マンジャック #7 |
マンジャック
第七章 霧中の果て
急速に暗くなっていく街の中心部でたっぷりと30秒間、電柱に半ば引っかかってぐったりとのびている成木と、その傍らに立つ大野の二人の近くには、道路を忙しく過ぎ去る車の他は何者をも見出せなかった。中心人物たる二人がこの場から動かない内に決着が付いたことが幸いした。大野の叫びから始まって二人のもみ合いが終わるまでの間に、そこに居合わせた人々は蜘蛛の子を散らすようにその近くから立ち消えてしまったが、それ以上のパニックを引き起こすことは免れたからだ。だが、誤魔化しのおどけをを聴く人もなく、大野が一人で赤っ恥をかいたことくらいで済んだのは愛嬌として、ジャッカーが出没した場所であるここに、再び今まで通りの人混みが戻るには少なくとも一ヵ月はかかるだろう。
気持ちの昂ぶりを鎮めていた大野を我に返させたのは、公園を大きく迂回して降りてきたため、この場に到着するのが大幅に遅れてしまった馳であった。
馳は近寄るうちに大野の傍らの成木を見出し、その状況を判断するや声を掛けてきた。
「こ、これ...あなたがやったんですか。」
自分を落ちつかせてから大野は首肯した。
「あぁ。こいつがパシフィックにとり憑いたジャッカーだ。半日は目が覚めんよ。」
馳は目を丸くした。なんて人だ。本当にジャッカーを捕まえてしまった。彼が改めて大野に驚くのも当然だろう。普段のお茶らけた行動の裏に隠された、地の果てまでも獲物を追ってゆき、必ずやしとめるそのハンターの真の姿を見たのだから。
「凄い。ほんとに凄いですよ。」馳は喜びを隠さずに言った。「原尾先輩も喜びますよ。」
馳のこの言葉に、大野の頭が再び全速力で回りだした。原尾...マキ...。彼は原尾を最後に見た時を思い起こしていた。彼が記憶するのは、彼女があの惨劇の会場ロビーで、クール隊の一斉射撃から逃れて床に倒れ伏したところまでだ...。
「いかん!!」
言うが早いか彼は駆け出し、両手を大きく振って走ってきたタクシーを捕まえた。
「ちょ、ちょっと大野さん。どうしたんです。」
「ホテルに戻る!」
大野はタクシーのドアが開くのもまだるっこしいといった調子で飛び込んだ。
「こ、この人はどうするんですか。」
「君の手柄にしな。運ちゃんプリンスホテルだ、早く!!」
その言葉を残したきり、大野は一顧だにせず、そのまま大きくタイヤを軋ませてタクシーは走り去った。
現場には、ぽつんと馳がとり残された。彼は思わず呆れて言った。
「ったって...。」
タクシーの後部座席に埋まりながら、大野の頭はフル回転していた。
大野がまず懸念したのはクールの動きだった。クールは自分たちの行動の妨げになる成木をしとめたと思っている。彼らは成木を生かしたまま捕らえて、情報のソースとして利用することもやろうと思えば出来た。だが、敢えてそれをしなかったのは、ジャッカーの予想外の攻撃力に危険を感じたからだ。しかしそうであったとしても、もしも全く手がかりが絶たれるのだとしたら、やむを得ぬにしても成木を利用した筈だ。ということは、別の情報源をクールが見つけたと考えるのは自然であろう。
転移心理学用語で、イド催眠法と俗称されるものがある。転移者が依童の身体を去った後にも、依童とされた者の無意識の記憶中には、転移者がいるうちに行った思索の痕跡が残る。イド催眠とは、その痕跡を依童自身に探させようとするものである。夜中に泥棒が家宅侵入した際にとった行動を、その足跡から割り出す行為に似ていると言えなくもない。
クール達の必要としている交渉相手の手懸かりは、ジャッカーが転移していた人間にイド催眠を行うことで得られる。となれば、ギルバートが死んだ今、ギルバートの中に転移していたジャッカーが移った人物は一人しかいない。
原尾マキが狙われる。
「もっと急いでよ、運ちゃん。」大野は運転席に向かって叫んだ。
「てやんでぇ。おいらこの道二十年無事故無違反なんだぜ。安全運転第一でぇ、べらぼうめ!」
気長な江戸っ子という自己矛盾を抱えたドライバーのタクシーは、大野には牛歩の様に感じられた。
遠い彼方にあった意識が、漸く自分のものになっていくのを、原尾は感じだしていたが、それと共に自分がかなり不自然な姿勢で揺すぶられていることに気付いた。
運ばれている?
