【南の島の雪女】ちーのうや
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【あらすじ】

 

「部屋中が乳まみれですわ!」

 

雪女「風花」は、白雪を捕まえるため、沖縄へ移住した。

移住先で、部屋中が乳まみれになるという、奇妙な事件に遭遇。

風花は、無事、事件を解決できるだろうか。

 

南の島の雪女 第5話「ちーのうや(乳の親)」、はじまりはじまり。

 

※今回はおっぱいとか出てきます。ちょっとえっちい描写があります。苦手な方はご注意を。

 

 

【人物】

 

・風花 … 雪女。雪女「白雪」を捕まえようとしている。しつこい。

・霜花 … 雪女。風花の部下。人間の年齢で言えば小学生くらい。あくどい。

・六花 … 雪女。風花の部下。人間の年齢で言えば中学生くらい。まとも。

 

・千裕 … アパートの管理人をしている女性。

      その正体は「乳の親」と呼ばれる沖縄の妖怪。スイカおっぱい。

 

・厚雪 … 雪女。風花の上司。風花の沖縄移住に反対している。

      沖縄の妖怪に、白雪を捕まえさせるよう計画を練る。

 

・枯野 … 雪女。厚雪の側近。風花を見張るよう指示される。パシリ。

 

・白雪 … 雪女。とある理由で沖縄へ逃げる。今回は登場しない。

 

 

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【本編】

【風花と厚雪】

 

とある雪山の奥の奥、人の足が及ばぬ厳しい場所のある一室にて、

2人の雪女が言い争いをしていた。

 

「私が用済み!? どういうことですの!」

 

「風花よ。

 お前はもう白雪を追いかけなくていい。

 沖縄まで行くのは、さすがに辛かろう?」

 

「つらくありません!

 厚雪様! 聞いてください!

 私は、46都道府県すべて、

 ずっと白雪を追いかけ続けました。

 白雪の生態は知り尽くしているつもりですわ。

 わざわざ沖縄の妖怪どもの手を借りずとも、

 私の手にかかれば…」

 

「ほう?

 その46都道府県を追いかけ続け、

 捕まえられなかったのは誰なんだろうねぇ?」

 

「くっ…」

 

「だいたい、沖縄まで追いかけてどうするというのだ。

 沖縄は雪がふらぬ。

 吹雪も冷気も何ひとつ扱えぬ故、逃げ足を凍らすこともできん。

 沖縄の雪女は、ただの女だ。

 捕まえるすべもなく、どう捕まえるというのだ?」

 

「……」

 

「風花よ。もう一度言う。沖縄に行くのはやめておけ。

 それよりもだ。

 男をさがし、子でも儲けたらどうなのだ?

 お前、このままではユキオンナではなく、

 ユキオクレになってしまうぞ」

 

「なっ、なんですって!」

 

「ふっ、すぐに熱くなりおる。

 もうよい。下がれ。頭を冷やしてくるのだ」

 

「…失礼します!」

 

風花は、怒りにふるえながら、厚雪に背を向け、立ち去ろうとした。

 

「ちょっと待て、風花」

 

「はい?」

 

「さっき、ユキオクレと言ったが、私もユキオクレだ。

 心配するな、お前だけじゃない」

 

そう言って、風花の肩に、ぽんと手をおく厚雪。

 

「慰めになってませんわ!」

 

 

 

 

【いざ沖縄へ】

 

風花は、怒りの足取りで、

自室にドスドス音をたてて入り、ずしりと座った。

 

「霜花! 準備なさい。

 沖縄へ行きますわよ」

 

部下の霜花(そうか)に声をかけ、命令する。

 

「風花様、どうしたのです。

 厚雪様から『沖縄へは行くな』

 と言われたのでは」

 

霜花は、絵本を読む手を止め、答える。

 

「そんなもの、聞こえてませんわ。

 何が何でも、白雪を捕まえますから」

 

「そうですか」

 

「白雪さえ捕まえれば、私は大手柄。

 厚雪よりも上の地位に立てる。

 そうなれば、

 厚雪をアゴで動かしてやりますわよ。

 ふっふっふ…」

 

「アゴを鍛えないといけませんね」

 

霜花は、アゴを前につきだして、得意げな顔で「ふっ」と笑った。

 

「…あなたは国語を鍛えなさいね」

 

風花は、おでこに手をあて、フゥとため息をついた。

 

 

 

 

【六花と霜花】

 

「沖縄に行くって、

 お泊りするところはあるのですか。

 ハラッパでお休みなさいするのは、もういやです」

 

「心配なさらないで。

 その件は、六花(ろっか)に任せてありますわ」

 

風花は、部屋の奥に向かって、「六花」と名前を呼ぶ。

部屋の奥に、パソコンを操作している娘がいた。

霜花より少し年上の娘だ。

 

「ネットで調べてたら、良い感じの物件が

 あったので、そこに決めました」

 

パソコンのホームページには、物件の見取り図が表示されている。

 

「あらまあ。早いですわね。

 家賃はいくらですの?」

 

「那覇市のアパートで、1ヶ月2万円です。

 少し古いですけど、

 3人住むには十分な広さですよ」

 

「に…2万円!?

 いくらなんでも安すぎますわ。

 イワクつきじゃないでしょうね。

 金縛りにあうとか、前の住人が亡くなったとか!」

 

「そうですかね?

 まあ、沖縄は物価安いですから

 1ヶ月3万円の物件とかも、普通にありますよ」

 

「そ、そうなんですの。

 ほっとしましたわ。怖いの苦手だから…

 幽霊が出たらと思うと…ブルブル」

 

「大きいゴキブリは出るかもしれませんね。

 沖縄のゴキブリはおっきいですから」

 

「ちょっと! そんな話はやめてくださいまし!」

 

六花

「沖縄のゴキブリは殺虫剤をはじくんですよー」

 

「い、いやー!」

 

霜花

「ホウサン団子を串に刺して食べるんですよー」

 

「やめてー!」

 

六花

「新聞紙を吸い込むんですって」

 

霜花

「瞬間移動が得意なんですって」

 

風花

「もう沖縄行くのやめますわ…」

 

部下たちに冗談を言われ、涙目になりながら、うつむく風花。

 

六花

「…という冗談はさておいて」

 

霜花

「え。冗談だったんですか、六花」

 

六花

「冗談だよ! そんなゴキブリいるわけないでしょ!

 瞬間移動とか新聞吸い込むとか、ありえないって!

