とある水夫の航海日記 3 【完結】
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▲月23日

あいつとの大騒ぎからしばらく経ったけれど、特に訪問者もなく穏やかに過ごせていた。

あいつ諦めたかな。

 

ボクは少し機嫌良く夕飯を作る。

あんなやかましいやつの相手、もう御免だ。

 

トントンと机に夕食を並べ、カリムー遅いな呼びに行こうかな、と扉に視線を投げたら、

ひとりでにバタンと勢いよく開いた。

ビクッと反射的に反応する。

 

驚くボクの前に現れたのは、あの元海賊だった。

こいつが扉を思いっきり開けたらしい。

大きな声であいつは言う。

 

「俺参上!」

 

 

開口一番それかうざい帰れ。

そう思いつつ、嫌そうな視線をあいつに向ける。

鍵かけときゃ良かった。

 

 

ボクの視線を気にせず、あいつはズカズカと家に入ってくる。

家の中をキョロキョロ見渡して、不思議そうな顔をボクに向けた。

 

「…なんだ、お前だけか。カリムーは?」

 

まだ帰ってきてない、と伝えボクは若干嫌な音をたてながら、半端に開いた扉に目を向ける。

壊れたかな…。

 

扉壊すなとあいつにイヤミを言ったら、軽く小突いただけだ、と返された。

追い返したい。

出てけこの野郎。

軽く睨むボクとは視線を合わせず、あいつは言う。

 

「で、カリムーはどこ行ったんだ?」

 

家主の許可なく客人を追い返すのもな、とため息つきながらボクはあいつに返答する。

カリムーは農場行ってるよ、と。

 

「…農場?」

 

あいつが不思議そうな顔をした。

農業がそんなに珍しいんだろうか。

 

「いやそうじゃなくて、…英雄が農場で働いてるのか?」

 

 

…英雄?

 

 

「?英雄だろ?世界一周をやり遂げた英雄だ」

 

ふふん、とあいつが自慢気に言う。なんでお前が自慢気なんだ。

ツッコミをいれつつ、ボクはこいつが言った言葉を反芻する。

こいつカリムーを『世界一周した英雄』と言った。

 

なんで、知ってるんだ?

なんで、信じたんだ?

世界一周をした、となんで、信用したんだ?

 

ポカンとしているボクに、あいつは構わず言葉を続けた。

 

「…お前も同行したんじゃないのか?あの時船に居たよな」

 

居たけど。

 

「一緒にいたのになんで変な顔してんだ。カリムーは英雄だろ?お前が一番よく知ってるはずだ」

 

そうだけど。

まあ今は英雄というより気の良いおじいちゃんという印象になりつつあるけど、ってそれはいい。

ボクは、あいつから視線を外し、ポツリと呟いた。

 

 

カリムーを『英雄』と言った人は初めてだな、と。

 

 

初めて言われた。

カリムーは英雄だと初めて言われた。

皆ウソつきだと口を揃えて言ったのに。

この元海賊だけは、カリムーを英雄だと言った。

 

笑いながら、嬉しそうに、カリムーは英雄だ、と。

 

 

ボクらを認めてくれた人、ボクらをはじめて信じてくれた人。

その人は、あの時ボクらから全てを奪った海賊だった。

 

 

微妙な気分だ、とボクはあいつに目を向ける。

が、視線を向けた場所にはそいつはいなかった。

あれ?と周りを見渡したら、

 

…待った何してんだ。

 

あいつは、机に並べた夕食をぱくりとつまんでいた。

 

「いや今日何も食ってなくて」

 

そう言って次々とつまみはじめる。

 

待っ、

それはボクらの夕飯!

つまむな!

食うな!

ひとくちだけ?

嘘つくな、お前のひとくちは鍋半分か!

ひとくちを何べんもって、それはもうひとくちじゃないだろ!

 

あああああ、やめてやめてお前の分も作るから!

 

 

ボクは後半すがるように、ぱくぱくと食い続けるあいつに訴えた。

負けた。

やだもうこいつ。

 

 

「…味薄いな」

 

 

食っといてあいつは文句を言う。

軽く半泣きになりながら、ボクはキッチンに向かい追加の食事を作りはじめた。

 

「や、ここの国は飯不味いから。久しぶりに旨い飯食ったなと」

 

フォローなのか、あいつが呟いたのが聞こえた。

流し込むように食いまくったお前に言われても嬉しくない。

 

それにこの国のご飯は別に不味い訳じゃない。ただ単に味付けが薄いだけだ。

美食文化のあまり育たなかった国なだけ。

美味い食べ物だってちゃんとある。

 

 

好き勝手されて、ようやく怒りがわいてきた。

ボクは少しイライラしながら調理をする。

そんなボクにあいつは声をかけてくる。

 

「肉が食いたい」

 

 

うるさい黙れ。

 

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▲月24日

結局肉料理作ってあげたボクはとても心が広い。

感謝しろ。

 

 

そう思いながらボクは昨夜のことを思い出した。

 

 

夕飯の作り直しをしていたらカリムーが帰ってきた。

ボクは玄関先まで出迎える。

おかえりなさい。

 

そして、ボクは居間にへろりと居座る客人に視線を投げた。

追い出していいですか、という言葉を飲み込みながらボクは言う。

 

あれどうしますか。

 

カリムーはボクの視線の先にいるあいつに気付き、少し笑いながら、

 

「ただいま。…そうだな、肉にくうるさいから作ってやれ」

 

と言った。

…はーい。

ボクは嫌そうに返事をして、キッチンに戻った。

 

ちっ。

 

 

有り合わせのもので簡単な肉料理を作る。

料理が完成し、机に運んだときにはなんかふたりで盛り上がっていた。

おいてけぼり感凄まじい。

 

ボクに…いや多分料理に…気付いたあいつがこっちに顔を向けて声をあげた。

 

「肉!」

 

スッゲー喜ばれた。

あいつは、料理を目の前に置くとすぐにかぶりつく。

食いっぷりいいな。

それを見てカリムーも笑う。

 

「こいつの飯は旨いだろ?」

 

なんか知らんが誉められた。悪い気はしない。

カリムーの言葉が聞こえているのかいないのか、あいつは料理をガツガツと凄い勢いで食う。

すぐに皿がカラになった。

 

「…おかわり」

 

 

ない。

と言ったら、あいつが切なげな表情になった。

カリムーに向かって言う。

 

「なんでだ?金渡しただろ、足らなかったか?」

 

「…あれは使ってない」

 

カリムーが答える。

そのまま席を立ち、前貰ったまま手付かずの金の入った袋を持ってきた。

 

「…なんで」

 

「気持ちは嬉しかったが、…いきなり金貰ってもな」

 

カリムーは笑う。

あいつは、むぅと表情を曇らせた。

何か考え込みながら、少しずつ悲しそうな表情に変わっていく。

 

「じゃあ、…どうすればいいんだ?」

 

金は駄目、ということは物を渡しても駄目なんだろ?とあいつは目で訴える。

 

『何をすれば、罪滅ぼしになる?』

 

と、こちらを悲しそうに見た。

 

…正直、盗ったもん返せ、と。

 

ボクはあいつの悲しそうな視線に耐えられず、顔をそらしながら呟いた。

それを聞いたあいつはますます顔を曇らせる。

 

「…もう、ない」

 

予想はしていた。

海賊に奪われたもんが、後生大事に保存されていたら逆に怖い。

ボクらが黙っていると、あいつはポツリポツリと語りだした。

 

「知らなかった、気付かなかったんだ。…あんたらが世界一周を成し遂げた英雄だったんだと。

奪った品は二束三文で売っ払って…金にならなかったもんは海に捨てた。

ただ、品物が変なものばかりだったから調べたんだ。船の名前とカリムーの名前で調べたらすぐにわかった。

 

世界が丸いことを確かめにいった船団のひとつだと。…あの品物はその証拠だったんだと」

 

そこまで語り、あいつは息を吐き出した。

重い息を吐き出して、あいつはボクらから視線に外して俯いた。

あいつは、そのまま消え入りそうな声で続ける。

 

「それがわかったころには品物は全部無くなっていて、…慌てて買い戻そうとしたけど、もう遅かった。

その頃にはあんたらはパラボルトから逃げるように去っていて。探したけど足取りすら辿れなかった」

 

そしてあいつは顔をあげる。

申し訳なさそうな顔をして、ボクらふたりを交互に見つめ、少し項垂れながら、ボクらに謝罪した。

 

「…本当に申し訳なかった。英雄になるはずだったあんたらは、俺のせいでウソつき扱いだ」

 

 

そしてあいつはボクらに向かって、出来る限りの援助をさせてくれ、と申し出た。

何かさせてくれ、と。

ボクとカリムーは顔を見合わせる。

 

どうしようか。

 

もう今の生活に慣れているし、今さら英雄扱いで騒がれるのは真っ平ごめんだ。平穏に生きたい。

ボクが悩んでいたら、カリムーがあいつに声をかけた。

 

「そうだな、…気が向いたら遊びに来てくれればいい」

 

「…へ?」

 

「お前さんはこれから商人としていろんな国に行くんだろ?

その土産話を聞かせてくれ。そっちのが嬉しい」

 

そう言ってカリムーが満面の笑みを浮かべた。

あいつは戸惑う。

戸惑いながらボクの方を見る。

ボクもカリムーに同意だと意思を伝え、あいつを見つめ返した。

演技だとかじゃなく、あいつが本気でへこんでるのがわかった。

カリムーは続ける。

 

「俺らは3年近く旅をした。いろんな事があったが…まあ、今も海が、な。好きなんだ」

 

海に翻弄された3年間。

辛いことばかりだったけど、海を嫌いになったけど、ボクはしばらくしたら海が恋しくなった。

また海に出たくなった。

広い広い海を、共に育った海を、嫌いになることなんて出来なかった。

 

 

「暇なとき、土産話をしにきてくれるのが一番だ」

 

海が大好きだから。

海の話が聞きたい。

生きた海の話を聞きたい。

いろいろな国の話を、いろいろな島の話を聞きたい。

 

な?とカリムーがあいつの頭をポンと撫で、

 

「たまに、お前さんの都合のいい時でいい。話を聞かせてくれないか?」

 

と言うとあいつは、すっと後ろを向いた。

腰に手をあて、そうか、と呟いて大きく笑う。

 

「よし、わかった!絶対面白い話を持ってきてやるからな。楽しみにしとけよ!」

 

ボクらに背を向けて、じゃあな!とあいつは扉に向かう。

少し声を震わせながら、少し肩を震わせながら、急いで扉を開けて外に出ていった。

気をつけて帰れよ、とカリムーが声を掛けると同時に、扉はパタリと閉じられた。

 

 

 

あいつが帰ったあと、カリムーがぼんやりと言った。

 

「あいつ泣いてたなぁ…」

 

泣いてましたね。

 

「俺変なこと言ったか?」

 

…さぁ…?

