこは蛇の道は蛇。行くところに行けば購入は出来る。

 とはいえ、たかが海賊風情がそうそう手に入れられるとは思えないが。

 油断なく周囲を警戒しながらレーダーを見れば、キルティーナ機のシグナルが現れた。

「お、準備は出来たみたいだな、お姫様も」

 くくくっと喉の奥でべイヴは笑うと、ブルーサニーズにグランザンバーを肩に担がせる。

「それじゃあまぁ背中は任せるとしますかね」

 軍人崩れとはいえ、今はもうただのゴロツキ集団だ。であれば、頭を潰せば大人しくなるだろう。

 大人しくならないなら、全員叩きのめせば良いだけだ。

 現状、海賊の頭っぽいのは――

「俺、実は鬼ごっこってのは得意なんだぜ少尉殿。特に鬼役がな」

 

 

 MSコーサクは、((月面都市|ルナリア))及び月所有のコロニーにて現行で使われている作業用のMSだ。

 サニーズのような人型のシルエットはしておらず、人々の口からは巨大な弁当箱に手足が付いてると言われるような形をしている。実際にその通りであり、やや長方形のボディの側面に関節が二つある長めのマニピュレータと、地上での安定感を高めるためのごつい足を持っている。

 無論、作業用の名が示す通り、本来のコーサクには武装などないのだが、キルティーナ用のコーサクには、ブルーサニーズ同様にオイボレが色々と手を加えて戦闘を可能にしていた。

 本来カーキ色がメインのコーサクであるが、このキルティーナ機は、彼女の好みに合わせてピンクベースでカラーリングされている。だが、色以上に目を引くのはその頭に付いた砲台だ。

 この砲台、元々地球製MSであるディーンズの左肩についていた無反動砲なのだが、それをオイボレが、性能そのまま無理矢理このコーサクの頭に取り付けたのである。

 また左のマニピュレータがやや太くなっており、その先端は物をつかめそうにない、鉤爪状に改造されていた。その鉤爪状の掌の中央には穴が開いており、ここから拡散ビーム砲が撃てるようになっている。こちらはオイボレの完全なオリジナルだ。

 ベイヴに言わせると、この拡散ビーム砲はピーキーすぎるとのことだが、そもそもブルーサニーズが担いでいる((大剣|グランザンバー))だって((他機|ひと))のことは言えないはずである。

