Zillions Alone-Project Region-
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「十二時、三時、八時の方向に敵……反応多数、友軍機、囲まれています」

 レーダーと衛星カメラから得た情報で築かれた三次元マップ、その中に次々と現れた敵性反応は数三十。対してそれらに囲まれている友軍機の数は三、圧倒的に不利である。

 キングスクロス駅ターミナルで始まった戦闘、帰宅ラッシュで賑わうはずのそこを溢れさせるは重厚な駆動音。罠に嵌った獲物を嬲るか、或いは一気に仕留める為か、ゆっくりと包囲の輪を縮める鋼鉄の巨人達。

 人型機動重機「レギオン」、全長五メートル前後の鋼鉄とコンピュータの塊。その中でも圧倒的な堅牢さを誇る無骨なフォルムのレギオン「タイガー」は包囲網の隙間が完全に無くなったあたりで停止、背負っていた土管のような代物を獲物へと向ける。

 その先、背中合わせに身構える三機のレギオン、引き締まった流線型の装甲を持つ鶴を意味する「ジュラーヴリク」。武器と呼べそうなものといえば腿の格納スペースにあるダガー、左腕のワイヤーガン、試験的に装備されたフライトユニットと撮影用のフラッシュだけ。

<陸斗、話が違うじゃない!>

<市警の報告は信用しないって前々回に決めたでしょう?>

<無駄話をしている場合でもないがな>

 無線で送られてくる友軍機からの非難、管制車両内のモニタに映った各員の表情を確認、一名を除き至って平生。除かれた一名も作戦に支障が出る風でもない。

 手元にキーボードを手繰り寄せ必要な情報、地形・時刻・天候・今回に限る前提条件等々を入力、本部サーバおよび各機に転送し、ヘッドセットについているマイクを口元に寄せる。

「クレア」<遅い!>

「アリシア」<はい>

「ゲン」<応!>

 いつもの作業、いつの間にか日常と化したやり取り。いつか元に戻ると信じながら、青年はヘッドセットを装着する。

「バルチャー隊、交戦開始!」

<<了解!>>

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Phase 1

 

「あら、守永さん。 今日は早いわね」

 エリアEのとある大学病院、人気の少ない昼過ぎの時間にロビーに現れた青年、守永陸斗の姿を確かめ、受付の看護士が気さくに声をかける。

「そういえば今日はUCLも入学式だったわね」

「えぇ、まぁ」

「毎日欠かさず来るんだから、きっとあの子も良くなるよ。 はい、病室の鍵」

 そう言って差し出された鍵を受け取り、「そうですね」と気の無い返事を返して踵を返す陸斗。ロンドンに来てから一年と二日、世に珍しい日系人が毎夕訪れることは既に彼らの日常と化している。

 受付から二つの病棟を素通りし、その先にある一際新しい建物に入り、さらに階段を二十階分上ったところで陸斗は足を止めた。正面には扉が一つ、その先は目的の病室。だが入れない。

「……、脈拍安定、目立った衰弱無し、脳波異常なし、オールクリア」

「そうか、引き続きよろしく頼む」

 ドアの向こうから聞こえてくる二人の声、担当医と軍人らしい男、そのどちらも陸斗の顔見知りであり、同時に最も会いたくない部類の人間だった。

 十九階まで引き返し、二人が降りてくるのを待つ。普段の時間なら会うことは無いが、今回は陸斗のほうがイレギュラー、引き下がるのが妥当だろう。

 程なくして降りてくる二人、軍服と軍帽で弛んだ体と禿げ頭を隠すドイツ人の男と医者とは思えない屈強な身体を持つアメリカから来たこの病院の院長。

 物陰から顔を出し二人が通り過ぎたのを確認すると陸斗はため息をつき、また階段を上り始めた。

 新暦十九年、去年の九月に起こったテロ事件。滅んだはずのエリアJの戦闘型レギオン「零」の出現、犯行声明もなくただ街の破壊だけを目的とした襲撃、八年前に起きた大災害で崩落したロンドン橋のまたの崩落、訪れていた観光客の中に自分たちがいた、ただそれだけのこと。

「晴香」

 がらんとした病室の真ん中に集まる計測機器、その中心となるベッドに横たわる少女の名を口にする。

 あの時、自分がもっとしっかりしていれば救えたはずの存在、いつか添い遂げようと心に決めた少女。その凄惨なまでに穏やかな寝顔にため息をついて、陸斗はベッド脇の椅子も腰を下ろした。

 

 彼方晴香、八年前の大災害で記憶と帰る場所をなくした陸斗を引き取ってくれた研究員の娘。研究員である母親ゆずりのIQを持ち、ミドルスクール、ハイスクール共に成績トップでUCLにも特待生として同期で入学するはずだった。

「今日はUCLの入学式だよ」

 返事が無いことを承知で語りかける。その行為が意味の無いことだと分かっていても、そうすることで何かが変わる気がして。

 事件後、崩落に巻き込まれて行方不明になっていた晴香が見つかったのは一週間後、テムズ川の下流だった。流されてきたレギオン「零」の腕の中で赤子のように抱かれていたのを、ジャンクを漁りに来た業者が発見したのだという。

 

「あれから一年、無理やり入れられたサークルが軍有化されたり、研究も兵器転用されそうなものばかりやらされたり……こっちは大忙しだってのに、お前はいつまで寝てるんだ?」

 ほんのり赤みがかった黒髪、はぐれた時よりも二十センチは伸びたソレを撫でながら、陸斗は窓ガラスに反射した自分の姿をみつめる。

 真っ黒だった髪の毛は白髪だらけになり、頬の肉もこけて腕時計のベルトは二三段縮めてもまだ余裕がある。大切な人と過ごす未来に輝かせていた目も、無意識下にある諦念で深くよどんでいる。

「こんなはずじゃなかったのにな」

 そう呟きながら髪を撫でていた手を止める。記憶にある内では既に感覚の麻痺していた右腕、記憶の無い八年以前に何があったかは知らないが、この腕がちゃんと動きさえすればあの時――

「……さん、守永さん。 起きてください」

 人の声にハッとする。鬱々と考え込んでいるうちに眠っていたらしく、窓の外は夕焼けに染まっていた。声の方を振り返ると、点滴のパックと着替えを積んだカートを押して看護士が入ってきていた。

「お疲れなのは分かりますが、わたし達もそう暇ではないので」

 慌てて立ち上がり椅子を元の位置に戻す陸斗、その様子を傍目に点滴を取り替える看護士、受付とは違う人間だが気の張り詰め方が明らかに違う。

「何かあったんですか?」

「隣の地区で爆破テロがあり急患が出ています。 すでに犯人は拘束されていますが、我々の仕事はその後なので」

 話を聞きながら窓に歩み寄る陸斗、遠くのほうで仄かに見え隠れする黒煙、その点から方々に散っていくパトランプ、およそ二十分前の出来事。

 もしかしたら召集がかかっていたかもしれない、急いで携帯端末を取り出し電源を入れ……ようとしたところで看護士に止められる。

「緊急なんで」

「いえ、そちらでなく。 着替えを見ようというつもりで無いのでしたら、早急にお帰り願います」

 しばし硬直する陸斗。記憶を遡り荷台に乗っていたのが点滴だけでなかった事を思い出す。その上で僅かに思案し、全力で否定して出口に向かった。

「失礼しました」

 そういってドアを閉め、看護士の冷たい視線から逃れると陸斗は深いため息をついた。詮無きこと、陸斗の見舞いはおろか、晴香の長期にわたる入院を快く思っていない者も多からずいる。その気持ちを押さえつけた上での多忙だ、邪魔の一人に冷たくなっても然して不思議ではない。

 日常は刻々と良くない方向に変化を見せているが、晴香に関しては変化すら無い。カルテを参照しても三百六十五日、爪や髪の成長以外変わった事は何も無いのだ。

 不変、停滞、死を連想させるワードに頭を振る。諦めてはいけない、何があっても待ち続けなければならない。それが彼女とかわした、さいごの約束なのだから。

 

 新暦元年、西暦を二一八九年で止めたその年。度重なる戦争を終わらせる転機となる言語自動翻訳システム「バベル」、およびそのシステムを世界に普及させるべくして作られた「バベルの塔」の完成により、人類史上最悪の泥死合となった第四次世界大戦が終結した。バベルの起動により人類は言語の壁を取り払い、大戦によって半ば失われた国境という隔たり、些細な食い違いで生じていた思想の隔たりを無くした。そして人類は純粋な地理的問題、揺らがない思想によって再びコミュニティを形成、世界は十三のエリアに隔てられる事になった。

 アメリカ合衆国を中心とする北アメリカのエリアA。

 ブラジルを中心に南アメリカ全域に広がるエリアB。

 中国を中心とした東アジアのエリアC。

 第三次世界大戦で復活したナチスドイツを祖とするエリアD。

 ヨーロッパ連合国としてなお連携を続けるエリアE。

 オーストラリアを首脳とするオセアニアに広がるエリアF。

 第四次大戦のダークホースといわれたグリーンランドのエリアG。

 新世紀の中心であり、バベルの塔の管理を務めるバビロニアを中心としたエリアH。

 今や最大の工業技術を誇るインドを中心とするエリアI。

 第三次大戦で軍事国家として返り咲いた日本を礎とするエリアJ。

 先の大戦で遂に独立した、アフリカ大陸全土を占めるエリアK。

 バチカンを中心とし、強い宗教思想とバベルの防衛を担うエリアL。

 いまだエリアAとの軋轢が埋まらないロシアのエリアM。

 このうち、八年前の大災害でエリアJが地上から消滅し、現在は十二のエリアが協同ないし敵対しながら世界は回っている。

 

