お嬢様の気紛れ異世界譚3
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森から現れた。というより森を踏み倒して現れた。という表現の方が合っているだろう。

その巨体の名は、“霆龍”ダイナシア。

 

「よぉ、久しぶり」

「ガァルゥゥゥゥゥウウウウゥゥウ?」

「いや、分かんねぇよ」

 

丸っこい巨大な胴体からムチの様に伸びる首と尻尾、そして柱の様な4本の足。

所謂、“雷竜(かみなりりゅう)”という奴である。

一応生まれた時はせいぜい数メートルぐらいだったのが、その特性故に100メートルを超すまで成長した恐竜だ。

 

「しかもまた飯食ってるし」

 

オリジナルの雷竜の長い首は、出来るだけ動かないで広範囲の植物を食べられるように進化したという。

その通りに、目の前の恐竜もまた、自分の踏み倒してきた植物を片っ端から尻尾で拾っては口に運んでいる。

手が無いので尻尾を使っているらしいが、正直この短い手よりもあの尻尾の方が余程便利な気がする。というかオリジナルの雷竜は別に尻尾で物を掴めるほど器用ではなかった気もする。

 

まぁ、イメージとしては恐竜というより巨大なゾウに近いか。

大樹と呼ぶにふさわしくその上魔界産という、普通の動物なら間違っても食べない木々をまるで小枝の様に口に運んでいる姿は圧巻の一言である。

 

「おー、またおっきくなったねダイナシ君」

「ガルゥゥウウウウゥウゥウウウウ」

「お前のソレでいろいろと台無しだけどな……」

 

気が付いたらマスターはダイナシ君の背中によじ登り、尻尾と首で遊ばれていた。

一応魔界の主とその僕(しもべ)だが、威厳とか恐怖とかは無い。公園の遊具そのものである。サイズがおかしいだけで。

 

ちなみに、この“雷竜”型魔物ダイナシ君は魔物の新しい進化の方法として生まれた一匹である。

マスターが記憶の奥深くから引きずり出した恐竜のイメージを再現したもので、恐ろしい事に“食べれば食べるほど大きくなる”というスキルを持つ。

食事がそのまま巨大化に直結する上に、骨のサイズの限界、胃袋の消化不全、体温調節等々のオリジナルでは無理だった諸問題を力づくで解決し、飯を喰らい続ける事で今もなお巨大化している。おかげでこんな巨体に育った。

 

本来はマスターのペットシリーズに入る予定だったのだが、あまりにもデカくなりすぎて家に入りきらなくなって追い出されたというある意味不憫な奴でもある。

もっとも、外に出てもコイツ以上にでかい奴などそうそう居ないため、移動時の足音だけで魔物達が逃げ出すという迷惑児でもあるが。

 

ちなみに性格はいたって臆病。

殴り合いになったら真っ先に相手を尻尾で掴んで場外へ投げ飛ばすという反則的な引き分けを狙ってくるため、地味に強い。

 

「で、マスターは何時までそこで遊んでるんだ」

絵面は微笑ましいことこの上ないが、この旅の目的地は人界である。

一見グロくて怖い森でも実は温厚な奴ばっか。そんな魔界の森程度ではヒッキーの治療にはならない。

時間は死ぬほどあるが、こういう面倒な事はさっさと終わらせたいものだ。

 

「えー、だって可愛いし。こぉら、そこはなめちゃ駄目」

「マスター。いい加減にして行くぞ」

「くすぐったいって。そこは駄目。駄目だって胸は――」

ぷちん。

 

『サイズ100倍象斬り包丁』

 

「……グルッ!」

「そうだ消えろ今すぐ消えろ目の前から居なくなれ」

「ゥグルゥッ!」

まるで鬼か悪魔に囁かれたかのようにダイナシアはマスターから数メートル離れた。

 

いえ別にマスターのペットである魔物を切り刻んだりしようとなんかしていませんとも。そんなことするわけないじゃないですかははははは。

ただ単にちょっと不機嫌だっただけです。それだけですよ。

 

「って、あれ!? ダイナシ君?」

ちなみにマスターは猛スピードで走りだしたダイナシアの背中から回収もとい助け出した。

まぁあいつもマスターの事を心から好きだからこそあれだけのスキンシップを許す訳で。

一見乱暴に振りほどいたように見えても、ちゃんと地面にゆっくり着地するようにはしてんるだけどね。

 

「じゃ、マスター。先へ進もうか」

「えー、もっと遊んでたかったのに……」

「我儘を言うな。ほら、人界は森を超えたらすぐだろ?」

「うー、うー」

「そのうーうー言うのをやめなさい!」

 

さて、魔界の森をさっさと超えて人界にたどり着こう。というか早くそうしないといつまでたっても話が始まらん。

 

「じゃ、面倒だしちょっとショートカットお願いするかな」

「グルゥウゥゥウ?」

 

 

 〜α〜

 

 

「という訳でここが魔界の出口です」

「えっ!?」

 

面倒だったのでちょっと跳んでみた。

ちなみにどうやってやったかは企業秘密。べ、別に某雷竜の尻尾で飛ばしてもらったわけじゃないんだからねっ

 

「ほらさっさと人界に入りましょう」

「え? あ、ちょっと! 待って」

 

だいたい魔界を地道に歩き続ける冒険なんて誰得だよ。そこはカットでいいじゃん。

というか未だにエピローグ終わらなくて《ピーー》が困ってるじゃん。

 

「あれ? これ放送禁止用語かよ」

「何が?」

「いんやこっちの話。それより、ほら。門までは着いたじゃないか」

 