 

 

ふたりで不思議に思いつつ、皿を手に乗せ、さて片付けよう、と思ったら

急にバタンと扉が開いて、さっき帰ったと思ったあいつが顔を覗かせた。

ビックリしながら声をかけたらあいつは必死にボクらに叫ぶ。

 

「泣いてねえよ!」

 

と。

続けてあいつはボクらを睨み付けながらまた叫ぶ。

 

「泣いてない、泣いてないからな!」

 

そう、目を赤くしながら叫ばれた。

説得力がない。

 

「うるさい!…その金、ちゃんと使えよ!飯代だ!次俺が来る前にくたばってたら許さないからな!」

 

返すのを忘れていた金の詰まった小袋を指差しながら、あいつは叫んで勢いよく扉を閉めた。

 

 

「…じゃあ、お言葉に甘えるか。使っとかないと次は本気で泣くかもしれん」

 

…ですね。

 

ボクらは少し呆気にとられながら、騒がしい訪問者に酷使され、悲鳴をあげている扉をしばらく見つめていた。

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■月15日

1ヵ月ぶりにあいつが来た。

大きな声をあげながら、扉を開けて入ってくる。

 

「よ!約束通り、土産話を持ってきたぞ!」

 

いらっしゃい、おかえり。

 

ボクはあいつを歓迎し、挨拶を返した。

あいつは少し驚いた顔をして、少し照れつつニコニコと笑う。

 

カリムーを呼ぼうとしたら、声をかける前に部屋から出てきてくれた。

元気な声だな、と笑いながらカリムーはあいつを椅子に座るよう促す。

 

ボクは3人分のお茶を用意するためキッチンに向かった。

 

 

小さな茶会がはじまった。

あいつが楽しそうに口火を切った。

 

「知ってるか?ここより少し北の海にはな…」

 

今日聞いたのは怪物退治の冒険譚。大きなイカのような化け物を退治した話。

ちょっと脚色がひどいけど、壮大で愉快痛快な話だった。

 

 

話終わってあいつは、どうだ?と目で聞いてくる。

大変面白い話でした、と惜しみ無い拍手。

あいつはとても満足げ。

 

3人でいろんな会話をし、楽しい時間は過ぎていった。

 

少し薄暗くなるころ、

またくるからな!とあいつは手を振り帰っていった。

 

 

▽月28日

のんびりと静かな田舎暮らしを満喫していたら、あいつが来た。

家が一気に賑やかになる。

 

扉を開けて、あいつは

 

「よう!…た、…」

 

と、挨拶のあとなんかモゴモゴと口ごもった。

不思議に思いながらも、ボクはあいつに返事をかえす。

 

いらっしゃい。今回は長かったね、おかえり。

 

「! た、ただい、ま」

 

? おかえり。

 

 

少し挙動不審な動きをしながら、あいつは再度挨拶。

ボクも再度挨拶。

なんなんだ。

 

カリムーも部屋からでてきて、あいつにおかえり。と声をかける。

ただいま、とあいつは嬉しそうな顔をした。

少し照れたようにあいつは呟く。

 

「帰ってきて『おかえり』と言われると…嬉しいな…」

 

は?

 

「あ、いや、なんでもない、なんでもない!」

 

あいつは慌ててあわあわと手を振る。

わけがわからない、とボクはお茶の用意をしにいく。

その様子をみたカリムーは微笑ましそうに笑っていた。

 

 

まだ少し慌てながら、あいつは話をはじめた。

 

「こ、今回はかなり北の方に行ってな!」

 

ずっと北にある、万年雪だらけの寒い国の話。

ジョークはあまり面白くないが、国土がかなり大きい国で、いくつかの国が合体して連合になっているらしい。

 

そんな国があるんだな。

寒さには慣れているけれど、万年雪とは恐ろしい。

凍え死ぬ。

 

 

今日も面白かったとボクらは満足。

よかった、とあいつは帰っていった。

 

 

あいつが帰ったあと、カリムーがポツリと呟いた。

 

「『ただいま』と『おかえり』、いい言葉だな」

 

 

その呟きを聞きながら、ボクは少し思い出す。

 

ボクらはあの旅から帰ってきても、誰からも『おかえり』とは言われなかったな、と。

あの時のことを思い出して、少し、寂しくなった。

 

 

◎月7日

あいつがきた。

とても元気な声を発しながら、とても元気よく扉を開ける。

 

「ただいま!」

 

おかえり。

今回は早いね。近場?

 

「ああ、今回は近場の小さな島だ」

 

 

軽く挨拶を返して、ボクは手慣れたように茶会の用意をした。

 

あいつが言うには、

商人とはいえ依頼があれば、簡単な探索くらいは行く、らしい。

ボクの知ってる商人と少し違う気がする。

 

そう思いながら、あいつの話をのんびりと聞いた。

今回はあるものを探して島をうろつき、ついでにそこにいる動物や植物、島の形などを、軽く調べたようだ。

 

「まぁそのなんというか、調べざるを得なかったというか、勝手に調べられたというか」

 

歯切れ悪く、少しそっぽを向きながらあいつは語った。

その辺は気にするな、とあいつは言ってボクらの方に向き直る。

 

島までの航海の期間、その島にいる生き物等を総合してみると、初心者向けの島だったそうだ。

 

「テストとか初航海とか訓練とかによさそうな感じだったな」

 

まだ誰も知らないし、人もいない、奥に行かなきゃそんなに危険はない、とあいつは笑った。

近場だったから、とあいつは地図を広げてトンと指を置く。

ここにあるようだ。

いい場所にある島だな、とカリムーも言う。

海路からはずれているから、誰も気付かなかったんだろうな。

 

 

「…で、だ。」

 

地図を覗き込むボクらを見ながら、あいつは笑いながらこう言った。

 

「暇になったらこの島行かないか?」

 

ピクニックみたいなもんだ、とあいつは笑う。

 

「何もない島だけどな。近いし誰もいない。息抜きにはいいと思うんだ」

 

 

あいつがそう言い終わると同時に、ボクらは声を揃えて笑顔で言った。

 

行く!

 

 

そんなボクらを見てあいつは楽しそうに笑った。

 

久しぶりの海。

久しぶりの島。

そこに遊びに行かないか?

久しぶりに船に乗って。

 

そんな魅力的な提案に、ボクらが逆らうはずもない。

 

今までで一番嬉しい話だった。

 

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◎月30日

あいつに予定を合わせて、出掛ける日を決めた。

まだ空が暗いうちから、港に向かい船に乗り込んだ。

 

今回は小型の船。かなり昔からあるコッグという種類の船だ。

近距離に向いた、船足も積量も大したことない船。

今回はボクら3人だけだから、このくらいで十分。

 

まだ眠気が覚めない頭をさっぱりさせるため、ボクはぼんやりしながら甲板に出る。

カリムーもボクの後に次いで、甲板にでて風をあびる。

 

「いいなあ…やっぱりこうでないと」

 

ボクも同様に久々の船と潮風と波の音を存分に楽しんだ。

きもちいいー…。

 

まったりと船旅を満喫していたら、ふいにあいつが現れた。

ボクらを見て怒鳴る。

 

「少しは手伝えよ!働くのは俺だけか!?」

 

 

あ、ごめん。

 

 

☆月4日

5日かけて島に到着。

船を停めて浜に降りてもまだゆらゆらする。

 

久しぶりだからなぁ、とボクは苦笑い。

前まではこんな風になることはなかったのに、と少し頬を掻いた。

 

ぐっと伸びをして、カリムーの方を見る。

顔を真っ青にしながら、フラフラと木陰に向かっていた。

大丈夫ですか。

 

「…吐く」

 

カリムーはなんとかそれだけを言い、木陰でパタンと横になった。

船旅は久々だったしなぁ…。

 

心配そうにカリムーを覗き込んでいたら、急にぐいと引っ張られた。

驚いていると、ボクを引っ張りながらあいつが笑いながらこう言った。

 

「じゃあ、カリムーはここで休んでてくれ。俺とこいつでなんか探してくるよ」

 

え。

ボクも休みたい。

 

ついそう呟いたら、あいつはボクをキッと睨んで大声を出す。

 

「働け!」

 

 

んな大きい声出さなくても聞こえるよ。

ぷいとボクはあいつから目をそらすようにそっぽを向く。

まぁ食料ないと困るしな、と不満ながらも、ボクはあいつと一緒に島を探索することになった。

 

 

☆月5日

ほどよく食料を集め終え、小さなほったて小屋も完成した。

昨日の疲れもあることだし、と今日はのんびりすることになった。

 

ボクは砂浜に布をひいて横になる。

ぼんやり日光を浴びているとウトウトとしてきた。

暑すぎず寒すぎず、ちょうど良い太陽の光。

ボクは寝転びながら欠伸をする。

ああ、上まぶたと下まぶたが超仲良し。

もうくっついていいんじゃないかな。

 

ボクはふわふわとまどろみ、完全に眠る体勢に入っていった。

 

 

軽く意識を手放しそうになった時、大きな声とともに、バシャッと水がかけられた。

驚いて飛び起きる。

 

 

なんだこれしょっぱい海水かなんでだよここ海から離れてるだろ!

 

混乱しているボクに、笑い声が浴びせられる。

声のするほうを向くと、あいつが満面の笑みで立っていた。

 

「ここに来て寝るなよ。遊ぼうぜ」

 

うざったい…。

砂浜で遊ぶ年なのかこいつは。

同い年だと思っていたのは間違いだったのか。

 

というか、会ったときからこいつには睡眠邪魔されまくってる気がする。

 

「ごちゃごちゃうっせえなー…」

 

ブツブツと不満を並べるボクを面倒くさそうな顔で見て、あいつはボクの首根っこを掴んだ。

ぐいとボクを引っ張る。

 

そのままあいつはボクを砂浜を引きずっていき、ボクを海に投げ込んだ。周辺にド派手な水音が響く。

引きずられているときも抵抗はしたけれど、後ろ向きに引っ張られたせいで上手く反撃出来なかった。

ムカつく。

 

海に放り込まれ、ずぶ濡れになりながら、ポカンと浅瀬に座り込むボクを指差しながら、

あいつはすこぶる楽しそうに、笑いやがった。

 

イラッとしたボクの近くに、バケツが流れ着く。

あいつは笑うのに忙しいらしく、気付いていない。

 

ボクはそのバケツを見ながら、

ニッコリと笑った。

 

 

そっとバケツを手にとり、そっと海水を汲み、狙いを定めて一気に海水をぶっかける。

大爆笑してるあいつに向かって。

 

ド派手に海水を浴びたあいつは、笑わなくなった。

一瞬ポカンとした表情を浮かべ、すぐにあいつはボクを睨み付けてきた。

 

「…のやろ…!」

 

ザブザブとあいつが近づいてくる。

危険を感じたボクは、近寄るなと水を使って進路を阻む。

やられたらやりかえすとばかりに、あいつも水をかけてきた。

ボクも水をかけ返し応戦。

 

仲良しにみえる?