 階段を下りきり、第三病棟から出たところで携帯端末を起動。着信がない事を祈りながらスタートアップ画面を通過し、待ち受け状態に入る。

「……待機、か。 良かった」

 最悪の場合は出動だったが、今回は隣の地区かつ早々に犯人が捕まった為に待機で済んだのだろう。先刻すれ違った禿げ頭の憤怒の形相を今日見ないで済む事は陸斗にとって必需事項だったからだ。

 UCL、University College Londonは現在、軍直属の最先端の研究所となっており、陸斗が強制的に入会させられたサークル「レギオンサッカーサークル」は比較的に操縦技術の優れている学生が多い事から、試作段階の戦闘型レギオンなどの試運転や実戦テストに度々借り出されている。ほかのメンバーは新型に乗れる事が嬉しかったり、純粋に社会に奉仕したかったり、研究の一端だったりで乗り気だが、二重で他人の勝手に引きずり込まれた陸斗には迷惑以外のなにものでもなかった。

 

「正しい発展のもと一般に齎される唯一の観念」

 “Right Evolve-General Induce Only Notion”、人型機動重機レギオンの正式名称。言語の壁を越えた人類が生み出した新たなる力、それは脆弱な身体を持って生まれた青年の切実なる願い。

「自分みたいな弱い人間でも、誰かを守れる力が欲しい」

 新暦元年の十二月、全てのエリアがコミュニティとして安定してきたその時、バベルの管理局は世界中の技術者、科学者を招集した。言語と国家の壁を超えて、暦を一新した我々は今こそ結託し、未知であった領域に踏み出すべきだ、と。

 しかし十分に技術が進歩し、長距離弾道弾ですら過去の遺物と化した今、何を新たに作り出せというのか。召集した本人達すら考えていなかったものがすぐに出てくるはずも無く、メンバーが入れ替わり立ち代わりして向かえた正月は新暦二年。酒の席で先の青年が呟いたその言葉をきっかけに話は具体化していき、同年三月に「レギオン計画」と銘打たれたプロジェクトは本格始動した。

 そして五年後の新暦七年、完成したのは全長七メートル前後の巨大なロボットだった。 人型多目的機動重機と銘打たれた無骨な巨人は、戦車並みの耐久性、乗用車並みの機動力を持ちながら、医療用ロボットのような繊細な作業もこなす精巧なマニピュレータを備え、乗る者を選ばない操作性を有した。それは、正にあの青年の夢の形そのものだった。

「ただいま、と」

病院からそう離れてはいないアパートの一室、二○三号室に入ると陸斗は真っ直ぐに二部屋あるうちの右側の部屋に入った。左側は晴香の部屋だが、本人が帰ってこないので一度も開けられた事がない。

 部屋の窓を全開にしてからPCの電源を入れる。学校側、というか軍から支給されたもので、性能に詳しいわけではないので分からないが、支給できる中でも最高級のものを渡されたらしい。よくわからないが。

 起動を確認してネットに接続、渡されたIDの権限を利用して情報統括システムでもあるバベルにアクセス、先ほど起きた爆破テロに関する情報を検索、それらしいものを抜き出していく。

 現場は表通りに面したカフェテリア、犯人は過去に逮捕歴を持つ熱心な反動家とそこら辺のハイスクールの機械オタク、使用された凶器は爆弾のみ、そのうち機械オタクが用意したものは不発、反動家が設置した方は起爆後隣接していたガスタンクを破壊、上手いこと引火して大爆発を起こした。どちらも現体制に反感を持っており、ネットで知り合い計画を立てていたという。奇跡的に死者はおらず大量の重傷者を出すに止まったが、反動家の方は死刑か無期懲役になるだろう。

 今回の爆破事件で陸斗らが呼ばれなかった理由は簡単、レギオン絡みではないから。UCLが軍や市警に協力するのはあくまでレギオンの試験や開発を目的としているため、それに関係の無いところにまで首を突っ込む必要は無い、というわけだ。

 第一レギオンは人を相手にする事はできない。できたとしてもその瞬間、そのレギオンが棺桶と化すのであれば誰もやりはしない。

 災害現場での救助活動の補助、それがレギオンの原点となる仕事である。そして自分の身体の動かし方さえ知っていれば、誰でも動かせるという圧倒的な操作性によって、レギオンは瞬く間に世界に普及した。

 しかし、救助用のロボットといえど使い方を誤れば凶器以外のなにものでもない。良からぬ者の手に渡ったなら、新たな争いの火種になることは明白。ゼネラライズの裏側に潜む危険、誰でも使える、誰にでも使えてしまう。

 免許化するか、操作を複雑化するか、議論が平行線を辿るさなか、あの青年は自らの夢に制限を課し、夢を今一度夢に戻すことを決めた。

 

「あ、海李か……うん、まだ……そうか、へぇ……んじゃ」

 彼方の実家に連絡、出てきたのは彼方海李、現在エリアEの軍に所属している晴香の弟に今日の報告をし、向こうからの報告を聞き通話を切る。容態に変化なし、症状に関する新たなデータなし。アクセス権的には陸斗の方が若干上だが、海李の方が検索が上手く調査に関しては彼に任せていた。

 晴香の症状に関する情報は無いに等しく、科学的、医学的な裏づけが無いものが殆ど。先日得た新たな情報も、同じような症状の人が十数人いるが誰も目覚めてない、という信じたくないものだった。

 もう一つ、信憑性にかけるが有力な説があった。「ガラニウム感応」、それはバベルのシステムを一般に普及させるに至った超分子によって引き起こされる現象。

 そもガラニウムとは、第三次世界大戦直後の日本で発見された物質で、深くつっこめばつっこむほどわけの分からない代物だった。ある時は理想的な半導体として、またある時は優秀な鋼材として、またある時はナノマシンとして、あらゆるものの代替として機能するそれは、まさに現代の賢者の石だった。

 そのガラニウム、発生の過程は分からないままだが地球上のあらゆる場所に存在しており、空気中にも一定の割合で存在していた。

 バベルはガラニウムのあらゆる特性の内の一つを利用して、配線無しでの脳波の送受信を実現した。それにより全人類約四十八億人とバベルの塔を繋ぎ、リアルタイムな言語翻訳を実現していた。

 その通信の強度をガラニウム感応が強い、弱いなどと言い。そして、感応値が高すぎたり低すぎたりすると脳に悪影響が出る、そういう話が一時期議論されていた。事実、システム始動当初は頭痛や吐き気を訴える人も少なくなく、そういった事例が収まるまで約三年間調整が続いたとされる。

 現在は新たに制定された統一言語が標準語になっているため、そのシステム自体も使われる機会が減ってきている。

 ガラニウム感応値の高いものは総じて演算処理能力が高く、海李が調べ上げた他の患者も多くがそれに当てはまる経歴を持っていた。晴香もずば抜けて頭が良かったが、ソレが仇となるというのなら誰も勉強をしようという気にはならないだろう。

 語学に関する科目数が激減した現在、文学や史学以外は殆どが数学を用いる科目となり、人類全体で演算能力が向上している。その流れで先のガラニウム感応の話が公で取り上げられる事は、政治的に見てまず無いだろう。

 結局何も分からずじまいで過ごした一年、変わり始めた世界の中で、何も変わらずに眠り続ける恋人。待つ事自体は苦ではない、二人の間では日常だったから。だがいつまで待てばいいのか、沈んだときに必ずもたげる不安。

 約束は守るものだ、何があっても。ならばいつまでも待っていれば良い、軽くため息をつくと陸斗はPCの横のベッドに寝転がった。

「だから、早く帰って来いよ」

 そう呟き、陸斗は目を閉じた。

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Phase 2

 

 まさに眠ろうとしたその時だった。

 高らかな爆発音、次いで響く衝撃音、咄嗟に起き上がり窓から見える光景に目を凝らす。

「あの方向、キングスクロスか」

 街灯とは違う橙色の光、その中心に集まっていくパトランプとサイレン、つい一時間前に爆破テロがあったというのに。

 携帯端末の着信を気にしながら手近にある服をつかむ。デニムパンツ、Tシャツ、大学の作業着という適当極まりない組み合わせを身につけたところで着信、二つ上の先輩で同じ部署の女性から。

