とある水夫の航海日記 1
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[とある水夫の航海日記]

 

 

○月1日

今日、カリムーという男がボクらのところにやって来た。

ここにいるのが不自然な、海に慣れてない姿をしていた。

 

不審に思いつつも一応話を聞いたら、世界が丸いことを確かめたいから数年間船と船乗りを貸してほしい、と言われた。

 

お前みたいなのが阿呆なことほざくなと、団長が追い返した。

 

 

○月2日

カリムーがまたきた。

団長が蹴っ飛ばした。

 

 

○月3日

カリムーがまたきた。

団長が海に捨てた。

 

 

○月4日

カリムーがまたきた。

団長が一発殴って海に捨てた。

 

しばらくしてまたカリムーがきた。

びしょ濡れだった。

カリムーが金を出しながらこう言った。

 

『世界が丸いことを確かめたいから船と船乗りを買いたい』

 

 

…せめて、雇いたいと言って欲しい。

 

 

○月5日

またカリムーがきた。

団長は追い返さなかった。

今日のカリムーは客。

客を追い返す馬鹿はいない。

 

詳しい話を聞くために奥の部屋に通した。

ボクも同席した。

記録と緩和材のために。

団長だけに任せると、まとまる話もまとまらない。

あの人喧嘩っ早いから。

 

とはいえ、今回は嫌な予感がする。

まとまらないほうがいいのかもしれない。

 

 

○月6日

昨日のカリムーの話を簡単にまとめておく。

 

「学者たちが世界は丸いと言っていた。だから俺が確める。どんな旅になるかわからないから、5隻は船がほしい。勇敢な乗組員もたくさんほしい」

 

カリムーはそうのたまった。

せめて、探索とか商業とか調査とか、表向きな理由言ってくれればいいのに。

夢みたいなことを主張されても困る。

 

まぁどうでもいいか。

きっと団長も断るだろう。

こんな夢物語。

 

ボクは記録をしながら、ぼんやりとそう思った。

カリムーは仕事の話が終わったら、ずっと愚痴を言っていた。

他の船乗りに協力を依頼しても相手にされなかっただの、追い出されただの殴られただの海に捨てられただのやられすぎて慣れただの、ここが最後のチャンスだの。

 

グチグチと。

同じことを何回も。

客の悪口はあまり言いたくないが、ボクらにグチグチ言われても反応に困る。

 

しかしそうか、最後のチャンスか。

だからボクらのとこに来たとき、なかなか諦めなかったのか。

 

そうか。

うん。

全くもってめんどうくさい。

 

 

○月7日

カリムーは言っていた。

 

「こいつは、きっと凄い発見なんだ。だがまだ推論の域を出ない。だから確かめるんだ。…財宝もあるさ、まだ誰も到達していない場所にも行くのだから」

 

…個人的には酷く胡散臭い、安っぽい言葉だと思った。

机上の空論に踊らされて、夢物語にうかれてるだけに見えた。

ボクでさえそう思ったんだから、団長も団の皆も断るだろうと思っていた。

こんな依頼、断るだろうと。

 

 

なのに、なんで

今、全員集まって

出航の打ち合わせやってんだ。

 

 

「…おそらく長い旅路になると思う。2・3年は陸に戻れないことを覚悟しとけ。それでも構わねー奴は準備しとけよ!」

 

団長がそう言ったら、部屋中に咆哮が上がった。

楽しそうな声でガヤガヤと騒がしい。

テンションが上がったのか、少し荒っぽい言葉が聞こえ出す。

少し耳を塞ぎたくなる単語が出てきた。

ボクはそっと騒ぎから抜け出して、小さくため息をついた。

 

変な単語が多いのは、荒っぽい言葉が多いのは、ここが海賊あがりが多いからだ。

 

といっても、ここにいる人たちは略奪や暴力は好まない。

いや、好まないっていうか無駄な暴力は振るわないというか。

暴力は振るうけど。

何回か殴られたけど。

いや、一日一回は殴られるけど。

 

…あれ?

ボク凄いとこに所属してるな。

 

少し微妙な顔になりながらも、ボクはガヤガヤやかましい先輩たちに顔を向ける。

 

先輩たちは、暴れまわることよりも、冒険が好きな海賊だった人たちだ。

この世の宝は俺たちのもの。そんな好奇心とロマンの塊の人たち。

と、言えば体裁はいいけれど実際は宝探しに行って不発で終わって力尽きた人たち。

 

『あんまり奪いたくはねぇし、死にたくもない』

 

前、先輩たちはそう言ってうちの団に入ってきた。

前いた海賊団にはついていけなくなった、と。

 

先輩たちは元海賊だから乱暴ではあるけど、理不尽な暴力はしない人たち。

そんな人たちだ。

 

 

うちは小さな何でも屋。

海の何でも屋。

小さなうちには大きな仕事は舞い込んでこない。

どこそこを襲え、という野蛮な以来は全くこない。

品物を運んでくれやら、調査してきてくれやら、ささやかな仕事ばかりだ。

 

でも団員は皆、海に、未知の世界に憧れ夢見た連中ばかり。

そんな先輩たちが今の話を聞いて、大人しくできるはずがない。

たとえ、命懸けの旅になろうとも、きっと先輩たちはそれすら楽しむだろう。

先輩たちは正真正銘の海の男だから。

 

 

ボクは慎んで遠慮したい。

なるべく死にたくはない。

なるべく平穏に過ごしたい。

 

 

○月8日

ボクは朝からカリムーの旅の手伝いをしている。

船を掃除して、整備して、荷物を積んで。

 

おかしい。

参加は辞退したはずなんだけれど。

 

「おい、チャッチャと手を動かせ!明後日には出発するんだからな!」

 

先輩がボクを怒鳴る。

いつもはすぐにちゃんと返事をするけれど。

嫌々手伝ってんのに、素直な返事は出せない。

それでも先輩はボクを怒鳴る。

大きな声で。

 

…イライラしてきた。

 

だからボクは

参加は遠慮するって

何回も言いまし…

 

あぁもういい!

 

先輩相手だから敬語ちゃんと使って言い訳してたけど、なんかもうあれだ、もういい。

そう思ったらボクの口から乱暴な言葉が飛び出した。

 

行きたくないっていってるじゃないか!

誰が行くかそんな真偽のわからない旅!

ボクは近海の商業船とかの水夫の仕事やってたんだよ!

いきなり遠洋とか無理だから!

いきなりワケわからん旅に出れるか!

死ぬわ!

世界が丸いなんてあるわけがない!端っこにいったら落ちるに決まってる!

全員デタラメの説に眼が眩んでるだけだろう!

なんだお前らはみんな自殺希望者か!

だったら勝手に死んでくれ!

ボクを巻き込まずに死んでくれ!

 

 

そう勢いで怒鳴り返したら止まらなかった。

思わず一気に不満をぶちまけたら、無表情で団長がボクの首根っこ捕んだ。

きょとんとされるがままになっていたら、そのままぶんと放り投げられた。

ボクの体は宙に浮き、弧を描いて落ちていく。

 

着地予定地は海。

 

ド派手な音をたてて、ボクは海に沈んだ。

 

冷たい。

 

 

○月9日

あぁもう次の日か。

朝日がまぶしい。

 

目をしぱしぱさせながら、ボクは空を仰いだ。

 

昨日、海に放り投げられたあと、なんとか自力で這い上がったら、そのまま個室につめられて延々と説教された。

眠い。

 

『全員参加、船長命令』

説教の内容はそんな感じ。

たったそれだけのことなのに、朝までグダグダと説教された。

一行で済む話なのに、なんでボクは徹夜で説教されたんだ。

おかしい。

 

眠い目を擦りながら、ボクは周りを見渡す。

まわりには誰もおらず、静かな波の音だけがあたりに響いていた。

 

今日は出航前日だから、先輩たちは船にはいない。

船の準備はもう十分整っているから、今日は自由時間。

全員好きなように過ごしているんだろう。

家族と過ごしたり、恋人とイチャついたり、限界まで飲み明かしたり、無駄に買い物をしてみたり。

 

まあ、大事な人と一緒ににる人が多いだろう。

今日は大事な人にお別れをいう日だから。

 

だってボクらは帰ってこれないかもしれないから。

帰ってきても忘れられてるかもしれないから。

 

 

ボクにはそんな人はいないから、すぐさま自分ちの自分の部屋に帰り、自分のベッドに潜り込んだ。

 

あぁ、波で揺れない暖かなベッドで寝るのも今日が最後か。

 

そう思いながら眠りにつく。

 

朝が来ても起きたくない。

明日なんて来なければいいのに。

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○月10日

朝焼け雲に帆を張って、いよいよボクらは出航する。

5隻ある船のうち、ボクが乗るのは「サザランド号」

少し小型のガレオン船。

 

乗り慣れてはいるけど、今日はなんだか乗りたくない。

嫌な予感しかしない。

 

ボクはサザランド号を軽く睨み付けながら、乗るのを躊躇していた。

すると、大工も兼任してる先輩にひょいと首根っこつかまれる。

またか。

 

「んな嫌そうな顔してんなよ、出発するぞ。…ん?ああそうか乗れないか抱えてってやろう、ありがたく思え、いやなに礼はいい礼は。んん?そこまでいうなら今日の飯のオカズ1品もらうか。肉?そうか肉をくれるのかありがとう」

 

ニコニコ笑いながら先輩は捲し立てた。

そのままボクを抱えて先輩は船に上がり込む。

 

…ひどい。

今日は出発日だから飯豪華なのに。

ボクのオカズが1品減るのが確定した。

ボクは顔を伏せ、眉を下げる。

 

たしかにボクが悪い。

出発の時点で不満そうな態度なのはボクだけ。

チームワークが大事な遠洋の旅に行くのに、ひとりでグダグタ文句言っていた。

 

けど

 

ご飯盗らなくてもいいじゃないか。

しかも肉。

 

悲しみが一周して怒りが沸いてきた。

先輩に文句言おうと口をひらいた、

ら、

ぽてんと甲板に落とされた。

 

