さやかちゃんの激情1
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 捨てる神あれば拾う神あり、という諺が有る。見捨てる人も居れば、助けてくれる人も居るという意味である。正直、さやかはこの言葉が好きでは無い。嫌いでは無いが、好きでは無い。正確には見捨てる事が前提として世界を語っている部分が好きでは無い、という感じか。もちろんそんなものにケチを付けても、世界の有り様というか、人の生き方というか、人が生きている限りそうした事になってしまうというどうしようも無い部分を否定しきれないし、無くせないという事も分かっている。

どうしようも無い事が分かっているから、考え方そのものに嫌悪感を抱いては居ないが(小学生くらいの頃は嫌悪感を抱いていたので、恐らくはそれだけ大人になったという事だろうが)、そのどうしようも無い部分に苛立ちを感じてしまう事を否定して欲しくは無いし、理不尽な部分に対する反抗心を抱いても仕方の無い事だと弁解したい。誰に対する弁解なのかは分からないが。あるいは、自分のそうした気持ちを理解してほしい事に対する、自分のそうした気持ちを他人に理解させようとする事に対する、押し付けがましい態度への弁解なのかもしれない。

…………物を捨てられない事に対する弁解であるかもしれない。それは否定出来ないし、思い入れのある物を捨てられない事は確かだ。

ともあれ。

誰かを、何かを見捨てる気持ちなんて認めたくないのだ。

秋の足音遅く、しかし確実に深まる秋の空気。空は青く、典型的な秋晴れが心地よかった。夏の湿気を含んだ暑苦しい空気などまさに何処吹く風で、涼しい空気と緩い風が感動的ですらあった。

さやかがその大型ショッピングモールへ出かけたのには、まあそれなりに理由があった。もちろん、理由も無くそうした販売店へ立ち寄る事などほとんど有り得ない。物品の購入のためで無く、例えば暇つぶしのために、実に女子らしい行動としてウィンドウショッピングを行うためであったとしても「暇を潰すのには最適であったため』という理由が成り立つ。単なる暇つぶしの冷やかしであったとしても、そこへ訪れる理由としては十分に成立するのだ。故に、まあこれはどんな事でもそうなのだが、理由も無く何かをしようとするという事、そこにどんな意図が込められているのかというのが、さやかにはちょっと想像出来ない。

ともあれ、ショッピングモールである。

駅の南口を出ると、すぐそこに控えている…………控えているなどという表現では、意味合いはどうあれ控えめな印象を与えかねないので、鎮座ましましているという大仰な表現でこそふさわしいその大型ショッピングモール。好立地であり、集客も良いとかなんとか。ただの女子中学生が一人でくる場所に相応しい場所では無く、家族連れの客が良く目立つ様な場所である。時間帯としては放課後なので、さやかと同年代の女子達も当然居るには居るが、彼女たちは程よく群れ、周囲との調和を図っており、そして成功している。だからこそさやかが一人で居る事に、彼女自身が何処と無く引け目を感じる要因にもなっているのだが。

「うーん…………やっぱ、まどかの奴も強引に連れてくれば良かったかなぁ。さやかちゃんってば、このままだと寂しくて死んじゃいかねないよ」

 一人でおどけてみても寂しさが和らぐわけでも無く、そもそも寂しさで死んでしまうような細い神経をしているつもりも無かった。寂しさで死んでしまいかねないウサギの様な愛らしい精神性を誇るのは、むしろさやかが敬愛する先輩である所の巴マミだろう。ウサギという動物は、実際の所そんな細い神経をしていないらしいが。

美しく、愛らしく、誇らしく。歩けば道の両端にバラの大輪が咲き誇り、一メートル間隔で格調高いゴシック調のティーテーブルとティーセットが設置されるという誇大妄想が止まらない雰囲気を醸し出している(さやかだけかもしれない)。

今日は、そんなマミのために、さやかはこのショッピングモールに足を運んだのだった。だからこそ、気後れすると言っても踵を返す事など出来る筈も無いし、するつもりも無かった。無論、ショッピングモールでの用事は明日以降でも全く構わないので、そこまで覚悟を決めた様な格好を付ける必要も無いのだが、そこは思い立ったが吉日のさやかちゃん、伊達に親友の暁美ほむらに『爆弾特攻娘』と渾名を付けられてはおらず、明日以降に予定を回すという発想が無かった。