「……レーダーに反応。肉眼でも確認……っと」

 口の中で小さく呟いた時、ノア・ホームズのファンから通信が入る。

《そちらでも確認してるわね》

「はい」

《今の所はこちらに来るのは一機のようだけど……》

「岩礁地帯の外に出ると、隠れられるようなもの、この宙域にはないですよね?」

《ええ。でも、G・チャフを使ってる可能性も考慮した方がいいかもしれないわね》

「近年のレーダーなどは優秀で便利だけど、本当の意味で優秀で最後に役に立つのは、人間の五感……ですね」

《ええ。頼んだわね》

「頼まれました!」

 キルティーナは自らが操るコーサクをノア・ホームズから先行させる。

 正面から向かってきているのは黒でカラーリングされたディーンズだ。

 サニーズをベースに装甲を強化され、左肩に無反動砲を取り付けられた、遠距離戦主体のMS。

 手にしている武器も銃身が長く出力の高いロングレンジビームライフルだ。

 前方の機体以外にレーダーに反応はない。スクリーンをぐるりと見渡すが、視認できる機体はなかった。

 G・チャフが散布されていれば、敵機の反応は無くとも、G・チャフそのものの反応はあるはずだが、それもない。

 ならば、今こちらにいる敵は、目の前の一機。

 たかがギルドが保有する小型戦艦とコーサク一体だと、こちらを侮っているのだろう。

「ならば教えてあげます」

 それは宣告――と、いうよりも、言霊だ。

 何度やっても、どうしても馴れることのない、命のやりとりに赴く自分を、奮い立てる為の、言霊。

「貴方達が、どんなギルドに目を付けられたのかってコトを!」

 気合と共にコーサクを繰る。

 本来コーサクには付いていない大きめのバーニアを吹かせて、加速する。

 やや斜め前方へ。例えこちらが、相手の攻撃を躱せても、流れ弾が母艦に当たっては意味がない。

 だが、ディーンズの狙いはノア・ホームズのようだ。

 移動したこちらに反応をしていない。

 だったら――

「振り向いてもらえないなら、振り向いてもらうだけですっ!」

 狙いを付けて無反動砲の弾鉄を引く。

 さすがに当たるわけにはいかないと思ったのだろう。すぐさまその場から移動する。

 無反動砲の弾数は最大六発だ。ビームと違い、一発ごとの出力の調整なんて出来ない実弾兵器なので、残りは五発。牽制と注意を引き付ける為とはいえ、あまり撃ちたくはない武器ではあるが――

「ええ、そうですよ。ノア・ホームズを遠距離から撃とうとするなら、私の無反動砲のターゲットですよ」

 そう容易に戦艦を狙えないと分かってもらえたなら、それでいい。そう思ってもらえたのなら、無駄弾ではない。

 ここからが本番だ。

 先ほどまでノア・ホームズに向けていたロングレンジライフルをこちらへと向けてくる。

 あの銃から放たれるのは、普通のビームライフルよりも高出力のエネルギーだ。最低限のアンチビームコーティングすら施されていないこのコーサクでは、かすっただけでも当たり所によっては致命傷である。

 このコーサク、直線的な一瞬の加速はサニーズをも凌ぐほどになっているのだが、如何せん『直線的な加速』しか出来ない。その上、通常機動はあまり俊敏とはいえず、大きめのバーニアも、追加されたスラスタも、結局はコーサクにしては素早い動きが出来る程度のものでしかない。

 とはいえ、キルティーナはこのコーサクに乗るのは初めてではない。そもそも、MSの操縦を覚えてからは、ベイヴと共に戦闘のみならず、MS使った仕事をいくつもしてきたのだ。このコーサクのスペックなんて百も承知である。

 まだディーンズとの距離はある。それを詰める為に、ターゲッティングされているのを承知で、両手を左右に真っ直ぐ伸ばし、コーサクをディーンズに向けて――ディーンズに対して、その足下へ向かうような直線加速させる。

 その加速力に驚いたのだろ。様子見のように構えてきたライフルを撃ってくる。

 この加速は一時的なものだ。宇宙故に慣性で一気に進めるが、地上で使う場合は本当に一時的なものですぐ止まることだろう。

 しかしそれは、裏を返せば、ちゃんと止まろうとしないと、宇宙では止まれない。

 でも、それで構わない。元々、加速した時点でそうそう止まる気などないのだから。

「……っ……!」

 加速によって掛かるGにキルティーナは顔を顰めながら、それでも冷静に左マニピュレータから拡散ビーム砲を発射する。

 このビーム砲、かなり反動が大きいのだ。本来はスラスタなどと併用して撃ち、バランスを崩さないようにするのだが、今はそんなものを一切使わずに、トリガーを引いた。

 それにより、正面へ向かって加速しつつも、ビーム砲の反動分だけその軌道が斜めに傾く。

 ディーンズは慌ててこちらに向けて構え直そうとするが――

「ちょっと遅いですッ!」

 瞬間加速用のバーニアを再点火。

 この加速ならば相手が構えてライフルを撃つより先に、間合いへ入れる。

 左マニピュレータを正面に構え、敵ディーンズのやや下方から発射した。

 普通のビーム砲やビームライフルであるのなら、ここはすでに有効射程圏内。ディーンズのパイロットもそれを分かっているのだろう。構えていたビームライフルを撃つのを止めて即座に防御姿勢を取った。

 無理矢理にでも回避するつもりだったのだろうが、このビーム砲はオイボレ謹製の拡散砲だ。発射と同時に大きく拡散するビームは、一発一発の威力は非常に低く、なによりその最大有効射程は通常のビームライフルの半分以下である。射角が広いのでこの位置から撃てばディーンズは全身に散弾を浴びるだろうが、届いたビームは相手を撃墜するほどの威力はない。精々装甲表面を削る程度だ。

