とある海賊の商人記録 3 【完結】
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☆月4日

3人で旅行行ってから2年近く経った。

 

2年の間、俺は結構カリムーんちに遊びに行っている。

暇なときは毎週のように、忙しいときでもなんとか時間を作って3ヶ月に1回は行けるように。

無理はしていない。ただ単に俺が行きたいから行っていた。

 

…楽しかったんだ。

あのふたりはどんな話をしても興味深そうに聞き、続きを促す。

出先での話はもちろん、航海の愚痴でも仲間の自慢話でも胸糞悪いトラブルでも。どんな話をしても楽しそうに聞く。

 

だから、つい、住み処に帰る前に寄ってしまう。

話のネタが新鮮なうちに話しておきたくなる。俺の周りの小さな世界をあのふたりに伝えたい。

そう思った。

 

(怪我したときも『これはオイシイ』と思い、手当てもそこそこに行ったら驚かれた)

(俺は芸人か)

 

しかしながら、最近は忙しくて会いに行けてない。つまらん。話のネタはたくさんあるのに。

アイツらどうしてるかな。

 

 

☆月15日

忙しい。

いや、仕事が順調なのは喜ばしいことなんだが。

たまには遊びたい。休みたい。一日中惰眠を貪りたい。

…ただグダグダとなんてことない話を、したい。

 

そんな事を心の中で叫びつつ、俺は小さくため息をついた。

 

 

☆月23日

残業につぐ残業。

困ったことに、ここ最近の忙しさのせいで仲間が少し体調不良のようだ。

このままにしておくのも危ないよな、と医者の仲間に相談。

話し合った結果、2・3日後に健康診断をすることになった。

 

とはいえ、予告はしないほうがいい。

そうしねーと、アイツら健康診断終わるまで禁煙だの禁酒だのダイエットだのしやがる。

ありのままをみせろよ。普段通りじゃねーと健康診断にならねぇだろうが。

 

仲間たちの顔を思い出しつつ、俺は少しばかり遠い目になってしまう。

心情的にはわかりますがね、と医者の仲間が苦笑したとき、別の仲間が部屋に入って来た。

 

「キャプテン、…ちょっといい?」

 

どうした?

 

「ここの運搬なんだけど…、最近、…この辺に海賊が…」

 

部屋に入ってきた仲間は新聞やメモを片手に報告を始めた。

内容は、最近このあたりで暴れまわる、変に紳士的なパラボルト船だけを狙う糞強い海賊の噂。

迷惑な話だ。俺らは真面目に働いているだけなのに、襲われたら一瞬でパーになっちまう。

早く取り締まってほしいよな鬱陶しい、と俺は心底うんざりした顔で報告してくれている仲間に目を向けた。が、

 

…あれ?

 

仲間の様子がおかしいこと気がついた。

報告する声も少し途切れ途切れに、額に手を当て少ししんどそうな顔になっている。

心配になって、大丈夫か、と声を掛けようとしたら、仲間はふっと身体のバランスを崩して倒れ込んだ。

俺は反射的に身体を支え、慌てて声をかけた。

 

おい、大丈夫か?

 

「…ごめん。少し、目眩しただけ」

 

辛そうに一呼吸したあと、仲間は真っ青な顔でそう言った。

少し休めと言ったら、笑いながら大丈夫、と返される。

思わず困った顔になってしまった。だって、…大丈夫には見えねー…よ。

そんな俺に気付いたのか、仲間は大丈夫なことをアピールするように話をはじめた。

 

「あ、えー、と。そうだあれだね。

俺の故郷にも海賊って居てさ、でもなんか奪うのがメインじゃないんだよ。海の管理がメインでさ。こっちの海賊とはちょっと毛色が違うんだよ」

 

…は?

 

「なんていうのかな。国をひとつ持ってる大名に水軍があって、そこから派生みたいな。…あれ?海賊じゃないのかなあれ」

 

おい…。

 

「川も管理しててさ、渡し賃とか取るんだよ。それが馬とか家畜の方が高いの。不思議だよね」

 

おい!

 

「ああそうだ。こっちだと、泳ぎはあんまり重視されてないけどさ、故郷だと鎧つけたまま泳ぐのが普通だったりする…」

 

そうベラベラ喋り続けた。異様に饒舌に、意味不明のことを。

なんだ、おい、どうした。なんだよ、何、なんで急、に。

戸惑う俺を無視して、仲間はただ喋り続ける。

異常さを察知して、医者の仲間が慌てて喋り続ける仲間の額に手を当てた。

困った顔を俺に向け、医者の仲間は静かに俺に言葉を紡ぐ。

 

「…熱が、少し高いです」

 

ああ、つまり熱暴走してるのか。道理で意味不明なこと喋ると思った。

ほら大丈夫じゃねーだろ馬鹿。

ふぅとため息を小さくもらし、俺は暴走してる仲間を担いで部屋のソファーに運んだ。

横に寝かしつけ、医者の仲間にあとを任せる。

診察してる間に、俺は濡れたタオルと乾いたタオルを取りに走った。

 

 

タオルを持って部屋へ戻ってくると、丁度診察が終わったらしく医者の仲間が話しかけてきた。

熱があったが、病気というわけではないそうだ。

 

「多分、過労からくる発熱ですね」

 

…無理させすぎたか。

 

仲間の体調不良に気付かないなんて、キャプテン失格だ。早めに気付いて早めに休ませれば良かった。

 

コイツはいやに我慢強い。

…いや、サボるときはサボるんだが、というかゴロゴロしてるんだが。

仕事中はあまり不満を言わず、黙々と働く。

他の連中が、文句言うときも曖昧な笑顔で黙っている。

どうも故郷の…国民性らしく働けるときは働かないと落ち着かないらしい。

真面目で勤勉とでもいうのか。

休むときはとことん休むんだけどな。

自分が働かなくていいと判断したらとことんサボるんだけどな。

 

ふうとため息が漏れた。同時に後悔の念が襲う。

 

コイツのそういう性格はわかっていたはずだ。

もっと目を向けていればよかった。

 

再度ため息をもらす。仲間が倒れるまで体調不良に気付けなかった自分自身にイラついてきた。

誰か、俺を思いっきり殴ってくれ。

苛立ち、少しだけ泣きそうになった俺に、倒れた仲間が弱々しい、けれどとても優しい声を浴びせた。

 

「…キャプテンのせいじゃないよ」

 

大丈夫、か?

 

「少しクラクラするぐらい」

 

つまり、かなり具合悪い、と。

 

「…」

 

俺がそう指摘すると、仲間は、あれ?と不思議そうな顔をする。

お前の性格は一応理解してる。いいからしばらく陸で休んでろ。ゆっくり休め。お前の分は俺がちゃんと働くから。

 

そう伝えて仲間の肩を叩いた。

でも、と躊躇する仲間に俺は『いいから休め』とだけ繰り返す。

倒れるまで働かせてしまった、そう考えたせいか仲間の顔をまともに見れない。

 

医者の仲間にも、コイツをしばらく看ててくれ、俺がお前らふたり分くらい働く、とそれだけを伝えた。

 

『心配しないで休んでろ』

 

そう言って俺は足早に部屋を出る。返事は聞かず、表情も見ず、俺は後ろ手で静かに扉を閉めた。

少しばかり俯いて、他の仲間を思い浮かべた。あいつらはほどよくサボってるからまだ大丈夫そうだが、これ以上無理をさせるわけにもいかない。

なるべく、他のヤツらも休ませてやらねーと。

 

 

★月5日

なんとか急ぎの仕事を終わらせ、住み処に戻る。

倒れた仲間は一応回復したようだ『おかえり』という言葉と共に笑顔で出迎えられた。

次の仕事からは参加出来る、という仲間に、無理はするなよ?と言うと、大丈夫だよ、と返されてしまう。

 

笑顔ではある、が、まだ少ししんどそうだ。もうちょい休ませてやりたい。

というか、早く全員を休ませてやりたいが、運悪く仕事が立て続けに入った。

知名度上がってきたのは嬉しいが、この忙しさだと多分全員死ぬ。

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★月24日

ひとつの仕事が終わって、ようやく住み処に帰ってこれた。

しばらく休憩。

仲間たちも疲れが溜まっている。

早く、休ませてやらないと、多分ヤバい。

そう考え、計画と予定を練り直す。

頭を捻って、組み直して、やり直して、また組んで、ルート変えて、また戻して、あの糞海賊早くどっか行け邪魔なんだよあいつのせいで余計に時間かかるんだよなんでパラボルト船ばっか狙いやがるんだよあの野郎早く沈め。

 

死にそうな吐息をもらしつつ、机に突っ伏し頭と目を休ませる。

 

嫌だもう海賊なんか嫌いだ。

 

自分が元海賊だったという事実に目を背けつつ、ぶつぶつと邪魔な海賊に対しひとり愚痴る。

吐き出すように不満をぶちまけ、もう愚痴なんだか悪口なんだか呪詛なんだかわからなくなってきたころ、港でよく会う船乗りが訪ねてきた。

 

「グレートクインのやつから伝言を頼まれた。『カブトムシの紋をつけた商人に「今すぐ帰ってきてくれ」と伝えてくれ』だそうだ」

 

そう言われた。

 

伝言の主はアイツだろうけど、どうしたんだいったい。

最近行ってないから寂しくなったか?