 風花様も、ふるえすぎ! 冗談を真に受けすぎ!」

 

風花

「がたがたぶるぶる、がたぶるぶる」

 

風花は唇を青くして、体育座りし、部屋の隅で震えていた。

 

六花

「風花様、ふるえすぎですよ」

 

風花

「…という冗談はさておいて」

 

風花は、すっと立ち上がった。

 

六花

「え!? ええ!?」

 

風花

「ひっかかりましたわね。

 沖縄のゴキブリくらい、すでにリサーチ済みですわ。

 瞬間移動なんてするわけないでしょう」

 

六花

「沖縄のゴキブリを事前にリサーチする意味は

 あるのでしょうか…?」

 

霜花

「ゴキブリ愛(ラブ)」

 

六花

「あっ、そう…」

 

霜花

「という冗談はさておいて」

 

六花

「わかってるわよ!」

 

霜花

「という冗談はさておいて」

 

風花

「という冗談はさておいて」

 

六花

「もうっ! 2人とも、やめてくださいよ!」

 

厚雪

「…あいつら、なんか楽しそうだな」

 

3人の様子を、ドアの隙間からのぞく厚雪さん。

指をくわえながら、うらやましそうな表情だ。

 

 

 

 

【ピンチとウソ】

 

厚雪

「おい、お前たち。

 さっき沖縄がどうとか言ってたが、

 何を話してたのだ」

 

厚雪は、部屋のドアを開け、入り、風花たちの話に割り込む。

 

六花

「あ、厚雪様…」

 

霜花

「ゴキブリ愛の話です」

 

六花

「そ、そうそう。

 ゴキブリの話ですよ、ゴキブリ」

 

沖縄へ行くことが厚雪にばれたら、

風花にとってまずいだろう。

そう判断した六花は、ゴキブリの話だと言って

適当につくろった。

 

霜花

「という冗談はさておいて」

 

六花

「霜花! バカ!

 さておかなくていいの!

 ここはウソでもゴキブリって言うの!

 …あっ」

 

失言したことに気づく六花。

しかしもう遅い。

 

厚雪

「…ウソでも?」

 

風花

「ほ、ほほほ、厚雪様。

 な、何の御用でしょうか!?

 沖縄へ行くとはヒトコトも言ってませんわ!」

 

風花は動揺し、目を泳がせる。

自分から「沖縄」というフレーズを出したことに気づかない。

 

厚雪

「…沖縄へ行くんだな?」

 

鋭く冷たい視線が、風花を射抜く。

 

 

 

 

【カニピース】

 

六花

「お、沖縄に行くのは風花様ではなく、

 私なんです!」

 

厚雪

「ほう?」

 

六花

「沖縄には魚介類が豊富なので、

 魚やカニを取りに行くつもりだったんです!」

 

霜花

「かにかにー」

 

霜花は両手をチョキにして、カニのように横歩きしだした。

そして厚雪のまわりをくるくる回りだした。

 

厚雪

「……」

 

六花の目を見る厚雪。

目の焦点が、まっすぐに、あさっての方向を向いている。

 

なんという苦しい言い訳だろう。

六花の言っていることはウソだろうと厚雪は考えた。

 

六花

「あ、厚雪様。

 ウソだと思ったら、私の目を見てください」

 

厚雪は、すでに見ているよ、と思い、心の中で苦笑いした。

だが、六花のあわてぶりを見て、少しからかってやろうと思い、

ひざを折り曲げ、顔を近づける。

 

厚雪

「よいぞ」

 

六花

「……」

 

厚雪は、六花の目と鼻の先まで顔を近づけ、目をじっと見た。

六花の吐息が少しだけ、厚雪の鼻先にかかる。

 

六花

「ひっ」

 

六花の目にうつる厚雪の顔。

 

肌は真っ白く、頬がほのかに赤く、目は黒々としている。

六花は、自分が厚雪に吸い込まれるのではないかと感じ、

恐怖をおぼえ、思わず目をそらしてしまった。

 

厚雪

「目をそらすな。

 ウソかどうか、よくわからんぞ」

 

期待通りの反応だ、と厚雪はかすかに笑みを浮かべた。

 

六花

「す、すいません。

 お顔が……近かったもので」

 

六花は、気が動転しているのか、目をあちこちに動かす。

 

霜花

「かにかにー」

 

霜花は、さっきから厚雪の周りをカニ歩きしながら

うろついていた。

ちょこちょことうろつく霜花を見て、かわいらしいと思ったのか、

厚雪は微笑んだ。

 

霜花

「では、厚雪さま、

 わたしの目も見てみてください」

 

厚雪

「んー? どれどれ」

 

厚雪は、小さな霜花に近づき、腰を落とし、

霜花の顔のある高さに合わせる。

目を、じっと見る。

どんなことをしてビックリさせてやろうかと考えながら。

 

が、そんな考えもあっさりと消えていく。

霜花の目を見ていると、いたずら心がすっきりと洗われていくような

感覚を感じた。

 

厚雪

「お前は、相変わらずきれいな目をしている。

 ウソか本当か、そんなことはどうでもよくなるな」

 

霜花

「そうでしょうか」

 

厚雪

「そうだとも」

 

霜花

「では、今度は、おててを見てください」

 

霜花は、チョキの手を、厚雪の顔の前にもってくる。

 

カニやハサミといった硬いチョキではなく、

芽吹いたばかりの双葉のような、やわらかなチョキ。

 

厚雪

「ん? おててがどうかしたのか」

 

厚雪は、やわらかなチョキを、そっと指でさわろうとした。

 

ああ、なんだか嫌な予感がしますわ。

厚雪様、御愁傷様。

横で見ている風花は、厚雪の不幸を願いながらも、冥福を祈った。

 

霜花

「とう」

 

霜花のチョキは、厚雪の両目に飛んでいくのだった。

 

 

 

 

【厚雪の不幸】

 

厚雪は、部屋中をのたうちまわっていた。

顔を両手でおさえている。目に指をさされた。

痛くてたまらず、のたうちまわる。

 

「いたたたた! 目が! 目が!」

 

厚雪は、不意打ちした相手を恨むより先に、目が痛くて仕方なかった。

 

「やった、ピース」

 

霜花は、勝ち誇ったように言うと、厚雪を突き刺したチョキを、

天井に向かって突き出した。

 

「風花様、六花。今のうちです。どこかへ逃げましょう」

 

「小さいくせに、よくやりますわ」

 

風花はあきれつつも、自分の身の回りのものが入ったカバンを

肩にひっさげた。

 

「わ、わわわ。私、まだ何も準備してないです。

 今から逃げよといわれても…」

 

六花は、沖縄へ行く準備は何もしていない。

さっきまでパソコンで物件を調べていたから、何も準備できてないのだ。

 

「六花、準備に時間かかりそう?」

 

「はい、申し訳ありません」

 

「困りましたわね。

 …そうですわ」

 

風花は、自らのカバンを開けると、ロープを取り出した。

ひと一人は余裕で縛れるであろう長さだ。

 

