真・恋姫無双〜君を忘れない〜 六十三話
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桜視点

 

 ――ここはどこなのじゃ?

 

 ――余は確か旦那様を追って、南蛮まで赴いたはずじゃ。

 

「今日からここはお前の国だ、璋よ」

 

 ――父上!? どうして? 死んだはずではなかったのか?

 

「はい、父上」

 

 そう言ったのは、確かに余だったのじゃ。しかし、余であって余でない。父上の前にいるのは余だというのに、その言葉は余の意志に反して発せられたのじゃ。余の意志では、身体を動かすことも、言葉を発することも叶わなかった。

 

 そして、この日のことを思い出しのじゃ。

 

 それが何年前のなのかは定かではないが、この日は余が父上から州牧の座を正式に譲渡された日じゃった――と言っても、形骸的なものに過ぎず、余は父上に操られておっただけなのじゃが。

 

 ――これは余の記憶なのか?

 

 まるで余の中に小さな箱があって、その中に余がいるような妙な感覚じゃった。余が行うこと、余が発する言葉、それは余のものであっても、別人が発しているようで、余はそれに抗うことが出来なかったのじゃ。

 

 それからというもの、突如場所が変わったり、時間が変わったり、断片的に余の記憶を無理矢理に見せられた。

 

 余に対して反抗的な態度をとるものを排斥し、更にそれでも態度を改めぬ者は、容赦なく首を落とした。何の罪を犯していなくても、余に対して背信したということで、誰であっても許さなかったのじゃ。

 

 彼らは何も過ちなど犯しておらぬ。彼らは純粋に民を想った政策を為すために、余に反対したのじゃ。余は民を虐げ、真の忠臣たちを弑した。目の前で多くの人を虐殺したのじゃ。

 

 余には――意識がはっきりしている今ならば聞こえる。余が殺した多くの者の怨嗟の声が。奴らは闇の中からずっと余のことを見つめているのじゃ。恨みがましい瞳を見開いて、余をそちら側に引き摺り込むのをずっと待っておるのじゃ。

 

 殺して、殺して、殺して、殺した。

 

 ――やめてくれ。余は……余は……もう見とうない。

 

 いくら余が願ったところで、余は配下に処刑を命令することをやめてくれなかったのじゃ。そして、余に進言する者はいなくなった。誰もが余を恐れ、苦しむ民の声を無視し始めたのじゃ。

 

 成都に溢れる飢民たち――表面的に存在する豪商たちではなく、路地裏で生きることを諦めた人間たちのどろりと濁った瞳が余を囲うように見つめる。

 

 ――見るなっ! 余をそんな目で見ないでくれっ!

 

 そして、多くの人間の血の海の中で、余はたった独りで立ち竦んでいたのじゃ。誰も余の側にはいてくれず、誰も余を助けてくれない。

 

 その血に映る余の表情――それは成都の裏に住まう民と同じじゃった。その瞳には何の感情も表すことはなく、そこに映り込んだ闇は、どこまでも深く、どこまでも暗く、そしてどこまでも無。

 

 ――嫌じゃあっ! もうやめてくれっ!

 

 ――助けて、お前様……。

 

「……らっ! 桜っ!」

 

「お、お前様……?」

 

 いつの間にか、余は先ほどまでいた南蛮に戻っておった。旦那様が心配そうな瞳で余を見つめていたのじゃ。余がそれに気付くと、胸を撫で下ろしたかのような柔和の微笑みを浮かべたのじゃ。

 

「お前様ぁっ!」

 

 思わず、旦那様の身体にしがみ付いてしまった。

 

「大丈夫か? どうしたんだ、急に黙ってしまったから心配したぞ」

 

「余は……余は……」

 

 身体の震えが止まぬ。

 

 余がこれまでしたこと――それは人伝にて耳にしたことがあったのじゃが、まさか実際に目にすることになるとは思わなかったのじゃ。余が犯した重罪――多くの罪なきものを処断し、民たちを苦しめてきたのじゃ。