まだまだ本調子ではない思考力を目一杯働かせて、彼女は自分の置かれている状況を推理しだした。原尾は学会会場において、放心状態から自身を取り戻そうとした瞬間、何者かによって鳩尾を打たれて再び意識を失ったのだった。そして今、確かに彼女は担がれていた。筋肉質の...男、そして、格闘技を修得している者独特の足音をたてない歩き方からして、クール隊の一人だろう。彼は原尾をまるで長期旅行のボストンバッグの様にぞんざいに右肩に背負って歩いていた。かなりの早足だ。何か全身を薄い布きれで覆われているらしいが、直感的に彼女は、この布がカーテンではないかと判断した。ある程度光を通すし何より通気性がよい。私を窒息させる気はないらしい。と原尾はひとまず安心した。では、手はどうか。彼女は自分の腕の自由度を調べた。何てこと、後ろ手に手錠を架けられているじゃない。警官の私が無様なものね。彼女はヨガ系の美容術もかなりのものなので、手錠だけならその気になれば簡単に外すこともできるのだが、これだけグルグル巻きにされていてはダメだ。どちらにしろ、確実に逃げるチャンスが来るまでこのままで下手なことは出来ない。
男は空調もなく湿っぽいところを歩いているようだ。汗が目に入って染みる。と思っているうち、不意に男は止まり、バンらしい車のドアを開ける音がすると、次の瞬間彼女は放り出された。
「うっ。」原尾の身体はバウンドして壁に当たった。床のクッションの具合から、車の中に入れられたらしい。背中を打ったようだが、痛がっている間もなく、次々に彼女の横に彼女と同じくらいの物が積まれていくのが判った。
数個積まれたところでドアを閉める音がした。運転席の方に二人乗ったようだ。
数瞬待って、原尾は荷台の方に気配のないことを察すると、慎重に動き始めた。手足は不自由なままだが、呼吸のためだろう、頭は自由度が割と大きい。そこで彼女は、首を大きく振って頭の部分の布きれを外すことに成功した。
最初に視界に入ったのは車の壁面だった。薄暗く差し込む照明に鈍く輝く合成皮革の壁面。彼女は寝返りを打って、自分の隣に積まれていたモノを確認することにした。ん。向き直った原尾は、それがロール上に丸めたカーペットであることを見て取って、思わず疑問が口から出た。何なのこれは、クール隊はインテリア装具扱いの副業もするの?
彼女は訝しげに頭を伸ばすと、何ともなしにロールカーペットの先端の方を覗き込んだ。だが次の瞬間、原尾は吐かない様に堪えるのに必死の努力をせねばならなかった。
ロールキャベツの具の部分には、血塗れの頭が見えたからだ。
タクシーは本通りを縦断するコースを採ったため、プリンスホテルが見える位置に来るまでに結局15分程もかかった。ホテルの前には数台の救急車やらパトカーやらが、薄闇にライトを回転させて停車しているのが遠目に判ったので、大野はそこで運転手に金を叩きつけるようにして車から飛び出た。野次馬に時折遮られもする赤ライトの舞踏を目指して大野は走るが、近づくにつれておかしな点に気付いた。停車している救急車のどれも後部ドアが開け放たれ、運転手も運転席から出て時計を気にしたりしているのだ。これは言うまでもなく、車内にけが人がいまだ運び込まれていないということだろう。それはおかしい。ギルバートを筆頭に、このビルの五階には銃撃戦で瀕死の状態になっている人が何人もいる筈ではないか。あれから30分以上経っている。何やってんだか知らないが、もたもたしてたら全員死ぬぞ。
野次馬を押し退けてホテルの玄関にまで辿りつき、ウインドウのガラス越しに中を覗き込むと、一階のロビーは警官やら従業員やらで戦場のようにごった返していた。厳格そうな警官達が偉そうに指示しているのが見えるから、一般客はどうやら避難させられたらしい。エレベータの前にも既に一人立っているから、五階にももう上がっただろう。
「大騒ぎがあったってから来てみたのに、あんたら何油売ってんの。」
野次馬のふりをして大野は救急車に寄り掛かっている公僕の一人に声をかけた。
「失敬なことを言うな。いる筈のけが人がいないから仕方なくこうしてるんだ。」
