境界線上のホライゾン -SS- 「ありそうでなかった話」
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【第一章】 早朝の先駆者

 朝日を拝むその顔に、

 曇りが見えるのはどうしてか

 配点:(反省)

 

 

 その日の朝は、いつもと同じ日々を取り戻しつつありました。

 アルマダの海戦から―第一特務の告白から―すでに五日が経ちました。

 三征西班牙との戦闘で武蔵に及んだ戦禍は酷く、人々がいつもの日常を取り戻すのに時間を要しました。

 自分は従士として、各艦の現状から人手不足の場所へ駆り出されることが多く、戦場で指揮を取っていたこともあり、事後処理などで忙しい日々を送っていました。

「はーい、ここで休憩しますよー」

 わぉん!とアデーレの後ろと隣で追走する犬たちが、アデーレに合わせて歩みを止める。

 アデーレの日課である朝の走り込み―兼散歩―だ。

 時刻は現在朝七時三十分。まだ朝日が上り間もない。そんな時間でも、金鎚が鉄を叩く音や、人々が共に資材を運んでいる声が聞こえてくる。中にはちょっとした悲鳴なんかも。

 ……今の、総長の声ですよね。

 朝から何をしているのだろうかと、表示枠で呼び掛けてもいいが、恐らくは副王ホライゾンや、教導院の誰かが一緒なのだ。余計なことはしなくていいだろう。

 アデーレが今居るのは武蔵野の居住区周辺に位置する小さな公園だ。青雷亭にもそれなりに近い位置にある。その水飲み場で犬たちに水をやり、しばしの休憩を取る。アデーレ    たちは、すでに奥多摩から、高尾、多摩、品川と四艦に渡り走って来た。犬たちも息が上がっており、アデーレの近くに腰を下ろす。

 犬の頭を撫でてやりながら、アデーレは考えていた。

 アデーレが意識して走って来たコースは、主に被害が大きな場所だ。粉々にされたコンテナが数多く転がる品川や、そこから反対側に見える浅草、さらには崩れ落ちた民家など。どれも三征西班牙の砲撃や乗船を許したためのもので、

 ……自分のせいですよね。

 戦闘中指揮を取っていたのは自分だ。自信は無かったが、"武蔵野"たち自動人形の支援もあったし、英国で同じく作戦行動中の仲間や、搭乗している学生たちのためにも、やらねばならないと決意を固めていた。

 けれど、いざ戦闘が開始されれば、自分はほとんど何もしてないに等しかった。知恵は振り絞ったし、上手く対応しきれた場面もあった。

 それでも、もっと上手くやれたのではないか。司会がプログラム通りに演目を進めるだけでは駄目なのだ。それ以上のことをやらなければならなかったと、そんな考えがここ最近自分を悩ませている。

「……総長にバレたら、何やってんだよって、叱られちゃいそうですね」

 武蔵総長―葵・トーリなら、こんな"不可能"も背負ってくれるのだろうか。

 そう考えるのは甘えだろうか。それとも……。

「……ぉん!」

 腰を下ろし、休んでいた犬たちがアデーレに近寄って来る。足に擦りより、喉を鳴らす。

「慰めてくれてるの?」

 再び犬たちは、ぉん!と吠える。どれも整った顔立ちだ。

「そうですよね。後悔ばかりしていちゃダメですよね。……よし、それじゃあぐるっと回って帰りましょう!なにやら今日は一度教導院集合みたいですし」

 英国を離れてからというもの、艦内の戦争後処理する内容が多かったため、一時教導院は休学。学生総動員で、武蔵の補修や居住区の修繕を行なっていた。そして、大方の作業に一区切りが着いということなのか、一度教導院に集まるようオリオトライが集合をかけたのだ。

 早く帰って準備しないといけませんね、とアデーレが公園を飛び出し再び走りだそうとしたとき、

「あ、アデーレ?」

「第五特務じゃないですか。どうしたんです、こんな朝早くに」

 ネイト・ミトツダイラ、その人が立っていた。

 

     ●

 

「わ、私はその……少々朝の走り込みでもと思いまして……」

「あ、第五特務もなんですか。それじゃあ、ここで休憩ですか?」

「え、えぇJud.、そんな感じですわ……」

 アデーレにはバレていないようだが、実はミトツダイラはテンパっていた。

 朝の走り込みをしていたのは事実だが、まだ大した距離を走ったわけではないのに、すでに一息つこうとしていたから。また、自分が走っていたことをあまり同じ教導院の―特に同じ梅組のみんなには知られたくなかった。

 ……喜美辺りにバレたら、

「なあにミトツダイラ、あんた重戦車系のくせにランニングなんてしてたそうじゃない。どうせならいっそ狼らしく二足歩行なんてやめて四足歩行で地べた這いずり回ればいいのよ。ほら、三回回ってワンって言ってみなさい!おやつにドッグフード上げるわよ!」

 ……我ながら恐ろしい再現度ですわね。考えただけで血管切れそうになってしまいましたわ。

 一人青筋立てているミトツダイラをアデーレが不思議そうに見つめている。

 ……今更気づきましたが、

「あ、アデーレこそ今日はどうしましたの。いつものコースとは違うみたいですけれど」

「たまには走るコース変えたほうが、犬たちも喜ぶかなあと思いまして……」

 何やら語尾に覇気がありませんわね。どうしたのでしょう。私に比べれば、アデーレは悩みが少ないように思えるのですが。

「何か悩み事でも?私で良ければ、相談に乗りますわよ」

 とミトツダイラが問いかけると、アデーレは両手をぶんぶんと体の前で振りながら、

「なんでもないですよ!……べ、別にさっき聞こえてきた総長の悲鳴はなんだったんだろうなあって、ホントそれだけですから!」

思わずアデーレは口からでまかせ―でもないが―を言ってしまった。

ところが、ミトツダイラがその言葉に思った以上に反応した。それを見てアデーレはふと気がつくことがあった。

「そういえば、第五特務今総長の悲鳴が聞こえてきた方から走って来ましたよね。もしかして、総長の悲鳴って第五特務が?」

「な、何を根拠にそんな事を……!」

「いえ、別に明確な根拠は無いですけど……すいません?」

ミトツダイラの剣幕に、アデーレは思わず疑問形で謝ってしまう。

 少し言い過ぎたと反省し、ミトツダイラは毅然とした態度で告げた。

「……総長が、全裸で飛び出してきましたのよ。いえ、裸にエプロンだけはしていましたから、半裸と言うべきなのでしょうか」

 そもそも、半裸の定義はどこからどこまでなのでしょう。上だけ脱いでるとか、下だけ脱いでるとか……靴下だけも半裸にはいるのでしょうか。……まあ、どうでもいいですわね。全裸は全裸、それだけですわ。

 ミトツダイラが一人納得しているところに、アデーレがつい聞いてしまう。

「それで、どうして総長が悲鳴を?」

「そ、それは……その……」

 どこまで言うべきなのか迷ったが、一つ話せば百話したところで一緒だとミトツダイラは思い、ありのままを話すことにした。

「窓ガラス割って吹っ飛んできた裸エプロンの全裸が、私の方に飛んで来まして……走っている最中でしたので、思わず踏み込んで殴り飛ばしてしまいましたの」

 殴る瞬間、全裸の顔が恍惚とした表情だったのはきっと見間違いじゃないと自分の中で補足を加える。

 話を聞いたアデーレが、状況をシミュレートし、

「副王ホライゾンが朝ご飯を作っているところに、総長が裸エプロンで現れて、有無を言わさず打撃をお見舞いし、ボケ術式で吹き飛んだ総長を、第五特務がさらに吹っ飛ばした、ということですかね。これ、コンボ繋がってますね!」

 恐ろしく的を射ている想像だった。

 まるでバッティングゲームみたいだともミトツダイラは思った。

 しかし、とミトツダイラは考える。

 飛んで来た全裸に対し、"躱す"ことが間に合わなかったのは問題ではないだろうか。

 これを戦闘に置き換えて考えるなら、横から飛んできた攻撃に対し、自分は防ぐか弾き飛ばすかの二択しかないことになる。死角からの攻撃ともなれば、銀鎖すら間に合わない可能性もある。

 そして、何よりも恐れるべき状況は、

 ……銀鎖が使えない状況ですわよね。

 英国でのウォルシンガムとの相対戦で痛感した。自分の戦略が、いかに銀鎖便りかということを。

 あの時は、かろうじて二つの銀鎖を断ち切られただけで済んだものの、もしも四つとも全て断ち切られていたら、ミトツダイラの敗北は確実だっただろう。

 銀鎖に頼る前に、まずやらなければならないことがある。

 そう考えたからこそ、今こうして……、

「……あの、どうかしました?」

 途中から完全に一人考え事をしていたミトツダイラは、今目の前にアデーレがいることを思い出し、

「……Jud.、なんでも……」

 言いかけ、ミトツダイラはちょっとした発想を閃いた。

 武蔵の補修も大分進んだし、あとはIZUMOのドッグに着いてからの改装だけ―ではないが、大丈夫だろう―のはず。もちろん、他にやることがないわけではないが……。

 事を構える前に、一度試しておきたいですわね。

 ならば話は早い。ミトツダイラはさっそく行動に移した。

「アデーレ、ちょっといいですの?」

 気がつけば、時刻はすでに八時を回っていた。

 

