とある海賊の商人記録 1
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[とある海賊の商人記録]

 

 

海賊業をはじめて数ヶ月。

いまだに慣れない。

誰かを襲うことも、誰かから奪うことも。

 

いいじゃないか別に。

多分俺には向いてないんだろう。

 

甲板で船に寄りかかりながら、俺は晴れ渡る空を仰いだ。

仲間たちに気付かれないように小さくため息をつく。

 

向いてないからと言って、やらないわけにはいかない。

仲間たちを食わしていくためには、海賊業を続けるしかない。

 

そんなことを考えながら、俺はまた重く息を吐き出した。

 

 

×月25日

いつものように海に出たら、ボロボロの船が漂っていた。

幽霊船かとも思ったが、だったらもうちょい人里離れたとこに出るだろうと考え直す。

こんな往来に出てこないだろう。

というか出てこられても困る。

 

不審に思いつつも、何か面白い物でも乗っているかもしれないと、船をボロ船に近付けた。

ボロ船からは反応はない。

なんらかのアクシデントで乗組員が全滅した船だろうか。

 

誰も乗っていないなら、気にせず積荷を奪える。

俺は数人の部下を引き連れ、小型ボートでその船に乗り込んだ。

 

ボロ船に乗り込んでみたものの、外から見てボロボロだった船は中もボロボロだった。

 

こりゃ、ロクなもんなさそうだな…。

 

少しがっかりしながら、俺はブラブラと甲板を探索する。

すると、

 

…?

 

変な気配を感じて、俺はわざとカツカツ足音をたてて船の中を歩いた。

この船、弱々しいが人の気配がする。

足音をたてれば出てくるかもしれない。

 

万一に備えて、武器に手をかけておく。

…いきなり、バァ!とか出てくるなよ?

怖いから。

 

 

しばらく甲板を歩いたが、誰かがでてくる様子はない。

外には人影は無かったし、中にいるんだろうか。

 

そう思い、船室に入る。

反応はない。が、気配は強まった。

あたりを警戒しながら船室の奥へと歩みを進めた。

 

何か動く気配はしてるんだが。

…仕方ない。

 

軽くため息をもらしてから、俺は声を出す。

 

「ボロボロだな…1回や2回嵐に、」

 

少し大きめの声を。

誰かいるなら声を聞いて出てくるだろう。

 

というか、いるなら早く誰か出てこい。

微妙な気配が不気味すぎて正直怖い。

そう思っていたら、突然自分以外の声があたりに響いた。

 

「…!その言葉!パラボルトの人間か!?」

 

!!!

な、うわ、びっくりした!

出てこいとは思ったが、いきなり背後からでかい声だすな!

ビビったわ!

 

想像しろ!

幽霊でも出そうなボロ船。

外も中も薄暗いボロ船。

こっちをうかがうような何かいる気配。

急に響くでかい声。

完全にお化け屋敷だろうが!

 

ビビったのを表に出さないように、俺は声のしたほうに体を向ける。

声の主を確認、と、

…なんだ、これまたボロボロのじいさんだ。

よかった化物じゃなかった。

少しほっとしながら、俺はじいさんに話しかける。

 

「お前がこの船の船長か、パラボルトなら…順風で北に3日ってとこだ」

 

こいつはとりあえずパラボルトに帰りたいんだろう。

もし幽霊なら情報あたえれば成仏するだろう。

幽霊なら早めに成仏してくれ。

 

そんな事を考えながら、俺は周りを見渡した。

落ち着いてよくよく観察すると、そこらじゅうに人が倒れていることがわかった。

たまにモゾモゾ動いているから、死体ではないんだろう。

 

鼻に意識を集中させると、血生臭さにも気付く。

内乱か病気でもあったんだろうか。

病気だったら俺らもヤバイな。

早く退散したい。

 

少しばかり逃げ腰になりながらも、俺はじいさんから視線は逸らさない。

背後から襲われたら困る。

 

パラボルトまでの距離を教えたら、じいさんはいやに喜んだ。

なんか面白くない。

だから言葉をぶつけた。

 

「…海賊に襲われて喜ぶやつを初めてみたぞ」

 

そう言ったらじいさんの嬉しそうな顔が一変した。

全員病気で死にかけていた。助かったと思ったのに、と小声で呟くのが聞こえてくる。

それを聞き、俺はじいさんから視線は外さず軽く顔を背けた。

 

うっわ、やっぱ病気かよ。

早く退散しねーと俺もやばい。

感染する病気じゃないとは言いきれない。

 

早くここから逃げようと考えを巡らせていたら、このボロ船を探索していた部下の声が聞こえた。

 

「キャプテン!この船はよくわからない積荷でいっぱいですぜ!」

 

いや正直いらないけど。

病気の船の積荷とかやばそうだし。

よくわからない積荷とか正直いらない。

 

でもなぁ、

…せっかく見付けてくれたしな。

貰ってくか。

 

そう部下に伝える。

『とりあえず全部もらってこう』

と。

そう、声にだしたら突然、

 

「待ってくれ!それはダメなんだ!」

 

じいさんが叫んだ。

俺は反射的にビクッと体を反応させる。

だからなんでこのじいさんはいきなりでかい声だすんだ。

病気なんじゃねぇのか。

元気なじいさんだ。

…病気のじいさんに元気とかなんか矛盾してる気はする。

 

部下からじいさんに顔を戻し、俺は微妙な顔を作る。

じいさんは本気で積荷を持ってかれたくないらしく、側にあった槍に手を伸ばした。

ボロボロのじいさんに負ける気はしねーけど、むやみやたらと暴力ふるうのは趣味じゃない。

 

…仕方ない。

 

軽くため息をついてから、俺はじいさんに話しかけた。

 

「…見た感じ、この船は水も食料も尽きているようだが?」

 

「そ、それはそうだが」

 

船の状態を指摘すると、じいさんの動きが止まった。

そんなじいさんの反応をみて、俺はさらに話を続ける。

 

「こうしよう。

3日分の食料と水を、この船の積荷全部と交換だ!」

 

「えっ!」

 

「残り少ない船員も、病気なんだろ?…助けたいよな」

 

そう言葉を続けたら、じいさんがコクンと頷いた。

わかった、とじいさんが言う。

 

…普通、大事な積荷なら、死にかけてる船員なんか放っといて積荷守るもんじゃねぇか?

変なじいさんだ。

 

少し疑問に思ったものの『俺には関係ない話か』と考え直し、俺はじいさんに笑顔を向けて、こう言った。

 

「お互いにとっていい取引じゃないか」

 

そして俺は部下に向き直り、指示を出した。

積荷を全て運び出す。

 

早く終わらせよう。

なんかこう、さっきから

なんかを書く音が聞こえて気味悪い。

 

いそいそと積荷を移動させ、代わりに食料と水を渡す。

じいさんは大人しく積荷が運ばれていくのを見守り、大人しく食料と水を受け取った。

はいはい、交渉成立。

 

俺はじいさんの方をあまり見ないようにしながら踵を返し、ボロ船の船室を後にする。

甲板に出てから軽く振り返り、小さく別れを告げて、俺は早々に自分の船に戻った。

 

『おかえり』という仲間たちの声を背に受けながら、俺は船長室に潜り込む。

 

船長室の壁に寄りかかりながら腕を組み、俺はふぅと軽く息を吐き出した。

疲れたー…。

 

俺は目を瞑って再度息を吐き出す。

さて、…帰って積み荷の整理と売買でもするか。

 

 

×月30日

この間ボロ船から貰った積荷を整理した。

 

ゴチャゴチャとただ置かれているだけの荷の山を、少しずつ崩していく。

俺は数個手にとって、自分の前に積み上げた。

いくつかの品を前にした俺は、つい、訝しげな表情になってしまう。

 

ホント、わけわからんもんばっかだな。

なんだこれ。

…あ、これは綺麗だ。

 

そう呟いて俺はひとつの品をつまみ上げ、明かりに照らす。

小さいながらも細部まで細かく丁寧な装飾が施され、欠けた箇所も破損した箇所も見当たらない。

 

いい値がつきそうだ。

そんなことを考え、ついつい表情が緩む。

 

しかし…、あまり見かけない装飾だ。

どっからこんなもん積んできたんだ?

これだけじゃない。

ほとんどの品がこの辺じゃ見掛けないもんばっかだ。

 

あの船から持ってきた荷を見上げながら、不思議に思う。

疑問を持ちながらも、俺は品を見定める手を止めず、サクサクと分類していった。

 

 

品物の整頓が終わり、部下に指示して売りに行かせる。

変なもんばっかだったから期待はしない。

3日分の食料代になればいいしな。

損しなきゃいいだろ。

 

町中に散らばる仲間や部下たちを見送ってから、俺は住処に戻った。

部屋に入ってすぐ横になる。

 

目を酷使しすぎた、シパシパする。

休めようと軽く目を瞑ったら、そのまま眠ってしまった。

 

意外と疲れてたんだな、俺。

 

 

○月7日

あらかた売り終わったようだ。

俺は次々に報告される利益を記録しながら、労いの言葉をかけていく。

 

まぁまずまずな成果だ。

予想よりは金になった。

 

自然と笑顔になる。

これで船の修理も、食料の補充も、仲間たちへの給料も賄えるだろう。

よかった。

 

値段の付かなかったもんは捨てるか。

一応持ち帰ってきたけれど、置いてあっても邪魔だ。

 

そう思いながら、俺は部屋の隅に置かれた変な品々に視線を送った。

そんな俺に仲間が声をかけてくる。

 

…は?

