訳あり一般人が幻想入り 第6話 |
「……じゃ、私は寝るわ」
「ええ!? あの……おやすみなさいませ」
スーッ タン
なにか言いたげに((藍|らん))は((紫|ゆかり))を呼びとめようとしたが止めて、((丁重|ていちょう))に言葉を返し紫が戸を閉めるまで頭を下げていた。
「なぜあのような話を突然私に話すなんて……」
藍は紫が語った話をなぜ思い至ったのか、そしてそれをなぜ自分に話してくれたのか、理解に苦しんでいだ。しかし一番理解できなかったのは話の内容だった。
「まさか……な」
第6話 外来人、((横谷優|よこやすぐる))の謎
「ほら、早く来い」
「はぁ、はぁ……(どこまで歩くんだよ……街が見えるどころか、木しか見えねぇじゃねぇか)」
先に歩く藍は、後ろにやたらでかい空の((籠|かご))を背負いはぁはぁと息が荒くなっている横谷を((急|せ))かせた。
今、横谷たちは人間の里に食料などの買い物をするため二時間かけて歩いたが、建物らしきものは一向に見えない。見えるのは((鬱蒼|うっそう))と生えて一部((紅葉|こうよう))がかっている木々と隣でせせらぐ川のみである。
「まったく、お前が空を飛べればここまでかからないものを……不便なものだ」
横谷の様子を見て、連れて来なければよかったかと言った感じに毒づき、ため息をつく。それが聞こえた横谷は((拳|こぶし))を握り怒りを表すが((堪|こら))えて何も言わず歩く。今は言い返す言葉を出す体力も惜しかった。
(本当に、紫様はなぜこの男を屋敷に連れて……何故……)
藍は歩きながら、紫が横谷を屋敷に連れてきた理由を考える。時間は昨日の夜に((遡|さかのぼ))り、横谷が寝るために紫たちの方を見ずに客間に戻り、その後橙もマヨヒガの屋敷に戻った後の話である。
「あの子、あんなに顔を赤くしちゃって、もしかして女性の身体見るの初めてだったのかしら、んふふ」
紫は横谷が自身の身体を見て赤面し慌てるシーンを思い出し、優越感を浸っているような感じに笑っていた。
「それより紫様」
「ん?」
「本当のことを教えてください。なぜあの男をここへ連れてきたのですか」
そこに藍が改まって横谷をここに連れだした理由について問いただす。
「あら、もう忘れたのかしら? 霊夢に結界を勝手に緩ませないためよ」
「それはわかっています。しかしそれだけの理由でここに連れて、あまつさえ数日間働かせることになるのは理解しかねます」
「あらあらそんなに気になるの? あの子のことが」
そこで藍は、紫がからかっていることに気づく。藍は丁寧にきっぱりと、これ以上からかっても無意味だと思わせるように言う。
「異性としてではありません」
「あら残念」
「それに、霊夢が紫様の許可なしに勝手に緩めることはないのでは?」
ここから話を脱線させまいと藍は本題へ軌道修正する。
「ええ、霊夢一人だけでは危険だから行うときは私を呼びなさい、って忠告してあるわ。まぁ意図的に緩めて私を呼ぶこともあるけど」
「霊夢が勝手に緩めることは無いとわかっているのならわざわざ連れて来なくてもよいですし、すぐに帰らせればよかったじゃないですか」
「いいじゃない。これで藍の雑務に追われる時間が減るし、それで((橙|ちぇん))と遊べる時間が増えるじゃない」
「……痛み((入|い))るお心遣い、有難う御座います」
「んふふ」
今度はからかっているのか本当に((労|ねぎら))いの意味で発言したのかわからないような言葉に、藍は少し不審がりながらも((畏|かしこ))まった。紫は藍のそんな様子も気にせず笑う。
「……」
「……本当はね、あの子に気になるところがあるの」
「えっ?」
唐突に、紫は真面目な顔になり口を開く。そのあまりの唐突さに藍は一瞬戸惑った。
「あの子、多分だけど、外の世界で死のうとしていたと思うの」
「……つまり、自殺ですか?」
「あの子、博麗神社を見て『変わった地獄』と言ったそうよ」
「はぁ……」
「そして((天狗鴉|てんぐからす))があの子に質問したのよ、『どうやって幻想郷に来たか』って。でも答えなかった、いえ、正確には答えたけれど嘘付いている感じだったわ」
「でも、それだけで自殺だって言うことには……」
紫様にしては((突拍子|とっぴょうし))も無い考えだ、と藍はかぶりを振る。しかし紫の話はまだ続く。
「言ったでしょ、多分って。でも迷ってここに来た様子もないし、私が((攫|さら))ったわけでもないわ。それに自殺してここに来ただなんて、あの子に限らず正直に話す人なんていないわ」