変な悲鳴と共に顔を床にしこたまぶつけた。

下ろすなら下ろすって言ってくれ。

 

甲板にうずくまりながら痛みに悶えていたら、ぐっと体に負荷を感じた。

船が港を離れ始めたみたいだ。

 

ああもう帰れない。

小さくなっていく港を、町を見ながら、ボクは憂鬱な気持ちになる。

 

そういえば諸悪の根元・カリムーはどうしてるんだろう。

ボクとは別の船にいるからどんな顔をしているかわからない。

 

念願の船に乗れて。

念願の旅に出れて。

どう思ったんだろう。

嬉しそうなら腹がたつし、不満そうならそれはそれで腹がたつ。

 

 

あぁ、お腹が減った。

 

 

○月11日

航海2日目。

そうだ、肉食われたショックのせいで昨日書き忘れた。

食い物の恨みは忘れない。

 

昨日出発前、港でカリムーからあいさつがあった。

 

「長旅になると思うが、これからよろしく頼む。世界が丸いことを確かめて、生きて帰ろう。

…全員、生きて帰ろう」

 

そしてカリムーは、堪えられないといわんばかりに拳を掲げた。

響き渡る閧の声。

皆のテンションは最高潮。

 

乗り気でないためテンションにノリきれなかったボクは浮いていた。

ノったふりだけでもしとけばよかった。

そうすれば肉を食われることもなかっただろう。

 

今後悔しても遅いけど。

 

 

出発のときに、生きて帰るという志を挙げるのは珍しくない。

というか死にに行くために船走らす馬鹿はそういない。

そういう思考は理解出来ない。

 

ただ今回は全員生きて帰るのは、無理だと思う。

 

そうボクは風になびく前髪を軽く押さえながら、前方を進む船を見て想いをはせた。

 

長旅になればなるほど死ぬ機会は多くなる。

全員生き残るのは難しいんじゃないかな。

全員元気に帰還だなんて、船旅はそんな生易しいものじゃない。

 

そこまで考えて、ボクはため息をもらした。

…出港時点でこんなこと考えてるとか、ボクはどんだけネガティブなんだ。

 

ボクは首をぷるぷると振り、ぺしんと軽く自分の頬を叩いた。

少し気合いを入れ直す。

 

…なるべく生きて帰れるように頑張ろう。

どうせ逃げられないし。

 

 

ボクは再度前方に目を向けて、先行している船に視線を送った。

カリムーが乗ったのはリーダー船。

一番でかくて一番しっかりしてる船だ。

ボクもあっちが良かったな。

生存率高そう。

 

カリムーは拳を掲げたときは上気したような顔だったけれど、いざ船に乗るときは少し強ばってみえた。

いまさら不安にでもなったのだろうか。

 

いまさら。

あぁ不愉快だ。

 

カリムーは本心から言っていたのだろう。

全員で生きて帰ると。

全員で英雄になろうと。

 

綺麗事ばかりで腹がたつ。

 

不愉快だ。

海のことなんかなんにも知らないくせに。

 

 

重い重いため息をついて、ようやくボクは前方から視線を外した。

仕事をするために甲板から離れ、持ち場に向かう。

 

…リーダー船に乗れなくて良かったかな。

カリムーがいるならこっちのほうがいい。

嫌いなやつと一緒にいるくらいなら、こっちのがマシだ。

 

 

○月18日

航海9日目。

とくに変わったことはない。

 

と書くのも無駄だな、なんかないか。

ああ、船の出発前にあった事でも書いておこうか。

 

今回の旅にはいろいろな人が見送りに来ていた

朝早い出発だったのにも関わらず、結構な人が見送りにきていた。

軽く見渡してみたけれど、服装からして金持ちそうな人や、見たことない人が多かった。

カリムーの関係者だろうか。

金持ちは暇なのか。

 

ぼんやり眺めていたら、ボソボソと声が聞こえてきた。

カリムーを見送りに来た人たちだ。

 

…世界がまるいなんて…

…端に行ったら落ちるだろう…

…少し頭が…

 

そんなカリムーを罵る声がボクの耳に届く。

ついでに、

 

…断れば諦めただろうに…

…賊上がりだから……

……これだから海賊って…

 

そんなボクらを罵る声も聞こえてきた。

ボクは聞こえないふりをする。

何も言わないでおく。

 

少し俯きながら、目を左右に動かし先輩たちを確認。

…幸い、陰口はボク以外の人たちには聞こえなかったみたいだ。

 

ボクはほっと安堵の息をもらした。

出航前に騒ぎにならなくて、よかった。

聞かれてたら出航どころじゃなくなってただろう。

…基本はいい人たちなんだけど、多少、荒っぽいから。

 

 

○月23日

航海14日目。

小島に立ち寄って休憩。

カリムーがダウンした。

軟弱な。

 

「本人は大丈夫だと言っていたけれど、これから休めないルートにはいることもあるだろう。休めるときに休んでおこう」

 

と団長が言った。

優しいな。

珍しい。

 

ついでに食料や水を補給していくつもりらしい。

この島にあるといいけれど。

 

木が生い茂っているし、水も食べ物もあるとは思

 

 

 

 

 

○月24日

航海15日目。

昨日は書いてる途中で

「食料集めるからこい」

と、外に放り投げられた。

今回の航海を記録しろっつったのあんただろ。

仕事をやってて何が悪いんだ。

 

なんで、力任せに海に投げ込むんだ。

投げ込まなくてもいいじゃないか歩けるから動けるから!なんでわざわざ投げるんだよ!「行くぞ」とか優しく声かけてくれるだけでいいじゃないか!だから乱暴だって言われるんだろ!だから依頼こないんだよ!なんとかしろよ!その荒っぽいの直せよ!必死に這い上がったボクに労りの言葉も優しい言葉も心配の言葉もかけないで濡れたままのボクに「探索に行くぞ早く来い」とかなんだそれ!休ませろ!

 

…ふぅ。

文句はこれくらいにしとこう。

 

結局昨日は食料集めにまる1日費やした。

すばしっこい動物がいて、そいつを捕まえるのに時間がかかった。

頭良かったなあいつ。

くそう。

苦労したわりには美味しくなかった。

雑食動物は不味い。

食べるけど。

 

疲れた寝る。

 

あ、航海は滞りなく進んだ。

いつもこんなだといいけど。

 

 

○月31日

航海22日目。

 

悠々と船は進んでいた。

 

昼までは。

 

昼が過ぎたらピタリと風がやんだ。

凪か。

これじゃ進めない。

小型船やガレー船なら漕いで進んだりできるけど、…いや、疲れるから嫌だな…。

 

船の中になにかしら動力があれば、風を気にせず進めるんだろうか。

 

…その動力が思い付かないけど。

誰か考えてくれないかな。そうすりゃ船旅が楽になるのに。

 

 

まぁ、長い旅ロクに進めない日もあるか。

ゆっくりする時間も大切だ。

そう思ってボクは甲板に横になる。

眠い。

 

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△月9日

航海31日目。

陸から離れて結構な日数が経った。

そろそろ陸地が、いや、暖かく揺れないふかふかな寝床が恋しい。

 

船での寝方は、船にもよるけど人ひとりピッタリはいる木の枠に布入れて、収まって、足突っ張って寝る。

ぐっと足突っ張って。

慣れれば以外と普通に眠れる。

しんどいけど。

 

ハンモックもあるけど、船はかなり揺れるからオススメしない。

潰されようが何されようがボクはハンモックを拒否する。

あんなぐらんぐらん揺れるところで寝てられるか。

 

気持ちよく寝てるときに、船がでかく揺れて、床に叩きつけられた記憶をボクは忘れない。

 

あぁ、これはボクみたいなしたっぱの寝方だ。

偉い人は個室だったかな。

ベッドとかあるんだろうか。

中に入ったことないから、どうなってるかわからないけれど。

 

……中の様子を知ったら、妬ましくなるかもしれないから、知らないままでいい。

 

 

△月21日

航海43日目。

特に異常なし。

 

…昨日今まで書いた日誌を確認してもらったら、

 

「特になんもないときは、航路と日付だけメモっとけばいい。無駄にいろいろ書かなくていい」

 

と言われたので、そうすることにする。

 

そういうことは先に言ってほしい。

細かく記録しとかないといけないのかと思って、いろいろ書いちゃったじゃないか。

 

まったく。

 

 

△月28日

航海50日目。

以前、航海日誌は細かく書かなくていいと言われたから、極力シンプルに記録してたら、もうちょい細かく書け、と言われた。

どうしろってんだ。

 

難しいな。

 

 

□月11日

航海61日目。

雨が降った。

 

雨は水の補充ができるから、歓迎すべきことだ。

 

…ほどよい量なら。

 

大雨ってレベルじゃない、滝というレベルの雨にあった場合、どうすればいいんだろうか。

 

バケツをひっくり返したような雨。

なんなんだ。どうすればいいんだ。掻き出しても無駄だよこれ!

 

必死に掻き出したけれどキリがない。

ボクは手を止め、ずぶ濡れになりながら甲板に溜まっていく雨水を眺めた。

 

だから嫌だったんだ、

こんな旅に出るの嫌だったんだ

 

軽く涙目になりながら、ボクは濡れた顔を腕で拭う。

 

もー…なんだよこれー…

 

ボクは雨水を掻き出すことを完全に諦め、濡れたままぼんやりと甲板に佇んだ。

 

帰りたい

 

 

そんな、軽く心が折れたボクを嘲笑うかのように、雨は急にピタッと止まった。

 

…へっ?

 

再度顔を拭い、目をパチクリさせてボクはまわりを見渡した。

まだ少し薄暗いけれど、雨雲は薄れ青空が顔を覗かせはじめている。

 

つまりあの雨は、短時間で降るだけ降ったらピタッとやんだわけ?

な、え?

 

…え?