<陸斗くん、出動。 キングスクロス駅、複数のレギオンによる襲撃よ>

「ピンポイントで僕らの仕事ですね」

 端末を耳に当てながら必要なものが詰まっている鞄を背負う。

<でなきゃ呼ばれないわよ。 現在地>

「自宅、現地で合流します」

 陸斗の家はテムズ川の南に位置し、キングスクロス駅とは中々の距離がある。対して学校は現地と同じく北側で、かつ目と鼻の先にある。迎えに来てもらうには無駄が過ぎる。

<了解。 まったく、こういう時ばっかり>

「すみません」

 呆れ口調に謝罪して通話を切る。確かに悪いのは自分だ、少なくとも今日家にいた理由は。

 急いで玄関を出て階段を飛び降りる。着地点にいた野良猫に詫びながらガレージへ走り、声紋認証に怒鳴る。

「リニアバイク、三十秒以内」

 ガレージのシャッターが開き、中で指定されたものが運び出される間に、シャッター脇の棚からヘルメットとプロテクターを拝借、二十五秒で出てきたリニアバイク、ガラニウム技術の結晶の一つに騎乗、支給されたカードキーを挿入口に押し込む。

<トクベツシテイメンキョ、カクニン。 キンキュウシュツドウ>

 プログラムが情報を認識し、各ロックを外していく。最後にアクセルのロックが外れると、ハンドル中央の画面が緑に点灯した。ちなみに特別指定免許とは一般人であるUCLの学生が軍、あるいは警察の領分に首を突っ込む権限を与えるものだ。

 前回の失敗を活かせば大丈夫だ、二度も壁に穴を空けたりはしない。そう自分に言い聞かせると、陸斗は一気にアクセルを踏み込んだ。

 急加速、人通りの少ない道を蛇行、ある程度進んだあたりで大通りに突入。比較的空いている車線を逆走、失念していたパトランプを点灯。

 橋に差し掛かったところで対向車、歩道に人がいないことを確認、そのまま歩道ごと飛び越えて川に降りる。浮遊型ゆえの荒業、そのままテムズ川を遡り、直線で駅まで向かえる点まで飛ばす。

 ガラニウムの超伝導を利用したリニアバイクはまだまだ試作段階で一般には普及されておらず、陸斗だけが軍のテスターとして支給されている。過去に敷かれた配管やガードレールをレールとして利用する事ができ、そうでない部分はおざなり程度についた車輪でごまかしている。

 川底のレールをつたってポイントまで到達、急制動でドリフトしつつ川に対して平面的に垂直に持っていく。そのまま直進し土手に直交、鉄製の手すりをレールにそのまま宙に飛び出す。

「……あれか」

 放物線の頂上、眼下に広がる光景のうち異様なまでに殺伐とした空間を確認。見た目だけで十五機はいるエリアBで作られた重量型レギオン、その場にいたであろう市警のレギオンはその華奢な身体をボコボコに歪ませて横たわっていた。

 連絡から約五分、ハイドパークで飛行訓練をしているはずの同僚も間もなく到着するだろう。身体が重力に引かれ始めたのを確認して、陸斗は再び地上を滑走した。

 

「キングスクロス駅を占拠した武装テロ組織がロンドン市警と交戦中。 テロリストどもは最近エリアAで強奪されたものと見られる“タイガー”を使用、数が多く市警の動員できる“トルネード”では制圧は不可能という事で我々“UCL兵器開発局”に出動要請が下った。 守永、何故これを私が伝えなければならんのだ?」

 現場付近に停められていた管制車両に飛び込んだ陸斗、唐突に語られたことの顛末を聞き流し、青筋を立てて睨みつける助手席の軍人、昼間の禿げ頭の後ろの席に腰を下ろす。

「自宅謹慎を命じたのは局長ですよ?」

「そのくせ見舞いに行きよった馬鹿が何を言う」

「ばれてましたか」

 当たり前だ、と凄みながら席に腰を落ち着ける局長、マリオ=オータムヤード。

二十年前の大戦で“ゲルマンの禿鷹”と呼ばれた稀代の傭兵にして、軍有化されたレギオンサッカーサークルの顧問である。

「貴様がリニアバイクで開けた壁の穴、誰が直したと思っている」

「そんな事で恩にきせないで下さい。 それより他のメンバーは?」

 後からでも分かるくらいに青筋を立てているマリオをよそに、陸斗は目の前のモニターに目を凝らした。同局所属のレギオンチームのオペレート、それが陸斗の仕事だった。

「クレア=クラウド、アリシア=カッテージ、巌ゲンがジュラーヴリクでこちらに急行している。 減らず口を叩いている暇があるなら自分の仕事ぐらいしろ」

 青筋の数を増やしながら答えるマリオ、それと同時に送られてきた各機の情報を確認する。

 ジュラーヴリク、微妙な電子戦能力とは裏腹に、優れた格闘戦闘能力を持つエリアMの第二世代のレギオンで、エリアAの戦闘型“イーグル”に対抗して作られている。そのため、中型にしてはその生存性能は比較的良い。

 だが、格闘戦闘タイプである上に、メンバーが乗っているジュラーヴリクはチューンが繰り返されたレギオンサッカーの競技用機だ。それらに武器と呼べるものは殆どついていない。

「それならベールクトにした方が良かったんじゃ――」

「可能ならそうしてただろうね」

 最後列の隙間から顔を出した青年が口を挟む。茶髪のセミロングを後に束ねたツナギの彼は顎を掻きながら寝転がっていた身体を起き上がらせた。

「昨日の試運転でクレアの馬鹿がボッコボコにしたの忘れた?」

「あ、そうか。ってことは昨日は徹夜だったのか、トレイス」

 トレイス=ハーベスト、同サークルのメカニックであり整備班長を務める一つ年上の先輩。エリアAの出身だが父親の異動でエリアEに来た珍しいタイプの人間だった。

 そのトレイスは本来ここについてきている必要は無いのだが、どういうわけかこの車両で居眠りをこいてそのまま積まれてきたらしい。

「まぁ、あいつらの実力ならそんな仰々しいもの持って無くても何とかなるよ」

「だろうね」

 トレイスの楽観的な意見に遠い目をしながら同意。今のメンバーははっきり言って並みの軍人ドライバーよりも操縦が上手く、戦闘機動への適性も高い。

「なら心配することも無いさ」

 そう言って再び寝転がり、まもなく寝息を立て始めるトレイス。マリオを始め、他の局員らの視線が突き刺さる中平然といびきを掻き始めるあたり、神経が人一倍図太いことをうかがわせる。

 まぁ、そうでなければ父親の目下で娘を口説いたりはしないか。

 ストレスで痛むであろうこめかみを押さえるマリオに同情の眼差しを送りながら、漸く繋がった僚機との通信回線を開く――

<ちょっと陸斗! 今までどこ行ってたのよ!>

 開いたと同時に響く怒声、一番機のドライバー。ヘッドフォンをつけていたら耳が逝っていたレベルだ。

 クレア=クラウド、同期で入学してきた一つ年下の女の子でエリアE史上最年少にして最高の適性値を持つレギオンの申し子。入学式の日に生き別れた兄と間違えられて以来、何かと行動をともにするようになったが、よほどファーストコンタクトがよろしくなかったのか、陸斗に対しては怒ってばかりいるような気がする。

<まぁ、大方抜け出して病院に行ってたか、余裕こいて居眠りしてたんでしょうけど>

 辛辣かつ的確な追撃を加えるは二番機、アリシア=カッテージ。 同い年だが一級上で現サークルの会長を務め、クレアには劣るものの学生にしては十分すぎるほどの実力を持つ。軍の開発部に姉を持つらしく、本活動の研究的側面を最も理解している人物といえる。

<今更何をいっても遅い。 今は作戦に集中しろ>

 もはや諦めた口調で語る男、三番機の巌ゲン。名前の通りエリアJの出身者で、サークルではゴールキーパーを務めていた。操縦技術的には先の二人には劣るが、近接格闘では無類の強さを発揮する。寡黙で気難しい性格のわりに人望に厚く、サークル内で一番の人気者である。

「若干遅れたのは申し訳ないとは思うけど、作戦の確認に入ってもいいかな?」

<<さっさとしろ>>

 お前らが愚痴ってたんだろ、と内心で吐き棄てながら、陸斗は寄越された情報を読み上げる。

「作戦エリアはロンドン、キングスクロス駅周辺。 依頼内容は構内に閉じ込められている人質の救出、および可能であればテロリストの逮捕。 市警のトルネードは東側に固まっているから、僕たちはその隙に西側から突入する。 敵勢力は武装テロ組織のスターズ、この間強奪されたタイガーを大量に所持、何をしてくるか分からないから慎重に行動して」

 そういいつつ衛星カメラから得たタイガーの様子を見る。まさにロボットといった風のゴツゴツした無骨なフォルム、圧倒的な馬力と優れた兵器搭載力を持っているが、最近は新型である“ラプター”にお門を奪われて人気がなくなっている。今回、移送中に襲撃されそのまま奪われたのも、大した価値ではないとことを軽んじていた運搬業者の怠慢に寄るものが多いだろうが、今はそんな事を言っている場合でもなかった。

「確認されている範囲での装備はアサルトライフルにソニックアックス、それと高感度の暗視スコープを搭載。 視界的不利は否めないから、その点は注意して」

 既に真っ暗になった車外を一瞥、ジュラーヴリクのカメラではろくな視界は望めまい。市警が照明弾を用意しているとも考えられないし、自力でやるしかないだろう。

「それと一番肝心なのが――」

<<スクラップの回収と戦闘の映像記録>>

「ザッツライト」

 陸斗たちUCL兵器開発局の戦闘参加はあくまで研究の一環として行っている事であり、慈善活動を目的とするものではない。軍や自分達の開発した機体、機構、兵器のテストや他勢力の製品の性能調査、蒐集が主な目的なのだ。

