猫谷さんちのネズミ
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「一つ、気になったんだけどな」

 正直な話、この疑問は前々からあった。

 だが、なんとなく言い出しづらくて、あえて俺はその質問を今まで避けて来た。

「にゃ?どうしたんだにゃ。改まって」

 俺には一人、妹が居る。名前は音弥(ねや)、姓は猫谷。

 猫の鳴き声である「にゃー」っぽく聞こえる名前と、そのままずばり猫な苗字を持つ為か、茶色の毛並みのネコミミとネコシッポを付けるという猫のコスプレをしている。

 しかもそれだけではなく、ちょっとした動作も、気まぐれな思考も猫っぽく、語尾に「にゃ」を付ける「猫語」は、寝言に至るまで徹底されている。

 ただのあざといコスプレ女などではなく、完全に玄人だ。

「お前、本物の猫を飼おう、とは思わないのか?」

 完全に徹底した「猫」っぷり。そんなことをする奴が、本物の猫が嫌いとは思えない。

 しかし、俺の家で猫を飼ったことは一度もなく、近所も犬派が多い為、飼い猫なんてものを見たことはほぼ皆無だ。

 俺の高校には一匹、野良が住み付いていたが、妹は私立の進学校。俺と同じ学校には通っていない。

 ということは、音弥は本物の猫とまるで触れ合っていないということになる。猫好きには辛いことだろう。

 猫なんてそう気軽に飼えるとは思えないが、別に両親も反対はしないだろうし、とりあえず話を通しておく、というのは無駄じゃない筈だ。

「にゃー……本物の猫さんかにゃ」

「ああ。もしかして、そんなに好きじゃないのか?」

 いまいち音弥の顔色は晴れない。

 嫌いな訳ではなさそうだが……。

「いや。すごく好きだにゃ。でも、にゃーたんは最近部活入っちゃったし、仮に飼ったとしてもあんまりお世話してあげられないにゃ」

「母さんとかに頼めば良いだろ?それぐらいの我がまま、聞いてくれるだろうし」

 俺よりずっと勉強も運動も出来る音弥を、母さんは溺愛している節がある。まあ、俺にも普通に優しくしてくれるし、そんな理由がなくてもウチの母ならやってくれると思うんだが。

「にゃぁ……それはやっぱり、何か違うんだにゃ。飼う以上は、ずっとにゃーたんが自分でお世話をしてあげたいし……」

「そうか。……なんか、お前らしいな」

「にゃ?どういうことだにゃ?」

「お前は優しいし、本当に猫の気持ちになれるんだ、ってことだよ。ちょっと安心した」

 まだよくわかってないのか、音弥は小首をかしげている。

 いつもは頭がよく回る癖に、意外と自分のことはわかっていないんだな。

 でも、それもまた、リアルな「猫」というものなのかもしれない。自分の尾を追いかけまわしている様な。

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「ところで音弥。部活は楽しいか?」

 アニメの時間(ブシドーな感じの会社のカードのアニメだ)になったので、音弥と一緒にリビングに行く。

 最近、我が家の居間にはホットカーペットが登場した。

 まだ電源は入れていないが、ござ一枚だった頃に比べると、随分と温かみがあるし、実際ぬくい。

 俺は兎も角、繊細で、冷え症な音弥にとっては嬉しい限りだろう。

「勿論、とっても楽しいにゃ!皆優しいし、部活でゲームや漫画を読めるなんて、夢みたいだにゃ」

「……それは、クラブ活動として大丈夫なのか?」

 教師に見つかったら、軽く問題になりそうなものだが。

「劇の参考資料、という魔法の言葉で逃げ切れるんだにゃ!」

 何故か満面のどや顔。

 そう、音弥は最近、演劇部に入部した。

 といっても、ガチッガチの部活ではなく、部員数が音弥を含めても三人という少人数の、かなりゆるーいコミュニティだ。

 演劇部である以上、一、二ヶ月に一度は劇をやるんだが、音弥の入部以前から居た二人は、宝塚女優ばりの演技力で、音弥もプロ並の熱演をしているという。

 まあ、ある意味で普段から「猫」を演じているんだし、当然といえば当然だな。

 そして、劇がない時は、熱心に稽古……ではなく、さっき音弥が言った通り、モンハンやったり漫画読んだり、同人誌買いに出かけたり、コスプレし合ったりと、かなり自由にやっているらしい。

 そんなの、別に部活として学校でやらなくても良い、と言われればそれまでだが、音弥にとってこの部活の時間は大事だ。

 音弥は学校でも猫のコスプレをしていて、しかもそれを教師にも認めさせているみたいだが、もう片方の素顔……つまり、アニメやゲームが大好きなオタクであるところは隠して生活している。

 今まではそれでも普通に学校生活を楽しめていた様だが、やっぱり趣味を大っぴらに出来る時間も必要だ。ということで演劇部の存在は大きい。

 俺は音弥や演劇部の連中ほどその方面には造詣が深くなくて、コアな話は出来ないしな。

「変な問題が起きないなら、それで良いんだけどな。お前も来年受験なんだし、変な印象を教師に与えるべきじゃないだろ」

 ……猫コスプレで変な印象を与えているんじゃないか、というのはこの際忘れておこう。

「まあ、そうだけどにゃ……。でもにゃーたん、推薦とかは受けないつもりにゃ」

「そうなのか?お前、ほとんどの教科で評定5だったろ。大体の大学に推薦で行けるのに」

 ちなみに、そういう俺はそこそこの学力だったが、推薦で年内には進路を決めたクチだったりする。

 センター試験?一般入試?なにそれ、美味しいの?とばかりに一月からは遊びまくったが、今思うと一人遊びばっかりだったし、いまいちつまらない高校生最後の時期だった覚えがある。