…んなわけないか。

 

行きたいのは山々だが、もうしばらく忙しい。

行くのは来月になってからになりそうだ。

 

 

×月7日

ようやく仕事が落ち着いてきた。仲間たちもほっと一息つく。

しばらく仕事は考えて請け負おう。なんでもかんでも請けすぎた。

 

日程を確認する。

明後日にはカリムーんとこ行けそうだ。

 

そういや、アイツから伝言があったな。

わざわざ伝言託すなんて珍しい。何かあったんだろうか。

 

 

×月9日

ようやく仕事も一段落し、空き時間が取れた。

『今すぐ来い』という伝言も貰ったことだし、早々にカリムーんちに向かう。

 

仲間に「何かあったらすぐ連絡よこせ」と何度も言付けてから、外に出る。

いつもの道をいつも通り歩く。ようやく道を覚えたのか、あまり迷わずにカリムーんちに到着。

俺成長してるな。

ふふん、と得意気にカリムーの家の扉を開ける。

 

「よー、ただい」

 

そこまで挨拶をして、目の前にアイツが居ることに気付いた。

扉の前にいるなんて、出かけるつもりだったんだろうか、と考える暇もなく、すぐさまアイツに腕を捕まれ引っ張られた。

 

なんだ?

顔つきが必死だ。

 

わけがわからず、引っ張られるままになる。説明もされず、挨拶すら流されて俺は戸惑う事しか出来ない。

『いいから黙って来い』とばかりに無言でぐいぐい引っ張るアイツに、俺はなんとか疑問の言葉をぶつけた。

 

「な、なんだよ。わざわざ伝言託したり、なんかお前変…」

 

そう問いかけても、俺の質問はスルーされる。なんなんだよもう。

俺を無視したアイツは、そのままカリムーの部屋の扉を勢いよく開けて、名を呼ぶ。

いきなり大声で名を呼ばれ、同時に勢いよく開いた扉に驚いたのか、こっちに顔を向け目を見開いているカリムーと目が合った。

アイツにぐんと引っ張られカリムーの前に連れて行かれた俺は、アイツに疑問の視線を送りながらもカリムーに挨拶をする。

 

「カリムー、ただい、ま…」

 

カリムーには笑顔を向けて挨拶、…あれ?

待てなんかカリムーの顔色悪い。悪いっつーか今にも死にそうだ。

以前見たときより痩せ細り、生気が感じられない。

 

というか、パッと見ただけでそれがわかるって、そうとう、ヤバくないか?

予想外の状態に直面しピタッと固まった俺に、カリムーは穏やかに笑いながら挨拶を返す。

 

「おかえり」

 

カリムーの柔らかな返事ではっと我に返り、どうしたんだ、と問いかけた。

言われる言葉は予想がついたが、他に言葉が見つからない。

 

「もうすぐ死ぬだけだ」

 

予想通りの言葉を、予想外に穏やかにあっさりと言われた。

なんかこう、普通は、もっとこう、悲壮感とか、なんかあるもんじゃないのか?

なんでこんな穏やかなんだ、死ぬのをあっさり受け入れすぎだろ!

 

どうしていいかわからず、ただオロオロしていた俺にアイツが椅子を用意してくれた。

カリムーがほとんど外に出れなくなったから、外の話をして楽しませてあげて欲しい、とアイツは言う。

 

ああ、と返事を返すと同時に、ようやく今日はじめてまともにアイツの顔を見れた。玄関では気付かなかったが、コイツも顔色が悪い。

正直、カリムーより悪いんじゃないかと思うほどだ。

 

不安になって思わず手を伸ばし、大丈夫か?と声をかけようとしたら、アイツはさっさと部屋から出ていってしまった。

伸ばした手は空を切り、俺はぽつんと取り残される。

タイミングを外してしまい、俺は少し視線を落とし宙に浮く手を握りしめた。

そのままアイツが出て行った扉に背を向け、アイツが用意してくれた椅子に座る。

まあ、いい。今はカリムーと話をしよう。

カリムーと顔を合わせ、俺が大丈夫か?と問いかけると、カリムーはやんわりと答える。

 

「まぁ…。寿命と病気だな。仕方ない」

 

仕方ないって、…そうかもしれねーけど…。

 

「老兵はただ去り行くのみ、だ」

 

そう言ってカリムーはニッと笑う。

悔しくないのか?ウソつき呼ばわりされて、ウソつきのまま死んでいくなんて。

そう聞いたら、カリムーは穏やかに微笑んでこう言った。

 

「まぁいいんじゃないか?…愚痴っても仕方ないさ」

 

カリムーは困った顔をしているであろう俺の頭を軽く撫で、笑いながら言葉紡ぐ。

あの時の旅のささやかな話。一緒に世界を回った仲間たちの話を、カリムーが怒られた時の小さな思い出を、楽しそうに笑いながら話してくれた。

 

「あの旅に出たとき、俺は結構愚痴っぽくてな。

団長以下あそこの船団のやつら皆に

『グチグチ喋るな!』

と怒鳴られた。

 

『船は狭い。

限られた空間の中で、ひとり愚痴っぽいのがいると空気が悪くなる。

あんたはこの船を沈める気か?』

 

とな。

 

まぁ、なかなか治らず頻繁に海に捨てられるわ殴られるわしたんだが」

 

そう語って、懐かしそうに笑った。良い奴ばかりだったよ、と少し寂しそうに。

そして、俺の顔をマジマジと見つめ、懐かしそうに顎に手を当て笑う。

 

「そういやお前さんはあそこの団長に、少し、似てる」

 

へ?

 

「外見は全く似てないんだがな。口調とか雰囲気かな。少ーし、思い出す」

 

ああ、あとは目付きか。

真っ直ぐな眼、でも仲間を守るため広い視野を持っているような、そんな眼だ。

そう言いながら俺の眼を穏やかに見つめた。なんか気恥ずかしい。

少しばかり戸惑って視線を逸らした俺を見て、カリムーはニコと笑って俺の頭を撫でた。

 

…。

どんな人、だったんだろうな。

 

会ってみたかったな、とぼんやり考えていたら、カリムーが思い出したように呟いた。

 

「そういえば、…あいつはどこいったんだ?茶の用意にしては遅いな」

 

そういえば遅いな。ふらっと出ていってから結構時間が経っている。

いつもなら、アイツはすぐに準備してきてすぐに茶会がはじまるのに。

わざわざ伝言を託したり、今日も様子がおかしかったりと不安要素しか思い出せない。

つい、カリムーに問いかけた。『確かに様子がおかしかった。アイツ大丈夫か?』と。

 

意識はしていなかったが、思わず不安な声飛び出た。いや、だってなんか、アイツ、おかしい。

カリムーも常々思っていたんだろう。軽くため息をついてポツリと呟いた。

 

「…俺が倒れてから、かなり無理してるみたいだな」

 

どうも自分の仕事にプラスしてカリムーの農園の仕事、カリムーの世話、家事全部ひとりでやっているらしい。

 

「俺がロクに動けないもんだから、手伝いも出来んし、だからといって、無理すんなと言って聞くやつじゃない」

 

というか、自分が無理してるという自覚ないんだろうな、とカリムーが言う。

自分がやらなきゃ共倒れだ、といつもにも増して必死に働いてるようだ。

それを聞いて俺は微妙な顔になる。働きすぎの辛さは、ついこの間味わったばかりだ。

働かないといけないと必死になっていると、それだけで頭いっぱいになってしまう。

ああそうか、だから、

 

…アイツ、今日挨拶しても返さなかったのか。

 

いっぱいいっぱいだったから、そこまで頭回らなかったんだろーなぁ、と俺が呟くと、カリムーはとてもとても驚い顔をした。

そして扉を指差して強い口調で言う。

 

「…挨拶してこい」

 

え?

 

「それはいけないな。うむ、…行ってこい。ついでに手伝ってやってくれ」

 

え?え?なんだよ急に。

 

「相手の目を見て、しっかり挨拶してこい」

 

 

カリムーにギンと見つめられ、…いや、睨まれて。迫力に負けた俺は素直にかなり戸惑いながら部屋を出た。

廊下に出てふと考える。

 

なんだろう、あんなカリムーはじめて見た。

なんだ?なんか、変だ。

 

疑問に思いつつも足はキッチンに向かう。多分ここにいるだろう。

キッチンを少し覗き込んだら、アイツがぼんやりしていた。

何やってんだ?なんか入るに入れない。

 

躊躇するついでに、カリムーの態度をもう一度思い出す。

カリムーが急に厳しい声をだしたのはなんでだったっけな。

たしか、俺が『アイツが挨拶返さなかった』そう言っただけなのにいやに驚いて…。

 

しばらくゴチャゴチャ考えていたら、アイツが思い出したように茶の用意をはじめた。

あ、動いた。…入ってもいいかな。

茶菓子をどうしようかと呟いたのに合わせて、俺はアイツに声をかける。

 

「糞甘いのがいいな」

 

「わかった、…って、あれ?なんでここに」

 

急に声をかけたせいかアイツは驚いた顔をした。言われた疑問に俺はカリムーに言われた事を素直に伝える。

 

「手伝ってきてくれ、って言われた」

 

「…別にいいのに」

 

アイツは小首を傾げ、こちらを見る。なんか動作がゆっくりだ。疲れてんのかな。

『疲れてる』?ああそうか、顔色悪いもんなな。そりゃそうか、…

あ。

 

ああ、…そうか。

 

少し気付いた。カリムーが言いたかったこと。

ならあとは、確認だ。

俺は言葉を続ける。カリムーに言われた通りに。

 

「まぁ、カリムーに話したら『それはいけないな』と、言われたから」

 

「…何?」

 

なんかこう微妙っちゃ微妙なんだけどなぁと、少し時間稼ぎをしながら辿々しく言葉を紡ぐ。

アイツの顔をちゃんと確認するために。

話し相手が喋っているなら、多分、顔は背けないだろう?