「縛りましょう!」

 

「風花様、ロープなんて沖縄に持っていって、何に使うつもりだったんですか」

と六花は疑問に思ったが、聞いてはいけないことだと思い、

口にはしなかった。

 

 

 

 

【ぐるぐる巻きの厚雪】

 

「お前ら、こんなことをして、ただで済むと思うなよ」

 

呪いの言葉を発するような低い声で、厚雪は負け惜しむ。

その姿はとても無様で、布で目隠しされたうえに、

手足をロープで縛られ、床に転がされている。

今、彼女にできることは、恨み言を吐き続けることだけだ。

 

だが、やがてそれもできなくなる。

ガムテープが、厚雪の口をおおった。

 

「ふぅ、これでいいですわ」

 

「厚雪様、なんと痛ましい状態に…

 後が怖いですね」

 

六花は、元から白い顔を、さらに青白くして、震えていた。

 

「六花、早く準備をなさい。

 厚雪様がロープを解く前に」

 

「は、はい」

 

風花に急かされ、六花はタンスや棚をひっくり返し、自分の身の回りのものを

カバンに詰め込んでいく。

 

「つんつん」

 

霜花は、床に転がってて動けない厚雪の頬を、小さな人差し指でつっつく。

つっつく。つっつく。ついついつっつく。

つっつく。つっつく。ついついつっつく。

つっつく。つっつく。ついついつっつく。

 

「こちょこちょ」

 

霜花は、床に転がってて動けない厚雪のわき腹をコチョコチョくすぐる。

声も出せない厚雪は、ぴくんぴくんと身体をよじらせるだけで、

他には何もできなかった。

 

「こら、霜花。

 厚雪様をぞんざいに扱ったらダメですわよ」

 

「はーい、風花様」

 

「風花、お前が言うな」と厚雪は心の中で突っ込んだ。

 

 

 

 

【追っ手、参上】

 

厚雪が部下により解放されたのは、

風花たちが去って1時間以上も経過したあとだった。

 

「うぬぬ、あいつらめ。

 どこへ行ったのだ。

 枯野! 何か知らぬか」

 

声を荒げる厚雪。肩をわなわな震わせながら、

部下の雪女「枯野」に、風花たちの行方を問う。

 

「荷物をもった風花たちが、外へ出て行く様子を

 複数の者が目撃しております。

 おそらく、厚雪様のおっしゃるように

 沖縄へ向かっているものかと」

 

「やはりな。

 枯野よ、空港へ急げ。

 もし沖縄へ渡っているのであれば、

 沖縄まで追いかけよ」

 

「はっ。かしこまりました」

 

「沖縄に到着したら、

 風花たちが白雪を捕まえぬよう、

 監視するのだ。

 なんとしても、風花の手柄にさせるな」

 

「かしこまりました。

 では早速」

 

枯野は背を向け、厚雪の前から去ろうとした。

 

「ちょっと待て」

 

「何でしょうか」

 

「沖縄は暑いから気をつけて。

 日傘は必需品だぞ」

 

「はい」

 

枯野は背を向け、厚雪の前から去ろうとした。

 

「もう1回、ちょっと待て!」

 

「…何でしょうか?」

 

「せっかくだから、

 沖縄のおみやげを買ってきてくれ。

 ほら、買ってほしいおみやげリストだ」

 

「…はい」

 

厚雪から渡されたリストには、大小さまざまなお土産の名前が、ビッシリ。

アリの大群が、紙に群がっているかのように、

お土産の名前でリストは黒々としており、ブラックリストと化している。

 

枯野は、どうやってこんなに調べたんだろうとあきれるのだった。

 

「どうだ? なかなか良さげなオミヤゲばっかりだろう?

 このお菓子とか、この肉とか、泡盛もなかなか…」

 

「…それはよろしいのですが、

 どれくらいの頻度でおみやげを送ればよろしいでしょうか」

 

「月に2〜3度で頼む」

 

厚雪は、右手の指を、2本立て、3本立て、枯野に見せ付ける。

 

「かしこまりました」

 

枯野は、無表情で、淡々とした口調で、

厚雪から言われたことを忠実に守るべく、

メモ帳を取り出し「月に2〜3度」と記入した。

 

 

 

 

【沖縄に到着した風花さん】

 

「沖縄に着いたのはいいですけど、やっぱり暑いですね」

 

「まあまあ。

 こうして無事に沖縄にたどりつけたわけだし、

 さっそく、アパートに向かいましょ!」

 

那覇空港をあとにした風花ご一行は、

モノレールに乗って、とある住宅街に到着し、しばらく歩いていた。

しかし、右を見ても左を見ても、何回まがり角を曲がっても、

アパートは見えてこなかった。

荷物を持つ手がひりひり痛んでくる。

日差しが肌をじゅうじゅう焦がしていく。

 

平たい道を歩いているはずなのに、すべてが上り坂のように感じる。

足が重い。

 

「六花。

 ほんとうにこの道であっていますか?」

 

霜花は、自分の今進んでいる道が、正しいのか疑問をもち、

六花にたずねる。

 

「おっかしいなー。

 たしかこのへんだと思うんだけど」

 

先頭を歩く六花は、顔中に汗をにじませながら、

あたりをきょろきょろと見回す。

しかし目的のアパートは見当たらなかったのか、

肩を落とし、ため息をつくばかりだ。

 

「まよったっぽいですね。

 どうしましょう、風花さ…」

 

「ほほほ、ほほ、ほほほ」

 

風花の目は、青空のはるか向こうを見つめたまま、

機能を停止させていた。

光ない、灰色の目。

両手はだらしなくブラリと垂れ、両足はひらひらと頼りない。

 

「風花様、いったいどうしたのです!

ギャグもないのに笑うだなんて!