裏を返せば、だからこそ一人で来る羽目になったわけで、当日の思いつきだからこそ皆とも予定が合わなかったのだ。他のメンバーからは明日以降にしてくれと言われたのだが、今日、あの瞬間に発生した思いが醒めないうちに実行に移したかったのだ。

まどかは家の用事が。

ほむらはまどかに付いていった。合法的に。そもそも、まどかの居ない場所にあの変体淑女が出現するかと言われれば、ちょっと考え難かった。言い過ぎかもしれない。

マミには声をかける訳にもいかないのでかけていない。

杏子にも声をかけたが、何やらやはり用事があるとか何とかで。

「ああ…………まあ、早く用事すませて帰るかぁ」

呟き、一瞬だけ哀愁の様なものを漂わせながらふらふらと歩いて、目的のショップエリアへと歩く。

目的地はインテリアショップ。二階にその様なインテリアショップのエリアが有るため、エスカレーターへと足を運んだ。一階から四階まで見渡せる吹き抜け構造は何時見てもダイナミックで清々しいが、落ちたらどうなるのかと考えると、非常に寒々しい。子供が身を乗り出しているのを見ると、余計にそう思う。

エスカレーターに乗りながらそんな事を考えつつ、徐々に階下へと成りつつある一階部分を見渡していると、

「んん…………?」

 知っている姿が目に映った。後ろ姿だが、ほとんど間違い無いだろう。いっそ間違える事など有り得ない程に印象的であるからだ。どうしてこんな所に居るのかと疑問を覚え、エスカレーターで2階へ着くと同時に、すぐに一階へと降りるエスカレーターに乗り換える。

足早に『知っている姿』の方へ向かうと、そこはお菓子売り場、あるいは菓子売り場、もしくは和菓子売り場、そして焼き菓子売り場。所謂スウィーツショップの集合エリアであった。

その彼女は焼き菓子店の前で立ち止まって、何時も通りの無表情でワンホールのタルトを淡々と見ていた。さやかが感じていた様な、一人でショッピングモールを訪れる事への気後れなど微塵も感じさせない彼女は、

「何やってんのよ、ほむら」

暁美ほむら、その人であった。

どこぞの行進曲でも聞こえてきそうな、堂々とした佇まいである。同じ学年とは思えない程の落ち着きぶりだ。

「あら、洗ってない犬の死骸の臭いがすると思ったら、さやか、やはり貴女だったのね」

「犬の死骸は普通洗わないでしょうが!」

 その佇まいは堂々として落ち着いている。だがその言葉は堂々と妙に荒ぶっている。それが暁美ほむらという少女だった。たぶん。以前はフルネームで呼ばれていたのだが、数ヶ月前から、どういう心境の変化かかは分からないが、名前で呼んでくるようになった。正直、さやかは少し嬉しかったりもした。

「犬の死骸は普通洗わないでしょうが、ですって? そんな当然の事をどうして捲し立てているのかしら貴女は。私は貴女の匂いについて言及しただけで、犬の死骸を洗うか洗わないかという問題を提起したわけでは無いのだけれど」

「うわ何こいつ凄い腹立つ」

 何時もの事ではあったが。この何処にでも居なさそうな、かなり人目を引くレベルでの美人度を誇る少女は、しかし見た目とは裏腹に人が引くレベルでの毒舌家でもあった。どうしてだか、さやか限定の話ではあるのだが。仮に、その毒舌が見境無く周囲へと向けられれば、マミとは別の意味で色々な花が咲き誇る事だろう。胃液とか血とか、まあ体液の花が。

腹立つ、と言ったさやかではあったが、これもどうしてだかあまり腹が立たない。慣れたからとか、向けられる無意味で理不尽な暴力への耐性が付いてしまったとか、そういう悲しいレベルアップを果たしたのではなく(とはいえ、確実に耐性は付いているに違いないが)、最初からあまり腹は立たなかった。最初から腹は立たなかったなどと言えば、では初対面からほむらのさやかへの毒舌が始まっていたのかという疑問が当然湧くだろうが、これは正にその通りで、最初からそうだった。