 

そう考えて、グダグダと時間を引き伸ばしていたら、アイツはまた小首を傾げてから俺に背を向け、

茶の用意を再開した。

 

…。あれっ?

うぉい待て!なんでだよ!俺が喋ってんだろーが!

時間を引き伸ばしすぎたか、畜生失敗した!

 

俺の心境を知ってか知らずかアイツは俺に背を向けたまま。

 

困った。どうすっかな。

 

 

→ 無理矢理向かせる

 

  デカい声をだす

 

  このまま声をかける

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しかたない。

 

 

スッと背後に忍び寄り、ぐいとアイツの頭を捕む。そのまま頭を引っ張り、無理矢理顔を向かせた。

 

「っ痛、」

 

一瞬驚いた顔を見せてから軽く睨まれる。あ、力の加減が上手く出来なかった。

えーと、

……ごめん。

…その、

 

 

「…。ただいま」

 

 

「…は?……おかえり…」

 

アイツの睨んでた顔が一変し、驚いたように目を見開く。そのままキョトンと返事を返された。お互いに一瞬止まる。

先に表情を崩したのはアイツ。驚いたような顔からじわじわと不信そうな顔に変わっていった。

慌てて俺は言い訳をする。

 

「いやっ、挨拶は相手の目を見て言えと、カリムーが!」

 

俺は悪くない。後ろ向いたお前が悪い。

そう言い訳をしながら、俺はアイツの考え込むような混乱してるような困ってるような顔を観察。

無理矢理向かせたおかげでじっくり見ることが出来た。

 

…コイツ顔色が悪いだけじゃない。

目もぐったりしてる。

 

疲れてるのか。力尽きてるのか。前のような輝きがない。

しゃべり方も表情も普通なのに。目が死にかけてる。

 

やっぱコイツも限界なんだ。このままだと、カリムーが死んだと同時にコイツも死にかねん。

カリムーが死んだら人知れずふらっと倒れちまいそうだ。自分の役目は終わったとばかりに。

 

多分コイツはカリムーに『満足な人生だった』と思って貰えるように、今限界以上に働いてるんだろう。

無意識に、無理して。

大事な人の残った人生全てに満足してもらえるように。

 

カリムーは『目を見て話せ』と言った。

『アイツが挨拶返さなかった』と言ったら『目を見てこい』と。

毎回ちゃんと挨拶してるヤツが、挨拶しないという異変に気付けと。

疲れ切って限界な状態のコイツに気付いてくれと。

 

俺はアイツから少し視線を逸らして、心の中でため息をついた。

どうにか、しないと。

 

 

×月10日。

昨日はあの後、お茶セットをカリムーの部屋に運んで3人で談笑した。

 

俺は必死に話す。

冒険話からはじまり、遠い国の話、ある国の特産品、仲間との喧嘩に仲直り、他国で見掛けたラブストーリー。

 

しばらく来れてなかった分、ネタはたくさんある。いろいろな話をした。

ふたりに楽しんでもらえるように。

ずっと話をしていたら、うっかり夜が更けた。

 

「仕事が大丈夫なら、泊まっていくといい」

 

カリムーが言った。

お言葉に甘えることにした。

 

 

一晩泊まって、すぐ船に戻る。仲間たちが出迎えた。

そんな仲間たちに、俺はカリムーたちの事情を話す。

 

「…つまり、死にかけてるカリムーたちを助けたい、ってことでやんすね?」

 

ああ。

 

「で、…そのためにしばらくカリムーのとこに滞在したい、と」

 

…ああ。

 

「仕事忙しいでやんすよ?」

 

…。やっぱ、駄目かな。

 

話していて自分でも無理があると気付いていた。

仕事放り出していくわけにもいかない。でも、放っとくとアイツらふたりとも死ぬ。

 

シュンとした俺をみて、仲間はあっさりいい放った。

 

「いや、大丈夫でやんすよ」

 

へ。

 

「今来てる依頼が前行ったことのある国への長距離運搬2本でやんす。腕のたつ仲間を分乗させれば、特に問題ないでやんす」

 

…え?

 

「気にせず助けてくるでやんす。…カリムーたちが落ちぶれたのはオイラたちにも責任があるでやんす」

 

いや、

 

「…正直、キャプテンがいなくても、意外と普通に仕事できるんでやんすよ」

 

あれ俺の存在意義…。

 

「…仲間たちの士気アップぐらいでやんすかね」

 

 

仲間の言葉にちょっと泣けてきた。俺もう帰ってこなくてもいいんじゃねーか?

遠回しに『キャプテンは地味に役立たず』って言われてねーかこれ。

 

「そりゃまあ、航海中も仕事中も戦闘中もキャプテンは若干役立たずでやんすが、」

 

…泣いていいな?泣いていいだろ?泣かせる気だろ?

 

「うるさいでやんす。勝手に泣けばいいでやんす。ただ、これだけは覚えとくでやんす。なんだかんだで、皆キャプテンが好きなんでやんすよ?」

 

へ。

 

「海賊辞めた時、皆がどうしたか思い出すでやんす。多分キャプテンが帰ってくるまでここを潰さないように頑張ってくれるでやんすよ」

 

二転三転する展開についていけず、キョトンと仲間の顔を見つめ返した俺に、仲間は『仕事の方はオイラたちに任せろ、カリムーたちを助けてこい』と言う。

 

『役立たずだけど自分たちはキャプテンについていく。

仲間を気遣い、仲間を大切にし、仲間として船に乗せてくれたキャプテンについていく。

だからたまにはキャプテンのワガママ聞いてやる。

船から降りて彼らを助けに行ってこい。

自分たちが惚れたキャプテンはそういう人間だ。

困ってる人を迷わず助けに行く人間だ』

 

そう言われた。早口で、目を合わさずに。思わず手を伸ばして、声をかけようとした瞬間、

ガタンと派手な音をたてて扉が倒れた。

ビクッと反射的に扉のあった場所に体を向けると、扉だったものを下敷きにして将棋倒しになっているヤツらに気が付いた。

俺は思わず声を出す。

 

立ち聞きか。

いい趣味してんな。

つか扉が完全に壊れたな。

馬鹿野郎。

 

そう呟くと、やかましい、と怒鳴りながら仲間たちが起き上がり俺に詰め寄った。

 

何を言い出すかと思えば、なんてことはない、仲間たち全員口を揃えて『いいから助けに行ってこい』だ。

 

「キャプテンからの話を聞くと、カリムーは人里離れた場所にひっそり暮らしているんだろ?」

 

「放っといたら危ないんですよね?」

 

「人助けしないなんて師匠らしくありません!」

 

「ええから行ってきー。…でも、ちゃんと帰ってきてなー?」

 

「キャプテンがいなくても、ちゃんとここ守るから!」

 

仲間たちは口々に言う。

カリムーたちを助けられるのはキャプテンだけだ、と。

なら助けてこい、と。

一段落するまでは帰ってくるな、と。

ここは皆で守るから、と。

 

「そう言うわけでやんす。…とっと助けに行ってこい!でやんす」

 

仲間たちの顔を見る。

全員笑顔だった。

不安そうな顔のヤツも、

不満そうな顔のヤツも、

いなかった。

 

…俺は、

俺はいい仲間を持ったな。

 

少しばかり顔を伏せる。

少しうるんだ瞳はコイツらには見せない。

見せてたまるか。俺はこいつらのキャプテンだ。

これ以上情けない姿はみせられない。

だからかわりに声を出す。大きな声で頑張って笑顔を作る。

 

わかった。

じゃあ行ってくる。

カリムーたちを助けに行ってくる。

 

そう言って俺は外に向かう。外に出る前に軽く顔を拭い、後ろを振り向いて仲間たちに声を掛けた。

 

しばらく帰らねーけど、よろしく頼むな!任せた!

 

「帰ってきたら、死ぬほど働かせてやるでやんすよ!」

 

上等!

望むところだ!

