真・恋姫無双 EP.88 秘事編 |
夜が明けて、朝食を済ませた是空が井戸に水を汲みに行こうとした時、何やら話し込んでいる侍女たちの姿を見掛けた。いつもなら挨拶を交わすこともなく通り過ぎるのだが、耳に飛び込んで来たある名前に思わず足を止めた。
「……今、誰と言った?」
「えっ?」
突然、是空に声を掛けられて侍女たちは戸惑う様子を見せる。それに構わず、是空は近づき再び訊ねた。
「今、誰が捕えられたと言ったのだ?」
「えっと……孫策様が……」
この屋敷の侍女たちは、是空の部屋の地下に誰かが居る事は知っているが、正体までは知らないはずだった。直接、顔を合せたことはない。だとすれば、どこからか情報が漏れたのか。
「誰にそれを聞いた?」
「街中で、噂になっています。昨夜、孫権様のお屋敷が警備隊によって焼かれてしまわれて……」
侍女は恐る恐る、街で聞いた事の顛末を話して聞かせた。
「孫策が雷薄様を暗殺未遂……。孫権というのは?」
「孫策様の妹ですよ。三姉妹なのは有名ですが、ご存じないのですか?」
「妹……」
世間では当然のように知られている事だったが、是空は初めて知った驚きでしばらく黙ったまま動かなかった。不気味に思った侍女たちは、慌てて仕事を思い出したようにその場を離れて行く。
ただ一人、是空だけが想いに沈んでいた。
(孫策……孫権……)
何かが、彼の心に引っかかった。ハッと我に返った是空は、何かを恐れるように部屋に戻る。そして地下への扉を、じっと暗い眼差しで見つめていた。
穏が診療所の前まで来た時、ちょうど入り口には亞莎の姿があった。
「あ、おはようございます」
歩いて来る穏に気付き、亞莎が笑顔で頭を下げた。二人は本を通じて知り合い、今では真名を呼び合うほどの仲なのである。
「おはようございます。亞莎ちゃんは、どこかお出かけですか?」
「いえ、お客様をお見送りしていただけです。どうぞ」
亞莎は穏を招き入れ、診察室とは別の客間に通した。
「穏さま、今日は何のご用でしょうか?」
「実は亞莎ちゃんに見てもらいたいものがあるんです」
そう言うと、穏は布で大切に包んだ注射器を取り出す。
「これは?」
「理由は聞かないで欲しいのですが、この注射器の中にある薬品が本当に鎮静剤なのかどうかを確かめて欲しいのです」
穏の言葉に困惑しながらも、亞莎は頷いてその注射器を手に取った。そして奥の部屋に姿を消し、三十分ほどで戻って来る。
「わかりました」
「案外、早いですね?」
「鎮静剤かどうかを調べるだけなら、簡単な検査でわかります。鎮静剤の場合だけ反応を示す薬草があるので、それを使いました」
「それで、どうでした?」
「反応は出ました。つまり、注射器の中身は間違いなく鎮静剤の一種です」
意外な結果に、穏は驚きを隠せない。しかし、「ただ――」と亞莎は続けた。
「通常よりも高濃度です。一、二回程度の使用なら問題ないと思いますが、頻繁に使うと中毒症状が出る恐れがあります。最悪、意識が混濁し、日常の生活に支障をきたす可能性があるかと。細かな成分は、さすがにもう少し詳細に調査しないとわかりませんが」
「ありがとう。それだけわかればいいの」
礼を述べて席を立とうとする穏に、亞莎が控えめながらも強い口調で言ってきた。
「あの、理由は聞かない約束でしたが、やはり気になります。人を助ける薬が、間違った用法で使われているのなら、見過ごすことはできません」
「亞莎ちゃん……」
穏は口ごもり、わずかにうつむいた。亞莎の想いが理解できるからこそ、無下に拒むことは出来ない。
「少し、考える時間をもらえないですか?」
「……わかりました」
いずれにせよ、是空と相談をしなくてはならないだろう。雷薄に世話にはなっているが、穏自身はさほど恩義があるわけではない。身の振り方を考えながら、穏は華佗の診療所を後にした。