「それで自殺して幻想郷に来たと考えたのですか?」
「でもそれなら『多分』なんて曖昧な言葉を言わないわ」
「……それは、どういうことですか?」
藍は返答を急かすように訊ねる。まるではぐらかしているような話し方に、藍は若干心が乱れていた。
「もし自殺したなら、問題点があるの。今のあの子は、普通じゃないわ」
「え、なんで……あ、そういえば、死んだなら((人型|ひとがた))になることはないですよね?」
死して幻想郷に来た者は、((須|すべから))く幽霊となり三途の川がある彼岸へ行き、((閻魔|えんま))から転生や成仏を命じられ冥界に((駐留|ちゅうりゅう))するか、罪のある者は地獄へ落ちる事になっている。現在では幻想郷内にも幽霊は存在するが、これまで幽霊が人型を((成|な))すことは一度もなかった。紫が言うことは、横谷は『自殺した人間』であるはずが『死んだ人間ではない』ということになる。
「亡霊なら可能でしょうけど、私の友人のような感覚はないわ。生きている者独特の生気を((纏|まと))っている、それは幽霊にも亡霊にも無いものよ」
「でも生きて幻想郷に来るなんてほぼ無理なのでは……」
「いいえ、自殺しようと山奥あたりに((彷徨|さまよ))えば、生きながら((無縁塚|むえんづか))に迷い込むことができるわ」
「でもあそこは……」
「そう。あそこは人の血肉に飢えている妖怪がうろついているから、普通なら生きて帰る事なんて無理。只の人間なら尚更ね。それにあの子は博麗神社に来る前に妖怪などに襲われた様子は((微塵|みじん))もなかった、つまり無縁塚に着いたという可能性も低いわね」
藍も紫も暗い表情にさせる「無縁塚」とは、((縁者|えんじゃ))のいない人間(その内ほとんどが外来人)が埋葬されている墓地のような場所。
その外来人の墓地の比率が徐々に大きくなり、土に眠る外来人達の((怨念|おんねん))などによって無縁塚周辺は結界が緩い状態が続き、幻想郷内で最も危険な場所とされている。
結界が緩い状態であることで外の世界との繋がりが高く、最近では外来人がよく現れる場所となっており、幻想郷では妖怪の餌となってしまう外来人を求めて危険な妖怪たちが((蠢|うごめ))いている。
「ではあの男はなぜ生きていたのでしょうか……」
「……何か不思議な『力』を持っている……」
「え?」
「確証はないけど、そういうことも考えられる。私はそこに気になっているの」
「それは一体、どんな力を……」
「もしかしたら、幻想郷そのものを変えてしまう力……」
「そんな……」
藍は紫の返答を聞き、困惑する。横谷にそのような力があるとは思えないが、紫が真剣な顔をして言わせるほどの力が((何処|どこ))に隠されているのかと不安に陥る。
困惑した状態のまま藍は紫に目線をやる。その紫は突然口元が緩み、
「……なんてね」
「へ?」
「どう? 私の作り話、面白かった?」
「え? ええ??」
思いも寄らない返事に藍は大きく動揺した。あれ程((暗澹|あんたん))とした顔から一変してケロッと明るい顔に戻っていた。端から見れば本当に同一人物なのかと疑うほどの変わり様であった。
「ただ単に私の気まぐれでここに連れてきただけよ。不思議な力をあの子が持っているなんてそんなこと……」
「今までの、作り話? どこまでがですか!?」
「さぁ、どこまででしょうね。ここに来た理由も、案外酔っぱらったりとかで意識無くふらふらと迷い込んだだけかもしれないわよ? じゃ、私は寝るわ」
「ええ!? あの……おやすみなさいませ」
(あれが作り話でも、もし本当の話だとしたら……)
「おい藍、いつになったら人間の里に着くんだ? 道は開けたけど、里らしき場所なんか見当たんねぇぞ」
そろそろ((脚|あし))に限界が近づいてきて、今までは無言を貫いてきたが我慢できず横谷は藍に問いかける。
景色は、山を抜けて木や川から田んぼに変わっていたが、周りは田んぼを耕している人の((住処|すみか))が数戸しかなかった。
「あ、ああ、もう少しだ。この道をまっすぐ進めば見えてくるはずだ」
「ああくそっ、いつになったら見えて来るんだよ!」
ザッザッ
里にまだ着かない憤りを歩く力に代え速度を上げて藍を追い抜き、藍の指した道を歩く。
「……帰ってから考えよう」
藍は一旦考えることを止め、横谷に付いていくような形で歩き人間の里に向かう。