 

 

□月23日

航海73日目。

先日の雨で壊れた船を修理するために、近くの島に寄った。

先輩によると、ちまちま修理はしたけれど、心配だから本格的に修理しておきたいそうだ。

 

2・3日は滞在するみたいだな。

ゆっくりは出来ないだろうけど、久々の陸地。

…ちょっと嬉しい。

 

ボクは少し機嫌良く船から降りる。

軽く島全体を見渡してみたけれど、人はいないようだ。

気配も痕跡もない。

 

なんか変な動物は、いた、けれど。

…食えるかなあれ。

…喰うのかなあれ。

 

…さてと、先輩たちの手伝いに行こうか。

修理の。

食材回収班にははいりたくない。

あれと会いたくない。

 

 

□月25日

航海75日目。

陸地滞在中。

 

船修理と同時に改良もするらしい。

この間みたいな豪雨に耐えられるように、ちょっと改造するらしい。

ボクは大工知識はないから、どこをどうするのかわからないけど、作業はサクサク進んでいく。

凄いな。

 

…滞在は予定より延びそうだけど。

早く帰りたい、と文句言っても無駄だから言わない。

 

船修理を手伝っていたら、先輩に船の材料とってこい、と言われたのでボクは木を切り倒してる現場に向かった。

 

浜から少し離れた森の中。

大量に生えてるからと、先輩たちは容赦なくガンガン木を切り倒している。

 

船修理だけでなく、滞在中に休むための軽い小屋も建てるつもりみたいだ。

切り倒す量が半端ない。

自然保護とか言うのは多分無駄。

 

トコトコと森の中を進みながらまわりに目を向けると、美しく伐採され、道が出来ていた。

…ちょっと前まで、ここうっそうと木が生えていたのにな…。

 

いいのかなぁ、と微妙な顔になりつつも、ようやく切り倒された木が集められている場所に到着。

どれにしようかな、と木々を吟味しながらあたりを見渡したら、

…見覚えがあるようなないような人影が目に飛び込んできた。

 

カリムーだ。

 

…なんで手伝ってんだろう。

普通客って安全なところでふんぞり返ってるもんじゃないのかな。

不思議に思ったボクは、うっかりカリムーをガン見していた。

そんなボクの視線に気付いたのか、カリムーが笑いながらボクに話しかけてくる。

 

「よう!…これは船の近くに運べばいいんだよな!」

 

イイ笑顔を向けられて、少し戸惑いながらもボクは慌てて言葉を返す。

 

あって、ます。

 

声を外に出したせいか、思わずボクの口から他の言葉も飛び出した。

 

なんで手伝ってんですか?と。

 

客なら安全なところにいるものだ。

また、カリムーは少し形は違うがボクらのオーナーのようなもの。

泥臭い仕事なんかしなくても、いい。

 

ボクがそんな疑問を浮かべつつ『何故こんなところで埃まみれになりながら働いているのか』と問いかけると、カリムーはキョトンとしてこう言った。

 

「全員で働いてるのに、俺だけ休むわけにはいかねぇよ。手伝うのが当然だろ。仲間じゃねえか」

 

笑いながら、不思議そうに、当然だというように。

ボクは、一瞬何を言われたのか、よくわからなかった。

が、数回言われた言葉を反芻し、ようやく意味を理解した。

 

理解したと同時に、ボクは側にある木材を手に取り、言葉を少し噛みながら、少し慌てながら、カリムーに返事を返した。

カリムーの方を見ないようにしながら。

 

『そうですか気をつけてください』と、言うだけ言ってボクは駆け出した。

 

 

思い切り走って、急いで船の近くまできて、ようやくボクは立ち止まった。

抱えてきた木材を砂浜に立て、ボクは軽く息を整える。

 

さっきカリムーに言われた言葉が、まだ頭の中に残っている。

 

びっくりした。

 

手伝うのが当然とか、

仲間、

とか。

 

ボクはぷるぷると頭を振った。

わからない、と、頭を振った。

 

ボクは

偉そうにしてる客しかしらない。

文句ばかり言う客しかしらない。

暴力ふるう客しかしらない。

しらない。

しらない。

 

 

少しばかり混乱しながら、ボクは材料を待っている先輩の方へ向かう。

少しばかりふらつきながら、ボクは先輩に材料を手渡した。

ぐるぐると混乱がとけないボクの頭に、先輩の声が響く。

 

「…お前どうした。顔、真っ赤だぞ。」

 

言われて思わず頬に手を当てた。

あつい。

 

…この顔、カリムーに見られてませんように。

 

 

□月27日

航海77日目。

食料回収班に立候補した。

 

なんというか、カリムーと顔合わせたくない。

カリムーはきっとたぶん食料回収班には、こないだろう。

そう思ったから。

 

それなのに。

 

なんで今回食料回収班にカリムーがいるんだ。

 

 

「おいおい、アンタ大丈夫か?ここは手強いの多いぞ」

 

「甘く見るなよ、結構強いぜ俺は!」

 

「ははは、そりゃ頼もしい!」

 

先輩たちとカリムーの会話が聞こえてくる。

和気あいあいと楽しそうだ。

それを若干離れたところでため息をつきながら見守るボク。

 

ため息は先輩にも聞こえたらしく、どんより歩くボクに先輩が声をかけてきた。

 

「なんだ、やっぱ不安か?お前がこっち志望すんのは驚いたが…フォローはするから安心しろ」

 

長旅ですし、苦手だとか言ってられないですし。

 

「そうか、いい心がけだな。ま、今回は人数多いし前線には行かせない。戦闘に慣れとけ」

 

なんとか志願した理由をでっち上げ、ボクは先輩と会話をする。

『カリムーと顔会わせたくないから志願しました』とか言ったら確実に笑われる。

 

視線を先輩から逸らしながら、ボクは手でナイフを弄んだ。

ボクはちゃんとした武器を持ってない。

ナイフいくつか持っているだけだ。

 

…だって今まで武器なんて必要なかったんだもの。

 

再度ふうと息を吐き出し、ボクは先を歩くカリムーたちを眺めた。

ロクな武器すら持っていないボクは、足手まといになるかもしれない。

けれど、後方支援と荷物持ちと雑用は大事な仕事。

ナイフ投げなら多少は自信があるし、雑用ならいつもやっている。

 

文句は言ったけど、

働くときはちゃんと働くよ。

 

さて、頑張ろうか。

 

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●月3日

航海84日目。

 

ようやく、ペンが持てるくらいまでに回復した。

 

気が付いたのは3日前。

4日は寝ていたらしい。

驚いた。

 

今日の日記は

ボクは生きてる。

ってことだけ記しておく。

 

 

●月4日

航海85日目。

この前あったこと。

 

『□月27日。航海77日目。 ボクが食料回収班に志願して、食料集めに行った日』の、

…つまり8日前にあったことだ。

 

 

食料を集めるため、ボクらはしばらく森の中をウロウロと探索をした。

途中手強い動物と戦ったけれど、先輩たちとカリムーが倒し、見事に食材を手に入れた。

 

十分食料が集められたから、森の少し開けた場所にちょっとしたキャンプをはり、食料を捌いたり、まとめたりしていたんだ。

 

ボクら雑用組が食料を整理している間、カリムーら前線で戦っていた先輩たちには休んでもらっていた。

自分で強いというだけあって、カリムーは結構手練れだった。

先輩たちも感心していたくらいだから、相当だろう。

 

一休み中の先輩たちは、円座を組んで楽しそうに談笑していた。

 

「アンタなかなかやるじゃねーか!」

 

「あったりまえだ!伊達に長生きしてねぇさ!」

 

「ははは、これからも頼むぜカリムー!」

 

馴染んでるなぁ…。

そんなことを考えながらボクは黙々と食料の仕分けしていた。

 

すると突然、

空気に変な生暖かい空気が、混じった。

不思議に思い顔を上げようとしたボクの耳に、慌てたような先輩の声が聞こえた。

 

「…!危な、!」

 

そう、言われたはずだ。

よくわからない。

 

だってボクは

その声が聞こえたと同時に

真横に吹っ飛ばされたからだ

 

吹っ飛ばされて側にあった木に叩きつけられて

痛みでようやく息することを思い出した

 

 

何。

 何が、

何が 起こっ た、

 

 

 

悲鳴をあげる暇もなく

理解する暇もなく

追い討ちをかけるように

ボクの全身に刺すような痛みが走った

吹っ飛んで叩きつけられたときとは違う

何かに斬りつけられたような痛みが身体中に響いた

 

全身が熱い

痛みと熱さと恐怖に支配された

 

怖くて目が開けられない

何に、何されてるの、ボク

 

混乱してわけがわからないまま

ボクはされるがままになっていた

 

クラクラしてきて

頭がぼんやりしてきて

体にちからがはいらなくなってきて

 

無意識に頭をかばっていた腕すら

あげていられなく

なった

 

頬に額に顔に頭に何度も熱がはしる

 

痛いのか痛くないのか

もう わからな

 い

 

朦朧としてきたボクの耳に、風をきる音と金属音が届いた。

その音が聞こえたあとは、からだを走る熱さからは解放してもらえたけれど、

身体は微塵も動かせず

ボクはただその場にへたりこんでしまった。

 

「 …  …… !」

 

朦朧と俯くボクに、先輩が声を浴びせる。

反応がなかったからだろうか。

先輩は再度ボクに大声で

話しかけた。

 

「お 前、大 丈先輩夫か!」

 

ようやく言葉を聞き取れたボクは、俯いたまま先輩に言葉を返す。

 

『 いきてま す』

 

ボクはなんとかそれだけを言葉にした。

それを聞いて、少しほっとしたように先輩はことばを続ける。

 

「そ か、動けるなら、向こう に」

 

ボクが聞こえたのはそこまでだった

途中から先輩の声が きこえなくなった

 

どうじに嫌な音が響く。

 

嫌な予感がして、ボクはなんとか顔をあげた。

先輩の声がきこえていた方向に目をむけた。

 

そう、

ボクは目を向けてしまった。

先輩がいた場所に。

 

目を向けたと同時に、

ボクは先輩が戦っていたやつと

目があった。

 

 

目を合わせた瞬間

視線は固定され

体は固まった。

 

動けない。

体が動かない。

視線も逸らせない。

 

怖い。

 

なんだあの目

なんだあの牙

なんだあの爪

なんだアレは

 

怖い。

 

 

固まっているボクに、アレはゆっくり近づいてきて

アレの目が牙が爪が間近に迫ってきて

 

目の前が暗くなった。

 

 

暗闇のなかで音が響く。

ガキンという金音。

アレの爪となにか金属がぶつかる音だった。

 

「早く立て!」

 

聞き覚えのあるような、ないような声が聞こえた。

ボクは必死に目を凝らして、声のした方を見る。

 

ボクの目にうつったのは

見覚えのあるような無いような人物。

ボクとアレの間に割り込み、武器を構えてアレと対峙していたのは、

 

カリムーだった。

 

 

必死の形相で、逃げろといわれた。

 

わかってるよ

でも

動けないよ。

 

身体にちからがはいらなくて

微塵も動けない。

 

だからボクは諦めた。

生きて帰ることを諦めた。

 

ボクは目を閉じて、口先に意識を集中させる。

なんとか必死に口を動かして、

目の前にいる人物に向かって

『ボクを置いて、早く逃げろ』と

必死に言葉を紡いだ。

 

あなたには、カリムーには、夢が、あるんだろう?

