とある水夫の航海日記 2 |
○月29日
航海385日目。
そろそろ暖かくなってきた、んだと思う。
雪少ないし。
…キャンプはりはじめてから3ヶ月くらいか。
なんかこの土地に慣れちゃったな。
△月2日
航海389日目。
暖かくなってきたな、と団長が呟いた。
そろそろ船を整えて出発する、とのお達しだ。
5隻で出発したこの旅も今は3隻。メンバーは出発時より半分以下に減っている。
…何人生き残れるかな。
△月4日
航海391日目。
出発に向けての準備。
寒冷な土地なせいか食べ物を集めるのに苦労した。
…でも、こんな寒い土地でも動物がいるんだよな。
面白い。
ていうかここあれだ、動物が変な進化してる。
スゲーもさもさな動物がいた。
何かと思ったらただの犬だった。あ、猫もだ。
変にもさもさしてた。
変な進化。寒いと毛が伸びるんだな。
働く前にふかふかした動物と戯れる。暖かい。
△月7日
航海394日目。
いよいよ出発。
暖をとりまくった動物たちに別れを告げる。
名残惜しい…。
食料の関係があるし、連れてはいけないけど。
名残惜しい…。
△月21日
航海408日目。
出発してから海しか見ていない。
陸地が全くない。
おかしい。
不思議に思って地図を見てみた。
あ。
ここ地図の端だ。
地図から目を上げて海を見る。
真っ直ぐな水平線。
見渡す限り穏やかな海。
ここから先は誰も知らない。
カリムーは言っていた。
『世界は丸いんだ』と。
今は海ばかりだけど、先に進めばそのうち陸地が見えるってことだろうか。
故郷の陸地が見えるということだろうか。
ここが多分分岐点。
世界が平たいならこの先に世界の端が。
世界がまるいなら新しい道が。
きっとボクらの前に姿を表す。
でも正直今は、世界が丸いとかはおいといて。
島がないと飢えて死ぬ。
ここから先、何もないと飢えて死んでしまう。
小島でいい。
世界に端があるならそこに着く前に、島を。
休むことができる島をください。
食料と水があればなお良いです。
□月9日
航海424日目。
島発見!
祈りが通じた。
ここは暖かい…つーか暑い。
このあたりは常に夏の気候らしく、暑さに若干まいりつつあるなかでの島の発見。
ようやく休める、とボクらは安堵した。
船を島に近付ける。が、町の人たちに軽く威嚇された。
何か話しかけているようだけど、全然意味がわからない。
言葉がわからない。
なんだここ。
どうしよう。
困った。
船修理と食料補充をしておきたいから、港をスルーできない。
対策が考え付くまでしばらく沖合に停泊することになった。
□月12日
航海427日目。
小舟で港まで行く。
紙にグチャグチャしたものを書き、町の人たちに見せまくる。
数人にみせて、反応を確認。
よし…。
これで、この島での「Why?」にあたる言葉がわかった。
よくわからないものを見たら大抵の人は「何?」か「何これ?」と返す。
この言葉だけでも分かればコミュニケーションが格段に楽になる。
何かを指差してその言葉を言えば、固有名詞を教えてくれる。
ボクらみたいに、外見が全く異なっていれば尚更教えてくれるだろう。
威嚇はされたけれど、どちらかといえば穏やかで友好的な人たちだ。
多分はじめの威嚇は、許可無しに寄るな、くらいの意味だったんだろう。
沖合いに船を停めても何もされていない。
さぁ、「これ何?」と聞きまくる仕事がはじまるぞ。
…不審者に思われませんように。
□月18日
航海433日目。
ある程度コミュニケーションとれるようになった。
不審者扱いされるようになったらどうしようかと思ったけど、最近はボクが港に行くと、こぞって「お前これ知ってるか?教えてやるよ!」と来てくれる。
いい人たちだ。
ただなんか言葉を教えてもらったあと、それを喋ると笑うのはなんでだろう。
ニコニコというか、ニヤニヤというか、爆笑されるというか。
その言葉喋ると若い女性が真っ赤になって手で顔を覆うのはなんでだろう、な、。
深く考えないように…
ように…
…なんでそういう言葉から教えてくれるんだ
意味教えてくれなくていいです
意味知ってどうリアクション返せばいいんだ
真っ赤になって慌てることしかできない
□月24日
航海439日目。
今日も港に行く。
また言葉を教えてやろうと、近付いてきてくれた人たちに『船で旅をしている。船を修理したい。食料を補充したい』と辿々しく伝えた。
一応伝わったのか、紙を…あぁ書類かなこれ…、貰うことができた。
多分、寄航許可証、かな。
ボクは町の人たちに礼を言って船に戻った。
書類を団長に差し出したら団長の動きが止まった。
…受け取ってもらえない。
「何だこれ」
言うと思った。
団長は凄く不信なものを見る目をボクに浴びせる。
ため息つきながら、ボクは団長に伝えた。
多分寄航許可証です。港に入っていいみたいです。
「…そ、うか。…よし、ゆっくり港に向かえ」
狼狽しながら団長は指示を出す。
団長は数字には強いけど、文学方面はさっぱりだ。
多分この書類は呪文かなんかにみえてんだろうな。
というか触りもしない。
古い本自体に毒やら呪いがかかってるように見える人だ。触りたくないんだろう。
そう思いながら、ボクはボクの手の中で受け取ってもらえなかった書類を弄んだ。
□月26日
航海441日目。
港に停泊。
今度は威嚇されることもなく、むしろ歓迎された。
いきなり大人数で降りたら驚かせてしまうと様子見として数人が船から降りた。
様子見といえば聞こえはいいけれど、実際ビビってただけだろう。
言葉の壁は分厚い。
数人が船から降りたら、いろいろなことを教えてくれた町の男性がボクに声をかけてきた。
『全員来いよ、酒は平気か?ここの酒は旨いぞ!』
ボクは言われた通りに通訳してメンバー全員に伝える。
全員喜んで誘いを受けるようだ。
さっきまで無駄に警戒していた先輩たちは、ニコニコ笑いながら船から降りてきた。
そのまま全員で酒場に直行。
先輩たちも町の人も、男も女も大人も子供も混ざって騒ぎはじめた。
多分ここの人は基本性質が陽気なんだろう。
騒がしいところから少し離れて、ボクはのんびりと飲みながらあたりを観察する。
酒の力は凄いな。
言葉通じてないはずなのに談笑しあっていたり、笑いあったりと意気投合してる。
ボクはふぅと一息ついて、楽しそうな先輩たちを見た。
見知らぬ土地の見知らぬ人たちと、ここまで楽しく飲めるのは凄いことだよな。
国では見知ってる人同士で喧嘩するのに。
これは酒が凄いのか、それともここの土地が凄いのか、そんなことを考えながらボクは隅っこでチビチビ飲んでいた。
すると、突然パシンと背中を叩かれた。
驚いて振り向くと、そこには意気投合した先輩と町の人が肩組んで笑っていた。
『おいおい、ちゃんと飲んでるか?』
「そうだぞ、もっと飲め!!」
…なんで言葉通じあってんだろう…。
先輩はついさっきまで言葉がわからず警戒しまくっていたうちのひとりだ。
こうもニコニコされると、さっきまでビビってたのは誰だ、と言いたくなる。
まあいいか、と飲んでいたグラスを傾けながら、ボクは先輩たちに言う。
ちゃんと飲んでますよ。美味しいですねこの
そこまでしか喋らせてもらえなかった。
だって急に酒を突っ込まれたから。
ビンごと口に。
思いっきり流し込まれた酒を飲み込む。
ぷは、とビンから口を離してボクは慌てて自分の口を手で押さえ、先輩たちに文句を言う。