 

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【第二章】 箱庭の誓い

 謝罪や感謝よりも

 大切なものとはなんなのか

 配点:(忠義)

 

 

「はぁ……はぁ……っ。遅れてしまいましたね」

 息を切らしながら教導院の廊下を走っている姿がある。

 浅間だ。

 昨日一昨日と、家の仕事を手伝いながら、穢れ祓いの依頼も入り、浅間神社は大忙しだった。各被害場所での加護に加え、学生たちの代演奉納の処理を頼まれることもある。

 浅間としては、忙しいのは慣れているので問題はないのだが、いくらなんでも教導院が始まる直前まで仕事を回されるのは困りものだ。

 そんな事を気にしていられないほど、切羽詰っているのでしょうか、うちは。

 浅間の親は、仕事は回せど情報を回さないことがよくある。それが守秘義務からなのか、親の気遣いなのかは、浅間にはわからない。

 ようやく自分のクラスの前まで辿り着いた。

 浅間が勢い良く扉を開けると

「すいません、遅くなりまし……」

 そこには、裸にエプロン姿の全裸がいた。

 い、いえ……この場合は半裸なのでしょうか。

「おー浅間じゃん!どうした、遅かったじゃねえか!」

「と、トーリ君……何ですかその格好!もう穢れっていうレベルじゃありませんよ!?」

 Jud.、とクラス中が頷く。

 当の全裸はというと、何やら満足気な顔で、

「いやさあ、朝ホライゾンにこれ見せたんだけどさ、『私、ただ今強欲真っ盛りですので全力で欲求を満たさせていただきます』って大絶賛喰らってさあ!」

「一応通訳しとくと、総長は朝から殴られて興奮してるってことだよ」

 とネシンバラが補足を入れる。

 むしろ通訳が要らなかった自分のほうがヤバイかもしれませんね……。

 教卓に立っていたオリオトライが、パンパンと両手を打つ。

「はいはい、浅間来たならさっさと席に着きなさい。あとそこの……えぇっと、馬鹿もさっさと服着ないとそのモザイクみたいに顔にモザイクかけるわよ」

 先生も半裸か全裸か呼び方迷ったみたいですね。正直どうでもいいですけど。

「何だよ先生、服ならちゃんと着てんじゃねえか!エプロンがどれだけ至高なものかわかってんのか!?」

「そうね、少なくとも今この場には必要ないからさっさと脱ぎなさい」

 クラスの皆が「あ、そろそろヤバい」と思った頃にはもう遅かった。

「着ろって言ったり脱げって言ったりどっちなんだよ先生!まあ、先生が裸エプロンなんてしたって需要はないと思うけどな!」

 

 馬鹿がエプロンを置き去りに、壁を貫通して隣の教室へと吹っ飛んだ。

 

「……っ!?」

 き、から始まりあ、と伸びる悲鳴が響き渡り、オリオトライが必死になだめているようだ。

 浅間は教室の入口突っ立ったまま、一部始終を呆然と眺め、

「……いつも通りですね」

 笑みを浮かべながら、自分の席へと着いた。

 

     ●

 

「えぇっと、それじゃあ今日は……実は特にやることないの」

 ……え?とクラスが静まり返る。

「聞いてたと思うけど、今日は午前中までで、午後からはまたみんなそれぞれやることがあると思うわ。今も正純やシロなんかは、外交の処理に追われてるはずだし。だから、今日は元気にやってるかどうか確認するために顔を出してもらっただけなの。で、本当ならこれからについてとか、色々話したいことはあるんだけど、まず初めに、一つやっておくべきだと思うの」

 それは、

「点蔵、立ちなさい」

「……え?自分で御座るか!?」

 言われるがままに立ち上がる点蔵だが、一体何をさせられるのか内心ビクビクしている。

 ……む、無茶振りだけは勘弁で御座る!

「それじゃあ、急に退学届けを一方的に突き出して、私たちを混乱させた挙句、武蔵を巻き込んで他国の王女に告白してきたうえに、攫ってきた忍者から発表があります。みんなで聞きましょうか」

「えぇ!?」

 酷い言い方だが、オリオトライが言及しているのは、英国にてメアリ・スチュアートを点蔵が奪い取った―娶った―こと。

「もう一度、この場からやり直しなさい点蔵」

 点蔵も言われたことを悟り、落ち着いて回りを見渡す。

 クラスのみんなが点蔵へと視線を向け言葉を待つ。

 ……何を言うべきで御座ろうか。自分、こういうのは苦手なので御座るが……。

 謝罪や感謝は、すでに皆に伝えている。オリオトライが言っているのもそういうことではないだろう。

 視界にトーリが写り込んできたとき、点蔵は全てを把握した。

 一度でも退学届けを出したからには、けじめをつけるべきで御座るな。

「ん?どうした、点蔵。俺なんか見つめて。まさかオメェ、嫁ができたのにもう浮気か!飽きちまったのか!?」

 この男、本当にぶち壊しまくりで御座るなあ!

 それでも点蔵は流されることなく、トーリの前まで行くとおもむろに片膝を付き頭を垂れ、短刀を抜き捧げるようにトーリに差し出し、言った。

 

「武蔵アリアダスト教導院総長連合第一特務、点蔵・クロスユナイト。今一度、仕えるべき君主に刃を捧げ、義を持って忠すことを、ここに誓い申すで御座る」

 

 皆がトーリの言葉を待った。

 トーリは一度息を吐くと、点蔵の肩に手を置いた。

「オメェが尽くすのは俺だけじゃねーぞ」

 その言葉が誰を指しているのか、問う必要はない。

「Jud.!!」

 武蔵の忍者は再び心の上に刃を捧げた。

 

     ●

 

 その後、二時間にわたりオリオトライの授業は続いた。

 英国での相対戦から、三征西班牙との歴史再現―アルマダの海戦について。

 様々な内容をもう一度議論し直し、情報をまとめ、これからに備えみんなと知識を共有しようと努めた。あくまでも、オリオトライは進行役で、実際に討論するのはクラスの生徒たちだ。それぞれの今後の課題や、武蔵の現状と改善点など、議題内容は次から次へと移り変わり、すでに太陽は真上へと上っていた。

「そろそろ時間ね。それじゃあ今日はここまで。んじゃ、解散!」

 オリオトライが教室を出ていくと、皆ゾロゾロと教室を後にしていく。浅間と喜美、ナイトとナルゼ、そしてミトツダイラとアデーレが共に教室を出ていき、最終的に教室に残ったのがトーリと点蔵となった。

「点蔵オメェこれからどうすんの?」

「Jud.、自分これからメアリ殿のところに顔を出した後、直政殿と合流する予定でござる。機関部の作業が板についてしまい申して、作業員に頼られてしまうので御座る」

「諜報担当が機関部でパシられてるとか、特務としてどうよ?」

「と、トーリ殿には言われたくないでござるよ!?」

 でもそーなるとなー、とトーリは何やら表示枠を操作し始め、

「ホライゾンは何かまだ本調子じゃないみたいだし、姉ちゃんもホライゾンの方に行っちまったし、……俺一人ぼっちなんだけど?」

「何で最後疑問形なので御座るか。自分、付き合う暇ないで御座るよ」

「念願の金髪巨乳の嫁だもんな。彼女じゃなく嫁ときたもんだ。大人の階段三段飛ばしぐれぇで駆け上がっちまってよお。俺は羨ましくなんてねえぞ、畜生! 点蔵もげろ!」

「自分最後のセリフ言いたかっただけでござるな!? というか、本当にもう時間ないで御座るから、自分はこれで失礼させてもらうで御座るよ!」

「おぉ、メアリとよろしくなー」

「如何わしい発言はやめるで御座るよ!」

 と後ろ歩きに去っていく点蔵を見送り、トーリは一人教室に残った。

「……たまには、散歩でもすっかな」

 武蔵総長は自由気ままに、今日も艦上を渡り歩く。

 

 

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【第三章】 熱烈な三角関係

 感謝してもしきれない

 そんな時、あなたはどうする?

 配点:(貸し借り)

 

 ナイトとマルゴットが教室を出て、教導院の外まで来た時、後ろから点蔵が追いついて来た。

「あれえ点蔵、今日は機関部直行じゃないの?」

「パシリ全一みたいな言われようでござるが、違うでござるよ。自分今から浅間神社までひとっ走りして来るで御座る。機関部へはその後で御座るな」

 点蔵がわざわざ詳細を省略して説明したのに、ナルゼはわかってるわよ、と呆れ顔で、

「神道契約の手続きとか他諸々やってるメアリの顔を見に行きたいのね。さすが、新婚さんは違うわね。ああ、なんだか急に暑くなってきたわねえ」

 事実を指摘された点蔵は、ナルゼの言に思わず否定をし、

「ち、違うで御座るよ! それでは自分ただの甘え亭主みたいでは……メアリ殿のことを想っているのは確かで御座るが」

 さらにどつぼにハマった。

「ナイちゃん思うに、もう十分ご馳走さまだよ。これ以上暑くなったら顔が火照ってきちゃうよ」

「え!? マルゴット火照ってきたの!? 点蔵もっとのろけなさい! そうすれば次は体が火照り出すかもしれないわ!」

「ガッちゃん昼間から黒いよー」

 二人のこれは今に始まったことではないが、些か暴走気味では御座らんか。特にナルゼ殿。 

 ……というか、白嬢なのに黒いとはこれいかに。

 ………………。

 だ、駄目で御座る! これでは正純殿と同じに御座るよ!