三十分ぐらいしてようやく人間の里に着いた。着いた途端に横谷は手を((膝|ひざ))に乗せ、肩を上下に揺らしながら息を整えている。人里に着いたことで、((安堵|あんど))と共に疲れが横谷の身体にどっと押し寄せてきた。
しかし藍はそんな横谷を見向きもせず、人里の奥へ入っていく。疲れを((癒|いや))す間もなく横谷は藍の後を付いていく。
少し奥まで歩くと商店が((軒|のき))を連なり、商店とその周りには人で賑わっていた。歩いている人、買い物している人、立ち話している人、昼から酒を飲んでいる人、走り回っている子供もいた。横の路地には先生らしき人が子供を引き連れている様子もあった。
妖怪に囲まれて暮らしているようなものなのに随分賑やかな里だな、と横谷は少し驚く。
そのまま藍と横谷は八百屋らしき商店へ入り、そこでいろいろな野菜と果物を大量に買っていく。そこの店の主人が藍にテレビでしか見た事のない褒め殺しと同時に、いわゆるサービスとして自家製の漬物を藍に渡した。
このやりとりに横谷は違和感を覚えた。ここは安全地帯だとは言え、曲がりなりにも人間と妖怪が、この組み合わせが笑みを浮かべながら喋る。
普通なら、常識ならまずあり得ないことだ。それにここの妖怪は、人間へ恐れを抱かせることで生きているとも言っていたのに、人間にその様子が全く見られない。妖怪側が人間に歩み寄った形だとしても、ここを来ることに毛嫌いするのではないのか。横谷はそういった疑問を思わざるを得なかった。
今回の買い物で後ろに背負っている籠がいっぱいになった。ほとんど食料だが、日用品と横谷のための衣服も含まれている。徐々に重くなって行く籠を懸命に体全身で支える感じでのしのしと歩いていく。
「おや藍ちゃん、久しぶりだねぇ」
「あ、おばあちゃん。久しぶりだな」
横の団子屋から現れたおばあさんが藍に声をかける。
「ん? その子は?」
おばあさんは顔が汗だくの横谷を不思議そうに見る。
「ああ、今うちで世話をしている外来人なんだ。横谷優と言う」
「おやおや、随分疲れた顔をしてるねぇ。茶でも飲んでくかい?」
「あ、いや、こいつに気使わなくても――」
藍はおばあさんの好意を断ろうとしたが、
「いや……ハァ……たのむ……ハァハァ……休ましてくれ……ッハァ……これ……ハァ……重いって」
息絶え絶えの横谷が休ませてほしいと藍に((懇願|こんがん))した。
「遠慮せんで良いよ、休んできなさい」
「ああ、すまん……」
藍は横谷の体たらくを見ながら、仕方ないと言った感な顔で近くの長椅子に座った。横谷も籠を地面に下ろし、解放されたといった顔で座る。
「さぁ、お茶だよ。団子もつけとくよ」
「あぁ、わざわざ済まない」
「熱いから気をつけなさいよ」
「あ、どうも」
奥からお茶とサービスに団子を二つずつ、おばあさんが持ってくる。お茶は熱めの緑茶に、団子は定番の三色団子とみたらし団子だった。横谷はすぐさま受け取ったお茶を啜り、まずはみたらしの方を食べた。ほどよい甘味と塩味が、疲れを忘れさせていく。
「藍ちゃんに良い((婿|むこ))もらえてよかったねぇ」
「なっ!? おばあちゃんまでからかうのか!?」
「あっはは、冗談よ冗談。あんたあの子の顔をずっと見ていたからねぇ」
「はぁ……もう」
藍は赤面の顔で団子を口に運ぶ。横谷の顔を見ていたのは、紫との昨日のやりとりが頭から離れなれなかったからである。
この男が不思議な力を持っているはずがない。現に重い荷物を背負ってひいひいと言っているのだから、只の人間に違いない。だけど、紫様がなぜ突然あんな作り話をしたのかわからない。それに作り話もあながち嘘とは思えなかった。とは思えど確信はないし、あの時紫様が真剣な顔で話したからでもあるかもしれないけれど、もしや潜在的な力なのだろうか。
そういった思考が駆け巡っていたのだ。
「ねぇあんた、どうやって来たのさ?」
「え?」
団子屋のおばあさんが、今度は横谷の方に話しかけてきた。
「どうやってって……たまたま山ん中に迷い込んでここに来ただけだよ」
横谷は嘘をついた。本当のことを語るつもりはなかったし、ありがちな幻想郷の((辿|たど))り着く迷い方を言えば、追求することはないと踏んだからだ。
「へぇそうかい」
「こっちも質問していいかな」
「いいわよぉ、外の若い子と話するなんてなかなか無いからねぇ」
ややウキウキした状態で聞き役に入るおばあさんを無視して、横谷はためらいながらも小さい声で質問した。
「……妖怪をさ、あの……怖がらないのかなって」
「妖怪を、怖がる? アッハッハ! 怖がってちゃここになんかいないよぉ!」