 

世界がまるいことを、確かめるんだろう?

 

だったら、こんなとこで立ち止まってる場合じゃないだろう?

 

そう思って、音を紡いだ。

ボクがぼんやりした頭で、必死に考え必死に伝えたその言葉は、

きちんと相手に伝わったらしい。

 

…でかい声で怒鳴られた。

 

「ふざけんな馬鹿野郎!」

 

え。

 

「最初に言っただろ!全員で生きて帰るって!」

 

は。

 

「生きてる奴を見捨てて逃げれるか!」

 

ちょっと。

 

「これ以上仲間を死なせねぇよ馬鹿!」

 

あの。

 

「だから早く立て!逃げるぞ!」

 

 

ボクとの会話の合間にも、カリムーはガキンガキンと音を響かせる。

相手の攻撃を防ぎ、隙あらば相手を攻撃する。

 

…。

この人阿呆だ。

見捨てればいいのに。

早く逃げればいいのに。

 

本当、阿呆だ。

 

笑いが込み上げる。

この人を逃がさなければ。

この阿呆を無事生かさなければ。

ボクを死なせまいと奮闘しているカリムーを助けなければ。

 

 

 

そう考えて、

身に付けていたナイフを、

最後の力を振り絞って、

投げた。

 

効かなくても、アレの気を反らさせることを祈って。

チャンスがあれば、先輩がなんとかしてくれるだろうと思って。

 

先輩たちなら、カリムーを助けてくれるだろうと信じて。

 

 

そんな思いで投げたナイフは

 

 

見事にアレの目に刺さって

 

アレが痛みに悶えた隙に

 

チャンスとばかりに

 

先輩たちもカリムーも怒涛の攻撃をしかけて

 

 

アレをぶっ倒した。

 

 

 

 

ええええええー…?

 

 

-5ページ-

●月5日

航海86日目。

多くの犠牲を出しながらも、なんとかアレを倒したボクたちはあの後船に帰った、らしい。

 

らしいというのは、アレをぶっ倒したあとからの、ボクの記憶が一切ないからだ。

一気に脱力してそのまま意識を失った。

 

 

気が付いてから団長に話を聞いたら、ふらっと倒れてそのまま動かなくなったボクを、カリムーが抱えて船に連れていってくれたらしい。

『まだ生きているから、絶対に助けてくれ』と必死に。

 

「お前がこう生きてるのも、カリムーのおかげだ。動けるようになったら礼を言っておけよ」

 

そう言って、団長は部屋から出ていった。

 

 

ここはサザランド号の船長室。

目が覚めてあたりを見渡したら、無駄に豪華な部屋のベッドの上に居て、非常に驚いたのを覚えている。

 

…やっぱり、個室は結構いい部屋なんだな…。

 

部屋を見渡しながらボクはそんなことを考えた。

船長室にははじめて入った。

船長はなんでも自分でやっちゃうから、掃除やらなんやらで入らない、というか入れてもらえない。

 

この部屋を使っていたサザランド号の船長は、陸地に作った仮小屋に移動してくれたらしい。すいません。

 

目が覚めてから、あまり人には会っていない。団長と医者知識がある先輩くらいだ。

というか、動くな休め喋るな寝ろ、と部屋に軟禁されている。

 

大丈夫だと伝えたら、怒られた。

自分ではわかっていなかったけれど、結構ズタズタだったらしい。

山場を越えたら痛みが薄まったのでそれほど酷いとは思わなかった。

痛かったのは受けたときだけだろうと。

だから不思議に思っていたら、先輩が、多分衝撃を受け過ぎて心が体についていってないんじゃないか、と言っていた。

 

言われたときはよく意味がわからなかったけれど

うん、

多少落ち着いたらわかった。

 

超痛い。

 

いや、こう、痛いというか、痛いんだけど、痛い以上なんだよ、なんていうんだこれ。

死んでないのが奇跡だよ。

 

…でもあれだ。

治療につかう薬が凄くしみるのも原因のひとつだと思うんだ。

何つかってんだあれ。

 

「包帯変えるぞ」

 

と言われるたびに体が強ばる。

 

 

●月6日

航海87日目。

昨日の続きを書こうと思っていたら、団長が訪ねてきた。

 

「…船を降りろ」

 

開口一番そう言われた。

 

「いや、この島で降りろというわけじゃない、この後どこかの港に寄るから、そこで降りろ、という話で、そのころには、動けるようになってる…だろう、と、…ああ、お前ひとりじゃない、何人か降りるし、ちゃんと、」

 

しどろもどろに言いにくそうに目を泳がせながら団長は言った。

そんな団長にボクはしっかり見据えてこう言い返す。

 

降りません。

 

 

団長の動きが止まった。気にせずボクは言葉を続ける。

 

降りません降りません降りません。

ボクもう動けますから働けますから降りません。

絶っ対降りませんからね。

 

信じてないんですか、じゃあ今起きます今日の仕事はなんですか船掃除ですかよっしゃばっちこい。

は?ボクはフェニックスですから不死身ですから。ん?怪我?治りました治りましたよああもううっさいうっさい絶対降りないからなボクは!

 

 

後半は怒鳴り付けるように言った。

反抗されるとは思ってなかった団長は驚いた顔をした。が、すぐに持ち直してボクに言い返す。

そこから、

…怒鳴りあいがはじまった。

 

 

「馬鹿かお前は死にかけといて残るとか馬鹿か!」

 

馬鹿とか言わないでくださいよ!自分が弱いのはわかってますよ!こっから巻き返しますよ若いから!

 

「本当馬鹿だろお前!船乗りには向かないんだよお前みたいなのは!」

 

うるさい!向かないとか気付いてるよ!船がボクの家だ!海はボクの庭!そうだろ!

 

「だが今回お前嫌がってただろが!グダグタ文句言ってただろうが!じゃあ帰れ!」

 

気が変わったんだよ!ボクはこの旅の記録をする!この旅の行く末を最期まで見届ける!そう決めた!

 

「馬鹿かお前は、死ぬ気か!自殺は他所いってやれ!」

 

死ぬ気なんか全くない!元々無理矢理連れ出したのはあんたじゃないか!

 

「やかましい!!」

 

そっちこそ!

 

 

ボクらの口喧嘩が周辺に響きまくったらしく、騒ぎを聞き付けて皆集まってきた。

 

先輩が扉を開けるのがあと少し遅かったら、掴み合いの本気喧嘩がはじまっていた。

ありがとう先輩。

 

 

先輩たちの乱入のおかげで、ひとまず落ち着いた。

ボクと団長は互いに息を整える。

ボクらふたりの様子を見守りながら、先輩たちはまた喧嘩に発展するかもしれない、と部屋にとどまった。

団長が少しため息をつきながら、ボクから目を逸らしつつ呟く。

 

「……心配なんだよ。お前を死なせたくねえんだよ。察せよ馬鹿」

 

ボクは逆に団長の顔をしっかりと見つめ返して、はっきりと話す。

 

…意地張ってるわけでも、反抗したいわけでもない。

 

と。

ボクの言葉を聞いて、団長以下部屋にいる先輩たち全員が、キョトンと顔を呆けさせた。

 

「…あ?」

 

ボクはゆったりと、そしてはっきりと言葉を続けた。

 

『最後まで、この航海の記録したい』と。

例えば本当に世界がまるかったとしたら、おそらく世の中に名前が残るのはカリムーだけ。

ボクらの名前は残らない。

 

別に、世の中の人たち全員に認めてもらいたいわけじゃない。

けど、自分の子孫とかには信じてもらいたいじゃないか。

ちゃんと達成したと。

 

『自分の先祖は「勇敢な船乗りたち」の中にいた』と。

 

そう喋って、ボクは一旦言葉を止める。

軽く目を瞑って、一呼吸。

 

少し疲れた。

ちょっと頭がクラクラする。

 

そう体の不調を感じながらも、ボクはまわりにいる人たちを見渡した。

狭い船室内で、たくさん人がいながらも、皆黙ってボクの話を聞いている。

 

変な気分になりながらも、ボクは再度話し始めた。

最後にひとこと。

 

『自分の手で、旅の全てを記録したいんです』

 

そう伝えて、ボクはぺこりと頭を下げた。

しばらく、船室は静まり返っていた。

 

頭を下げながら、ボクは考える。

 

嫌々始めたこの旅で、ようやくやりたいことを見つけた。

『記録をしたい』

『旅の全てを書き留めたい』

 

ボクがやらなくてもいいことかもしれない。

けれど、やりたい。

ボクの手でやり遂げたい。

 

そう、思った。

 

 

しばらくして、頭上から軽いため息が聞こえた。

かと思うと、ボクの頭にポンと軽く手が乗せられて、

「勝手にしろ」

という呟きが聞こえた。

 

