天駆ける隼二話 |
第二話
屋上の床にぶちまけられた、弁当―だったもの―を片付けると、二人は屋上を出た。次の授業に遅れるようなことがあれば、弁当をひっくり返すなんて事よりも“悲しい”ことになる。
「はぁ・・・結局ほとんど食えなかった・・・」
「ほらエド、早くしねぇと次の授業始まっちまうぞ。そしたらお前、先週の二の舞どころじゃねえんじゃねえか?」
「そうなんだよなぁ・・・。まったく、どっちにしても幸先が悪い」
しかし、いつまでもそうしていては、本当に授業に遅れてしまう。それでは本当に踏んだり蹴ったりだ、と感じたエディは、仕方なく更衣室まで歩くことにした。
航空機、それも音速が出ようかというような戦闘機を操縦するのであれば、それなりの格好―平たく言えば耐Gスーツ―が必要になってくる。つまり、飛行実習の際にはそのスーツに着替える必要がある訳だが、これが、慣れなければなかなかに動き辛い。
エディ達も入学してすぐの頃は、このスーツに悩まされたものだったが、今では走り回るくらいのことは出来るようになった。しかし、授業を前にしてそんな負担のかかることをする生徒はいない。授業に遅れそうな生徒以外は。
「はっ・・・はっ・・・!まったく、お前が着替えるのが遅いから――」
「うる・・・せぇ・・・ゲホ、ゲホッ。大体アシュレイ、お前のチェックがテキトウ過ぎて、何度もしなくちゃならねぇんじゃねえか・・・もっとちゃんと――」
生徒たちが皆、口を揃えて“クソ”をつけるほど動き辛い耐G スーツを着たまま、更衣室からダッシュで走ってきた二人は、疲れを忘れて口げんかを始めた。
思ったよりもヒートアップしてしまって、駐機場に教官が入ってきても気がつかない。
「大体アシュレイ、お前は気が利かなさ過ぎなんだよ。
さっきの昼飯のときもそうだ。弁当様がお亡くなりになって、意気消沈して拾い集めてる俺に向かって、お前はなんて言った?『早くしろ』?気がきかねぇってレベルじゃ――」
「まだそんなこと言ってんのか。まるで、聖書持って実家に押しかけてくる宗教の勧誘みたいだぜ、おめぇ」
「はぁ?この、宇宙にでけぇシリンダが浮かぶ時代に、まだそんな前時代的なやつがいるのか?神なんて、宇宙に出てもいないことくらい、ガガーリンじゃなくったって知ってるぜ。俺ん家の隣に住んでたガキンチョでも知ってる」
「それが、神がいなくなっても、どういう訳かそういう連中はいなくならねぇんだよ。
あ、そういえば、この前のことなんだがな――」
いつの間にやら二人は、口喧嘩から世間話にシフトしている。まったく仲がいいのか悪いのか、と周りで見ていた全員が思った。
しかし、ただ見ているわけにも行かないのが、教職である。
「さて、これ以上私の授業を邪魔するんなら、『ドキッ!男だらけの宇宙遊泳大会』に参加させてあげてもいいんだけど、そこの二人はどう、出たい?」
とたんに、二人の口から言葉が出ることはなくなった。出せない。当たり前だ。今何か言葉を口に出せば、間違いなく死ぬ。
「やだなぁエレナ教官、邪魔だなんてそんな、そんな命知らずなやつ、あなたのクラスにはいませんってばアハハハハハハ――」
「そ、そうそう。俺らも先生の授業だけは楽しみで楽しみで、もう夜も眠れないもの――」
どちらかともなく口を開くと、今度は今までプレッシャーで押し付けられ、彼らの頭の中で熟成された至高の言い訳―の筈である―が、止め処なく溢れた。
「よし、君たちが宇宙に出たいことは痛いほどわかったから、とりあえず黙ろうか。本当に放り出すよ?」
その一言で、二人の言い訳の滝は、干上がったようにぴたりと止まる。
「よし、馬鹿二人もようやく黙ったことだし、授業を始めましょうか。
さっき私の機体を見た人はなんとなく予想ついてると思うけど、外に出てターゲット・ブイを置いてきました。今は宇宙空間で静止してるはずなんだけど、そのブイを全機撃墜して、戻ってきてもらいます。
二番目以降の組のブイに関しては、前の組が戻ってきた段階で貨物輸送機から射出します。後はその繰り返し。
――何か質問は?」
はい、と小さく声を出して、クラス唯一の女生徒であるユーディト・アイスラーが手を上げた。
「はい、ユーディ、何かしら」
「あ、あの、まだ乗員割が決まってなかったみたいなんですけど・・・」
「あぁ、そういえば忘れてたわね。ごめんなさい、うっかりしてたわ。
どうしようかしら・・・うーん、先週と同じ機に乗ってもらえるかしら。久しぶりだから本当にうっかりしてたわ。ごめんなさいね。
よし、じゃあ始めに出てもらうのは、夜も眠れないほど宇宙に出たがってたエディとアシュレイにしましょう。さっさと準備してね」
生徒たちは、前回搭乗した機体に向かって歩き出した。エディとアシュレイも、ヘルメットを握り締めて自分に割り当てられた機体へと走る。