ああ、欲しいものがあんなら好きに持ってっていいぞ。

 

 

○月12日

さて、今日はどうするかな。

 

 

  A、海賊の仕事をする

 

→ B、街をうろつく

 

  C、休む

 

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じゃあ街をうろつこうか。

 

…と、言っても一応海賊やってるしなぁ…。

街に行ってもいいもんなんだろうか。

 

考えながら歩いていたら広場に着いてしまった。

少し挙動不審になりながら、あたりをキョロキョロと見渡す。

指差されたり、石を投げられたり、通報されたり、は…

なさそうだな。

 

ほっと胸を撫で下ろす。

 

まぁ海賊といっても駆け出しだしな。

まだ大丈夫なんだろう。

 

頬を掻きながら俺はブラブラ店を見て回る。

何か真新しいものでも無いかと店を眺めていたら、見慣れないものを見掛けた。

つい、そちらに引き寄せられる。

 

見慣れない、というか、

…俺が売ったやつじゃねーか。

もう市場に出回ったのか。

 

あのボロ船から持ってきた積荷を、一通り仕分けたときに見かけた謎の物体。

それがもう店に並ぶとは…。

 

早ぇな、と、改めて手にとりじっくりと眺めてしまう。

ホント、わけわかんねーなコレ。

何に使うんだ。

 

「お兄さんお目が高いね!」

 

マジマジと品を見つめていたら、店員に話しかけられてしまった。

店員は矢継ぎ早に品のアピールをする。

 

これは、伝説の騎士がどうたら、使ってたなんたら、珍しくてうーたら。

 

…阿呆ぬかせ。

んなわけねーだろ。

 

不信そうな態度が表にでてしまったのか、店員はさらに説明を続けた。

長い長い説明を聞き続け、俺が若干うんざりしはじめた頃、ようやく店員は語るのをやめた。

さぁ買えとオーラを放つ店員に手持ちがないからと伝え、俺はいそいそとその場を離れる。

あれだけ説明させといて買わないのか、と軽く睨まれたが、俺は見えないフリを決め込んだ。

 

店から離れ、軽く一息をつく。

…自分たちが売りさばいた品にわけわからんこと言われるのも軽く不愉快だな。

俺の部下はなんて説明して売ったんだ。

 

俺は軽く頭を抱えながらため息をつき、広場の隅に腰を下ろした。

下を向いたまま考え込む。

 

まぁ確かに変な品物ばっかだったんだよな。

どこで手に入れた品なんだろう。

 

純粋に、興味を持った。

あのボロ船は、どこからあんな品々を集めてきたのだろうか、と。

 

パラボルトに帰りたがっていたから、ここから出航した船だろう。

…船の名前はわかってるし、あの船のボロさ加減から2・3年前に出港したんだろうと予想はつく。

簡単に調べられるんじゃねーかな。

 

…どうする、調べるか?

 

 

→ A、調べる

 

  B、調べない

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それじゃあ調べてみるか。

 

そう思い立ち、役所に行ってみようと腰をあげ…。

あ、俺一応海賊だった。

 

役所とか行っていいもんなんだろうか。

海賊が役所で調べ物って。

 

立ち上がったまま再度考え込む。

…まぁ大丈夫だろう。

さっと調べてさっと逃げよう。

逃げ足には自信がある。

 

少しばかり苦笑いしながら、俺は役所に足を向けた。

ここからそう遠くない。

 

とはいえ、調査に時間をかけられない。

そう思って自然と歩く速度を早めた。

遅くなったら仲間たちが、待ってましたとばかりにからかいにくる。

 

アイツらもうちょい俺を敬え。

 

仲間たちの顔を思い浮かべながら、早足で歩みを進めていたら、意外と早く役所に到着した。

軽く深呼吸してから中に入る。

 

役所の人間に、ニコヤカに迎え入れられた。

マニュアルなんだろうか。

 

俺はなんやかんや理由を捻り出し、ここ2・3年の出港許可が出た船を調べさせて貰った。

えーっと…

 

…あった。

これ、だな。

 

資料をパラパラと捲り、目的の船の名前を見つけ出した。

書いてある記録を読んでい、

 

…え?

 

 

○月20日

…どうしよう。

俺は凄まじく取り返しのつかないことをした。

そう、あの船の事を調べてから、悶々と悩み続けている。

 

だから

ボロボロだったのか

だから

帰ってこれて喜んだのか

だから

積荷を渡したくなかったのか

 

それに気付いてから

海賊業に身が入らない。

俺は机に突っ伏して、盛大にため息をついた。

 

最近本当に海賊の仕事をしていない。

近場の島々を回って品や食料は回収しているから、まだ生きてはいけるが…。

このまま続けてもジリ貧だ。以前と比べて利益がガクンと落ちている。

そう気付きながらも、やる気が、出ない。

 

どうし

 

「キャプテン、今いいでやんすか?」

 

ひとりで悶々と悩んでいたら、部屋の外から仲間の声が聞こえた。

俺は慌てて体を起こし、体裁を整える。

 

大きく息を吸い込んで、大きく吐き出してから、『いいぞ』と声をあげた。

なるべく、はっきりした大きい声で。

 

キャプテンの威厳を損なうわけにはいかない。

そう見栄を張ったものの、内心は完全にキョドっていた。

 

あああ、ついにきたか。

 

ついてけないから実家に帰らせていただきます?

不甲斐ないから船長を殺して船を貰います?

船長を殺して自分も死にます?

…どれだろうな。

 

どれもヤだなぁ、と俺は眉を下げる。

海賊に限らず船乗りは長期間狭い船内で一緒に過ごす。

つまり、船の中ではチームワークや互いに気を使うことが大切だ。

それをキャプテン自ら破ってるわけで。

気分が乗らないからと、ここ最近ロクに仕事をしていないわけで。

 

殺されても仕方ない。

 

死にたくはないが、殺されるのもやむなし。

そう腹を括って、俺は部屋に入ってきた相手の話を聞く体勢を作った。

 

さぁ、何の用だ?

 

そう腹を括ったものの、しばらくの間、沈黙が続いた。

仲間も少し困った顔を作って押し黙り、俺もどうしようもないため押し黙る。

 

…怒鳴り散らされたり、叱られる方がまだマシだと実感した。

黙ってないで何か言ってくれ。

いっそ、急に斬りかかってきてもいい。

沈黙が怖い。

 

俺はいたたまれなくなってきて、黙っている仲間から徐々に目を逸らしていく。

耐えきれなくなってきた俺は、そろそろ部屋から飛び出して海に飛び込もうかと覚悟した。

この場から逃げ出したい。

そんな矢先に、ようやく仲間が口を開く。

 

「…キャプテン、何かあったでやんすか?」

 

…あれ?

 

予想外の言葉が放たれた。

呆気にとられてマヌケ面を晒す。

そんな俺を見て、聡い仲間はため息混じりにこう言った。

 

「…なんかあったんでやんすね」

 

ああ、と俺はなんとか言葉を紡ぐ。

あれおっかしいな。

文句のひとつでもくると思ってたのに。

なんで俺心配されてんだろう。

不思議に思う俺を見て、再度ため息をつきながら仲間は言葉を続けた。

 

「オイラたちには話せないことでやんすか?」

 

そういうわけじゃない、けれど。

…どうする?

 

→ A、話す

 

  B、話さない

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仲間に事情を話してみた。

気分が乗らない理由を。

この間見付けたボロ船のことを。

 

あの船はカリムーという男が、世界が丸いことを確かめるために出航した船のうちのひとつだったこと。

あの時のじいさん、…多分あれがカリムーだということ。

最近よく聞く噂があること。

世界一周したとウソぶくやつらがいるということ。

 

そして

あの時のカリムーの態度や積荷から、おそらくカリムーたちは本当に世界一周を成し遂げたんだろうということ。

カリムーたちが信用されないのは証拠がないからだろうということ。

その証拠は、俺らが奪って二束三文で売っ払ったということ。

 

そう、自分の考えを交えながら話した。

俺が話をしている間、仲間は相づちを打ちながら静かに聞いていた。

 

一通りの話が終わって、俺は軽く一呼吸。

話が終わったことに気付いた仲間が、俺に向けてひとこと言った。

 

「…で?」

 

で?と言われても。

これで全部だ。

 

「そうじゃなくて、キャプテンはどうしたいんでやんすか?」

 

言葉の真意がわからず、俺は少し考え込む。

…どうしたいか。

そりゃまぁ罪滅ぼししたい。

なんせ俺のせいでカリムーは英雄になりそこねたわけだから。

ただ、

 

「無駄に悩んでるってことは、その罪滅ぼしの仕方がわからない、ってとこでやんすかね」

 

…ビンゴ。

さすが、付き合い長いだけあるな。

皆まで言わなくとも伝わる。

 

俺は、その通り、と手を広げる仕草をして軽くため息をついた。

そんな俺を見て、仲間も軽くため息混じりにこう言った。

 

「…考え付いてはいるんだろうと思ったんでやんすが」

 

買いかぶりすぎたでやんすかね、と再度仲間にため息をつかれる。

何だいったい。

仲間の言い方にイラつきながら言葉の続きを待つ。

 

待ちながら、俺は急かすように机を指で叩いた。

トントンと机を小突く音が大きくなってきたころ、少し睨み付けるような、少し困ったような顔をしながら、ようやく仲間が喋りだした。

 

「まず、」

 

○月21日

……。

アイツ何考えてんだ…。

 

俺は住処のミーティング室で盛大にため息をついた。

俺は今、部下やら仲間やらに取り囲まれて、好奇の目に晒されている。

キラキラした無数の目で見つめてられて、完全に挙動不審。

 

いや、あの、あの。

 

困った俺は、後ろでちょこんと立っている仲間に、助けを求めるように視線を送った。

昨日相談した仲間だ。

俺の視線に気付いたアイツは、

 

「これからキャプテンが大事な話をするでやんす!心して聞くでやんすー!」

 

と、叫んだ。

その声を聞いて、俺の話を聞く体制を作る仲間たち。

さらにキョドる俺。

 

待て。

ちょっと待ってくれ。

待て馬鹿。

 

昨日の今日でか。

心の準備とか。

心の覚悟とか。

必要だろ。

おい。

 

ああもうこの阿呆!

アイツ鬼か!

 

俺の叫びを知ってか知らずか、仲間は早く言えとばかりに俺の背中を押す。

押されて一歩前にでた俺。

目の前には、何だろう。と期待しているような仲間たちの顔。

 

その顔に、いや

たくさんの目に注目されて

わけわかんなくなった俺は

パニックになりながら、大声で

 

  俺は、海賊をやめる

 

と、勢いで叫んだ。

 

 

(あとで問い詰めたら、アイツは「キャプテンは結構ヘタレだから、追い詰めればすぐ宣言すると思ったでやんすー」と言った)

(ド畜生)

 

 

○月22日

海賊を止める宣言してから1日経った。

宣言した瞬間、場が静まり返った。

死にたくなった。

だからこう、順序だてて、説明しようと思ったのに。

 

俺が沈黙に耐えられなくなって、軽く涙目になりながら部屋から飛び出して逃亡しようと思いたった頃。

笑い声と共に仲間たちの楽しそうな声があがった。

 

「遅ぇよ!」

 

…あ、れ?