×月11日。

夜のうちに出発し、

朝早くにはカリムーんちに着くことができた。

ただいま、と声を掛ける。

 

「…あれ?」

 

アイツはおかえりと条件反射で言った後に、不可解そうな顔になる。

忘れ物でもしたの?と聞くアイツを遮り俺は言う。

 

「…しばらく泊まる」

 

「仕事は」

 

「仲間に任せてきた。1年くらいは大丈夫だ」

 

アイツはポカンと間抜け面を晒した。

商人が1年商売を締結させるなんて、と至極全うなことを言う。

 

締結はさせてねーよ。

大事な信頼できる仲間に任せてきただけだ。

ウチは俺以外はしっかりしてるから大丈夫だ。

 

そう口に出してから、俺は笑顔で見送ってくれた仲間たちを思い浮かべる。

そうだアイツらしっかりしてる。任せても問題ない。

俺の言葉を聞いて、呆気にとられているコイツと問答してても進まない。

さて、と俺はアイツを無視してカリムーの部屋に向かった。アイツも慌てて追いかけてくる。

構わず部屋の扉を開け、カリムーに挨拶。

驚きながらもカリムーも挨拶を返す。そして、不思議そうに言葉を続けた。

 

「…どうした」

 

「しばらく泊まらせてくれ。…ちゃんと家の事はやるから」

 

「え?」

 

「仕事は仲間に任せてきた、大丈夫だ問題ない。ある程度なら家事もできるしな」

 

しかし、と反論するカリムーを制して俺は胸を張って宣言する。

 

「大丈夫だ、しばらく俺に任せろ!家事でも農業でもなんでもこいだ!」

 

そう言った後に、部屋には一瞬の沈黙が流れた。

あれ、空気がおかしい。そんな空気に耐えられなかったのか、アイツが沈黙を破った。

 

「いや、…別に大丈夫、だから」

 

手遅れになる前にカリムーに会わせたかっただけだし。とアイツは言う。

『お前がそこまでしなくても、大丈夫だよ』

アイツはそう続けた。

 

カリムーは、そこまでしてくれなくても良かったんだが…、と少し笑いながら、感謝するというような表情を俺に向けて、アイツを見て軽くため息をついた。

自覚がないのはやっかいだな、そんな思いが透けて見える。

 

…ホントにな。

 

遠回しに言ったら通じない。というか俺が遠回しに言うとか無理だ。面倒臭い。

直接ぶつけることにする。

 

 

『お前はヤバい状態なんだぞ』

『休め』

 

と。

 

 

ふぅと軽く深呼吸して、俺はアイツに体を向ける。そのままアイツに近付いてガッとアイツの肩を掴む。

思いっきり。

ビクンと軽く怯えられた。

 

「な、」

 

「お前な。そんな死にそうな顔してて『大丈夫』って言うのか?」

 

俺はアイツに言う。不快そうな顔をされた。構わない、俺は言葉をぶつけ続ける。

 

「ここは死にそうな老人と、死にそうな顔してるヤツしかいない。

放っとけるか!」

 

ガッと一喝。

自覚してないってのはやっかいだな。

どうみても体調おかしいのに、自分は大丈夫だ、体がダルいのは気のせいだ。

そう、ひとりで結論付けてやがる。

 

カリムーも、最近コイツが無理してると気付いて、心配していたのに。

病床の自分よりやばそうだって言っていたのに。

 

当の本人に自覚がない。

 

タチが悪い…。

ぶっ倒れるくらいしてくれれば素直に休めるだろうに。

そんな俺の呟きを聞きつけて、アイツはとても困ったような顔をした。

 

「ぶっ倒れるって…、嫌なこと言わないでよ」

 

今自分が休んだらカリムーと心中することになる、と。

あああああもう!

 

「ああそうだな、だからだろうな、だから働き過ぎてんだろうな!」

 

思わず出るデカい声。至近距離で聞いていたコイツがビクッと反応する。

そんな反応を見て、俺は押し出すように言葉を紡いだ。

 

「…無理すんな。…休んでくれ」

 

いつもなら、

お前は俺が大声だしたら『デカい声出すな』と文句のひとつも言うじゃねーか。

肩掴んだら『痛いから離せウザい』くらい言うじゃねーか。

 

何で今は、なんの文句の言わずただ突っ立ってんだ。

 

しばらく付き合ってみて気付いた。コイツが文句言うのはただの癖だ。

コイツ本気で嫌なときは押し黙る。

 

というかただ単に口悪いから怒ってるように聞こえるだけで実はそんな怒ってない。

本気で拒否してるときは、本気で怒ってるとかは、コイツ相手の目を見ない。

少し口悪いのが癖、なにかしら文句言うのは元気な証拠。

 

なのに、今コイツは文句を全く言わない。

おかしい。

いつものコイツじゃない。

 

おそらくこの状況を、カリムーが倒れて自分ひとりしか動けない。そんな状況を、なんとかひとりで打破しようとそれだけでいっぱいで。

他人に頼るのを忘れてるんだろう。

 

 

思わずアイツを掴む手に力が入った。

ひとりだとしんどい状況なのに、なんでコイツは助けを求める手を伸ばさないんだ。

簡単じゃねーか。

ひとこと、たったひとこと、言えばいい。

たすけて、と。

 

助けを求めて手を伸ばせばいい。

差し出された手に飛び付けばいい。

なんで、そんな簡単なことに気付かないんだ。

 

 

たすけてくれとひとこと言うだけ。そんな簡単なことなのに。アイツは「大丈夫」と言う。

なんでだよ。なんでひとりで耐えようとするんだよ。辛そうなのにしんどそうなのに、なんでだよ。

誰かに頼っていいんだぞ。目の前に俺がいるだろ、頼れよ、友達だろ?

 

「はな、」

 

…?

 

「…離してよ、…痛い」

 

え?

思わず掴んだ手に力が入る。今コイツは

俺の顔を見据えて

文句を言っている。

これは…。

 

「あのな!」

 

「ウザい離せ」

 

「お前はひとりで頑張らなくていいんだよ!」

 

「離せ」

 

「誰かに頼っていいんだ。だから、少し、休め!」

 

多分もうちょいだ。

もうちょいでコイツは

たすけて、と手を伸ばす。

それを受け止めれば、

 

そう思った矢先、視線を逸らしながらコイツは言った。

 

「…ちゃんと休んでる」

 

っだー!

そうじゃない!!

 

つい怒鳴った。

脱力したようにアイツに寄りかかる。

あーもー、何て言えばいいんだ。

『休め』

それを伝えるのがこんなに難しいなんて思いもしなかった。

伝わらねぇー。

 

 

力尽きていると、アイツが話しかけてきた。

起き上がる気力がない。

アイツに寄りかかったまま返事を返す。

 

 

「…あのさ、…頼るって誰に」

 

「…俺」

 

俺以外にいるならここに連れてこい。

というか別にいいだろ。頼りがいのある俺だけで。

 

そう言ったら重くため息をつかれた。

ため息のあとすぐに

阿呆だとか阿呆かとか阿呆なんだなとかボロクソに言われた。

 

俺はいつでも大真面目だ。

 

キリッと返した。

またため息つかれた。

でも口調がなんかさっきと違う。

ぼんやりした口調じゃない。多分…、

多少は気晴らしになったんだろう。

 

でもまだ根が深い。

おそらく放っておくとコイツはいつか倒れる。

いつ倒れるかいつ壊れるかわからない。

しばらくフォローしよう。

-4ページ-

 

×月12日。

病人の前で騒ぐのも悪い、ということで昨日はあの後説得は中断された。

 

大丈夫だから帰れ、というアイツに反抗。

このままにして帰れるか。

こんな中途半端で帰れるもんか。

 

居間にあるソファーにへばりつく。

俺を追い出したければここから引き剥がしてみろ。

そう、言ったら本気で引っ張られた。

 

耐えた。

 

追い出されそうになったことにショックを受ける。

くっそー…。

 

 

俺をどうしたもんかと思ったらしいアイツはカリムーの部屋に向かった。

慌ててコッソリ後をつけ、扉に耳をあて、中の様子を伺う。

カリムーとアイツの会話が聞こえてきた。

 

「まぁ…いいんじゃないか、泊めても」

 

「…カリムーがいいなら」

 

っし!

残留決定!

ありがとうカリムー!