ボクが驚いて顔をあげると、ボクの頭を軽く撫でている、笑顔の団長と目があった。

 

「急に一人前なこと言いだしやがって」

 

その言葉が聞こえたかと思うと、わしわしと若干乱暴に頭を撫でくり回された。

 

少し痛い。

けど、ボクも自然と笑顔になった。

 

 

●月7日

航海88日目。

本当は今日出航するはずだった。ボクもそのつもりだった。

だけど、昨日のてんやわんやのあと飲み会が発生したらしく、飲み過ぎた団長が軽く死にかけてるため延期になった。

なにやってんだ、あの人。

 

 

部屋で休んでいると誰かが扉をノックした。

 

「よう!…体調は大丈夫か?」

 

カリムーだ。

あ、そうだ。お礼を言わなくちゃ。

そう思い、カリムーに挨拶をかえしたあと深々と礼を伝える。

 

「?…って、あぁ!いや、礼を言うのはこっちだ。あの一撃があったから生きて帰れたんだからな」

 

そう言ってカリムーは笑った。

ボクは苦笑いしながら、あれは完全にまぐれで、自分でもまさか刺さるとは思わなかった、と伝える。

 

「そうなのか?…まあお陰で救われたしな。お前の功績は大きいさ」

 

まぐれで当てたことを誉められると、リアクションに困る。

そう素直に話したら、クスクス笑われた。

 

「お前は面白いやつだな。皆が言ってた通りだ」

 

そう言ってカリムーはボクの頭をぐりぐり撫でた。

先輩たち何言ったんだ。

 

しばらくして、カリムーがポツリと呟いた。

 

「……ここはいいやつばかりだな。早く依頼しなかったのが悔やまれる」

 

最後にきたんでしたっけ。

 

「噂でな、ここは海賊あがりが多いから行くなと言われていた」

 

間違ってはいませんね。実際多いですし。根はいい人たちばっかりなんですが。

 

ボクらはのんびりと会話をする。

というか噂になってたのか。依頼が減るわけだ。

ボクが軽くため息をつくと、カリムーは微笑みながら楽しそうに言った。

 

「噂は当てにならんな。…まぁ確かに…少し、乱暴だか」

 

1日数回殴られますよ。…最近はありませんが。

 

「俺もだ。…はじめは数回殴られた。が、あれはここでは愛情表現なんだな」

 

…え?力一杯殴られますけど。

 

不思議そうな顔をするボクに、カリムーは、不器用なやつらが多いんだよ、と笑う。

 

まだ不可解そうなボクに微笑みながら、カリムーは続けた。

 

「メンバー全員、お前が怪我したときは目覚めるまで出航しないと言ったし、目が覚めてからも毎日のように面会させろと医者に詰め寄ってた。で、」

 

 

「昨日の口喧嘩。元気そうな声が聞こえたから、皆安心してたんだが、徐々に怒鳴り声になって…途中でなんか壊れる音がしてな、『団長ー!怪我してるガキになにしてんスかー!!』と全員慌ててた」

 

そういやなんか壊したな。喧嘩に夢中で気にしなかったけど。

昨日のことを思い出しながら、ボクは遠い目をする。

あんだけ騒いだのは久しぶりだな。

 

 

「お前さんは可愛がられてるよ。大事なんだろう」

 

だったら、無理にボクを船に乗せなくてもいいでしょう。

ボクは船乗りには向いてませんよ。自覚はあります。

 

「基本的に目の届くとこにおいておきたいんだろうな。特に今回は全員参加だ、連れ歩くしかない」

 

そうですか?目が覚めたあと『船を降りろ』と言われましたよ。

 

「死なせたくない、これ以上怪我させたくない。どうしたもんかと悩んだ末の苦渋の選択じゃないか?」

 

なんだそりゃ。

 

思わず素で返した。

船から追い出されて、素直にボクが住み処に帰ると思ってんだろうか。

家出するとか考えないんだろうか。

 

「…考えてないと思うぞ」

 

船のメンバーを思い出しながら、カリムーは呟く。

全員性格がわかりやすいというのか、まあなんだ、とカリムーは言葉を濁す。

軽くため息ついたボクに気づいて、慌ててカリムーは笑い直す。

 

「まあ誰かに『おかえり』と言ってもらえると、嬉しいもんだよ。帰ってきて、誰かが出迎えてくれるというのは、幸せなことだ」

 

それをボクに求めなくても。

 

「お前なら自分等のことを忘れない、と信じてんだろう。いつ帰っても『おかえり』と言ってくれると」

 

え、あ、え?いやまあそりゃ言いますが忘れませんがつーか忘れられるかあんな人たち他にいくとこないから素直に住みかには帰りますしあれ?

 

今度はボクが慌てる番だった。

あれこれ先輩たちの思い通りの行動じゃないか?

つまりボクもわかりやすい性格してるということか?

あの先輩たちに負けず劣らずわかりやすい性格を。

 

あわあわと言葉を考える暇もなく思い付く単語を口に出すボクを見て、カリムーはニコニコと笑う。

ボクはまだ言葉を続けていた。

 

『おかえり』ってボクは団長に小さいころ拾われてそのまま住みついただけだ。他人。皆他人なんだよ。そうなんだよああもう家族じゃあるまいしそんな

 

そう呟いたら、カリムーはしみじみとした声でボクに言う。

 

「…昨日の口喧嘩は、親子喧嘩のようだったよ。心配する様も家族のようだった」

 

え。

…ああなんかその、あの、やめてカリムーやめてなんかこう恥ずかしいこと言おうとしてるだろ。顔熱くなってきた。

それ以上言わないでなんか恥ずかしい。

 

「血が繋がっている奴等だけを家族というわけじゃないさ。…大人しく甘えとけ」

 

ひ、あ、

ややややめてお願いやめて先輩たちを素直に見れなくなるからやめて。

先輩たちみて赤面しろとそういう意味かなんだこれなんだこれひああああああ

 

軽く悶えてボクは布団に突っ伏した。

ボクの中で『同じ職場の先輩』から『仕事先が同じ家族』に移行するのを必死で押し止めた。

やばい先輩たちのことを『お父さん』とか『お兄ちゃん』間違えて呼びかねない。これは死ねる。

 

ボクは必死で意識改革をさせないようにしながら、ニコニコ笑ってるカリムーに話しかけた。

話を、話をそらさなくては。

 

そ、そういや、カリムーは、なんでボクのとこに?

 

そう聞いたらカリムーは笑いながらこうのたまった。

 

「あぁ、皆照れて行きにくそうだったから」

 

…はい?

 

「なんかもう心配だから生で話たいらしいんだが、いかにも心配してまーす、と悟られるのが嫌らしくて」

 

…ま、待って。

待ってカリムー待って!話そらしたつもりが全くそらせてないよこれ!

 

「代表で俺がきた。そんだけ動ければ平気そうだな、伝えとくよ全部」

 

ままままま待って何をどこからどこまで伝える気だ!

や、待、ちょっ

 

「一度船を降りろと言われたからって腐るなよ?お前のためを思って言ったことだ」

 

そうですねありがとうございますそうですねわかってます。

あの、伝えるなら『ボクはもう大丈夫だから、明日から働きます。これからもよろしくお願いします』って伝えていただけますか。

 

「おう!」

 

他には伝えなくていいから何も言わなくていいから『お兄ちゃん』とか呼びそうだとか伝えなくていいから。

 

そう必死で捲し立てたら、はっはっは、とカリムーは笑って立ち上がった。

無理はするなよ、と言って

 

カリムーは部屋から出ていった。

 

返事!カリムー返事!

言わないよ、って返事くださいよ、喋る気だなカリムー喋る気なんだな?

 

 

パタンと閉じられた扉を呆然と見て、熱い顔を鎮めるようにボクは再度布団に突っ伏した。

 

明日から、

どうしよう。

 

 

 

●月8日

航海89日目。

いろいろあったこの島からようやく出航。

 

この島でメンバーの人数が減った。予想はしていたことだけど、やはり全員のショックは大きい。

航海をはじめて90日近い。これからどうなるんだろう。

 

できればこれ以上減らないで欲しい。

 

 

世界は丸い。

この言葉をまだボクは信じられないけれど。

 

丸かったらいいな。

きっとカリムーも団長も先輩たちも喜ぶだろう。

 

 

…と、綺麗にまとめたんだから横でごちゃごちゃ言わないでくださいよ!

 

うるさい絶対呼ばないからな!

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●月30日

航海111日目。

ようやくとある国の港に到着した。

ボクらを受け入れてくれるか不安だったけれど、快く受け入れてくれた。いい国だ。

 

ここで、前の島での戦いで大怪我をした先輩たちとその世話係の先輩たちが降りることになっている。

 

寂しい。

 

だから今日は離別の会を行うみたいだ。

無事に住み処に帰れるように、無事に目的を達成できるように。

互いに英気を養う。

 

とかなんとかいってるけど、実際はただ飲みたいだけだろう。

これだから酒好きは。

 

 

人数が多いので、港にある酒場を借りきって宴会。

宴会?

…いやもう宴会でいいだろ。宴会以外のなんでもないだろこれ。

乾杯の音頭が終わったら、今日は無礼講とばかりに一気に騒がしくなった。

 

この有り様をみて、あまり暴れないように、あまり汚さないように、と少し青い顔をした酒場の店主に言われた。

 

けど。

 

なんかもう手遅れかな。

 

 

▲月1日

航海112日目。

これだから酔っぱらいは。

これだから酔っぱらいは。

これだから酔っぱらいは!

 

昨日の宴会は予想通り大惨事になった。

そこら辺に先輩たちが死屍累々。

店中がなんか酸っぱい臭いで充満してる。

もちろん酒場は軽く崩れていた。

毎回思う。

酔うと暴れるなら飲むんじゃない。

もしくは屋外で飲め。

 

 

ため息つきつつ、惨状を眺めていたら酒場の店主に叱られた。

ボクが何をしたってんだ!