つられ易い性格だこと。こういうお喋りがいると話がスムーズに運ぶ。
だがこれではっきりした。死傷者達は五階にはいない。間違いなくクールたちが運び出したのだ。とすれば隠し場所は彼らの車しかあるまい。
「ねぇねぇ、一流ホテルなんだろここ、偉い人とか見れたかい。」
「うるさいな。お前たちには気の毒だが大統領は泊まってないよ。さぁ、あっちいけ。」
「なぁんだ。そうなの。」大野は形式的に残念がると、愛想笑いをして情報提供者Aから離れた。これがアニメならYAG出の声優の初仕事ってな役割だ。
地下駐車場から上がってくる車はこのパトカーの群を突っ切っては行けまい。外交特権を振りかざして通ったということもなさそうだ。つまり。
クールたちは駐車場にいる。
駐車場に向かう坂道のカーブの前で、馳に指示されて野次馬整理をしていた警官がまだいたのは幸運だった。
「よ。元気でやっとるかね。」
この実直そうな警官は大野を馳の上司だと勝手に思いこんでくれているらしい。
「は、規制は順調であります。刑事殿は先に降りていった班と合流するのでありますか。」
「え、あぁ、まぁ。そんなとこだ。」
俺が刑事だって、大野は笑いを堪えつつ早足で降りていく。警察内における対特の位置づけがよく判るね。それにしても、降りてったって奴等、大丈夫か。
途中、クールに心臓を打ち抜かれた男の死体も持ち去られていた。流石に血痕は残っていたが、宵闇の中にいよいよ目立たなくなっている。どうする気だ。動機はともかく、パシフィック達が自分たち側の負傷者を、ジャッカーによる不慮の襲撃による犠牲者という扱いにして、事後処理を公的に勧めるのはさほど困難ではあるまい。そうであれば、彼らが敢えて死体すら必要とする訳は何だ。
駐車場の入り口まで来たところで、本能的に大野は照明で照らされている部分を避け、少なくとも狙撃されることの無いように侵入した。
五十台、というところだろうか。東京のホテルにしては十分すぎるほどの収容スペースを持ったこの地下駐車場に、現在停まっている車はざっと十数台。成田からパシフィック達が乗ってきたリムジンも停まっている。照明の反射で乗っているのかどうかがよく判らない。が、来る道中に見かけた覚えのある車もかなりあるから、敵がうじゃうじゃいることは間違いあるまい。後は鬼が出るのを待つばかりだ。
気持ちが昂ぶっている。喉がからからになってきた。ポケットから飴を取り出して放り込む。彼は既に自分の行動が気付かれていることは薄々感じていたが、それでも尚柱から柱へ、銃撃を避けるために移動した。が、四番目に取り付いた柱から様子を窺おうとしたとき、彼は思わずぎょっとした。足下に感じた水たまりが、血溜まりであると判ったからだ。彼は慌てて視線をその先に辿っていくと、脇に停まっている車の向こうに折り重なって死んでいる警官の死体を見つけた。
凶器は銃じゃない。一番上に倒れている男は頚部をスッパリと殺られている。ナイフ? 大野がそう閃いたとき、同時に背後の気配を察した。
本能的に横っ飛びする。一瞬前まで彼のいた空間を、刃渡り20cmはありそうなアーミーナイフが輝跡を残す。
TシャツにGパンという出で立ちをしたその男、ナイフを振り切ったその手の、空振りを全く気にする風もなく次の攻撃に移る。返す刀の攻撃も、大野は何とか躱せたものの、切っ先は一閃目よりも確実に際どくなっている。流石プロ、これ以上さばききれんかも。大野は焦燥を隠しきれない。が、三閃目は容赦なく来た。
キン。
流れるようなラインを描いて大野の心臓に入る筈だったナイフは、根本からぽっきり折れてしまったのだ。一か八かで大野がかざした左腕に当たって...。
「!」男は声にならない驚きを示し、ほんの一瞬の隙を作った。大野はそのまま左腕で男を思いきりぶん殴った。男は柱に叩きつけられた打ち所が悪かったせいもあるが、そのままのびてしまった。
「ほお。」
聞き覚えのある声...、クールだ! 丁度正面。
「クール隊一のナイフ使いを倒すとは、褒めてやろう。だがここに来たのがそもそも間違いだったな。」