 

「もう大丈夫だよ。俺が側にいるから」

 

「お前様……」

 

 そんな余を旦那様はそっと抱きしめてくれたのじゃ。旦那様の温もり、肌を通して伝わる心臓の鼓動、投げかけられる優しい言葉――全てが余の心を癒してくれるような心地がするのじゃ。

 

 余は許されざる人間じゃ。だが、旦那様が側にいてくれる限り、余は挫けたりはせぬ。余が犯した罪はなくならずとも、益州の民が笑い続ける世を作れるまで、決して逃げることはないのじゃ。

 

「ありがとうなのじゃ、お前様。やはり余にはお前様が必要なのじゃ。決して余を独りにしないでくれ」

 

「分かってる。分かってるよ」

 

 旦那さまからの身体から離れ、祝融を強く睨みつけた。こんな恐ろしい体験をさせられるとは思ってもおらんかったが、おかげで余は記憶を取り戻すことが出来たのじゃ。

 

「お前様、気を付けよ。あやつは妖しい術を使うのじゃ」

 

 そう。あやつこそ、余を父上の操り人形にした張本人――南蛮から益州へと来ていた術師なのじゃ。

 

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一刀視点

 

「桜っ! 桜っ!」

 

 祝融が桜を見つめたと思った瞬間、桜の身体から力が抜け、弛緩してしまった。その瞳からは光彩が欠け、まるで魂がどこかへと行ってしまったかのように意識を失ってしまったようであった。

 

「お、お前様……?」

 

 そんな状態が数秒続いたため、俺は桜のことが心配になって、名前を呼びながら、強く肩を揺さぶると、桜はやっと意識を取り戻してくれた。

 

「お前様ぁっ!」

 

「大丈夫か? どうしたんだ、急に黙ってしまったから心配したぞ」

 

「余は……余は……」

 

 しかし、俺が横にいるのに気付くと――さっきまでずっと一緒にいたはずなのに、何故か桜は今、俺の存在に気付いたように振舞ったのだが、俺の身体に縋りついてきた。

 

「もう大丈夫だよ。俺が側にいるから」

 

「お前様……」

 

 何かに怯えるように俺の腰辺りをぎゅっと強く掴んで震える桜。今にも泣きそうな表情を浮かべながら、俺の存在を確かめるように何度も俺を呼んだ。

 

 震え続ける桜を抱きしめて、その背中を優しく撫で続けると、徐々に桜も落ち着きを取り戻してきた。桜の身に何があったのかは、俺には分からないが、きっととても怖い思いをしたのだろう。

 

「ありがとうなのじゃ、お前様。やはり余にはお前様が必要なのじゃ。決して余を独りにしないでくれ」

 

 桜はずっと孤独だった。

 

 果たして、彼女がいつから劉焉に操られていたかは定かではないが、俺たちが劉焉を討ち倒して彼女を救うまで、彼女はずっと独りだった――意志のない彼女には救いを求めることすら出来なかったのだ。

 

「分かってる。分かってるよ」

 

 人の温もりを知らずに今まで過ごした彼女は、俺たちという家族を得てからは、まるで幼い少女のように――見た目通りなのだけれど、独りでいることを極度に恐れるようになったのだ。

 

 桜はそこで俺から身体を離すと、キッと祝融を睨みつけた。

 

「お前様、気を付けよ。あやつは妖しい術を使うのじゃ」

 

「どういうことだ?」

 

「あやつこそ、余を操っておった術師なのじゃよ。先ほども、あやつの術に惑わされておった。おかげで記憶は戻ったがの。やつの瞳を見てはならぬのじゃ」

 

 あいつが南蛮から招かれたという術師――確かに桜が意識を失う直前に、祝融は桜の瞳を凝視していた。つまりあいつは瞳術を使うということだろう。それで桜にまざまざと過去を見せたというわけか。

 

「やっと思い出してくれたみたいだね、劉璋ちゃん」

 