 

ああもう、とイライラしながら弁償のための金を渡して、誠心誠意謝ったら許してもらえた。

 

よかった。

 

ふぅと軽くストレッチ。

そしてボクはそこら辺に転がってる邪魔な物体を外に放り出す作業を開始した。

 

比較的意識がありそうな先輩をたたき起こして、本気でダウンしている先輩を担いでもらう。

わざと大きな声をあげて、先輩たちを追い出す。

 

外出て外出て!船で寝てください!は?この状態で船で寝たら死ぬ?頑張れ!

 

邪魔なものを追い払い、ペシンと自分に気合いをいれる。今回は手間がかかりそうだ。

邪魔者がいなくなり、すっきりとした店内を見渡す。

壊れた机や椅子はとりあえず端に寄せて、まずは床というか臭いどうにかしないと。

 

さあやるか、と慣れた手つきで掃除をはじめたら、酒場の店主に驚かれた。

 

「いや、弁償金は貰ったから、そこまでしなくても…」

 

大丈夫です、すぐ終わります。

 

そう伝えて、テキパキ手を動かした。早めに終わらせないと店が開けない。

商店としてそれはとても問題だ。

 

後始末をサクサク終わらせて一応店は元通りになった。…壊れた机と椅子を使って直したから、机と椅子は減ったけど。

すいません。

 

「いや、十分だよ…。ありがとう」

 

後片付けが終わったので船に帰ろうとしたら、店主に呼び止められた。

昼飯を食っていけという。

お腹も減っていたので、お言葉に甘える事にした。

 

宴会の時も思ったけど、やはり店主の作るご飯は美味しい。

ぱくぱくと幸せを感じながら残さず食いつくした。

食いっぷりいいねぇ、と店主に笑顔が戻った。

 

満腹ですありがとうございました。

満腹になったのいつぶりだろう。

 

 

 

▲月2日

航海113日目。

まだ港に滞在中。

今日は1日休むらしい。

港に繋がれて固定されていたとはいえ、微妙に揺れる船に乗っていたため、先輩たちの体調がまだ回復していないからだ。

 

…素直に船に戻ってたのか。宿屋とかその辺の道で寝てると思ったのに。

 

暇になってしまったボクはどうしようかな、と酒場の店主の作ってくれた朝食を食べながら考える。

 

昨日店に夕食を食べに訪れたら、片付けてくれたし今夜泊まってっていいよ、と暖かく迎えてもらえたのでお言葉に甘えさせてもらった。

寝床はふかふかだし、飯は旨いしで幸せでした。

本当にありがとうございます。

 

 

食べ終わった頃に、カランと酒場の扉が鳴った。

 

「ここにいたのか。他のやつらに聞いたら、夜は帰ってこないし、朝戻ってきた思ったらすぐどっか行ったと言われてな。探したぞ」

 

「何食ってんだお前」

 

カリムーと団長だ。

探したのか。

まあ結構町中ウロウロしたからな。

 

「…店主、俺らにもなんか作ってくれねぇか?」

 

腹を押さえながら団長が食い物を要求した。

すいません店主。

金はちゃんと払いますから。

そう言うと、まぁいいか、時間外だけどサービスするよ、と店主がキッチンに向かう。

いい人だ。

 

「あぁそうだ。店主!ここは武器持ち込み大丈夫か?」

 

暴れないならいいよ、と答えが返ってきた。

そうか、と団長が呟き、ボクになんか差し出す。

なんだこれ。

 

「武器だ。エストック」

 

は?

 

「今回のことでよーくわかった。お前専用武器が必要だと。…使え」

 

そう言ってぐいと武器をボクにつきだしてきた。

つまりこれをいつも身に付けて持ち歩けと。

この武器の扱いを覚えろと。

うわ、面倒臭い。

 

「明日から毎日戦闘訓練をやらせるからな。サザランド号のやつらには話通してあるから」

 

…うぇ。

 

思わず出した声と共にカリムーに目線を送って助けを求めた。

頑張れ!とカリムーはボクに笑顔を向ける。

 

嫌だ。

嫌だ嫌だ嫌だ!

先輩たち容赦ないじゃないか。

多分死ぬ。

おそらく死ぬ。

痛いことは嫌いだ。

 

若干どころか本気で嫌そうな顔になっていたボクに、カリムーは笑いながらこう言った。

 

「団長が悩みに悩み抜いて選んだ武器だからな」

 

…へ。

 

「初心者でも扱いやすくて、ほどよく身を守れて、使いこなせればかなりの威力になる武器、と探しまくっててな。付き合って一緒に探したがなかなか見当たらなくて」

 

笑顔で語るカリムーと、慌てる団長。

 

「ようやくいい武器を見つけ出して買ったら次はお前が見つからなくて、町中探し、」

 

そこまで喋ってカリムーは沈黙した。

ゴッと音がしたかと思うと、カリムーは店のカウンターに倒れ込んでいた。

団長がカリムーをぶん殴ったようだ。

顔は見えなかったけど、団長の耳は真っ赤だった。

 

 

カリムーの話を聞いたボクも多分顔赤い。

なんでカリムーはこう他人を恥ずかしい気持ちにさせるのが得意なんだ。

素直に喋らなくていいってばもう。

 

ボクは顔を反らしながら、団長と…多分聞こえてないけどカリムーにも礼を言う。

 

…ありがとうございます…。頑張ります。

 

 

頑張りますから手加減してください。

そう思いながら、ボクは貰ったばかりの武器を優しく撫でた。

武器が暖かいはずはないのだけれど、不思議とあったかいな、と感じた。

 

 

▲月5日

航海116日目。

先輩たちも回復し、今日は出航の日。

港まで酒場の店主が見送りにしてくれた。

 

お世話になりました。ありがとうございます。

甲板から身を乗り出して店主に向かって手を降った。

いい人だったな。

 

あと港にいるのはここで別れる先輩たち。

ここから帰るには航路も陸路もある。時間はかかるけど、無事到着するだろう。

 

また生きて会えますように。

 

 

しんみりと小さくなっていく人たちを見つめる。

また、いつかきっと、

 

と感傷にふけていたら、トントンと肩を叩かれた。

 

…え。

 

視線の先には笑顔で武器を持った先輩。

それだけでボクは全てを理解した。

 

もう訓練…?と小さい声で問いかけたら輝かんばかりの笑顔で返された。

ボクは、ああそうだ砲台の手入れしないと、と視線をそらして逃げようと

 

…ガシッと腕を捕まれた。

先輩は変わらず笑顔、…あ、これ違うな笑顔の奥に鬼がいる。

そのままボクはズルズルと引きずられて連行された。

 

待、って

待って先輩待って!

まだ心の準備が

 

 

ボクの言葉は流された。

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▲月6日

航海117日目。

身体中が痛い。

先輩容赦ない。

 

 

昨日から仕事の空き時間に戦闘訓練がはじまった。

とはいえ、本物の武器を使っての訓練はしていない。

貰った武器と似た感じの木刀を使っている、けど、叩かれれば痛い。

そうなんだよ痛いんだよ、木刀って痛いんだよ!

 

 

昨日は訓練終わったあとしばらく動けなかった。

しんどい。

眠る前に確認したら、身体中痣だらけだった。

 

 

一応先輩は手加減してくれてたらしい。

武器の扱いがド素人だからと、手加減はしてくれたらしいんだけど。

 

これはキツイ。

つか痛くて眠れない。

 

くっそう。

 

 

▲月26日

航海137日目。

今日も訓練。

毎日訓練しているからか、前より痣を作らなくなった。

…つまりまあ、避ける方がうまくなったというわけだ。

もっと打ち込んできてよ、と先輩に言われるが扱いがいまいちよくわからない。

 

よく知るために、武器を調べてみることにした。

ボクの武器・エストックについて。

 

エストックは刀身が非常に細く、刺突専用の剣で、……あ、フェンシングの剣っぽいって言えば分かりやすいか…。それの刀身がもうちょい太い剣。

 

細いからすぐ曲がりそうだけど、見た目より強度がある。

短めのエストックなら闘牛士が最後にとどめにつかうこともある。

 

…とどめに使う?

つまりこれ、多人数や海上戦闘にあまり向いていない、汎用性が低い武器だよな。

斬りつけるタイプの武器じゃない、突き刺すタイプの武器。

 

 

普通は船で使うならカットラスかな。

片手剣で短く厚い刃がある剣。揺れる船上では短い方が使いやすいし、打ち込みに強くするため太い刃になっている。船上戦闘だけでなく、水を吸った太いロープや帆を切るのに便利な切断能力を持ってる。

もしくはバイキングソード。刀身が幅広で厚く短い剣。船の上で扱えるように邪魔な部品は取り除いてある。

 

 

えっと、

…つまりエストックって、多人数を相手にしたり、物を切ることの多い船乗りに向いてない武器ってことだよな。

 

ボクは読んでいた本を閉じ、軽く頭を抱えた。

調べれば調べるほどエストックが海上の武器には向いていないのがわかる。

…なんでボクの武器エストックなんだろう。

 

今度聞いてみよう。

 

 

▲月31日

航海142日目。

食料調達のため近くの島へ。

船を降りたついでに、団長にこの間の疑問をぶつけてみる。

 

「は?自分の武器がエストックな理由…? なんだ急に」

 

逆に質問を返された。

ので、ボクは先日調べたことを話した。海上戦に向いてない武器を選んだのは何故か、と。

団長は一瞬止まったあと、こう話してくれた。

 

「…対人間、だけならカットラスにしてもいいが…あいにく、この世はよくわからん生物が多い。斬りつけるより急所をついた方がいいこともあるんだ」

 

あぁ、確かに。

 

「…お前はナイフ投げの腕が悪くないからな、急所を突けるタイプの武器にした。…これでいいか」

 

あ、はい。ありがとうございます。

 

「じゃあ、食い物探しにいってこい」

 

そう一通り解説したあと、団長はボクの背中をバンと叩き、働けと促した。

叩かれた勢いで転びそうになりながらも、ボクは島の探索に戻る。

 

疑問は解消した。

…解消した、のかな。

なんか、…うーん…。

 

 

「おや、どうした」

 

いまだ晴れない疑問を抱えながらトコトコ歩いていたら、カリムーが声をかけてきた。

両手にたくさんの食べ物を抱えたカリムー。

なんかもうカリムーが働いてるのに違和感感じなくなってきたな。

 

…そうだ、カリムーならなにか知ってるかもしれない。

団長がこれ買ったときに一緒にいたみたいだし。

そう思ってカリムーにも団長にした質問を問いかけた。

 

「…自分の武器がエストックな理由?…ああ、確か街中で持ち歩いても大丈夫そうなやつ、だったかな」

 

…?