うわ、おもいっきり飲んだ
なにするん、
ボクの文句は伝わらなかった。
旨い酒は思いっきり飲むもんだ、ひとりだけ素面とか許さねぇ、とふたりがかりで酒を突っ込んでくる。
だめ、やめ、
や、
も、無理
むりだ、って、
せ、んぱ
ビンを口から離してもらうたびに出る文句は流され、新たに酒を飲まされる。
2・3本ビンを空にしたあたりから
ボクの記憶はトんだ。
□月28日
航海443日目。
まだ頭痛い。
あぁぁはじめてだ。あんなに飲んだの。
昨日は丸一日死んでた。
通訳頼もうと先輩たちがきたらしいけど、ボクは、
やだ絶対起きない。頭イタイ体ダルい起きたくない。起きんのやだ。
と毛布にくるまったまま半泣きで言ったらしい。
おかげで買い出しが進まず困った、と言われた。
覚えてない。
そもそも、あんな大量に飲ませた先輩たちが悪いんじゃないか。悪ノリして団長もカリムーも飲ませに来たじゃないか。いやいや止めてよそこは止めてよ拒否しても突っ込んできたの団長だろ。もう後半記憶ないよ。吐くぞ。
って言ったら、ちゃんと海に向かって吐けと至極冷静に返された。
…買い出し行ってきます。
●月2日
航海448日目。
ようやく出航。
ていうか予定は昨日だったんだけど、
『もう行くのか?じゃあ別れの宴会やろうぜ!』
と足止めくらった。
祭りごと好きだなここの人たち。あの元気はどっからでてんだろう。
そして「よっしゃ望むところだ!」と同じテンションで騒いだ先輩たちの元気もどこからきてるんだ。
なんで船のなかで死にかけてるのはボクだけなんだ。
おかしい。
波に揺られながらぐったりと、甲板から乗り出しながらボクは世の中の不条理さについて思いをふけた。
吐く。
揺れるなよ船。
気持ち悪くて吐く。
理不尽な怒りを船にぶつけながら、離れていく港に目を向けた。
少しノリについていけなかったけど、宴会好きないい人たちだったな。
別れ際に食料もたっぷり持たせてもらえた。3ヶ月はもつだろう。
彼らには、お礼にボクたちが故郷から持ってきていた宝石や織物を渡した。
とても喜ばれた。
よかった。
●月26日
航海472日目。
確かに以前食料は3ヶ月もつと書いたけど。
3週間近く島に立ち寄っていない。ええと、厳密には24日間か。
このまま何もなかったらまた飢える。
困ったな。
この海なんもない。
穏やかな波間が続く。
というか、海賊にも嵐にも全く会わないんだけど。
逆に怖い。
先輩たちも少し前は、穏やかだな…と物足りなさそうだった。
けど今は逆に警戒しはじめている。
船長が、いざというときのために準備は怠るな、と忠告した。
準備なんか当たり前のことだから、いつもはわざわざ言わないのに。
こう穏やかだと危機感が薄れてしまう。
なんて平和な海。
こんな海もあるんだなぁ…。
▲月13日
航海489日目。
うわぁマジでなにもない。
2、3個無人島はあったけど、大した量の食料を確保できなかった。
この辺おかしいよ。
なんで何も無いんだ。
■月2日
航海509日目。
いまだ、前も後ろも右も左も海。
最近は海と空に見飽きてきた。
雲の形を何かに例えて遊ぶのも、カードで遊ぶのも、砲台の手入れも船の手入れも食料の整理も飽きた。
…やることがない。
魚でもとるか、と釣りをしてみたら見たことない魚が釣れた。
食べられるのかな、これ。
暇潰しに飽きても、船の仕事に飽きても、食料が減ってきているから引き返すことができない。
世界の果てはまだ見えない。
新たな陸地もまだ見えない。
◇月1日
航海538日目。
そろそろ食料が尽きてきた。
背に腹は変えられない、と見たことない魚を焼いて食べた。
死ねばもろとも、と先輩たちと一緒に。
ガッと一気に食いついたら、普通にいつも食べてる魚と変わらなかった。
食える魚リストに新種追加。
ありがとう魚。
他にも、無防備にふわっと船に舞い降りる大きな鳥を捕まえて食べる。
この鳥トロいな、と思いながらさっくり捕まえる。
こいつ自然界で生きていけるのかな、翼が大きいから遠くまで飛べそうなのに。
トロいって箇所が致命的だ。
鳥の心配をしながら、食い過ぎないようにしながら、必要な分だけとって食べた。
釣りをするか鳥を捕まえるでしか食料を入手できない。
この海本当になにもない。
◇月11日
航海548日目。
はらへった。
軽く飢えてきてはいるけれど、船で争いはない。
なんかこう…海が穏やかすぎて争う気力がでない。
釣りをすればギリギリ魚は採れるし、ぼんやりしてると鳥は遊びにくる。
ギリギリで生きている。
ひたすら穏やかで緩やかな真っ青な海。
変な海だ。
まぁ穏やかなせいでなかなか進めないんだけど。
◇月21日
航海558日目。
何もない海をゆっくりと進んだ。
そろそろ本気で食料が尽きてきて、軽く飢えはじめた頃、変な島を発見した。
よかった。
これで、これ以上飢えなくてすむ。
ボクは先輩たちとそう笑い合い、船を停められそうな浜を探す。
広く海底にも異物のない浜を見付け、3隻全てが無事に島に降りた。
陸地に足をつけたのは何ヵ月ぶりだろう。
そう思いながらボクは砂浜に立つ。
んっ、とノビをして大地に居る感触を喜んだ。
先輩たちもざわざわと嬉しそうな声を響かせていた。
騒がしさに負けぬように、団長が声を張り上げた。
「よし、とりあえず食料を集めるぞ!全員何かしらみつけてこいよ!」
その声を聞いて、先輩たちは近くの森の方に向かっていった。
これだけ木々が生い茂っている島だ、生き物や食べれそうな植物もあるだろう。
…変な生き物もいそうだけど。
またなんか強いのがいたら嫌だなぁ、とボクは軽く腰にくくりつけていたエストックを、再度しっかりと身に付けた。
…人間相手じゃないなら、多分、大丈夫。
でもあんまり戦いたくないなぁボクのとこには出てこないで欲しいなぁ小動物くらいならナイフでなんとかなるんだけどなぁ嫌だなぁ使いたくないなぁあの時の感覚思い出すよ嫌だなぁとぐるぐる頭のなかで反芻する。
まあ、食料の探索をしないわけにはいかないとボクも先輩たちの向かった森へ足を向けた。
「あ、待った待った。お前はちょっとこっちこい」
突然カリムーに呼び止められた。
ボクは足を止めてカリムーの方に体を向ける。
少し考えて、ボクはカリムーに問いかけた。
戦力にならないからですか?
「いやいやいや!そうじゃない。ちょっと、な」
そう言ってカリムーはこっちこい、と手招きをした。
不思議に思いながらカリムーについて行くと、海岸の端の方に団長と船長たちが集まっていた。
偉い人揃い踏み。
ボクが団長たちに近付いていくと、それに気付いた貨物船…あ、今は砲台船の船長か…、が声をかける。
「お、きたっスね。」
笑いながら砲台船の船長は手招きした。
ボクは素直にそっちに向かう。
どうも団長たちは石を囲んで、ああだこうだと話し合っていたらしい。
「…お前、これ何かわかるか?」
団長が足元にある石を指差した。
石。
と答えたら殴られた。
なんだよ間違ってないだろ。
殴られた頭をさすりながら、指差された石を良く観察する。
パッと見ただの小汚ない石だけど、と次は屈み込んでよくよく観察。
あれ?なんか彫ってある。
絵にしちゃ線が無駄に多い。
ってか、絵みたいな物の横に直線を組み合わせた記号みたいなのも彫ってある。なんというか、これ…。
文字…?