ふざけんな、正面向いてると息できないのに、どこが仲良いんだ。

あいつ本気すぎる。

 

とはいえ、バケツ持ってるボクが優勢。

あいつのかけてくる水の勢いは徐々に弱まっていく。

 

 

「あああ、くっそ!」

 

痺れを切らしたあいつは叫んだかと思うと、こっちに突撃してきた。

いいぃっ、こっちくんな!

 

ボクは目の前に迫ったあいつから逃げようと体を反転させた。

ボクを掴もうと手を伸ばしていたあいつはバランスを崩す。

 

危なかった、とほっとしたのもつかの間、ボクも変な方向から重力を感じ、バランスを崩した。

 

こいつ倒れ際に、ボクの服掴みやがった。

 

ぐんと体が引っ張られ、海に向かってふたり同時に倒れる。

 

あたりに響く派手な水音。

ぷはっ、と慌てて体を起こす。

急に水中に沈んで鼻の奥がツーンとした。

 

何すんだ、とボクはあいつに向かって怒鳴る。

 

「お前が避けるからいけねーんだろ!」

 

そう叫んであいつは、

ぐっとボクの頭を掴んで、

水中に、沈めやがった。

 

なんとか拘束から抜け出し、ゲホゲホと咳き込みながらボクはあいつを睨み付けた。

そっちがその気なら、

受けてたつ。

 

そしてボクはあいつの頭を掴んで

沈め返した。

 

 

バタバタ暴れるあいつから手を離し、お互いに深呼吸。

息を整えた。

 

そしてほぼ同時に笑い、

ほぼ同時に、

お互いに掴みかかった。

 

 

軽く生きるか死ぬかの瀬戸際だった。

 

 

 

喧嘩が終わったのは、カリムーが飯だぞー、と声掛けてくれたからだ。

多分カリムーが声掛けてくれなかったら1日中やってたか、どっちか死んでたと思う。

 

 

あぁ

疲れた。

 

 

ふうとため息をつきながら、服の水分をしぼるボクにカリムーが笑いかける。

 

「楽しそうだったな」

 

ボクは微妙な顔を返す。

どのへんが、楽しそう、だったんだろう…。

死にかけたぞボクは。

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☆月6日

島滞在中、ボクらは簡単に作った小屋で過ごしている。

小屋はその辺の板を組み合わせて作ったものだけれど寝るだけなら問題ない。

昼間騒ぎすぎて疲れたのもあって、ボクらは早めに就寝したはずだった。

 

 

夜中、ボクは肌寒さで目が覚めた。

ちゃんと3枚、ひとり一枚あるはずの毛布が、なぜかボクの上から消えていた。

 

不思議に思って周りを見渡す。

カリムーはちゃんと一枚。

あいつは、…

 

返せ。

 

ボクはイライラしながら、ぐっすり寝てるどっかの阿呆から毛布を引き剥がす。

何で二枚巻き付けて寝てるんだお前は。

 

 

なんとかあいつから毛布を引き剥がし、毛布を被って横になる。

まったくもう、と少しばかり覚めてしまった頭でぼんやり空を見上げた。

晴れてるから大丈夫、と天井に屋根はない。

 

星の輝く少し明るい空を眺めて、ボクはつい手を伸ばした。

 

 

「なぁ」

 

ワキワキ手を動かしていたら、あいつが声をかけてきた。

寝てなかったのか。

顔をそっちに向けて、ボクはあいつの顔を見た。

 

なんかごちゃごちゃ言っていたが、こいつに会話の主導権渡すとめちゃくちゃになりそうだということだけはわかった。

 

あいつの話が途切れたのを見計らって、ボクはあいつに話しかける。

 

なんで旗カブトムシなんだ?と。

 

元海賊とはいえ、珍しい気がする。

というか元海賊ならカブトムシの紋にするのも珍しいような。

海賊なら海賊だとわかりやすい旗にすると思うんだけどな。

 

ボクは少し目を閉じ、国にあふれかえる海賊たちを思い出す。

彼らは大概骸骨を模した旗を掲げていたはずだ。

 

ああ、とあいつが喋りだしたのを聞いて、ボクは目を開きそちらに顔を傾けた。

 

「カブトムシは、自分から相手を殺さないんだ」

 

…?

海賊やってたときからカブトムシだよな?

海賊だよな?

 

あいつの言葉の意味がわからず、ボクは疑問を口にした。

海賊って自分から相手を襲うじゃないか。

真逆だ。

 

わからない、と繰り返すボクにあいつは笑いながら説明する。

 

他人を殺してまで金品奪いたくなかったんだよ、と。

 

あいつが笑いながら自分の旗のことを語るのを聞いて、ボクは少しあいつを見直した。

結構いろいろ考えてたんだな。

人を無意味に殺さない、という考えは立派だと思う。

でもその思考は、海賊に向いてないんじゃないかな。

 

「…知ってる」

 

というか、お前商人にも向いてるとは思えないんだけど。

 

「うっさい」

 

思ったことを口に出したら、あいつは吐き捨てるようにひとこと言って、体ごとボクに背を向けた。

あいつの気落ちしたような声が聞こえる。

 

「…自分が何が向いてるかなんてわかんねーよ」

 

あ。

しまった、落ち込ませる気はなかった。

そこまで落ち込むとは思わなかった。

 

慌ててボクはフォローをいれる。

それなら冒険家とか向いてるんじゃないか、と。

 

ボクがいた前いた船団は、そういう人が多かった。

元海賊の、人を襲うことに抵抗のある人たちが。

ボクが前いた船団は、依頼されればなんでもやった。

弱小だったから、大した仕事はこなかった。

調査や冒険が主な仕事だった。

商船の仕事はボクみたいなしたっぱに回ってきていた。

あの人たちは、細々した仕事が苦手だったから。

 

だから、元海賊のあいつには冒険することのほうが合うんじゃないかと、そう思った。

 

ボクの話を聞いて、あいつはようやくこっちを見た。

笑いながらボクに言う。

 

「そうか…海洋冒険家か。いいなそれ」

 

やりたいな、あいつは楽しそうにそう言った。

しばらく頑張って金貯めて、いつか絶対に海洋冒険家に。

 

なれるといいな、とボクも笑った。

同年代くらいのやつとこんなにたくさん話したのは初めてかもしれない。

 

しばらくボクらは星明かりの下で、いろいろなことを語り合った。

 

いつ眠ったか覚えていない。

力尽きるようにボクは意識を手放していた。

 

 

最後に覚えてるのはあいつが言っていた言葉。

 

『最悪自分が冒険に出れなくてもいいか。…子孫が行けたらいいな。先祖の夢を叶えるため、とか言って』

 

ボクは薄れゆく意識の中で、小さく呟いた。

 

…ああ、叶うといいな。

 

と。

 

 

☆月7日

そろそろ帰る時間だ。

この数日、いろいろあった。

…とても、楽しかった。

 

 

帰り支度をしていたら、カリムーが話しかけてきた。

おはようございます。

 

「おはよう。夜は楽しそうだったな」

 

…夜?

あれ、聞いてたのか。

ボクは慌ててカリムーに謝罪する。

すいません、起こしちゃってましたか?

 

「いやいや、寝付けなかったんだ」

 

そう言ってカリムーは笑ってボクの頭を撫でた。

変な会話してなかったよな?

ただグダグダ喋ってただけだよな?

聞かれて困る話してなかったよな?

 

あいつとの会話を思い出しながら、ボクは少し困った顔になる。

そんなボクを不思議そうな顔で見ながら、カリムーは楽しそうに言った。

 

「若いってのは、いいな」

 

そうかな。

よくわからない。

 

 

 

「そろそろ出発するぞ!」

 

あいつが船の上から大声を出した。

行くか、とカリムーはボクの背中を叩いて促す。

 

ボクは最後に、数日過ごした島を振り返った。

さわさわと風に揺れる木々が、別れを告げてくれているように感じた。

 

ありがとう。

 

ボクは小さく呟いた。

木々に島に海に。

 

 

ここに連れてきてくれた、あいつに向かって。

 

小さくそう呟いた。

 

-6ページ-

☆月4日。

もう、あの島に出掛けた日から2年近く経ったのか。

 

ボクは日記を整理しながら、パラパラと読み返した。

と、いうことはあの世界一周の旅から3年近く経ったことになる。

いつの間にかこんなに月日が経っていたんだな、とボクは机に向かいながら、ゆっくりと天を仰いだ。

 

ふいにあいつの顔が浮かぶ。

…最近、来ないな。

 

 

あいつは仕事が忙しいときは3ヶ月に1回、暇なときは毎週来たりと、結構遊びに来ていた。

出先での話や、航海の愚痴、仲間の自慢話やトラブルなど話題に事欠かないらしい。

毎回楽しそうにボクらに話をしてくれていた。

たまに、土産と称してよくわからないものを持ってきたり、美味かったからと出先の酒を持ってきたりと、飽きさせない。

 

そういえば、どうもあいつは基本的に元の住み処に帰る前にここに寄っているらしい。

この間なんかは旅で怪我をしたらしい。

手当てもそこそこにここに来たときは流石に驚いた。治してから来い。

 

 

ボクは少し伸びをした。

頻繁に来ていたやつが来なくなると、少し、まあその、寂しい、かな。

 

…。

いやいや何考えてんだボクは。

ぷるぷると首を振って、自分を否定した。

子供か。

 

まったく、と少し頬を掻いてボクは最後に来たときのあいつとの会話を思い出す。

 

 

『この虫はトゲトゲ。で、これはトゲナシトゲトゲ』

 

『じゃあこれはトゲトゲか』

 

『それはトゲアリトゲナシトゲトゲ』

 

『…は?』

 

『トゲアリトゲナシトゲトゲ』

 

『は?』

 

『だから、トゲアリトゲナシトゲト、』

 

『おかしいだろその名前!トゲがあるのかないのかどっちだよ!ややこしすぎるだろ!』

 

『ボクに言われても』

 

『お前前も似たようなことやったよな?なんだっけ、…あれだ、モモンガ!』

 

『正式にはフクロモモンガ』

 

『うるさい!ニセフクロモモンガだの、フクロモモンガモドキだの、フクロモモンガダマシだの!わけわからん、名前つけたやつは馬鹿か!』

 

『知らないよ…』

 

 

…。

…阿呆な会話を思いだしてしまった。

モモンガはこの辺じゃみないけど、面白かったからつい話したら、ややこしいと怒られたんだった。

 

 

…つまりはボクらは変わらず、阿呆な間柄だったということだな。

まったく。

 

 

☆月15日。

あいつは来ない。

 

