リング・ル・ヴォワール 2話
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8月8日。22時30分。ワンルームの俺の部屋。

美沙から来たメール『週末どうせ暇でしょ? 竜司と一緒にバイト手伝ってよ。お盆で何人かメンバーが帰っちゃって大変なのよ』にどう返信しようかと悩んでいたときだ。

 

突然、パソコンのディスプレイがついた。

「なんだよ…」

そこに目を向けると……井戸だ。

白昼夢だと思っていた井戸。

それが映されていた。

「お、おい……まさか…」

周りから一切の音が消え去る。

背中にナイフを滑らせたような冷たい感覚が走り抜けた。

ま……!

まさかまさかまさかまさかまさか!!

携帯が手から滑り落ち、床に音を立てて落下した。

それでも俺はディスプレイから目が離せないでいた。

 

 

井戸から頭が出てきた。

何かが這い出してきた。

女だ。俺と同じ20歳くらいの女。

髪の長い女だ。

 

 

「……っ……っ」

喉が渇く。砂漠に放り出されたかのようにカラカラだ。

 

這いながらこちらに迫ってくる。

画面へと迫ってくる。

――死が迫ってくる――。

 

「あ……あ……」

声が出ない出せない助けを呼べない。

 

這う女。

画面いっぱいになるまで迫り、そして手を伸ばした。

 

冗談だろ……?

いや、冗談だと思いたかった。

異様な光景だ。

 

手が。

白い手が生えているのだ。ディスプレイから。

 

 

そして…。

そして……。

 

 

スカッ、スカッ、わたわたわた。

 

その片腕が空を掴み、何かを求めて宙を彷徨う。

頭もチラリと14型ディスプレイからはみ出す。が、すぐに戻り、もう一方の腕がディスプレイから伸びた。

「……」

 

スカッ、スカッ、わた? わたわた。 じたばたっじたばた〜〜〜っ

 

…………。

……。

「は、はぁッ!?」

ようやく声が出た!

思考も少しずつ落ち着きを取り戻してきた。

状況は……小さなディスプレイから女性の白い両腕が伸びて暴れている。

訳がわからない。

落ち着いてみればシュールなんだが、何が起こっているんだ?

 

じたばたっ…………――。

…………。

腕がその動きを止めた。

どうやら何かを考えているようだ。

…………。

……。

 

じたばたじたばたじたばたぁぁぁ〜〜〜っ!!

 

いまいち考えがまとまらなかったらしい!

 

「なにがしたいんだよ、おまえは!?」

思わずツッコんじまったーっ!

何考えてるんだ、俺は!!

そしたらどうだ。

 

『あ、あのっ、出られなくて……』

 

……こ、答えやがった。

「……あ、足から出てみたらどうだ……?」

とりあえず、アドバイスしてみた。

『あ、はいっ! やってみます』

……素直に従っていた。

 

にゅっ。

 

女性の、白くスラリとしたガラス細工を思わせるような片足がディスプレイから伸びた。

齢20歳ほどの魅惑的な素足だ。

それが太股までにょっきりと。

「……」

『あ、あれ?』

 

くいっ、くいっ、ぴ〜んっ……くいっ、くいっ。

 

手招きならぬ足招きだ。

エロい。

じゃなくて!!

どうなってるんだよっ!!

 

じたばたじたばたじたばた〜〜〜っ!!

 

「うおっ!? 足で暴れるなぁぁぁっ!! だぁぁぁ!? キーボード蹴飛ばすんじゃぇぇえっっ!!」

『ご、ごめんなさいっ』

動きが止まり、ディスプレイからにょっきり生えた生足が脱力する。

シュ、シュールだ。

『わ、私……』

『どうしたらよいのでしょう……?』

「知るかぁっ!!」

『あの、腕のほうが出やすいのではないでしょうか?』

「…そう思うならさっさとこの足を引っ込めてくれ」

正直、女性のシャワーも弾きそうな綺麗な生足が生えてるというのは……目のやり場に困る。

『よいしょっと』

足が引っ込んでしばらくしてから、また腕が出てきた。

 