 自分達の都合で現場を引っ掻き回し、残った死肉を漁るハゲタカ。部隊の名前は局長の名誉ある二つ名であり、周囲からつけられた蔑称なのだ。

「それでも人質の命が僕らの肩にかかっていることに変わりは無い。 全力で当たってくれ」

 そう、所詮建前に過ぎなくても自分達が必要とされているのは事実。そこにあったっはずの平和な時間を、一方的に破壊されるのをただ見過ごすわけにはいかない。

<当たり前じゃない、そのためのレギオンなんだから!>

<いまさらね><急ぐぞ>

 誰かを守る、レギオンという力の原初のあり方。その力で誰かを傷つけることは、許すわけにはいかない。

 意気込んで加速する一番機、クレアの決意に応えるように二番機、三番機と続いていく。その巨人の目には炎に揺らぐ戦場が鮮明に映し出されていた。

 

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Phase 3

 

 

<バルチャー隊、交戦開始!>

『了解!』

 陸斗の掛け声と同時に散開する三機、ジュラーヴリク。それと同時、タイガーの持つ大筒、大口径のバズーカが火を吹く。包囲網の中心で爆発、開戦を告げる花火を背に或いは中心に、両者の距離が一瞬にして詰まる。

<死に腐れ、軍のハゲタカが!>

 突出したタイガーの一機が一番機と接触、大振りで迫るアックスの斬撃、右太腿の格納スペースから取り出したダガーで受け流し、軽やかなステップで背後につくジュラーヴリク。

「まずは一匹!」

 無防備な背中に蹴りを見舞い、体勢を崩したところで後頭部にダガーを突き刺す。その一撃で動きを止めるタイガー、同時に追随してきた三機のタイガーが停止した事を確認。

<クレア、そこは二人に任せて入り口にいる三機を! けど深追いはしないで、レーダーに気を――>

「分かってるわよ! 二人ともレーダー上にいれば良いんでしょ!」

 中途半端な場所で停止した他のタイガーを飛び越え、駅構内に続く道を目指す。

 

 レギオン、己のみで動くべからず。

 地域、部分を意味するRegionのスペルでありながら、軍勢、無数であるLegionの読みを用いられた最大の所以。最低でも三機以上の登録されたチームで同時に起動し、同期を行わなければレギオンは動作しない。また、起動後も僚機を認識範囲内に置かなければ、救助活動中であろうと戦闘中であろうと強制的にシステムが停止してしまう。

 それが例の青年が自らの夢にかけた制約、十戒という名のウィルスの一つ。

 

「こんなデカイ身体して寂しがり屋さんなんだから。 せんぱーい、はりあー」

<無茶言わないの><寧ろ俺たちが行くまでに片付けて置けよ?>

 通信からも聞こえてくる激しい戦闘音、機体情報から見れば二人とも健在だか、数的不利になかなか移動できそうに無い。

 遅れて迫ってくるタイガーを軽く往なし、三四機引っ掛けながら入り口を塞ぐ三機を捉える。こちらに気付いた三機はアサルトライフルをこちらに向けると、一斉に引き金を引いた。

 まともに狙えてないが故に形成された弾幕、水平軸への回避ではどう足掻いても機体に傷がつく。マズルフラッシュを確認した直後、クレアはレバーを思い切り引き上げた。

<なっ!>

 弾幕に晒される直前に跳躍するジュラーヴリク、一瞬で視界から消えた敵機に慌てるタイガーの頭上からダガーを投擲。左側の腰の引けた一機の利き腕を切り落とし、鋭い濁音と共に地面に突き刺さる。

 だが相手も馬鹿じゃない。突き刺さった角度から割り出した投擲元に銃口を向ける。流石に跳躍した自分、回避行動を取れるわけもなく、両の腕で頭と胴体を守りながら着地の瞬間を待つ。

<照明だ、照明を破壊しろ! そうすりゃこっちのもんだ!>

<馬鹿! 万が一人質に当たったら、三機とも機能停止だぞ?>

 

 レギオン、人命を脅かすべからず。

 人の命を救うため、人を守るために創られたレギオンが人を傷つけるなどあってはならないこと。レギオンの頭部に標準装備されている生態センサーが感知した人間を、万が一死に至らしめた場合、やはり全機能停止に陥る。

 

<やらなきゃどの道やられるだけだ!>

 そう叫んだタイガーが機体を駅構内に向ける。確かに今ある照明は構内のものだけ、だが果たしてソレだけを狙い打つことが可能だろうか?先の銃撃から見てソレは限りなく不可能に近い。

 レギオンの銃器は対人の物の約三倍の大きさがあり、吐き出される弾丸も相当する物となる。

 そんなものが目標に当たらなかったとしたら?もし流れ弾が人に当たりでもしたら?

「ふざけんなぁ!」

 着地後の衝撃吸収動作の終了を待たずに背中につんだフライトユニットを起動、戦闘機が背中に突き刺さったような形に変形。ジェットエンジンが高速で回転し始め、一気に機体が加速する。本来ならカタパルトで斜めに打ち上げながら飛び始めるソレ、つま先でアスファルトを抉りながら、トリガーを引こうとするタイガーとの距離を一瞬で詰める。

<なんだと?!>

 咄嗟に銃口をこちらに向ける右腕がジュラーヴリクの左肩に阻まれる。完全に間合いの内側に入り込まれた敵のドライバーの間抜け面が目に浮かび、勝手に不快感を募らせたクレアは右の拳でタイガーの頭をぶち抜いた。

 

 正しき目を持たぬもの、力を振るうべからず。

 頭部には多くの制御系コンピュータと十戒を満たすためのセンサーやタイマーが結集している。それを失えば――

 

<くそ、野郎め……>

 十戒に反したとして即刻機能を停止する。

 めり込んだ拳を引っこ抜き、木偶と化したタイガーを蹴り倒す。レギオンのコックピットは胴体に位置し、その周辺は一際頑丈に作られているから多少乱暴に扱っても中の人間が死ぬ事は無い。

 もう一機のタイガーからドライバーの喚き声がするのを無視して、突き刺さったままだったダガーを回収する。最初の投擲で戦闘能力を失った一機は逃走する格好のまま倒れていた。

「……無様」

 蔑みの視線を向けながら呟くクレア、十八九の少女のものとは思えない冷たい表情、それが機内の記録カメラに映し出される。そのことを思い出したようにため息をつくと、豚のような悲鳴を上げるコックピットを踏み越えながら機体を構内に向かわせる。

 レギオンが普及して以降、多くの施設が成人男性の三倍程のサイズのレギオンでも普通に通れるくらいの広さに改築されてる。とはいえ、中型の戦闘タイプのレギオンが飛んだり跳ねたりできるほどの広さは流石に無い。

<フライトユニットは外した方がいいな。 回収しやすいところで――>

「分かってるわよ、一々言われなくても」

 今やろうとしていたことを懇請丁寧に命令されて苛立ちながら、言われたとおり回収しやすいように道路際にフライトユニットを落とす。

 ふと思い出して包囲網があった方向にカメラを向けると、完全に沈黙したタイガーの群れを掻き分けこちらに近づいてくる僚機の姿。フライトユニットの有無と装備の欠損、塗装の処々の剥げ。あれだけの戦力差でこの程度の損害で済めばよい方だろう。

「お疲れ様です」

<さすが天才……と言ってあげたいところだけど、最初の一機を倒した方が早かったわよ?>

<言ってやるなよカッテージ。 ソレより今は人質の救出だ>

 一番機に一瞥くれると残骸を無視してそのまま構内に入っていく三番機。ため息をつきながらも何も言わず二番機、一番機と続く。

 駅構内は外と比べると損傷が少なく、威嚇射撃らしき形跡が点々とあるだけ。照明も生きている事から、中にいるテロリストは比較的頭の冷えている連中のようだった。

「陸斗、内部の情報は?」

<構造図は送ったけど、監視カメラも殆ど壊されているし、衛星カメラは届かないから、バックアップはあんまり期待しないで>

 バックアップを期待も何も、さっきの戦闘でもアドバイスなんて無かったじゃない。と思いながらHMDの通信記録を読み返すと。アリシアと全く同じ事を陸斗は指示していた……らしい。