ついそう呟いた。
すると、やっぱりな!とカリムーが嬉しそうに声をあげる。
「で?なんて書いてあるんだ?」
そういわれましても。
見たことないですし。
文字っていうのが間違ってるのかもしれないし…。
そう言いながら、彫られた溝をなぞる。
なんだろうなぁ。
まぁいいや、とりあえず手触りをメモしておこう。
なんだろうなこれ。
線が無駄にたくさんあるのは固有名詞かなぁ。
じゃあ横に小さく書いてあるのは何だ?
固有名詞の持ち主の名前、にしては書き方が小さすぎるし。
スペースの空き方も変だ。
まるで、これはこう読むんですよ、と教えてるみたいな書き方。
これ書いた人は、石碑にわざわざ読めない文字で書いて、その横に親切にも読み方も書いたのか?
…変なの。
ボクが石碑の文字?をメモしてる合間、団長たちはワイワイと推理を話し合う。
「もし、文字だとしたら書いてあるのは島の名前っスかね」
「もしくはここの所有者の名前か」
「所有者か…でも人は見当たらないしな」
「こういうものがあるなら、今はともかく、昔は人が居たってことじゃないか?」
昔ここに人がいた。
なら、もしかしたら。
ボクと同じことを、団長たちも思い当たったようだ。
全員声を揃えてこう言った。
『なにか宝があるかも』
団長たちは笑った。
旅に出てからあまりいい思いをしていない。
だけどもしかしたら、ここに宝があるかもしれない。
それは、今までの苦労をぶっ飛ばす、凄いお宝かもしれない。
団長たちの話を聞きながら、ボクもついニヤけてきてしまう。
もしかしたら、ここに宝が。
あるなら絶対見付けるぞ。
絶対持って帰ってやる。
◇月23日
航海560日目。
昨日この島で食料を探していた先輩たちが、遺跡を発見した。
『なにか』があるとすれば多分この遺跡の中だろう。
遺跡の中は暗く、奥が深そうだったらしい。
「そうか…準備を整えてから入った方がよさそうだな」
遺跡の探索はあとにまわしにして、今日はボロボロになった船の修理をすることになった。
各船の破損状況を調べ、一番破損の激しい船を解体し、その船を他の船の修復材料にするつもりだ。
一から木を切り加工するには人手が足りない。
全員木を切り倒す気力もない。
それをやるくらいなら船の解体の方が楽だ。
全員異論はなかった。
…メンバーも、2隻で間に合う人数に減っているし。
少し寂しく思いながら、船の破損状況を調べてまわる。
一番破損の激しかった船は、ボクがずっと乗っていたサザランド号。
…サザランド号が解体されることになった。
一瞬思考が止まった。
こんな形でサザランド号とお別れすることになるなんて、思っていなかった。
内乱に耐え、いやに荒れていた海峡を通り、長い間海を進んだ船。
長い間ずっと一緒に航海してきた。怪我したときも飢えた時も落ちそうになったときも、ずっと前に進んでくれた。
最後まで一緒に旅が出来るものだと思っていた。
別れるときは船が壊れて沈む時だと思っていた。
少しずつ先輩たちの手で崩されていくサザランド号を、ボクはぼんやりと眺めていた。
しばらくぼんやりとしていたら、働け、と軽く小突かれた。
ボクは慌ててその場を離れ、崩されたサザランド号の残骸を抱えあげた。
いままでありがとう。
本当にありがとう。
そう思いながら、
ボクはサザランド号を壊す作業を手伝った。
◇月24日
航海561日目。
サザランド号の解体も終わり、船修理組を残して遺跡を探索することになった。
ボクは探索組に入った。
遺跡の中は松明を使っても薄暗く、気を付けないと転んでしまいそうだ。
壁や床を良く見るとしっかりとした造りがなされているのに気付く。
装飾、というか模様も施されており、文明のあとが伺える。
遺跡の中をウロウロしながら、ボクらは奥へ進んで行った。
◇月31日
航海568日目。
遺跡から帰還。
全員の口数が少ない。
遺跡にあった『宝』は…
…
ボクらにとって、嬉しくない宝だった。
もちろん持ち帰ることは出来なかった。
書き写す気もおきなかった。
宝を見た船乗り全員の口数が減る、そんな宝だった。
▽月1日
航海569日目。
夜、こっそりとサザランド号の解体場所に行った。
カケラを貰っていこうと思った。
サザランド号のカケラを。
柱のカケラでも船底のカケラでも甲板のカケラでもなんでもいい。
戦友を忘れないようにするために。
真っ暗な海を横目で見ながら、月明かりを頼りに歩みを進め、解体場所に向かう。
たしか、ここ、と浜の隅を覗き込んだら動く影に気が付いた。
夜行性の動物か、と少し警戒したけど、周りをみると影の周辺がぼんやりと明るい。
月明かりではなさそうだ。ランプ?
目を凝らしてみると、その影が見覚えのある人物に変わっていく。
ボクは思わず声をかけた。
あれ、船長?
「うわ!」
急に声をかけたからだろう、サザランド号の船長は珍しく大きな声を出した。
船長がこちらを向き、ボクに気付いて少し恥ずかしそうな顔を見せる。
「なんだ、キミか。どうして…、と。…おそらく目的は同じだな」
…ですね。
ボクと船長はふふふと笑いあう。
船長も今までずっと一緒にいた、サザランド号を偲んでカケラを取りにきたようだ。
船長の手には小さな木片が握られていた。
「カケラのままじゃ味気ないからな。少し加工していたんだ」
そう言って手に持っていたものを見せてくれた。
木のカケラが付いたペンダントだ。
カケラの形はそのままだから見た目は綺麗ではないけれど、世界にひとつだけのサザランド号のペンダント。
いいなぁ。
ボクの羨ましそうな目線に気付いた船長がこう言った。
「…キミにあげようか?」
へ。
虚をつかれて思わず変な声を出した。
羨ましいというのはそういう意味ではなくて、いやあのそんな物欲しそうな顔してましたかボク。
慌てながら船長に言う。
ペンダントが欲しいわけじゃない。カケラを身につけられる物に加工できる腕が羨ましい。
船長が作った物は欲しいっちゃ欲しいけど。
と、軽くパニックになりながら話した。
そんな物欲しそうな顔してたのかああもう、船長困ってるじゃないか。
テンパり気味なボクを見ながら、船長は少し考えて込む。
そして、急にポンと手を叩き思い出したように自分の懐に手を入れた。
「じゃあこれを…」
そう言って船長がなんかをボクに差し出す。
思わず受け取ると、…木のコイン?
「ほら、よくみろ」
微笑みながら船長がボクの手元をランプで照らす。
あ、サザランド号のエンブレムが彫ってある。
「…この島に来るまでの海上が暇で…。船の一部を少し拝借して彫ったんだ」
凄いですね、と言ったあと、ボクは少し引っ掛かった。
船長今なんて言った?