「その名で呼ぶな。余は既に名を捨てておる。今はただの桜じゃ」

 

「久しぶりの再会だというのに、冷たい態度だね。今ので記憶を取り戻せたのだから、良かったじゃない」

 

「ふん。お主などに会ったところで、ちっとも嬉しくないわ」

 

 桜は祝融に敵意を剥き出しにしている。それを涼しい顔で受け流す祝融の表情には不敵な微笑みを浮かんでおり、この軍勢を前にしているというのに、全く動揺を見せていないのだ。

 

「さて、挨拶はここら辺にしておこう。大王、こいつらは倒していいんだよね?」

 

「当たり前にゃのにゃっ! みぃがこの手でぎったんぎったんにしてやるのにゃっ!」

 

「今回はあたしに任せてくれないか? こんな連中、大王の手を煩わせるまでもないよ」

 

「にゃっ? 別に良いのにゃ。みぃはこいつらが泣いて謝れば満足にゃのにゃ」

 

「助かるね。じゃあ、部族の指揮権もあたしに譲ってくれるね?」

 

「勿論だじょっ!」

 

「よし、決まりだ。大王はあたしたちがこいつらぶっ叩くところをどっかから見ておいでよ? というわけで、益州の諸君、あたしが相手になる以上、心してかかって来た方が身のためだよ。では、あたしたちは軍を整える必要があるから、ここで失礼するよ」

 

 祝融は手を振ると、俺たちの前から立ち去ろうとした。

 

「儂らが見す見すお主たち逃がすと思うか?」

 

 桔梗さんが豪天砲を片手で構えながら、祝融を睨む。空気が一気に不穏になり、正に一色即発という雰囲気だというのに、それでも、祝融は微笑みを崩すことはなかった。

 

「思わないよ。だけど、あたしたちは逃げる。トラ、ミケ、シャム、後はよろしくね」

 

「分かったのにゃっ! みんな、集まるのにゃーーっ!!」

 

 三人の少女たちの呼びかけに、どこかで声が上がると、茂みから続々と南蛮の者が姿を現した。今までどこにいたのか、そして、俺たちに気配を悟られぬように、どのように来たのかは分からないが、かなりの数が押し寄せてきた。

 

 そして――

 

「こ、こいつらは……」

 

 愛紗が驚きの声を漏らした。行く手を遮るように現れた彼女たちの姿を見て、思わず後ずさりしてしまったのだ。それは、桃香や焔耶であっても同じだった。

 

 何故ならば――集まった南蛮族は、孟獲の子分の三人にそっくりであったのだ。いや、そっくりなんてレベルではない。本当にクローンであるかのように同じだったのだ。

 

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「こ、これが噂の量産型なのか……っ!」

 

「御主人様、戯言を申している場合ではありませんわ」

 

「わ、分かってます。愛紗、部隊を纏めて、敵を蹴散らそうっ!」

 

「嫌です」

 

「よしっ! ……って、えっ!?」

 

「ですから、嫌と申したのです」

 

「何を言っているんだ!?」

 

「御主人様は私にあのような可愛らしい生物を虐待せよと申すのですか?」

 

「い、いや……」

 

 涙目でそんな風に言われてしまうと、命令出来なくなってしまうではないか。愛紗が可愛いものをこよなく愛しているということは知っているけれど――いや、だから、そんな目で見ないでくれ。

 

「幼女虐待は重罪ですよ、お兄様」

 

「向日葵まで……、というか、お前、さっきまで孟獲を虐めて泣かせていたじゃ――」

 

「しかし、可愛い幼女は私一人で充分です。私以外の幼女は黙認出来ません。本音は朱里も雛里も私と被るので、ぱっぱと人気低迷で空気化すれば良いと思います。主役の座は譲りません。そういうわけで、ここは私に任せて下さい」

 

「はわわっ! 私もでしゅかっ!?」

 

「では、鳳令明参ります」

 