 正純に対して悪いとは欠片も思っていない点蔵であった。

「んー、どうしたの点蔵? 何か顔青いよ?」

「あんた何私のマルゴットに気使わせてるのよ。同人誌のネタでトーリと絡ませるるわよ」

 と言うと、ナルゼは表示枠とペンを取り出し、ネタをメモし始める。

 阻止! 断固阻止で御座るよ!

「そ、そういえばお二人は今からお仕事で御座るか?」

 完全に取って付けた物言いだが話はそらせたようで、ナイトがうーん、と首を傾げる。

「お仕事っていうより、一種のボランティア? 配送もあるにはあるけど」

「魔女隊のみんなで瓦礫を運ぶのよ。今大きなクレーンとかは一部が破損してたりで使えないのに、色んな場所で必要とされてるでしょ」

 Jud.、と点蔵は頷き、

「確かに機関部やその周りで、人手も足りないで御座るが、工具も足りないでござるからなあ」

 と点蔵が納得すると、ナルゼがでしょ? と相づちを打つ。

「品川や浅草の瓦礫や廃材を移動させるのに、ナイちゃんたちが空から吊り上げて運ぶんだよ。大変なんだよおー」

 ナイトの言うとおり、本来なら大型の運搬用トラクターなどを用いるが、他の場所で優先的に使用しているため、品川、浅草方面は少々手が不足がちだ。

 そこで、魔女隊の出番となる。

 彼女たちは廃材や資材などをまとめたコンテナから伸びたワイヤーを、術式により固定し、武蔵艦上を飛んで運ぶ。大掛かりな作業となるため、危険も伴う。

「人数かけて飛ぶから、編隊飛行の訓練にもなるんだよね」

「なるほど、一石二鳥なので御座るか」

 点蔵は最近機関部に入り浸っていたせいで、他の場所での情報があまり入ってきていなかった。通神帯で情報を集めたりしたが、やはり現場の意見というものは貴重だ。

 魔女隊に関しても点蔵は知識に乏しい―と本人は思っている―ので、こういった話は面白い。

「……あれ? そういえば点蔵なんでナイちゃんたちと話してるんだっけ?」

 とナイトが思い出したように漏らした。

 点蔵は、当初の目的を完全に失念していたことに気づいた。

 ……し、しまった! 完璧に忘れていたで御座る!

 いつの間にかナイトとナルゼの空気に流されていたのは、やはり自分の性格ゆえなのではないかと思案しそうになったが、点蔵は慌てて時刻を確認するように空を見上げ、今からでは機関部での合流は遅れるであろうと判断した。

 直政に後で通神文を送っておかねばならないと思い、とりあえず当初の目的を遂行しようと思い、

「ナルゼ殿」

 突然点蔵が改まった言い方をしたのに対し、ナルゼも思わず、はい? と改まる。

 点蔵は姿勢を正すと、

「英国での件、改めて感謝を述べさせてもらうで御座る。忝ない」

 忍者が急に頭を下げた。

 

     ●

 

 ……今更?

 ナルゼにとって、英国での件はすでに終わったこと。今更感謝されても困る。確かに、あの後なぜか自分だけ点蔵に何も言われなかったことに対して、少なからず不満を抱いてはいたが、それこそ今更だ。

「もう終わったことよ。それに、私がやりたくてやっただけ。あんたのためじゃないから、そんな改まって感謝される筋合いはないわよ。……ていうか本当に、何で今なのよ」

 ナルゼはどうしてもそこが納得がいかないと、点蔵に詰め寄る。

「い、言わなきゃ駄目で御座るか?」

「当たり前じゃない。意味もわからずありがとう、なんて言われたらむず痒いったらないわ。ほら、さっさと言う」

 ナイトが点蔵の胸に指を突き付ける。点蔵は躊躇いながらも言葉を紡ぎ、

「……わ、忘れて……いたので御座る……」

 ……は?

「ごめん点蔵、今丁度マルゴットのこと考えててよく聞こえなかったからもう一度お願い」

「自分最悪で御座るな!」

「もぅ、ガッちゃんったらー」

 とナイトがまんざらでもない顔でナルゼの脇を小突く。

「い、いいで御座るか? だから……メアリ殿のことで頭がいっぱいで、あのとき誰が自分たちを迎えてくれたのかさえよく覚えてないので御座る」

 メアリと手を繋いでガチガチに緊張していた点蔵は、武蔵に戻ったときのことをよく覚えていない。ただ、メアリと繋いだ手は温かいだとか、これからどうなるのだろうとか、とにかく思考が混乱していた。

 結局、点蔵とは違うタイミングで武蔵に戻ったナルゼ他は、点蔵と話をする機会がなく、次に会ったときは、お互いいつも通りの対応しかしていなかった。

「先程、トーリ殿に忠誠を誓った後に、ふと思い出したので御座る」

 ナルゼはもう呆れて言葉も出ないと頭を抱えた。ナイトが心配そうに後ろから頭を撫でてくる。あ、今役得かしらこれ。もう少しこのまま……あ、それいい……もうちょっと胸寄せて……。

「あ、あの……ナルゼ殿?やはり怒っているのど御座るか?」

「呆れてるのよ!」

 ……やっぱり地味にウザいわね、御座る語尾。一種の挑発じゃないのかしら、これ。

 鈍感すぎる忍者に、思わずナルゼはナイトに撫でられたまま声を上げる。撫でられたままである。 

 それにしても、本当になんて律儀な忍者なのか。少なくとも、点蔵はその後の集会で一度メアリと一緒に謝罪と感謝は述べているというのに。

「ナルゼ殿には、今回一番助けられたで御座るから、面と向かって言っておきたかったので御座る。言い忘れて御座ったが、荷重で翼に後遺症あったりしないで御座るか?」

「ないわよ。あの程度の荷重、レースで味わってるからどうってことないわ」

 荷重空間での上昇レースというものがあるにはあるが、その荷重とセシルの荷重とでは比べものにならない。ナルゼは点蔵に強がって見せたのだ。

 それが彼女らしい在り方だと、ナイトは思う。

 ……それにしてもこの忍者、昔とちっとも変わってないわね。

 ナルゼは理解した。この忍者は、あのときから何も変わっていないのだと。他人を心配し、気遣い、自分のミスは絶対に取り返す。律儀で残念で不器用な忍者。

 こんな忍者に、昔の自分も助けられた。

 まあ、どうせこの忍者は覚えていない……というより、自覚していないのだろう。

 だったら、自分の口から言う必要はない。

「あんたが私を気遣うなんて10年早いわよ。だから……」

 ナルゼは点蔵の前に指を一本立てて言った。

「貸し、一つね」

「Jud.! ……ってなんか多すぎないで御座るか!?」

 頷く忍者に背を向け、ナルゼは歩き出す。

 ……本当は、あと四十八年付き合ってもらわないといけないのよね。

「それじゃあ、そろそろ行くわよマルゴット。集合に遅れちゃうわ。ほら、あんたもでしょ、点蔵?」

「Jud.、自分はすでに遅刻確定で御座る」

「だったら早く行きなさい。嫁待たせたら、あんたのこと同人誌のネタとして描きかねないわよ」

「それが一番困るで御座る!」

 と叫びながら、点蔵は清々しく浅間神社に向け走り去った。

 それを見送るナルゼの横でナイトが、顔を覗き込んで、

「もしかして、フラグ立った?」

「私はマルゴット一筋よ」

「あはは。知ってるよ」

 二人の魔女は、どちらからともなく手を取り合い、武蔵の空に舞い上がった。

 

 

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【第四章】 艦橋の思慕人

 思い、望むことを

 躊躇うのはなぜか

 配点:(関係)

 

 

 武蔵野艦橋部の縁に、一人の少女が立っていた。

 ホライゾンだ。

 "拒絶の強欲"のインストールにより、再び睡眠時間が長くなったホライゾンは、最近まで起きている時間の方が短かった。現在は落ち着いてきているが、まだ突然眠気が襲ってくることがある。

 ホライゾンは思う。

 強欲の感情を取り戻したことで、睡眠欲に貪欲になっているのでしょうか。……なんだか欲まみれな思考ですね。

「何一人で黄昏てるのかしら、この子は」

 ホライゾンの背に言葉を投げかけたのは、トーリの姉、喜美だ。胸を強調するように腕を組んだまま、ホライゾンの隣に立つ。

「どうしたの。一人でこんなところにいるなんて、明日は雨かしら」

「Jud.、このままの天候が続く見込みなので、明日も晴れです」

 ホライゾンの返しに喜美は思わず笑ってしまう。

 ホライゾンは首を傾げ、

「どうかいたしましたか?ついに頭が緩くなってしまいましたか?」

「まったく、やり難いったらないわね」

 やり難いということは、喜美が自分のペースで何か話すことがあるということで、

「私にご用件がおありなのですね?」

 どうしてそういうとこだけは鋭いのかと喜美は苦笑する

「それにしても、喜美様がお一人とは珍しいですね。明日は砲撃の雨ですか」

「さすがにそれは、現状を考えると笑えないわね」

「Jud.、まったくです」

 ………………。

 沈黙が場を満たす。

 本来ボケ専門な二人が、いつもの調子で会話を続けようとすれば、必ずツッコミ不足に陥ってしまう。二人共そのことを理解しているのか、これ以上ボケ続けようとはしない。

「とりあえず、ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「……そうね、それじゃあ単刀直入に聞くわね」