頭に黒い袋を被せられた男が、二匹のオークによって引きずられてきた。肋が浮き出るほどやせ細り、上半身は裸で、かろうじて小さな下着で下腹部だけを隠している。
オークたちは男を薄暗い部屋の真ん中に置き去りにし、出て行ってしまう。静寂の中、何も見えない男は怯えて激しく頭を動かしていた。
「な、何だ?」
ずるり、と、何かが引きずられる音が闇の中から響いて来る。重い、何かがずるり、ずるりと近づいて来るのだ。生臭い、魚の腐ったような臭いが漂い始め、やがて、男の耳に空を切る高い音が聞こえた。直後――。
「うわぁー!!」
何かが男の全身に絡みついて来たのだ。そして一瞬の悲鳴を残し、男の肉体は闇の中に消えた。
グチャグチャという咀嚼音だけが、不気味に響く部屋の中に、ふっと黒装束の姿が二つ浮き上がる。
「何進様」
黒装束の一人が、闇に中にそう呼びかけた。すると、わずかな気配が笑うように動いた。
「……マダ足ラヌ。モット、生命力ノ溢レル幼イ子ガ良イ。例ノ人買イヲ呼ベ。柔ラカナ子ノ血肉ガ欲シイ……」
「すぐに手配いたします」
一人がそう答え、姿を消した。残った一人が、消えた方を見ながら言う。
「あの者、近頃は怪しい動きをしております。封じた本来の記憶を、取り戻しつつあるのかも知れません」
「放ッテオケ。ソレナラソレデ、オモシロイ。ソレヨリモ、時ガ迫リツツアル。動ク準備ヲシテオクガイイ」
「御意……」
黒装束が小さく頭を下げ姿を消すと、再び部屋の中には静寂が戻った。
体調を崩した華琳が自室で書類に目を通していると、桂花が報告にやって来た。
「お加減はいかがですか、華琳様?」
「大丈夫よ。ただの貧血だから。それで、何かしら?」
「はい。北と南、両方で動きがありました」
華琳は手を止め、深く息を吐く。
「南から教えてちょうだい」
「はい。雷薄軍一万が、寿春を出発した模様です。向かった先は、間違いなく孫権たち残党の集まる砦かと思われます」
「そう……」
数日前に、北郷一刀の安否と共に報告が来ていた。難を逃れた孫権とその残党が、うち捨てられた砦跡に集結しているという。華琳たちは知らないが、その砦跡というのは霞と小蓮たちが退治した盗賊の隠れ家だった場所である。一刀により焼け落ちる屋敷から救われた孫権は、霞の案内で砦跡に隠れていたのだ。
「一刀も孫権たちと一緒なのね?」
「おそらく……」
噂では、砦に集まる孫権軍がわずか百名ほどだという。一万の雷薄軍に包囲されれば、逃げ道はなくなるだろう。
「あの、援軍を送りましょうか?」
「必要ないわ。こちらにも、そんな余裕はないもの。それに内輪もめに口出しは出来ないでしょ」
本当なら、自分一人ででも飛んで行きたいのだろう。桂花は黙ったまま、歯がゆそうに唇を噛んだ。
「それで、北の動きは?」
「……長安に向けて、何進軍が動き始めました。まだ、何進本人の姿は確認出来ていません」
「前哨戦といったところかしら。でも、いよいよね」
華琳はわずかな間、指で机を叩き何かを考える。そして、桂花に静かに告げた。
「出兵の準備を進めてちょうだい。何進の目が西に向いている間に、河北を手に入れる。動く時が来るまで、この事は内密に。桂花の胸の内に留めておいて」
「はい……」
桂花が退室し、一人になった華琳は窓の外に目を向けた。世の中が、再び激しく動きだそうとしている。
「……一刀」
華琳は無意識に、愛しい男の名を呟いた。ただ、ただ、会いたい気持ちが募ってゆく。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。 楽しんでもらえれば、幸いです。 |
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真・恋姫無双 穏 亞莎 華琳 桂花 | ||
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