「はわわっ! 無視されてしまいましたっ!」

 

 華麗に俺と朱里の言葉をスルーして、更には自分で重罪だと言っておきながら、向日葵は双戟を構え、クローン軍団に向かって歩き出した。

 

「ふむ、ならば、儂も付き合おう。こやつらは他の将では荷が重いだろう。向日葵、儂の足を引っ張らぬようにせよ」

 

「桔梗様もやはり幼女を許せなくなる年頃ですか。分かります」

 

「……お主、後で憶えておけよ」

 

 こめかみに青々とした脈を浮かばせながらも、桔梗さんは豪天砲を上段に構えて、クローンたちの手前の地面を強く打ちつけた。桔梗さんの轟撃に地面が大きく削り取られ、クローンたちが弾かれる。

 

「にゃーーーーーーーっ!!」

 

 そして、今度は向日葵一人のクローンに徐に近づくと、手にしていた双戟を地面に捨てた。得物を捨ててまで何をするのかと、俺は固唾を呑んで見守っていた。

 

「ガブリ」

 

「ふにゃっ!?」

 

 ……噛みつきやがった。

 

「にゃにゃにゃにゃっ!? 離すにゃっ!!」

 

「ふふふ……、先ほどの言葉通り、私は食事とさせて頂きます。生猫の踊り食いというのも乙なものですね」

 

 噛まれたクローンは泣きそうにながら、何とか向日葵の手から逃れることが出来た。腕には向日葵の歯型がしっかりと残っていて、どれだけ彼女が本気で噛んだが刻々と表れていた。

 

「おやおや、逃げないで下さいよ。私の食事は終わっていないんですから」

 

「にゃあ……」

 

 舌なめずりをしながら、手をわきわき動かしてクローンたちに近づく向日葵の横に、武器を肩に背負った桔梗さんも並んだ。二人とも嗜虐的な笑みを顔に張り付けている。正に悪鬼羅刹とは二人のことを言うのだろう。

 

「にゃあーーーーーーっ! 怖いにゃーーーーーーっ!」

 

 クローンたちは悲鳴を上げて、泣きながら逃走していった。おそらく彼女たちでなくても、桔梗さんと向日葵のあの姿を前にしては、背中を見せて逃げてしまうのは仕方のない話であろう。

 

「まぁ、こんなものだろう」

 

「ふん、つまらない相手ですね」

 

 鼻を鳴らしながら、二人が帰って来た。一応、愛紗たち――可愛いもの好きのために、誰一人として犠牲は出していないのは、彼女らを気遣ったからなのだろう。

 

「何故、そのような非難的な視線を向けるのでしょう。私にはこれっぽっちも理解できませんね。寧ろ、私のこの武勇を誉め讃えるべきはないでしょうか」

 

 愛紗たちは噛みつきという非道な行動をした向日葵を、じと目で見つめていたが、向日葵はというと、その視線を浴びる理由を知らずか、それを軽く受け流している。

 

「これで、私の幼女としての地位を守ることが出来ました。えへん」

 

 慎ましやかな胸を張りながら、向日葵は偉そうに振舞っている。

 

「さて、向日葵、先ほどの続きだが……」

 

 その背後に黒いオーラを放つ桔梗さんがゆらりと立つと、向日葵の後頭部を片手で掴みながら――まるでリンゴを潰すようにぐしゃりと潰れそうだったが、俺たちの見えない茂みの中へ連れ込もうとする。

 

「ひぃぃぃぃっ! あ、あれは誤解ですぅぅぅっ!」

 

「問答無用だっ!」

 

「お、お兄様、助けて下さいっ! え! お兄様、どうして私から視線を逸らすのですかっ!? お兄様、妹の危機には兄は身体を張って助けるべきですっ!」

 

「さ、俺たちは先へ進もう。結局、祝融は逃がしてしまったし、早くしないと、敵に軍備を整える暇を与えてしまう」

 

「はっ! 全軍、前進せよっ!」

 