「それで? まどかに付いて行ったはずのあんたが、どうしてこんな所でタルトなんか見てるわけよ」

「そんなに驚くべき事でもないと思うのだけれど?」

「驚くべき事だよ」

 前述の通り、ほむらはまどかに付いて行ったのだ。とことこと、まどかの後ろを何時ものように。金魚の糞の様に、では無い。金魚の周囲に存在する水の様に、人間の周囲に存在する大気の様に、あたかもそれが当然の事で有るかのように、まどかごと移動する付随物の様ですらあった。そして、それは間違ってもおらず、あるいは立場が逆であっても間違いでは無い。揶揄しているのでは無く、二人の関係がそうで有る事が、それ程に自然なのだった。何が言いたいかといえば、詰まる所、ここで論じているのは、さやかが疑問を覚えているのは、ここにほむらが居る事では無く、ほむらとまどかが一緒に居ない事であった。あの二人が一緒に行動していない事など有り得ないと、さやかは思っているのだった。

そのさやかの考えが正しく伝わったのかどうか、ほむらは苦々しげに眼を細めて、

「貴女一人に任せておくのも悪いからと、お願いされたのよ。まどかに頼まれたならどんな事でも断ることなんて出来ないわ」

 何時も通りに淡々とした口調でそう言った。

「へぇ、どんな事でも」

「ええ、例えそれがまどかの全身を、その美しく未発達で未成熟な裸体を足のつま先から髪の毛の一本一本まで、私の舌だけで隈なく綺麗にする事であったとしても、断る事は出来ないのよ」

「いや、そんな願望を突然告白されても…………」

 ドン引きである。まさかそんな事を考えていたとは思いもよらなかった…………などと言う事は無く、まあ、ある程度予想は出来てはいたが、言葉にされると非常に生々しい。言いながら涎を口の端から垂らしちゃったりしていたので、余計に生々しい。涎をハンカチで拭う仕草は淑女のそれだが、変態である。変態淑女である。

というか、この場で一番ドン引きしているのは焼き菓子店の女性店員であろう事は想像に難くなく、事実そうであった。さやかが女性店員に眼を向けると、完全に眼を逸らされた。犬の死骸だの異常な性癖だのの話を女子中学生がしているのである。普通の人間ならば当然のリアクションであろう。さやかとしては色々な意味でちょっとショックだったが。少なくともほむらと一緒にされたくは無い。

「くっ…………よりによってさやかと一緒にされてしまった。なんという屈辱! 末代までの恥!」

「こっちの台詞だよ! 全部あんた発信の会話なんだよ!」

「私発信の会話…………ここが会話の発信点。私がトレンドと言いたいわけね」

「いや、言いたいわけじゃ無いけど」

「流行の最先端と言いたいわけね」

「もう意味分かんないわよ」

 などと、何時も通りの会話の流れを(恐るべき事に、これが彼女らのベーシックなのだった)何時も通りにこなして、さやかは嘆息した。携帯を確認すると、メール着信あり。差出人はまどか。内容は先程、ほむらが語った内容の通りである。着信時間は10分前。丁度、ショッピングモールに入ったくらいの時間帯であった。なるほど、気がつかなかったというわけだ。

「というか、何であんたは私に連絡してこなかった訳よ」

 まどかにお願いされた事は絶対に断れないと激しく主張するほむら。彼女がまどかに頼まれたのはさやかの手伝いであった筈だ。ちょっとしたニュアンスの違いは有るかもしれないが、それに類する何かで有る事は間違いない。そうであれば、さやかと合流するために連絡は必須だ。ショッピングモールというのは大きい。ちょっと呆れる位に大きい。それも縦に大きいのでは無く、横に大きいのだ。縦型に大きければ、つまり高さがある建物ならば移動するに便利なエレベーターが有るのだが、横型に大きい建物にはそれが無い。それも様々な場所から様々な目的地へと行く事が可能になっている。動く歩道が設置されていたとしても、アレは設置場所が限定的なのだ。移動が面倒で、かつ目的地への移動経路が非限定的であるとすれば、これは偶然に頼って合流するに困難で有ると言っても過言では無い。

「いえ、まあ目的地は分かっているのだから、行けば合流出来ると思っていたのだけど…………だから、それは素直に謝らせてもらうわ」

「え? い、いや、別に謝ってもらう程の事でも無いけど」

 ほむらに『素直に謝る』と言われて、さやかは正直リアクションに困った。こんなに素直に謝られる事など、普段無い事である。それもちゃんとした理由すら有る。それだけに裏を疑ってしまうのだが…………

「ショッピングモールへ着いた瞬間に『探すの面倒くさい超面倒くさい』と思ってしまったなんて、屈辱的だけれども謝るしか無いもの」

「謝れ、何度でも超謝れ」

 裏は無かった。表しかなかった。ほむらの偽らざる本音が裏のように表だった。裏が有るからおもてなしとは良く言ったものだが、裏が無いからと言って悪意が無いとも限らないのだった。