タラップを上り、コックピットの中に入って一息。マスクの接続をして、流れてきた空気をまた一息吸う。問題ない。
電装系のメインスイッチをオン、コックピット内の様々な計器が点灯していく。
自動走査システムが、人間に分かる形でオーケーサインを出す。それと同時に、機体に取り付けられた翼の稼動部が、規則正しく動く。どれも問題ない。
エンジンスタート。爆音が上がる。
機体後方に取り付けられた一発のジェットエンジンが、コロニーの大気を取り込んで唸りを上げる。
使い古されたそれは、どちらかと言えば老犬の遠吠えの様な、弱弱しい声ではあったが。
そのエンジンが生み出した推力に押され、機体がゆっくりと外に出る。
ランディングギアのサスペンションが軋む。
お世辞にも程度がいいとはいえないが、それでも事故もなく飛べるのは、ひとえに行き届いた整備のお陰だろうと、エディはコックピットの中で感謝する。
〈こちらSAF空軍大学校管制塔。A-1およびA-2、航空管制システムへのリンクを完了せよ〉
「こちらA-1、エディ・デューイ候補生了解。現在接続中――完了、確認を」
「同じくA-2、アシュレイ・バイアット候補生了解。こちらも完了した。確認求む」
〈こちら管制塔、データリンクを確認した。現在、戦闘空域のデータを送信中。受信しだい27L滑走路で発進準備に入れ〉
「全機了解。受信確認、発進する。誘導を」
滑走路に数人のスタッフが出てきて、二人の機体のマーシャリングを始める。
二人の機体は、その誘導にしたがってタキシング、発進位置につく。
「こちらA-1、発進準備完了、これより発進する」
〈こちら管制塔、A-1及びA-2へ、進路クリア、発進を許可する〉
二人の乗る訓練機のジェットエンジンの回転数が心持上がる。
まるで悲鳴だ、とエディはその甲高い音を聞いて思う。もっとまともな機体に乗ってみたいのもだ、とも。
エンジン回転数はさらに上がっていく。
ランディングギアのブレーキを開放すると、機体はまるで獲物を追うハンターのような、予想外の俊敏さで走り出した。
やがて車輪は地を離れ、二人を乗せた機体は、二機とも宙に浮いた。コックピットの二人も、浮遊感でそれを感じ取る。
〈ゲート開放完了。両機ともそのまま進め。〉
二機が一枚目のエアロックを通り過ぎると、それが閉じる代わりに、二枚目が開く。
その外側は、もう宇宙空間だ。
この学校の滑走路は、この時代主流になっているシリンダ型コロニーの中心にある。つまり、コロニーはパイプ状になって宇宙空間に浮かんでいる。
そのパイプの端にゲートを設け、その中を滑走路として利用している。
ちなみに、なぜ無重力の恩恵を受けずに、前時代的な滑走路を設けているのかといえば、この空軍大学校学長の
「戦場は宇宙空間のみではない」
という理念を受けたためである。
確かに、重力か出の発進も想定しておかなければ、いざというときに対処ができない。
〈さて二人とも、準備はいいかしら〉
二人のマスクの中に、教官の声が聞こえた。
〈さっきも説明したと思うけど、作戦宙域内にあるターゲットブイを破壊してもらうわ。
以上だけど、まさか質問なんかないわよね?〉
「こちらA-1了解。状況を開始する」
「A-1、レーダー照射を受けている。おそらくあのターゲットブイ、攻撃手段を持ってるぞ。注意しろ」
〈あら、ばれちゃった。せっかく説明せずにおいたのに〉
「性悪め、そんなんだから男に逃げられるんだよ。もう三十だってのに――」
〈なんか言ったかしら、エディ・デューイ候補生?あと私はまだ二十六よ――〉
エディは聞こえない振りをして無線を切った。
呟きすら拾ってしまうこのヘルメットのマスクは、少し改良の余地があるな。気を紛らわせるための馬鹿話すらできない。エディは心の底からそう思った。
マスタースイッチをオン。攻撃準備を整える。
搭載されている兵装は、機体両側に短距離空対空ミサイルが四本、機体中央に六ミリ機関銃が一門、約千発か。
パイロットの目前、ヘッド・アップ・ディスプレイに表示された諸元ではそうなっている。
確認する間に一機目をロックオン、すぐに発射ボタンを押す。
命中。
機体から放たれたミサイルは、ロックオンしたブイに吸い込まれるように飛んでいき、ブイを吹き飛ばす。
アシュレイも既に二機を撃墜し、残りは三機。残りのミサイルで十分足りるだろう。
ターゲットブイが発射するミサイルの誘導性能も高くない。訓練生が、訓練機に乗って回避できる程度になっている。
それに、弾頭も爆発しない模擬弾頭だ。どこに当たっても大した危険は無い。
学科はともかく、実技は得意な二人にとって、避けるのはなんら難しいことではない。
「もっとキツイの想像してたんだけど、なんか拍子抜けだな」
「あんまり調子に乗るんじゃないぞ、エド。何があるか分からない。あの性わ――美人の教官の事だから」