 だが、防御姿勢を取らせた。それで充分だ。充分な隙を作れた。

「後は……! これで――ッ!」

 拡散ビーム砲はただの目くらまし。本命は当然、この無反動砲だ。

 この砲身から放たれる百八十ミリの砲弾は、いかにサニーズより装甲の厚いディーンズといえども、耐えられるものではない。

「いけぇーっ!!」

 防御姿勢を解いたディーンズが慌ててビームライフルをこちらに向ける。

 だが、時既に遅し。

 砲弾が装甲に食い込み、爆発。そして、ディーンズは四散した。

 キルティーナは、爆砕するディーンズに顔を顰めた後、ややして大きく深呼吸をし、気を取り直す。

 周囲に敵影はなさそうだ。

 ならば――

「ファンさん!」

《ボスの援護、頼むわね》

「はいっ!」

 

 

「どんなに上手に隠れても……ってな」

 大きな剣を持ちつつも、ベイヴは器用にブルーサニーズを操って岩礁の間を縫って進んでいく。

 クルーブルの黒いサニーズと援護砲撃を撃ってきたディーンズの二機。二手に分かれた海賊達に対して、ベイヴは躊躇うことなくディーンズに狙いを付けた。

 先ほどベイヴを狙ってきたディーンズのパイロットは、岩ごと僚機が斬られたのを見ていたのだろう。こちらに狙いを付けられたと気づくなり、自分も同じ目に合うまいと思って岩礁の多い方へと逃げ始めた。

 おかげでビームピストルで狙いは付けられないし、グランザンバーが邪魔で中々進みづらい。

 だが、それは向うも同じだ。

 手にしたビームライフルも、必殺の無反動砲も、岩礁が邪魔で狙いは付けられまい。ましてや肩に付いてるあのごつい砲身は、この岩礁地帯を進むには邪魔になっている。

 一見するとこの追いかけっこ、互いに手を出せないという意味では五分のように見えるが、実はそうでもない。精神的な余裕はベイヴにあった。

「向うはヘタすりゃ、岩ごと斬られるなんてビビってるんだろうな」

 だとしても、岩礁の多い方へと逃げたのは判断ミスだ。

 最初に砲撃をしてきた間合い。こちらを中心にあれを保ち、奥は進まず円を描くように動くべきだった。こちらは岩礁の少ない場所、向うは岩礁の多い場所を位置取るという絶好の状況だったのだから。

 何より、この岩礁の密度の高い場所というのは、こちら以上に向うが振りなのだ。遠距離戦を得意とするはずなのに、岩礁のせいでそれが出来ない。一応、対MS用ダガーなどの装備はあるだろうが、そもそもディーンズはそこまで接近戦が得意とは言えないのだ。接近戦主体のこちらとでは、圧倒的に不利である。

「全員が全員、元軍人ってワケでもねぇのかもな」

 元軍人であれば、その辺り、もうちょっと考えられても良いような気もするが――

「――!?」

 独りごちた直後に、アラートが鳴る。

「右ッ!?」

 見れば、元々スリムなサニーズをさらにスリムにしたような機体が、岩礁の間をすり抜けながら急速に向かって来ていた。

「やっぱ、ランディーズもいるのかよ!」

 さして驚きもせず、ベイヴは右手に持っていたビームピストルをホルスターに戻すと、あまり大きくない岩の一つに手をかける。

「そらよッ!」

 それを、ランディーズに向けて放り投げた。

 ランディーズは、サニーズを軽量化し、かつ近接戦の能力を高めた機体だ。装甲は柔いが機動力が高く、細やかな機動が可能な機体ゆえ、こういった岩礁地帯では確かに確かに強い。