「お兄様ぁぁぁぁぁっ!?」

 

 向日葵の悲痛な叫びを耳にしたが、俺たちは祝融を追うべく先を進むことにした。彼女が桔梗さんからどんな仕打ちがあったのかは、顔を真っ青にしている焔耶くらいしか知らないのだろう。

 

 これまでのシリアスな雰囲気を壊す幼女は素敵だと思います。

 

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 茂みを掻き分けながら先へ歩を進める。慣れない亜熱帯気候で、身体からは汗が滝のように流れる。更には行く手を阻むように生い茂る木々が俺たちの邪魔をして、先へ進むためにはそれを取り除かなくてはならなかった。

 

 さすがに孟獲たちはこの地に住んでいるだけあって、進むスピードも速いのだろう、俺たちがいくら急いだところで、その後ろ姿を目視することは出来なかった。

 

「御主人様、このままでは兵士たちの方が先に参ってしまいます。ここは一度、休まれた方が良いでしょう。これでは戦が始まっても、こちらの方が戦える状態ではなくなってしまいます」

 

「そうだな」

 

 愛紗の進言に従って、俺たちはそこで野営を張ることにした。既に日も傾き始めているということもあって、そこで兵士たちを休めてあげた方が賢明だろう。

 

 さすがに敵地での野営ということもあり、完璧に心身ともに休めるということも無理があるかもしれないし、兵士の三分の一は常に敵の奇襲に備えて見張りに立ってもらうのだが、休まないよりは効果があるだろう。

 

 その日の夜。

 

「お前様、良いのかの?」

 

「どうした、桜?」

 

 夜更け頃になって、俺の天幕に桜が訪れた。

 

 普段ならば、夜は紫苑さんと過ごしているのだが、さすがに戦中だけに、紫苑さんも俺とは別の天幕で休んでもらっているから、この場にいるのは俺だけである。

 

「うむ……、その……な」

 

「うん、ほら……、おいで」

 

 とりあえず桜を俺の天幕の中に入れてあげ、俺の膝の間に座らせる。

 

「今日は大変だったな」

 

「うむ」

 

 俺の胸に頭を預けると、胸を撫で下ろしたように微笑み、やっと落ち着いたかのように腰を据えた。

 

「のう、お前様」

 

「何だい?」

 

「お前様は……余を助けたことを後悔しておらぬのか?」

 

「……どうして、そんなことを訊くんだい?」

 

「余は……多くの人間を嬲り殺しにした張本人じゃ。いくら、それが余の意志ではなく、父上のものであっても、余に何の責任がないというのは都合が良過ぎるだろう」

 

 桜は祝融によって記憶を取り戻すことが出来た。それは本人にとって良いことなのか、悪いことなのか、俺には判断が出来ない。記憶がないというのは、俺たちが思っている以上に怖いことなのかもしれない。

 

 これまで歩んできた道のりを、桜自身は他人から聞かされているのかもしれないが、やはり実体験でない以上、自覚は薄いのかもしれない。

 

 そして、自分が犯した大きな罪を改めて再認識した桜は、きっと自己嫌悪に苛まれているのだろう。もし――仮定の話ではあるが、俺たちが桜を救えなかったとしたら、桜はもっと多くの人々を迫害し続けていたのだから。

 

「俺もな、前に初めて人を斬ったときに――今も変わらないのだけれど、自分の行いを悔いて、心が壊れそうになったときがあったんだ」

 

「お前様?」

 

「仮に人を救うためだったとしても、人を殺すのは俺の世界では決して許されない罪であるし、この世界ではそれが日常茶飯事だとしても、俺はそうした俺が許せなかった」

 

 俺は毛布を掴むと、そのまま桜ごと包まった。丁度、桜の顔が毛布から出る形になって、上から見下ろすと少し滑稽な光景だったが、桜は次の俺の言葉を、じっと俺を見つめながら待っていた。

 