 

思わずガッツポーズ。

どうもアイツが俺を追い出そうとしたのは、病人のカリムーに負担かけさせたくない、という思いからだったようだ。

 

騒がしいヤツと一緒だと寿命が縮むとか、やかましいヤツだとか仕方ないとかいろいろ聞こえる。

 

く、くそう。

悪かったな。

 

「じゃあ、泊まるのはボクの部屋に…」

 

「…そうか」

 

カリムーが笑ったのが聞こえた。

バタンと部屋の扉を開け、満面の笑みで入室。

 

「ありがとう!」

 

 

礼を言ったらアイツにスゲー嫌そうな顔された。

ちゃんと礼言ったのにな。

 

×月14日。

夜。

 

俺を部屋に泊まらせる、と決定したあと、大掃除開始。

アイツは小物は触られたくないらしく、俺はざっと片付かれた大きめの家具を運ぶ手伝いをした。

が、

昨日1日じゃ模様替えは終わらず、結局俺はソファーで寝た。

しんどかった。

 

じゃあ今日こそは、と片付けを手伝ったけど、

全然進まない。

 

原因はアイツ。

掃除中に本読み漁ったら進むもんも進まない。

 

「うるさい」

 

 

おや聞こえたか。

…どうもコイツは俺に文句言ってると気が楽になるらしい。

少し前の死にそうな目が多少は明るくなった。

 

ならば、と

俺はアイツに向かって憎まれ口を叩く。

 

気が楽になるなら好きなだけ文句言え。

言いやすいようにしてやるから。

 

 

ちなみに今俺はアイツのベッドに横になっている。

カリムーが、2日続けてソファーに寝るのは、と言ってくれたからだ。

ありがとうカリムー。

 

…ベッドに2人で横になるのはかなり狭いけどな。

アイツもかなり不満らしく、ブツブツ文句を言う。

元気な証拠、とはいえ少しウザい。

 

「…文句言うなら明日には全部片付けてくれよ。…手伝うっつってんのに」

 

「嫌だ」

 

日記とか見つけたら読むだろ?と噛みつかれた。

まぁ、…そりゃ読むなぁ、と押し黙る。

キッと睨まれた。

 

 

 

しばらく、静かな時が続いた。

もう寝たかな、と思い声を掛ける。

 

「なあ」

 

「…なに」

 

すぐ返事が返ってきた。

思わず、大丈夫か?と続けた。

眠れないとかだったら危ない。

 

アイツは、この間から何なんだ、と憤慨したように言う。

 

「ああ、うん、そうだな。…ごめん」

 

「…何で謝るの」

 

 

また訪れる静寂。

静かで真っ暗な夜。

 

俺は返事が返せない。

またなんか言って、伝わらないまま終わりましたじゃ、次は多分追い出される。

なにも解決しないまま。

 

そして追い出された俺は、しばらくしてここを訪れて

カリムーとコイツの死体を見付けるんだ。

 

それは嫌だ絶対に避けたい。

 

でも、何て言えばコイツに伝わるんだろう。

生半可に頭が回るせいか、中途半端に言っても直接言っても

大丈夫だよ、心配性だなと返される。

 

 

違うんだよ。

ホントにお前はおかしいんだ。

ふとしたときに見せる表情が

凄くしんどそうなんだ。

毎夜死にそうな顔して眠りにつくじゃねーか。

毎夜泥のように眠るじゃねーか。

 

ただ単に休んでほしいだけなんだよ。

それだけなのに。

 

なんて、言えば

アイツに伝わるんだ?

 

 

静かな部屋で考える。

わからない

わからない

わからない。

 

 

「…あぁ、もう!なんて言えばいいんだよ!」

 

「!?」

 

「あああ、女だったらぎゅっとしてちゅーでいいのに!!」

 

 

煮詰まった俺は思わず大声で叫んだ。

うとうとしていたらしいアイツが飛び起きる。

 

 

「…ひとりで何大騒ぎして…」

 

「やかましい!なんでお前は男なんだ!」

 

煮詰まりすぎてわけわからん叫びを続けた。

たぶんどうかしてた。

もう眠いから相手しなくていい?と聞くアイツに、勢いのまま、駄目だ!と叫ぶ。

 

 

アイツは得体のしれないものを見るような目をしたあと、俺に背を向けて寝転がった。

 

待て馬鹿寝るな俺の話を聞け!

訴えたがスルーされた。

 

…無視されたおかげて頭が冷える。

でもアイツは俺に背を向けたまま。

 

そんな背中に

俺は語りかける。

 

「お前本当に顔色悪いんだよ。いっぱいいっぱいなんじゃないのか?」

 

「なあ」

 

必死に語りかけたら、うるさい!と怒鳴られた。

起きたアイツに胸ぐらを捕まれる。

 

 

「…お、はよう」

 

「何がおはようだ何が!」

 

 

普段とは比べ物にならない勢いで怒られた。

そうだった、コイツ寝起きも寝入りばなも機嫌悪くなるヤツだった。

 

まぁいい。

 

ちょうど良い、と

俺の胸ぐらを掴む手を軽く握った。

 

 

「あのな、」

 

「喋んな。寝かせろ。ウザいから手を離せ」

 

 

…。

スゲー睨まれた。

素直にパッと手を離す。

 

じゃあ、とアイツの目を見て笑いながら

 

「愚痴くらいなら喜んで聞くぞ?」

 

と言ってみた。

そうだ重く考えるな。

お前は病気とかじゃないもんな。

ただ単に少し疲れてるだけだ。

病気でもないのに病人扱いされたら

そりゃ嫌だよな。

 

心が疲れてるなら

愚痴やらなんやら

言いたいことがあるだろ?

だから、

 

「カリムーに愚痴れないことでも、俺になら言えないか?吐き出せば多少は楽になるだろ?」

 

「…あ、れ?」

 

 

そうひとこと呟くと、俺の胸ぐらを掴んでいた手が離れた。

そのまま手はダランと垂れ下がる。

不思議に思いつつも俺は言葉を続けた。

 

「…愚痴はほら、言うだけでスッキリするし、まぁ…信頼してる相手じゃないと言いにくいだろうが、俺誰にも言わな、」

 

 

そこまで言って気付いた。

アイツの顔色が悪化している。

目も虚ろだ。

どこを見ているのか、焦点の定まらない目でぼんやりとしている。

こんな目はじめてみた。

待てやばくねーか、

ちょ、

 

 

「…おい!?」

 

ガシッと両手で頬を掴んだ。

どうした、と必死に呼び掛ける。

頬掴んでもアイツは目を伏せたままだ。

 

 

「なんか俺余計なこと言ったか!?」

 

「…いや」

 

なんでも、ない。

と言うアイツを見て、

言った。

なんでもないわけないだろう!

そんな、顔。

 

 

必死そうな俺の声を聞いて、アイツは顔を上げて俺を見た。

 

 

「…。…いや違う違う大丈夫大丈夫。うん大丈夫。ちょっと、…うん」

 

「え?」

 

 

 

アイツがふぅと一息吐き出した。

さっきみたく、虚ろな目じゃなくなっていた。

 

 

 

 

そしてアイツは喋りだした。

今顔掴まれてて痛いことと、寝かせてくれないことが不満。だという。

 

「…う」

 

そういやいやに力いれて掴んでた。

スッと手を離す。

痛みを和らげるように、解放された頬を撫でながら、アイツは笑ってこう言った。

 

 

「聞くと言ったな?覚悟しろ朝までかかるぞ!」

-5ページ-

それからゆっくり話が始まった。

まず聞いた話は

俺に対する不満だった。

 

なんというかこう

右から左に言葉が流れる。

 

つか本人目の前にして本人の不満言うとかスゲーなコイツ。

まぁ、影でコソコソ悪口言うよりは、正面から言ってくれたほうがいいか。

不満があるなら堂々と言え。

全てを聞き流して見せるさ。

 

とはいえ、右から左に流れる言葉はまるで子守唄のようだ。

ついウトウトと眠りかける。

興味ない話って頭に入らないよなー…。

半分寝かけていたら、ガツンと叩かれた。

 

「ちゃんと聞け」

 

容赦なかった。

容赦なく叩いた。

迷いがなかった。

 

その後も数回叩かれた。

 

もう寝ないから叩くな。

痛い、と泣きを入れる。

 

満足したような顔をした。

コイツ…もしや俺を叩きたかっただけじゃねーのか。

 

「違うよ」

 

アイツが言う。

 

「…さっき」

 

ん?

 

「さっき、昔のことを思い出して、…少し変な考えになって」

 

変な?

 

「ボクはひとりになっちゃうんだな、と…ならもういいんじゃないかって」

 

「でも、…その、必死に声かけてくれてただろ。必死に掴んでくれてただろ」

 

「なんというか、…ええと、…それで正気に戻れた、というか」

 

「手の暖かさと…、響いた声と…、心配そうな、顔。…それを見て」

 

「ボクは、ひとりじゃないんだな、って、お前はきっと残っ、て………いやあのええとその」

 

 

そこまで喋ってアイツは急にオロオロとしはじめた。

そんなアイツを見つめながら、俺は軽く微笑む。

 

俺はただ必死だっただけ。

コイツを休ませようと必死だっただけ。

友人の様子がおかしかったから、ただ必死にそばにいただけ。

 

いまだアイツは赤面しつつしどろもどろに言葉を紡ぐ。

コイツがここまで慌てるのを見るのは、少し、面白い。

が、このままにしとくのもアレなので話を振った。

 

…なぁ。

 

「っ何」

 

団長って人は、どんな人だったんだ?

 

 

静かに聞いてみる。

話したくないなら

話さなくても

いいんだけど、さ。

 

一瞬驚いた顔をしたが、

すぐに笑って話してくれた。

 

「…あのね、」

 

そしてはじまる船団の話。

海賊あがりがたくさんいた世界一周の旅をした船団の話。

団長という人を誇らしげに、船長という人たちを楽しそうに、先輩という人たちと幸せそうに生活した話。

とても嬉しそうに話してくれた。

 

そういえば、と以前カリムーに言われたことを思い出した。

 

俺は団長って人に似てるか?