 

キョトンと仲間たちを見つめ返す俺を無視して、仲間たちは口々に騒ぎはじめる。

 

キャプテンが改まって言うのはそんくらいだろうなー、とか

全員キャプテンは海賊に向いてないよなーと気付いてた、とか

むしろなんで海賊やってたのかわかんなかった、とか

この間も船の積荷奪うんじゃなくて交換だったしな、とか

 

楽しそうに語り出す、

全員が一通り感想を述べた後、室内はハハハと笑い声で満たされた。

 

俺ひとりだけ笑えない。

 

ポカンとしていると、メガネの仲間が側に寄ってきた。

ね?と俺の肩を叩く。

 

「だからキャプテンが海賊やめると宣言しても大丈夫だって言ったでやんす」

 

仲間は、全員がキャプテン無理してんなー、とずーっと思っていたと言う。

いつ海賊やめると言い出すか賭けの対象にまでなってたらしい。

 

その話を聞いて、俺は微妙な顔になる。

なんかちょっと泣けてきた。

え?俺そんなに無理してた?

 

「と言っても、キャプテン何か無駄に頑張ってたでやんすから。とりあえず合わせようと全員で、」

 

俺の泣きそうな気持ちを無視して喋り続けていた仲間は、急に口が動かせなくなった。

ゴッという音と、みぎゃっという音が間近で響く。

 

つい手がでた。

反省も後悔もしていない。

 

自分の頭を撫でながら、めげずに仲間は顔を上げ、キラリと目を光らせながら拳を掲げて大声をあげる。

 

「賭けはオイラの一人勝ちでやんすー!」

 

そう言って仲間は、楽しそうに嬉しそうに妖しくふふふと笑いやがった。

くそ、さっき殴ったのに復活早いな。

 

あまりにも嬉しそうだったので、つい、どのくらい勝ったんだ?と聞いたら、思った以上の金額を言われた。

また手がでた。

お前なんか嫌いだ。

 

 

拳を握ったまま、俺は自分の手を見つめる。

 

海賊やめると宣言したら、何かしらあると思ってた。

 

仲間割れとか。

分裂とか。

 

それは嫌だった。

 

俺はキャプテンだから、

仲間を部下を守らなくちゃいけない。

仲間に怪我をさせたくなかった。

 

だから、全員にあっさり受け入れられた今の状況は、喜ばしいことなんだろう。

誰も怪我せず、誰も喧嘩せず、あっさりと受け入れられた。

良いことだ。

嬉しいことだ。

 

 

でもなんか釈然としない。

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△月1日

海賊やめると宣言して、仲間にあっさり受け入れられて、数日。

この数日はかなりゴタゴタした。

忙しかった。

 

海賊やめるとかそんな簡単にいくものなのかと思ったが、どうも俺らの場合は結構簡単にいくらしい。

というのも、俺らは世間的にロクに海賊業やってない自称海賊(笑)と認識されてたようだ。

 

…なんだ(笑)って

なんだ、かっこわらいかっことじるって!

 

 

「いや、だって、なぁ?」

 

大工の仲間が言う。

 

「人殺ししない、奇襲しない、なるべく怪我させない。でしたしね」

 

医者の仲間が言う。

 

「奪うと言っても基本的に物々交換でした!」

 

俺を師匠と呼ぶ仲間が言う。

 

「海賊(笑)って言われても仕方ないんやない?」

 

ノッポの仲間が言う。

 

…。

…お前らなんか嫌いだ。

 

仲間からもフルボッコにされた。

俺はぷいとそっぽを向く。

そんな俺をスルーして、仲間たちは楽しそうに笑う。

 

「私、このシマシマ服脱げて嬉しい」

 

歌が得意な仲間が言う。

そうそう!と女性陣が同意した。

かわいくないんだもん、ときゃいきゃい言い合う。

 

「確か、こっちでは縞模様の服は悪魔の衣服なんだよね」

 

「…縞模様というか…二種の糸で織った衣服、がいけないようだな」

 

東のほうから来たらしい仲間たちが不思議そうに言う。

 

縞模様の服は迫害対象やら反社会的な行動する人の服。

社会のはみ出し者が着る服だ。

 

俺たちが縞模様の服を着てたことに意味はない。

大抵の海賊が着てたから俺んとこも縞模様の服にしてたってだけだ。

 

「…形から入るから、海賊(笑)とか言われるんでやんす」

 

うっせぇ。

 

 

△月8日

身辺整理も終わった、さてこれからどうしよう。

俺は机に頬杖をついて、思案する。

 

カリムーは探すつもりだけど、なにかしら仕事しないと生きていけない。

 

…アイツらはどうすんのかな。

 

ぼんやりと仲間たちの顔を思い浮かべる。

俺がふぅと頭を悩ませてると、部屋にノックの音が響いた。

仲間が入ってきて俺に声をかける。

 

「またなんか悩んでるでやんすか?」

 

ああはいはい悩んでますよ。『また』悩んでますよ。

 

俺は仲間にぶらっきぼうに声を返す。

賭けの対象にしやがったこと、まだ許してねーからな。

 

ぷいとそっぽを向いた俺を気にせず、仲間は笑いながら近寄ってくる。

 

「ひとりで悩んでないで、オイラたちに相談すればいいでやんす」

 

…は?

 

「それが仲間でやんす」

 

そう言って仲間は頬を掻いた。

思わず仲間の顔をマジマジと見つめた俺に、仲間は、悩み事はなんだ?と再度笑いかけてきた。

 

ん、まぁ、えっと、だな。

少し圧倒されながら、少し居心地わるくなりながら、俺は目を逸らしつつ仲間に相談する。

これからお前らはどうするのか、行くところはあるのか、と。

 

それを聞いて仲間は、あっさりと答える。

 

「…まぁ、皆腕は確かでやんすから再就職先はあると思うでやんすが…」

 

それを聞いて俺は目を伏せた。

そうだな、…全員再就職には困らないか…。

というかすぐにでも出ていくだろう。

 

まぁ、食いっぱぐれたり路上で死なれるよりは、どこか待遇のいい場所に再就職した方がマシか…。

 

寂しくなるなと、少し、思った。

だけど引き止めるわけにもいかない。

俺は目の前にいる仲間に気付かれないように、こっそり小さくため息をついた。

 

「…とはいえ、誰も出ていかないと思うでやんす」

 

オイラも含めて、とごく当たり前のように言われた。

予想外で面食らう。

俺は慌てて仲間に言い返した。

 

なんでだ。

どこ行ってもここより給料高いだろ。

 

思わず、驚いたような大きな声で。

俺の声を聞いて、仲間はビクッと体を反応させた。

 

海賊業廃止した俺のとこは今収入がない。

給料払えない。

俺ひとりなら家がなかろうが、金がなかろうが問題ないけど…。

 

俺は少し困った顔をしたらしい。

仲間も少し困った顔をして俺に言う。

 

「…オイラたち、出てった方がいいでやんすか?」

 

とてもヘコんだような声だった。

俺は慌てて言葉を紡ぐ。

 

いや、そういうわけじゃない。

むしろ残ってくれるのは嬉しい。

ただ、全員を食わせてやる自信がない。

心中する気はないし、させる気もない。

 

そう言ったら、

いや言い終わった瞬間に、

いきなり部屋の扉が開いて仲間たちが雪崩れ込んで来た。

 

…立ち聞きか。

いい趣味してんな。

 

嫌みを言ったら、やかましい!と一喝されて口々にいろいろと言われた。

出てかないからなこんな居心地いいところこの寒空の下追い出すつもりですかこの鬼畜師匠酷いキャプテンと一緒がいい再就職とかマジ面倒くさい斬るぞまだ依頼完遂してないでしょ中途半端に放り出さないでよお金渡してハイさよならってそれはないでしょここにいたい楽しそうだし絶対出てかないから!!

 

ギャーギャーとまあ…。

やかましいのはどっちだよ…。

 

そう思ったせいか、うっかり微妙な顔をしてしまった。

さらにやかましくなる声。

ああもう…。

 

「…結論としては、まだ皆キャプテンの元で一緒に働きたい、ってことでやんす」

 

仲間が笑いながら言った。

 

…しかしだな、

 

もう一度説明しようと口を開いた俺を遮って、仲間はやんわりと言葉を続けた。

 

「貧乏だろうと、今後どうなろうと、一緒に働きたいって言ってもらえるのは幸せなことでやんすよ?」

 

そうだけど。

ありがたいけど。

 

「…キャプテンがひとりじゃ解決出来ないことも、悩んでることも、全員で考えればなんとかなるでやんすよ」

 

…。

 

「オイラたちは仲間でやんす。チームでやんす。…全員で頑張るでやんすー!」

 

う。

 

言われて俺は言葉に詰まる。

目を瞑って深呼吸。

俺は絞り出すように、探るように、仲間たちに話しかけた。

 

本当にいいんだな?

金もない、

将来のビジョンもない、

コネも何もない、

 

そんな俺についてきてくれるのか?

 

そう言ったら全員が声を揃えて、

 

「当たり前だ」

 

と言った。

 

…ありがとう。

 

 

●月29日

海賊やめて、仲間が残ってくれて、さあ新たな門出だと決意した日から3ヶ月近く。

俺たちは今、駆け出しの商人をやっている。

 

海賊をやめた今、どうやって仲間たちを食わしていくか、同時にどうやってカリムーを探すか仲間たちと話し合った。

 

(カリムーはパラボルトのどっかにいると思っていたが、帰国してすぐにどっかに消えたらしい)

(しまった)

 

しばらく話し合い、仲間のひとりが『商船』はどうかと提案してきた。

 

「商船はいろいろな土地を訪れるのでゴザろう?人探しとしても金稼ぎにしても丁度良いと…」

 

その案を聞いて全員が、それだ!と叫ぶ。

 

うまくいけばかなり稼げるし、あちこちに行っても不自然じゃない。

そうと決まればさっそく、と各々準備に取りかかった。

船を直したり、出航の準備をしたり、交易用の産物を探したり…。

 

俺は、よく思い付いたな、と提案した仲間を誉めた。

 

「いや、拙者も商船にこっそり忍びこんでここに来たでござるから」

 

…あれこれ誉めちゃ駄目じゃね?