たしか『船の一部を拝借』って…
ボクは思わず、なにしてんですか!と叫ぶ。
航海中の船削らないでほしい。気持ち的に。
「大丈夫だ。拝借したのはマストの一番上だから。この部分はいらんなぁと常々思ってて」
あぁだからこの間マスト登ってたんですね。トチ狂ったのかと思ってました。
確かにあの飾り部分はいらないんじゃないかなとは思うけど。
航海中の船削り取らないで欲しい。
ボクは軽くため息をつく。
船長は真面目なんだか変な人なんだかよくわからない。
そんなボクの頭をポンと叩いて、船長は笑いながらこう言った。
「…では、私は先に小屋に帰るとするよ。あまり遅くならないようにな」
はい、と返事をしてボクは船長に礼を言う。
コインありがとうございました。
そう伝えてペコリと頭を下げた。
おやすみなさい、と船長と別れてボクも手頃なカケラを探す。
早く見つけなくちゃ。
月の光を頼りに、ちょうどいい大きさの木片を探した。
手のひらに収まるサイズの、サザランド号のカケラ。
よさそうなカケラを見付けて、ボクはそのカケラに少し苦戦しながら文字を入れる。
今日の日付とサザランド号の銘。
…よし。
船長には敵わないけど、ボクが見付けてボクが作ったボクだけのサザランド号のカケラ。
そのカケラをぎゅっと抱いて、ボクは少し目を閉じた。
▽月6日
航海574日目。
他の2隻の修理も終わった。
修理が終わったとはいえ、2隻ともなんかみずぼらしくツギハギだらけだ。
でも海上はちゃんと走る。それで十分だ。
っていうか、これが限界。
…生きて帰りたい。
帰るための海路はわかった。
帰るための日数も予想できる。
あとは無事を祈るだけだ。
▽月9日
航海577日目。
出航。
乗っていた船が解体されたため、ボクらサザランド号の船員は残りの船に混ざることになった。
ボクはリーダー船。
団長やカリムーたちと一緒だ。
船長は砲台船の方に行った。
…少し残念。
▽月12日
航海580日目。
帰路を進みながら、積荷の整理をする。
地味に多くて骨が折れた。
ボクらは遺跡にあった金になりそうな物を船に積んでいた。
遺跡にあった物は、何に使うかわからない物体や、よくわからないデザインの物体ばかり。
使い道はわからないけれど、多分故郷じゃ珍しいだろう。
だって、これらは故郷の反対側にある島にあった品だから。
ボクらは知った。
世界は丸いと。
世界は繋がってると。
完全な球体だと。
だからボクらはあの島が、故郷の反対側にあることを知っている。
ボクは船の上から、島の遺跡のあるあたりに目を向けた。
ボクらはあの場所で、それを知ることが出来た。
あまり嬉しくない方法で、それを知ることが出来た。
▽月19日
航海587日目。
陸地がある場所はわかっている。
だからというわけでないけれど、多少気楽に船を走らせていた。
しかし実際その場に行ってはじめてわかることも少なくない。
どんな気候か、どんな人たちがいるかは行ってみないとわからない。
港に着いても、そこにいる人たちが友好的な人たちでなくては、受け入れてもらえないものだ。
先ほどの島から北に進んだところにある島国は、あまり友好的では、なかった。
くそう。
◎月3日
航海600日目。
非友好的な島国から少し西に移動。
たしかこの辺は結構でかい陸地で、故郷と繋がっているはずだ。
頑張れば陸路で帰れるのかな。
少し警戒しながら港に近付くと、一応受け入れては貰えた。
でも、この国微妙に非友好的だ。
まだ船旅やってんの?という態度をとられる。
…変な国。
港にある店に入ったら、いかにこの国が素晴らしいか語られた。
『お前らよりも100年早く、この国は様々な場所を船で航った』
『1万人乗れる船なんか、お前ら造れないだろう?』
『え?ああもう外の国はいいよ。この国にはなんでもあるからな!行く必要ないさ』
『それにスゲー金かかるしな。無駄だ』
ど、無駄に長々と語られた。
1万人乗れる船?
嘘だろそんなの。無理だ。
話に尾ひれがつきすぎて、変な話になってるじゃないか。
店から出て、ボクは大きく息を吐く。
とりあえず補充はできた。気にせず進むぞ。
◎月7日
航海606日目。
さっきのおかしな国から陸地に沿って南下。
急に空気が重くなった気がする。雲行きがおかしい。
嵐になるのかな。
あとは帰るだけなのに。
◎月9日
航海608日目。
空気の変化はボクだけじゃなく、先輩たちも気付いたみたいだ。
少し船内がざわついてくる。
ボクは見張り台に上り、周囲を確認。
変な雲でも見つかれば、とあたりを見渡したら、遠くに竜巻みたいなものを発見した。
竜巻の周辺以外は到って普通。あのあたりだけが荒れている。
なんだあれ?
◎月11日
航海610日目。
妙な竜巻を先輩たちに報告。
避けて進めば大丈夫かもしれない、と少しルートを変更するはずだった。
しかし竜巻の進行が思った以上に早く、船がルートを変えるより前に、竜巻が目前に迫ってきていた。
まだ距離はあるはずなのに、風が強く船があおられる。
ボクは必死に船に捕まりながら、飛ばされないように耐える。
少しでも力を抜いたら転がって飛ばされて海の彼方へいっていまいそうだ。
予想外の竜巻に団長も一瞬慌てたけど、すぐに指示を飛ばす。もちろん、前方の砲台船にもだ。
「竜巻は反時計周りだ、左半円を目指して動け!逆にいくと船がバラバラになるぞ!」
激しい風の流れと同じ方向に進むよりは、風の流れと逆に進んだ方が勢いは弱いだろう。
…といっても、左右で比較すると左側のが弱いってだけだ。
どっちも危ないことに変わりはない。
団長の怒号が飛ぶ。
「全員船の端に行くなよ、吹き飛ばされるぞ!命綱つけて何かにしっかり捕まれ!」
その指示を聞いて、ボクはさらに強く船に捕まった。
もう耐えるしかない。
ただ必死にしがみついた。
◎月14日
航海613日目。
荒れ狂う波で船内に叩きつけられ、気を失っていたらしい。
穏やかな波の音で目が覚めた。
急いで外に出て、海を確認。
この間の荒れた海は嘘のような、いたって穏やかな海が面前に広がっている。
異常がないことを確認し、周りにいる先輩たちを起こす。
全員気絶していた。
起こしに回ってるうちに違和感に気付く。
『異常がない』?
違う、異常だけじゃない。
まわりに何もない。
そうだ、無いんだ。
まわりには穏やかな海と、カラッと晴れた空があるだけだった。
おかしい。
砲台船はボクらの船より先行していたはずだ。
周りを見渡した時に姿が見えないのは、おかしい。
ボクは慌てて団長の元に走る。
ボクの報告を聞いて、団長はすぐに甲板に向かった。
青い空、白い雲、穏やかな海。
団長と船を一周して再度確認したけれど、やはり周りには何も無かった。
ボクら以外の船に、他の船は見当たらない。
砲台船がいなくなった。
◎月15日
航海614日目。
昨日1日探しただけで、行方不明の砲台船の捜索は打ち切られた。
団長は言う。
「万全の船ならまだしも、このボロボロの船でこれ以上の捜索は無理だ」
これ以上この船の船員を危険な目に合わせるわけにはいかない、と続けて団長はボクらの方を見ないまま、自分の部屋に向かった。
「大丈夫だ、あいつらは。しっかりしてるやつらばかりだから」
団長が呟くのが聞こえた。
まるで自分に言い聞かせるように、少し俯いたまま呟いたのが聞こえた。
ボクは甲板に出て、船に寄りかかりながら穏やかに揺れる海を眺めた。
広大な自然の前ではボクらは無力だな、とただぼんやり眺め続けた。
その日の夜。
ボクは見張り台の当番をしていた。
星が瞬いているものの、真っ暗な静かな海。
そんな夜の海に浮かぶ船の甲板では、ぼんやりとした明かりがずっと光っていた。
皆が寝静まったころからずっと。
何かを探すように、ウロウロと、たまに甲板から身を乗り出して。
見張りをしながら、眼下をチラチラ見ていると、明かりの主がこちらを向き、声をかけてきた。
「…見張りサボんな」
…結構、離れてるはずなんだけどな。
睨まれてる感じがする。
はーい、と返事をしてボクは海に意識を向けなおした。
だって見張り台からチラチラ明かりが見えるんだもん。気になるよ。
そう呟き、ボクは見張り台に寄りかかる。
ふぅとため息をついていると、誰かが見張り台に登ってくる音が聞こえてきた。
…え?