 喜美は腕組みをやめてホライゾンに向き直る。そして、優しく微笑みかける。

 問う。

「強欲を抱えた気分はどう?」

 ホライゾンは首だけで喜美の方を見る。彼女は笑っており、本当に他愛もない会話をしているだけだという感じだ。

 ……強欲ですか。

 あれから色々と考えたが、よくわからないというのが、ホライゾンの感想だ。

 トーリに言わせれば、「なんか変わった」らしいが、自分としてはなんら変わりがない。もっと具体的に、何がしたい、あれが欲しいと感じるのかとも思ったが、全然そんなことはなかった。むしろ打撃力が増した気がする。今朝はなかなかの飛距離でした。

「ホライゾン、何ガッツポーズしてるのかしら。いいことでもあった?」

「Jud.、飛距離が伸びました」 

 ……盛大に笑われてしまいました。何がそんなに面白かったのでしょうか。

 喜美は笑いながら、目尻に浮かべた涙を拭う。

「それも強欲?」

「いえ、これは欲求ではなく一種の達成感に近しいものでしょうか。少なくとも、私自身が強欲だと感じたことはまだありません」

「……そう」

 喜美は寂しくも安堵したかのような息を漏らした。

 ホライゾンには、その意味が分からない。

 そもそも、

「どうして、そのようなことを聞かれるのですか?」

 

     ●

 

「理由ねぇ……」

 ホライゾンは分からないと言った。喜美はそれが嬉しくも悲しかった。

 なぜなら、

「私はただ、愚弟が心配なだけの姉なの。理由はそれだけ。私にそれ以上の理由は要らないわ。だって私、賢姉だもの」

 喜美は思う。

 トーリが変わったと言ったのは、きっと彼にしかわからない小さな変化なのだと。

 だから喜美は、ホライゾンに尋ねたかった。

 

「なるほど、実に喜美様らしいお答えかと」

「でも心配なのはあなたも同じよ、ホライゾン」

 どういう意味なのかホライゾンが首を傾げる、と喜美の横、ウズィが表示枠を出現させる。

 ……ふふっ。愚弟、あんた私がホライゾンと一緒いるのがそんなに羨ましいのね。でもダメよ。今は私の時間だから。大丈夫よ、ホライゾンは昔のあんたより、少しは利口だわ。

「トーリ様ですか?」

「あら、どうして愚弟からだと思ったの?」

「Jud.、喜美様がそのような優しい表情をなさるのは、トーリ様に対してだけですので。ちなみに、これは私独自の集計による統計結果です」

 とホライゾンは自信満々に告げる。

 喜美は思う。

 ……私が優しくするのは愚弟だけじゃないわ。あんたもよ、ホライゾン。甘やかすのが愚弟だけね。

「その統計、あんまり当てにならないわね。感情のないあんたが他人の表情から感情を読み取るって、どうなのよそれ。余計なお世話って感じ?」

「ごもっともですね」

 と真顔で肯定するホライゾン。

 でも、それはつまり……

 ……どういうことなのでしょうか。

 ホライゾンの疑問に、喜美が諭すように、

「ホライゾン。あんたは、感情を知りたいと欲しているのよ」

 と断言した。

 ホライゾンがよくわからないという顔をしていたので、喜美は言葉を重ねる。

「人間って生き物はね、常に何かを欲しているのよ。息をするための空気、食欲を満たすための食べ物、性欲を満たすためのエロスとかね!」

「Jud.、最後の一つはどう考えても余計だとツッコミたいところですが、ひとまず続きをどうぞ」

 会話の流れぶったぎっておいてよく言うわねと、喜美は笑って、

「でも、それは当たり前なこと。あるのが当たり前。それは欲求であっても、強欲でもなんでもないわ」

「……つまり、喜美様はこう言いたいのですね」

 前置きを一つ挟み、ホライゾンが言った。

「私は、あるのが当たり前な感情を欲しているのだと。そして、それは強欲ではないから、自覚していないだけなのだと」

     ●

 

 言葉遊びですね、とホライゾンは思う。

 欲求であって、強欲ではない。だから気づかない。これほど分かりやすい詭弁はない。

「だってあんた、眠いだとかお腹空いただとかでいちいち「あっ、これは強欲だな」なんて思わないでしょ? 強欲ってのは、もっと汚いもの。欲望の先にあるものよ」

 ……例えば、愚弟をいじめ倒してその後に私が甘やかすとか、そういうものよ! とか思っている顔ですね、あれは。

「なるほど、今まさに喜美様が思われているようなことが強欲なのですね」

「あんたホント無駄に鋭いときあるわよね」

 お褒めいただき恐縮です、とホライゾンは棒読みで照れてみせる。

 喜美も肩をすくめると、ホライゾンから視線を外し、武蔵の船首へと向き直る。

 ホライゾンはまだ理解していない。欲がないということがどういうことなのか。すでに満たされているかもしれないということに、気がついていない。

 喜美は何も言わない。今日ここに来たのは、ホライゾンに感想を聞きたかっただけだ。それ以上を彼女に諭すほど、喜美は甘くない。

 欲望の先がないのか、それとも器がすでに満たされているのか。

 彼女自身が気づくのを、喜美は待ち続ける。たとえどれだけ待つことになっても、彼女は答えへ至る道を照らすだけで、先導者にはならない。その役目は、他に適役がいるからと。

 ホライゾンは考える。私が感情を欲しているとすれば、その先にある強欲は何かと。

 ……通りませ、通りませ。

 気がつけば、心の中に歌が流れていた。すべての始まりを告げる歌だ。

 ホライゾンは、自分の中の感情に問いかける。

 ふと、一つの思いが浮かび上がった。

 ……あのとき、私は何を願っていたのか。

「喜美様。ホライゾンは一つだけ気づいたことがあります」

「それは?」

「ホライゾンは、この武蔵がとても居心地のよい場所だと思っております」

 

     ●

 

 面食らうとはこのことだろうか。

 ……ホライゾンが自分の居場所を欲していたとはね。

 ホライゾンは願った。軽食屋の店員であればよかったと。あの店で、いろいろな人に出会いたいと。

 その願いのは先はまだ見えないが、少なくとも、彼女は今、満たされている。

「まだ感情を持て余しておりますが、それだけは間違いないかと。ホライゾンは、今の暮らしを結構気に入ったりなんかしちゃったりしております」

「だったら、これからゆっくり考えるといいわ。あんたも愚弟も、平行線だもの。きっと、その答えは――」

「平行線上にあるのでしょうか」

 Jud.、と喜美が頷く横にホライゾンも立ち、

「……っ!」

 澄み渡る歌声が、武蔵の空に響き渡った。

 歌声は、遠く昔の少年に語りかけるような、優しい響きだった。

 

 

-5ページ-

 

 

【第五章】 交錯の当意即妙

 親しき仲にも

 礼儀あり?

 配点:(読み合い)

 

 

 ミトツダイラとアデーレはとある資材搬入路にいた。そばには浅間がおり、遅れて直政がやってくる。

 直政は持っていたものアデーレに渡すと、

「ほらよ、アデーレ。訓練用に使う穂先を潰した槍さね。アデーレが持ってる槍に比べれば軽いほうだけど、どうだい?」

「……いい感じです。軽い分威力は落ちるかもしれませんが、模擬戦ですし問題ありませんね。ありがとうございます、第六特務。急に無理言ってしまって……」

「いいってことさね。アデーレにはいくらか仕事いくらか手伝ってもらったしさ。それにしても、また突然どうしたさね、模擬戦やるから場と武器を提供して欲しいだなんて」

 直政は新しく取り出した煙草に火を着けながら尋ねる。

「Jud.、理由はいろいろありますけれど、私がアデーレにお願いしたのですわ。もう少ししたらIZUMOですし、それまでにと」

「IZUMOねえ……。いくら中立とはいえ、私らが行くだけで戦場になる可能性は十分にあるからねえ」

 Jud.、とミトツダイラは頷く。

 あの場所を訪れる前に、少しでも強くなっておきたい。半ば脅迫観念ともいえるものがミトツダイラの中にはあった。

 純粋に力を求めるがゆえなのか、それとも……、

 ……お母様。

「とりあえず、人払いは済ませてあるから、ここならいくら暴れても外に音が漏れることもないし、余程のことがない限り壁が破壊されたりすることもない。好きなだけやるといいさね」

「それで、私が立会人と言うわけですか……」

 先程まで黙っていた浅間がようやく喋り出した。

「メアリの神道契約の手続きも大体済んで、ようやく一息つけると思いましたのに、突然やってきたミトに「私に、付き合って欲しいんですの!」なんて言われて、一瞬気が気ではありませんでしたが、なるほど納得がいきました」