忙しいのかな。

…忙しいなら喜ばしいことだ。

 

…頻繁に来てたのが、変だったんだよ。

あいつは商船やってるんだから、きっととても忙しいんだろう。

 

でも、…そろそろ来ないかな。

カリムーが寂しそうだ。

 

 

最近カリムーの体調が良くない。

年も年だし、あまり気にやんだり、無理しないでほしい。

 

 

☆月23日。

夕方、カリムーが農場から帰ってきた途端、ふらっと倒れ込んだ。

最近体調は悪そうだったけど、倒れたのははじめてだった。

慌てて医者に連れていこうとしたら断られた。

 

「大丈夫だ」

 

そう言って、カリムーは笑った。

カリムーの『大丈夫』は信用できない。

ボクは町にいくつかある医院を思い出した。

…ここまで往診にきてくれる医者、いたかな。

 

 

★月1日。

カリムーの体調が良くならない。

むしろ、日に日に悪化している気がする。

食事もあまりとってくれなくなった。

 

「食欲がなくてな。……そんな顔しなくても大丈夫だ」

 

そして笑いながらボクの頭に手をのせる。

 

俯きながら、ボクは思った。

明日引っ張ってでも医者連れてこよう。

と。

 

 

★月2日。

朝から数件医院を回り、往診してくれる医者を連れてきた。

なかなか遠いな、という医者を引っ張って帰宅。

 

 

別にいいのに、と愚痴るカリムーに有無を言わさず診察を受けさせる。

診察中も咳き込んでいた。

 

診察結果を聞くのが怖い。

 

 

 

★月3日。

 

 

どうしよう。

 

 

 

★月5日。

医者に、カリムーはもう長くないと言われた。

もう体がボロボロだと言われた。

 

どうしよう。

 

どうしよう。

どうしよう。

 

 

どうしたらいいんだろう、と何も考えられない頭でずっと悩んでいたら、カリムーが笑いながらボクに言った。

 

「自分の体は自分がよーくわかってるよ」

 

だから、医者はいらないと言ったのに。とまた笑った。

 

ボクはカリムーを見る。

なんで笑えるんだろう。

なんでそんな穏やかな顔が出来るんだろう。

 

だってカリムーはもうすぐ…。

 

そのあとに続く言葉を飲み込んで、ボクは押し黙った。

 

「俺は人生満足した、後悔はないよ」

 

そう言ってボクの頭を撫でる。孫みたいなのがふたりも出来たし、…楽しかったよ。と優しく笑う。

 

 

やめて。

やめてよ穏やかに笑わないで。

そんな言葉を言わないで。

 

まだいなくならないで。

 

 

 

ボクをひとりにしないで。

-7ページ-

 

★月13日。

少し寝不足のまま、ボクは町に向かった。

出掛けてきます、とカリムーに声をかけ、港に向かった。

 

港にいる船乗りに片っ端から声をかける。

 

『カブトムシの旗をつけた商人がどこにいるか知らないか?』と。

 

港にいる船全てに聞いても『知らない』と返された。

ボクは気落ちする、が、そんな暇はないとキッと顔をあげ、また港にある船を回った。

 

『カブトムシの旗をつけた商人を見掛けたら「今すぐ帰ってきてくれ」と伝えて欲しい』

 

そう船員に伝言を頼んだ。

商人だろうが海賊だろうが構わず声をかけた。

 

 

 

カリムーが孫みたいだ、と言ったあいつを会わせてあげたい。

そう思って一日中港を回り続けた。

 

 

あいつはどこ行ったんだ。

 

 

★月20日。

伝言を頼んでから数日。

まだどこからも連絡はない。

モヤモヤした気持ちで、少しため息をつきながら、窓の外を見る。

 

「どうかしたか?」

 

カリムーがそんなボクに声をかけた。

ボクは少し慌ててカリムーに言う。

 

寝てなくて大丈夫ですか?

 

「ああ、今日は調子がいいんだ」

 

そう言ってカリムーはニッと笑う。

笑顔だけど顔色は悪いままだ。

ボクが心配そうな顔をしてると、たまには動かないと、とカリムーは笑った。

ボクは外を確認する。

寒くなく暑くなく風が強くもない、いい天気だった。

ボクはカリムーに提案する。

 

外に行きますか?と。

 

カリムーは嬉しそうに笑って了承した。

 

 

 

カリムーの手を引き、ボクは歩く。

家の近くにある小さな丘の上まで、ゆっくりと向かった。

 

海の見える丘の、大きな木の下。

ボクらはそこに座り、綺麗な空気を吸い込んだ。

 

「いい天気だな」

 

カリムーが静かに言う。

伸びをしながら、気持ちよさそうに目を瞑った。

 

「しばらく寝てばかりだったからな。体が鈍っちまった」

 

コキコキと肩をならす。

ふうと一息ついて、カリムーはゆっくり話をはじめた。

 

「ここはな、俺の別荘だったんだ。

まあ、下流貴族だから大したことはないが」

 

ボクはカリムーの顔を見て、話を聞いた。

別荘と言われてもピンとこない。

何故金持ちはいくつも家を持つんだろうか。

不思議そうな顔をしたボクに笑いかけ、カリムーは少し遠い目をしながら話を続けた。

 

「お前らの船団を雇う金は屋敷を売ったんだ。残ったのはここだけでな。

最後に一花咲かせようと、全部投げ出して海に出たんだ」

 

ふうとカリムーは息を吐き出した。

少し寒いのだろうか、カリムーは体をさする。

ボクは上着をカリムーにかけた。

カリムーは少し驚いた顔をしたけれど、ボクの顔を見て『ありがとう』と笑った。

 

「他人には認められなかったが、世界一周は出来た。悔いはない」

 

お前たちのおかげだ、とカリムーは笑ってボクの頭を撫でた。

ボクは何もしていない。

ボクはただついていっただけだ、と呟いた。

 

その呟きは聞こえなかったらしく、カリムーはボクの頭をワシャっと撫でて、眼下に広がる海に目を向けた。

 

「船乗り経験はあったんだがな。ガキの頃小姓として宮殿に入ってたからそのツテで。

しかし、…あれだけ長い船旅ははじめてだった。

素人に近い俺が最後まで生き残れたのは、あの仲間たちのおかげだ」

 

最高の仲間たちだった、とカリムーは、あの時共に旅立った船団の皆に感謝した。

本当に素晴らしい仲間だった、そうカリムーは何度も何度も繰り返す。

カリムーは笑い、

世界を一周した旅は楽しかった、と呟いた。

 

ボクは

楽しかったですか?

と声を出した。

カリムーはボクに顔を向け、楽しかったよ、と繰り返した。

ボクの表情をみたカリムーは、申し訳なさそうな顔に変わる。

 

「…すまん。

…そろそろ寒くなってきたな」

 

カリムーが謝って、腰をあげる。

そのカリムーを支えて、ボクらはゆっくりと家に向かって歩き出した。

 

 

帰り道、ボクはあの旅のことを思い出す。

顔は自然と曇ってしまった。

 

ボクにも、あの旅が良い思い出だったと語れるような日がくるんだろうか。

楽しかった、と言える日が。

 

-8ページ-

 

★月22日。

連絡はなし。

カリムーはまた調子が悪そうだ。

 

 

★月23日。

誰も来ない。

カリムーはずっと眠っていた。

 

 

★月24日。

来ない。

カリムーは今日は調子がよさそうだった。

 

 

★月25日。

港に行ってみた。

いなかった。

カリムーは辛そうに咳をしていた。

 

 

★月26日。

何もなく、誰も来ないまま日が暮れた。

カリムーは、何も、食べなかった。

 

 

★月27日。

 

 

あいつは

もう来れないのかな

 

 

 

×月1日。

 

少し、寝坊した。

 

カリムーに心配された。

しっかり、しなきゃ。

 

 

×月2日。

 

うっかり火傷をしてしまった。

少し、ぼんやりしすぎていたかな。

 

火傷、カリムーに気づかれないようにしないと。

 

 

×月3日。

 

最近なかなか寝付けなくて、困る。

 

カリムーに、無理するな、と言われた。

無理なんかしていない、とボクは笑った。

 

 

×月4日。

 

カリムーは最近調子がいいらしい。

よかった。

 

大丈夫だからお前も少し休めと言われた

大丈夫ですよとボクは返した

 

 

×月6日。

 

ベッドに軽く横になったらうっかりいつの間にか眠ってしまっていた

いけないまだやることがあるのに

 

気だるい気分を振り払いボクは部屋から出た

ボクがしっかりしないとふたりとも死んでしまう

 

 

×月8日。

 

     。

 

 

-9ページ-

 

×月9日。

カリムーが昼食を食べ終わり、ボクは片付けをしていた。

食器を洗っていたら、ツルリと手が滑り、皿が床に吸い込まれていく。

 

 

パリンという音がキッチンに響いた。

 

 

ボクはしばらくの間、床に散らばる皿の破片を眺めていた。

 

…ああ、そうか

落として、割っちゃったのか

 

ようやく事態を理解したボクは、破片を片付けようと手を伸ばす。

指先に熱さを感じ、思わず手を引っ込めた。

指先が赤く染まり、鈍い痛みに襲われる。

 

あ、

…何してんだ、ボクは。

 

破片を素手で触るなんて、と無事な片手で頭を掻く。

片付けるために道具を取りに行こうと、外に向かった。

 

扉を開けようと手を伸ばす前に、扉が開いた。

ボクに気付き、あいつが笑いながら挨拶をする。

 

「よー、ただい」

 

最後まで言わせず、ボクはあいつの腕をガッと取り、急いでカリムーの部屋に連れていった。

破片の片付けはあとでいい。

こいつをカリムーに合わせるほうが先だ。

 

ボクに引っ張られながら、あいつは少し戸惑ってボクに話しかける。

 

「なん、だよ。なんかお前変だぞ?どうし、」

 

無視してボクはカリムーの部屋の扉を開けた。

急に勢いよく扉が開いたためか、カリムーが驚いてこっちを見る。

 

 

「カリムー、ただいま…ってどうした!」

 

「あぁおかえり。…いやなに、もうすぐ死ぬだけだ」

 

カリムーがあっさりと自分の状態をあいつに伝えた。

それを聞き、あいつは狼狽する。あっさりしすぎだろう、と。

 

ギャーギャーとカリムーに食ってかかるあいつに椅子を用意して、ボクは部屋を出た。

ゆっくり土産話をして、カリムーを楽しませて欲しい。

あまり遠出しないボクには出来ないから。

 

 

カリムーの部屋を出たボクは、さっき割った皿を片付けようと道具を取りに行く。

破片を片付け、少し、考え込んだ。

そうだ、お茶と茶菓子の用意しないと。

 

カリムーには食べやすいものを。

あいつには、…なんだっけ…。

久しぶりだしな、とぼんやり悩んでいたら、背後から声がした。

 

「糞甘いのがいいな」

 

わかった…って、あれ?