 ま、今の大学生活をそこそこ楽しめているんだから、それで十分だが。

「でも、にゃーたんはどうせなら高校生らしいことを全部したいんだにゃ。皆でテストを受けたいし、皆と同じ様に合格発表を待って、皆で喜び合ったり、励まし合ったりしたいんだにゃ」

「……くっ、なんてお前は色々と優等生なんだっ。眩しいっ、俺には眩し過ぎるぞっ」

 俺の妹は、プロのレイヤーであり、プロの高校生らしい。

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「うぃー。ただいまー」

 翌日。今日は五時間みっちりと講義がある日で、俺のライフは限りなくゼロに近い。

 外も暗いし、車に轢かれかけたぞ。リアルで。二回ぐらい。

「おかえりにゃー」

 態々、とことこと玄関まで来てくれる音弥。もう七時過ぎだし、夕食の支度を手伝っていたんだろう。

「飯の手伝いなんて、珍しいな。部活入ってからはしてなかったのに」

「今日は早く終わったんだにゃ。それに、今日のご飯は盛大にしないとにゃー」

「ん?何かあったか?」

 俺の誕生日、違う。音弥の誕生日でも、親父や母さんの誕生日でもなかったと思う。

 他には、えーと、ハロウィンはこの間終わったし、クリスマスまでは間がある。十一月は割と地味な月だしな……冬休みを待ちつつ、過ぎ去ってもらうだけの一ヶ月、って印象だ。あんまり祝日もないしな。

「にゃー。なんと、新しい家族が増えた記念日なのにゃ!」

「母さん!?」

 俺も音弥も、割と若い時に出来た子供だからって、あの人はっ……!

「そ、そうじゃないにゃ。そうじゃなくて、先輩さんから頂いた子が居るんだにゃ」

「……人身売買!?」

「も、もらったんだにゃ」

「奴隷制はリンカーンが撤廃させたんじゃないのか!?」

「お、お兄にゃん、ちょっと落ち着くにゃ。人じゃなくて、ハムスターにゃ」

「……なに?」

 ハムスター……というと、とっとこ走る感じのアレか。

 大好きなのはヒマワリの種だったりするアレか。

 シレンだと、壺を割って来るアレか。

「……トラウマが甦って来やがった」

「にゃー……お兄にゃんがGB2で経験した、鍛冶屋の竃での開幕どろぼうハウス&大量の壺ロストのトラウマは置いておいて、こっち来てにゃ」

「あ、ああ」

 ケージは音弥の部屋にあるらしい。二階に上がる音弥を追う。

 家に帰ったら手洗い、うがいを徹底するのが俺のポリシーだが、ちょっとぐらい良いや。

「じゃーん」

 女の子の部屋なのに、割と質素(だと思う)我が妹の部屋の机の上には、大きめの水槽が置いてあった。

 その中には、茶色の毛のネズ公が一匹、ちょこーんと居る。

「檻じゃないんだな」

「先輩さんが、金網のケージじゃなくて、水槽の方が齧られたりしにくくて良い、って言ってたんだにゃ。重くて持ち運びは難しいけど、手入れは簡単だそうだにゃ」

「へぇ……重い、ってことはガラス製か。高かっただろ?」

 相場はわからないが、それなりの大きさなんだから、やっぱりそれなりの値段はするんだろう。アクリルとかなら安いと思うが。

「これも先輩さんがくれたものなんだにゃ。いっぱい余ってるからーって。中古だけどにゃ」

「……いまいち、お前の言う“先輩さん”が謎だな。本当にただの女子高生か?」

「先輩さんは、家でハムスターの帝国を作っていたんだけど、最近の不景気で帝国の人口を減らす政策を取る必要が出て来たそうなんだにゃ。ということで、てっとり早く新生児を他の国に養子に出すということで……」

「つまり、里親募集か」

「そういうことだにゃ。大人しい子だから、噛んだりもしなくて、初心者にもお勧めということで、勇気を出して引き取らせてもらったんだにゃ。猫さんは今は無理でも、ペットは前から飼ってみたかったし……」

 音弥は、水槽のふたをずらすと、そこから腕を入れてみせた。

 それに反応して、中に居た小ハムが近寄って来る。

「にゃぁー。本当、可愛いんだにゃー。食べちゃいたいぐらいにゃ……」

「……お前が言うと、冗談や比喩表現だと思えないから怖いな」

「まさかー。こんな可愛い子を食べたりしないにゃ。……まぁ。にゃーたんは猫さんと同じく、肉食系だけどにゃ」

 何故か、俺の方を見て来る音弥。……ちょっと怖い。

「名前とかはあるのか?というか、オスなのかメスなのかすらわからんが」

「女の子だにゃ。それで、名前はお兄にゃんに付けてもらいたいんだにゃ」

「……俺が?」

「にゃ。にゃーたんだと、変に凝り過ぎちゃいそうだにゃ」

「暗に俺にネーミングセンスがないって言ってる様な気もするが……そうだな。考えておこう。多分、明日の朝までには思い付く」

「流石お兄にゃんにゃ!素敵な名前をお願いするにゃ!」

 

 ……とまあ、俺への無茶振りと共に、家族が一匹増えた。

 ちなみに品種はジャンガリアンハムスターというらしい。

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短編 兄妹 

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