「寮機の援護のつもりなんだろうけどよ」

 岩を投げてすぐ、再びビームピストルを抜いて構える。

 この位置なら、岩を躱してどこから顔を出そうが狙える位置だ。

 案の定、投げられた岩を躱すランディーズ。

「見え見えなんだなこれが」

 そこを狙い撃つ。

 だが、ランディーズは慌てた様子もなく、しかしかなり無茶な体勢でこちらの撃ったビームも躱す。

「器用だねぇ」

 嘯くように呟くと、ブルーサニーズの足下にあった、MSの拳ほどの大きさの岩を蹴り飛ばす――と同時に、その岩を追いかけるようにバーニアを吹かした。

「それが命取りだったりして」

 さすがに今度は躱すのが難しかったのか、その岩をドッチボールのように受け止めた。

 そこへ、

「そらよッ!」

 ベイヴはその岩目掛けてグランザンバーを突き出した。

 剣の切っ先が岩を砕き、その先にあるランディーズの装甲をも貫く。

 グランザンバーを引き抜くと、僅かに遅れてランディーズが破損箇所から火花を散らすと、その部分を中心に爆発した。

 爆発するランディーズに巻き込まれないように、離脱しつつベイヴはレーダーを見る。

「……ディーンズを追うのはちとキツいか?」

 先ほど追いかけっこをしていたディーンズとの距離がだいぶ開いてしまっている。

 思わず舌打ちしかけたが、よく見れば、こちらに向かってくるピンクコーサクは、逃げているディーンズが岩礁を抜けるタイミングで鉢合わせしそうである。無論、向うも気づいているだろうが――

「キルト! 気づいてるだろうが、そのまま行くと俺から逃げようとしてるディーンズと遭遇する。頼むぜ!」

《了解ッ!》

 元気よく帰って来た返事に口の端を吊り上げると、機体の向きを中央の岩礁空白地帯に向ける。

 正直、ディーンズがいると、クルーブルを追いかけるのが面倒くさくなるので、先に落としておこうと思ったのだが、キルティーナが引き受けてくれるのなら話は別だ。

 あの、空白地帯で攻撃してきたディーンズは今のやつだけだ。

 状況を思えば、他のディーンズもこちらを狙ってくるべきだったのに、それが無かったのは、あの場にはディーンズが一機しか配備されてなかっということだろう。

 もしかしたらランディーズはまだいるかもしれないが、ディーンズのような援護砲撃はないだろうから、多少は気が楽だ。

「岩礁地帯で鬼ごっこすんのもめんどいしな」

 鬼が得意だと告げていたことなどすっかり忘れてそう呟くと、空白地帯へと再びやってくる。

 無論、そこにクルーブルや他の敵機がいるわけではない。

 だが、ベイヴは敢えてその場所の中央で動きを止めた。左手で大剣を担ぎ、右手にはビームピストルを握る。

「さて、海賊ども。逃げたり追ったりはもう飽きた。来いよ。ここでまとめて相手してやるからよ」

 そう言って動きを止めてから、しばらく――

 誰かがこちらの様子を窺っているのを感じながら、ベイヴはシニカルな笑みを浮かべていた。

 別に敵機が顔を出さなくても良いのだ。

 あの逃げたディーンズにキルティーナが遅れを取るとは思っていない。

 確実に撃破した上で、こちらの援護をしに来てくれることだろう。

 あるいは、海賊達と同じようにこそこそと動きながら、隠れてる連中を倒して回ってくれるかも知れない。それはどちらであってもベイヴは構わないと思っていた。

 キルティーナがクルーブルと遭遇してしまった時が少々不安だが、例えクルーブルが相手であったとしても、こちらが援護に行くまでなら、持ちこたえるくらいは出来る腕前だと、ベイヴは思っている。

 それは決して、身内贔屓ではなく客観的な評価だ。コーサクではなく、サニーズ辺りを使っているのなら、クルーブルにも引けを取らないかもしれない。

 などと思考していると、痺れを切らしたランディーズが一機、岩陰から飛び出してこちらに向かってくる。

 これなら、これで、問題ない。

「元々、出来たのをぶちのめすつもりだったしな」

 ニヤリと笑って敵機の方へとサニーズを向ける。

 撃ってきたビームライフルを躱し、ビームピストルで狙いを付けると、お返しとばかりにトリガーを引いた。

 それを躱し、両太腿の収納からビームダガーを取り出すと逆手に持って、一気に間合いを詰めてくる。

 間合いを詰めてくるランディーズに合わせるかのように、もう一機ランディーズと、そしてクルーブルの黒いサニーズも姿を見せた。

 一対三。

「いや、違うな」

 元々皮肉っぽい造作の顔をさらにシニカルに歪めるような笑みを浮かべて、今まさに目の前まで肉迫してくるランディーズに向かって出力を搾った一発を放つ。

 それをギリギリに躱しながらなおも迫ってくるランディーズ。ベイヴはビームピストルのエネルギーカートリッジをグリップから外すと、ピストルで弾いて、ランディーズへ投擲する。