 

返事をしてから違和感に気付く。

ここにいるはずのない、あいつの声がした。

声のした方に体を向ける。

 

カリムーの部屋にいるはずのあいつが立っていた。

なんでここに。

 

「カリムーに、お前を手伝ってきてくれって言われたんだよ」

 

別にいいのに。

それよりカリムーに土産話してあげて欲しい。

最近あんまり動けないから退屈してるだろうから。

 

「後でゆっくり話すさ。…カリムーに話して、お前に話してと二度手間させる気か?」

 

そういうわけじゃ、ないけど。

 

ボクは少し困った顔でそう答えた。

それに、用意が終わったらボクもすぐに部屋に行くつもりだ。

手間にはならないと思うけどな。

 

ボクが困った顔をしていたら、あいつは視線をボクから外し、しどろもどろに言葉を紡いだ。

 

「まぁ、カリムーに話したら『それはいけないな』と言われたから、な」

 

何が、と不思議そうな顔をしたボクに、今さらまた言うのもなんかこう微妙なんだけど、とあいつはグチグチ呟く。

 

なかなか言い出さないので、ボクはあいつの相手をするのをやめ、お茶の用意を再開することにした。

 

トントンとお茶の用意をしていたら、急にぐいと頭を捕まれた。

無理矢理あいつの方に向かされる。

痛い。

 

今置かれている状態に混乱しながら、ボクは目をパチクリとさせた。

なんだ急に、何。

 

混乱しているボクの顔をじっと見ながら、あいつはひとことだけ、こう言った。

 

「……。ただいま」

 

……おかえ、り。

 

 

言われてボクも言葉を返す。

ほとんど反射的に。

 

そういや言ってなかったな。そうか、うん。

そうか、そうだなカリムーは常々挨拶は大事だとか言ってたしな。

うん、なるほど。

 

…いやいや納得してどうする。おかしいだろこれ。無理矢理顔向かせていう言葉じゃないだろ。別に背中越しに言ってもいいよねこれ。言われたらそっち向くよ普通。

 

再度混乱しながら、ボクはあいつに反論する。

あいつはボクの顔を見ながら、言い訳をした。

 

「いや、挨拶はきちんと相手の目を見て言えと、カリムーが」

 

ボクが少し睨み付けたからだろうか、あいつは慌てながら言っていた。

 

間違ったことは言ってないけど、なにもきっちり真面目に実行しなくても。

いいんじゃないかと。

思うんだけど。

 

 

…早く離してくれないかな。

 

 

×月10日。

あの後、お茶セットをカリムーの部屋に運んで3人で話した。

カリムーはあいつと久々に会えたためか、始終楽しそうだった。

よかった。

 

話が盛り上がったせいか、あっという間に時は過ぎ、いつしか外は暗くなっていた。

 

真っ暗な中帰るのも不安だろう、とあいつを一晩泊めることになった。

部屋に空きはない。

代わりにソファーを整え、そこに寝てもらう。

十分だ、とあいつは笑っていた。

 

あいつは一晩泊まって、朝早くに帰っていった。

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×月11日。

朝起きて、欠伸を噛み殺しながら自分の部屋を出た。

コンコンと扉を叩く音が聞こえ、ボクは玄関に向かう。

誰だこんな朝っぱらから。

 

そう思いながら、ボクは玄関の扉を開いた。

そこには、昨日出ていったばかりのあいつが笑いながら立っていた。

 

え?

 

「しばらく泊まる」

 

そう言って、あいつはボクを押し退け家に入ってきた。

仕事は、と慌てて聞くと、仲間に任せてきた、とあっさり返される。

 

「ウチは俺以外はしっかりしてるから大丈夫だ」

 

どっからツッコめばいいんだ、とボクが呆気にとられていると、あいつはズカズカとカリムーの部屋に向かう。

 

あいつは部屋に入り、カリムーに挨拶。

驚きながらもカリムーも挨拶を返した。

あいつはカリムーに、しばらく泊めてくれ、と頼み込む。

 

「仕事は仲間に任せてきた、大丈夫だ問題ない。ある程度なら家事もできる」

 

そしてあいつは胸を張って言葉を続けた。

 

「大丈夫だ、しばらく俺に任せろ!家事でも農業でもなんでもこいだ!」

 

 

あいつが笑いながらそう宣言した瞬間、部屋中に微妙な空気が流れる。

ボクは微妙な空気を破るため、あいつに声をかけた。

ボクだけでもなんとか出来るから、大丈夫だよ。

 

そう言ったら、あいつはボクをキッと睨んで、ガッと肩を掴んできた。

思わず体をビクッとさせる。

あいつは大きな声で、少しだけ、泣きそうな顔でボクに向かって言う。

 

「お前、そんな死にそうな顔してて『大丈夫』って言うのか?

死にそうな老人と、死にそうな顔してるやつしかいないんだぞ。ほっとけるか!」

 

至近距離で怒鳴られた。

ボクは思わず目を瞑る。

なんだ

なんかこいつ今日

 

怖い。

 

「あのな。カリムーも、最近お前が無理してる、ってな。心配してんだぞ?

まったく…、ぶっ倒れるくらいしてくれれば素直に休めるだろうに」

 

恐ろしいことを言われた。

今ボクが倒れたら、カリムーと心中することになる。

 

そうボクが呟いたら、あいつは厳しい顔をして、だから働き過ぎてんだろうな、と呟いた。

 

「……無理すんな」

 

休め、とあいつは悲しそうな顔をして言う。

少し、掴まれた肩がじわじわと痛くなってきた。

あいつの手に力が入っているんだろう。

なんとか掴まれた手を振りほどこうとしても、あいつは手を離さない。

 

離してよ

痛い。

 

そう言ったら、なおさら強く握られた。

同時にあいつが大きな声を出す。

 

「あのな!」

 

離せ。

 

「お前はひとりで頑張らなくていいんだよ!」

 

離…。は?

 

「誰かに頼っていいんだ。だから、少し、休め!」

 

キョトンと、ボクはあいつを見る。

必死な顔をして、ボクを掴むあいつを。

ボクはあいつに休んでるよ、と伝える。

夜ちゃんと寝てるから、休めてる、と。

 

 

「そうじゃない!」

 

そう怒鳴ってあいつは、あぁもうなんて言えばいいんだ、と脱力したようにボクに寄りかかった。

重い。

 

こうしていても仕方がない。

ボクはあいつに話しかける。

すると寄りかかったまま返事が返ってきた。

どいてほしいんだけど。

ボクは言う。

 

…頼るって誰に。

 

あいつは答えた。

 

「…俺」

 

ボクは予想通りの返答にため息を混じらせながら、1択か、と呟いた。

 

「別にいいだろ。頼りがいのある俺だけで」

 

駄目だこいつ阿呆だ。

阿呆なんだな?

 

「いつでも大真面目だ」

 

キリッと言われた。

こいつどうしよう。

 

 

×月12日。

病人の前で騒ぐのも体に悪い、と昨日はあれで話は終わった。

 

しばらく居着くと宣言したあいつは帰らず、ソファーにへばりついて離れない。

邪魔。

 

引っ張ってみたけれど、縫い付けられたかのように離れない。

本当にこいつどうしよう。

困ったボクはカリムーに相談をするために部屋に向かった。

相談するとカリムーは、別にいいんじゃないか、と笑う。

…カリムーがいいならいいか。

 

とはいっても余っている部屋はない。

しばらく泊まるならソファーで寝かすのは可哀想だ、とカリムーは困ったような顔をした。

 

仕方がない…。

 

ボクはため息をつきながら、嫌そうに声を出す。

ボクの部屋にあいつ泊まらせます。と。

カリムーは少し嬉しそうな顔をして、いいのか?とボクに問いかけた。

ボクは頷く。

部屋を片付ける必要があるけれど、力仕事あいつにやらせよう。

そんぐらいやれ居候。

 

ボクが頷いたのを見て、カリムーはそうか、ありがとう、と笑った。

すると、突然バタンと部屋の扉が開き、あいつが満面の笑みで部屋に入ってきた。

 

「ありがとう!」

 

扉の前で聞いてたのか。

立ち聞きか

いい趣味してるな。

 

ボクはあいつの笑顔を見て、少しばかりため息をついた。

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×月14日

昨日はボクの部屋にもうひとり眠れるスペースをあけるため、部屋の模様替えをした。

結局終わらず、昨夜あいつはソファーで寝た。

 

ボクが朝起きたら、毛布を巻き付けたままあいつは、寒いと半泣きで訴えた。

朝食時ずっと、寒かった寒かったと愚痴るから、今日こそは終わらせるつもりだった。

 

 

…結局終わらなかった。

 

 

「そりゃ、掃除中に本読み漁ったら終わるわけないだろ」

 

真横から文句が聞こえる。

ボクはそちらを見ずに、うるさい、と声だけ返した。

 

2日続けてソファーに寝るのは可哀想だ、とカリムーが言ったおかげで、あいつは今日からボクの部屋で寝ることになった。

…ベッドに2人で横になる。

狭い。

 

 

「明日には全部片付けてくれよ。…手伝うっつってんのに」

 

嫌だ。

日記とか見つけたら読むだろ。

 

ボクはそう言ってあいつとは反対側に顔を傾けた。

返事はなく、あいつは押し黙った。

図星か。

人の日記読むな。

 

ボクは軽くため息をついた。

 

そのままふたりとも喋らず、ボクは静かに目を閉じる。

明日もまたやることはたくさんある

早く、眠らなくちゃ

 

そう思うと、

なかなか寝付けなかった。

 

また、上手く眠れない

 

 

 

なんでだろう、と少しため息をもらす。

一度眠ってしまえば、朝まで目は覚めないのに。

寝付くまでに時間がかかる。

 

ボクが少しばかり困っていると、ポツリとあいつの声が聞こえた。

 

「なあ、大丈夫か?」

 

…なにが。

 

大丈夫だってこの間からずっと言っている。

なんだボクはそんなに信用がないのか。

 

ごめん、と小さく声が聞こえて、静寂が訪れた。

 

 

静かな夜がふけていく。

ボクがようやくウトウトしはじめ頃、

大きな声が、響いた。

 

「…あぁ、もう!なんて言えばいいんだよ!」

 

ボクはビックリして飛び起きる。

声の主に顔を向けると、あいつはひとりで苦悶していた。

ひとりで大きな声を出し続ける。

 

「あああ、女だったらぎゅっとしてちゅーでいいのに!!」

 

なんだそれ。

あいつの発言に若干引きつつ、ボクはあいつにうるさい、と伝えた。

するとあいつはボクを指差しながら、

 

「やかましい!なんでお前は男なんだ!」

 

と叫ぶ。

とても凄く完全に意味がわからない。

ボクが悪いの?