<構内、中央改札広場に複数の高濃度ガラニウム反応を感知、外ほどじゃないけどかなりいる>

<了解、まもなく到着するわ>

 曲がれば改札というところで足を止める。駆動音からしてかなりの数が集まっていた。二番機が静かにダガーを突き出し、反射で中の様子を窺う。

<あれは……バイパー? ライフルを装備したバイパーが十二機。 その足元にそれぞれ一人か二人の人質>

「おびき寄せて叩く?」

<だめだ、危険な上に飛びつく保証はない>

 確かに、篭城しようというのなら、敵が怪しい動きをしていても、あえて戦力を割くことはない。固まっていて互いをフォローできる状況が出来上がっているならなおの事だ。

 だが、相手の篭城にいつまでも付き合い続けるわけにもいかない。こうしている間にも、捕らわれている人たちは抗いようもない恐怖に苛まれているのだから。

「あたしが飛び込んで何機か落とす。 下手に動いて不利になるのは向こうだから」

<無茶……でもないかしらね、あなたなら。 どうする、守永くん>

<……向こうの狙いは時間稼ぎみたいだし、その待ってる増援が来る気配もない。 クレア、できるんだろ?>

 できるんだろ、当たり前の質問に口が釣りあがるのを真剣に押し止め、真顔で肯定の意を示す。

<了解、無茶するなよ? アリシアとゲンはその隙に人質を駅構外へ>

<<了解>>

 断定的な判断、敵の通信を傍受でもしたのか迷いなく指示を出す陸斗。それに従って動き出す僚機。

 もしかしたらこの行動が大きな間違いを引き起こすかもしれない。救えたはずの命を失うことになるかもしれない。

 でも失敗を恐れていても何も始まらない。その結果、周りになんと言われようとも、今彼らを救えるというのなら――

「鬼にでも道化にでもなってやる!」

 左の格納からもダガーを出し、一息に広場に躍り出る。こちらに反応したバイパーが一斉にライフルを向けるが、構わずに手近の一機に突進する。

<止まれ! 人質がどうなっても――>

「なる前に……潰す!」

 突進でよろめいた間抜けを仕留め、人質にライフルを向けようとした別のバイパーにダガーを投げつける。咄嗟に間に滑り込ませたその腕ごと頭部を貫き、瞬く間に六機のバイパーを止める。

<くそっ、ブレーカーを落とせ! 暗闇ならこちらに分がある!>

<増援が来ないなら、人質はもういらん。 戦闘に集中しろ!>

 人質を解放してライフルを両手で構えるバイパー、放たれた弾丸は過たず分電盤を破壊し、照明が消えて一気に視界が悪くなる。

 人質が非常灯を頼りに逃げていくのを確認しながら、できるだけ有利なポジションを取ろうとする両陣。生体センサーから反応がアウト、瞬間、足かせの外れたバイパーによる狙撃の雨。マズルフラッシュを頼りにした半ば闇雲な回避、確実に仕留めるために機体全体を狙ったソレを全てかわすのは不可能。どう被弾を抑えても一対六で嬲られては勝ち目がない。

<一人で飛び込んできやがって、ヒーロー気取りもいいところだな!>

 いささか余裕が生まれたか、馬鹿にした声が無線に乗る。実際馬鹿をしたと思いながら、肝心の頭部に当てられない腕のなさと奴らの勘の鈍さに押し殺していた笑いがこみ上げてくる。

 何故、不利になると分かっていながら飛び込んだのか。何故、暗闇になって以降こちらから攻撃を加えないのか。何故、バルチャーが好きこのんで対レギオン戦闘に首を突っ込むのか。奴らはまるで理解していない。

「陸斗、状況確認」

<人質の駅構内からの脱出を確認。 装甲強度三十パーセント低下、稼動制限時間推定残り二百秒。 特殊兵装使用許可受理。 フラッシュキャノン、セーフティ解除。 実験開始>

 そう、全てはUCLで独自開発した兵装のテストのため。でなければこんなジリ貧出来レースに参加したりはしない。

<音響レーダー、試作段階らしいけど……つかう?>

「ちょっ、早く言ってよ!」

 遅すぎる情報提供、しかしどうせ自分の不注意。数秒の間をおいてディスプレイに映し出されるポリゴンイメージ、その可愛らしい姿がマズルフラッシュと重なるのを確認、問題など何もなかった。

 突然ジュラーヴリクの動きに切れが戻った事にも気付かず、いまだ自分らの優位を疑わないバイパー。全ての銃弾を装甲表面を滑らせるようにかわし、時折直撃した素振りを見せる。それはまさにワザとおどけてみせるピエロ。

 追い詰められるかのように広間の角に移動、ワイヤーガンで牽制しつつ各機との距離を調整、全てが定位置に収まったところでアームレバーの側面スイッチに指を添える。

「チャージ、開始」

 高周波音を発しながら充填されていくエネルギー、その異変すらも指向性スピーカを用いたノイズキャンセルで局所的に打ち消す。回避をやめ、静かに時を待つ。

<けっ、ようやく諦めたか>

<だが生かしておく訳にはいかないんでな>

 動きを止めたのを観念したと見たのか、ライフルの射線が一律ジュラーヴリクの頭部に集中する。もし実験が失敗に終われば無事では済まない、クレアの表情に緊張が走る。だが、その心配は失せた。全員がこちらを捉えた瞬間、彼女の勝利は確定していたのだから。

 スイッチを深く押し込むと、ジュラーヴリクの肩口がボウと輝きを帯びる。それに敵機の眼が集中した瞬間、ジュラーヴリクのカメラをシャッターが覆った。

<チャージ完了――>

「いっけぇぇぇ!」

 

 クレアの雄叫びと同時にキングスクロス駅から閃光が迸る。作戦エリア外から見ていた陸斗でさえ眼を瞑らざるを得ないほどの光の爆発の中心、一番機のペイントを施されたジュラーヴリクは静かにその瞼を開いた。

 フラッシュキャノン、UCL兵器開発局が独自に開発したセンサー類の直接破壊を目的とした対群兵器。強力なパルス光線を発し、むき出しにせざるを得ないカメラやセンサーを一瞬で焼き、機能を停止させるという対レギオン用の目潰し。当然、人の眼など容易く焼いてくれるだろう。

 ジュラーヴリクのシャッターと同時に偏光して眼を保護していたHMDを元の状態に戻すと、クレアはため息をついて操縦桿から手を離した。

「敵機の沈黙を確認」

<了解。 作戦終了、戦闘システム解除。 稼動制限時間、残り百二十分に推移。 速やかに撤退するように、オーバー>

 そう言って切られる通信、労いも弔いもない、事務的なやりとり。こちらはこのまま帰るだけだが、オペレータらはその後の処理もある。正直な話、ドライバーこそがこの兵器開発局で最も楽なポジションだった。

 通常モードに切り替わったジュラーヴリクの重い足取り、飛行モード、戦闘モードと立て続けで乗っていただけに異様に遅く感じる。それが戦闘が終わった瞬間急速に冷めていった彼女の気持ちを代弁しているようで、クレアは鬱々とした気分でジュラーヴリクを帰路に着かせた。

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Phase 4

 戦闘終了から三時間後、テロ組織“スターズ”のリーダーが行方をくらましたという報道を聞き流しながら、陸斗は再びPCと向き合っていた。

 今回の作戦の報告書を明日の正午までに提出しろ、という無茶な命令に散々抗議した挙句、問答無用で突っぱねられた二時間と三十分前の出来事を思い出しながら、黙々とキーボードを叩いていた。

 今回の作戦、手薄だと聞いていた西口での盛大なお出迎えに始まり、フラッシュキャノンの単機での使用といい、色々と想定外のことが起こった。

 多勢に無勢の状況をあの程度の損傷率で切り抜けた二人も賞賛に値するが、やはり問題なのはクレア=クラウドの危険な操縦だ。

 着地時反動制動をキャンセルしてのフライトユニットの起動。結果的に成功したから良かったようなものの、失敗していたら周囲の破壊どころか自機の破壊、ひいては自陣の敗北に繋がる危険行為だった。従来の戦闘機動よりも加速力の強いジェットエンジンの加速を、自機の加速もなしに受けた事で急激なGがかかり機体全体に警告が出ていた。それにいくらレギオンの胴体部が頑丈に作られているといっても、内側へのその手の衝撃を緩和する効果は高が知れている。良くあの状態で寸分違わずタイガーの頭部を殴りつぶせたものだ。感心よりも呆れの方が先に立つ。

 レギオンの身長は平均して約五メートル、そのうち頭部パーツは四十センチ、十二分の一しかない。これは主に戦闘用レギオンに多く見られる傾向で、弱点の多い頭部への直接攻撃を避ける為の簡単な工夫だ。エリアCやエリアKでは攻撃される事を前提に、攻撃を受けても大丈夫なように頑丈な作りにしているタイプもあるが、全体的に見れば前者が主流となっている。

 成人男性の平均身長の約三倍という巨体にしては小さい頭だが、そこには現代の人類の最高の技術が詰まっている。ヒトに似せて作ろうとした開発者達のたちの悪いイタズラだが、人間同様命令系統としてなくてはならないものである。

 かつて、多くの兵器開発局が制約プログラムおよび監視機構の除去を試みたが、その二つの癌なくしてレギオンが動く事はなかった。無くせないのならせめて、ということで頭部の小型化や強化が検討されるようになり、現在のレギオンはその最大の弱点にして最悪のお荷物を庇いながら戦っていた。

 例の青年によって作られた十戒。それはその名の通り十の制約によりレギオンの進歩を大幅に遅らせていた。

 一つ、人命を脅かしてはならない

 一つ、規定時間以上稼動させてはならない

 一つ、規定機数以上と同期起動しなければならない

 一つ、同期起動機の所在を常に把握しなければならない

 一つ、突出した性能を持たせたはならない

 一つ、複数の目的をもたせてはならない

 一つ、人の手から離れてはならない

 一つ、人ならざるものを模してはならない

 一つ、地上から離れてはならない

 一つ、以上を正しく審査するための眼を持たなければならない

 以上十つは兵器としての運用に制限をかけるだけでなく、技術進歩にさえ影響を与えた。そしてその制約を唯一破ったのが、八年前の大災害でこの世から消えてなくなったエリアJだった。