誰だろう、と思うと同時に見張り台に姿を現したのは、
団長だった。
「…今夜の見張り台担当はお前か」
そう言って団長は、ひょいと見張り台の上に乗る。
落ちますよ、と声をかけたら、団長はストンと見張り台の中に移動してきた。
「暗いな」
暗いですね。
「…静かだな」
静かですね。
ボクはそう答えて、真っ暗な海を見渡し、波の音に耳を傾ける。
ここからじゃ何も見えない。
音を聞くことしか出来ない。
しばらく、波が船に当たる音だけが響いた。
「なあ」
団長が話しかけてきた。
なんですか、と海を眺めながらボクは答える。
団長は歯切れ悪く言葉を探す。あー、とか、うー、とか悩みながら。
なんなんだ、とボクは海から目を離し、団長に顔を向けた。
珍しい、困ったような悩んでるような変な顔をしていた。
ボクが見ていることに気付いた団長は、慌てて表情を整えようとする。
いつもの、偉そうな顔に。
ボクは軽くため息をつきながら、団長から視線を外し、再度海に向き直った。
そのまま団長に話しかける。
何か悩み事ですか?
「え?あ、…いや」
…愚痴くらいなら聞きます。
「は?」
誰にも言いません。
とっとと愚痴吐いて楽になってください。
「…」
…今は生きることだけ考えましょう。
生きて帰ることだけ考えましょう。
最後までやり遂げてやりましょうよ。
世界一周して帰りましょう。
ボクらを馬鹿にしたやつらを見返してやりましょう。
そう口に出した。
ボクはそこまで喋って、大きく息を吐き出した。
真っ暗な空に向かって。
団長は何言いたかったんだろうな、と心にもないことを思った。
わざわざ夜に何かを探すように甲板をうろつき、わざわざ見張り台まで登ってきて、そこまでしといて言い淀む。
喋りたいことはなんとなくわかった。
遺言めいたことでも喋るんじゃないかと思った。
誰が聞くか。
死ぬことを考えるな。
仲間が死んだと考えるな。
生きることを考えろ。
仲間を生かすことを考えろ。
それが、船長の仕事だろ?
船を生かすことを考えて、船を護るのが仕事だろ?
真っ先に弱気になってどうすんだ。
この阿呆船長。
思ったことをひとり頭の中で喋った。
でももしかしたら口に出していたのかもしれない。
軽く頭を小突かれた。
叩いた相手に顔を向けたら、いきなり頭をグリグリと撫でられる。
びっくりしていると、団長は笑いながらこう言った。
「そうか。…そうだな」
そのまま団長はボクの頭をワシャワシャと撫で乱したあと、ガシッとボクの頭を鷲掴みにした。
痛い。
そんなボクを気にもとめず、ニッと笑いながら団長がこう言い放った。
「愚痴か。ああそうだな、よし。
聞くと言ったな、朝までかかるぞ。覚悟しろ!」
笑顔で言い放たれた。
鷲掴んでいたボクの頭を離して、思い出すように手を軽く動かしながら、団長は語り始めた。
愚痴、とは言われたけど、これは、思い出話、かな。
昔々の話を、まずはポツポツと。ゆっくりじっくりと。
徐々に熱が入り、最終的には
ヒートアップした。
止まんなくなったみたいだ。
いろいろな話を聞いた。
ボクの知らない団長と、ボクの知らない船長たちと、ボクの知らない船乗りの話。
そして、
ボクの知ってる団長と、ボクの知ってる船長たちと、ボクの知ってる先輩たちと、ボクの知ってるカリムーの話。
ボクが不思議そうな顔をする箇所には、身振り手振りで説明をしてくれた。
楽しく、聞いていた。
長い間楽しく団長の思い出話を聞かせてもらった。
けど。
本当に、朝までかかった。
交代の先輩がくるまで団長は話続け、そのまま仕事に行った。
夜番だったボクは眠りに向かう。
団長から聞いた話を思い出しながら、ボクはトロトロと眠りについた。
◇月8日
航海910日目。
国までの帰り道を、時々港や島に寄り道しながら、ゆったりと進んでいく。
このまま何もないといいな、とそう思いながら仕事をしていた。
突然バタンと船室に音が響いた。
ボクは慌てて音のした方に向かう。
そこには先輩が倒れていた。
大丈夫ですか、と慌てて声をかける。
しんどそうに体を起こす先輩を助けつつ、ボクは先輩の顔を覗き込んだ。
「少し、目眩がしただけだよ」
先輩はそう言って、しんどそうに笑った。
顔色は真っ青だった。
ボクは先輩に肩を貸し、横になれる場所まで運んだ。
他の先輩たちにも報告をする。
先輩たちが、倒れた先輩を介抱している間に、ボクは本を手に取った。
もしも病気だったら、と不安が襲う。
船上で病気が発生すると、かなり危険だ。
蔓延してしまえば一気に全滅するし、だからといって狭い船内だ。隔離するのも無理がある。
先輩は体がダルいだけだよ、疲れたのかな、と笑っていたけれど。
それだけじゃ、ない気がする。
◇月20日
航海922日目。
先輩が倒れてから、この数日の間に、皆次々と倒れていった。
全員パターンが一緒だ。
全員が疲労ってわけじゃないだろう。
だって倒れた先輩たちは、皆血を流しているのだから。
はじめは、脱力して体に力が入らなくなるだけだ。
でもそのうち、古傷が開いて出血しはじめる。
そして新たに皮膚が裂傷し、そこからも、血が。
歯が抜けた先輩もいた。
口の中は血だらけだった。
病気だとすると発症人数が多い。空気感染だろうか。
ボクは本を漁って調べはじめた。
数冊本を読み、似たような症例の記述を探す。
パラパラとページをめくると、似たような症例の表記を発見した。
『これは原因が不明。
故に船乗りたちの間で最も恐れられる』
んなこた知ってるよ!
治療法だよ知りたいのは!