 先ほどの小さい威力のビームの後に放り投げられた、エネルギーカートリッジ。これを空と判断したのだろう。隙を作らないような最小限の動きで、それをビームダガーで切り裂く。

 直後、カートリッジが炸裂した。

 まだあのカートリッジには約一発分弱のエネルギーが残っていたのだ。それをビームダガーで切り裂けば爆発もする。

 切り裂いたビームダガーと、それを持っていた右手が使い物にならなくなり、その予想外の出来事で驚愕したのか、甚大な隙をさらしたランディーズを、ベイヴのブルーサニーズはその愛剣で持って縦一文字に両断する。

 爆風をバックに、迫ってくる二機を視界に入れるように向き直る。

 それから、一時的に左手から剣を手放し、左の収納から取り出したエネルギーカートリッジをビームピストルのグリップに装填した。

 目前まで迫る敵を前に、あまりにも大胆不敵な行動をしたことに、ランディーズのパイロットはカチンとでも来たのだろう。

 持ち前の運動性を生かした加速でもって、黒いサニーズよりもずっと速くブルーサニーズへと迫る。

「グッドタイミングだ。お姫様」

 対MSダガーを抜き放ち、それを構えたところで、ランディーズは何かに気づいたように急停止したが、気づくのが遅すぎた。

「これで、二対一だ」

 横から飛んできた砲弾に打ち抜かれて、ランディーズが四散する。

 手を離していた剣を再び握り、今の砲撃に警戒するために動きを止めた黒いサニーズに向き直った。

「よう少尉。あとはアンタだけみたいだぜ?」

 グランザンバーを向けてそう告げてやると、

《ぐぅ……》

 クルーブルは低く呻いた。

《あの改造コーサク……お前の仲間か?》

「そうじゃなかったら、あんな援護タイミングありえねーだろ」

 肩を竦めてるベイヴに、クルーブルは歯ぎしりをする。

 あのコーサクに付いている無反動砲であれば、ランディーズを撃つのには充分な距離ではある。だが、空白地帯と岩礁地帯の境目辺りからならともかく、まだ岩礁が眼前にいくつも浮いている場所から撃つという芸当はそう簡単に出来るものでは無い。

「うちの姫様、結構良い腕してんだ。射撃や砲撃だけなら、俺より上かもしれないぜ」

 本人にそれを言うと調子に乗るのが目に浮かぶので決して、キルティーナを前にした時には口にしない言葉であるが、本気でベイヴは彼女はそう評価している。

 歯ぎしりするようにしていたクルーブルは顔を上げて、憎き敵の名前を叫ぶ。

《ヴェイヴルリッド・ベリオンッ!》

 同時にビームサーベルを抜き放つと、それを構えて向かって来た。

「二重に間違えてんぞ元上司ッ!」

 それを迎え撃つべく、ビームピストルをホルスターに戻し、剣を両手で構えた。

《死ね! 貴様だけはぁぁ――ッ!!》

「死なねぇよッ!!」

 熱光刃と肉厚の金属の刃が閃き合う。

 黒き影の光刃は、しかし青き影を捉えることはなく、逆にその力強く振り抜かれた大剣で、その金属と精密機械で覆われた鉄の鎧を上と下に両断される。

 上半身と下半身に分かれた黒いサニーズは、少し遅れて、それぞれが同時に閃光と爆炎を伴って、バラバラに散らばった。

「俺は……俺の本名は、ヴェルベイヴリッド・ベイリオンで……今は――」

 刃に付いたオイルを振り払い、その大剣を肩で担いでその男は名を告げる。

「――ベイヴ・ベイルだ。覚えてあの世に行きやがれクソ野郎」

 