「フラッシュキャノン、あれはもう少し出力を抑えた方がいい」

 突然降りかかった聞きなれた声に顔を上げる陸斗。いつの間にか部屋に侵入していたトレイスは顎のひげを弄りながら手にしたバインダーを見ながら言った。

「フラッシュキャノンを食らった六機のバイパーのドライバーが一時的に失明、内二人は完全に失明したってさ」

「まぁ、確かに改善の余地ありありだよな。 ところでお前どこから入って……窓か」

 出動前から全開のままだった窓についた土の跡を見て問いを飲み込む。

「全開で出て行った挙句、侵入に気付かなかったおまえが悪い」

「そう言うと思ったよ。 カルテだろ、一応よこせ」

 素知らぬ顔でバインダーを団扇代わりにしているトレイスから強引にソレを奪い、各員の症状と各機の位置関係を確認する。案の定、完全に失明した二人は正面かつ近距離に置かれた二機のドライバーだった。

「これだけって事は脱出した人質に被害はなかったって事だよな?」

「一応はね。 あったとしても見過ごされる程度なら差し障りはないさ」

 そう言って立ち上がり、冷蔵庫から勝手に缶ビールを取り出し、我が物面で呷るトレイス。見た目好青年で似合わない髭をそればハンサムというスペックで、平然とこういうことをやってのけるからたちが悪い。知り合った当初「お前友達少なかったろ」と聞いた陸斗に「多くはなかったね」と平然とこたえたトレイスはやはり大学でも浮いており、顔のわりに寄り付く女もいないという状態だった。

「何をどう間違えればミリアさんはこんなやつを選んだりしたんだろう」

「ん? 何か言った?」

「気にすんな。 それよりフラッシュキャノンの出力って初めからあんな数値だったか?」

 予てからの疑問、対群兵器といえどレギオンの装備である以上、スタンドプレイによる使用は想定されていない。今回はたまたま単機での使用となったが、本来は複数機に囲まれた際の必殺の逆転手段として使われるはずなのだ。ソレが単機での使用であの出力、同期起動機と共闘していた場合、敵どころか味方まで巻き込み、結果的に自滅してしまう可能性がある。

「いや、γドライブがガラニウム感応で出力変化したりしない限り、あそこまでの誤差は出ないと思う」

「って事は感応してるってことか」

 ガラニウム感応が活発化する理由として、感情の変化によって思考パターンが一方向に傾倒することで通信強度が上がる、というものが最近の学会の発表で取り上げられていた。それが本当だとすれば、あの異常な出力にも納得がいきそうな気もする。

 何かをする時だけ性格が豹変するものがいると言うが、クレアはまさにそれなのかもしれない。記録カメラに映ったあの冷酷な表情を思い出した陸斗は一人身震いし、作業に集中しようとトレイスに背を向けてPCに向き直った。その時だった。

「やっぽー、実験成功の祝勝会よー」

 そう言って窓から飛び込んでくる金色の物体。それが件の少女、クレア=クラウドであることを確認すると、陸斗は再度PCに向き直った。その直後にちっこい足が陸斗の後頭部に突き刺さる。

「無視すんなし、万年補欠」

「レポートの邪魔だ帰れし、その手土産おいてとっとと帰れし、お子様はさk」

 けなんて飲んでないでさっさと帰れ、そう言おうとしたところで側頭部にソバットが飛んできたので回避、すかさず勢いで姿勢を立て直したクレアの頭を掴み、有無を言わせず玄関に直行。片手で頭を固定し、もう一方の手でドアの鍵を開ける。

「なによ! 忙しそうだから労ってあげようと思ったのに!」

「それは忙しいのが終わってからにしてくれ」

 放り出される手前で必死の抵抗をするクレア、気持ちは嬉しくなくもないが実際のところ切羽詰っている陸斗には素直に付き合ってやれるだけの余裕がなかった。

「明日の午後に終わらせなきゃなんないんだから」

「あら、ずいぶん賑やかだと思ったらもう始まってたのね」

「遅くに済まんな、守永。 大したものではないが、差し入れだ」

 放り出そうと開けたドアの前を占拠している男女。何か勘違いをしている銀髪の女性がアリシア=カッテージ。その勘違いを鵜呑みにしている筋肉の塊が巌ゲン。

何をしに来たのか、問いただす間もなく部屋に侵入していく二人、もはや諦める以外の選択肢はなく深いため息をついた陸斗は、逆再生よろしくクレアを掴んだままドアの鍵を閉め、そのままの体勢で部屋に戻った。

 その時には既に出来上がった大学生が他愛もない事を話題に盛り上がっていた。

「お前ら何しに来たんだよホント」

「「「「飲みに来た!」」」」

 完全に出来上がった風の四人、まだ一口も飲んでいないはずのクレアが既にその状態なのが些か気になったが、レポートが危うかった陸斗はそれらに背を向けてキーボードを叩き始めた。

 そして、そのつまらない反応が気に入らないといって酔ったクレアがちょっかいを出し始めるのに、そう時間は掛からなかった。

「早く終わらひていっひょに飲もぉよー」

「早く終わらして欲しけりゃ邪魔すんなって言ってんだろうが」

 デスクチェアに座って真面目に鍵盤を叩く陸斗に、文字通り絡み付いてくるクレア。腕を首に捲きつけお世辞にも豊かとはいえない胸を背中に押し当ててくるが、正直鬱陶しさ十割で嬉しくもなんともなかった。

 これが晴香だったら、などとぼんやりと想像していると不意に頬を抓られ現実に引き戻される。なんだよ、と振り返ると不満そうな顔のクレアが画面を指差した。

「バイパーがファイティングファルコンになってるひ、ジュラーヴリクもフランかーになってるひ、やるなら集中ひてやりなはいよ」

 明らかに回ってない呂律で指摘された箇所を見てみると、なるほど不規則に機体名がごちゃ混ぜになっている箇所が多々あった。その他にも誤字やスペルミスなどを余さず指摘されてはソレを直していく。

 相変わらず別に嬉しくもないポジションのまま、正規のオペレータですらしたを巻くようなタイプスピードで増えていく文字列から、的確に間違いを見つけては指摘してくるクレア。それに反応し余計な文句を言われるより早く修正を加える陸斗。

 一向にやむ気配のないタイプ音に、残りの三人は驚異の眼差しを向けながら、相変わらず陸斗の買い置きのものを静かに咀嚼していた。

 そして四時間後の丑三つ時、流石に日中の疲れもあり上級生三人は片付けもせずに寝息を立てていた。

「これでおわりっと」

 ファイルを保存しバックアップをとり、局長のメールアドレスに送信し六時間に渡るレポート作業に終止符を打つと、四時間同じポジションにいて気付いたら船をこぎ始めていたクレアを抱きかかえると、五歩先にあるベッド運ぶ。

 軽いな、いつか勘違いで抱きつかれたとき、その後理不尽にも投げ飛ばされようとしたところで投げ返したとき、いつかの任務で重傷を負ってそれを病院まで担いでいったときに抱いた感想と同じものを抱きながら、陸斗は自分のベットに彼女を下ろした。

「二度も人の背中で寝るなよな」

 勝手に来て勝手に騒いで、勝手に幸せそうな顔で寝ている。猫みたいだ、そう呟いてところどころはねている髪の毛を弄びながら、ふとした拍子に恋人の寝顔を思い出す。そういえば晴香も、ああなる前はよく勝手に人の部屋で寝て、なんか幸せそうな寝顔で追い出そうという気を失せさせていた。

「まったく、また俺が雑魚寝か」

 そう言って立ち上がった陸斗は散らかったつまみ類のカスをゴミ箱に放り、大の字で寝ているトレイスとゲンを引き摺っていき、ライトを消すとそのまま部屋を出ていった。

 

 翌朝、早起きしたアリシアとゲンは薄情にもさっさと学校に行ってしまい、トレイスとクレアは時間ギリギリになって目を覚まし、あつかましくも朝食を食べてからの登校となった。ちなみに陸斗はというと、先日抜け出したのがばれたため謹慎処分の期間が延長した。

 空き缶の片づけをして、昨日の襲撃で食料が激減したことに気付いたのが一時間前。

「そしてうっかり買い物に出てしまったと」

 近場のスーパーに行って必要なものを買い揃えて、必然的に通りかかった病院に足を運んだところを担当医に見つかり、たまたま近くを通りかかったマリオの娘でサークルの先輩だったミリア=オータムヤードに身柄を引き渡され、真っ直ぐ家に帰ってきたのが今、じゃすとなう。