「こうやって毛布で身体を包んでもさ、身体の震えが止まらないんだよ。寒くて、怖くて、悲しくて、何をしていても人を斬ったときの場面が頭から離れなかった」

 

 俺は毛布の中で手を動かして、桜の身体をそっと抱きしめた。

 

「だけどさ、こうやって人の温もりだけはしっかりと感じられたんだ。温かくて、優しくて、すると、心がポカポカしてくるんだよ。桜はその温もりが分かるか?」

 

「うむ……お前様の体温が心地良くて、お前様の良い匂いがするのじゃ」

 

「俺は後悔なんてしてないよ。お前のこの温もりが感じられるだけでも、俺はお前を助けたことを本当に良かったって思っている」

 

「お前様……」

 

「だから、桜も辛かったらいつでも甘えていいんだぞ。桜は璃々ちゃんのお姉ちゃんなんだから、俺にとっても家族と変わらない。家族には好きなときに甘えていいんだ」

 

「お前様ぁ……」

 

 桜は毛布の中でくるりと反転すると、俺の胸に顔を埋めて、嗚咽を漏らした。本当はもっと大声で泣きたいのだろうが、俺の天幕の周囲には、護衛のための兵士がいるため、彼らに泣き声を聞かれたくないんだろう。

 

 こうやって俺も泣いていたんだろう。だからこそ、桜がどれだけ怖いのかが良く分かる。

 

 だけど、この娘は強い。きっと自分の過去を背負いこんでも、いずれ自分の力で歩くことが出来る。俺はそれを少しだけ後押しすれば良いだけだ。

 

「だから、今だけはゆっくりお休み」

 

 俺は桜の頭を撫でながら、泣き疲れて眠るまでずっとそうしていた。

 

 祝融、孟獲、お前たちがどうして俺たちに叛旗を翻したのかは分からない。何か並々ならない事情があるのかもしれない。彼女たちにも守らなくてはいけないものがあるのかもしれない。

 

 しかし、俺はお前たちをこのまま野放しにするわけにはいかないんだ。俺にも俺の使命があり、益州を守るという義務がある――いや、今回ばかりはそれすら関係ないのかもしれない。

 

 俺は、俺の家族を泣かせた奴を簡単に許すわけにはいかない。

 

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あとがき

 

 第六十三話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 さて、今回はシリアスとギャグが混迷する正に誰得回となってしまいました。

 

 前回は乳に関して多くのコメントを頂きまして、作者としても乳好きの血が大いに騒ぐところではあり、このままギャグでつっぱした方が読者の皆様には喜んで頂けるのではないかと思いました。

 

 しかし、この南蛮編で一つ書きたかったのが桜の過去なのです。

 

 桜はオリキャラの中では、ギャグにもシリアスにも対応できる実に優秀なキャラなので、どこかのシリアスブレイカーな幼女とは大違いなのですが、今回の冒頭では彼女の視点でお送りしました。

 

 前回の段階でお気づきの方もいらっしゃったと思うのですが、祝融の正体こそ、桜を劉焉の操り人形にしていた南蛮の術師だったのです。

 

 そして、彼女によって、桜は過去の記憶を取り戻すことが出来たのですが、それは彼女にとっては非道な事実との直面を意味しており、そのせいで、彼女は大きく心を傷つけることになりました。

 

 勿論、そんな彼女を癒すのは我らが種馬ではあるのですが、それはやはり彼もまた、かつて人を殺したことに苛まれ、心が挫けそうになった過去があるからでしょう。

 

 さてさて、そんなギャグとシリアスが混在した今話ではありますが、あまり深い突っ込みは作者の心を大きく砕くでしょう。作者には心を癒してくれる素敵な大人の女性も、可愛い幼女もいないので、勘弁して頂けることを願います。

 

 一刀はそんな桜を慰めつつ、自分の大切な家族を傷つけた祝融に対して、激しい憤怒の炎に駆られます。

 

 次回は、南蛮族の戦争をメインに描写します。さすがに敵兵をクローン軍団にしてしまうと、戦いにならないので、一般兵としますが、そうすれば愛紗たちも戦うことが出来るでしょう。

 

 さてさてさて、次回は戦いの中で、南蛮族について触れたいと思います。

 

 祝融が劉焉に手を貸した訳とは?

