命日
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どことなく沈んだ様子の菊にアルフレッドは首を傾げた。

どこ、と明言はできないが、どこかが常と違っている。

自分を見る優しげな視線の中に、ふいに交じる、それは憤懣だろうか?

それでも、アルフレッドはあえて笑った。

いつも通り、いつも通りにだ。

それでも、菊は笑わない。

いつも通りには、笑ってくれない。

「君、一体どうしたんだい?」

口を突いて出たその言葉には、一体どんな意味が乗っていたのだろうか?

アルフレッド自身にも分からないが、もしかするとそれは、大人な恋人が本心を見せてくれないことに対する苛立ちだったのかもしれない。

アルフレッドの心中はとにかく、菊はその言葉にそっと微笑んだ。

微笑んだのだ。

常には見せない、薄ら寒いその笑みにアルフレッドの背筋が凍る。

西洋の年若き大国に頭が上がらない東洋の小国。

それは、結局は国としての関係性だ。

国ではない……『ヒト』としての彼らの関係性は「無駄に年を重ねた古狸にしてやられる経験の浅い小童」である。

「今日は、私の大切な。……大切な方の、命日なのです」

「……え?」

笑みを崩さない菊に、アルフレッドの額を冷や汗が伝う。

唇から零れ落ちたのは、なんとも間抜けな一音であった。

「とても大切な。一生を共にすると誓い合った、私の半身の」

命日なのです、と菊は唇の動きだけで伝えた。

本物のKYなどでは勿論なく、菊曰くの『AKY』であるアルフレッドは口を噤んだ。

読むべき時には読めるからこそのAKYである。

半身、とは恐らく。

自分にとってのマシュー。

フェリシアーノにとってのロヴィーノ。

ギルベルトにとってのルートヴィッヒ。

そんな関係性を表しているのだろう。

しかし、アルフレッドの知っている限りでは『日本国』に半身と表記できるほどの国は存在していない。

「確かアルフレッドさんも、お会いしたことがありますね」

条約締結の日でしたか、と菊は頬を緩ませた。

「もうお忘れになられたかもしれませんが」

一瞬向けられた冷たい目が、ふと誰かを彷彿とさせた。

『なんだ、貴様。俺から菊を奪おうとするとは、身の程知らずの餓鬼だ』

確か菊は彼を。

『……兄上!』

そう、呼んでいた筈だ。

何故、忘れていたのだろう。

何故、忘れていられたのだろう。

『どうした、菊』

そう言って彼の頭を愛おしげに撫でる、彼と同じ外見を持つ……。

「私の兄上です。……たった一人の」

彼はなんだったのか。

彼はなんだったのか?

彼はなんだったのか!

聞くまでもない。

アルフレッドは知っていた筈だった。

彼は戦の化身だった。

「あら。思い出してしまわれましたか」

私としたことが、と菊は小さく笑った。

悪びれたような口調を、綺麗な弧を描いた唇が裏切っている。

「本当に、本当に優しい方でしたから」

弧を描く菊の唇に、アルフレッドの脳裏を同じ顔で同じ表情を浮かべる男が浮かぶ。

彼は赤い目を眇めて、弧を描いた唇で。

『忘れろ。おまえのような餓鬼に覚えられ、悔やまれ、罪悪感を抱かれたところで俺は嬉しくもなんともない』

だから忘れろ、と。

額に触れたのは、温かい掌。

「この国には忍者というものがいた。……御存じでしょう? 故に、人間の記憶を操作することなど造作もありません。あの人は……兄上は、私の記憶からまで消えようとなさいました。そんなこと、私が許すわけがないといいますのに」

菊は口許に指先を添えて、フワフワと笑った。

アルフレッドはこの菊を知っている気がした。

いや、知っていて当然だった。

感じた違和感の原因を掌に掬い取る直前。

「さぁ、お忘れください」

温かい掌が、彼と同じくらいに温かい掌がそっと額に添えられた。

嗚呼、とアメリカは心中で小さく呟く。

脳の中を直接掻き回されるこの感覚は、あの時味わったのと同じで。

『今日は、私の大切な。……大切な方の、命日なのです』

『さぁ、お忘れください』

それは、毎年この日に聞く言葉。

崩れ落ちるように倒れたアルフレッドに、菊は優しく……いつも通りの彼で、囁いた。

「おやすみなさい、アルフレッドさん。私の憎たらしくて可愛らしい罪人さん」

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菊菊前提・米日・人名呼び
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