怒りに任せてページをめくる。
しかしそれ以上の記述はなく、本には『病気じゃなくて呪いかも?』と追記がなされていた。
ボクはその追記を目にして呆気にとられる。
そのまま脱力して、開いた本の上に倒れ込んだ。
なんだこの無意味な本…。
どうしろってんだ…。
ボクは倒れ込んだまま、大きくため息をつく。
医学書の充実を心から希望する。
呪いとか言われちゃったら信じちゃうよ。
ボクは視線を横に向け、血塗れになって痛みに耐えつつ横たわる先輩たちを見た。
なんせ先輩たちは古傷が開くだけじゃなく、怪我をしていない箇所からも血を流している。
まるで見えない何かに切り裂かれたかのように。
ああもう、どうすりゃいいんだ。
◎月5日
航海969日目。
いたい。
きもちわるい。
だるい。
いた い
◎月27日
航海991日目。
全員 、
倒れ
★月13日
航海1038日目。
もう 少しのは
ず のに。
帰る 国 ま
で、
あと 、
すこし はず
のに 。
×月25日
航海1080日目。
今日、はすこし
動け、る。
まわりは皆、
倒れて、る。
なんかもう 駄目かな、
と思うと
どうでも
よくなってきた。
ボクは、静かに目を瞑る。
聞こえるのは、先輩たちの、弱々しいうめき声とチャプチャプという、波の 音。
ボクは静かに襲う波の音を絶えず聞きながら、ゆっくりゆっくり息を吐く。
すると、ふいに、波の音が変化した。
…?
船の横に、なんかぶつかった、かな。
そう思っていると、床に倒れてるボクの耳にカツカツという靴の音が響いた。
今うちの船に、あんなに元気に歩ける人は、いない。
だれ… ?
そう思ったとき、見知らぬ声が聞こえた。
「ボロボロだな…1回や2回嵐に…、」
…あれ?
いま、言葉が
馴染みある言語が
きこえた。
ボクは目を開いて、慌てて声のした方に、なんとか顔を向け、
っ、痛、ぁ、
うー…
無理無理無理
痛い無理だ
くっそー…
ボクが自由に動かない自分の体と格闘していると、船室にカリムーの声が響いた。
「…、の言葉!パラボルトの人間か!?」
カリムー、そんな大声だして、大丈夫かな。
そんなことを思いながら、ボクはカリムーに視線を向ける。
カリムーは見える。
相手は、見えないけれど。
相手が言葉を話すたび、心が落ち着いてくる。
久しぶりに聞いた、先輩たち以外のパラボルトの人の声。
パラボルトの言語。
懐かしさを感じると同時に、嬉しさがこみあげてくる。
ボクたちは、帰って、これたんだ。
あいつが喋りだす。
「お前がこの船の…か、パラボ…トなら…風で北に3日ってとこ…」
パラボルトまで、3日。
…意外と近くまできてたんだな…。
あぁ、だめだよく聞き取れない。
ボクは弱々しく息を吐き、整える。
あいつの声をなんとか聞こうと、息を整える。
パラボルトまで3日と知ったカリムーの喜ぶ声が聞こえた。
しかし、カリムーはすぐに息をのむ。
あいつがこう言ったからだ。
「…海賊に襲われて喜ぶやつを初めてみたぞ」
海、賊…か。
そっか、あいつ、海賊、なのか。
そりゃ、そうか。
死にかけの、ボロボロの船に、わざわざ近付くなんて、海賊くらいしか、いないか。
やっぱもう…だめかな。
いっそ、早く してくれないかな
そう諦めかけたとき、また違う人の声がした。
何人いるんだ。
「キャ…テン!この船はよくわか……積荷で一…ですぜ」
「そうか、と…あえず全部もらっ…こう」
あいつが誰がと会話する。
積荷?
あぁ、あの島から持ってきたやつか。
「待ってくれ!それはダメなんだ!」
カリムーが必死に叫ぶ。
カリムーとしては世界が丸いことを確かめた証だ。
持っていかれたくないんだろう。
あれがなければ『世界一周した』なんて信じてもらえないかもしれない。
ボク的にも持ってかれたくない。
ボクたちの仲間が何百人も犠牲になって持ってきた宝だ。
仲間たちの苦労の証だ。
奪われたくない。
はあ、と息を再度整えて、ボクは必死に身を起こそうとする。
『持ってくな』と叫びたくて。
『やめて』と叫びたくて。
それでも身体は動かない。
からだにちからがはいらない。
叫びたいのに、こんなにも動きたいのに、
ボクはただ、弱々しく息をすることしか、
出来なかった。
海賊は言った。
「…見た感じ、この船は水も食料も尽きているようだが?」
カリムーは答えた。
「そ、それはそうだが」
ボクは海賊がそう言った瞬間に、カリムーが怯んだのに、気付いた。
いや、カリムー、いいから。
見捨てていいから。
持ってかれるほうがいやだ。
ボクの気持ちとは裏腹に、会話は完全に海賊有利に進んでいた。
そんな有利な海賊は、カリムーに向かって、こう、言った。
「じゃあ、こうしよう。
3日分の食料と水を、この船の積荷全部と交換だ!」
「えっ!」
え。
いや、予想外。
交換?
皆殺しで奪うんじゃなくて?
交換?
海賊なのに?
思わずボクは目を見開く。
何言ってんだこの海賊。
いや、海賊?本当に?
何だその発想。
こいつ本当に海賊か?
あいつに対して疑問しか出てこない。
涙も憎しみもどっかいった。
ボクがぽかんとしていると、変な海賊はこう続ける。
「残り少ない船員も、病気なんだろ?…助けたいよな」
え?
こっち気遣った?
あれ?
病人だから生かしても無駄だし殺そうぜ!じゃないの?
たすけるの?
なんだこの海賊。
こいつが言葉を紡ぐたび、ボクには疑問しか浮かばない。
『こいつ本当に海賊か?』
さっきも思ったこの言葉。そればかりが浮かんでくる。
しかしカリムーはそうではなかったようだ。
ボクらの命を引き換えにだされたカリムーは、海賊の条件を承諾した。
カリムーが条件を飲み、それに満足したらしい海賊は、笑っているような声をだす。
「お互いにとっていい取引じゃないか」
取引?
物々交換の取引?
海賊が?
殺してでも奪い取るのが海賊じゃないの?