 

「エストックは柄の部分は基本シンプルなんだが、それは籠手部分が複雑な形してるだろ。レイピアに近い」

 

ああ、そう言われれば派手というか凝ってますねこれ。

 

「街中でそれ腰に着けてても、飾りモノか、と思わせられれば人に警戒されないだろ?」

 

そうなんですか?

 

「貴族とか、飾りで武器持ってたりするからな。洋服のアクセントで」

 

団長は突武器持ちがいたほうが便利だから、と言ってましたが…。

 

「あぁ、それもあるな。とはいえ、買ってるときはデザイン重視だったぞ」

 

じゃあ、レイピアでも良かったんじゃないですか?もしくは短剣。

 

「短剣はある…というか常に隠し持ってるんだろ?」

 

ええ。緊急時用に。

 

「レイピアより、エストックの方が軽いんだよ。だからじゃないか?軽いほうが扱いやすいだろ」

 

……。

そう、ですか…。

 

ありがとうございます、とカリムーに礼を言ってボクはカリムーから離れた。

 

たかが武器。

なのに、凄くいろいろ考えてボクに合う武器を探してくれた、と。

 

なんというかその

 

…なんか顔熱いんでちょっと走り込んでくる。

思いっきり走ってくる。

 

 

っだああああああもう!

-8ページ-

 

■月10日

航海152日目。

訓練も順調、航海も順調。

 

食料補充に島に寄ったけれど、何もなかった。

 

 

 

■月24日

航海166日目。

やばい。

食料が尽きてきた。

 

立ち寄れそうな島もない。

前寄った島に食料が全くなかったのが痛かった。

 

船の中でも危険な雰囲気が流れ始める。

 

やばい何かあったら真っ先にボクは死ぬ。

弱いから。

 

 

■月30日

航海172日目。

無駄に体力使えないから、訓練はしばらくやってない。

 

腹減った。

 

 

 

◇月3日

航海175日目。

無駄に動き回ることもしてない。

 

 

 

腹減った。

 

のど渇いた。

 

 

◇月28日

航海200日目。

航海200日到達。記念な日なのに皆死にかけてる。

 

やばい全滅する。

他の船はどうなっただろう。

 

連絡はない。

 

 

◇月31日

航海203日目。

リーダー船、…団長とカリムーが乗ってる船から連絡があった。

おぉ生きてた久しぶり。

リーダー船から送られる伝言を読み解く。

 

え、島がある?

 

 

慌てて先輩たちに知らせた。

食い物がなくてもいい、

湧き水さえあれば、

まだ生き延びられる。

 

-9ページ-

 

▽月1日

航海204日目。

 

 

食べ物あったああぁぁぁあ!!

 

 

 

 

 

▽月5日

航海208日目。

しばらく島に滞在。

食料調達と食料保存と水確保と体調回復と、…遺体埋葬。

 

仕方ない。

あんだけ飢え期間長ければ、そりゃ無理だ耐えられない。

 

ボクが生きてるのは運が良かっただけのこと。

うちの船の選択が、うまく行っただけのこと。

ボクが優遇された訳じゃない。

 

危機の船を動かすためには、全ての情報を開示して全員平等にしないと、疑心暗鬼に陥って内乱がおきる。

つまり船が沈んでしまう。

ボクらの船は今ある食料を全て公開して、話し合って分配して生き延びた。

 

話し合いも荒れたけど、ウチの…サザランド号の船長は落ち着いていた。

かっこよかった。

 

もしボクが船長の役についたら、責任の重さでパニックになっていただろう。

船長は全てを見据えて判断をしなくてはいけない。

そんな大役ボクには勤まらない。

 

船長はそれをやってのけた。

時には冷静に、時には…まあちょっと力ずくで。

 

船長ありがとうございます。感謝してます。

 

 

ですから、

船長休んでください。

 

動くな。

 

やかましい今は陸だ寝てろ島についたらぶっ倒れたくせにこれ以上無茶しないでくださいよ。

これなら食えますか。………よしゆっくりでいいですから食ってください。

船を島に寄せ終わったら急にぶっ倒れてマジびっくりしました。ななな泣いてないです。泣いてないですよ。

 

笑いながら船長がボクをからかう。

ボクはそっぽを向きながら船長の介抱を続けた。

 

無事でよかった、そう思っただけだ。

安心したから少し涙腺緩んだだけ。

 

それだけだよ。

 

 

▽月9日

航海107日目。

島滞在中。

飢えないように全体的に食料保存量が増えた。

鬼のように積む。

 

基本的には船旅って、予定期間の3倍近くは積んだほうがいいらしい。

それプラス保存食。

 

ただ、今回は予定期間が曖昧なのと目的地が曖昧なのが相まって、どのくらいの量を乗せればいいのかがわからなかった。

出発時、とりあえず積められるだけ積んだ。

けど、何があるかわからないから武器やら砲弾やらの予備を大量に積む必要がある。

倉庫の空きはその分埋まっていた。

 

しばらくは島や港があったから耐えていたけど、この辺島がほぼない。

おかげであの食料危機。

 

今回やたらと積むのも仕方ないだろう。

 

…重さで沈みませんように。

 

 

▽月11日

航海214日目。

生きているメンバーの体力がある程度復活した。

食料が悪くなる前に出発するかと思いきや、団長から船のメンバーチェンジが命じられた。

 

「今回の事で一隻の人数が少なくなったしな、数人移動してもらう」

 

頭を掻きながら団長は言う。

不満は出なかった。

 

 

船は5隻。

ひとつめは、斥候を兼ねた小さめな船。

ふたつめは、砲撃に優れたやや大きい船。

みっつめは、貨物を乗せる中くらいの船。

よっつめは、団長やカリムーが乗る大きいリーダー船。

さいごは、ボクが乗る中くらいの殿船。

 

先頭の船、斥候船の人数減少が著しい。

斥候を兼ねていたせいか船のサイズが小さく、またいろいろ道具を積んでいたため、積んである食料が他のところより少なかったせいだ。

 

船に必要な役職の先輩たちが優先的に先頭の船に移動する。

 

ボクは移動なし。

サザランド号からは水夫の先輩が移動。

よく訓練してくれた先輩だ。

今までありがとうございました。

 

 

▽月14日

航海217日目。

船員の移動が終わり、食料も水も大量に積んで出航。

 

これで多分大丈夫。

…多分。

 

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▽月14日

航海217日目。

出発して数日。

波の音しか聞こえていなかった海に爆発音が響いた。

 

 

何事かと船員全員が甲板にでる。

音のしたほうを見ると、前方の船の周りから水柱が上がり、船からは黒煙が上がっていた。

 

 

「海賊か!?」

 

船長が叫ぶ。

その声を聞いて、見張り台にいた先輩が慌てて報告をする。

 

「…違、います!敵の船影はどこにも…!」

 

戸惑ったような、混乱しているような声が響いた。

船影がないのはおかしい。

この攻撃はどこからされているんだ?

周りには海が広がり、近くに小島すら見当たらない。

 

それに、ボクらの前方にあるのはリーダー船。砲台も砲弾も充分積まれているはずだ。

攻撃されているなら反撃できるはず。

 

しかしリーダー船は反撃していない。

反撃することに躊躇がある相手。

近くに敵船も島もない。

つまり、

 

ボクが犯人に思いあたったと同時に、見張り台の先輩が息を飲む。

ほとんど叫ぶような、先輩の悲痛な声が聞こえた。

 

「砲撃しているのは、ウチの船団です!前方の2隻…貨物船以外がリーダー船に向かって攻撃!貨物船は巻き込まれている形に、」

 

先輩がそう報告をするやいなや、船に衝撃が走った。

あたりの海が水柱をあげ、船を大きく揺らす。

こっちにも弾が飛んできた。

幸いにも船体には当たらなかったが、近くの海を攻撃されるだけで船にダメージがはいる。

このまま傍観していたら、沈むのは時間の問題だ。

 

 

「くそ、…舵をとれ!」

 

急いで船長が指示を飛ばす。

船長は離れるつもりは毛頭ない、と集中的に砲撃を受けているリーダー船の援護を指示した。

海戦に備え準備。足が滑らないように急いで砂を撒き始める。

 

 

「…内乱なら首謀者がいるはずだ。くそ、どっちにいる?」

 

 

船長が苦い顔をしながら、砲台船と斥候船を睨み付ける。

たしか斥候船と砲台船、このふたつはこの間の島での船員の移動が多かったはずだ。

砲台船には乗組員が多かったから、その分斥候船に移動した。

かつ、斥候船は飢えで壊滅状態だった。

 

なら、首謀者はもともと砲台船にいた人物じゃないか?