『ほけんー?』

 ハナミが根も葉もないことを言ったので、浅間が叱りつける。

 ……まあ、間違いではないですわね。

「いいですか? ミトは人狼で再生能力も高いですからいいですけど、アデーレは無理しちゃ駄目ですよ? もちろん何かあったら私が治療はしますけれど……」

 浅間の心配に、アデーレは笑って答える。

 所詮模擬戦とはいえ、本気でやらねば意味はない。手加減できない可能性もあるため、十分配慮しつつ、全力を出す。二人は視線だけ合わせると、互いに背を向け一定の距離まで歩き、再び向き合う。

「それじゃあ、制限時間は15分ぐらいにしようか。それ以上やるなら休憩挟んでから」

 アデーレとミトツダイラはJud.、と首肯する。

「役職など気にせず、思いっきり掛かってきなさいアデーレ。私もそうしますわ」

「Jud.、遠慮なくやらせてもらいます」

 直政が義腕を振り上げる。

 二人は姿勢を低く、合図を待つ。

「……始めっ!」

 腕が振り下ろされたと同時、足が地を蹴る音が二つ響いた。

 

     ●

 

 開始の合図と同時にアデーレは動いた。

 加速術式により、初速の踏み込みが一瞬で最高速に到達し、勢いのままミトツダイラへと突進する。

 銀鎖を使えないハンデがあるミトツダイラにとって、先手を奪われることは、相手の闘いやすい距離を維持され続けることと同義だ。故に、アデーレはミトツダイラが初手でこちらの懐に飛び込んでくると踏んだ。

 その証拠に体を前に折り、膝を曲げ、懐に飛び込んで一撃を入れようと両手を腰に溜めている。

 アデーレの思惑通りだ。

 上体を前のめりにした状態では、槍を受け流すことはできない。

 ……いや、第五特務なら、無理やり打撃で弾く可能性はありそうですね。

 想定としては、このまま当てやすい肩をぶちかまし、片方の腕を奪ってから持久戦に持ち込む。

 弾かれるとしても、ここは思い切っていきましょう!

「やあああぁっ!」

 槍を抱え込み体を反らすように振りかぶり、直撃する瞬間に全力で押し出した。

 ミトツダイラが槍を対処しにくる動作はない。思った以上に初手に賭けていたのかもしれない。

 内心ガッツポーズをしつつ、アデーレは槍を突ききった。

 しかし、来るはずの感触と打撃音がない。

 それどころか、視界にミトツダイラがいない。

 いや、いた。

「え?……えぇ!?」

 そして、アデーレは見た。

 ミトツダイラが、"伏せ"をしているのを。

 

     ●

 

 あ、危ないところでしたわ!

 ミトツダイラは、地面に腹這いになるほど屈み込み、アデーレの槍を避けていた。

 アデーレの考え通り、開始と同時に槍を使わせない距離に飛び込むつもりだったミトツダイラは、アデーレの加速によってそれを逆手に取られた。

 膝から下は完全に地面を蹴り跳躍する態勢に入っており、緊張した筋肉は、左右に力を逃がすことが間に合わなかった。

 ならばと。

 溜めた力を前にではなく、下に解き放ったのだ。

 倒れ込むように地面に伏し、ことなきを得たのだった。

 ……でもこれ、騎士としてあるまじき態勢ですわよ!?

 これじゃあどこからどう見ても"伏せ"ですわ!

 視界の端に写るズドン巫女は、

「だ、だだだ大丈夫ですよミト! ミトが犬の本能に目覚めたからって今更誰も驚きませんから!!えぇもちろん、狼として扱ってなんてないですから!!」

 あの巫女、あとでナルゼの同人誌としてR―元服指定のネタにされてしまえばいいんですわ!

「はぁああ!」

「……っ!」

 アデーレは突き出した槍をそのままミトツダイラの上へと叩きつける。

 ミトツダイラは瞬時に後方へ跳躍し、態勢を立て直す。

 数瞬まで己が居た場所は、叩きつけられた槍によって僅かながらに陥没していた。

 ……さすがに気を抜き過ぎでしたわね。

 相手がアデーレとは言え、今自分は銀鎖を使えない。機動殻を使わないアデーレと同等にするには、いいバランスだとは思う。

 しかし、アデーレも馬鹿じゃない。

 自分の獲物の特徴と、素手の私に対して取れるアドバンテージも理解しているだろう。こちらが接近しても、それに合わせるように引かれ、穂先を突き出されては打撃を届かせることも難しい。

 ならば、当初の目的通り機動性で翻弄し相手の態勢を崩しかない。

 ミトツダイラは今度こそ疾走した。

 

     ●

 

 資材搬入路の一角で、粉砕された資材を担ぎ上げ、指定の場所にまとめている男の姿と、傍らにそれを手伝う女の姿があった。

 立花夫妻だ。

 三征西班牙との戦闘により破壊され、修復が難しい壁や資材を似た種類でまとめている。IZUMOに着いたら、再利用できるように整理整頓しているのだ。

「……自国が壊したものを片付けているというのは微妙な気分ですね」

「Jud.、まったくですね。あ、これァさんが撃ったやつじゃないですか?ほら、ここの弾痕が"十字砲火"のと似て――」

「宗茂様。女の過去を詮索してる暇があったら、キビキビ働きやがってください」

「話振ったのァさんですよね?」

 ァはぷいっ、と顔を反らしてしまう。

 ……結構気にしているようですね。

 宗茂はァが資材に目を落としながらも、どこか気を落としていることに気がついていた。自分のために武蔵の副長、本田二代に挑んだことは知っている。そして、敗北したことも。

 結果はどうであれ、自分としてはその気持ちだけで十分嬉しいのだがと宗茂は思う。

 しかし、ァにとっては違う。夫の名誉を挽回出来ないどころか、自分まで敗北し、宗茂の顔にさらに泥を塗ってしまったと思い込んでいるかもしれない。たとえ宗茂がフォローを入れたとしても、表向きは笑ってくれるだろうが、内心で罪悪感を抱え込んでしまうかもしれない。

 どうすればいいのか……と手を進めながらも迷っていた時、

「……これは、何の音でしょう?」

 少し鈍い音だ。恐らく、何かと何かががぶつかっているような。

 音のする方に目をやると、すでにァも気づいていたようで、

「どうやら、武蔵の従士と第五特務がやりあっているようですね」

「……我々も今は武蔵の学生なのですから、そんな客観的に言わなくても」

 宗茂が呟いたとき、一際大きな音が搬入路に響き渡った。

 

     ●

 

「っ……!」

 ミトツダイラが壁を蹴り跳躍し、アデーレに対し踵落としを放つ。

 アデーレは回避より防御することを選択し、槍で踵を受ける。回避しても踵落としなら、すぐさま膝を曲げての跳躍に移れ、回避距離を詰められてしまう。接近を許すよりは、一撃防ぐ方が安全だと判断したのだ。

「やりますわね、アデーレ。槍の扱いも以前より上達したのではなくて!」

「機動殻で盾になってるだけが私じゃありませんから! 第五特務こそ、いつの間にこんな体裁きを!?」

 ミトツダイラの踵を打ち払い、再び距離を取る。

「マサとの訓練の一貫ですわ! 投げるにしても投げられるにしても、重心移動は重要なんでしてよ!」

 言いながらミトツダイラとアデーレは互いに向き合ったまま横に併走する。

 アデーレが加速し、直角にミトツダイラへと襲い掛かるが、ミトツダイラも脚力と重心移動ですぐさま方向転換し、紙一重で槍を交わす。

 一連の動きのなかで、時にアデーレが槍をぶん回し、ミトツダイラの回避先潰したり、時にミトツダイラが槍を拳で受け流し、足払いで機動力を奪おうとしたりと、まるで試せることを全て虱潰しに試していくかのように、次々と手が変化していく。

 すでに10分が経過している。アデーレの作戦通り、持久戦へと移行しつつある。

 長期戦ではなく、持久戦だ。

 なぜならば。

 ――第五特務と私とでは、体力の消耗頻度が違います!

 アデーレの攻撃は、あくまでスピードを維持しながら突きを繰り出し走り抜ける形で、ロスが少ない。加速術式の負担はあるが、アデーレにとっては許容範囲内だ。

 対してミトツダイラは、回避も攻撃も脚力、腕力任せの力業だ。筋肉の緊張と緩みを繰り返しているため、そろそろ筋肉が張ってきているはず。人狼であるということを考慮に入れても、このままの距離を維持すれば、次期に隙が生まれるだろう。

 ……私には、決定力がないですからねえ。

 第五特務のような剛力は無く、副長のような神格武装なければ、特殊な術式もない。

 確かに、私には父から受け継いだ機動殻があります。しかし、あれは"私自身"の力ではない。私は、その力を受け継いだだけなのだ。

 だからこそ。

 たとえ自分に役職がないとしても、皆の役に立ちたいと思った。

 そのために。

 自分の中に自分自身の誇れるものを見つけたいと思った。

 自信があるのは、この足だけ。それも、副長に比べれば大した代物ではない。

 それでも、今自分は第五特務相手に自慢の足を使って翻弄することができている!

 高揚した頭を冷ますように努めながら、アデーレは再びステップを刻んだ

 

      ●

 

 ミトツダイラは内心焦っていた。

 体力的にはまだ余裕があるし、アデーレの槍がこちらを捉えているわけでもない。

 ……しかし、こちらの攻撃が一切届いていないというのは問題ですわっ!