なんだこの海賊。
『海賊』の姿をひとめ見たくて、ボクは身体の痛みを振り払い、無理矢理動かした。
痛みに耐えつつ、ボクがようやく体を起こせたときには、
海賊は、いなくなった後だった。
×月28日
航海1083日目。
パラボルトに着いた。
あの場所から本当に3日で到着した。
あの海賊本当に本当のこと言ってたのか。
真面目な海賊だな。
ボロボロの船で、死にかけのメンバーで、パラボルトの浜に到着できたのは奇跡に近かったと思う。
良かった、船がバラバラにならなくて。
パラボルトに着いたとき、残っていたのはカリムーと、ボクを含めた18人の船員だけだった。
旅が終わった。
長い長い旅が。
今ここにいない、大勢の仲間たちに祈りの言葉を、残った全員で唱和する。
『勇敢なる海の戦士、われら、別れを告げて、その身を海の神にゆだねる。』
言葉を海に落として、ボクは目の前に広がる青い海を少しばかり睨み付けた。
ボクは神なんか信じない。
救ってもらえなかったじゃないか。
苦痛しか与えてくれなかったじゃないか。
この海は旅で訪れた全ての場所に繋がっている。
そんな海を見ながら、ボクは誰にも聞こえないような小さい声で囁いた。
『馬鹿野郎』
と。
○月20日
帰ってきてから毎日、カリムーは何度も何度も町の人たちに主張する。
『俺は世界を一周した。世界の果てまで行って、この世で一番凄い宝を見つけてきた』
町の人たちは何度も何度も言い返す。
『証拠をみせろ』
カリムーは言う。
証拠なんかない。
海賊に奪われた。
と。
すると決まって町の人は、笑いながらこう言うんだ。
『証拠がないなら信じられない。お前ら全員グルだろう』
『このウソツキめ』
何度も言われた。
何度も。
何度も。
○月25日。
ボクらは世界を見てきたのに。
本当に、世界を見てきたのに。
誰も信じない。
誰も信じてくれない。
どこにいても白い目でみられる。
『うそつき集団だ』と。
笑いながら言われるたびに、
睨まれながら言われるたびに、
ボクらのやってきたことを否定されているようで、
仲間たちを否定されているようで、
ただただ悲しかった。
△月4日
石を投げられた。
もうここにいたくない。
帰ってこれたボロボロの船を修理して、ボクらは皆で移住する。
行き先はグレートクイン。
パラボルトから離れた島国。
知り合いはいない。
だからきっともう、ウソツキとは言われない。
△月26日
こっそりと出発、こっそりと到着。
ボクらはこっそりとグレートクインの地に降り立った。
ボクらは船を解体する。
船を壊して、何もなかったことにする。
そしてそのまま、全員他人として生きることにした。
全員バラバラに生きることになった。
何もなかったかのように。
先輩たちと別れる前、最後に合言葉のようになった言葉を言い合う。
『あの島で見つけた宝のことは誰にも話さない』
『言っていいのはふたつだけ』
『あれは全ての船乗りの願いを叶えるもの』
『あれは終わりもらたすもの』
それだけは絶対に守ろうと、固く誓いあった。
宝を見つけたときに、あの場所にいた全員でそう決めたから。
それだけは、絶対に守ろうと。
ボクらは最後に笑いあった。
そして最後に言葉をかわす。
『さようなら』
△月28日。
別れる時、ボクはしばらくぼんやりと先輩たちを見送った。
最後まで、全員の姿を目に焼き付けた。
全員を見送り、ふうと一息ついていたら、カリムーがボクに話しかけてきた。
「行くとこないだろ?一緒に来い」
まぁアテもないし、とボクはカリムーについていく。
どうなってもよかった。
ついていったら小さな小屋。
一緒に暮らそうという。
言われてキョトンとカリムーの顔を見つめ返した。
なんでですか、と問いかける。
「…団長に、な。お前をよろしく頼むと頼まれた」
嫌なら無理に一緒に暮らさなくてもいいさ、とカリムーはボクに言いながら、ポンと頭を撫でた。
断る理由もない。
誘いを受けることにした。
団長にはずっと心配されたままだったんだなと思いながら。
□月7日
カリムーと一緒に暮らしはじめて数日。
多少ギクシャクはしているけど、比較的良好な関係を築いている。
カリムーは優しい。
そこにボクが戸惑いを覚える。
なんか今までの人たちと勝手が違う。カリムー優しいよ殴ったりしてこないよ。
なにこれ怖い。
□月10日
グレートクインでの生活にも慣れてきた。
ここはパラボルトよりも気候が涼しく、過ごしやすい。
過ごしやすい時間帯に掃除をしてしまおうと、ボクは部屋を片付けはじめた。
机を整理していたら、バサッと何かを落としてしまう。
慌てて落ちたものを拾う。
それはボクの日記だった。
カリムーがボクらの船団に来たときからつけていた、ボクの日記。
今も変わらず書き続けている。
おかげで表紙はボロボロだ。
ボクは表紙を開き、日記の文字をゆっくりと追う。
少し確認するだけのつもりだった。
ボクらはどのくらい旅をしていたのかな、と。
「何読んでんだ?」
カリムーに見付かった。
慌てて日記を抱きしめ隠す。
変な本じゃない、ただの日記だ、とカリムーに伝えた。
「日記か」
そうです日記です変な本じゃないです決して変な本じゃないですただの日記です。
そう言うボクは、オロオロと若干頬が熱い。
待ったこの反応は逆に誤解されるんじゃないか?
たかが日記を必死に言い訳しながら隠すとか、変な誤解をされるんじゃないか?
カリムーをみると、少し視線を反らしつつ微笑んでいた。
…ええと、
待てこの反応は、あれだ。
…船で先輩たちのエロ本見つけたときのボクの表情に、似てる。
うわ、ちょ、
待っ、違、違うから違うから違うから!
「いや、まあ、」
違いますから!
ボクは思わず叫び、日記を開いてカリムーに突きつけた。
カリムーが驚く。
本当に日記だから、と息も荒く必死に言うボクに、カリムーは笑いながらこう言った。
「…なんだ?読んでいいのか?」
その声で我にかえって慌てて日記を閉じる。
ボクはあわあわと日記を抱き抱えなおし、慌てて必死に本気で首を左右に振る。
凄い勢いで嫌々と首を振ったせいか、若干目が回った。
「はいはい」
ポンと頭を撫でられた。
しばらく一緒に暮らしてみてわかった。カリムーにとってボクは孫みたいにみえてるんだろう。
そう思いながら、大人しく撫でられる。
少ししてカリムーはボクから手を離し、少し遠い目をしながら呟いた。
「…そうか日記か…。俺の日記は今どこにあるんだろうな」
ボクはキョトンとカリムーを見る。
カリムーも日記書いてたのか。まぁ不思議じゃないか。読み書きできるし。
なくしたんですか?とカリムーに聞くと、カリムーは苦笑いしながらこう答えてくれた。
「あの時の海賊に持ってかれたらしい」
少しばかり悲しそうな顔をして、高そうな装丁だったからな、と言うカリムー。
「盗られたのは悲しいが、…自分の日記が知らない奴の手元にあるんじゃないかと考えると、嫌な汗が出る」
焚き付けとかに使ってもらえてればいいんだが、と結構本気そうな顔でカリムーは、また遠い目をしながら言った。
「じゃあ、掃除の邪魔をして悪かったな」
カリムーはボクに微笑みながらそう言って、部屋から出ていった。
掃除でガタガタ音をたてていたから心配になって来てくれたんだろう。
すいません、ありがとうございますとカリムーに返して、ボクは日記を机の上に戻した。
ペンを持って新しいページを開く。
そのままボクは、白いページの上に黒いインクを走らせた。
あの時、海賊は根こそぎ奪っていった。
積荷を全部。
代わりに食料と水を置いていき、積荷がなくなり軽くなった船は無事に海を走り、無事に浜に停めることができた。
そう考えると、ボクらが今生きているのはあの海賊のおかげなのかもしれない。
…ボクは、認めたくない。
あいつが根こそぎ奪ったせいで、
ボクらはうそつきと言われた。
たとえ命を助けてもらったのだとしても、
あのあとボクたちが町の人たちにされた仕打ちは
あのとき死んでおけばよかったと思うのに十分だった。
ボクらは本当に世界を一周してきたんだ。
日記にも全て書いてきた。
なのに誰も信じない。
証拠がないから誰も信じない。
あいつが全部奪ったせいだ。
ボクは日記を手でパラパラとめくる。
これは証拠にならないという。
主観が混じりすぎていて、証拠にはならないのだという。
『航海日誌』のほうだったなら、証拠になったのだろうか。
事務的に細かく書いていたから。
…今そんなことを思っても仕方がない。
航海日誌は、手元にはないんだ。
あいつに盗られたんだから。
ボクが今持っている、今までずっと書いてきたこれは『日記』。
航海のルート、死亡や船員メンバーの情報はもう一冊の『航海日誌』の方に書いてあった。
ボクはずっと2冊の本を持って、記録し続けていた。
今となっては無駄な話だ。
ボクの書いた航海日誌は行方不明。
ボクらは変わらずうそつき。
全部、あいつがいけないんだ。
あの海賊が。
▲月6日
あの旅から半年が経った。
カリムーと一緒に住んでいる家は、少し人里から離れている。
買い物には不便だけど周りには空いた土地がたくさんある。
カリムーは近くに農場を作り野菜を作りはじめた。
ボクはカリムーの農場を手伝って、慎ましく慎ましく暮らしている。
農業だけだと、食いっぱぐれはしないけれど生きていけない。
肉だとか物だとか情報を手に入れるためには、町に降りるしかない。
だからボクはちょくちょく町に行き、買い物や情報収集のついでに働いている。
そんなわけでボクは今日、仕事で町の港へ向かっていた。
船の荷下ろしの仕事。久しぶりに船関係の仕事だ。
港に到着したボクは船を探す。
パラボルトの、カブトムシの旗をつけた、船。
ああ、あれか。
積荷を扱うのは水夫の仕事。
慣れているから、と黙々とテキパキと仕事をこなす。
ボク以外にも何人か働き手はいるからか、仕事はサクサクと終わっていく。
今日は早く帰れそうだ。
そう思いながら、ボクは積荷を抱えあげる。
すると変な声が聞こえた。
「…あ」
あ?