 

「あぁ悪い!」

 

…もう眠いから相手しなくていいかな。

 

「駄目だ!」

 

…。

…寝よう…。

そう決めたボクはあいつに背を向けて横になり目を瞑った。

相手してられない。

 

ちょ、待って寝ないで待って、となんか聞こえてきたような気がしなくもないけど、

多分器用な風の音だろう。

気にせず毛布を被って、眠りについた。

 

 

しばらく無視していたけど、背後からいまだに声が聞こえる。

 

 

「お前本当に顔色悪いんだよ」

 

「なあ」

 

「大丈夫か?」

 

 

ボソボソと部屋に響くあいつの声。

ただでさえ寝付けないのに、横でぶつぶつ言われたらなおさら気が散る。

 

 

もう限界だ、とボクはバッと体を起こし、あいつの胸ぐらを掴んだ。

やかましい!と大きな声をあげながら。

 

「…おはよう」

 

何がおはようだ何が!まだ暗いだろ夜だ寝かせろ!

 

ガッと怒鳴りつける。

あいつはしまったと困ったような顔をしたけれど、すぐに表情を立て直した。

あいつの胸ぐらを掴むボクの手に手を重ねる。

 

「あのな、」

 

離せうざい。

 

ハイ、と素直に返事をしてあいつはパッと手を離した。

そしてあいつは

穏やかな優しい表情を

ボクに向けた。

微笑みながら、あいつは言う。

 

「愚痴くらいなら喜んで聞くぞ?」

 

 

…え?

 

思いがけない表情を向けられて

思いがけない言葉を言われて

ボクはあいつにぽかんとした表情を

向けた。

 

思いがけない言葉?

違う、この言葉は。

 

あいつは笑いながら

言葉を続ける。

 

「愚痴ると楽になるだろ?カリムーに愚痴れないことでも、俺になら言えないか?

吐き出せば多少は楽になるだろ?」

 

 

これと、似たような言葉を

ボクはあの人に言ったことが

あった

 

 

あいつの胸ぐらを掴んでいた手が離れた。

不思議とちからがぬけた。

 

そうだボクはあの時に、船が最後の1隻になった時に、団長に似たような言葉を言ったことがあった。

そうだあの時に団長は笑ってくれた心配させたなと笑ってくれた。

 

その笑顔はもう見れない

あの声はもう聞けない

あの人にはもう

 

なんでだっけ

あの団長が落ち込んだのは

なんでだったっけ

 

ああそうだ船長たちが

いなくなったときだ

ずっと一緒にいた船長たちが

嵐に巻き込まれてしまったときだ

 

船長たちは厳しかったけど

とても優しかった

 

船長たちに叱られることも

船長たちに誉められることも

もうないんだ

 

だってあの人たちはもう

 

 

そうだ

はじめは

たくさん人がいたんだ

たくさん先輩たちがいたんだ

 

いろいろ教えてくれた先輩たちが

 

武器の扱い方を教えてくれたり

料理を教えてくれたり

遊んだり

笑ったり

怒ったり

 

長い間一緒にいてくれた先輩たちが

 

でも

少しずつ人がいなくなって

少しずつ船が減っていって

 

先輩たちはいなくなって

 

 

 

ボクは言ってない。

皆に

『ありがとう』

って言っていない。

『さようなら』

って言っていない。

なのに。

もう、誰にも会えない。

 

ああそうか、誰もいないんだ、もういないんだ

 

カリムーももうすぐいなくなってしまう

毎日毎日少しずつカリムーは弱っていく

ボクが頑張ってもカリムーはよくならない

ボクがカリムーの分も頑張ってもカリムーはよくならない

 

ボクはカリムーに『ありがとう』って言ったかな

『さようなら』は言わないと駄目なのかな

 

なんでだろう

 

なんで

 

 

誰もいなくなる

ボクはひとりになる

 

もう目の前で

誰かがいなくなるのは

嫌だ

 

 

ひとりになるのは、嫌だよ

 

-12ページ-

 

「…おい!?」

 

いつの間にかボクは俯いていたらしい。

ガシッと両手で頬を掴まれ、あいつのほうを向かされた。

あいつは必死そうな声でボクの名前を呼んでいた。

 

 

「顔色がますます酷く、…あ、な、なんか俺、余計なこと言ったか!?」

 

慌てているあいつの顔を見た。

必死な声でボクを呼ぶ。

必死にボクの頬を掴む。

 

その声とその感触と

その想いを全身に感じて

 

 

ボクはようやく

前をみた。

 

 

ボクは声を出す。

 

…違う違う大丈夫大丈夫。…大丈夫。

 

「え?」

 

ボクはふぅと一息をついて、あいつに向かって笑いながら、

…愚痴か、うん。

今顔掴まれてて痛いことと、寝かせてくれないことが、とても不満だ、と伝えた。

 

「…う」

 

冗談だよ、そう言ったものの頬は痛い。

あいつは少し戸惑いながら、掴んでいたボクの頬を解放した。

ああ痛かった。

解放された頬を撫でながら、ボクは再度笑って

あいつにこう宣言した。

 

聞くと言ったな?

覚悟しろ朝までかかるぞ!

 

 

 

ボクらは狭いベッドの上で、向かい合って座った。

 

ボクはゆっくり話をはじめる。

まあまずは愚痴か、と目の前にいるやつに向かって、日頃の不満を並び立てた。

あいつが眠りかけたら叩き起こす。

ちゃんと聞け聞き流すな。

 

数回叩いたところでもう寝ないから叩くなと泣きが入った。

 

あいつは居住まいを直す。

ボクは笑って、話を続けた。

次は愚痴じゃない。

ボクの思い出話だ。

 

はじめはボクのいた船団の話。

海賊あがりがたくさんいた船団の話。

あの時団長から聞いた

昔々のお話。

 

はじめは団長と船長たちしかいなかった。行き場をなくした海好きたちを拾って船団にした、そう語った。

 

次はカリムーから依頼された、あの旅の話。

ボクが体験した、

長い長い旅のお話。

 

ああそうだと、日記を取り出してボクは自分の日記をパラパラめくりながら語った。

パラボルトから出発して、怪我をして、飢えかけて、内乱おこって、海峡を越えて。それでも旅はまだまだ続く。

 

 

ここまで話して窓の外を見る。

まだ暗い、とはいえ夜遅い。

あいつは流石に寝たかな。

話すのに夢中で見てなかった。

あいつに目を向けると、あいつは目を輝かせながら、続きは?と訴えてきた。

そうか、こいつにあの旅のこと話すのはじめてだっけ。

寝ないの?と聞いたら寝るなんて勿体ない!と言われた。

 

要望に答えて続きを話す。

今ある地図の端まで言って、陽気な国に入港して、長い穏やかな海を渡って、小さな島に到着した。

ボクはお約束の言葉を紡ぐ。

 

『その島でボクらは世界で一番の宝を見つけた』

『その宝は全ての船乗りの願いを叶えるもの』

『そして終わりもらたすもの』

 

あいつの目がますます光る。どんな宝なんだ?形は?色は?大きさは?矢継ぎ早に聞いてくる。

駄目だよ教えられない。

ボクはそう言って笑った。

 

宝があった島からは近くの国を経由して帰る道。

途中で出会った海の竜巻、それを越えてもまだ続く。バタバタ倒れる船員たち、そのとき現れた変な海賊、

そう話したら、

あいつは微妙な顔になった。

 

「…その辺は、飛ばして、もらっていい」

 

聞くって言ったじゃないか。

そうボクは微笑んだ。

あいつはバツの悪そうな泣きそうな顔になる。

気にせず続けた。

 

変に真面目な海賊のおかげで生き延びることができた。

奪われたのは腹がたつが、今生きているのはその海賊のおかげだ。

そう語ってボク日記から顔をあげ、あいつの方に向き直る。

 

ありがとう。

そう言って元海賊に笑顔を向けた。

そいつはとても驚いた顔をする。

愉快な顔だ。

ボクは笑った。

 

この後はもういいか。知ってるもんね。

そう言ってボクは日記を閉じた。

 

話し終わってボクは軽くノビをする。

外は少し明るくなり始めていた。

 

 

ボクはふいに閉じた日記に目を落とし、つい、ちいさく呟きをもらした。

 

あの旅ではいろいろあった、大変だった。と。

 

一度呟いたら、さっきの想いが溢れてきた。

止まらない。

ボクは誰かに聞かせるわけでもなく、ただ自分の想いを語りだした。

 

 

今話したうちのほとんどの人はもういない。

どっかで生きてる人もいるだろうけど。

 

もう、いないんだ。

もう会えないんだ。

 

一緒に飯を食って、買い物をして、眠って。

共に笑って泣いて怒った人たちは。

もう、どこにもいないんだ。

団長も船長たちも先輩たちも、もう、いないんだ。

カリムーも、もうすぐ、いなくなる。

 

なんでだろうな。

 

皆ボクを置いて先にいっちゃうんだ。

 

なんでだろう

 

 

そう言い終わったあと、ボクの頬を暖かいものが伝った。

ああ、しまった

 

目の前に人がいるのに。

涙がとまる気配がない。

 

おかしいな。溢れてくる。

 

なかなかとまらない涙に苦戦していたら、後頭部に手が延びてきてぐっと引っ張られた。

 

なにが起こったのかと、一瞬思考が止まったものの、暖かい感触でようやく理解できた。

 

あいつがボクを自分の胸に押し付け、軽く背中を撫でている。

 

軽く混乱したボクはが止まり、阿呆なことを呟く。

 

…ちゅーは勘弁して欲しいんだけど。

 

その呟きはあいつにも聞こえたらしく、慌てて大きな声をボクに浴びせる。

 

「するか馬鹿!阿呆か!ぎゅっとしてちゅーは可愛い女の子限定だ!」

 

まったく…、と呟くあいつに再度背中を撫でられた。

泣きじゃくる子供をあやすように。

 

 

野郎に背中撫でられるとか、軽く不愉快だ。

 

 

だけど、

なんだろう、

あったかい、な。

 

 

そう、思った。

 

思わず少しだけ声を漏らした。

少しだけ、声を出して涙を流した。

さようならすら言えずに別れてしまった、暖かかった仲間たちを思い出して。

 

我慢できなかった。

一度声を出したら、止まらなくなった。

我慢してきた気持ちを吐き出すように、ボクは無様に大声をあげて涙を流し続けた。

 

 

 

あいつはずっと背中を撫でててくれた。

 

 

ボクが疲れて眠るまで。

ずっと。

-13ページ-

 

 

×月15日。

目が覚めたら昼だった。

ボクは慌てて飛び起きる。

 

ベッドの上でボクは少し咳き込んだ。

喉が痛いし、目がしぱしぱする。

昨日のことを思い出し、ボクは少し赤くなった。

 

 

気を抜いていたら、突然ボクの部屋の扉が勢いよく開く。

虚をつかれて心底ビビった。

反射的に扉の方に顔を向けたら、あいつが立っていた。

 

ボクは慌てて手で顔を隠す。

顔合わせたくない。

顔を隠したまま、ボクはあいつに声をかける。

 

お、はよ、う。

 

「おそよう」

 

挨拶したらイヤミで返された。

くそ。

 

あいつはボクの隠している顔を見ながら、気にしなくてもいいんじゃないか、と指摘する。

…お前と顔合わせたくないってのが主だけど。

客観的にみたらボクは酷い顔をしてるんだろう。

 

ああそうだ、このままじゃカリムーに会えないな。

そんな顔で行ったら心配される。

 

そう呟いたら、あいつは少しボクから顔をそらしながらこう言った。

 

「いや、カリムーも知ってる。

泣き声聞こえたってさ」

 

 

え、…え?