 繰り出した拳も蹴りも、全て避けられ、いなされ、防がれている。先の踵落としが唯一まともに防御させたものだと言っていい。

 ……銀鎖がないと、ここまで何もできないんですのね、私は。

 痛感する。今までは四つの銀鎖から生み出す連続攻撃や投擲によって、相手の回避を潰し、防御を砕いていたのだと。

 ミトツダイラが、考えて足を動かしている間も、アデーレは攻撃の手を止めない。

 回避動作の癖を見抜かれたのか、槍が少しずつミトツダイラの体を捉え始めた。

 このままでは、いずれ一撃を貰ってしまう。

 ……考えるのです、ミトツダイラ。私にとっての最善手と、アデーレにとっての最善手を。その先に、私が見出すべき行動の選択肢が見えてくるはず!

 ミトツダイラにとっての最善は、アデーレのスピードに喰らい付き、己の攻撃が通る間合いを得ること。

 逆に、アデーレはアデーレの間合いを維持し、ミトツダイラを近づけさせないこと。

「……わかりましたわ!」

 答えに至ったミトツダイラは、選択肢を決定した。

 足を止め、静止したのだ。

 

 

-6ページ-

 

 

【第六章】 温度差と距離感

 外野陣にも

 いろいろあるようで

 配点:暇人

 

 

 ……いい加減、飽きてきましたね。

 浅間は立会人として、外から二人の様子を観察している。

 だが、目まぐるしい攻防に対する感想は一つしかなかった。

 恐ろしく地味ですね、これ。

 機動殻のないアデーレと、銀鎖のないミトツダイラがここまで地味になるとは思ってもみなかった。

 お互いヒットアンドアウェイを繰り返しているので、華もない。模擬戦なのだから仕方ないとは言え、この状況が長く続くと……、

「……ふぁ……っ」

 しまった。余りにも暇過ぎて思わず欠伸が出てしまった。昼間から欠伸をもらすなど、神職に携わる者としてありえない。……しかし、昨日は就寝が随分遅くなってしまいましたからねえ。メアリの術式を"隠れTsirhc"設定を用いて神道の併用認可を行ったり、同じく突然留学してきた立花夫妻の手続きの手伝いなんかもありましたっけ。何やら立花嫁と二代が少々噛み合ってない問答を繰り返していましたが、一体何だったんでしょうね、あれ。邪念に満ちた言葉が飛び交っていたような気がしましたが、気のせいですよね、きっと。とにもかくにも、夜にはまたトーリ君たちが「戦勝祝いにパーティしようぜ!」なんて言い出して、仕方なく……えぇ、仕方なく、お肉と野菜に加えて炒飯セットも用意して、今度は正純も交えて大騒ぎしましたね。なぜ正純の父親まであの場に居たのかは謎ですが。しかも正純に焼いてもらった肉を嬉しそうに食べていましたし。やはり親子なんですね。そんな心温まる光景を、馬鹿が全裸にワカメ―ある意味半裸と言えるのでしょうか―を全身に着飾って「うみぼーずー!」と言った直後に、ミトに肉をあげていたホライゾンの打撃によって壁貫通して武蔵から落ちそうになったところを点蔵に助けられてましたねえ。股間捕まえられて。……あれ、楽しかった記憶が見あたりませんよ!?

 ここまで浅間が暴走した時、

「痛ぁあっ!?」

 直政が工具用スパナで浅間の頭を叩いた。

「な、何するんですか、マサ! 下手すりゃ死にますよそれ!」

「魂出掛かってたから戻してやったんさね。まあころころ表情が変わる様は見ていて面白かったけど……」

 ……けど?

「そろそろ、劇的な変化があるさね」

「……それは、ミトが痺れを切らす……と?」

 Jud.、まぁ見てるといいさねと直政が視線を戻した先、ミトツダイラが足を止め仁王立ちして構えていた。

 

     ●

 

「第五特務の方は、何か策があるのでしょうか」

 Jud.、と宗茂は頷き、

「本来、近接武術士同士が長時間打ち合う場合、互いの力量の釣り合いが取れた均衡状態が前提にあります。力・速度・技の三つがどこかで釣り合っていない限り、決着は短期間に訪れます。まあ、これもさらに大前提として、術式などに優劣がない場合、ですが」

「しかし、あの第五特務と従士の力量が均衡しているとは思えませんが……」

「いえ、均衡していますよ。方や足りない力を速度で、方や足りない速度を力で補っています。そのため、同程度の技量さえあればどちらも決定打を決められないということです」

 ハンデがあるからというのが大前提ですが、と宗茂が念押しした。

「では、技は?」

「それは明確な違いがあります。素手と槍では、リーチも立ち回りも大きく異なります。槍を正面に据えるだけで、防御にも攻撃にも運用できる槍使いとは違い、素手の彼女は槍の側面、もしくは裏を取る必要があります。正面から撃ちにいっても届きませんから。無理やり届かすのなら話は別ですが、今の彼女には難しいでしょう」

 宗茂はァに説明しながらも、今己が第五特務を相手にした場合どうなるのかを想定していた。あの従士を上回る加速が可能な自分なら、相手の防御が間に合わない速さで切り刻むことも可能で……、

「――宗茂様」

 はっ、と思考をやめ、傍らに立つァを見る。

「な、何ですかァさん」

「Jud.、今もし自分ならと考えていましたね?」

 図星をつかれ宗茂は「……Jud.」と肯定するしかない。

「……宗茂様はリハビリを始めたばかりで、また以前のように……西国無双を名乗るには、時間が必要です」

 ァの言うとおりだ。自分の足はまだ完治しておらず、以前より筋肉も感覚も衰えているだろう。

 わかっていても、どうしてもふと考えてしまう。

 私がもっと強ければ……。

「宗茂様。"それ"は、私たちの目標です。焦らずとも、私が共に歩み、支えていきます。ですから……」

 ァは宗茂のジャージの裾を掴み、声を震わせ言った。

「これ以上、私に心配を掛けさせないで下さい……」

 

     ●

 

「……ァさん」

 ……情けない。

 私は、なんて情けないんだろう。

 夫の再起を願いながらも、まだ私自身が不安に打ち勝てないでいる。

 それでもきっと、宗茂様赦してくれる。それがわかるから、さらに自分を責めてしまう。

 涙は流していないが、上擦った声が酷く恥ずかしく思えた。

 すると、宗茂は裾を掴んでいたァの手を取ると、優しく微笑みかけた。

「大丈夫ですよ、ァさん。確かに以前のように……いえ、以前よりも強くなりたいという思いはあります。でもそれ以上に、失いたくないものができましたから。その人が支えてくれるから、私は大丈夫です」

 涙を堪えるために、ァは宗茂の胸に顔を押し付けた。

 こんなに、迷惑をかけた私を、彼は失いたくないと言ってくれた。それだけで私は、胸いっぱいに言葉が詰まり、言いたいことはたくさんあるけれど、今はただ、私の判断は間違っていなかったのだと正してくれた彼に、感謝も込めて、

「Jud.……!」

 精一杯の笑顔で答えた。

 気がつけば、いつの間にか先程までの足音や剣戟はしなくなっていた。

 

     ●

 ミトツダイラは考えた。

 そもそも前提が違ったのだと。速度のない自分が、無理やりアデーレと同じ速度に達すること自体が間違いないなのだ。体力を消耗し同じ速度に到達しても、相手はさらに加速することが可能では単なるいたちごっこだ。無駄に走り回るだけで、相手にとって有利な状況が続いていることになる。

 ならばどうするか。

 どうせ追いつけないのだから、相手の攻撃を待てばいい。少なからず、相手は攻撃するときに距離を詰めざるを得ないのだ。それを利用する。

 もちろん、そんなことをすれば、リーチのある槍に一方的にやられる可能性もある。

 しかし、ミトツダイラは今取り得る最善の行動を果たすと決めたのだ。リスクはあるが、ハイリターンが望める。試す価値は十二分にある。

「ふぅ……」

 緊張していた筋肉、神経をリラックスさせる。

 視界に確実にアデーレを捉えつつ、思考は冷静に。

 ……さぁ、いらっしゃいませ。ここからは私の反撃ですわ。

 アデーレは疾走を続けている。足を止めた隙を突かれるを警戒しているのかもしれない。

 それならそれでいい。こちらは体を休めることができる。それをアデーレもわかっているのだろう。表情に迷いが見られる。

 迷いとはすなわち、突撃するか否かの二択。

 ……さぁ、来なさい!捕まえて差し上げますわ!

 そして、アデーレが迷いを振り切るように加速してきた。

 

 

-7ページ-

 

 

【第七章】 試行錯誤の解答者

 艱難辛苦の先に待つ答えは、

 正解か、不正解か

 それ以外か

 配点:答え合わせ

 

 

 

 ……このままだと、自分の内燃排気が底をついて、第五特務に捉えられてしまいますね。体力はあっても、術式なしでは今までの均衡は維持できませんし。

 そこで、アデーレは一つ試してみようと思いミトツダイラに呼び掛ける

「第五特務はもうバテちゃいましたか!?」

「……Jud.! このくらい、どうってことないですわよ!」

 言葉尻には少なからず疲労の色が聞いて取れる。やはりあの静止は、誘いと休息の二重の意図があるのでしょう。

 だったら、ここが勝負所ですね!

 貯めた疲労を回復される前に、そして……、

 いい加減決着つけな、とでも言いたげな第六特務たちの痛い視線のためにも……!