「…………で、もう一度聞くけど、私を探すのが超面倒くさくなったあんたは、一体全体どうしてケーキなんて見てるのよ」

「折角だから、マミさんにケーキの差し入れを…………と思っただけよ。深い意味は無いわ。まあ、例の物を渡すのが今日じゃ無いから、今買っても意味は無いのだけれど」

 くい、と顎で指し示したウィンドウの先には、綺麗に陳列されたタルトのホールケーキが有った。秋の新作などと表示された、控えめだが衣装を凝らしたポップが添えられている。和栗を使ったモンブランタルトで、タルト生地の上にクリームチーズを敷き詰め、自家製カスタードクリームを絞り、その上に生クリームと和栗餡が乗せられている。更にその上に色々な秋仕様の工夫が凝らされていて、見た目にも味にも美味しい一品に仕上がっているらしい。なるほど、確かに新作ケーキには眼の無いマミには絶好の差し入れだろう。

「あんたにしては、珍しい心配りじゃないの」

「…………私だって、たまにはね」

 ちゃかすつもりで言ったさやかだったが、思いのほか真面目に答えられ、言葉に詰まる。まあ、ほむらはさやか同様にマミを尊敬しているのだし、マミに対して何かをしようという気持ちを持っていてもおかしくは無い。だが、珍しい心配りと表現したが、ただ単に揶揄したのでは無く、事実ほむらがそういう事をするのが珍しいのだ。暁美ほむらという少女は単刀直入で思慮深い人間だが、人間関係においてはどうにも不器用な側面を持つというのがさやかの評だし、間違っては居ないと思っている。あるいはほむら自身、それを気にかけているという事はあるのかもしれない。ジレンマ的なものを抱えているのかもしれない。

何時もさやかが率先して…………と言うと聞こえは良いが、思いつきで行動しているだけ…………何かをやり始めるために、ほむらの意見が色々と封殺されてしまっている格好になってはいないだろうか? とさやかはふと思う。基本的にまどかが満足していればほむらも満足するのだと思っていたし、これも大体間違ってはいないと思うが、ほむらの発言の機会を奪っている結果になっているのではなかろうか。そうだとすれば、大いに反省すべき点では有るのだろうが…………。単にさやかの考え過ぎなのかもしれない。考え過ぎなのかもしれないが、

「買うんだったら、当然皆で割り勘だから、慎重に選びなさいよ」

 ともあれ、今はほむらの意志を尊重しておこう。気兼ね無くその選択が出来る様に、さやかに出来るのは大きなお世話だけだ。

さやかの言葉に、ほむらは何時もの冷淡な表情をこちらに向けたが、心なしか表情が柔らかくなった事を見逃しはしない。

「…………感謝するわ」

「ん、何か言った?」

「いえ、何も。和栗のタルトにしようかと思うのだけれど、貴女はどう思うかしら?」

 ほむらが確認を促したのは、先ほどの秋の新作タルトだった。もう一度確認しようとさやかが身を乗り出すと、

「んー、そのタルトタタンってのも美味しそうだけど、まあ、アンタが選んだので良いんじゃないの? 美味そうじゃん」

 さやかの背後、それも至近から声をかけられた。耳に息がかかるのでは無いかと思うくらいの距離感だった。驚きで身を竦ませてから振り向くと、そこに居たのは、

「きょ、杏子! 驚かさないでよ!」

 佐倉杏子、その人であった。

何時も通りに、某棒チョコ菓子を口にくわえていた。

 超ロングの髪を恐ろしく長いポニーにした、若干目つきの悪い女の子。言葉遣いも荒いが、内面は誰よりも優しかったりする。何時も何かしらの食べ物を口にしているというのに、全く太らないという、女子中学生としては、あるいは全世界の女子的にとても羨ましい体質を持つ少女であった。マミとの付き合いは一番長いようで、二人の見えない信頼関係が羨ましい。

さやかは自身の頬が自然と熱くなっていくのを感じた。驚きもあったが、不意打ちをくらって心構えが出来ていなかったというのが実は正しい。どうして心構えが必要なのかとか、どうしてそれで体温が上昇してしまうのかなどは、まあ未だに整理の付かない感情の上での事なので、何とも説明し難いものがあるのだが。