よく見付からなかったな。

そう言ったら、忍者の仲間は笑いながらのんびりと語った。

 

「見付かって海に捨てられたでござるー」

 

…訂正、よく生きてたな。

ぽんと背中を叩いた。

でも密航は今後やらないようにしろよ。

死ぬから。

-6ページ-

▲月6日

商人生活に少しずつ慣れてきた。

まだまだ駆け出しとはいえ商船は需要が高いらしく、ある程度活気のある街なら快く受け入れてもらえる。

警戒心の強い町でも女性陣が優しーく微笑めば、意外と受け入れてもらえることも判明した。

 

……。

いいのかそれで。

 

世の中見た目が9割ってマジなんだなと実感しながら仕事を続けた。

今日はパラボルトからグレートクインに果物の運搬。

果物だから優しくあつかええよ、と全員で声を掛け合う。

 

船の操縦も細心の注意を払った。

運搬中に潰しました、とかシャレにならん。

 

慎重に、しかし納期に遅れないようにと船を走らせ、特に問題なく港に到着した。

さて、荷下ろし荷下ろし。

 

今回は近場だったせいか、余計なものをあまり積まずに済んだ。

おかげで積荷が多い。

 

先に港に連絡して、荷下ろしのために地元の手伝いを頼んである。

動けるヤツらだといいな。

 

そう考えながら、俺は船の上で全体に指示をだす。

キビキビ働けー。

 

と、

 

あれ?

今、

見覚えのあるヤツが通った。

 

どこだ。

どこで見た?

違う、

そこらの港でみたヤツじゃない。

依頼人でもない。

 

どこで、

確か、

薄暗いところ、で

 

あ。

 

「…あ?」

 

思わず最後のひとことがもれた。

アイツが反応し顔をあげた。訝しげな顔を向けてくる。

 

俺は返事を返さず、その顔をじっくり観察。

 

間違いないこいつカリムーの船に乗ってた!

カリムーの船で倒れてたヤツだ間違いない!

同い年くらいのやつがいるな、と記憶に残っている。

本人だ。絶対本人だ。

 

ようやく、ようやく手掛かりを見付けた!

 

はやる気持ちを抑えつつ俺はソイツに話しかけようとする。

が、ソイツは不思議そうな顔をしてから仕事に戻っていった。

慌てて俺は手を伸ばす。

待っ、

 

「キャプテンー、これはどうするんだー?」

 

ああもう!

んなもんテキトーに!

 

ってわけにもいかないか…。

俺は仲間に苛立ちをもったが、仕事中だったことを思い出した。

いきなりキレかけるとか俺が悪い。

理不尽な怒りをぶつけるなんて最悪だ。

 

俺は自分で自分の頭を小突き、アタマを切り替える。

仕事が終わったら話しかけよう。

チャンスはいくらでもあるだろう。

 

ふぅと俺は息を吐き出した。

落ち着いて考える。

 

そうだ、焦って逃げられたらどうする。

カリムーたちにとっては俺は積荷を奪った憎い海賊だ。

 

ふと俺は積荷を抱え運ぶアイツに目を向けた。

 

…まぁ逃がすつもりはない。

地の果てまでも追いかけて見付け出してやる。

 

念が伝わったのか、アイツがぞわりと反応したのが見えた。

 

逃がさないからな、手掛かり!

 

▲月7日

逃げられた。

 

俺は部屋で盛大に重いため息を吐き続けた。

昨日は仕事が終わったらアイツはさっさと帰りやがるし、俺は俺で手続きやら報酬やらの分配が忙しかった。

あああああもう!

 

頭を抱えて悶える俺に、仲間がため息混じりに声をかける。

 

「…だったら、そこらの人に聞いてみればいいでやんす」

 

え?

 

「地元の手伝いで来てたなら、知ってる人がいるかもしれないでやんす」

 

出稼ぎって可能性は。早々に帰っちまったし。

 

「ごちゃごちゃうるさいでやんす。やらないよりやったほうがマシでやんす!」

 

そう言って仲間はとっとと行ってこい、とばかりに俺を蹴っ飛ばした。

ポンと放り出され、地面に叩きつけられる。

 

俺一応キャプテンなんだけどな。

俺の威厳はどこいった。

 

けっ飛ばされた腰をさすりながら、俺はゆっくり立ち上がり町中をうろつきはじめる。

ったくもう。

 

俺は遠くから若干船を睨み付けてから、視線を前に戻した。

明後日にはまた別の仕事がある。時間はない。

今日中にアイツか情報を見付けないと逃げられるな。

 

軽く頭を振って俺は歩みを早めた。

…アイツ自身は俺に気付いてなかったみたいだったが、カリムーは俺の顔を知ってるはずだ。

なんせ真正面で対峙した。

 

アイツがカリムーに俺の情報を流したら、カリムーに逃げられる。

海賊時代からの紋、カブトムシの印を変えず使ってるからな…。

『仕事で変な商人に会った。商人なのに紋を付けてた。カブトムシだった』

とかカリムーに伝わったら確実に気付かれる。

今回逃げられたら、おそらく二度と見付からない。

カリムーも警戒するだろう。

 

…逃げる暇がないように、急いで探さないと駄目だ。

グダグタ考えてる暇はない。

時間が惜しい。

 

そう思って、俺はさらに歩みを早め、…いや、完全に駆け出した。

 

畜生面倒臭ぇ!

どこ行ったあの野郎!

あの時無理矢理にでも取っ捕まえておくべきだった!

アイツ絶対逃がさねぇからな!

絶対見付け出してやる!

 

 

そう決意して、俺は手当たり次第に人を捕まえて、アイツの特徴を伝え、どこにいるか知らないか、と聞きまくった。

 

しばらく聞き込みを続けたが、

くっそなかなか知ってるヤツが捕まらない。

アイツこの辺には住んでないのか。

 

そろそろ日が暮れる、もう駄目か間に合わない。

出航は明後日だが、明日は仕事の準備をしないといけない。

くそ。

 

走り回りすぎて疲れてきた。

少し、少しだけ休みたい。

俺はそこらの壁に寄りかかり、荒くなった息を整える。

 

くっそー…。

ようやく見掛けた手掛かりを逃がした。

全く情報が手に入らない。

もう、

 

そう諦めかけた頃、ひとりの男が話しかけてきた。

 

「人を探してるのって、あんたか?」

 

アンタ、誰。

 

俺は話しかけてきたやつを軽く一瞥しながら、返事をした。

その人は笑いながら、そいつとたまに一緒に仕事をするんだ、と言う。

それを聞いて思わず手が伸びた。

勢い余ってついその人の胸ぐらを掴む。

ビビられた。

構わず俺はその人に怒鳴りつけるように言った。

 

マジか!

 

ソイツを探してる、どこに住んでるか教えてくれ、と矢継ぎ早に問いかける。

その人は怯えながら、たどたどしく答えてくれた。

 

「…た、たしか、ここから少し離れた丘の近くに、爺さんと一緒に暮らしてる、って聞いた、ような」

 

どのへんだ!

 

荒い声をあげた俺に益々ビビりながら、その人は震える手であっちと方向を指差した。

 

そうかありがとう!

 

ようやく俺は手を離し、その人に礼に金を少し包んで渡す。

そしてすぐに指差された方向に向かって走り出した。

 

必死に駆けながらも、俺は少し笑った。

そうかあっちのほうか。

ようやく有力な情報を手に入れた。

よっし!

 

走りつづけながら、俺は頭を回転させる。

『爺さんと一緒に』暮らしてるのか。

つまり、そのじいさんってカリムーの可能性が高いな。

 

アイツだけじゃなく、カリムーも発見した!という喜びと

やべぇもう逃げられてるかも、という焦りが同時に襲う。

 

ああもう急がねーと!

 

辺りが真っ暗になっても、教えられた方向に向かって俺は必死に走り続けた。

 

ただ必死に真っ直ぐ走り続け、言われた丘を見つけ出す。

その、近く、の

 

小屋。

 

 

あったあああぁぁぁ!

 

あれだ間違いない。

灯りがもれてるからまだ中に誰かいる、って、あ、消えた。

 

…どうする?

今から夜逃げとかってなら殴り込む…

が、

ただ単に就寝しただけなら殴り込む必要はない。

 

どうする?

 

  殴り込む

 

→ 様子を見る

-7ページ-

 

…様子を、みよう。

 

そう判断し、俺は近くの木に寄りかかりながら様子を伺う。

ついでに、走りすぎて荒れた息を整えるため、軽く深呼吸。

 

落ち着け。

無駄に暴れる必要はない。

落ち着け。

 

整った息を殺しながら、近くにある木に寄りかかり、影から家とあたりの様子を再度じっくりと伺った。

特に動く影も気配もない。

小屋は沈黙を保っている。

中にいるヤツらは、動いて、いない。

 

俺はふぅと息を吐き、軽く目を瞑って考える。

普通に訪ねて、みよう。

 

うん、

……。

 

…あれ?

ちょっと待った。何て言って入ればいいんだ。こんな夜中に。

 

待てここまできて

何を戸惑って

 

というか、家間違えてたらどうする

 

あれ?どうしよう。

 

ごちゃごちゃ考えながらも歩みを止めずにいたら、扉が目の前に立ちふさがっていた。

待て、まだ考えがまとまってねーよ!

あああよく考えてから来るんだった!

カリムーを逃がさないように急いだ結果がこれかよ!

なんて、

何て言おう

 

しばらく俺は扉の前で固まった。

なんて言って、どうしよう、どうし、

…どう、しよう…

 

ぐるぐると目を回しつつ、本気で悩んでいたら、ふと

『キャプテンがウジウジ悩むのは似合わないでやんすねー』

という仲間の声が聞こえた気がした。

俺は頭をぷるぷると振り、一旦目を閉じて、ゆっくりと深呼吸する。

 

ああそうだな、

悩むのは合わないな。

これでも一応元海賊。

男気をみせてやる。

 

なるようになれ!

 

腹を括って、決意を固めて、俺はドンッと思い切り扉を叩く。

 

返事はない。

…。

……。

 

っだー!

俺が決死の思いで扉叩いてんだから、すぐ出てこいや!

 

若干理不尽ではあるが、相手を腹ただしく思う。

イライラしながら俺はガンガン扉を叩き続けた。

ガンガン

ガンガン

ガンガン

ガンガン

ガンガン

ガッ

 

 

叩き続けていたら急に扉が開いて、

俺の顔面に思い切りぶつかった。

 

痛ー……

 

「…あ」

 

この野郎…、と出てきた相手を睨み付ける。

あ、アイツだ。

良かった家間違えてなかった。

ほっとしたのも束の間、

 

「…。…夜中に扉叩きまくって住人たたき起こしておいて、なおかつ扉に近すぎたお前が悪いと思うんだ…」

 

アイツがポツリと呟いた。

コイツ自分でぶつけといて言うだけ言いやがった。

鬼か。

 

あとで覚えてろ、とまた睨む。

心底どうでもいい、という顔された。

そろそろ泣く。俺が。

少し心が折れそうになりながらも、本題が先だと俺は会話を続ける。

 

「ここにカリムーってヤツがいるな?会わせ、」

 

「夜分遅くにすいません、と挨拶しろ」

 

ぼんやりとした声でアイツが俺を遮った。

っあああああ!