 

「もっとカッコいい」

 

一刀両断。

ちょっと泣けた。

 

 

 

次に話してくれたのは、

カリムーから依頼された、あの旅の話。

アイツは日記を取り出してパラパラめくりながら語った。

長い長い旅の話。出発して、怪我をして、飢えかけて、内乱おこって、海峡を越えて。それでも旅はまだまだ続く。

 

ここまで話して

アイツは一旦話を切った。

俺の方に目をむける。

 

「夜遅いよ。寝る?」

 

なんでだよ。

続き聞かなきゃ寝れねーよ。

あの旅のことを聞くのははじめてなんだからな!

続きが気になって仕方がない。

 

「…寝ないの?」

 

寝るなんて勿体ないだろ!

 

そう?と笑って続きを話してくれた。

 

今ある地図の端まで言って、陽気な国に入港して、長い穏やかな海を渡って、小さな島に到着した。

 

アイツはコホンと咳払いして恭しく言葉を紡いだ。

 

『その島でボクらは世界で一番の宝を見つけた』

『その宝は全ての船乗りの願いを叶えるもの』

『そして終わりもらたすもの』

 

それがカリムーが見付けた世界で一番の宝か?

うっかり目を光らせる。どんな宝なんだ?形は?色は?大きさは?矢継ぎ早に聞く。

 

いろいろ聞いてもアイツは笑ってはぐらかす。

 

「…答えを知ったらつまらないだろう?」

 

 

宝があった島からは近くの国を経由して帰る道。

途中で出会った海の竜巻、それを越えてもまだ続く。病気でバタバタ倒れる船員たち。

 

そこまで楽しく聞いていた。

いろいろな事があり、

いろんな人に会い、

たくさんの場所に行った。

そんな冒険の物語。

俺が話した土産話なんか、霞んでしまうほどの長い長い旅話。

アイツは日記から目を離し、俺をじっと見た。

 

 

「病気で死にかけていた時に、突然現れた変な海賊。全ては奪われた」

 

「…俺か」

 

ああそうだよ。と言われた。

居心地が悪い。

俺はバツの悪そうな顔を作る。

 

 

その辺は、あの、…スルーしてくれませんか。

 

「…過ちも間違いも自分に価値のある財宝だよ?」

 

いや、その。

そうなのかもしれないけど、今はまだそう思えません。

 

 

そう言ったのに、気にせずアイツは日記に目を戻し、話が続けられた。

コイツ鬼だ。

古傷抉ってきた。

 

軽く涙目になりながら話を聞く。

アイツは言った。

 

変に真面目な海賊のおかげでボクらは生き延びることができた。と。

奪われたのは腹がたつが、今生きているのはその海賊のおかげだな。と

 

 

…え?

 

「…ありがとう、あの時の海賊」

 

 

そう言って、アイツは元海賊の俺に向かって笑顔を向けた。

感謝されるとは思わなかった。

俺の驚いた顔見て、

愉快な顔してる、とまた笑われた。

 

 

-6ページ-

「…この後はもういいか。大体は知ってるもんね」

 

 

そう言ってアイツは日記を閉じた。

ふぅと柔らかく息を吐く。

長い間ずっと話していて疲れた、そんな一呼吸。

しかし心地よい疲労感なんだろう。

アイツは、んー、と軽く目を瞑った。

 

そんなアイツを見て、俺も軽くノビをする。

ふと外を見ると、東の空がやや明るくなってきていた。

まだ夜と言われる時間だが、

もうすぐ日が昇るんだろう。

…ホントに朝までかかったな。

楽しかったからいいけど。

もう一回聞きたいな。

面白かった。

話の感想を言おうと口を開いたら、

 

 

ポツリと

アイツの声が聞こえた。

 

 

「…いろいろあった、大変だった、な」

 

「今、話したうちの…9割の人はもう、いない。どっかで生きてる人もいるだろうけど」

 

「もう、いないんだ」

 

 

寂しそうな声だった。

辛そうな声だった。

そんな声で

アイツはまだ言葉を続ける。

 

 

「一緒に飯を食って…、買い物をして、眠って。

共に笑って泣いて怒った人たちは。

もう、…どこにもいないんだ」

 

「カリムーも、もうすぐ、いなくなる」

 

 

「なんでだろうな。

 

…なんでみんなボクを置いて、行っちゃうんだろう…」

 

最後は消え入りそうな、

絞り出すような声で。

聞いてる俺が

悲しくなってくるような声で。

 

俺はただ黙って

アイツを見つめていた。

最後の言葉を言ったあと

アイツの頬を

涙が伝っていた。

 

「…あ…」

 

おかしいな、なんで溢れてくるんだろう。そんな表情をしてアイツは涙を手で拭う。

 

泣き顔を見られたくないのか、

手で軽く顔を覆っている。

が、なかなか止まらないらしく

アイツはそばにあった

布に手を伸ばした。

 

 

その時に、

見えた。

 

 

泣き顔をはじめて見た。

 

泣き声を我慢するような

喉から出る音を聞いた。

 

我慢しているせいか

体がヒクンと反応するのが見えた。

 

 

見てられなくなった。

 

泣くときは、な。

我慢しなくて

いいんだぞ?

思いっきり泣いて

いいんだ。

 

俺に顔を見られたくないなら

そうだな…。

 

 

思わず

アイツの後頭部に手をのばし、

ぐっと引っ張った。

きゅっと抱き締める形になる。

くらえ博愛固め。

 

…これなら

俺はお前の泣き顔を

見れない。

お前は思いっきり泣いて構わない。

 

 

アイツは急に抱き締められたからか、

軽く俺を見上げ

軽く不可解そうに

 

「…ちゅーは勘弁して欲しいんだけど」

 

と言った。

なんでそういう方向に思考が行くんだ。

リアクションに困る…ってああ。

…さっき俺が言ったな。

『ぎゅとしてちゅー』って。

…。

自分の過去の発言にうんざりしながらも、慌てて叫ぶ。

 

 

「するか馬鹿!阿呆か!ぎゅっとしてちゅーは可愛い女の子限定だ!」

 

 

オンナノコ、限定。

はいここ重要事項。

女の子!

 

まったく…。

素なのかボケなのかわからん…。

 

ふうと軽くため息をつきつつ、ポンポン背中を叩いて、やんわりとアイツの背中を撫でる。

 

思いっきり泣いていい。

今までよく頑張ったな。

泣いても誰も怒らない。

思いっきり泣いて

苦しかったことを吐き出せ。

前に向かって歩き出していい。

進めないなら手伝ってやる。

手をとって導いてやる。

 

 

 

はじめは軽く不愉快そうな顔をしていた。

ぎゅっと抱き締めたら

暖かそうにふわりと目を閉じて

静かに泣き始めた。

少しずつ声が大きくなる。

 

声が漏れてきた。

我慢してきた気持ちを吐き出すように。

大声をあげて涙を流し続けた。

 

 

俺はずっと

背中を撫で続けた。

アイツが疲れて眠るまで。

ずっと。

-7ページ-

 

 

 

×月15日。

目が覚めた。

少し寝坊したな。

ムクッと起き上がろうとして、横で気持ち良さそうに寝てるヤツに気付いた。

 

昨日の事を思い出し、

ポンと頭を撫でてみた。

毛布を掛け直して、

起こさないように慎重に身を起こす。

 

しばらく…、

寝かせておいてやるか。

 

 

さて、とカリムーんとこに向かう。

朝の挨拶と、朝飯の希望を聞きに。

 

 

おはよう、カリムー。

 

「おはよう」

 

ニコニコ笑いながら挨拶された。

朝飯何が食いたい?

 

「軽くていい。……昨日は、遅くまでありがとうな」

 

…ん?

 

「その、…あいつの泣き声が聞こえてきた」

 

…うわぁ。

 

カリムーんとこまで聞こえてたか。

アイツに言ったらスゲー慌てそうだ。

頭を掻きつつ苦笑いをする。

 

…うるさかったか?

 

「いや?…むしろ安心した」

 

アイツはあまり弱音を吐かないからな、とカリムーも笑う。

ありがとう、と言われた。

 

軽く朝飯を用意したあと、さっと食う。

昼までキッチンやら居間の掃除をした。

他にやることがない。

 

昼になり、昼食の用意をする。

カリムーに渡し、

…あ

アイツまだ寝てるのか。

 

そろそろ起こした方がいいだろう。

そう思ってアイツがまだ寝てる部屋に向かった。

 

…あれ?

起きてる気配がする。

 

軽くノックして扉を開けた。

開けた瞬間アイツはビクッと反応し、ちゃんとノックしろ。と言う。

ノックしただろうが。

聞こえなかったのか、とアイツの方を向いたら

慌てて手で顔を隠していた。

 

…?

……あー、

大泣きしたからまだ目が赤いのか。

それを隠してんのか。

別に気にしなくていいのに。

 

アイツは顔を隠しながらも、辿々しく挨拶してきた。

…スゲー声。

 

 

「お、はよ、う」

 

「おそよう」

 

 

顔なんか気にしなくてもいいんじゃないか、と言ってみた。

俺は知ってるわけだし、カリムーも予想してるわけだし。

 

「…そうは言っても、…酷い顔だし」

 

ああそうだ、このままじゃカリムーに会えないな。こんな顔で行ったら心配される。と困った顔をした。

 

ん?