いや、特別な意味など無いが。…………と、特別な意味なんて無いんだからね! と心中で叫び、胸の高鳴りを必死に抑えるさやかであった。

 杏子はさやかの驚き様を見て、

「ご、ごめん。そんな怒るなよ、さやかぁ…………」

 と謝りつつ、頬を人差し指で軽く掻いていた。驚かせるつもりは特に無かったと弁解していたが、気配を隠して相手の背後に立ち、息のかかる近距離で声をかけられれば誰だって驚くに決まっている。それも相手が特別な感情を持って接するべき相手ならば尚更だ。

いや、特別な意味は無いが。

息と心拍数を整え、さやかは杏子に尋ねた。

「で、あんたはどうしてこんな所に居るわけ?」

 同じようにしてほむらに質問したのは、つい先ほど。それをまた、杏子にぶつける。杏子もまた、何かしらの用事が有るとかで今日は来れないという事だったはずであり、本来ならここに居るはずが無いのだった。

「んー…………、なんっつーかなぁ。私にも良く分からないんだけどさ、今日はもう良いんだってさ」

「もう良い? 何が、何に対してよ」

「その用事ってのが、ゆまの面倒見る事だったんだけどさぁ、いざ帰ってみるともうお役御免だったのさ。良くわかんねーけど」

「ふぅん…………ま、確かに分かんないわ」

 そもそも、彼女らの問題に対して、当人の一人である杏子が分からないことを、さやかが理解出来るはずも無い。

「あら、杏子もさやかも、そんな事も分からないのかしら」

「あん? なんだよ、じゃあてめぇには分かるってのか?」

「もちろんよ」

 意味も無く髪を掻き揚げて(これは彼女の癖だった)無い胸を張って、その無い胸を張って(敢えて繰り返す)、ほむらは自信満々に告げた。自分に分からない事は何も無い。分からない事が有るならネット上の先生に頼らず私に聞くのだ、とでも言いたげな態度である。さあ、私に聞けks(カスの意)とでも言いたげな眼差しだった。

 あまりの堂々とした態度に、知らない人はつい信じてしまいそうだが、もちろん口からのでまかせであろう事を、さやかは看破している。杏子も薄々分かっているだろう。半年も親友をやっていれば、さやかに至っては口からのでまかせで一日の会話を終えてしまうレベルなので、それくらい嫌でも分かってしまうのだった。

「ふぅん、じゃあ聞かせてもらおうじゃない。当人である杏子にだって分からなかった理由ってのを」

半ば呆れながら、それでもさやかがそう聞いたのは、まあこれは会話の強制キャッチボールみたいなものなので、仕方がない。ほむらに会話を振られたならば、振りかえさなければならないという妙な使命感が発生してしまうのだった。面白い事言うから聞いてと言ってきている相手を無碍に出来ないという、ちょっと面倒くさい性格を持つのがさやかだった。基本的にツッコミ担当なのだ。

「…………さやかがそう言うなら聞いてやろうじゃねぇかよ。さあ、言ってみろよほむら」

 杏子もどうやら乗ってくれる様だ。あからさまに面倒そうな顔をしていたが。

「ふふ、それほど聞きたいなら聞かせてあげるわ。全く、貴方達は自分で考えることを知らない愚かな生き物なのね。愚鈍とすら言えるわ。まあ、ただの無知蒙昧な中学生である貴方達には難しすぎる要求かもしれないけど、まず会話の行間を読む事から初めて、日々の生活から知能を鍛えることをお勧めするわ。ああ、断っておくけど、知識と知能を混同してはいけないわよ。日々の会話から養うべきなのは知能であって知識では無いのよ。もちろん、必ずしも知識を養うべきではないと言っているわけではなくて、それはとても大切なことだと認識した上で、それでもまず初めは知能を鍛える事の重要さをここでは語っているのであって…………あら、何処に行くのかしら貴方達。どうしてそんなに早足でインテリアショップへ向かおうとするの? 話はまだ始まってもいないのにこれはどうした事な…………」

 聞いてやろうと思ったが。

予想以上に前置きが長くなりそうだったので、もう目的地へと向かう事にした。予想以上に面倒くさい振りだった。

 後ろからほむらの声が近づいてきて、躓いて転ぶ音がしたので仕方なく振り返ると、アヒル座りで半ば涙目になっている彼女の姿が眼に映った。

黙っていれば可愛いのに、明美ほむらという中学生は残念な女子だった。

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まあ、ゆるふわ系のまどマギです。
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