結局、二人の実習は何事もなく終わった。気味の悪いくらいに静かだ。
「こちらA-1、全機撃墜完了したが、こんなに呆気無くていいのか。何か隠してることは無いのか?」
〈いったい私をどこの鬼や悪魔と勘違いしてるのかしら。RTB、さっさと帰還してね〉
「了解。A-2、帰ろう。特大の“ミサイル”が飛んでくる前に」
百八十度回頭、二人の機体は火炎の尾を引いて、全速力でコロニーへと戻る。
帰る道すがら、次の組の機体とすれ違う。乗員はユーディトとそのバディ。
〈A-1、A-2、今度、飛び方のレクチャー、お願いしたいな〉
ユーディトが少し照れ臭そうに言うと、
「お前の飛び方を知ってると、嫌味にしか聞こえないんだけどなぁ、なぁアシュレイ」
「そうだな・・・、少なくともお世辞には聞こえるぞ」
〈こちら管制塔、私語は慎め。戦闘行動中であることを忘れるな。
これから誘導レーダーを照射する。オートパイロットに切り替えろ。〉
管制塔の指示にエディはいや、と否定の意思を示し、告げた。
「手動で着陸する。誘導波の照射は必要ない。ゲートと滑走路を空けてくれ」
〈管制塔了解――滑走路クリア、27R滑走路に誘導灯を転倒した。それを目印にランディングしろ〉
了解を告げると、二機は手動での着陸態勢に入る。
ランディングギア、ダウン。機体下部に格納されていたランディングギアが、油圧に押されて現れる。
ゲート手前でエンジン逆噴射、スピードを殺し、ゲートに突入する。
ゲートが閉まり、辺りに空気が満たされ、エンジンが自然吸気に切り替わる。
同時に使えるようになるエアブレーキを作動させ、さらにスピードを落としていく。
ストール寸前まで速度の落ちた機体は、なおも飛び続け、パイロットの手によって滑走路に導かれていく。
接地。白煙が上がり、タイヤが短い悲鳴を上げた。
すべての車輪が接地する。
さらにエアブレーキで減速、誘導路へとタキシングする。
エンジンへの燃料流入をカットし、エンジンを止める作業に入る。
使い込まれたエンジンは、ゴボゴボと年寄りの咳をして、静かに止まった。
格納庫の前で機体を停止させた二人は、キャノピーを解放すると地面に飛び降りた。
教官の姿が、そこにあった。
「どうだった先生、俺たちのフライトは」
久しぶりに飛べた喜びからか、エディのテンションは気持ちが悪いほど高い。
「相変わらずあなたたち、実技だけはいいのよね。
性能調節してあるとはいえ、あのブイをあんだけ早く撃墜できるなんて。
まったくいい拾い物したって感じかしら」
「何だよ先生、俺たち先生の財布程度の価値しかないのかよ――あ、そういえば先生の財布、事務に預けといたからね」
「あら、どこにも無いと思ったら、もうほんとにエドちゃん愛してる」
白々しい愛の言葉を薄目で受け流しつつ、エディとアシュレイは格納庫の待機エリアに入る。
中に設置されたモニターには、現在外で訓練している機体が映し出されていた。
「相変わらず戦闘になると危なっかしいな、あいつの動き」
「お前が言うな、エド。真っ先に突っ込んでいくくせに。
お前の後ろを預かる俺としては、あれほど怖い瞬間は無い」
「何だよ気持ち悪ぃな。お前が俺を心配するなんて、熱でも――」
「バディが万一死にでもしたら、俺の点数は底突き破ってマイナス、一回どころか一年休みになる」
アシュレイの皮肉に無言で返すと、エディは再びモニターに意識を向けた。
それと同時に、ユーディトの乗った機体が、姿勢制御スラスタにダメージを負った。
勿論大したことはないが、戦闘続行は不可能、訓練終了になる程度のダメージではあった。
「――」
どちらからともなく、ため息にも似た、言葉にならない言葉が漏れ、二人以外誰もいない待機室に反響した。
第二話あとがき
いんやぁ、久しぶりの投稿だったもんで、勝手を忘れておりました私でございますけれども。
まぁこうして何とか無事に第二話、ということで、誰が読んでるかも知りませんけれども、どうにか投稿できました。
でも、こっちでの受けのほうがいいのも事実――あ、別に人気出てるとかじゃなくて、閲覧数の比較ね、うん。
しかしあれですね、SFって便利な言葉ですよね!〈迫真
正直ここまで読んでくださる方が何人いらっしゃるのかは存じ上げませんが、もしいらっしゃいましたらお疲れ様でした。次回もよろしくお願い申し上げます。
あと、意見とかもらえると最高です。けちょんけちょんにしてください。
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反省はするけど後悔はしないようにしたいんだけど、なかなか難しいのが今のニッポンポンて奴 | ||
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