ああそうか、知らないのか。

そう気付いて、カリムーから言われたことを伝えた。

 

 

「カリムーも知ってるぞ?泣き声聞こえたってさ」

 

 

そう言った瞬間、

アイツは声を出さずに叫んだ。

声にならないとばかりに、悲鳴をあげる。

そのまま真っ赤な顔をしてベッドに崩れ落ちた。

 

 

…えーと…

 

悶えてるアイツに掛ける言葉が見付からない。

まぁ、…気持ちは少しわかる。

 

だからまぁ、深くは突っ込まない。

そうだな、日常に戻す言葉を送ろう。

 

 

「…飯どうする?」

 

「食えるか!」

 

 

真っ赤な顔して怒鳴られた。

 

…ですよねー。

 

 

×月16日。

結局アイツは丸1日部屋に籠っていた。

声掛けても開けてくれない。

おかげでソファーで寝ることになった。

畜生。

 

夜が明けて朝、

体をバキバキになった俺は、なにがなんでもアイツを引っ張り出すことに決めた。

体痛い。

 

案の定、声を掛けても扉は開かない。

あの野郎…また今日も引き籠るつもりか。

 

イライラしてる俺は

ガッとノブを掴み

ぶっ壊す勢いで

扉を引っ張った。

ガキンバキッと嫌な音をたてて扉が開く。

ギョっと驚いた顔された。

 

「うわ、お前何す、」

 

やかましい!

 

ズカズカ部屋に入り、ガシッとアイツの腕を掴む。

出てこい。

 

嫌だまだ恥ずかしいとかなんとか言っていたが無視。

逆に、お前がそんなだからソファーで寝ることになったんだ、と文句を言う。

 

「もうソファーで暮らせよ…」

 

阿呆ぬかせ。

…カリムーも心配してたからな、今日こそは引っ張りだす。

異論は認めない。

 

 

コンコンと礼儀正しくノックして、カリムーの部屋の扉を開ける。

 

「お。おはよう」

 

「おはよう」

 

「…おはようございます」

 

 

3人で挨拶。

 

アイツは、この場から逃げたい気持ちでいっぱいだ。そんな顔をしていたので、逃がさないように強く手を掴む。

くっ、と軽く睨まれた。

お前な、と呟いたらアイツはコッソリ俺の影に隠れた。

おまえなぁ…。

 

 

そんなアイツを見て、カリムーはふふっと笑う。

 

「顔色、マシになったな」

 

…まぁ、たしかに。

アイツの顔を見ながら思う。

この間より幾分かマシだ。

…まだちょっと白いが。

 

「まぁ深くは聞かん。…ふたりに来てもらったのは他でもない、渡したいものがあってな」

 

 

そう言ってカリムーは、ほいっと何かを取り出した。

 

3つの、台座に乗った玉。

 

なんだこれ。

そうだこの間アイツの話で聞いたような…。

アイツが驚いたように言う。

 

「…積荷は盗られたんじゃ…」

 

「これだけ咄嗟に隠したんだ」

 

偉いだろ?と笑うカリムー。

とても居心地が悪い。

 

 

「これを、お前に」

 

…え?

 

3つの玉を差し出された。

俺に?

何でだ、と疑問のほうが先にくる。

受けとらずにいたら無理矢理持たされた。

 

 

「…いやいやいや!なんで俺に!」

 

「世話になったからな。礼だ」

 

例。

違う、礼。

礼て。

なんの。

 

ぽかんしたまま、とりあえず貰った玉を落とさないようにする。

えっと、意味が、わからない。

 

そんな俺を放置し、カリムーはアイツにこっちに来いと手招きした。

おずおずとカリムーに近付いたアイツに笑顔で言う。

 

 

「…お前には、この家だ」

 

家?と不思議そうな顔をする。

そんなアイツの頭をポンポン撫でながら、カリムーはこう言った。

 

「売っても、ずっと住んでてもいい。好きに使え」

 

 

アイツは嬉しそうに笑った。

 

 

 

俺絶賛放置プレイ中。

 

3つの玉を持ってオロオロしていたら

アイツは少しウザそうな顔しながら、

 

「素直に貰っとけ」

 

と言った。

いやそういわれましても。

理由もなく高そうなモノ貰うのも。

なんというか。

 

 

「気にするな。好きに使え」

 

いや、…だから

 

「長い間、俺たちを援助してくれてただろ?たまに土産持ってきたりな」

 

それはごくたまに…

 

「物だけじゃない。精神的な援助が一番助かったよ。何回も遊びに来てくれたり、旅行に連れてってくれたり、土産話をしてくれたり…」

 

とても、嬉しかったんだ。とカリムーは笑う。

 

「その礼だ、とっておけ。…突っ返される方が悲しい」

 

う。

んー…、じゃあ、素直に、貰っとくよ。

ありがとう、カリムー。

 

 

そう言ったらカリムーは優しく満足そうに笑った。

-8ページ-

 

 

 

○月6日。

カリムーが死んだ。

穏やかに息を引き取った。

 

最期を看取ったのは俺らふたり。

最期までカリムーは笑っていた。

 

 

よい人生だったよ。

ありがとう。

 

 

そう言って死んでいった。

 

 

○月7日。

カリムーの遺体を海に埋葬することになった。

生前、カリムーが『死んだら海に投げて欲しい』と言っていたらしい。

 

ふたりで、カリムーが好きだった、海の見える丘に遺体を運んだ。

海の神に祈る。

『勇敢なる海の戦士、われら、別れを告げて、その身を海の神にゆだねる。』

 

そして遺体を海に投げこんだ。

じっと目を瞑り、祈りを捧げた。

 

 

少ししんみりする。

あっけないもんだ。

カリムーはすっと海に消えて言った。

 

 

 

○月8日。

カリムーの遺体を投げた丘に、小さな石碑を建てた。

石碑の下にはカリムーの服を埋めてある。

 

持ってきた花を献花して、ふたりでまた祈った。

 

 

 

○月9日。

なんだか、家の中が静かだ。

元々アイツは自分から喋るほうじゃない。

静かになるのも当たり前か。

 

ぼんやりと、家の整頓を手伝っていたら、アイツがポツリと呟いた。

 

「そういえば、日記に人の死を書いたのは初めてだな…。

いままで書く気にならなかったのに」

 

…日記って日々の記録だろ?

記録なら細かく書くもんじゃねーのか?

よくわからん日記書いてたんだな、と思いながら

前アイツが話してくれた旅の話を思い出す。

 

ああそういえば、話には『今日誰それが死んだ』とかそういう描写がなかったな。

思いっきりボカして話をしていた。

死を記録したくない。

そんな似たような気持ち、は

ああ、…昔俺にもあったな。

 

それは…、

 

「…今までお前が日記に書かなかったのは、…死ってのを本当の意味で理解してなかったってだけかもな」

 

そう呟いたら、アイツは不思議そうな顔をした。

言葉を続ける。

 

「海に出て帰ってこなかったとか、身近なのがそんなんばっかだったら、まぁ…よくわからないよなぁ。『その人がいなくなる』くらいだろ?」

 

いや、と否定したあとアイツは考え込んだ。

そうかもしれない、という表情になる。

 

そうだなぁ、

なんとなく『他の人もいつまでも生きてる』つー感覚かな。

 

 

俺も昔そうだった。

なんとなく、仲間も親も近所のばぁちゃんでさえ、生き続けるだろうと。

俺の周りがそんな劇的に変化するはずがない。

いなくなっても、多分どっかで生きてるんだろう。

俺の周りの人が死ぬなんて有り得ない、と思い込む。

何故かはわからんが。

 

 

俺が人の死を。

いや、人は死ぬんだと理解したのは

目の前で父親が殺されたからだ。

 

コイツもそうだろう。

旅で仲間が目の前で死んで、ようやく人の死を理解できる状態になったのに

理解する前に怒涛の量の仲間の死。

頭の整理が間に合わない。

そうこうしている内に、

コイツにとって大事な人たちが死ぬ。

 

それをコイツは認められない。

身内の死なんか一番認めたくない。

俺みたく目の前で死んで、遺言でも貰えりゃいいだろうが

コイツにはそれもない。

 

死んだのを信じられず、

無意識に避けるようにして精神を保って生活していたら、

お次はカリムー。

 

旅を共に乗り越え、

長い間共に生活していた

大事な人が弱っていく。

自分は元気なのに

回復する気配もない。

他の仲間とは違い

目の前でじわじわ死に蝕まれていく。

そしてコイツは死を身近に感じとった。

いつまでも永遠に生きる、なんて

有り得ないんだと理解する。

 

で、

 

軽くパニック起こしてあの状態、と。

 

 

ふうと一息。

…長々と喋っちまった。

 

永遠の命なんか、この世にない。人は必ず死ぬ。

…それを理解するためには親しい人の死が必要ってのが、

…なんというか微妙だが。

 

 