「つうかどうして兵器開発局の方でやらかしたのが学校の謹慎に繋がるんですか? どうせなら出動禁止にしてくれたら良いのに」

「平和を願うならその平和のために日常を捧げよ、ってのがお父さんの言い分。 それが正しいかどうかは別として、陸斗くんはもう少し注意深くあるべきだと思う」

 そう言って陸斗を部屋に押し込み、外から鍵をかけるミリア。しかた無しに部屋に戻るとまたしても窓全開で出かけていた。

 注意深くあれ、以前にも誰かに同じ事を言われたような気がするが、誰だったかも思い出せず、その言葉も甲斐なく不注意に過ごしていた。とりあえず部屋の掃除でもするか。日ごろ忙しくろくに出来ていない書類の整理、食材の仕分け、出納帳の記入など、やってない事は思いのほか多い。

 早速始めた書類の整理、大抵のものは不必要なものばかりで、たまに出てくる重要書類に冷や汗を掻きながら、おおよそ全ての書類を片付けたその時――

「フロッピーディスク?」

 書類をためていた箱の底に眠っていた遥か昔の磁気記憶媒体、だいぶ埃にまみれており、そもそも読み込める機械があるとも思えないソレ。自分の持ち物でないのなら誰のものだ、記憶の中から持っていそうな人間を探し、最終的に二人の人間を思い出し、そして現実味の高い方に連絡を入れる。

<現在、この番号は使われておりません>

 不発、またしても。晴香の母親でバベルの研究員の彼方智香、陸斗らが出発して以降、殆ど家に帰らないという。彼女ならその手のものに詳しいから分かるはずだが、音信不通では頼りようがない。

 残る一人はその娘である晴香だが、例の如く頼れる状況ではない。たしか彼女のPCにもフロッピーディスクのドライブがついていたはず。

 隣の部屋を振り返る。たしか引越しのときに一緒に梱包していたはずだから、あの部屋にあってしかるべき。しかし勝手に入らない、という約束をした身としてはその程度の事で入るわけには行かない。だが、もしかしたら晴香を目覚めさせる手掛かりが見つかるかもしれない。彼女自身、昏睡前に似たような症状について調べていた事があった。

 名前も書かれていないフロッピーディスクを手に、一年間目をそむけ続けていたものの前に立つ。勝手に入ったら彼女の昏睡を認めることになる。すぐ眼を覚ます、すぐ帰ってくる。そう信じたいがために今まで踏み出せなかっただけ。

 もしこれで何かのヒントを見つけることが出来たら、もう一度彼女と共に生きる事が出来るなら、針の千本くらいは飲めそうな気がする。

「勝手に入っちゃ駄目って言ったでしょ?」

 そんな晴香の声が聞こえるような気がして、陸斗はその扉を開けた。

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Phase 5

 

 

 新暦十九年、八月三十一日。

「まさか、あのイカレポンチの陸斗がねぇ」

「恋人と一緒に名門大学、か……考えられないわ」

 見送りに来た友人達の誹謗ともいえる祝辞を受け取りながら、陸斗は鞄と反対側の手を握り返す幼馴染に目をやる。それに気付いて微笑み返してくれる、ということはなくうつらうつらと船を漕いでいる晴香。

「おい、いい加減に起きろって」

「うぅ……あと五分……ん」

「残り三分で電車だっつうの!」

 まだ家にいるつもりの晴香を揺すり起こす。そして自分が駅にいて、間もなく故郷とお別れする事を認識させ、道のりを確認したところで二分が過ぎ、毎度おなじみのコントに苦笑する一同。ここの町は比較的他エリアの民族が多く、大災害から生き残ったという、半ば奇跡のような存在だった陸斗を分け隔てなく、普通の人間として迎え入れてくれた。とはいっても記憶喪失のためか枠から外れる事が多く、結果的にイカレポンチが定着していたが、それでも同じ人間として迎え入れてくれた町の皆には、心底感謝していた。

「海李もありがとな。 智香さんによろしく伝えといてくれ」

「陸斗が兄貴とか死んでもごめんだからな」

「そいつは残念だ」

 誕生日が同じで顔も似ていて、何かとつけてすぐに喧嘩をしていた二人。同じ家に住んでいることから、本当の兄弟だと勘違いされることも暫しあったが、陸斗が晴香にほの字だと発覚して以降、より一層否定の強さが増したのは言うまでもないか。

「まったく、最後の最後までそれかよお前ら。 まぁ、たまには帰って来いよ」

「あんまりお姉ちゃんを独り占めしてると、海ちゃん泣いちゃうからね」

「だ、誰が泣くか!」

 友人らの揶揄に涙目になりながら反論する弟分の姿に苦笑しながら、晴香の横顔を盗み見る。その顔は先ほどとは打って変わって穏やかな表情で、養母と入れ替わったのではないかと疑うほどに大人びて見えた。

「心配か?」

「ううん、あの子なら大丈夫」

 そう言ってにっこりと微笑んだ顔はいつもの幼馴染のもので、電車が来て別れ際無邪気に手を振る姿は、先ほどの大人びて見えたのはやっぱり錯覚だったのでは、と思わせるほどにいつもの明るい晴香のものだった。

 イギリスの北の街から南にあるロンドンまでは、鉄道交通がさらなる発展を見せた現代でもなかなかの距離がある。変化の少ない外の景色を見ているうちに眠くなったのか、再び船を漕ぎ始めた晴香の枕になりながら、陸斗は携帯端末に標示させた新聞を睨んでいた。

「またテロか。 今月に入ってから何回目だよ」

 新聞の第一面を占領する反体制組織によるテロの記事。バベル再建、国家解体によってそれまでの地位を失ったものや、単純に世の中に不満を持った者達が集まって無作為な破壊を行うだけの無意味なもの。レギオンが一般に普及するようになってから久しい今、それが悪用される事もざらではなくなっていた。そういった連中をどうにかするために、警察が高機動タイプのレギオンを配備するようになったが、今回の記事を見てもその効果は余り期待できなかった。

 第一、レギオンは人を傷つける事が出来ない。暴徒がレギオンを使っていたとしても、とめる側までもがソレを使う必要ははっきり言ってない。

 たしかに、八年前の大災害以降、強化改修が進められてきた今の戦闘型レギオンは他の兵器を遥かに凌いでいたが、どんなに頑張ったところで制約つきのレギオンが人間を相手にして勝てるはずがない。第四次世界大戦で主力となったパワードスーツなら現在もレギオンに負ける事はない。制約を解除されたエリアJのレギオンですら、僅か三人のパワードスーツに敗れ去ったのだから。

「エリアディフェンス、PSバルチャー隊引退。 ゲルマンの禿鷹はロンドンのUCLに特別顧問に就任?」

「あれ、マリオおじさんだ。 陸斗も前にあったことあるよ?」

 ページを捲り次の生地にくいついたところで膝の上から眠たげな声が響く。新聞から目を離し、視線を落とすと端末を見上げている晴香は写真の軍人を指差す。前髪が激しく後退した初老の男、鷹のような鋭い眼光が写真の向こうから自分を射抜いている錯覚を覚え、慌てて記事を次に進める。どこかであっている、頭が覚えていなくても、目と身体がこの男の眼光を覚えていた。

 次に移された記事は何ともおかしな話で、最近各エリアで上空を飛行するなぞの物体の発見報告が相次いでいるというもの。いわゆるUFOといわれる部類のものだろうが、八十年前の第三次世界大戦中、各国が考えなしに打ち上げた対空自動迎撃衛星、或いは対空迎撃レーザーによって一定高度を超えて飛行する物体は民間機だろうと風船だろうとお構い無しに打ち落とされるのだ。航空機全盛期であれば、あるいはその攻撃をかわし続けることが出来るパイロットもいだだろう。しかしそのレベルのエースは仮に生きていたとしても九十八十の爺婆。三次大戦以降少数であれ航空機を戦争で使ったのはアメリカ、ドイツ、ロシア、日本の四カ国だけで、長寿の国と呼ばれていた日本、エリアJが消失した今、無慈悲なまでの対空砲火をかわして、大空を自由に飛びまわれるものは存在するとは思えなかった。

 それ以降はどれも似たような記事ばかりで、読む事がなくなった新聞をとじるといつの間にか変わっていた外の景色に目を凝らした。

 建設工事だろうか、数台の無骨なレギオンがコンテナ車を引いて歩いているのが見えた。それより少し先に行ったところ、競技用のレギオンたちが一つのボールを追って、巨大スタジアムを駆け回っていた。

 レギオンサッカー、それはレギオンでサッカーをするだけの至極簡単な競技。だが、人間並みの切り返しやパスワークを実現するためにエンジニアとドライバーが一身となって初めて成立する、レギオン技術の最先端をいく一分野である。

 レギオンの安定性をアピールするためにバベルのテストドライバーが巨大な鉄球をボールに、溶鉱炉をゴールに見立ててフリーキックをして見せた事から始まり、来年の十二月には各エリアの強豪チームがロンドンに集まり、百五十年ぶりのサッカーワールドカップが開催される事がきまっている。

「……陸斗?」

「いや、なんだかんだで進歩していくんだなってさ」

 十戒システムによって今尚レギオンは進化の可能性を狭められてはいるが、なんだかんだで多極化し、世界の至るところに存在する。そしてその中には、本来禁忌とされる戦闘特化型のレギオンも含まれている。