 お気をたしかに!」

 

六花は、風花の両肩をつかんで、ユッサユッサゆらす。

かくんかくん。

風花の首が、むなしく前後にゆれるだけ。

 

風花

「ほほほほほ、ほほほほほほ」

 

霜花

「思い出し笑いですか、風花様」

 

六花

「盛大な思い出し笑いね…」

 

六花は、ため息をつき、あきれるのだった。

 

 

【こわれた風花】

 

「ほほほほほ」

 

「風花さま、こわれました」

 

「きっと暑さにやられたのね…。

 気温、30度超えてそうだし」

 

「ユキオンナは暑さによわいですから…」

 

「わたしたちは比較的、平気よね、霜花?」

 

「としが、若いから、へいきです」

 

「なるほど年齢か」

 

六花と霜花は、そろって風花を見る。

 

「ご老体は、暑さに気をつけないと」

 

「ご老体がなんですって!?」

 

風花の目に光が戻った。

 

「あ、復活した」

 

少し感心する六花。

 

 

 

 

【風花、スーパーで涼む】

 

「風花様、無事でよかったです。

 このまま、アスファルトの真ん中で

 ひからびてしまうところでしたよ」

 

「ところで六花。

 アパートは見つかったのかしら」

 

「探し中です」

 

「ほほほほほ」

 

風花は再び、目から光を失い、閉じた世界へと旅立つ。

 

「風花さま、お休みしましょう。

 ほら、あっちに涼しそうなお店が」

 

霜花は、風花の手をにぎると、とてとてと

スーパーの方角へ歩き出す。

つられて、ふらふらと風花もひっぱられる。

 

「あ、まってください、二人とも!」

 

六花は、さきゆく二人を追いかける。

 

スーパーに入る。

 

平日の昼間ということもあり、

客も少なく、店内BGMだけが一人静かに、にぎわっていた。

 

店内に入った瞬間、肌にひんやり涼しい空気がふれる。

 

「ふぅ、なんかすずしいですわね」

 

ほほほと笑っていた風花も、正気を取り戻したのか

普通に話しだした。

 

「れーぼーがきいてますからね」

 

「ほんとうですわ。

 あー、これで、冷たーいスイカでもあったら最高ですわね」

 

「ありますよ、スイカ」

 

指差す先には、スイカが置いてあった。

 

「あ、ほんとですわ。

 さすがスーパー。スイカもこんなにたくさん…

 でもダメですわ。

 私たち、まず家を探さないと」

 

「そうですね」

 

「ん? なんか、店内が静かになりましたわね」

 

「店の音楽が止みましたわね?」

 

「れーぼーも止まりました」

 

ぴんぽんぱんぽーん。

店内アナウンスが流れ始める。

 

「お客様、申し訳ありません、

 ただいま設備が壊れまして、BGMと冷房が止まっております」

 

「ほほほほほ」

 

冷房がぶっこわれたせいで、店内に熱がふつふつ湧き始める。

風花はまた壊れるのだった。

 

「スイカはやすいかー

 なんちゃって」

 

安いしゃれで、涼しくしようとする霜花。

 

「さむっ!」

 

六花だけは涼しくなったという。

 

 

 

 

【すいかの大きさの…】

 

「すいかはうすいかー」

「すいかは見やすいかー」

「すいかは食べやすいかー」

 

霜花は、必死に涼しくしようとする。

しかし、六花が「寒い」を連呼するだけ。

風花が復旧する見込みはない。

 

「ほっ、ほほほ、ほほ」

 

笑ったまま、よろける風花。

足がつまずく。倒れそうになる。

受け止める者はいない。

 

あえて受け止めるものがあるとしたら、真っ平らな硬い床。

クッションなどという気の利いたものはない。

 

「風花様! あぶない!

 床に倒れてはダメです!

 ケガしますよ!」

 

床が、風花を優しく受け止めることはない。

骨の悲鳴がとどろこうとしていた。

 

ぶにょり。

風花は、頭のうしろに、やわらかさを感じた。

モチのようなやわらかさだった。

ずぶずぶと、モチに吸い込まれていく風花の頭。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

風花のおでこのすぐ上あたりから、女性の声が聞こえる。

 

「ふあ?」

 

風花はぼんやりとした意識の中で、

声の主が誰であるかつきとめるため、目を開く。

 

そこには、女性の顔があった。

さかさまの、女性の顔がうつっている。

 

「だ、いじょぶ…じゃないですわ。

 え? いま、私どうなってるんですの?」

 

頭のうしろに当たっているモチが

いったい何なのか、風花は気にしていた。

 

「すいか…」

 

霜花は、目の前の光景を見て言った。

正確には、目の前の女性の身体を見て、言った。

 

「え!? な、何がスイカですの!?」

 

「あ、あの。すいません、そろそろ頭をどけてください…

 恥ずかしいので…」

 

女性は顔を赤くする。

 

「へ?」

 

風花は状況を理解できず、目をきょろきょろ動かす。

 

「おっぱいまくらです、風花さま」

 

「ええっ!?」

 

霜花の「おっぱいまくら」で、

風花は頭のうしろのモチが何であるかを理解した。

そして、飛び上がり、体勢を立て直す。

 

振り向くと、片乳だけで、スイカぐらいの大きさはある、

巨大なおっぱいがあった。

おっぱいの主である、その女性は恥ずかしそうに苦笑いしている。

 

おっぱい女の持っている買い物カゴには、

オムツや育児用品が入っていた。

 

 

 

 

【実はアパート管理人】

 

風花たちは、おっぱい女に、アパートへの道を聞くことにした。

 

「道に迷ってらしたのですね、それはたいへんでしたね」

 

「アパートを探していますの。

 このあたりなんですけど…

 知りません?」

 

「アパートですか。

 アパートならこの辺にたくさんありますよ」

 

「たくさんあるから、迷っているのですわ。

 探しているのは、このアパートですのよ。

 ほら、この紙をごらんなさい」

 

「あら?

 すいません、その紙、ちょっと貸してください」

 

「はい、どうぞ」

 

「このアパート…。

 私のアパートですよ」

 

「へ? どういうことですの」

 

「私、このアパートの管理人をやってます」

 

「ええー!?」

 

 

 

 

【子だくさん】

 

風花たちは、スーパーを出て、アパートへ向かう。

 

「ここで会ったのも何かの縁ですね。

 アパートまで案内します。

 私、千裕(ちひろ)といいます。

 よろしくお願いします」

 

「助かりますわ。千裕さん。

 六花、霜花、行きますわよ」

 

「はーい」

 

霜花はそう答え、とてとてと、風花の後ろにくっついていく。

 

「よかったですね、アパート見つたどりつけそうで」

 

六花は、ほっとする。

 

「千裕さん、荷物をお持ちいたしますわ。

 こんなにたくさん、重いでしょう」

 

千裕の両手には、大きなスーパーの袋が4つほどにぎられていた。

 

「まあ、ありがとうございます。

 じゃあ、この袋を持ってください」

 

「わかりましたわ。この袋ですわね」

 

「お願いします」

 

「千裕さん、お子さんがいらっしゃるので?

 この袋、紙オムツがいっぱい入ってますわ」

 

風花が話題を切り出す。

 

「赤ちゃんが10人います」

 

「へ!? じゅ…10人?

 こ、子だくさんですのね。

 夫は大変ですわね」

 

「夫?

 わたし、夫はいません」

 

「…は? 夫がいない?