コイツなんだあれか!

俺にカリムーを会わせない気か!?

時間稼ぎかうっぜえぇぇ!!

 

イライラしながらも、言わないとマトモな対応してもらえなさそうなので素直に言う。

 

「ヤブン、オソクに、スミマセン。…カリムーに、」

 

「…誠意が足りない」

 

また遮られた。

っだ、こんの野郎!!

なん、人が決死の覚悟で、おま、あああ駄目だ殴りたい一発殴りたい。一発殴って黙らせたい。

そう思いながらも、俺は会話を諦めない。

 

「いいから!!カリムーに会わせろ!」

 

「うるさい帰れまだ暗い眠い明日来い明日」

 

「明日じゃ時間がねぇんだよ!」

 

ホントにコイツうっぜぇ!なんだコイツ!

 

なんかもう我慢できなくなって怒鳴り散らした。

手が出なかっただけ誉めてもらいたい。

 

怒鳴ったらアイツは目を擦ってパチクリさせて、驚いた顔をした。

俺はようやく気付く。

…コイツ今目が覚めたのか。

今まで半分寝てたのか。

寝ぼけてたのか。

道理で会話が成り立たないと思った。

 

「…あ。パラボルトの商船の船長?」

 

目が覚めたらしいアイツはようやく俺を認識した。

ようやくマトモに対応してもらえる、と安堵しながら俺はふぅとため息をつく。

そんな俺をぼんやりした目で見つめながら、ぼんやりした声でアイツは言葉を発した。

 

「…先日はどうも。眠いんで帰ってもらっていいですか?」

 

「だから!!」

 

…駄目だコイツまだ寝てる。

言葉のキャッチボールが出来ない。

軽く涙目になりながら、アイツを怒鳴りつけた。

思ったより俺は大きい声を出していたんだろう。

騒ぎを聞きつけ、もうひとりの住人が姿を表した。

「なんの騒ぎだ。まだ暗いじゃねーか」

 

っあ!

俺はその人物に目を向ける。

ずっと探していた、会いたかった人物が、眠い目を擦りながらそこに立っていた。

思わず俺は声をあげつつ体を前に進ませる。

 

「カリムー!!」

 

玄関で立ち塞がっていたアイツを突き飛ばして、俺はカリムーに駆け寄った。

ようやく見付けた良かった生きてた!

 

あの時、船の積荷を奪った時から半年。

ようやくカリムーに会えた。

俺はニコニコとカリムーにまとわりつきながら顔を見る。

するとカリムーはこう叫んだ。

 

「お前、」

 

ん?

 

「お前あの時の海賊!」

 

…あ。

 

しまったそうだった。

嬉しくてうっかり駆け寄っちまった。

やべ、スッゲ警戒されてる。

 

しまった、と俺は目を逸らす。

視線の先にはアイツがいた。アイツもキョトンと驚いた顔をしている。

 

…だろうなぁ。

-8ページ-

 

▲月8日

仕事の船の上で思う。

昨日はカリムーの居場所を確認できた。

それだけで十分だ。

 

昨日カリムーと会ったあと、報復とか脅しとかにきたわけじゃないことをなんとか説明した。

 

ふたりともなかなか警戒を解かない。

思うように説明出来ず、というか無駄に緊張して、話があっちこっちに跳びまくった。

 

『いちから説明、いや今はもう海賊じゃなくて、ようやく見付けた、そうじゃなくて、今商人やってて、あのつまりはその』

 

…ああ不甲斐ない…。

 

無様な昨日の自分を思い出し、少し顔が赤くなった。

思わず空を仰ぐ。

だってなんかこう、

警戒しまくってるやつらに説明とか、

不信感もってるやつに話とか、

 

……怖かった…。

 

あの時の空気を思い出して、俺は空に向かって深く息を吐いた。

無駄にテンション上げないと喋れなかった。

疲れた。

 

とりあえず、

アンタらの偉業を潰したのは俺だから、罪滅ぼしをしたい

ということをふたりに伝えた。

伝わっただろう。

一応金置いてきたし。

 

あのふたり、なんかボロいというか質素な生活してたから、当面は金銭面で援助してやりたい。

 

まずは第一歩!

つってもそんなに大金じゃなかったけど。

 

…置いてきた金が無くなるころにまた行こう。

 

そう決意しつつ仕事に戻る。

今日はグレートクインからパラボルトに品を運ぶ仕事。

帰るついでに品を運ぶ。

 

まぁ移動にそんな時間はかからないけれど、急ぎの品じゃない。

慎重にゆったりと進む。

船の動向を見守っていたら、仲間が俺に話しかけてきた。

 

「キャプテン、昨日はお楽しみだったんでやんすか?」

 

…意味がわからん。

 

「朝帰りするからハラハラしたでやんす。間に合わないかと思ったんでやんすよ?」

 

いやまぁ、…いろいろあってな。

 

「あの人は見付かったんでやんすね?」

 

…ついでにカリムーも見付けた。

 

「おめでとうでやんす。…ってことは、しばらくグレートクインに通うでやんすか?」

 

トントンとふたりで会話をする。

コイツは理解が早くて助かるな。

そう思いながら、俺は仲間に笑顔をむけた。

 

そのつもりだが、…ちゃんと仕事はする。

じゃないと俺が破産する。

俺の生活と仲間の生活、あとカリムーの生活。

なんか養うヤツらが多いな。

まぁ頑張るか!

 

満足げな俺をみて、仲間もニコリと笑う。

が、あぁそうだと仲間が少し顔を曇らせた。

 

「次にここにこれるのは2週間くらい先でやんす」

 

2週間か。

 

「軌道には乗ってきているから、キャプテンが別行動でも多少は大丈夫でやんすよ」

 

…や、

仕事は仕事でちゃんとやるよ。

 

俺はこの船の船長だからな!

-9ページ-

 

▲月23日

しばらく仕事がない。

というわけで、カリムーに会いに来た。

 

…経営不振で仕事がないわけじゃないからな。

 

何かに言い訳をしながら、俺はブツブツと道を歩く。

軽く道に迷って、結局カリムーの家に着いたのは夕方になった。

ここ港から遠いな…。

おかげで朝から何も食えてない。

ああ腹減った。

 

さて、訪問2回目。

まだふたりの警戒は解けてないだろう。

つか、逃げるなと伝えたが、…逃げられてたらどうしよう。

 

扉の前で少し悩む。

逃げてはいなくとも、扉に鍵かかってたら困るなぁ。まぁ思いっきり引っ張れば開くかな。

 

そう思って扉を思いっきり引っ張ってみた。

 

スゲー勢いよく開いた。

 

あ、鍵かかってねーわコレ。

 

勢い余ってバダム!と外の壁に扉がぶつかる酷い音がした。

蝶番も嫌な音をたてる。

 

壊…いや大丈夫大丈夫、壊してない壊してない。

 

扉のあげた音に驚いて、中にいたアイツがこっちをみる。

え、えーと…

 

「俺参上!」

 

そう叫んだら、

スゲー嫌そうな顔された。

いたたまれない。そんな顔でこっちをみないでくれ。

 

「…なんだ、お前だけか。カリムーは?」

 

文句を言われる前に話主導権を握らせてもらう。

壊してないからな。

壊してないからな!

 

「まだ帰ってきてないよ。……扉壊すな」

 

「…軽く小突いただけだ」

 

壊してない。

 

(そういやコイツ、初めて会ったときは敬語だった)

(同い年くらいだからタメ口でいいと言ったら「そう?」とあっさりタメ口になった)

 

気を取り直して、もう一度カリムーの居場所を聞く。

警戒されてるなら匿ってる可能性もある。

報復にきたわけじゃないって言ってるのに。

俺信用ないな。

…当たり前か。

 

そんな事を考えながら、俺はアイツの答えを待つ。

するとアイツは軽くため息をついて、カリムーは農場にいるよ。と言った。

 

…あれ?

カリムーの居場所を普通に教えてくれた。

意外と警戒されてないのか?

少し意外に思いながらも

、俺はアイツに返事をする。

 

「農場?」

 

うん農場、すぐ帰ってくると思うけど、と返された。

 

いやそうじゃなくて、カリムーは英雄だよな?

世界一周した。

そのカリムーが、船や海や外交の仕事じゃなくて農場?

この国はパラボルトより航海の文化が遅れてるから、指導すれば喜ばれるだろうに。

なんで普通に農民やってんだ。

 

素直に疑問に思った。

それをそのまま伝えたら、アイツは変な顔になる。

その表情にさらに疑問を持ち、俺は続けて声を出す。

 

「あの時お前船にいたよな?…なんで変な顔してんだ」

 

「…いや、…帰ってきてからカリムーを『英雄』と言った人が初めてなもんで…」

 

そう言って、アイツはまた微妙そうな顔をして顔を伏せた。

 

それは、俺のせいだ。

世界一周の、英雄の証拠を奪ったのは俺だ。

つまりは俺が悪い。

 

それに気付いて俺も微妙な顔…いや多分困った顔になる。

謝罪しようと顔を向けたら目の端に、旨そうなもんが、映った。

俺はフラフラとそちらに吸い寄せられる。

 

「…待った何してんだ」

 

いつの間にか顔をあげていたアイツが呆けたようにこっちを見て言った。

 

「いや今日何も食ってなくて」

 

そしたら旨そうな匂いがして。

 

そう言った。

無防備に放置されている食べ物をぱくつきながら。

 

大丈夫つまんだだけだ。

いいじゃん少しくらい食っても。

ひとくちだけだ。

っていうか旨い。

空きっ腹にはマジ旨い。

これ食ってもいいかな。

答えはきいてない。

 

ぱくぱくと食い続けた。ひとくち、のつもりだったが、止まらない。

空腹は最高の調味料とはよく言ったもんだ。

 

最後には向こうが根負けして俺の分も飯を作ってくれると言う。

 

 

勝った。

 

 

じゃねーや。

食い過ぎたゴメン。

少し反省しながら、俺は頭を掻きつつ味の感想を呟いた。

 

「…味薄いな」

 

「食っといて文句言うな」

 

頭をひっぱたかれた。

そうじゃない。

 

「…ここの国は飯不味いから。久しぶりに旨い飯食ったな、と」

 