クールが柱の陰から現れた。手には例のお化け銃を持っている。そして彼の登場が合図だったのか、二十人弱の男たちが現れて銃をこちらに向けていた。服装こそまちまちだが全員クール隊だ。120度の角度で広がっている。同士討ちにならないための包囲だ。
「なにも殺すことはなかったんじゃないか。別にあんたたちを捕まえに来たわけじゃなかろう。」
クールは目を閉じて聴いている。聞き流し、してやがる。
「スマートにやるには宣伝効果がありすぎたからな。方針転換をしたのだ。」
「つけは大きいぞ。上の警察をどう突破するつもりだ。」
その時だ。天井から重振動が伝わってきたのは。そして遅れることコンマ数秒後に、駐車場出口の方から爆発音が聞こえてきた。
「こういうことだ。障害はなにもない。」
大野の声が聞こえて、原尾は仰天した。何てこと、何しに来たのわざわざ。黄泉はどうなったのかしら。馳君は...。押し寄せる疑問を整理しながら、芋虫状態のまま彼女は行動を起こす決心をした。大野に逃げるように言わなければ。だがそれにはまず、彼女は全身に走る鳥肌を堪えて決意した。このおぞましい死体の山脈を越えていかねばならない。
あまりにも平然としたクールの口調に大野は切れかけた。こいつらイカれてやがる。わざわざ潜んでたのはそういうことだったのだ。
それほどまでにして彼らが知りたがる、ジャッカーの秘密とは?
大野はそこに、巨大なものを感じて戦慄した。
だがこうなると自分も危険だ。クールの腹次第では俺なんか0.5秒でハチの巣になっちまう。どうする。
「頭のおかしいあんたらに言うだけ無駄かもしれんが、原尾っていうご婦人を解放してもらおうか。」大野はクールを睨み据えて言った。
「承知しなかったら。」
大野は鼻で微かに笑ってから。
「懐柔策に出る。ただしムチ入りのアメでね。」
言い終えると、彼は口中にあった飴をプッと噴き出した。それは彼とクール達の中間地点に落ち、あろうことか...。
爆発した!
大野以外の誰もが怯んだ。どうだい、俺の過激味の飴の効果は。大野はこの隙に壁際に駆け寄る。虚を突かれた銃声と跳弾が定まるはずもなく、彼を掠めて追い越してゆく。彼は非常口と書かれた照明が微かに照らす消化器に飛びつき、左手で思いっきりクール達めがけて投げつけた。だが十数発の弾が一斉に命中し、酬いた一矢は空しく蟷螂の斧と化したかに見えた。
両者の運動量が中和されて、弾の詰まった消化器が真下に落下したとき、消化器が破裂し、中の消化剤が一気に周囲に飛び散った。畢竟あっと言う間に駐車場内の視界は無きに等しくなった。閉鎖空間である場内は風通しが悪いために、このにわか煙幕もなかなか消えない。
音の反射が少ない粒子が空間に散在したために静寂が際だつ。それに絶えきれない男たちの盲撃ちが数発。
「愚か者が。同士討ちになりたいか。ゲリラ戦用のフォーメーションで各自当たれ。」クールの檄が飛ぶ。
瞬時にして隊員達の動揺が引いていくのが判る。ちっ。流石だ。空気までが変わって見えるぜ。
そんな風に、大野は柱の陰でチャンスを窺いながらも、自虐的な笑いが漏れるのを止めることが出来ずにいた。
おいおい。俺はいったい何やってる。相手は戦闘のプロだぞ。職業的自制を無くしてないか。いいか。お前はジャッカーハンターだ。間違えるんじゃない。
大野のヤヌスはなおも葛藤の議論を止めない。
だいたい何で彼女にこだわる。黄泉を捕まえるのがお前の商売であって、商売敵である彼女と行動を共にしていたのは、単にお前の気まぐれじゃなかったのか。何故だ。
「大野さん、逃げなさい! ここにいると危険だわ!!」
不意に原尾の声が響いた。死体を乗り越え、口を使ってドアをやっとのことで開け、叫んだのだ。
彼女はやはり捕まっていたか。大野は下を向いて原尾の科白を反芻した。だがそれにしても...逃げろ、とはね。
「似てるんだよ。自己犠牲的なとこが、さ...。」
成田ではり倒された頬の感触を思い出しつつ大野は思った。白き闇の中に飛び出した大野の顔には、もう困惑はなかった。