 赤ちゃんは10人もいるのに、夫がいない?」

 

風花の頭で、いろんな想像がぐるぐると回りだす。

赤ちゃんが10人もいるのに、夫がいないとはどういうことだろう。

 

(夫がいない理由を聞いていいのかしら。

 初めて会った人に、そんなこと聞くのはちょっと…

 でも気になりますわ。

 もしかして、夫じゃなくて恋人だと言いたいのかしら?)

 

(10人の子をもうけても、結婚しないのは

 何か理由があるに違いないですわ。

 実は兄や弟とよからぬ関係をもったとか。それじゃ結婚できませんわね。

 または、とんでもない遊び人で、別の女ともうけた子供を、

 千裕さんにおしつけているのですわ。

 そうでなければ、10人も赤ちゃんがいるはずがないですわ)

 

「託児所ですね!

 託児所は赤ちゃんがいっぱいいますし」

 

六花が言う。

 

「まあ、そんなものです」

 

千裕は、にっこり微笑みながら答える。

 

「た…託児所…ですって?

 心配して損しましたわ」

 

タブーでも遊び人でもなんでもない。

風花は、己の想像力の豊かさを呪った。

 

「風花さまは、よからぬドラマや漫画の見すぎです」

 

霜花が突っ込む。

 

「いつ私の心を読んだんですの!?」

 

 

 

 

【人間じゃない(乳の大きさが)】

 

「そんなに赤ちゃんが多いと、おっぱいをあげるのも

 大変でしょうね」

 

「ええ、まあ。

 おっぱいをあげるのは大変なので、

 哺乳ビンを10本使っています」

 

「おほほ、そうですか。

 いくら人間離れした大きな乳を

 持っているとしても、

 さすがに10人同時授乳は無理ですわよねー」

 

「人間離れした乳、ですか。

 たしかにそうですね…。

 この大きさは、人間じゃないですよね」

 

「ご、ごめんなさい。

 私ってば、つい失礼なことを」

 

「いいえ、いいのですよ。

 私、人間じゃありませんから」

 

「え? 人間じゃないってどういう」

 

「私、『ちーのうや』(乳の親)という者です。

 人間じゃありません。妖怪です」

 

「なっ、何ですって」

 

「あなたたちも、どうやら人間ではないようですが?」

 

「み…見抜かれてますのね。

 私たちが雪女たちであることを。

 さすがですわ」

 

「あれ? 雪女? 座敷わらしじゃなくて?」

 

「どこをどう見たら、わたし達が座敷わらしに見えるのかしら」

 

「そうですよー、私と霜花ならともなく

 風花様は絶対ちがいますよ。年齢がね」

 

「六花、あとでアパートの裏に来なさい」

 

風花は冷たく言い放った。

 

 

 

 

【見られてる】

 

「ん?」

 

アパートへの道中、千裕は突然、後ろを振り向いた。

視線の先は、電柱。

 

「どうしたのです、千裕さん。

 電柱なんか見て」

 

「今、誰かに見られたような気がして。

 あの電柱の後ろから」

 

「どれどれ、確かめてみますわ。

 あの電柱ですわね」

 

風花は電柱の後ろに回りこむが、誰もいないし、何もない。

 

「何もありませんわ。

 気のせいでしょう」

 

「うーん…。

 最近、変なんですよね。

 昨日も同じことがあったんですよ。

 ずっと、誰かに見られている気がして。

 でも確かめてみると、誰もいない。

 不思議です」

 

「育児ノイローゼでしょう。

 10人も赤ちゃんを育てていたら、おかしくなりますわ」

 

「そうかしら…。

 20人育てていたときは、何もなかったのに」

 

「に…20人って…。

 あなた、何人育ててますの」

 

「じーっ」

 

「ま、また変な視線が!?」

 

視線が、千裕の豊かな胸に突き刺さる。

千裕は両手で胸を隠した。

 

「霜花! 変なところをじろじろ見ないの!」

 

六花が霜花に注意する。

霜花は、さっきからずっと、千裕の胸ばかりを見ていた。

 

「すいません。

 つい見てしまいました。じろじろ」

 

「謝りながら見ないでよー、もう。

 霜花ったら。じろじろ」

 

「注意してるくせに、六花も変なところを見てますね。

 じろじろ」

 

「あなたたち、本当に失礼ですわね。

 千裕さんに怒られますわよ。

 …チラ、チラ」

 

と言いつつ、風花も六花も、横目で遠慮せず見る。

 

「み、皆さん、アパートへ急ぎましょう…」

 

三方向から見られるのが嫌になったのか、

千裕は、胸を隠しながら、ツカツカと早歩きしだし、

アパートへの道を急いだ。

 

 

【千裕さんの正体と、悲鳴】

 

アパートの一室にたどりついた風花たちは、

荷物の整理をしていた。

荷物の整理が終わるころには、夕方が近くなってきた。

窓から、オレンジ色の日差しが入ってくる。

 

「よかったですわね、部屋にたどりつけて。

 太陽にあたりすぎて、干からびてしまうかと思いましたわ。

 ん? 何をしているんですの、六花」

 

「千裕さんのことを調べてたんですよ」

 

「千裕さんのことを? どうしてまた?」

 

「千裕さん、さっき自分のことを『ちーのうや』だと言っていた

 じゃないですか。

 何者かと気になって調べてみたんです」

 

「ほうほう」

 

「漢字で書くと『乳の親』。

 おっぱいの大きな乳母さん妖怪ですね。

 亡くなった赤ちゃんのタマシイをお世話しているようです」

 

ノートに、「乳の親」と書いてみせ、ちーのうやが何者であるか解説する。

 

「そうなんですの。

 人間離れしたおっぱいだと思ってましたが

 やはり妖怪なんですのね」

 

「千裕さん、下着はどうしてるのかしら。

 人間の着けているものでは、きっと無理ですわ」

 

スイカみたいな片乳を思い出す。

そんな大きさのブラを、風花は見たことがない。

 

「もしかして、

 つけてないんじゃないですか。下着。

 合うサイズがなくて」

 

「な、なんですって!?」

 

「風花様、鼻血が」

 

「ティッシュティッシュ」

 

風花が鼻血を出すそのとき、「きゃー!」という悲鳴が聞こえてきた。

 

「な、何の声でしょうか!?」

 

霜花がびくっと反応する。

 

「千裕さんの声ぽかったですね。

 隣の部屋からみたいですけど…」

 

六花は、不安そうな表情で、隣の壁を見つめた。

 

「何か起きたんですわ! 行ってみましょう!」

 

鼻血をだらだら流したまま、シリアスな表情の風花。

 

「風花様、とりあえず鼻血をふいてください」

 

霜花はティッシュを差し出す。

 

 

 

 

【惨劇の部屋】

 

悲鳴のあった部屋にやってきた風花たちは、ひどい光景に唖然とした。

 