ちょうどいい味だった、と。

誉めるつもりだった。

んだけどな。

怒ってるな。

 

目を泳がせつつ俺はアイツに目を向けた。

怒りながらも飯を作り始めてくれている。

いいヤツだ。

作ってくれるという好意に甘えるついでに、

 

「肉が食いたい」

 

俺はポツリと要望を言ってみる。

船旅じゃ肉なんてほぼ出ないし、この国肉料理も不味いし、店の肉料理なんて高いし、しばらく満足に食ってない。

だから、肉が食いたい、な。

 

と言ったら、無言で返された。

 

ちっ。

 

 

▲月24日

続き。

 

ぶつぶつと肉肉言ってたらカリムーが帰ってきた。

アイツが料理の手を止めて、カリムーを出迎える。

カリムーは俺がいることに驚いたようだったが、少し笑って部屋を出た。

すぐに戻ってきて微笑みながら、俺に話しかけてくる。

 

「よう、いらっしゃい」

 

…オジャマしてまス。

 

ニコヤカに言われた。

予想外だったが、俺は腹が減って力がでない、とばかりにぐんにゃり溶ける。

あれだけじゃ足りない。

 

育ち盛りだな、とカリムーが笑った。

 

しばらくカリムーと軽く会話をした。

カリムーは俺の返答にニコニコと笑う。

大したことは話していない。

大体が海の話。

だって俺それくらいしか話題持ってない。

 

話題が若干尽きはじめ、腹が減りすぎて頭が回らなくなってきたころ、部屋中に、ふゎんと旨そうな匂いが漂った。

その匂いを感知して、俺はガバッと体を起こす。

 

運ばれてきた料理をみながら、自然と俺の目が輝いた。

それが目の前に置かれて、。

 

なあ食べていい?食べていいよな?俺食っていいよな?

 

頭のなかは『旨そうな食い物』に支配された、

そのままガッと食らいつく。

なんかカリムーが言ってたみたいだけど聞こえない。

久しぶりにまともな食事をとった。

食事って大事だよな。と皿を空にしながら思う。

 

空になった皿を目の前にして、俺はアイツに顔を向け、少しばかり遠慮しながらささやかに、伝えた。

 

「…おかわり」

 

「ない」

 

間髪入れずに言われてしまった。

思わず悲しくなる。

食い過ぎたか?

いや、以前ちゃんと金を渡したから、多少は余裕があるはず…。

それとも、

 

「…前渡した金、足らなかったか?」

 

そうふたりに向けて呟いた。

足らなかったかな。

大金じゃなかったけど、ふたりで暮らしてるなら余裕だと…。

 

ごちゃごちゃ考えていたせいか、俺は困った顔になったんだろう、ふたりは顔を見合わせた。

カリムーが立ち上がり戸棚から何かを持ってくる。

…前渡した金の袋だった。

 

「…使ってない」

 

「…なんで、」

 

思わず俺は声をもらした。

なんで使ってないんだ。

遠慮なく使っていい。

援助なんだから。

そんな俺に向けて、カリムーは少し困ったような、でも優しい声を出す。

 

「気持ちは嬉しいが、…金だけ貰ってもな」

 

じゃあ

 

「じゃあ、どうすればいい?」

 

俺はそうふたりに呟いた。

何をすれば罪滅ぼしになる?

何を渡せばいい?

 

困っていたら、アイツが言った。

 

「…正直、盗ったもん返せ、と」

 

…もうない。

 

消えそうな声で俺は返す。

自然と顔は曇っていった。

 

よりによってそれか。

いや、…当たり前か。

そうだよな。

カリムーたちにとっては、あの品物は世界一周した証拠だ。

 

品物は早々に全部売り払った。

…慌てて買い戻そうとしたけど、もう遅かった。

 

申し訳ない、と続ける。

だから出来る限りの援助をさせてもらいたい。

…それで罪が償えるとは思わないが、何かさせてほしい。

でないと俺の気がすまない。

本当にすまなかった、そう伝えた。

 

なんかふたりの顔を見れない。

俺は目を逸らすように俯いた。

 

自分勝手な話だ。

自分の気が済まないから罪滅ぼしさせてくれ、なんて。

 

そう考え始めると止まらなくなった。

自分勝手で自己中で、自分の都合ばかりで行動している。

 

そうグルグルとネガティブな思考に陥っていると、カリムーが俺に向かって声をかけてきた。

俺が顔をあげたのを確認したカリムーが、笑いながらこう言った。

 

「…そうだな。気が向いたら遊びに来てくれればいい」

 

へ。

 

「商人としていろんな国に行くんだろ?その土産話を聞かせてくれ」

 

カリムーは、金銭もらったり、物もらうより、そっちのが嬉しい。

そう言った。

そう言って笑った。

 

「…そんなんでいいのか」

 

なんで?

 

呟きながら呆気にとられてる俺をみて、カリムーが言う。

 

「俺らはこれ以上海にでれない。…名誉的にも、体力的にもな。

でもな、海の話は聞きたいんだ。リアルな海の話。お前さんならできるだろ?」

 

そりゃ出来るとは思うけど…、大したことはない。

飯食う前にカリムーに話したことくらいだ。

 

そう言ったら、それでいいんだ、とカリムーが微笑む。

カリムーの笑顔をみて、俺は不可解な顔になったらしく、アイツがやんわり説明をした。

 

「ボクらは海からしばらく離れることになったけど、海は好きなんだよ。いろいろあったけど、大好きだ。

海の昔話や伝説、それも好きだけど…リアルな海の話は現役の船乗りに聞くしかないだろ?」

 

…まぁ。

 

「海の楽しい話を仕入れたら聞かせてほしい」

 

それはボクらにとって、金銭や高価な品物以上の価値がある、とアイツも笑顔で言う。

カリムーもそうだな、と笑顔で言う。

 

そんなふたりの笑顔が眩しくて、俺は静かに目を瞑る。

 

海が好きなんだよな?

でも、海から離れることになったんだよな?

 

なのになんでコイツら笑ってんだ?

大好きな海に出れなくなったのに、

なんで笑えるんだ?

 

あまつさえ、

俺に『海の話をしてくれ』だぞ?

 

話を聞いたら

懐かしくならないか

なおさら海に戻りたいと思わないのか

 

軽く薄く目を開けて、俺はふたりの顔をみた。

…なんだろう

純粋に海の話を聞きたいな、と、それだけしか読み取れなかった。

 

なんだろうこれ

どっかでみた顔だ。

 

再度目を閉じ思案に耽る。

どこかで、毎日のように見てる顔。

毎日合わせるよくみる笑顔。

 

少しだけ考えて、すぐに俺は気付いた。

あぁそうか。

俺の仲間たちの顔に似てるんだ。

海に関われるだけで嬉しい、と。

ただ単に海が好きだって顔だ。

 

俺は目を細く開いた。少しだけカリムーたちのほうをみて、すぐに視線を逸らす。

…多分俺もそうなんだろう。

多分同じ顔してんだろう。

 

前仲間たちに、キャプテンは陸に上がったら干からびるんじゃないか?と笑いながら言われた。

俺も海が大好きな、このふたりのような顔をしてるんだろう。

そう思ったら、なんか涙腺が緩んだ。

なんだ、同じなんだ。

俺たちと同じなんだ。

 

そう気付いて、俺は決意する。

だったら、カリムーたちが喜ぶような素晴らしい海の話を、

リアルでおきた海の話を大量に聞かせてやろう。

その話に関わる品物を持って、土産話をしにこよう。

ふたりが満足するまでずっと。

 

そう決めた瞬間、俺の頬をつーと涙が伝った。

 

慌てて自分の頬に触れる。

ちょっと待てなんでだ。

少しじんとしただけだ馬鹿。

 

ああしまった、ほっといたらカリムーたちにこの顔見られちまう。

えっと、

 

慌てているのを気付かれないように、俺はすっと立ち上がりカリムーたちに背を向け、無理に笑う。

笑いながらなんとか必死に言葉を吐く。

 

「そうか、わかった。…絶対面白い話を持ってきてやるからな。楽しみにしとけよ!」

 

そう伝えて、俺はカリムーたちの姿を見ずに扉に向かった。

気を付けて帰れよ、と言うカリムーの言葉を背で受けて、手だけで挨拶を返す。

 

そのまま俺は扉を開けて心持ち急いで外に出て扉を閉ざした。

そのまま俺は力尽きたかのように扉の前でうずくまった。

 

っはぁ!

誤魔化せたか?

もー…、なんだこれ泣くなよ俺ー…。

カリムーたちの言葉に感動でもしたか?

ふたりに優しく迎え入れられたことにほっとしたのか?

 

ゴシゴシと目を擦り、ピシッと頬を叩いて気合いをいれ直す。

なんかが琴線に触れたんだろうな。

全く、だから甘いとか言われるんだ。

 

俺は苦笑いしながらため息をもらした。

だから世間様には海賊(笑)と言われ、仲間たちには船長扱いしてもらえなかったり軽くみられるんだ。

まったく、と自分で自分の頭を小突く。

 

その衝撃で思い出した。

そうだ金置いてきちまった。

…使ってくれないかなアレ。

 

そう思いながら先ほど締めた扉を小さく開け、こっそりと中の様子を伺った。

のぞき込むと、カリムーたちの会話を聞こえてくる。

 

「泣いてたなぁ…」

 

「泣いてましたね」

 

うわぁ。

 

泣いたの気付かれてた。

誤魔化しきれてなかったよ俺。

誤魔化しきれてなかったよ!