バキッ。パンパン。ドサ。 .........貧弱な表現に作者自身呆れるが、見えない中の格闘なんて擬音以外に表しようがない。とにかく、この状況下に於いては彼我の優劣は逆転している。乃ち、大野にとって誰かとのコンタクトは即戦闘を意味するが、クール達にとっては自分の仲間やもしれず、そこに一瞬の判断の差が出来る。原尾の声がしたと思われる方向に向かいながら大野は、既に二人の男を倒していた。とはいえ彼とて、どっかの御都合主義的B級ヒーローモノの様に、このまま全員倒せると脳天気に考えているわけではない。
目指すは頭目の首級ってとこか。
奴等の統率力の中枢、クールを叩く以外に活路は見出せない。それが大野の考えであった。そしてそう判断した大野の野生の勘(と、ドラマの展開)が、必然的に両者を近づけた。
気付いたのは大野が先だった。成田の経験からして格闘技ではかなうまい。狙うは一撃必殺、左腕のパンチをお見舞いするっかない。彼は低い姿勢で一気に距離を詰め、拳に加速と全体重を乗せた。
クールも気付いた。恐ろしいのは、当然行う筈の敵味方の判断を彼はしなかったことだ。自分に向かってくる奴は全て倒す気でいたのだろう。彼は気配を感ずるや、大野の方に向き直って臨戦態勢を整える。が、クールにさえ誤算だったのが大野の素早さだ。あろうことか、大野が自分の懐に入るのを許してしまったのだ。クールが一瞬釘付けにされたのは、自分を敵として向かってくる大野の眼差しだった。
ハンター...!
二人が同時に吼えた。
操乱、そして成木を一撃の本に倒したボディーブローを、大野はクールに放った。クールの腕によるガードは僅かに遅れ、拳はそれを掠めて腹部に沈み込む。入った。大野の左は見事に急所を直撃し、クールはその反動で身体ごと後退した。手応え十分。大野は自身の勝ちを確信した。しかし...。
クールは落ちなかった! 下半身の踏ん張りを効かせて後退を止め、大野の攻撃を受けきったのだ!! 大野の顔が見る見るうちに驚愕に染まっていく。そんな馬鹿な。こいついったい、人間か。
「大した攻撃だ。お前のその左腕、義手か何かなのだろう。」
クールが静かに話し出した。大野は衝撃で腕を降ろすことさえ忘れている。
「だが気の毒だったな。俺は全身が強化細胞で不死身の肉体なんだよ。」
強化細胞...だと? 大野はしかし、それ以上の思索を巡らすことが出来なかった。大野が打ったであろうパンチの十倍の威力を持ったクールの拳で殴られたからだ。彼は軽く数m吹き飛び、白目を剥いて気絶した。
パンパンと手の埃を払ってからクールは全員に告げた。
「終わったぞ。引き上げる。」
そして退却の準備に走っていた隊員の一人を呼び止めて、
「こいつも連れてゆく。ジャッカーのハンターだそうだから、何か聞き出せるかもしれん。」
「はっ。」
命令を受けた男は大野を軽々と担ぎ上げると、原尾の乗せられたバンに向かった。原尾は横のドアから上半身だけ出たところだったが、大野が捕まったのを見ると急に力尽きてしまった。男は扉の前まで来ると、大野を中に放り投げ、原尾の首根っこをひっ捕まえて同じように放り投げた。
「ことは全て順調だ。行くぞ。」
クールの号令を合図に、雑多な車に乗り込んだメンバー全員が車を発進させた。
ホテル前は凄惨な光景に変わっていた。クール隊の工作した爆弾は、周囲50m以内のものを根こそぎ吹き飛ばしてしまったのだ。そこに居合わせた者は誰一人として生き残ってはいまい。そして目撃者のいなくなった玄関口を、クール達の車は悠然と抜けていく。そしてもうすっかり暗くなった空の下、大衆の車の中に吸い込まれていった。
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第八章へ続く
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精神レベルで他人を乗っ取れるマンジャッカーという特殊能力者を巡る犯罪を軸にしたアクションです。 | ||
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