六花

「こ、これはいったい!」

 

風花

「え、液体でまみれてますわ…

 部屋中ぜんぶ」

 

六花

「誰がこんなむごいことを…」

 

思わず目を背ける。

部屋のありとあらゆるものが、白い液体にまみれ、濡れていた。

 

部屋の奥では、ぎゃあぎゃあと、赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。

ただならぬ事態に、赤ちゃんたちも驚いているのだろう。

部屋中に響く音量で、泣き出している。

 

霜花

「ぺろぺろ」

 

霜花は、白い液体を舌で舐めた。

 

風花

「霜花! そんなえたいの知れない

 液をなめてはいけませんわ!」

 

霜花

「この液体…甘いです」

 

風花

「甘い?」

 

霜花

「ミルクみたいな味がします」

 

風花

「ミルク? どういうことかしら。

 ぺろり。

 あ、甘いわ。たしかにミルクですわね」

 

風花は、壁についた白い液体を、指ですくいとり、舐める。

 

千裕

「それは私の乳です」

 

風花たちの後ろから、千裕が姿をあらわした。

 

風花

「千裕さん!?」

 

 

 

 

【事件発生】

 

風花

「千裕さん!?

 どうしたんですの、そのかっこう!

 真っ裸ですわ!」

 

千裕は、一糸まとわぬ姿だった。

モチのような白く豊かな胸を、惜しげもなく、さらけ出している。

 

さらけ出された肌からは、水滴がタラリと滴り落ち、

長い髪はびっしょりと濡れていた。

 

千裕

「シャワーを浴びてたら、赤ちゃんの鳴き声が

 たくさんあがって…。

 ただごとじゃないと思って来てみたら、

 黒い人影が、赤ちゃんをさらっていったんです」

 

風花

「赤ちゃんがさらわれた!?」

 

六花

「風花様、赤ちゃんが9人しかいません。

 1人だけいません!」

 

六花は、赤ちゃんの人数を数え、1人たりないことに気づく。

 

風花

「なんですって!

 でもこの乳は…

 部屋中が乳まみれですわ」

 

千裕

「犯人に、乳をふきかけたんです。

 私の、お……おっぱいをしぼって」

 

頬を赤らめて答える。

 

風花

「どうしてそんなことを」

 

千裕

「犯人をひるませるためです…。

 でも、犯人は乳まみれになったまま、逃げていきました。

 赤ちゃんがさらわれるなんて…。

 くやしいです」

 

唇をかみ締める。

 

風花

「千裕さん、そんなに気を落とさないでくださいまし。

 犯人を見つけることは、思ったよりも簡単そうですわ」

 

千裕

「え?」

 

風花

「ほら、床を見てください」

 

千裕

「あっ! 床に乳のあとが続いてます!」

 

床を見ると、白い液体がずっと、部屋の外まで続いている。

 

風花

「この乳のあとをたどっていけば、

 犯人は簡単に見つかりましょう。

 あきらめるのは早いですわ」

 

千裕

「はい! 追いかけましょう!」

 

六花

「犯人を追いかけるのはいいですけど、

 とりあえず服を着ましょう」

 

千裕

「は、はい…そうですね」

 

霜花

「じろじろ…。すごく大きいです」

 

六花

「霜花! 変なところをじろじろ見ない!」

 

霜花

「じゃあさわります」

 

千裕

「きゃあ!?

 だ、だめよ、霜花ちゃん。

 突然さわっちゃ。

 びっくりするでしょう」

 

六花

「霜花! 触るのもダメ!」

 

霜花

「じゃあ吸います」

 

六花

「やめなさーい!」

 

 

 

 

【乳をたどれば】

 

噴射された白いお乳は、千裕の部屋から、ずっとずっと遠くの

アパートの外へ続いていた。

 

たどってみれば、人のいない、さみしい廃屋裏だった。

風花と千裕は、犯人を探し回る。

 

ちなみに、霜花と六花は、残る9人の赤ちゃんを世話するため部屋に残っていた。

 

「お乳が途切れてますわ。

 きっと、この建物の裏まで逃げてきたんでしょう」

 

「はぁ、はぁ…

 疲れました…

 ずいぶん、さみしい、場所ですね」

 

「赤ちゃんをさらった犯人に告げます!

 いるのなら出てきなさい!」

 

「ここにいるわ」

 

建物の黒い影から、姿をあらわにし、うっすらと登場する。

大人の女性。その手には、赤ちゃんが抱かれている。

髪や手には、まだ白い液体がついたまま。千裕のお乳だ。

 

「お出ましですわね」

 

「あ、赤ちゃんをかえしてください」

 

「いやだわ」

 

ぎゅ、っと赤ちゃんを強く抱く。

 

「ちょっと! 赤ちゃんをそんなに強く抱いたらダメですよ!

 もっとやさしく!」

 

千裕は、声を大きくして、幽霊女に注意する。

 

「え、あ、はい、すいません…」

 

幽霊女は、千裕の注意の声に、少しひるんだ。

 

 

 

 

【疑惑の親子】

 

「見たところ、あなた、幽霊ですわね。

 どうして、幽霊なんかが赤ちゃんをさらいにくるのでしょうか。

 ワケを説明してみなさいな」

 

「この赤ちゃんは、私が産んだの」

 

「え?」

 

「この子と私は、親子。

 不幸な事故にあって、死んでしまって、離れ離れ。

 やっと会えた。うれしいわ」

 

「そうでしたの。

 てっきり、誘拐かと…

 疑ってごめんなさいですわ」

 

「こちらこそ、謝るわ。

 赤ちゃんをさらうようなマネをしたから」

 

「……」

 

千裕は、無言で幽霊女を見つめる。

 

「ちーのうやさん。

 赤ちゃんを世話してくれてありがとう。

 私、もう行くわ。

 あの世で、赤ちゃんと一緒に幸せに暮らす」

 

幽霊女は、赤ちゃんを抱いたまま、その場を立ち去ろうとする。

 

「待ってください!」

 

千裕は、去ろうとする女の前に回りこんだ。

 

「なにかしら…

 え!?

 あ、あなた、何をしているの!?

 いきなり服を脱ぐなんてどうかしてるわ!」

 

千裕は、服を脱ぎ捨て、上半身ハダカになると、

幽霊女におっぱいをつきつけた。

 

「私のおっぱいを、す…吸ってください!」

 

 

 

 

【すわせて、親子チェック】

 

「千裕さん、あなたいったい何を考えて…」

 

「吸ってください」

 

「ワケがわからないわ。どういうこと?」

 

「ほんとうに赤ちゃんの母親かどうか、

 たしかめたいのです。

 親子であると偽り、赤ちゃんを連れ去る方がいます。

 それを防ぎたいのです」

 

「おっぱいを吸うのとどんな関係があるの」

 

「ほんとうに親子であれば、おっぱいの吸い方が

 親と子で同じになるはずです」

 

「親子かどうかたしかめるってこと?」

 

「そうです」

 

「いいわよ」

 

「ずいぶん自信たっぷりですね」

 

「親子ですもの。

 おっぱいの吸い方くらい、似るわ」

 

幽霊女は、平然と言い放つが、内面では、

 

(おっぱい吸って親子かどうかたしかめる?