 

思わず扉を思い切り開き、否定の言葉を叫ぶ。

名誉に関わる。泣き虫だとか思われんのは心外だ。

 

「な、泣いてねぇよ!」

 

急に出した俺の叫びを聞いて、ビクッとふたりが驚いた。

さっき出て行ったのになんでまだいるの、とこっちをみながら目で訴える。

そんなふたりに構わず、俺は大声を出し続けた。

 

「違う!…俺は泣いてない、泣いてないからな!」

 

「…目を赤くしながら言われても」

 

「っ、う、うるさい!」

 

畜生。顔あつい。

 

勢い余って飛び出して、勢い余って叫んだが、

…このあとどうしよう。

 

軽く目を泳がせ、どうしたもんかと悩んだ俺の目に、前渡した金の袋が飛び込んだ。

ちょうど良いと思い立ち、俺はその手付かずの金を指差しながら、

 

「その金!ちゃんと使えよ、飯代だ!」

 

次来たときにくたばってたら許さないからな、と勢いのまま捨て台詞を吐き捨てた。

おそらく驚くか戸惑ったであろうふたりの顔を見ないまま、俺はバタンと勢いよく扉を閉め、海の方向に思い切り走り出す。

 

あつい顔を冷やすように、思い切り走り去る。

 

…なんかもう恥ずかしくて死にたい。

-10ページ-

 

■月3日

今日は仕事。

忙しいなぁ休みたい。

…カリムーのとこ遊び行きてーな…。

 

そうぼんやり依頼人の話を聞いていたら、仲間に叩かれた。

はいはい、ちゃんと聞きますよ。

 

「以上だ。…よろしく頼んだよ」

 

了解しました、必ず先方に届けます。と返事をし、俺は準備のため席を立つ。

すると依頼人がこう言った。

 

「そうだ、最近この辺の海に化け物が出るらしい。気を付けてくれよ」

 

化け物ねぇ…。

俺は少し不可解な顔になる。

来るときは何もなかったけどな。…見間違いとかじゃねーか?

幽霊の正体見たり、と、意外と化け物ってのは大したもんじゃなかったりする。

ただの流木とか、廃船とか。

噂が噂を呼び、変な話になることなんてザラにある。

 

依頼人の話も同じようなものかもしれないな。

そう思いながらも、用心するにこしたことはない。

仲間にも伝えておこう。

 

 

■月7日

出航してしばらくたった。

 

…凄まじい嵐に遭遇した。

水面が恐ろしいまでにうねってる。

全員不安そうだ。

 

まぁ問題はないだろう。

大丈夫。

 

 

■月11日

先の嵐のせいか、航路を外れたらしい。

 

ごめんなさい…、と航海士が謝る。

まぁいいさ、ゆっくり進もう。

 

航海士とそんな会話をしていたら、仲間から報告が入ってきた。

変な島があったそうだ。

 

この辺はあまり来ないが、そんな島があるなんて聞いたことがない。

新発見か?

 

新たな島に一番に立ち入れる。それはかなり嬉しいことだ。

皆と相談して、少し立ち寄ってみることにした。

日程は遅れそうだが、

1日遅れも2日遅れも変わりないだろう。

急ぎの仕事じゃない。

依頼は『先方に無事届けてくれ』だしな。

 

そう気楽に考えて、俺たちは船を海岸に寄せた。

無事に上陸。

 

浜に降り立ってみたものの、不思議な感覚に襲われた。

なんか…凄く変な島だ。

地面も空も歪んでるように感じる。

 

変な気分になりながらも、俺たちは島を少しうろつき、遺跡のような物を発見した。

 

探索もしたいが、食料の補充もしておきたいな。

食料回収班と調査班とで別れようか。

 

そんな俺の提案により、俺たちは二手に別れることになった。

俺は遺跡探索。

メンバーに声をかけ、俺は遺跡に足を踏み入れた。

 

遺跡のなかをしばらく歩く。微妙に足場が悪い。

基本的にはしっかりしてるんだがな。

たまに、どこまで深いのかわからない穴があいている。

石を落としてみたら、底にぶつかる音もなく吸い込まれていった。

 

…やばくね?

深すぎる。

 

青い顔をしたら、仲間も慌てて言った。

 

「き、気を付けろ!一歩一歩慎重に歩け!」

 

落ちたら多分助からない、というか、助けられない。

 

思った以上にやばそうだ。

引き換えそうかとも思ったが、好奇心の方が勝る。

仲間たちも同じようだ。

慎重に遺跡の奥に進んでいく。

 

今思えば、

何かに誘われてたのかとも思える行動だった。

危険だとわかれば普通は先に進まない。

なんで俺たちは先に進んだんだろう。

 

 

何かが背中を押したんだ。

 

『進め』

 

と。

 

 

先に進んだら、扉があった。

馬鹿デカい、壁のような扉が。

 

それが扉だとわかったのは、

俺たちが触れた瞬間に開きはじめたからだ。

…開ききった扉のなかは漆黒の闇。

 

 

夜の海でも

こんな暗さにはならない。

 

光が完全に届かない

深い深い海の底

 

俺らがいける海の底よりも

もっともっと下の

きっと生物なんていない

真っ暗な海の底

 

何があるのかわからない

真っ黒な海の底

 

 

吸い込まれそうな暗闇に、全員言葉を失う。

怖い。

やばいここはやばい。

怖い。

近づいてはいけない。

駄目だ早く

 

早く逃げないと

 

 

 

急いで立ち去ろうとした。

すると

おかしな音が耳に響いた。

 

ピチャピチャという、

水に濡れた何かが

ズリュズリュと、

歩いてくる音が。

 

動けない。

なんだ、これ

なんの音、だ

 

恐怖で動けないってのを初めて体験した。

逃げたいのに

足が、動かない。

 

音がじわじわと大きくなってきた。

やばいこれは、やばい

見るな聞くな嗅ぐな

 

 

知るな

 

 

 

何かが扉から溢れ、

中から何かが出てき、た

 

な、んだあれ。

 

っ、

 

 

出てきたものが何かを叫び、ビュンと何かが頬を掠めた。

つーと血が流れる。

自分の真横にあるモノをみたら、長い触手のようなモノだった。

 

、ああ

今扉から出

てきたモノの

足か

。これ

 

 

うあ、ああああああああ!!!」

 

 

仲間の声なのか自分の声なのか

わからない

が、誰かの叫び声で我にかえった。

 

全員後ろを見ずに走り出す。

背後からビュルと足が伸びて攻撃してくる。

うっお、危ねぇ!

 

ひっ、と仲間が怯んだ。

仲間の足が止まる。

 

 

馬っ鹿野郎!

 

ガッとそいつの手を掴み引っ張る。

 

しばらく扉から出てきたものと追いかけっこ。

 

あああなんで俺たちこんな奥まで来たんだ

出口が遠い!

 

明かりが見えた。

出口だ、と全員転がるように外に出る。

うお、怖かった

なんだあの化け物

 

負傷したやつもいるが全員生きてる。

危なかった。

生きててよかった。

 

ふぅと全員安堵のため息をつく。

 

 

すると、

ビュ、と

音が聞こえたかと思ったら

背中に衝撃が走った。

一瞬息が詰まる。

 

な、

 

 

「キャプテン!」

 

 

ちょ、

待、て

マジか

 

伸びてきた化け物の足が

背中に刺さった。

反射的に背後をみると

化け物が遺跡から外に出ようとしていた。

 

振り向いた動きで

化け物の足は抜けた。

刺さるときも抜けるときも痛ぇ。

 

 

つか

まてアイツ外出れんのかよ。

遺跡の中で大人しくしてろよ。

こっちくんなこっちくんな!

 

「っ逃げんぞ!」

 

マジやべぇ。

背中痛ぇとか言ってる場合じゃねぇ。

慌てて全員船まで駆け出した。

 

途中食料回収班と合流、

急いで全員船に乗るように指示をだす。

 

詳しくはあとだ!いいから早く船に走れ!

 

そう仲間たちに怒鳴り、急いで船に乗り込ませた。

慌ててイカリを引き上げて全力で離脱。

 

真っ暗な遺跡の中にいた、

陸地で行動できる化け物なんだ、

きっとアレは

水には入って

これな、

 

そうだ、海までは追いかけてくるはずがない。と少し祈るように俺は言い放つ。

が、すぐにザザァン、と

大きなモノが水に入ってくる音と衝撃が船を襲った。

 

待てアイツ水大丈夫なのかよ!

入ってくるのかよ!

水陸両用かよ!

なんだあの化け物!

 

仲間全員、衝撃を受けた顔をする。

 

駄目だ追い付かれるどうする!?

こんな執拗に追ってくんな馬鹿!

つーか早ぇ!

なんだよ、ホームは水中かよ!

化け物の動きが格段によくなったぞ!?

やべぇこのままじゃ追い付かれる!

早く逃げ、

 

待て

 

このまま逃げても、

…むしろあんなんが街に行った方がやべぇ!

港町どころか国滅びる!

 

 

「…キャプテン、」

 

仲間が絶望的な声を出す。

俺も軽く絶望してる。

なんかもう諦めたい。

 

けど、

怯えてる仲間たちを

死なせたくない。

 

…どう、しよう

 

 

…!

 

 

なぁ、と大工やってる仲間たちに聞く。

 

…お前らが手入れしてる船、丈夫だよな?

たしか丈夫になるように、改造してくれてたよな?

 

「え?…まぁ」

 

「長距離に耐えられるようには、したよ」

 

 

そうか。

 

…なぁ、

成功するかはわからないが、

突破口は見付けたんだが…。

 

…やってみていいか?

 

 

失敗したら全滅確実だけど、と仲間たち全員に聞いた。

突破する方法を伝える。

 

それを聞いて全員驚いたが、他に助かる方法が考え付かない、と全員賛成した。

 

ん、わかった。と俺は舵をとりにいく。

そうだ、成功するように神に祈っててくれ。

神よ、どうか力を、ってな。

 

仲間が声をかけてきた。

 

 

「キャプテン」

 

…ん?

 

「神様より、キャプテンを信じてるでやんす」

 

それは、失敗したら神を恨むんじゃなく俺を恨むっつー宣言か?

 

「見えない神より、今目の前でオイラたちを助けようとしてくれてるキャプテンの方が何倍もいいってことでやんすよ」

 

祈るならキャプテンを祈るでやんす。と言われた。

 

それを聞いて、仲間全員がキャプテン頑張って、任せた、と言う。

 

「たとえ失敗しても絶対恨まないよ」

 

そう言われた。

…了解。

気が楽になった。

ありがとう。

 

 

操舵室に入り、舵をとる。

キッと前を向き、

視界に化け物を捉える。

 

 

目標、化け物。

 

 

船ごと化け物に突っ込むぞ!

全員船室で何かに捕まれ!

衝撃で吹っ飛んでも知らねぇからな!

 

 

 

グッと舵を握り、船の勢いを殺さないように走らせる。

グングン近付く化け物の体。

 

近くでみるとホント不気味だな、

ははは超怖っえー

 

思わず目を逸らしたくなる。

でも絶対に目は逸らさない。

前を見据えてぶつかりにいく。

 

さぁ。

どっちが壊れるか

 

 

勝負!