「従士、アデーレ・バルフェット。行きますっ!!」

 アデーレは今までで一番の加速を用いた。

 狙うのは連続攻撃からの防御崩し。

 教師オリオトライと交戦した時の反省を生かし、改良を重ねた回転突き。

 過去の教訓を生かし、未来へと一直線に繋げる。

「自分の槍で貫いて、繋げてみせます!」

「いいでしょう、受けて立ちますわ!」

 脱力しきったミトツダイラは瞬時に反応し、迎撃態勢を取った。

 まず一合目は、互いに牽制の一撃。ミトツダイラが弾き、アデーレが流す。

 弾かれた勢いを利用し、回転を加え、再びの突き。体を回すことで、遠心力が上乗せされた重撃となる。

 「教師オリオトライに通じなかった技が、私に通じるとお思いで?」

 すでにこの技は以前の体育の授業で見せている。第五特務も槍の軌道を完璧に見切っている。距離を計り、こちらの槍を潰しに来るつもりだ。

 ――予想通りですね。

 第五特務なら回避よりも迎撃を選ぶ。

 こちらの回転動作を確認した段階で、より確実に、タイミングを図るためにこちらに合わせに来る。

 だからこそ、その裏をかき……、

「な!?」

 アデーレは槍を投擲した。

 タイミングは完璧だ。ミトツダイラがアデーレの槍を突き出すのを待つ予備動作に入ったと同時に投げているため、どう弾き防ごうともワンテンポ遅れる。この一撃を、確実な決定打とするために、アデーレは最後の加速をし、己自身を発射台とするように水平に跳躍している。これが防がれれば、文字通り後がない。

 さあ、どうします第五特務!?

 アデーレが視線を向けた先、ミトツダイラが覚悟を決めた瞳をしていた。

 ミトツダイラは、自ら左腕を槍に当てにいった。

 

     ●

 

 さ、さすがに痛いですわね……っ!

 右手は拳を固めていたため間に合わないと瞬時に判断し、半身に構えていた左腕を少しだけ修正し、槍の軌道上へと持っていった。

 当たる瞬間に腕を引き威力を殺したが、それでも十分な威力だ。あまりの衝撃に筋肉が悲鳴を上げているのがわかる。

 穂先が潰れていなければ、間違いなく腕を貫かれていますわね。

 ミトツダイラは左腕を刺突した槍を払い捨てた。

「アデーレにしてはかなり思い切った戦法ですわ。でも、忘れていることがおありなのでは?」

 答え合わせをするかのような口調に、アデーレは自分が見逃した点に思い至る。

 アデーレが失念していたこと。それは、

「私、打たれ強いんですのよ?」

 ミトツダイラが右足を踏み込む。こちらへと跳んでくるアデーレの右腕を掴み、背で抱え上げる。

「はぁあああ……っ!!」

 膝から腰を入れ、体を回し脱力した左腕を外側に回すように大きく振る。そして、勢いのままに背負い投げの要領でアデーレを床に叩きつけた。

 アデーレはまともに受身を取ることもできず、肺を圧迫され咳き込む。

 かっ、と肺から空気が押し出される。

「そこまで!」

 直政が声を上げる。決定的な一撃となったと判断し、

「……っげほ、げほ!……ま、参り、ましたぁ……」

 ――ミトツダイラの勝利である。

 

     ●

 

 一部始終を見届けた宗茂は純粋に思った。彼女たちが羨ましいと。

 三征西班牙の教導院、アルカラ・デ・エナレスで第一特務、さらには八大竜王の一人だった自分は、今や一人の少女のために再起をうたうただの学生に過ぎない。

 後悔はない。が、それでも自分の中にある獣が吠えるのだ。

 強くなりたいと。

「…………っ」

 宗茂は黙って拳を握りしめる。強く強く握りしめ、痛みを感じたいとさえ思っていた。

 震える拳をギンはそっと両手で覆い、自分の胸へと抱きとめる。

「……ァさん。私は、強くなってみせます。たとえどれだけ時間がかかろうとも、あなたの隣に立つに相応しい男になります」

「Jud.。私も同じ思いです。再び共に立花を誇らしく名乗れる日まで、そしてそれからも……」

 ずっと一緒です……と、ァは心中でだけ続けた。

「差し出がましいかもしれないで御座るが、自分もお力添えしたく思うで御座る」

「え……?」

 

     ●

 

「あなたは、武蔵の第一特務……」

「Jud.、点蔵・クロスユナイトと申す。戦種、忍者武術士に御座る」

 突然の来訪に、ァは驚きを隠せない。反面、宗茂は何か得心がいったという顔をしている。

「まったく気配がしなかったのも、忍者の技能ですか?」

「左様。忍者にとって隠密活動は体に染み付いていることゆえ。驚かせてしまったのならお詫び申す」

 点蔵の謝罪を宗茂はお構いなくと言って流し、話を本筋へと戻すよう促した。

 宗茂の意図を汲み取り、点蔵は質問する。

「宗茂殿、足の具合はどうで御座るか?」

 点蔵は、この問いに一つ試験を貸している。宗茂が己の状態を嘘偽りなく他人に話すかどうかだ。もし意地を張ってみせるようならば、点蔵はこの話をなかったことにすると決めている。

 ……自分が関わる以上、無理はさせたくないで御座るからなあ。

 点蔵の抜き打ち試験を知る由もない宗茂は、はっきりと答える。

「……Jud.、日常生活に支障はありませんが、戦闘機動はまだ厳しいです。術式なしでも、何分全力で動けるかわかりませんし、何より筋肉がかなり衰えています」

 宗茂の答えに、点蔵は文句なしの合格点をやった。今の自分の立場を、よく理解しているのだと思った。

「それでは、リハビリと並行して、自分が少しずつ段階を踏んだ鍛錬メニューをさしあげるで御座る。」

「Jud.、よろしくお願いします」

 宗茂の瞳に火が灯ったのを点蔵は見た。

 ……武人の血で御座ろうなあ。

 再起を願う彼にとって、頼れるものには藁にもすがる思いなのではないだろうか。

 彼は己のプライドと、一人の少女の人生を一身に背負っている。今の点蔵にも、その思いはよくわかった。

 傍らに寄り添うァも、宗茂の手を取り、意を決した様子だ。

「それでは、まずは仕事でござるな」

「……仕事ですか?」

「Jud.。武蔵の仕事は、大変で御座るよ」

 立花宗茂の、人生を賭けた再起への第一歩が動き始めた。

 

 

-8ページ-

 

 

【第八章】 懸念の君子豹変

 なにもしないのと

 なにもできないの

 どっちがわるい?

 配点:(憂慮)

 

 

「こんな時間からこんな場所にいるとは、酒井様も随分とお暇ですね。――以上」

「相変わらず冷たいなあ"武蔵"さん。いいじゃない、みんなが優秀なんだから、俺はこうしてのんびりしてても」

「学長とは思えない発言ですね。どう修正して差し上げましょうか。――以上」

 冗談キツイねえと、酒井は笑って

「とこで、艦の状況はどうだい"武蔵"さん」

「Jud.、損害が大きかった部分はすでに八割方の補修が完了しております。現在はIZUMOでの作業が滞りなく行えるよう最終調整を行っております。――以上」

「住民からの苦情は?」

「多少こちらにダイレクト通神文がいくつか来ております。そちらは後ほど保証を充てる予定です。通神帯でも少々いろいろくすぶっているご様子です。――以上」

 いたって冷静に"武蔵"は告げ、花壇の水やりを続行する。酒井は一息煙草を吸うと、言葉と共に吐き出す。

「まだくすぶってるだけで済んでるのは、こっちが戦勝国だからだろうね」

 人の心理とは単純なもので、たとえ被害を負ったとしても、最終的に勝っていれば、多少の損害には目を瞑ることができる。逆に、損害が軽微だとしても、負けてしまえば不満が解消されず、爆発してしまう。

 やるせないと酒井は思う。どんなに苦労して結果を出したとしても、過程はまったく考慮されず、先日のネシンバラのような目にあう。

 それでも、自由に馬鹿やってるのは、自分たちの頃の名残かと考える。

 ……こんなこと考えるなんて、俺も歳取ったのかね。

 酒井が頭をかいていると、"武蔵"が怪訝そうな顔で、

「どうかされましたか酒井様。急に一人で照れたりなどして。また昼間から酒でも飲まれたのですか。それとも呑まれたのですか? ――以上」

「……口頭だとわかりにくい振りはやめてよ"武蔵"さん」

「Jud.、すでに調整も各艦担当の自動人形たちに一任しておりますので、ぶっちゃけ暇なのです。――以上」

「俺と一緒かあ。じゃあ仲良く……」

「冗談はやめてください。面白くありませんので。――以上」

 いつもよりきつくない? と酒井は一人ごちるが、酒井に対してだけはここまで砕けた物言いになっているのも確かだ。

 "武蔵"と好き好んで話すお気楽者は自分ぐらいだろうなあと内心で笑いながら、話を続ける。

「"武蔵"さん、これからの武蔵はどうなっていくと思う?」

「Jud.、あまりにも漠然とした質問ですが、私自身の考えでよろしいと判断いたします。――以上」

 Jud.、と酒井が頷くと、"武蔵"は解説を始めた。

 

     ●

 

