極東の島国、西枢の島国 |
「はぁ?」
大日本帝国は普段の慎まやかさなど忘れたかのように眉をひそめて大英帝国を睨めつける。
「このような条件、呑めるわけがないでしょう」
「呑めるとか呑めねぇとか、最初からお前に聞いてねぇんだよ。お前が選べる選択肢はyes。それだけだ」
眉ひとつ動かさずに告げる大英帝国に大日本帝国は大きく舌を打った。
「この外道が」
吐き捨てた大日本帝国に、大英帝国は涼しい顔で聞き流す。
「弱い犬ほどよく吠えるものだ。悔しいのならキャンキャン耳障りの悪い声上げてねぇで笑顔で国のひとつも降してみろ」
大日本帝国は息を呑んで、それから綺麗に笑ってみせた。
「大英帝国さん、貴方はひとつ大きな勘違いをなさっています」
「ほぅ?」
大英帝国の瞳が楽しげに細められる。
出会ってから49年。
相変わらず彼は不可思議な文化を持った極東の小さな島国の想定外の言動を楽しんでいる節がある。
「私は極東の島国。貴方は極西の島国。同じ世界の端の、同じ島国です」
貴方に出来て私に出来ぬことなどある筈がない、と大日本帝国は笑みを崩すことなく続けた。
同時に、大英帝国が喉の奥で笑い声を漏らした。
「本当にお前は面白いな。これだから飽きない。そばに置いておきたいなどと、まるで子供のワガママのようなものだな」
大日本帝国は大英帝国と同じ顔で笑った。
「その言葉、そっくりそのままお返し致します」
なるほど、と大英帝国は大日本帝国の頬に手を伸ばし、そこに手を添えた。
「お前も俺と共にいることを望んでいる。そう取るぞ」
「お好きなように」
大英帝国は内心で舌を巻いた。
鎖国などという馬鹿げたことをやっていた小国が、高々49年でこんな表情を浮かべるようになったのだ。
しかし、大英帝国は「お前もひとつ大きな勘違いをしている」と呟いた。
今度は大日本帝国が楽しそうな顔を浮かべる番だった。
「なにを、です?」
大日本帝国の頬に当てられた大英帝国の指先が薄い笑みと共にその頬を撫でる。
「確かにお前は極東の島国だ。だがな、俺は違う。俺は世界の中心の島国だ。確かに俺たちは同じ島国。だが、俺は世界の端になど存在しない」
堂々としたその宣言に、大日本帝国は喉の奥で笑って、そして。
「では西枢の島国様。……この条件は呑めませんのでもう一度上司と相談して、それから一昨日いらっしゃいませ」
「馬鹿か。day before yesterdayはもう戻ってこない」
大日本帝国は笑った。
「当国にはそういった言葉がございます。一昨日はもう戻ってはきません。その日に来なさい、という言葉の意味は……」
もう来るな、と大日本帝国は唇の動きだけで伝えた。
大英帝国は明確に読み取って、それから笑った。
「お前も言うようになったじゃねぇか」
頬にあった手が後頭部にまわり、そのままの勢いと強さで大日本帝国を引き寄せる。
「100年後が楽しみだ」
ほとんど唇が重なった状態で告げられた言葉に、大日本帝国は「その言葉、後悔させて差し上げます」と笑った。
「俺に並ぶ大国になってみせろ。俺が同列と認めた同盟国として。ただし、そこまでだ。俺の背を超えようとするのならば……」
その首落ちても文句は言えんぞ。
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