 バカげてるわ。ほんとうに。

 そんなことで、わかるはずがない。

 さっさと言うとおりやって、終わらせるわよ)

 

と思っていた。

 

わかるはずがない。

幽霊女は、心の中で、自信たっぷりの様子だ。

 

「私、左を吸うわよ。

 赤ちゃんは右を吸う。

 ほら、赤ちゃんを持って」

 

「はい」

 

千裕の右腕に赤ちゃんを抱かせ、幽霊女は、

左の乳房にゆっくりと唇を近づけると、ちゅうちゅうと吸い始めた。

幽霊女は、口の中に、あたたかな液体が流れ込んでくるのを感じた。

 

一方、右の乳房を、赤ちゃんが吸い始める。

 

「……」

 

千裕は、真剣な表情で、両乳房に吸い付く、

幽霊女と赤ちゃんをしっかり見比べる。

 

どれくらいの時間が経過しただろうか。

おっぱいを吸わせて、5分は経過しているだろうか。

 

千裕はなおも、真剣な表情で、おっぱいに吸い付く

2人を見比べる。

 

「で、わかったの?

 親子かどうか」

 

幽霊女は乳首から唇を離して、口をぬぐい、千裕に問う。

 

「はい、おっぱいの吸い方、しかと見届けました」

 

「そう。どうだったの?」

 

「あなたは、赤ちゃんの親じゃありません」

 

「なっ…

 何を証拠にそんなことを言うのかしら」

 

「おっぱいの吸い方がぜんぜん違います。

 あなたは、吸い方が荒い」

 

その瞬間、「おぎゃー!」と赤ちゃんが大きな声で泣き出した。

それに気を取られた千裕は、幽霊女への注意が一瞬とぎれる。

 

「スキあり!」

 

幽霊女は、千裕の油断を見逃さなかった。

幽霊女の腕はシュっとすばやく動き、千裕の右手から、赤ちゃんを奪い取る。

それは、バスケットボールを奪うかのような動きだった。

 

「油断したわね。

 赤ちゃんは渡さない」

 

「あ、赤ちゃんが! 返して!」

 

「あなたの言うとおり、私は赤ちゃんの親じゃないわ。

 ぜんぶ、ウソ。

 赤ちゃんの魂は、やわらかくて、甘くて、とてもおいしいの。

 だから、ずっと赤ちゃんを狙っていたのよ」

 

「なんてことを…

 許せない!」

 

「捕まえられるものなら、捕まえてみなさい」

 

幽霊女は、背を向け、奥の奥まで駆け抜け、逃げる。

 

「は、はやい…

 もうあんなところまで!」

 

「私が捕まえますわ!」

 

「風花さん!」

 

「冷気よ、あの女の足を凍りつくせ!」

 

風花は冷気の術をとなえ、幽霊女の足を凍らせ、動けないようにしようとする。

 

しかし、幽霊女に変化はない。

うしろ姿が遠ざかっていくだけだ。

どんどん、どんどん、逃げていく。

 

「あら? 術をとなえたはずなのに、

 何も起こらな…

 しまった!

 ここは沖縄。冷気の術は使えないんでしたわ!」

 

風花は、おのれの失策に気づき、がっくりとうなだれる。

いつものくせだ。つい、術を使いたくなる。

雪のない沖縄では、術が使えない。

そんな簡単なことさえ、すっかり忘れていた。

 

「風花さん、私にまかせてください」

 

千裕は、ずい、と風花より前に出る。

 

「え? どうなさるのですか、千裕さん」

 

「こうするのです」

 

千裕は、右手を右おっぱいに、左手を左おっぱいにもっていく。

そして、両手はそれぞれおっぱいをにぎりしめる。

 

「えっ、まさか…」

 

「止まってください!」

 

千裕のおっぱいから、大量の乳が噴射された。

どばぁーっと、お乳は地面を埋めつくしていく。

 

「な、なんなの、この白い液体!?」

 

幽霊女は目を丸くした。

自分の足元に、白い液体が、追いかけるように流れくる。

 

「きゃあっ!?」

 

幽霊女は、液体に足をとられ、つるっとすべる。

すべったその足は、バランスを取り戻すことなく、

無情に傾き、そして転ぶ。

 

幽霊女は、赤ちゃんをかばうように、背中から地面に倒れていく。

両手で抱えられた赤ちゃんは、無傷の様子だ。

 

「すごいですわ、千裕さん!

 お乳ですべらせて足どめするなんて、私には思いつきませんもの!」

 

「い、いえ…。

 ありがとうございます」

 

「あとは、私にお任せくださいませ!

 カンネンしなさいな、幽霊女!」

 

「あっ、風花さん! 待ってください!」

 

千裕の言うことも聞かず、風花は、倒れた幽霊女のもとに

かけよっていく。

 

風花の足が、地面のお乳にふれる。

 

つるり。

 

「あ、足がすべっ…、

 きゃあああ!?」

 

風花の足は、お乳ですべる。

顔から先に、地面に転ぶ。ドシン。にぶい音が響いた。

 

「か、風花さん! お乳ですべりますよ!

 だから止めたのに…」

 

「だ、大丈夫ですわ…

 ちょっと気を抜いてころんだだけですわ。

 見てなさいな、いまに幽霊女を捕まえ…ぐふっ!?」

 

鼻血をたらしながら、風花は立ち上がり、またすべる。尻もちだ。

 

「う、うう…いたたた…

 お…お尻をぶつけてしまいましたわ。

 あら?」

 

風花は、痛そうにお尻をさする。

そのとき、目の前で、何かが動いていることに気づく。

 

「あーうーうー」

 

赤ちゃんは、いつのまにか、幽霊女の手から離れ、

お乳の白い大海を、よちよち歩きしていた。

赤ちゃんの小さな手のひらに、白い液体がびちびちくっつく。

 

「ま、待ちなさい…

 くっ、身体が、すべって、思うように、

 動かない…!」

 

幽霊女は、赤ちゃんを捕まえようと、

お乳の大海をもがくが、手足がすべり、思うように動けない。

 

「あ、赤ちゃんが! 動いてますわ!