「酒井様、聞いていらっしゃいましたか? 心ここに在らずといった顔をされていましたが。――以上」

「あ、いやあそんなことはないよ。まったく、周辺諸国はおっかないよね」

「そんな話はしておりません。――以上」

 ハズした? と笑って見せる酒井は、"武蔵"の発言の中に出てきたある言葉について思考がそれていた。

 ――公主隠し。

 三河、英国での出来事から、徐々にではあるが、情報も集まりつつある。旧友たちが残したヒントを辿り、その先に何があるのかを自分の目で確かめるのが、ただ次に繋げる己の役割だと考える。

 実際に頑張っているのは、トーリたち学生なのだが。

「酒井様、これ以上無視されるようでしたら、さすがの私も実力行使をも辞さないと明言しておきます。――以上」

「はは、こりゃ悪いことしたね」

 と言い、酒井はおもむろに"武蔵"の頭にぽんと手を置く。すりすりと動かす。

「……何ですか、これは。――以上」

「これでチャラにしてくれない?」

「……仕方ありませんね。自動人形としては嬉しいわけではありませんが、私も鬼ではありませんので、どうぞご自由に。――以上」

 苦笑する酒井と、表情を変えない"武蔵"。酒井のこの行動が、"武蔵"が自動人形たちの共有記憶に流れ出していることを酒井は知らない。

 そのとき突然、空に音が満ちた。済んだ音色に、酒井と"武蔵"は一緒に空を仰ぎ見る。

「酒井様。私たちはまだまだ続いていきます。――以上」

「Jud.、終わりゃしないさ。武蔵も世界も。あいつらが、終わらせやしないさ」

 

 

-9ページ-

 

 

【最終章】 過去の自分へ

 気づき、気付かされることがある

 そのとき人は、

 何を想うか

 配点:明日へ

 

 

 アデーレとの模擬戦が終了した後、ミトツダイラは再び教導院へと戻ってきていた。教導院前の階段に腰を下ろし、ため息を漏らす。

「結局、何の成果もありませんでしたわね……」

 直政から教わった体術が効果的に役立ったのはよかったのだが、自分の力不足はまだまだ否めない。

 あの後、アデーレはもちろん、立会人を務めていた浅間と直政も交えて自分の戦い方について議論した。結論から言えば、筋肉の使い方が問題ということだ。アデーレに直政にも散々指摘されてきたことだ。力まず、弛み過ぎず。

 ……それが難しいんですわよね。

 常に全力を出している自分にとって、小難しい事この上ない。克服したい事柄とはいえ、これまでで根付いた自分のスタイルを崩せないというのもある。

 どうすればいいのかと悩んでいると、上から声が聞こえてきた。

「何やってんだよ、ネイト。そんな黄昏た雰囲気出して」

「総長……」

 階段の上に武蔵総長が立っていた。何故かすでに半裸だ。

「総長、服着てください」

「いやこれ好きで脱いだわけじゃないんだぜ? ホライゾンが歌ってるのが聞こえたから、武蔵野まで走っていって後ろから抱きつこうとしたんだけどよ。抱きつく瞬間にノールックでバックハンド叩きこまれて吹っ飛んでる間に徐々に服が脱げていったんだよ。いやあ見事だった」

「なぜそんなエピソードを満面の笑みで言えるのかが謎なのですけれど……」

「俺は笑ってないとダメだろ? そんな顔してるよりよ」

 全裸はネイトを指差す。そんな顔というのが自分の顔だと気づき、ネイトは慌てて顔を伏せる。

「そ、そんな事ありませんわ。ちょっと疲れが出ただけで……」

「誤魔化すのはなしだぜ。騎士様なんだろ?」

 そう返されると、Jud.,、としかミトツダイラは返せなくなる。

「悩むのはいいけどよ。そんな辛そうな顔するのはなしだぜ、なし。昨日せっかく騒いだってのに台無しじゃね?」

「そ、そうは言いましても、私にとっては重要なことですのよ!?」

 立ち上がり、階段上の総長にミトツダイラは食ってかかる。

「特務として、騎士として、私は……もっと強くあらねばと、そう思っておりますの!」

「だから、ならなんでそんな顔してんだよ」

 え……と、ミトツダイラは言葉につまる。今自分はどんな顔をしているのだろう。恐らく、顔を真っ赤に染め、総長に図星を突かれ子供のように思いの丈をぶちまけている、そんな顔だ。

「悩んでうじうじしたりするのが武蔵の騎士じゃないだろ?」

 いつになく真面目なことを言う総長に、ミトツダイラは自分の心が落ち着いてくるのを感じる。

「まず動いて、試してみろよ。お前には"できる"んだからよ。それでもできなかったら、俺が背負うから。大丈夫、任せとけって!」

 

     ●

 

 全裸がビシッ! と親指を立てる。

 ……まったく、総長のその自信はいったいどこから来るのでしょう。

 ミトツダイラは、心が軽くなったような気がした。

 それでも、この自分の荷は自分自身のものだ。誰かに預けるようなことはしたくない。

 でも、とミトツダイラは思う。

 自分が背負う分、支えてくれる人がいる。

 いつか、一人で立てるその日まで。少しずつだが、前に進めるように。

「こんなところで、クヨクヨしているわけには行きませんわよね」

 ミトツダイラは毅然とした顔で、武蔵総長に告げる。

「いいでしょう。やれるところまでやってやりますわ!」

 彼女の懸念はそれだけではない。これから訪れるIZUMOという地。彼女にとっては曰く付きの場所となる。

 けれど、彼女は振り払う。

 今は悩んだり、葛藤したりしているときではない。

 未練も後悔も後ろに置き去り、今はただ前を見て。

 己が王の道を示すために。

「――道をつけましょう、我が王。貴方の喪失を、貴方が望めるように」

 ……それが、私にとっての騎士ですわ。

「とりあえずよ、ネイト。ホライゾンに取られた服取り返すの、手伝ってくんね?」

「ぶち壊しですわよ!!」

 ミトツダイラの腹からの叫びと、鈍い打撃音に加え、謎の破砕音が教導院中に響き渡った。

 

 

                                 -fin-

 

-10ページ-

 

 

【あとがき】

 どうも、「全裸」(笑)です。

 この度は、こんな稚拙なSSにお付き合いいただきありがとうございます。

 さっそく補足なのですが、このSSは、時系列の補完をする形で練り上げました。が、私の力不足により、明らかな誤差が生じております。時間軸としては、2巻(下)の六十九章と最終章の間の物語となっています。原作最終章にて、正純とメアリのモノローグに「アルマダ海戦より一週間が経った」とあるのを見て、その間に、メアリと点蔵、立花夫妻ってどうなってたの? と思ったのがこのSSを手がけたきっかけです。しかし、いざ書き始めようとプロットを考えだした時点で、もっといろんなシーンを書いてみたいと思い、ツイッターで意見を求めたところ、ミトツダイラの戦闘シーンや、ナイトとナルゼのデートシーンなど、多数意見をいただきました。ぶっちゃけ、どれも実現しにくい(汗)。そこで、各キャラがそれぞれ原作ではあまり無いような絡みが持てればいいと思い、様々な場所で起こる出来事を書きました。そのため、キャラ同士の掛け合いが若干イメージとズレている可能性がありますが、そこは私の実力不足です。申し訳ない。一応、原作との矛盾、ダブりが無いように書いたつもりですが、もしあったらすいません。

 書ききった感想としては、「川上氏すげぇ」の一言。こんな濃いキャラを見事にまとめ上げ、あそこまで話を組み上げるその腕前には脱帽です。書いてみて改めてわかります。個性強すぎて、書いてる間にテンパッたことが何度もあります。SSということで、好きに書いたつもりですが、大分苦労した割に、文庫本にしてせいぜい50P程度でしょうか。2巻(下)の20分の1ですよ(笑)。ホント、川上氏スゴすぎです。

 重ねて言っておきますが、今作の内容は、私独自の視点で書かれたSSです。原作とは違う点が見られても、それは私のカワカミン不足ですので、ご了承ください。

 では、原作風に、これを書いているときの友人とのチャットでも。

「今さ、境ホラのSS書いてるんだけど、どんな話かけばいいと思う?」

『とりあえず立花夫妻は外せんだろ』

「お前の好みはわかったから、真面目に答えて」

『SSなんだから、好きに書けばいいんじゃね? お前双嬢大好きだろ?』

「俺が双嬢書いたら百合になっちまうよ? R―元服だよ?」

『書いてる間に恥ずかしくなってきて、顔真っ赤になるくせに』

「おっしゃる通りです」

 なにはともあれ、睡眠時間や電車の移動時間で書き連ねたこの作品ですが、

「一番顔真っ赤だったのは、どの話を書いているときかなあ」

 というところで。今回のBGMはソ○ックアドベンチャー2バトルより、「Live&Learn」で。ドリキャスからGCへと移植されましたが、どれだけやり込んだことか。BGMもシナリオもアクションも至高。

 では、またいつか、境界線上で――。

 

説明
アルマダの海戦より明けて5日目。
武蔵における、ありそうでなかった、あの人達のあんな話やこんな話に焦点を当てた、妄想全開ショートストーリー。
原作っぽい文章を書いてみようと意気込んだら、語彙力の無さに絶望した作者が送る。
――どれか一つでも、楽しめるお話があれば幸いです。
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