 

 ノア・ホームズの格納庫へと戻ってくると、ブルーサニーズのコックピットから出て、簡易昇降機を掴んでゆっくりと下へと降りていく。

「ベイヴ!」

 一足先にコーサクから降りていたキルティーナが駆け寄ってくる。

 それを見、一度小さく微笑んでから、改めて皮肉っぽい笑みを浮かべ直してヘルメットを頭から外す。

「おつかれさん。良い援護だったぜ、お姫様」

「はい! ベイヴもお疲れ様です!」

 快活に嬉しそうな笑顔のキルティーナの頭をぽんぽんと叩いてやる。

 それをはにかみながらキルティーナは受け入れた。

「さてと、後は依頼人のところに戻って報告するだけだな」

「あ、そろそろ食料が心許なくなってます。出来れば補充したいんですけど」

「そうか。んじゃまぁ報酬もらったら最初にそれだな」

 とりあえずのお金の使い道に算段を付けながら、二人は着替えをするべく格納庫の出口へと向かう。

 だが――

《ボス、キルト。お疲れのところ、申し訳ないっスけど、いつでも出撃出来るようにコックピットに戻ってもらって良いっスか?》

 ブリッジから流れて来たその言葉に、ベイヴとキルティーナは顔を見合わせた。

 そして、互いにうなずき合うと、駆け足でそれぞれのMSのコックピットへと戻っていく。

 ベイヴは席に着くなり、すぐブリッジに繋いだ。

「どうした、トーシット。海賊の残党の反撃か?」

《もっとタチが悪いかもしれないっスね》

 トーシットの言葉と共に、ブリッジから映像が送られてくる。

「こいつは……」

 映像に映っているのは地球連合軍の最新鋭艦『キンドレド』。

 そのキンドレドには地球連合を示すマークとは別にもう一つ、部隊を表すマークがペイントされていた。

「今売り出し中の特殊独立部隊『((銀翼騎士団|シルバーウィングス))』か」

《売り出し中?》

《ええ。ある程度の独自判断を許されている地球連合の特殊部隊。働きぶりは悪くないわ……いえ、むしろかなり良い方ね。地球連合の部隊にしては、品性方向に見えるは。弱気を守り、強気を挫く……そして、悪党をねじ伏せる。軍隊というよりもギルドのそれに近い活躍をしてるみたい》

 キルティーナの疑問にファンが答える。

 それに、トーシットが補足を加えた。

《部隊長は若くして大尉まで登り詰めたイケメンさんっスね。リーダーと同じ位の歳らしいっスけど、二十三で大尉ってすごいんスか?》

《すごいってもんじゃないわい》

 首を傾げるトーシットに、呆れたようにオイボレが肩を竦める。

《よっぽど出世上手なんじゃろうよ》

「それで済むようなモンじゃないと思うがな」

 オイボレの言葉に苦笑し、ベイヴはトーシットに訊ねる。

「――それで、その出世頭の名前は分かるのか?」

《えーっと……》

 何か資料でも見ているのだろう。僅かな沈黙の後で、トーシットがその名前を口にする。

《メイロイ――グラン・メイロイ大尉っスね。白い指揮官用サニーズに乗っているコトから、白騎士なんて呼ばれてるらしいっス……って、どうしたんスかリーダー?》

 ベイヴはその名前に、トーシットに言われるまでもなく、自分でも何とも言えない表情をしているのを自覚する。

 その上で、思わず口の中でその久々に聞く名前を転がした。

「白騎士……ね。似合い過ぎるぞその二つ名。大尉たぁ偉くなったじゃねぇか――なぁおいグレン……ッ!」

 

 

…… To Be Continued.

 

説明
悪ノリは続くよどこまでも……と言いたいところだけれど、いい加減疲れてきたのでこの辺で。 とりあえず、これにて1話目完結。 ただの息抜きの為のアホネタのつもりだったのに、なんか逆にすげー疲れましたとさ。 何度も言ってるけど宇宙とかメカとかあんまし得意じゃないのでその辺りはご愛敬。 目くじら立てずに読んで下さるとありがたいのでございます。
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