「またネガティブな事考えてる。 そういうところ、好きじゃないよ?」

「じゃあ何が良くて僕といるのさ」

「……それ以外のとこ?」

 眉間によったしわを突いてくる恋人の頬をつき返し、ふと出発間際に海李に言われたことを思い出す。

 絶対に手を離すな。いつになく真剣な眼差しで二人の手を繋がせた海李、それ以上は何も言わなかったが、それが何を意味しているのか見当もつかなかった陸斗は握らされた手を離さなかった。

「陸斗の手は冷たいよね」

 同じことを考えていたのか、あるいは純粋にそう思っただけか、晴香がつぶやく。

「自分じゃあんまり自覚ないけどな」

「陸斗は鈍感だからねぇ」

 握った手とは反対の手を見つめながら呟く陸斗、冗談っぽく馬鹿にする晴香の頭を小突き、やはり何も感じない右手をポケットに突っ込む。

「感覚がない代わりに傷の直りが早いんだから、言うほど不便でもないよ」

「そういっていつだか腕カビさせたこともう忘れたの?」

「ワスレマシタ」

 今でも思い出せる絶望的な状態がフィードバックしないように意識を他に持っていく。それ自体に感覚がない状態でも他の感覚を頼りに認識していた腕が、目の前で崩れていく錯覚。処置が遅れていれば最悪本当にそうなっていたと告げられた時は、余りのストレスで一週間も寝込んだ。

<間もなく、キングスクロス駅に到着します。 お荷物の置き忘れ等にご注意ください>

 放送に気付き現実に目を戻す。いつの間にか混んでいた車内、窓の外に広がる近代的な風景。視界の端に有名な建造物を確認し、目的地に着くことを認識した。

 駅についてからは想像を絶する人ごみにもまれながら、決して離れないように互いに身体を寄せ、手を強く握り締める。散々もみくちゃにされた挙げ句、でるはずだったのと反対側の改札をでてしまった二人は目の前に広がる光景に固唾を呑んだ。

 今までに見たことも無いほどの巨大なビル、路線バスに混じって引き車をひくレギオン、巨大モニターの中で躍動感あぶれる試合を繰り広げる競技用のレギオン。

 テレビや知識としてしか知らなかった現実、正しくおのぼりさん状態だった二人は眩暈を起こすほどの新鮮な情報に溢れた町に今後への期待を膨らませていた。

 ここならきっと凄いことが出来る、そんなことを無邪気に語り合いながら、引越し先に向かって歩き始めた。

 自宅の最寄り駅ではなく学校の最寄り駅で降りたのは、生活圏となる世界をみっちりと見ておこうという計画的な理由の他に、八年前に目の前で落とされたロンドン橋が直ったというので、一目見ておこうという観光的な理由があった。それが今後の運命を変える重大な分岐点になろうとは、露にも知らず。

「うわぁ、おっきいねぇ!」

 色々と露店を巡りながらたどり着いたロンドン橋。開通したばかりと言うこともあり、現地民以外にも観光できた風の人も多く見られた。

「うん、まぁ、思ったよりも大したことないな」

「えー、こんな大きな橋見たの初めてだよ?」

 たかが橋に何を期待していたんだろう、感動を露わにする晴香とは対称的に、どこか物足りなさを感じる陸斗。確かに今まで見た中でも最大級の橋と川だが、だからどうしたという程度で終わってしまう。

「うーん、陸斗は何をみたら感動するんだろうね?」

「少なくとも駅でた瞬間は感動したよ」

 もはや何をしにきたのだろうかという空気を漂わせながら、目的地であるアパートに向けて歩き始める。別に物のスケールに感動できなくても、生活で困ることは何もない。唯一思ったことといえば、何故この橋は度々落とされるのだろうか、という疑問。そして今、度重なる改修工事の末に出来上がったこの橋が落とされるなら、どれだけの力を持ったものなのか。考える必要のないこと、考えてはいけないことに思案をめぐらせ、ぼんやりと腕を引かれながら広く、長いその橋を渡っていく。

 

London Bridge is falling down, Falling down, Falling down.

London Bridge is falling down, My fair lady.

 

 橋の中心あたりに差し掛かった頃、どこからか流れてくる童謡、人が渡っているときになんて不吉な、そう思いながら音の発信源を探す。左右前後、これほどはっきりと聞こえそうなスピーカや歌い手はいない。橋の下を通る船もなく、残るは街灯についているスピーカのみ。だが上には何もない。しかし未だに歌は鳴り止まず、そのくせ誰も気付いている素振りを見せない。

「どうしたの?」

 急に立ち止まった陸斗に引っ張られ停止する晴香、とりわけ何かの異変に気付いている様子はなく、なにかあるのかと周囲を見渡している。

「何も聞こえないのか?」

「? ……ロンドン橋?」

 耳を凝らすようにしてやっと気付く晴香、他の人も疎らにではあるが何かに感づいた様子を見せる。

「走るぞ」

「え、あ、ちょっと!」

 とりあえずこの場所は危険すぎる。仮にこんなタイミング、橋のほぼ中心にいるときに橋が落ちたりでもしたら、どう頑張っても助からない。不謹慎な想像をしていた自分を呪いながら、何も気付いていない人々を掻き分けて橋の出口を目指す。

 異様に長く感じる道のり、何が思っていたほど大したことない、だ。過去の自分に悪態をつきながら全力で走る。かろうじてついて来る晴香の腕を強く引き、ただ本能的に走り続ける。その瞬間――

「上か!」

 電波的な発想、ペースをキープしながら頭上を仰ぐ。まだ何も見えない、けど確実にそこにいる。獲物を狙う嗜虐的な視線、それから逃れようと必死に足を前に出す。

「陸斗、待って!」

「駄目だ、逃げないと」

 息を切らしながら休憩を求める晴香、しかしここで止まったら間に合わない。

「もう少しだ、頑張れ!」

 間もなく橋の終わり、ここまでくればもう――

「陸斗、前!」

 何かに気付いた晴香が叫ぶ。だがソレが何を意味するか理解するよりも先に、頭上から影が降ってくる。

 絶叫、油断した隙に目の前に迫った悪夢、目の前に浮かぶ漆黒の巨人。八年前の大災害「自律型レギオン暴走」の主役、エリアJが生み出した最速の戦闘型レギオン、零。

 目の前に現れたソレは緋色に輝くアイセンサを揺らめかせ、陸斗を嘲笑うかのようにその巨大な手を振り上げた。

 左から迫る猛威、咄嗟に身体を回して晴香と腕の間に入る。背中を襲う激震。それでも離すまいと、両腕で晴香を抱きしめる。背中からの落下アパート二階分、その程度では生ぬるいくらいの衝撃を受けて吹き飛ばされる体。

 余りの衝撃で気を失った直後、一瞬前まで確かに掴んでいたはず感覚が消える。レットアウトしかけた視界の中、放り出された晴香の姿。

 潰された肺の残りを搾り出して叫ぶ、だが気を失っている晴香に届けるには小さすぎる。

 それでもギリギリ届くはずの距離、錐揉み状態で飛ばされながら先を行く晴香に手を伸ばす。

 左手、服を掠めて空を切る。右手、体勢的に左より長く出せる、全身の痛みをこらえて感覚のない右手を伸ばした。

 一向に届かない右手、緩やかに過ぎていく時間、僅かに回復した視力。

 つかめた、間違いなくつかめたはずだった。右手はしかと晴香の腕と交錯し、十分な余裕すらあった。

 だが、それに気付けなかった。完全に感覚の失われた右手、その存在を確認できるのは視界のみ。だがその視界は鬱血により狭められ、肝心な右腕がチャンスを掴んだことに気付けなかった。

 つかめたはずなのに。

 クリアになる視界、それ以外の器官が失われたようにただ映像だけが脳に送られる。

 スローモーションで離れていく晴香。決して離すなといわれたその手を伸ばす。

 愛する人の名を必死に呼びかける、自分の耳にさえ聞こえない声で。

 

 聞こえてるよ

 

 不意に脳裏に響く声、届かないところで穏やかな笑顔を見せる晴香。

 

 ちゃんと聞こえてるから、泣かないで

 

 都合のいい幻聴、水面に消えた姿を追いかけるように落ちる身体。が、不意に止まる。

「      」

 足を掴まれた感覚、中にぶら下がった状態で誰かが上から叫んでいる。こちらは何も聞こえないのに。

 一拍の間をおいて引き上げられる体、視界に映し出された相手に陸斗は思わず殴りかかった。感覚のない右腕で

「          」

 衝撃で吹き飛ばされる人型、等身大、全身を特殊繊維で包んだ姿、パワードスーツ。不意打ちに一瞬隙を見せるも、咄嗟に起き上がって陸斗に飛び掛る。

「      !」

 晴香を追おうとする陸斗に何かを叫び、必死で引き止めるパワードスーツ。まだ間に合う、我武者羅に暴れる陸斗。

「      ろ!」

 徐々に回復する聴覚、男の拘束を振り切れずにもがく陸斗。徐々に失われていく気力。水面を揺らす気泡が消える。

「生き延びろ!」

 力尽きて崩れ落ちる陸斗を支える両腕、もはや気力すら失った陸斗を抱き、パワードスーツの男は通信機に手を伸ばした。

「……あぁ、そうだ。 要救助者一名確保」

 

「唯一の、生存者だ」

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