 

ああそうかそうだなあれだけ大泣きしたら聞こえるよなああそうかうん、

うん

 

う……。

 

ッ!

うわあああああマジかうわ恥ずかしい死にたい凄く死にたい消えてなくなりたい穴があったら入りたいそして埋めてくれ。

 

あいつの言葉を聞いて、ボクはベッドに崩れ落ちる。

枕に顔を埋めて声にならない悲鳴をあげる。ああ駄目だ死にたい。恥ずかしい。

 

悶えてるボクを尻目にあいつは声をかけてきた。

 

「…飯どうする?」

 

食えるか!

 

今日は部屋から出ない

絶対出ない

出てやるもんか

 

恥ずかしくて動けない

 

 

×月16日。

昨日1日部屋に籠ってたら、あいつ引っ張り出された。

 

「俺昨日ソファーに寝たんだぞ寒かったわ馬鹿野郎」

 

我慢しろ。

ちょっと待ってまだ恥ずかしいんだけどまだ表出たくないんだけど、あああ。

ぐいぐい引っ張られて部屋から引き摺りだされた。

カリムーの部屋まで連れていかれる。

 

「…カリムー、入るぞ」

 

あいつはコンコンと礼儀正しくノックして、扉を開けた。

 

「おはよう」

 

「おはよう」

 

…おはようございます。

 

ボクは挨拶はしたものの、カリムーを直視できない。

聞かれてたとか恥ずかしい。この場から逃げ出したい。

そんなボクをみて、カリムーはふふっと笑う。

そして少し居住まいを直してから、ボクらにこう言った。

 

「ふたりに来てもらったのは他でもない、渡したいものがあってな」

 

カリムーは、ほいっと何かを取り出した。

 

台座に乗った3つの玉。

 

それを見てボクはとても驚いた。

ないはずのものが目の前にある。

 

あれは、宝があった島から持ってきたやつだ。

なんでここに。

あの時に盗られたんじゃ…。

ボクがびっくりしていると、カリムーは笑って説明する。

 

「これだけ咄嗟に隠したんだ」

 

偉いだろ?と笑うカリムーと、居心地悪そうな元海賊。

 

「これを、お前に」

 

カリムーはそう言って、3つの玉をあいつに差し出す。

キョトンとしているあいつに、カリムーは無理矢理握らせた。

慌ててあいつは声を出す。

 

「…いやいやいや!なんで俺に!」

 

「世話になったからな。礼だ」

 

 

混乱してるあいつをニコニコと見て、カリムーはボクに顔を向けた。

 

「…で、お前には、この家だ」

 

…家?

 

「ああ。大した価値じゃないとは思うが、売ればいくらかにはなるだろうし。…ずっと住んでてもいいさ。好きに使え」

 

そう言ってポンとボクの頭を撫でる。

 

 

ここにいていいと言われた。

ずっとここにいていいと。

 

 

ボクの顔から笑みがこぼれた。

居場所をもらった。

大事な人から、居場所を譲り受けた。

ボクはカリムーに心からこの言葉を伝えた。

 

『ありがとう、ございます』

 

ありがとうとボクはカリムーに、カリムーが居なくなる前に伝えることが出来た。

お互いにニコニコと笑う。

 

 

「いや、あの、俺、」

 

ひとりオロオロしているあいつは、狼狽しながらも渡されたものを落とさないようにちゃんと抱えていた。

そんなあいつを見て、ボクは声を出して笑った。

-14ページ-

 

 

 

 

○月6日。

カリムーが死んだ。

最期を看取ったのはボクらふたり。

最期までカリムーは笑っていた。

 

よい人生だったよ。

ありがとう。

 

そう言って死んでいった。

カリムーは言った。

 

『さようなら』

『ありがとう』

 

 

さようなら、ありがとう。

ボクもカリムーに

そう、伝えた。

 

 

○月7日。

カリムーの遺体を海に埋葬した。

生前、カリムーが『死んだら海に投げて欲しい』と言っていたからだ。

 

ふたりで、以前カリムーと散歩に来た、海の見える丘に行き、海の神に祈る。

『勇敢なる海の戦士、われら、別れを告げて、その身を海の神にゆだねる。』

 

そして遺体を海に投げる。

じっと目を瞑り、祈りを捧げた。

 

 

○月8日。

丘に、小さな石碑を建てた。

石碑の下にはカリムーの服を埋めてある。

 

持ってきた花を献花して、ふたりでまた祈った。

 

 

○月9日。

なんだかカリムーがいなくなっただけで、家の中が静かな気がする。

 

 

ボクはパラパラと日記をめくっていて、気付いた。

人の死をはっきりと書いたのははじめてだな、と。

 

 

「…お前が今まで日記に書かなかったのは、…死ってのを本当の意味で理解してなかったってだけかもな」

あいつが呟く。

 

「なんとなく『いつまでも生きてる』つー感覚かな。けど、今回の旅で仲間が目の前で死んでいったから、上手く整理できなかったんだろう」

 

ボクは静かにあいつの話を聞く。

 

「…身近な人が死ぬことで、人がいつまでも生きてるってのはあり得ない、と気付くのは微妙な話だな」

 

そう言ってあいつは話すのをやめた。

ボクは簡単に返事を返す。

 

ぼんやりと考え事をしていたから。

 

どんなに綺麗事を言おうと、結局人は身近なことしか見ていない。

だれそれが死んだと言われても、知らない人だとすぐに忘れてしまう。

1週間後にその人の名前を言えるかと聞かれたら、自信がない。

 

身近な人なら忘れない。

いつまで経っても忘れない。

でもきっといつかは忘れてしまうのだろう。

止まった人と動いてる人では時間の流れが違うのだから。

 

そんなもんなんだろう。

人間って。

忘れる生き物なんだろう。

だから忘れないように

心に刻むんだろう

そして物を残すんだろう。

 

 

ふうと一息ついて、ボクは手元を見た。

そんなボクにあいつが話しかける。

 

「さっきから何やってんだ?」

 

慰霊碑、作ってる。

ボクは作業を続けながら、そう答えた。

団長と、船長たちと、先輩たちの慰霊碑作り。

人数が多いので極々小型の慰霊碑。

まぁ、霊を慰めるといっても素直に慰められてくれる人たちじゃないけど。

というかなんかもう成仏して次に向かってそうな人たちだけど。

 

何も遺してないなと思って。

 

あいつの方を見ずにボクは言葉を続けた。

ちまちまと、あの人たちの名前を刻む。

 

「そっか。…なんか手伝うか?」

 

あいつがそう聞いてきた。

ボクは少し考えて、ようやくあいつの顔を見て、こう、答えた。

 

祠っぽいの作ってくれないか?

 

これが全部収まるくらいの大きさの祠。

カリムーの石碑の近くに。

みんなが生きた証を遺すために。

 

 

あいつは笑って、

了解、と答え、

足取り軽く外に向かった。

 

 

きっと素敵な祠が出来上がるだろう。

 

ありがとう。

 

 

 

○月12日。

慰霊碑を納め終わって、ボクらは軽く頭を下げる。

小さな祠にみっちり慰霊碑が納まってる姿は意外と壮観だ。

 

少しあいつがため息をついて、ボクの方を見る。

 

「お前これからどうするんだ?」

 

俺の船にくるか?と笑いながら提案してくれた。

ボクはその誘いを断る。

海に出るのは魅力的な誘いだけど、しばらくはいい。

しばらくはゆっくりと陸で暮らすつもりだ。

 

 

「…そうか」

 

そろそろ戻るの?

 

「あぁ」

 

 

そろそろ戻らないとカンが鈍っちまう、とあいつは頭を掻きながら言う。

 

そうか寂しくなるな。

 

ボクは小さく呟いた。

まあ、引き止めるのは単なる我儘だ。

長い間『キャプテン』を借りてしまった。

あいつの仲間には迷惑かけてしまったな。

ボクは申し訳なく思い、少しばかり落ち込んだ。

 

そうだな、

何か、お礼を渡さないと。

 

でも、その前に。

 

 

ボクは目の前にいるあいつに向かって、笑顔を向けた。

ボクはあいつに礼を言う。

ずっと助けてくれていた、あいつに。

 

 

『長い間ありがとう』

『たすかったよ』

 

『本当にありがとう』

 

そう言ってボクはペコリと頭を下げた。

素直に感謝を述べて、ボクはあいつに片手を差し出す。

あいつも気付いて手を握り返してきた。

 

 

軽く握りあってから手を離す。

あいつは少し視線をそらしながら、またちょくちょく来る。土産話持って。と呟いた。

 

別に無理しないでいい。

忙しいだろ。

 

ボクはそう返す。

来てくれるのは嬉しい。

こいつの話は面白いし、聞いていて飽きない。

会いにきてくれるのは嬉しい。

 

でも、無理してまで来なくていい。

あの時の『罪滅ぼし』ならもう済んだ。

カリムーがいない今、約束を守る必要はない。

 

 

「来たいから来るだけだ。友人に会いに来て何が悪い」

 

え、あ、

…ソウデスカ。

 

面と向かって言われて、ついボクはあいつから目を逸らす。

いやまあそのうん。

…帰ってきたら『おかえり』と歓迎くらいはしてやるよ。

-15ページ-

 

○月16日。

ここ数日、町に出て帰るための準備をしていたあいつが、朝イチで盛大に息を吐いた。

準備が終わったらしい。

 

せっかくなので港まで見送ることにした。

ふたりでトコトコと道を歩く。

 

「戻るのは久々だな。…忘れられてなきゃいいが」

 

ああそれで朝イチに盛大なため息ついてたのか。

長い間離れてたから忘れられてないか心配だったのか。

 

まぁ、それはそれで面白い気がする。

忘れられた人望のないキャプテン。

 

「お前…」

 

睨まれたので話を変える。

カリムーに貰った玉、大切にしろよ。

ボクはあいつに忠告した。

あれはボクらが見つけた『世界で一番の宝』を見付けるのに必要な、大切な鍵らしいから。

そうボクは話続ける。

 

まぁ、あの宝はあまりオススメしないから別に探さなくてもいいけど。

 

そう思いながらボクはあいつに顔を向けた。

なんかプルプル震えてた。

不思議に思って足を止める。

あいつはポツリと声をもらした。

 

「…さ、」

 

さ?