「……」

『……』

「……」

『……』

 

「……なぁ」

『はい?』

「……引っ張り上げてやろうか?」

『え、いいんですか?』

俺に向かって陶器の様な手が差し出されていた。ちょっと嬉しそうだ。

「ハァ……」

『どうしました?』

どうしました、じゃないだろ。溜息の一つも出るってもんだろ。

だってディスプレイの中にいる訳のわからない女をサルベージしようとしてるんだ。

はぁ…手を貸す俺も俺か。

ゾッとするほど冷たい手の感触に驚きながらも、そのしなやかな腕を掴んだ。

「…そっちの手も貸してくれ。肩が通ればどうにかなるだろ」

『こうですか?』

「ああ。引くぞ」

『お願いします』

大きなカブよろしく、思いっきり引いた!

 

ずるずるずる〜〜〜〜っ!!

 

女の肩が14型のディスプレイから抜け、その体がディスプレイから出てきた!

「ぬ、抜けたぞっ!」

「はいっ」

そこで気を抜いたのがマズかった。

俺のパソコンは机の上に置いてある。

だから。

出てきた女は。

「……え? きゃっ!? やぁぁぁっ!」

と、船に引き上げられたタコのようにズルズルルルルとディスプレイと机に沿って、床まで滑り落ちた。

「わ、悪い。大丈夫か……?」

床でうつ伏せになって「いたたた…」と呻いていた女に手を貸して助け起こした。

なんで俺がこんなことしなきゃならないんだよ。

「いたた…………」

女は鼻を押さえていた手を慌てて放した。

鼻がちょっと赤くなっている。きっとどこかにぶつけたんだろう。 

「助かりました。ありがとうございます――あっ」

俺の手を掴んでいたことに気付くと、慌ててその手を解いた。

その頬もほんのりと赤くなっている。

というか赤くなるのか。

「ごめんなさい……お見苦しいところを見せてしまって……」

「いやまあ……」

普段こういうときは「全然!」とか言うのが礼儀なのだろうが、本当に見苦しかったわけだから返答に困る。

 

着ていた白装束の乱れを慣れた手つきでテキパキと直す女を改めて眺めた。

歳は俺と同じ二十歳くらいか。身長は160センチといったところ。

髪は艶やかな黒髪で長い。だが肌は対照的に秋田や青森の女性のように色白である。つぶらな瞳は純日本人の漆黒を湛えている。

装束を直す手つきと佇まいからは気品すら感じられた。さっきの部位だけのときとは大違いだな。

古来からの日本美人、今や絶滅危惧種と言われる大和撫子という形容が合うのかもしれない。

 

一通りの装束の乱れを直し「よしっ」とつぶやくと、女は床の絨毯の上に正座した。

大和撫子のそれは背が真っ直ぐに伸ばされていて様になっていた。

凛とした雰囲気が否応なしに俺の部屋に広がっていく。

な、なんなんだコイツは……?

「どうぞお座りください」

「……」

俺も言われるがままその正面にあぐらで座った。

 

「――さて」

俺が座るのを確認すると女が口を開いた。

「なぜ私が貴方の元へやって来たのか、貴方はわかっているのでしょう?」

これはどう答えればいいんだ?

今までのマヌケな様子からは考えにくいが……やっぱり……。

 

「……お前は……」

さすがにそのことを口にするのは苦しかった。

「……俺を……」

生唾が喉を鳴らす。

「……殺しに来たのか?」

 

それを聞いた女は、なんとも嬉しそうに胸の前でぽんと両手を合わせ、

「はい、大正解ですっ」

 

「貴方を殺しに来ました」

その顔は湖に咲く蓮華ような優しく美しい笑顔だった。

 

説明
映画「リング」と恐山ル・ヴォワールからの影響を受けた小説です。
ある日、呪いのブルーレイを見てしまった和行。その1週間後、彼の元に出てきたモノは……。
http://milk0824.sakura.ne.jp/doukana/ こちらの日記にも絵を書いています。なお日記絵は描いている時の様子を見ることができます。アニメ塗りの講座に使えるかもしれません(笑)
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