 ようし、いま、助けにいきますわよ。

 お待ちなさいな!」

 

「風花さん! そこを動かないで!」

 

「へ?」

 

「とうっ!」

 

千裕は、空高くジャンプする。

 

「ジ、ジャンプした!?

 いったい何をするつもりですの!?」

 

そして、幽霊女めがけて飛んでいく。

飛んでいくさなか、千裕は、言葉を発した。

 

「大きくなれ、わが乳よ!」

 

スイカの大きさだった乳は、さらにふくれあがる。

2倍、3倍、4倍、5倍…まだまだふくれあがる。

風船のように、ふくらんでいく。

 

「乳が大きくなった!?

 ちょっ…待って…

 まさか…」

 

幽霊女は、上空からせまりくる大巨乳を見て、

いやな予感を感じていた。

 

「こ、来ないで!

 いやああああ!!」

 

幽霊女は悲鳴をあげる。

 

上空から、おっぱいが落ちてくる。避けられない。

逃げる時間もなく、千裕のおっぱいに、

ずぶずぶと押しつぶされていった。

 

「うぐぐ…く、苦しい…

 はやく、そのバカでかい、おっぱいを…

 どけなさ…い…」

 

「赤ちゃんが安全なところに移動するまで、

 あなたを拘束します!

 お…おっぱいで!

 ああ、もう。恥ずかしい…」

 

おっぱいで幽霊女を押しつぶしたまま、

頬を紅潮させ、顔をそむける千裕。

その横を、赤ちゃんがよちよち歩きで、通り抜けていく。

 

「ぐふっ、息ができない…死ぬ…」

 

幽霊女の白い顔が、青くなっていく。

超巨大おっぱいにおしつぶされ、息も絶え絶えだ。

 

「やりましたわね、千裕さん!

 私たちの勝利ですわ!」

 

「風花さん、赤ちゃんを確保してください!」

 

「お任せになって!

 さあ、赤ちゃん! こっちへ来なさい!」

 

風花は、尻もちをついた状態から立ち上がろうとする。

しかし。

 

「あれ、また足がすべ…

 うぼふっ!」

 

またしてもお乳ですべり、後頭部を地面にぶつける。

 

「風花さん!

 風花さん!?

 おきてください!

 風花さーん!」

 

千裕が呼びかけるも、風花の意識はうすれていくのだった。

 

 

【一方そのころの霜花と六花】

 

一方、そのころ、アパートでは

霜花と六花が、乳まみれの部屋の掃除をしつつ、

残った赤ちゃんたちの世話をしていた。

 

赤ちゃんたちは、育ての親である千裕がいないせいか、

泣き出し、止まらなかった。

 

「赤ちゃん、泣きやみませんね」

 

「あーあ、はやく千裕さん帰ってこないかなぁ。

 あやしても泣きやまないし…」

 

六花は、心底まいったという表情をした。

 

「おっぱいを吸わせれば泣きやみますか」

 

霜花は、自分の服の胸元を開けようとする。

 

「霜花! やめなさい!

 というか、お乳出ないでしょ!」

 

「六花なら出ますか?」

 

「私も出ません!

 もう、どうすれば泣きやむのかなぁ…

 そうだ、オムツを替えてみよう」

 

六花は、特によく泣く赤ちゃんを見つけると、

オムツをはずしていく。

 

「ええっと、こうやってオムツをはずして…よし」

 

六花は、赤ちゃんのオムツをはずした。

 

その瞬間、六花の顔に、あたたかな液体がかかった。

 

「ちょっ…なんでこんなときにかぎって

 おしっこを! きゃあっ!」

 

赤ちゃんのおしっこは元気よく、噴水のように噴きだす。

六花の顔から肩、胸元にかけて、黄色い液体で汚れていく。

六花のガマンは、限界をむかえるのだった。

 

「もういやぁ、うわああああん!」

 

六花は泣き出す。六花に合わせるかのように、

まわりの9人の赤ちゃんもいっせいに、強く泣き始める。

修羅場だ。

 

「赤ちゃんが増えました。

 おーよしよし」

 

霜花は、つまさきたてて背伸びしながら、

六花の頭をやさしくなでた。

 

 

 

 

【六花は赤ちゃん】

 

「赤ちゃんにはミルクをあげないといけませんねー」

 

そう言うと、霜花は、六花の口に、哺乳瓶をおしこんだ。

 

「むぐっ!?」

 

いきなり口の中にモノを入れられて、六花は声も出せず驚く。

 

「オムツも替えまちょうねー」

 

霜花は、六花のスカートに手をかける。

 

「むぐむぐ!」

 

やめなさい、と言いたい六花だったが、

哺乳瓶をくわえさせられているため、

何もいえない。

 

「ただいまーですわ。

 あー大変な目にあいましたわ…」

 

風花と、赤ちゃんを抱いた千裕が、部屋のドアを開け、帰ってきた。

 

「皆さん、赤ちゃんは無事取り返しました。

 ご協力ありが…」

 

「あー、風花様、千裕さん、おかえりです」

 

「むぐむぐ!」

 

風花と千裕の目の前には、哺乳瓶をくわえ、スカートを脱がされかけてる

六花の姿があった。

脱がされかけたスカートのはしっこから、白い布が見える。

 

「あ…あなたたち、何をしているんですの…?」

 

疑惑の目をむける風花。

 

「ごっこ遊びです」

 

「ちがーう!」

 

六花は、哺乳瓶をぷっと吐き出すと、苦しい弁解をはじめた。

 

 

次回に続く!

 

 

-3ページ-

 

【おまけ】

【あとがき】

読んでくださった皆様、ありがとうございます。

お楽しみいただけたでしょうか。

 

ちーのうや(乳の親)、という妖怪がいるということ自体、

最近まで知りませんでした。

「沖縄にこんな妖怪がいたのか!」と驚くばかりです。

 

作中では、ちーのうやさんに、少しむちゃくちゃなことをさせてしまいました。

おっぱい吸わせるとか、お乳をしぼりだすとか。

本当にひどいですね。

でも、ちーのうやを小説で書くことができて、面白かったです。

 

風花さん。霜花、六花。

この人たちは、今回が初登場です。

今後、どうやって白雪たちとからめていこうか、楽しみです。

 

以上

説明
【あらすじ】

「部屋中が乳まみれですわ!」

雪女「風花」は、白雪を捕まえるため、沖縄へ移住した。
移住先で、部屋中が乳まみれになるという、奇妙な事件に遭遇。
風花は、無事、事件を解決できるだろうか。

南の島の雪女 第6話「ちーのうや(乳の親)」、はじまりはじまり。

※今回はおっぱいとか出てきます。ちょっとえっちい描写があります。苦手な方はご注意を。
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南の島の雪女 沖縄 雪女 妖怪 コメディ 

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