博麗の終  その10
[全3ページ]
-1ページ-

【吸血鬼というもの】

 

 鳥居の両脇はかがり火が焚かれて、ぼんやりとその朱さを主張している。

 

 その向こうには、博麗神社へと参拝するための石段が続いているのだけれど、いくら覗き込もうとも数段以降は夜の闇に塗り潰されてしまう。

 

 

 確かに会合の時、魔理沙が冗談めかして言ってはいた。

 

『あいつのことだから、いつもみたいに石段を上がって行くんじゃないのか?いくら本気だなんだって言ってもさ、正面突破好きは変わらないだろう』

 

 対して、永琳は『本気なのだから、効率重視で向かってくる』と主張した。

 

 霊夢の部屋のある、神社側面へのダイレクトアタック。または超上空から真下に飛び込んで天井を突き破る突入法。この2点の防御を重視する方向で話がまとまっていた。

 

 当然だ。天才に論理で逆らえるものなどいやしないのだから。

 

『今だからこそあいつも、普段通りに、行きたくなるんじゃないかなあ……』

 

 魔理沙の呟きは、届かなかった。

 

 

 結論として、魔理沙の思いつきに軍配が上がる形となった。

 

 レミリア・スカーレットは、石段を一段一段、丁寧に上がってきているとの報告を受けた。

 

 いつものように、傍には従者が控えているらしい。

 

 時間が昼で、従者が日傘を差していれば、ややもすると普段と変わらない様子に見えるのかもしれない。

 

 

 ただしそれは遠目に見た場合か、よほど遠視のものに限る。

 

 近場にいたら、人なら卒倒する。

 

 妖怪なら、逃亡を試みる。

 

 その場に留まることのできる者など、ごく限られた一部だけだ。

 

 味方以外、身内以外、あるいは自分の認める存在以外、一切を拒絶していることがさとり妖怪のように理解できてしまう。

 

 理解などしたくもないのに、本能が証明してしまうのだ。

 

 近付けば、気絶するよりも早く殺されることを。

 

 

-2ページ-

 

 

 かくして、月の頭脳こと八意永琳の想定は外れた。

 

 神社上空からの突撃を絡め取る結界も、側面に配置された強靭な者たちの肉壁も、いくつかの想定に合わせて行ったシミュレーションと演習も、その一切を無駄にした。

 

 八意永琳には勝算があった。

 

 冷静ならば博麗霊夢を吸血鬼化しようとは思わないはずだから、全てが無駄になって『めでたしめでたし』で話は終わる。レミリア・スカーレットは博麗神社を訪れないのだ。

 

 しかし極限まで感情が暴走しているならば、永琳の思惑通りの手法で突撃を仕掛けてくるはずだった。

 

 長年生きてきた天才が、真剣に考えて出した予測である。外れようはずもない。

 

 だからこそ、今、一段一段登って来るレミリア・スカーレットに対して、永琳は激しい戸惑いを感じてしまう。

 

『あれは、何だ?』

 

 この現実に行われている手法でやって来るレミリアの心の内が、その一部さえも読むことができなかった。

 

 博麗神社へやって来るという選択と、来る手法がちぐはぐなのだ。

 

 博麗霊夢を吸血鬼化しに来たはずなのに、あえて困難な手法でやって来るという意味が、天才の頭脳をしても解釈不能だった。

 

 

 それはきっと、天才だからこそ、わからないことなのだ。

 

 

-3ページ-

 

 

 コツンコツンと足音を立てて、鳥居の向こうからやって来る。

 

 幻想郷の誰もが出会ったことのない、本気の吸血鬼がやって来る。

 

 まだ、姿は見えていない。

 

 が、抵抗力の弱い人間から気を失う者が出始めたようだ。

 

 

 境内に配置されている者たちから言葉が消えて、静寂が広がっていく。

 

 虫や、鳥や、獣の声などあるわけがない。

 

 まともな生物ならすでに逃げ出している。

 

 後に卒倒した人間が言った。

 

『空気がおかしい』

『呼吸ができない』

『体が動かない』

『内臓が動かない』

『脳が動かない』

 

――生きていられない――

 

 

 種として他を圧倒する吸血鬼が、今、姿を現す。

 

 まずは愛用の帽子が見えて、次いでやや後ろに控える従者の銀髪が見える。

 

 

 そして、目が――――

 

 

 事前に『見てはいけない』と強く言われていたにもかかわらず、直視してしまった数人がまた倒れていく。

 

 嫌々ながらも人間を率いているアリスは、『これじゃあ何もできないじゃない……』などと考えている。

 

 副指揮官の慧音と視線を交わして、『レミリアとは関わらない』ことを選択することを確認し合った。

 

 

 敵は、あの二人の他にもいるはずなのだから。

 

 

 レミリア・スカーレットはゆっくりと石段を登り切り、鳥居の前に立った。

 

 

 従者もすぐ後ろに控えて、主の動きを待つ。

 

説明
幻想郷は、吸血鬼の恐ろしさをわかっているのでしょうか。
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
2346 2341 0
タグ
レミリア・スカーレット 東方Project 東方 

shuyaさんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com