 

 彼女たちが益州に叛旗を翻した訳とは?

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 

説明
第六十三話の投稿です。
出会ってしまった桜と祝融。二人の関係はどのようなものなのか。そして、傷つけられて桜に、御遣いは激しく怒り、孟獲たちを雌雄を決すべく軍を進める決意をするのだった。
今回は早めにひっそりと投稿。
結構カオスな内容になっておりますが、言い訳はいつも通りにあとがきにて。それでは、どうぞ。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

一人でもおもしろいと思ってくれたら嬉しいです。
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コメント
通り(ry の名無し様 クリーク! クリーク! クリーク! 幼女虐待、祝融はとうとう我々紳士の逆鱗に触れてしまったようですね。唯一我々が許すことの出来ない所業を犯した祝融に、紳士の本当の恐怖というものを見せてあげましょう(キリ(マスター)
summon様 自分がかつて酷く傷ついたことのある一刀くんだからこそ、桜の痛みを理解し、そしてそれを癒す術を知っていたのでしょう。向日葵に関しては、前回、出番が終わった宣言をしておきながら、勝手にキャラが動き出してしまったので、幼女の力を信じてみることにしました。結果は非常に残念なものに終わってしまいましたが(笑)(マスター)
山県阿波守景勝様 今のところは、桜の過去に焦点を当てて、彼女の悲劇を描いておりますが、勿論、祝融にも何か理由はあるのでしょう。それは次回を待って頂くとして、益州と南蛮がどのような関係を築くことになるのか妄想を楽しんで頂ければ幸いです。(マスター)
shirou様 さてさて、紫苑さんと桔梗さん以外の正に暴乳を持つ祝融。作者であれば、勿論、そんな逸材を放っておくわけにはいかないのですが、一刀くんはどのように判断するのでしょう。それは次回以降をお待ちください。(マスター)
徐越文義様 南蛮編の結末に関しては、勿論、一刀たちの勝利で終わるわけですが、果たしてどのような形で終結するのか。祝融をどのような処遇にするのかはそのときになってから明らかにしたいと思います。(マスター)
オレンジぺぺ様 最近になって、オリキャラは何人か登場してきましたが、翡翠さんを除いて、活躍しているのは幼女ばかりです。幼女って本当に良いものですね。シリアスとコメディの両方を楽しんで頂けたのなら、非常に喜ばしいことですね。さて、次回からはそんな祝融との決戦になります。どのような結末を迎えるのかごゆるりとお待ちください。(マスター)
赤字様 前回、今回と何だかんだ言ってコミカルな描写もあったのですが、次回は全編シリアスになると思います。さすがに戦争描写まではコミカルには出来ませんので。そこに果たしてどれ程の需要があるのかは定かではありませんが、精一杯頑張りたいと思います。(マスター)
クリーク!!クリーク!!クリーク!!よろしいならば戦争だ。我々紳士が変態の力をこめて今まさに振り下ろさんとする握り拳だ!一騎当千の変態紳士の戦闘団で祝融を燃やし尽くしてやる!(キリ(通り(ry の七篠権兵衛)
さすが一刀さん、桜の心をきちんと守りましたね。そして向日葵さん…ご冥福をお祈りしますwww(summon)
祝融の行動にどのような意味があるのか……それが問題です。(山県阿波守景勝)
いやいやここは祝融の瞳術を一刀さんの種馬スマイルで屈服させて暴乳無双モードに・・・・・w(shirou)
幼女を虐めちゃダメ、絶対、祝融逝ってよし? 本編ではコミカルに終わった南蛮編がガチな戦いになりそうですなぁ期待しています? 桜かわええなぁ(´Д` )ハァハァ(赤字)
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