 

その人はもともと内乱の計画を立てていた。

砲台船だけで内乱を起こすつもりだったが、斥候船に移動。

移動を幸いと、斥候船メンバーも抱き抱えて、2隻で内乱を起こす計画に変更した。

成功率をあげるために。

前方の船に乗っていれば、内乱のタイミングも後ろと合わせやすい。

 

つまり首謀者は斥候船にいる可能性が、高い。

 

かな。

 

両方潰せばいい、とは思うけどそれは困る。

斥候船、砲台船共に大事な役割がある。両方同時に潰すなんてそんなこと出来ない。

潰すなら、1隻だけだ。

 

だから船長も悩んだのだろう。

『どちらに首謀者がいるのか』と。

首謀者さえ潰せれば、大人しくなるはずだ。

 

いまだ渋い顔をている船長に、ボクは今考えたことを伝えてみる。

船長に話ながらボクは考えた。

 

なんでだろうな。

仲間だと思ってたのに。

 

なんでボクは今仲間を殺す算段をしているんだろう。

 

 

ボクの考えを聞いて、船長は少し考え込む。

しばらくして『斥候船を攻撃しろ』と指示をだした。

同時にリーダー船、貨物船にも連絡を入れる。

ボクは船長から離れ、砲台の手伝いにいく。

 

 

なんだろうな、この気持ち。

モヤモヤする。

 

 

◎月5日

航海239日目。

5日間戦った。

斥候船は沈んだ。

 

 

5隻いたはずの船が1隻なくなった。

たくさんいたはずのその船の船員もいなくなった。

 

 

戦いが終わった日の夜。

汚れた船の汚れた甲板で、

汚れたマストに寄りかかりながら、

汚れた武器を見て、

汚れたボクは目を伏せる。

 

ボクの新しい武器での、初めての戦いの相手が、仲間だったのはなんでだろう。

初めて刺した相手が仲間だったのは

なんでだったんだろう。

 

 

ただぼんやりとそんなことを思った。

何も考えたくないと、そう思った。

 

 

あんなことがあっても日はまた昇り朝がくる。

明るい中で見るサザランド号は、いろんな場所が赤黒く染まり、嫌な臭いが充満していた。

何も考えずただ掃除をした。

ただ綺麗にしたくて、

何もなかったことにしたくて。

 

 

 

ある程度船が綺麗になった頃、船長が皆に言った。

 

「砲台船も崩れてはいるけど、修理すれば大丈夫そうだ」

 

ボクらの船は、操舵ができる先輩以外は誰も乗っていない砲台船を牽引し、先導する他の船を追って陸地に向かった。

砲台船の船員を問い詰めるために。

…まあ、ある程度もう吐かされてはいるんだろう。

砲台船の船員たちは、攻撃されて気が立っているリーダー船に軟禁されているのだから。

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◎月7日

航海241日目。

陸地到着。

団長は内乱の理由問いただすために、砲台船の船員を地面に放り投げた。

予想以上にボコボコにされていた。

 

ボコボコの船員から内乱の理由を聞く。

不安と不満から起こしたのだと船員は答えた。

 

飢えて全滅寸前になった船に乗せられたための不安と、この旅に対する不満。

見えない目的地。狭く揺れる船。

そりゃ不満も出る。

しかし内乱の一番の原因になったのは、航海ルートの不安定さだったらしい。

ボコボコの船員は吐き捨てるように語りだした。

 

「世界を一周するためのルートは考えた、とか言いながら、実際は外れだったじゃないか」

 

これはつい先日あったことだ。

予想したルートを数日かけて調査したところ、このままでは先に進めないということがわかった。

ただ、行き止まりというわけじゃない。世界の端というわけでもない。

海だと思っていたところが凄く広い河だった、それだけの話。

少し移動すれば、ちゃんと道は続いていた。

 

「数日調査で足止めされて、結局外れ。イライラしたんだよ」

 

そう言って団長やカリムーを睨み付ける。

団長が手をあげる前に、うちの船長がそいつをぶん殴った。

ピシャリと言い放つ。

 

「未知のルートを進むには慎重に進むしかないだろう?それもわからない馬鹿が騒ぐな」

 

それを聞いてまた不満そうな顔をしたそいつを、船長は再度ぶん殴った。

もうそいつは不満そうな顔もしなかったし、文句も言わなかった。

 

気を失ったからだ。

 

ボクはぼんやり遠くでそれを見守っていた。

 

 

◎月10日

航海244日目。

船のメンバーを入れ換えた。

砲台船にいた船員たちを貨物船に。

貨物船にいた先輩たちを砲台船に。

ついでにリーダー船とサザランド号から数人監視に移動した。

 

殺してしまうと人手がたりなくなる、と今のところは見逃すつもりらしい。

団長は彼らに、心を入れ換えろ、とチャンスを与えた。

 

 

◎月30日

航海264日目。

メンバーを入れ換えて、先に進む。

ある海域にはいったら、どうも船の様子がおかしい。

ルートからいやにズレてきている。

 

航海士の先輩にきいてみたら、このあたりの海流がおかしくいやに荒れていると言われた。

甲板から海を見たら確かに船にぶつかる波が以前よりも荒々しい。

 

この海域、無事に抜けられるだろうか。

 

 

☆月6日

航海270日目。

だめだ、船の揺れが大きい。まだあの海域からでられない。こんな海峡はじめてだ。ぐ、ぐらんぐらんするるるるる。

 

 

☆月15日

航海279日目。

なんでずっと荒れたままなんだここ…。普通は時間帯や季節で潮の流れは変わるはずなのに。今日までに全員滑って転んで船を転がった。勢い余って海に投げ出されなかっただけよかった。この海域で海に落ちたら絶対に助からない。

 

激しく揺れる船に翻弄されながら、ボクは仕事を続ける。

 

ってう、わ

 

しまった油断した。

滑って転んで

 

船の外に投げ出された。

 

やばい落ちる。

 

 

変な色をした空が下に。嫌な色をした海が上に。

世界の上下がひっくり返り、ボクの体は宙に浮く。

そのままボクは嫌な色の海に引っ張られる。

気付いた先輩たちが間一髪で足を掴み、ギリギリ海の藻屑とならずに済んだ。

 

し、死ぬかと思った…。

 

バクバクと異様な鼓動を刻む心臓のおかげで、生きてることを実感した。

正面、そして頭の下に視線を向けて、海の荒れっぷりを再認識する。

今さらながら恐怖を感じた。

足を掴む先輩が荒れ狂う波の音に負けじとボクを怒鳴った。

 

わかりました説教はあとでききますから!早めに引き上げてくださいお願いします!

怖いから、怖いから早く引き上げて早く!

 

-12ページ-

 

☆月22日

航海286日目。

昨日までと船の揺れが違う。

もしかして潮の流れが、穏やかになったのか?

昨日より揺れが激しくない。

 

急いで外に出て海を見下ろした。

昨日とは船に当たる波の勢いが違う。穏やかな波になっていた。

 

よ、ようやく海域を抜けた!

 

危なかった。

これ以上あの荒れた海にいたら、流されて漂流するところだった。

いや、漂流くらいならまだいい。最悪、船が壊れていたかもしれない。

あんな場所で船がバラけたらおそらく死体すら上がってこない。

 

なんとかギリギリ耐えた。ありがとうサザランド号。

 

先輩たちと喜びを分かち合う。

ようやく船内も落ち着いた。

今日は荒れた海のせいで破損した箇所を修理しないと。

 

 

☆月31日

航海295日目。

 

船のメンバーを入れ換えて、荒れた海域を抜けて、しばらく経った。

 

…どうも、貨物船が乗っ取られた、らしい。

内乱の生き残りが、乗っていた船を乗っ取ったようだ。

監視についていた先輩たちは海に投げられたらしい。

 

らしいらしいと曖昧なのは、その海に投げ込まれた先輩が気絶する前にそれだけ伝えたからだ。

 

今その先輩は疲れはてて眠っている。

 

波に漂っていた先輩たちを引き上げてから今回の事件を知ることができた。

…いったい何が起こったんだ?

 

 

★月6日

航海301日目。

ようやく陸に到着した。

先輩たちも体調は回復しているが、詳しい話は全員の前で、と島を見付けるまで詳しい話は聞けていない。

 

残った船が無事に島に到着し、全員が集まって貨物船に乗っていた船長と先輩たちに詳しい話を聞く。

 

貨物船は乗っ取られてから行方不明。今どこを漂っているんだろうか。

 

 

「…漂ってるわけじゃないっスね。帰ったんだと思うっス。もう耐えられない、と言ってたっスから」

 

貨物船の船長が答える。

最後まで抵抗したらしく、生傷がまだ治りきっていない。

手当てをするためにボクは救急箱を手にした。

 

「…それ、しみるから嫌なんスけど…」

 

我慢してください、と切り捨てボクは治療をする。

貨物船の船長は治療されながら、たまに派手に悲鳴をあげながら、説明を続けた。

 

「このまま進もうと思ったらこの辺りで冬を越すことになるっスから。ここ、異様に寒いっスし」

 

たしかに海域の辺りから急に寒くなってきた。

南に南に進んだはずが、寒さは増すばかり。

急に寒冷な気候になった。

ここら辺は、ボクらの住んでいた土地となんか逆だな。

 

不思議だと思いつつも貨物船の船長の話を聞く。

船長の話によれば、逃亡の理由は先の内乱の理由よりシンプルだった。

『もう耐えられない』

それだけだった。

 

気持ちはわかる。

ボクも何回か死にかけた。

耐えられないという気持ちはわかる。

でも、逃げるなんて

 

…男らしくないな、と逃げたやつらに向かって軽く怒りが沸き上がる。

つい手に力がはいった。

 

「ひぎゃ!」

 

うっかり、しみる薬を貨物船船長の傷口に押し付けていた。

船長の悲鳴で我にかえる。

…あ、ごめんなさい。

 

「いやいやいや、あの、もっと優しく、」

 

船長がなんか言っていたが、ふと貨物船に積んでいた食料のことを思い出した。

船ごと逃走ということは

食料ごと逃走したというわけで。

 

…逃げるのは百歩譲って許す。

だけど、食料ごと逃げたのは許さない。

貴重な、食料を…

 

 

「っ〜〜〜!」

 

バンバンと涙目の船長が地面を叩く。

…あ。

ごめんなさい。

 

 

★月8日

航海303日目。

雪が降ってきた。

ちょうど冬を越すための場所を探していたボクらは、ここにとどまることにした。

雪が少なくなるまでしばらく滞在。

近くに小さな集落を見付けて、その近くにキャンプをはる。

 

ボクは空を見上げて、塵のようにふわふわと降る雪を眺めた。

雪が降ってなかった時より、雪が降ったほうが暖かい気がする。

不思議。

 

説明
海洋冒険編、過去捏造。  作品背景だけ借りた半オリジ話。
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