おばあさんは豪快に笑い、肩をばしばしと叩く。横谷は焦って人差し指を口に当て、しーっとおばあさんに向かって言い、その後藍の方を見る。藍に何を言われるかわからないし、一応気を遣ったのでその配慮が無駄になるからである。当の本人は難しい顔をして下を向いていて聞こえていない様子だった。
「あんた随分おかしなこと聞くねぇ」
「……すいません」
「? 謝ることじゃないだろう? 外の世界にとって妖怪というものはよっぽど怖い存在なんだねぇ」
「いやまぁ……(あんな人の形した妖怪なんていねぇし、じゃなくて普通怖い存在なんじゃねぇのかよ)」
ぼそぼそと返事を返しながら、横谷は心の中でそう呟く。
「まぁ、確かに妖怪は怖いさ、でも全員じゃない。私達を襲うことなんかないし、妖怪でも優しい心を持つ者だっているってことさ」
「はぁ」
「夜には妖怪や鬼と一緒に酒を((酌|く))み交わす連中もいるしねぇ」
「ええ!?」
「それに、ここを気に入って住んでいる変わった外来人だっているのさ」
「なっ!? えっ!?」
驚くしかなかった。妖怪や鬼と一緒に酒を呑む事、ここに住む外来人がいる事、横谷にとってどちらも考えられない光景であった。夜になれば外は暗くなり、妖怪の((類|たぐい))にとっては一番活発になる時間。
暴れたり、人を襲うかも知れないのにもかかわらず、その妖怪と人間が酒を酌み交わすなど想像に出来なかった。そして、ここに永住する外来人がいることもまた想像に出来なかった。ここに住むとなると余程変わった奴か、こういった非日常なことを望んでいた奴、どこに暮らしても気にも留めない奴ぐらいである。
横谷も変わった日常を望んでいた奴のひとりではあるが、下手をすれば毎日生死に関わるようなところで住みたいとは思っていない。
「見た目で決めてはいけないよ。人も、妖怪も、優しい心は誰にでも持ってるもんだ」
「……優しい心、か」
『他人なんか、信用しない。どれだけ優しさ振舞おうが、上に((媚|こび))へつらってようが、尊敬・信頼などときれいごと並べても、結局は根は腐ってんだ。誰もかれも、善の心なんて持ち合わしちゃいねぇんだ』
『人の心なんぞ、たどりつくのは獣の心だ。蹴落とし、揚げ足取り、弱み握り、弱い相手を喰い殺す。信用したが最後、信用した奴に飼い殺されるんだ。人間なんぞ、人の皮を被った妖怪だ』
「――あんたもここに住んで、あの子の婿になっちゃいなさいよ」
ブホォッ
「あっはっはっはっ! 冗談よ冗談!」
落ち着こうとお茶を飲んでいた横谷は思わず吹いてしまった。あの子は未だに顔を下に向けたままだった。
そこそこ休憩し、団子屋のおばあさんにお礼をして人里を去ろうとした。が、なぜか藍は人里入口付近で足が止まる。
「? どうした、まだ何か買うのか?」
「あ〜、すまないが先に帰っててくれ」
「え、なんで――」
「――いいから、先に行っててくれ」
そういって藍は((踵|きびす))を返して走りながら突き当たりの道を曲がって行った。横谷は藍のその行動に怪しいと思い、こっそり藍の後を付いて行った。
曲がった道の方を近くの建物に隠れながら見ていると、藍は豆腐と書かれているのぼりが掲げている店に入って行った。そこの店の主人と少し話した後、近くの長椅子に座った。その様子はとても嬉しそうに何かを待っていた。
数分した後、店の主人が三つの紙袋を藍に手渡し、次に三枚のできたてと言った感じのふっくらとした、三角の油揚げが乗っている皿を藍に渡す。藍は醤油を((垂|た))らし、三角の角に醤油を付け、それを口に運ぶ。それを噛む藍の顔は、主人の紫にも見せないであろう、至福な顔だった。
「うー・まー・いー・ぞぉぉぉぉっつ!!」や「「びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛!」といったオーバーなリアクションはしていない。
横谷はそれをみて、ああそうかといった納得した顔をして、
「本能ね……主人がどんなにすごい奴でも、それを抑えることはできねぇか。今みたいな感じに、さ」
横谷は藍を((見遣|みや))りながら皮肉な言葉を吐露し、人里を後にした。
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◆この作品は東方projectの二次創作です。嫌悪感を抱かれる方は速やかにブラウザの「戻る」などで避難してください。 | ||
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