本当の道のりで言うなら、屋敷から森を越え山を登り洞窟を抜けた先。

本来通るはずの長い長い洞窟を越えた後、その先に広がっているのは――壁。

壁壁壁壁。前に立ちふさがる壁。地平線の彼方まで上にも下にも右にも左にも壁が広がっている。

イメージするならばジオラマの隔壁の様な感じか。ついそこまである筈の地面が急に途切れ、永遠と続く壁になっているのだ。

なにせ高く高く隔てられた壁は雲を越え、この世界の成層圏にまで達している。

 

表面は灰色に鈍く輝き一切を拒むという概念を滲ませ、門もまた灰色で唯一かんぬきの様な形をした封印紋のみが刻まれ浮かんでいる。

人界の方には警備員が居るが、魔界の方には特にその手の者は居ない。

何故かというと、どんな魔物でも好き好んで人界に行くやつなど居ないからだ。

魔界は人にとっては有害極まりない場所だが、魔物達にとっては天国と言っても過言ではない。それに下手に人界に行っても、あっという間に群がってきた人の兵士たちによってたかって殺される。

 

人界と魔界を隔てる門、“界境界”エルス。

遥か昔、1000年もの過去に創られ、今もなおそれぞれの世界の干渉を抑え続けている。

いかなる魔物ですらこの門を破る事は不可能で、いかなる人ですらこの門を破る事は出来ない。

 

そして、この門は魔界で唯一マスターが創ったものではない。

あの時代にまさに最強と呼ぶに相応しかった、ある人間が創り上げた物だ。

人の身にて、一切の反則技(アビリティ)を行使せず、旧式の魔術と筋力だけでこれだけのものを創った。この世界に残る“英雄”たちの中でも、賞賛に値する一人だ。

悲しい事に600年ほど前に死んでしまったが……惜しい人間を失った。

 

「懐かしいなぁ」

「ああ。本当にな」

 

マスターも同じ人間の顔を思い出したのか、壁に手をあてて目を閉じている。

まぁ、果たしてあいつの顔を思い出して感動するかは疑問だが。

生前はただの迷惑発生装置だったからなぁ……それでこそマッドサイエンティストとも言えるが。

 

「……さぁて、もう十分に思い出しただろ? 目を閉じてごまかしてないでそろそろ行くぞ」

「うぐっ……。も、もうちょっとだけ、ね?」

「駄目だ。さっさと人界へ行く。大体今回のお出かけを言い出したのはマスターだろう」

「いや、でも、……ほら、ダイナシ君と遊んだし!」

「小学生の遠足じゃ無いんだからよ。そんな程度で終わる訳無いだろ」

 

面倒なので首根っこ引っ掴んで行くことにする。

俺個人としてはここで屋敷に戻っても良いがそれではまた駄々をこねられるだけだ。

 

「いやだぁ、もっと引き籠って居たいぃぃ」

「ほーら人界はすぐそこだぞー」

 

本来は魔界ならマスターの人界なら為政者が発行できる旅券が必要だが、門の封印は俺やマスターは顔パス扱いである。

また、門と呼んではいるものの扉は無く、紋が浮かんでいる辺りに旅券を持ったまま突進すると壁を突き抜けられるという形で魔界と人界を出入りできるようになっている。

某ハリポタ式だ。ちなみに、この方法の門を創るためだけに壁を創るのと同じぐらい時間がかかっているのは秘密である。

 

「ほら、もう後数歩で人界だ」

「太陽も嫌だ明るいのも嫌だ人界も嫌だみんな嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」

「だぁーもう五月蠅いな! ほらっ! その肌を50年ぶりの太陽に晒せっ!」

マスターをそのまま抱きかかえて歩き出そうとするも、両足で地面を突っ張って反抗する。

 

「やだやだやだやだぁ!」

「歩け!」

「やだ!」

 

ああもう時々目の前のマスターが小学生以下の子供に見えるんだが。気のせいか気のせいなのか?

胸の残念っぷりとか絶望的なまでの背の小ささとかも含めればランドセル背負えるんじゃないだろうか。

 

「ええぃっ! 大人しく従えマスター……っ!」

「マスターは私でしょっ!? 私に従うんじゃないの!?」

「あぁ! もう、……だらぁっ!」

ぶんっ。

「え?」

「あ」

ふと、気が付いたらマスターの足が地面から離れていた。

 

さて、問題です。

先程まで俺の力に対抗し地面で踏ん張っていたマスターは、地面から離れるとどうなるでしょうか?

ついでに一瞬地が出てしまった分かなり強い力で引っ張られているという条件で。

 

「やべっ。やっちゃった」

「ぇぇぇええええええええええええええ!?」

 

答え。

信じられないほどのスピードで門から空へと飛び出して行く。

 

「あー、また面倒な事になった……」

 

さてはて、勢いよく門から先に飛び出して行ったマスター。

ちなみにちょっと前に俺がやらかした事件のせいで魔界と人界で高低差が出来たため、人界側の門は断崖絶壁である。

まぁマスターなら死ぬことだけは無いので、問題は無いといえば無いが。

 

「拾いに行くの面倒だな……」

 

マスター、大丈夫だろうか。

説明
お嬢様の気紛れ異世界譚の続きの続き。

お嬢様の気紛れ異世界譚及びお嬢様の気紛れ異世界譚2を読んでから読むことをお勧めします。
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お嬢様 執事 異世界 気紛れ 最強 勢い 未完 

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