 

「先に言え!!うわ、マジか!先に教えろよ馬鹿!なん、ああぁもう!」

 

そうボクに怒鳴り付ける。

驚いたけれど、怯まずボクはあいつに、もう売ったのか、と聞いてみた。

 

「手土産無しに船戻るのもなと思って、3つもあるし、1個残して残りは…あああああ!」

 

ビンゴ。

まぁいいんじゃないかな…。

 

カリムーも多分そういうつもりで渡したんだろう。

玉だから売ったらいくらかになるだろうし。

宝を見つけてくれ、というよりは、生活の足しにしてくれ、という気持ちで。

 

ボクは『まあいいか』くらいの気持ちだったけれど、あいつはそうではないらしい。

道ばたで叫び続ける。

 

「うっわ、なんでお前もカリムーも何も言わなかったんだよ!おま、馬鹿か!いや俺が阿呆か!!」

 

奇声を発しつつ、悶え始めたので慌てて無理矢理引っ張った。

 

 

数回の攻防の末、港までなんとか引っ張ってこれた。

あいつはまだぶつぶつ言っている。

迎えに来ていた船に乗り込みながら、あいつは必死に叫ぶ。

 

「お前、玉売ってるのみたら買っといてくれよ!?わかったな!」

 

はいはい。

 

「絶対だからな!」

 

はいはい。

 

笑いながらボクは返事を返した。

あいつはまだなにか言いたそうだったけれど、構わずボクは大きな声を出す。

 

『いってらっしゃい』

 

声が届いたらしく、あいつはキョトっと一瞬表情を呆けさせる。

けれどすぐに笑みを浮かべ、

 

「おう!」

 

と大きな声で返してきた。

ボクは微笑み返して手を振った。

 

あいつの船が見えなくなるまで港でのんびり見送る。

 

いってらっしゃい。

よい航海を。

 

-16ページ-

 

――――――――――――――――――

 

 

長い長い年月が経った。

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

○月6日。

 

カリムーが死んでから20年。

 

いまだにボクはカリムーから貰った家で、ひとりのんびり過ごしていた。

 

 

ちょくちょくあいつが来たり、

たまーに客が来たり、

町で飲んだりと

平穏に暮らしていた。

 

 

平和っていいね。

 

 

△月24日

最近あいつこないな、と思ったら紙で来た。

手紙だ。

 

内容は『仕事が忙しくてしばらく行けない』『玉見つかったか?』の2点。

 

…あいつまだ玉探してたのか。

 

もう見付からないんじゃないかな。

 

 

◇月20日

少し用事ができた。

町に行かなきゃ。

 

支度を終え、さて出掛けるか、と扉を開けたら

ガツッ

っと嫌な音がした。

 

あ、やべ。

 

「…痛ー……、」

 

顔面にヒットしたらしい。

軽く涙目になりながら、顔を押さえる相手を、ボクはのんびり見下ろしながら、

…扉に近すぎたお前が悪いと思う。

と声をかけた。

 

「…おま、」

 

ぶつかってきた相手に睨まれた。

…お前変わんないな。

 

「お前もな」

 

お互いニッと笑う。

久々に訪ねてきた友人に向かって。

ボクは笑いながらあいつに声をかける。

 

『おかえり』

 

あいつは楽しそうに笑いながら、

 

「ただいま!」

 

と返した。

 

 

 

◇月21日。

昨日は買い物行くのを断念して、あいつの土産話を聞くことにした。

久々に会ったせいか話が弾んだ。

 

 

ボクは朝花を摘んだ。

昨日はカリムーの石碑のある場所に行けなかったから、そのお詫び。

泊まったあいつも起きてきて、ふたりでカリムーに会いに行く。

 

献花しおわり、ふたりで木の下に腰をおろす。

ボクはぐっと伸びをして、朝の爽やかな空気を楽しんだ。

 

ここは海も見え、花も咲き、木もイキイキしているお気に入りの場所だ。

一番好きな景色は、夜明けから朝になる瞬間。

陽が昇って、少しずつ景色に色がつく瞬間。

いろんな思い出のつまった、大好きな場所だ。

 

今日は日差しが暖かいな、風も気持ちいい。

のんびりと海を眺めていたら、あいつが話しかけてきた。

 

「そういえば聞いたか?世界一周したやつがでたってさ」

 

聞いた。

ボクはそう答えて、ポツリと呟く。

…20年か…長かったような意外と短かったような。

 

あいつは話を続けた。

 

「そいつが、カリムーの日記だか航海日誌だかを読んで成功した、とか言ったもんだから、一躍カリムーは英雄だ」

 

その人のおかげでようやくカリムーの名誉が回復した。

よかった。

 

そう言ってボクは微笑む。

あいつは笑いながらボクを示し、こう言った。

 

「…お前も、だろ?カリムーと共に帰ってきた生き残り」

 

ボクは生き残っただけで、特に何もしていない。

実際カリムーが英雄扱いされるようになっても、他の船乗りの名前は全く表に出てこない。

昔、ボクが予想した通りだ。まぁ、大半が死んでるから騒ぎようもないんだろうけど。

 

ボクは頭を掻きながら苦笑い。

あいつは天を仰ぎながら呟いた。

 

「誰だったっけな、世界一周したやつ」

 

ボクは答える。

その人の名前はレッド・ボイラー、だ。と。

 

「…詳しいな」

 

すぐに答えたら、あいつは驚いた顔でボクを見る。

隠居状態だから、そんな詳しく知らないと思った。と、ポカンとした表情で言われた。

 

つい最近聞いたから、その人の名前は頭に残っている。

そうだ、こいつには言っておこう。

3日ほど前に、客がきたときの話を。

 

 

「客?」

 

国の人。

提督として船に乗ってくれ、と言われた。

 

「…は?」

 

ボクはふぅとため息をついて、言葉を続ける。

 

どっからバレたんだか。

カリムー船団の生き残りがここにいる、って噂になったらしくて。

 

ボクは遠い目をしながら、呟いた。

 

本当にどっからバレたのか。

極力バレないようにしてたのに。

 

笑いながらそう言ったら、あいつは何か考え込むような顔をしていた。

ポツリと呟く。

 

「…俺、かな」

 

え?

 

「いや、いろんな場所で玉探してるときにな。話の流れで昔聞いたカリムーの冒険をな、話したりしてさ」

 

待った、待って。

何してんのお前。

 

「その証拠に、カリムー船団の生き残りがグレートクインにいるぞ、と」

 

いろんな場所で、語った。と居心地悪そうに、言った。

 

それのせいか。

お前のせいか。

ボクの平穏をぶち壊したのはお前か。

 

キッとあいつを睨み付ける。

慌てたようにあいつは話を変える。

 

「お前海に戻るのか?」

 

断った。

20年以上ブランクがある。今さら海に出られるか。

 

まだ少し憤慨しながらボクは言う。

あいつは、少し勿体ないな、と笑った。

 

 

ちょうどいい、とボクはあいつに語りだす。

代わりに、陸中心で商人をやる。と。

あいつは少し困った顔をした。

 

「…つまり、俺とライバルになるわけか?」

 

陸中心。

そっちとは少し違う。

 

海で働く人たちが、海で活動している人たちが安心して航海できるような仕事。

 

世界一周が認められたことで、世界球体説が確定された。

とはいえ、まだまだ未確定の場所がある。

その人たちを支えるために、ボクは陸で店構えようと思い立った。

 

海の仕事は金がかかる。船の維持費だけでも相当なものだ。

その費用を稼ぐために、品物を積む船は少なくない。その品物を買い取るつもりだ。

ただ買い取るだけでなく、その品物を売る。

 

そのまま売っても面白くない。

加工したり、副産物作ったり…例えばクズ宝石加工して庶民に手が届く装飾品とかどうかな。

 

大雑把にいったら交易所みたいなもんか。

 

 

ボクは一気に語った。

はじめは苦労するだろう。

でも、あの時の旅に比べたら、きっと大したことないはずだ。

 

いつかかならず成功させる。

 

そう決意して、ボクは笑った。

あいつも微笑みながら言う。

 

「…なら、うちの商船ご贔屓に」

 

りょーかい。

 

そう言ってボクは笑った。

当たり前だ馬鹿。

 

 

 

さてと、とあいつが立ち上がって伸びをした。

ボクも倣って立ち上がる。

 

「俺は海で、お前は陸。お互い頑張ろうぜ」

 

うん。

 

 

ボクらは笑顔を向けながら、コツンと拳をぶつけ合う。

お互いの繁栄を祈って。

 

 

 

 

家への帰り道、ボクらは少し会話した。

あいつが思い出したように急に呟いたからだ。

 

「そういや、

その、レッド・…ボイラー?は、世界一周はしたけどな」

 

 

 

「カリムーの宝は、見つけてないんだよ」

 

 

それを聞いて、ボクはとても驚いた。

知らなかった。

カリムーの日記を読んだ、と聞いていたからたどり着いたものだとばかり思っていた。

 

ボクは少し考える。

『見付けたけれど、世間には見付けなかったフリ』をしてるだけかもしれない。

そういう宝だから。

 

 

あいつを見たらなんかブスッとした顔をしていた。

 

「やっぱカリムーから貰った玉。あれ3つないと駄目なんだな」

 

なんで俺あれ売ったんだろう、とあいつは嘆く。

 

そうだった。

じゃあレッド・ボイラーが宝見付けてないってのは本当か。

 

あの宝をみたのは、

あの時あの場所にいた、

ボクたちだけ。

 

そうか。

 

ボクは少し笑った。

少しだけ、笑った。

 

-17ページ-

 

もし、本当に

カリムーの宝に誰も到達してないのだとしたら、

少し、期待する。

 

 

10年でも20年でも、

…100年先でもいい。

 

 

ボクの子孫が

カリムーの宝を見つけてくれることを

期待する。

 

…。

…あいつの子孫でも、いいかな。

 

カリムーと共に世界を回ったボク。

 

帰ってきてからカリムーを助けてくれたあいつ。

 

カリムー本人と縁があったボクら。

 

 

その子孫がカリムーの宝に到達してくれれば、

 

とても嬉しい。

 

 

だって無関係の人が宝を見付けるよりも、

カリムーの関係者の子孫が宝を見付るほうが、

 

ロマンがあるだろう?

 

 

キミが見付けてくれることを

期待してもいいかな

 

 

キミがいつか宝を見つけられるよう祈ってるよ

 

 

 

END

 

説明
海洋冒険編、過去捏造。  作品背景だけ借りた半オリジ話。
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