-11ページ-

 

■月12日

 

船ごと思いっきり化け物に体当たりした。

 

ズグっと嫌な音がして船の先端が化け物に刺さる。

そのまま船は前に進む。

あたりが薄暗くなった。

プチブチと嫌な音が響く。

 

操舵室のどこかが破損したらしく、ものすごい勢いの風と水っぽいものが俺を襲う。

それでも舵は絶対に離さない。

全員生きて帰ってやる。

 

 

 

ボッと何かを抜けたかのような感覚。

辺りは明るくなっていた。

 

成功した、か?

…いや、安心するのはあの島とあの化け物から十分離れてからだ。

 

そう考え、船の航路を真っ直ぐにものすごい早さで進み続けた。

 

悪いな船。

もうちょい頑張ってくれ。

 

 

しばらく船を走らせた。

 

穏やかな波

輝く太陽

周辺に異常は、ない。

 

ここまでくれば、大丈夫、か?

 

俺は徐々に船の速度を落とす。

化物の気配も周辺の異常も感じなくなったせいか、俺は一気に脱力してその場に座り込んでしまった。

疲労感半端ない。

座り込んだまま、アレの体液と塩水でベタベタになった手を見る。

いや、全身ベタベタだけど。

端からみたら物凄くスプラッタだな。

血みどろ。

 

ふぅと深く息を吐く。

成功して、よかった。

 

船の速度が落ちたせいか、仲間たちにも成功が伝わったようだ。

俺のいる操舵室に集まってきた。

あっちは大丈夫だったみたいだな。

怪我人とか、狂ったヤツとかいなければいいが。

仲間たちの身を案じつつ、近づいてくる足音の方に目を向ける。

 

「キャプテ、ひぎゃーーー!!」

 

操舵室に入ってきた仲間に叫ばれた。

その声に驚いて俺は慌てて周りをみわたす。

室内も血みどろ真っ赤だった。

 

ああこりゃ叫ぶわ。

血で真っ赤な部屋で座り込む、これまた血で真っ赤な男。

スプラッタホラーの1シーンのようだ。

 

ちょ、キャプテン、大丈夫!?生きてる?!

仲間が口々に言う。

俺は、生きてるよ、と手をヒラヒラさせて答える。

 

全員ほっとした顔をした。

 

船員が全員無事だったのは奇跡だと思う。

全員多少の怪我はしていたが、そこまで大怪我だったやつはいない。

…多分、背中刺された俺が一番怪我が重い。

 

…あ。突破するのに必死で怪我のこと忘れてた。

 

無事に突破できた、仲間が全員無事だった。

それを確認出来たことに安心したのか、背中の痛みを思い出す。

苦笑しながら医者の仲間に、アレに背中を刺されたから診てくれ、と立ち上がろうと、

 

ふっと体の力が抜けた。

ドッと床に倒れこむ。

 

…?動けない。

待てなんか目の前が真っ暗に

 

仲間たちが何かいっ て

 

 

 

その後は全く覚えていない。

仲間に聞いたら真っ赤な操舵室を使って、慌てて陸に帰ったそうだ。

 

ごめんな航海士のふたり。

海の上で掃除して、綺麗になったら使って貰うつもりだったんだがなぁ。

 

 

今俺はベッドの上。

医者の仲間に手当てをしてもらっている。

 

依頼された積荷は俺を近場の陸地に運んでから、仲間たちが届け先の国まで運んでくれたようだ。

ありがとう。

助かった。

 

 

「血塗れでしたからね、どこを怪我したのか探すのが大変でしたよ」

 

医者の仲間が言った。

意外と背中の傷は深かったらしく、出血しすぎてたらしい。

そりゃ目の前真っ暗になるわ。

 

「しばらく安静にして休んでてくださ、」

 

嫌だ。

 

「は?」

 

 

このネタが色あせないうちに、カリムーたちに話して聞かせたい。

どんな反応するかな。

ワクワクする。

ベッドから起き上がり出掛ける準備をする。

幸い、今グレートクインに停泊している。

夜にはカリムーんちに着けるんじゃないかな。

 

(一番近かった陸地がここだったそうだ)

(ラッキー)

 

 

「あの、」

 

じゃ、いってきます

 

笑顔で部屋の扉を開けた。

ら、

仲間たちが立ちふさがっていた。

 

 

……イッテキマス。

 

「…」

 

キッと睨まれたかと思ったらひょいと腕を捕まれて引っ張られた。

ほいとベッドに放り投げられる。

 

ちょ、俺怪我人!

もっと優しく!

 

「出掛けようとしてた奴が何を言う…」

 

睨むな!

お前は目付き鋭すぎる!

睨むな頼むから!怖い!

 

そう言ったら、そいつは少ししゅんとした。

…ゴメン言い過ぎた。

 

 

部屋の外を気にしながら、仲間が言った。

 

「今日1日は、大人しくしててくれ」

 

もう大丈夫だぞ、と言ったら仲間は首を降る。

 

「航海士がな、…自分が航路外したせいでキャプテンに怪我させた、と、…」

 

落ち込んでいる、と言った。

 

いやいやいや、違うだろそれは。

アイツのせいじゃないだろ。

怪我したのは油断した俺のせいだろ。

 

「…あんな遺跡に入ったのも、化け物に追いかけられたのも、航路外したからだ、と」

 

予定通りの航路を進んでいたら、誰も怪我しなかったし、怖い思いもしなかった、

ごめんなさい

そう言い続けているそうだ。

 

…。

 

「今キャプテンがいなくなったら、彼女は…自分のせいでキャプテンがいなくなった。呆れられた。と考えて、…」

 

だから、今日は、というかしばらくどこにもいかないで欲しい、と仲間は訴える。

 

 

それを聞いて、ふぅとため息。

 

…ちょっと航海士呼んでこい。

 

そう言ったら、仲間は少し困った顔をした。

…心配せんでも追い出すような真似はしねーよ。

そう伝えたら呼びに行ってくれた。

 

まったく。

 

 

すぐに仲間に連れられて航海士が来た。

 

「…あの、」

 

連れてこられた航海士。

…あれなんか怯えてね?

 

「ごめん、なさい…。私、あの、ごめんなさい」

 

ポロポロ泣き出す。

連れてきてくれた仲間を側に呼び、小声で聞いた。

 

…お前なんて言って連れてきたの。

え?

ただ単に引っ張ってきた?

いや、おま、阿呆か。

女性はもっとこう、優しく、

 

ふたりでヒソヒソ話してたせいか、航海士は本格的に泣き出した。

 

あああ泣くな泣くな。

 

そう声をかけて、側に来るように手招きした。

戸惑いつつもこちらにくる航海士。

 

そんな航海士の頭を撫でてこう言う。

 

おかげで、噂の化け物を退治できたな。お手柄だ。

 

困った顔をする航海士。

そんな航海士に新聞を見せる。

 

『航海中の船が発見!巷を騒がせた怪物の死体か?』

 

「あの後、別の船が見付けたらしいですよ」

 

あの化け物の被害は結構多かったらしく、化け物の死体をみて街中が喜んだ、という記事だった。

 

「どうもアレが親玉で、アレより小さい化け物が周辺をウロウロしてたみたいですね」

 

親玉を外に出そうとしてたんですかね、と医者が言った。

 

…そうかもな。

触ったら扉開いたし。

開けるのに人間が必要だったんだろう。

生贄とかそんな感じで。…やだなそれ。

 

「まぁ、親玉倒したおかげで化け物がみんなどっかに行ったらしいですし」

 

確かにお手柄ですね、と医者も言ってくれた。

 

それを聞いて驚いた顔をするが、すぐにまた泣き出しそうな顔になる航海士。

 

「でも、キャプテンを怪我させたのは」

 

…怪我させたのは化け物だな。

 

なんだ?

根が深いというか落ち込みすぎというかネガティブというか。

いつもと様子が違うな。

こんな子じゃないはずなんだが…。

 

あ、

化け物の影響か?

少し正気を失ってる、のかもな。

 

どうするか。

治し方がわからん。

 

医者もそれに気付いたらしく、しばらく考えて俺に耳打ちした。

 

 

…あん?

 

待て。

それを、やれと。

言えと。

 

そうおっしゃりやがりますか。

 

 

「言えないなら私から言いますよ?」

 

言ってもらっても結局俺は言わなくちゃならないよな?

 

「……、まぁそうですね」

 

意味ねぇー…。

 

 

悩んでたら、航海士はポロポロ泣き出す。

今は連れてきた仲間が不器用ながらになだめてるが、

 

あ。

なんか限界っぽい。

 

スゲー困った顔してる。

珍しい。

 

 

いやもう覚悟を決めないと。

 

あー…、

 

そうだな怪我したな。

 

そう言ったら航海士はビクンと反応する。

私追い出されますか?それとも私がいるから嫌になったキャプテンがいなくなっちゃうんですか?

そんな不安そうな顔。

 

どっちでもねーってば。

 

「あ、あ、あ、あの、あの私、」

 

何か言おうとした航海士を制して言葉を続ける。

 

 

怪我のせいでうまく飯が食えないんだ。

…今日1日看病してもらえないか?

 

 

笑顔で言ってみた。

 

キョトンとした航海士。

 

「わ、私でいいんですか」

 

おっさんに看病されるより、可愛い子に看病される方が治りが早いさ。…駄目か?

 

「いえ、あの、あの、喜んで!」

 

今日1日といわず、ちゃんと治るまで看病します!と言ってくれた。

…なんかスゲー喜ばれとる。

 

さっきまでの不安そうな、怯えた顔はどこへやら。

航海士は涙を拭いて、笑顔になった。

 

うん、可愛いな。

こっちの、笑顔でいてくれる航海士の方が好きだ。

可愛い。

 

「あの、私、消化のいいもの買ってきます!」

 

航海士はそう言ってニコッと笑って部屋を飛び出して行った。

 

つられて俺も笑顔になる。

 

…これでもう大丈夫かな?

まったく、化け物の影響は怖いな。

まぁあんなもん見たら少しおかしくなっても仕方ないか。

 

これであの子は大丈夫だよな?と医者たちの方を見る。

すると、

 

 

「…抵抗した割にはスルッと言いましたね」

 

「…」

 

「しかしまぁ、おっさんとは…失礼な…」

 

 

ふたりに睨まれた。

…スイマセン…。

 

「いえいえ。…ではおっさんふたりは退散します。めくるめく、ハイあーん☆イベントを堪能してください」

 

そう言って、ひとりは笑顔で、もうひとりはこっちを睨みつつ部屋から出ていった。

 

 

しまった怒らせた。

 

 

説明
海洋冒険編、過去捏造。「水夫」の視点変更版。  作品背景だけ借りた半オリジ話。
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