声のしたほうに顔を向けると、商船の船長らしき人物が固まっている。
…これ、運んじゃいけない積荷だったんだろうか。
しばらく反応を待ったけど、特に何も言ってこないので無視して仕事を再開する。
なんだったんだ。
▲月7日
家に帰って就寝しようと明かりを消す。
ボクはカリムーにおやすみなさい、と声をかけ部屋のベッドに潜り込んだ。
ウトウトとまどろみはじめた頃、玄関の方からガンガンと音が響きはじめた。
誰かがうちの扉を叩いているみたいだ。
なんだこんな夜中に。非常識な。
居留守を決め込もうかと思ったけれど、ガンガン響く音は鳴りやまない。
うるさい。
ムカつきながらも玄関まで行き、ボクは寝ぼけ眼で扉を開く。
ガツンと鈍い音がした。
…あ、やべ。
「……痛ー…」
思い切り扉を開けたら、訪問者の顔面にヒットしたらしい。
ボクは涙目になりながら顔を押さえて痛がっている訪問者をぼんやりとながめる。
キッと睨まれた。
まだ暗いのにひとんち来て扉叩きまくって住人たたき起こして迷惑かけてなおかつ扉に近すぎたお前が悪いと思うんだ。
だからボクは謝らない。
「おま、……いや、いい。まずは本題からだ」
訪問者が体勢を建て直し、あとで覚えてろ、とまたボクを睨み付ける。
…どうでもいい。眠い。
そう思いながら、ボクは欠伸を噛み殺した。
「…ここにカリムーってやつがいるな?会わせろ」
夜遅くに訪ねて来たくせに、横柄な態度で物を言われた。
そんな相手の態度にイラつきながらボクは相手に言葉を返す。
ちゃんと挨拶しろよ。
「…ヤブン、オソクに、スミマセン。…カリムーに会わせろ」
カタコトで挨拶された。
なんだこいつ言葉が通じないのか。
誠意がたらない。
夜遅くに訪ねて来て、一番心地よいまどろみの時間を邪魔しておいて、なんなんだこいつ腹立つ。
眠いんだよ。
睡眠を邪魔されて、ボクはとても機嫌が悪い。
相手の質問には答えず、とっとと帰れ、と思っていたら、ついに相手がキレた。
「いいから!カリムーに会わせろ!」
夜中なんだからデカい声ださないで欲しい。
イライラしながら、ボクはうるさい帰れまだ暗い眠い明日来い明日。と一息で言い放つ。
早よ帰れ眠い。
すると相手もイライラが最高潮に達したらしく、先ほどよりも大きな声量で、ほとんど叫ぶようにボクに怒鳴った。
「明日じゃ時間がねぇんだよ!」
思い切り至近距離で怒鳴られて、ぼんやりしていた頭がようやく覚めてきた。
怒鳴っている相手をマジマジと見る。
あれ。こいつの顔どっかで見たことがある。
どこだっけ。
ええとたしかカブトムシの旗つけた、船の…
…あ。パラボルトの商船の船長?
「…今か。今気付いたのか、お前。…まぁいい、カリムーに、」
先日はお世話になりました。眠いんで帰ってもらっていいですか?
「だから!」
眠い。
玄関先で、あーだこーだと騒いでいたら、カリムーが起きてきた。
欠伸をしながらカリムーがボクらに問う。
「なんの騒ぎだ。まだ暗いじゃねーか」
いや騒いでんのはそいつだけで。
ボクがそう説明しようとカリムーの方に体を向けたら、
「カリムー!」
ドンとボクを突き飛ばして、商船の船長がカリムーに駆け寄った。
突き飛ばされた反動で、壁にしたこま体をぶつける。
痛い。
ボクは体をさすりながら、カリムーの方に顔を向ける。
と、カリムーにまとわりつきながら嬉しそうにニコニコとはしゃぐ商船の船長が居た。
「ようやく見つけたぜ!半年、半年かかった。よくぞ生きててくれた!」
え、なに。
なにこの喜び様。
怖い。
ボクが若干引くくらい、ニコニコとしている商船の船長。
それに対し、カリムーはというと、唖然としたまま動かない。
何だ、この温度差…。
ボクはどうしていいのかわからず、ただふたりを見守ることしかできない。
ポカンとふたりを眺めていたら、ようやくカリムーが口を開いた。
「…お前…」
カリムーの声は、驚いたような、信じられないものを見ているような、変な声だった。
変な反応だな、とボクが思っているとカリムーはゴクリと息を飲み込んで、大きな声で叫んだ。
「お前あの時の海賊!」
…え?
▲月8日
ついさっき、いや夜遅くに訪れた、
商船の船長、いやあの時の海賊…ええと、ああもう面倒くさいな。
夜中に訪ねて来たあいつは、まだ仕事があるから、と今しがた帰っていった。
面倒くさいやつだったな、あの時根こそぎ奪っておいて、今は『罪滅ぼしがしたい』か。
なんなんだいったい。
ふう、とボクは3人分のお茶の片付けをしながら、さっきまで居た騒がしい元海賊のことを思い出す。
あいつは話すだけ話したら帰っていった。
ボクが片付けをしていると、カリムーが手伝ってくれると言う。
お言葉に甘えながら、ボクはカリムーとあいつについて、軽く話をした。
「なんか元気なやつだったな」
おかげで話があっちこっちに飛んでて、ボクはわけがわかりませんでしたよ。
「確かにな…。まあ、言いたいことはわかったから…」
いいじゃないか、とカリムーが笑いながら手を拭いた。
片付けも終わって、ふたりでテーブルにつく。
目の前には小さな袋がひとつ。
あいつが置いていった、お金の詰まった小さな袋。
それを目の前にして、ボクは悩む。
これ、どうしよう。
あいつはこう言った。
『あの時は悪かった。罪滅ぼしをしたいという言葉に嘘はない。その証として金を渡す』
なんか逆に困るんだけど。
困ったボクはカリムーに顔を向けた。
カリムーは穏やかに笑っていた。
不思議そうな顔をしたボクに、カリムーは笑いながら、使うか?、と聞いてくる。
ボクは首を左右に振り、使う気はない、と伝えた。
そうか、とカリムーは笑って小袋を手に取り戸棚にしまう。
「…あいつもまだまだ若いな。物を渡すだけが良いとは限らないさ。次来たときに教えてやらないと」
そう言って、カリムーは楽しそうに笑った。
また来たときには追い返そうかと思っていたボクは、カリムーにバレないように少しため息をついた。
また相手しないといけないのか。
…嫌だなぁ。
説明 | ||
海洋冒険編、過去捏造。 作品背景だけ借りた半オリジ話。 | ||
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