まぁこれは俺の意見。

アイツはどうだかわからないし、他の人はどう思ってるんだかわからない。

 

どうよ?とアイツを見た。

 

 

「…少し疑問を呟いただけで、なんか壮大な話になったね」

 

感想それかよ。

語りがいのない…。

 

 

まぁ別にいいんだけどさ…。

俺は頭を掻く。

 

アイツはふうと一息ついて、作業を再開した。

 

 

「…さっきから何やってんだ?」

 

「…慰霊碑、作ってる」

 

 

あの旅で死んだ仲間たち全員の慰霊碑だという。

人数が多いせいかスゲー小型の慰霊碑が大量に生産されている。

ふわっと笑いながらアイツはこう言った。

 

 

「あの人たちの、…何も遺してないなと思って」

 

「そうか。…なんか手伝うか?」

 

 

死というものと向き合って、前に進む覚悟が出来たんだろう。

仲間たちの死を認めて、仲間たちの魂を鎮めようとしているアイツの手伝いをする。

 

じゃあ、祠っぽいの作ってほしい。と言われた。

 

「これが全部収まるくらいの大きさのを。

 

カリムーの石碑の近くに」

 

皆カリムーと共に、夢を持って旅した仲間だから。一緒の場所に。と懐かしそうに笑った。

 

 

みんなが生きた証を。

 

 

そんな言葉が聞こえた気がした。

了解、と俺も微笑んで外に向かった。

 

素晴らしい祠を作ってやろうじゃないか!

 

 

○月12日。

慰霊碑作りも終わり、祠も完成した。

立派なのが出来た、と自画自賛。

さっそく慰霊碑を納めた。

…なんというか、こう…

ああそうか、壮観だな。

みっちり詰まって。

 

…もうちょいデカくすれば良かった。

 

まぁ、アイツは満足そうだから、いいか。

 

一通り終わって休憩。

そうだ、コイツこれからどうするんだろう。

俺の船に来たいなら問題ない。

ひとりふたり増えた所で困ることはない。

そう言ったらアイツは、しばらくここに居る。と言った。

 

 

「…海に出るのは、魅力的な誘いだけどね」

 

しばらくゆっくり陸で暮らすつもりだと笑った。

 

「…そうか」

 

…少し、残念。

入ってくれたら仕事楽になると思ったがそう甘くはないようだ。

…入ってくれたら、俺も楽しくなるのにな。

残念そうな気持を悟られないように、そっぽを向く。

アイツは気付かずこう言った。

 

「…そろそろ海に戻るの?」

 

「あぁ」

 

 

そろそろ戻らないとカンが鈍る、

…というか、仲間に忘れられそうだ。

いやもしやもう忘れて…。

 

嫌な考えが頭を回る。

忘れられてませんように。

忘れられてませんように!

見捨てられませんように!

 

祈っていたら、アイツがポツリと言った。

 

「そっか…。寂しくなるな」

 

 

…え?

声を出そうとしたら

アイツは俺の顔を見て笑いながら言った。

 

 

「長い間ありがとう。

 

たすかったよ。ボクひとりだったら、どうなってたか。

 

…本当にありがとう」

 

 

そう言って、ニコッと笑った。

心から感謝された。

ああうん、そうか

そう、えーと

あの、

 

 

「…。またちょくちょく来るよ。土産話持って」

 

「別に無理しないでいいよ」

 

また来ると言ったら、

来なくていいと言われた。

軽くショック受けてたら

アイツは頭を掻きながら

だって、忙しいだろ?と言う。

なんだ、そんだけか。

嫌ってわけじゃないんだな。

良かった、とホッとしながら俺は言葉を続けた。

 

「来たいから来るだけだ。友人に会いに来て何が悪い」

 

「…え?」

 

いや悪くはないけど、とアイツは目を逸らす。

俺は笑う。

 

帰ってきたら『ただいま』と大声で叫んでやるから覚悟しろ!

-9ページ-

 

○月16日。

海に戻る準備が整った。

整っちまった。

俺は盛大にため息をついた。

長い間留守にしてたから、戻るの怖い。

 

少しばかりうつむいていたら、アイツが俺にこう言った。

 

「せっかくだから港まで見送る」

 

ん。

了解。

というかよろしく。

だって俺多分迷う。

予定より時間かかって到着する。

…それでもいいけど。

 

 

ふたり肩を並べて歩く。

 

「戻るのは久々だな。…部下たちに忘れられてなきゃいいが」

 

「まぁそれはないと思うけど…、人望のないキャプテンか」

 

「お前…」

 

アイツはクスッと笑う。

アイツに他意はないんだろうが、ピンポイントで痛いとこつかれた気分だ。

無意識に睨んだらしく、アイツは慌てて話を変える。

 

「ああ、そういえば。カリムーに貰った玉、大切にしろよ?」

 

「…え?」

 

「あれ、ボクらが見つけた『世界で一番の宝』を見付けるのに必要だから…」

 

 

え。

 

まぁ別に探さなくてもいいけど、とアイツが言っていたような気がするけど

俺はそれどころじゃない。

絞り出すように声を出す。

 

「…さ、」

 

「さ?」

 

「先に言え!!うわ、マジか!先に教えろよ馬鹿!なん、ああぁもう!」

 

「……えーと…、もう売った?とか?」

 

 

いきなり大声出した俺にビビりながら、アイツは疑問を口にする。

 

ああ売ったとも!

船に帰るための用意と、仲間に連絡とりに行ったときにな!

手土産無しに船戻るのもなと思って!

3つもあるし、1個残せばいいかと…

だから残りは…あああああ!

 

 

往来で叫ぶ俺をなだめながら、アイツはのんびりと

 

「…まぁいいんじゃないか?」

 

と言う。

良くない。

良くないぞ?

むしろ何がいいんだ。

 

「多分カリムーも、生活の足しにしてくれ、という気持ちで渡したんじゃないかな?と」

 

そうだろうが、そうじゃなかろうが、どっちでもいい!

世界一の宝、一目みたかったんだよ!

いつかそれを探しに冒険に行きたかったんだよ!

あああああもう!

 

「なんでお前もカリムーも何も言わなかったんだよ!おま、馬鹿か!いや俺が阿呆か!!」

 

ぎゃーと悶え叫んだ。

この気持ちどうしよう。

逃がした魚は大きい。

大きすぎる。

 

 

ちょっと玉探しに市場覗いてくる、という俺をぐいと引っ張ってアイツは真っ直ぐ港に進む。

 

 

「仲間が待ってるんだろーが!」

 

嫌だ離せ買い戻すのが先だ!

 

「阿呆なこと言うな!」

 

 

ギャーギャー騒ぎながら港に到着した。

畜生。

ぶつぶつ言いながら、仲間の船を探す。

 

「あ。あれじゃないか?」

 

アイツはカブトムシの紋旗が付いた船を指差す。

ああそうだ、あれだ。

 

…。

…。

 

「なんで深呼吸してんだ」

 

いや心の準備が…。

 

心の準備って、とアイツは苦笑いする。

お前な、俺にとっては大事なんだよ。

迎えにはきたけどキャプテンの席ねーから、とか言われたら俺は泣く。

 

「…」

 

アイツはそんな俺を見てイラッとしたらしく、

とっとと行け、と俺の背中を勢いよく押した。

うおぁ。

 

押し出されて仲間の前に到着。

えーと、

 

…ただいま。

 

 

にへらと微妙な笑顔を作りながら仲間たちに言った。

すると仲間たちは満面の笑みで

『キャプテンおかえり!』

と言ってくれた。

 

 

「長期間留守にすることを許してくれた仲間なんだろ?…見捨てるなんてしないよ」

 

アイツも笑いながら言う。

そ、か。

うん。

 

少し戸惑いながら、俺は再度『ただいま』と言った。

コイツらに負けないくらい満面の笑みで。

 

「すいません、キャプテンを長期間お借りしちゃって」

 

「や、いいでやんすよ。…キャプテンにはこれからビシバシ働いて貰うでやんす!」

 

アイツと仲間が挨拶してる。

ふたりして笑い合っていた。

ああそうだ、とアイツが仲間に何かを渡した。

 

「お礼というか…お詫びなんですが」

 

「?なんでやんすか?」

 

「この辺の産物リストです。ここ、グレートクインと…海を挟んで向こうの国の」

 

パラパラと渡された紙を捲る仲間。

かなり詳しくまとめてあるでやんすね、と感心する。

…どうでもいいが敬語使うなよ。違和感がある。

そう言ったら、でも、と躊躇したアイツに仲間もタメ口でいい言った。

少し戸惑いつつも、アイツは口調を変えた。

 

「まだこの周辺しかまとめてないです…いや、…まとめてない、けど…」

 

「十分でやんす。…ありがとうでやんすー」

 

 

ニコリと笑う仲間。それを見て、アイツは

もう少し時間があれば、もっと広範囲の地域をまとめられたけど、と笑いながら言った。

仲間の目が光る。

 

「ほほう…?つまり、もう少しすれば完全な産物リストがオイラたちの手に!」

 

キャプテン!!と仲間が叫び、叫ぶ勢いのまま言葉を吐き出す。

 

「しばらくここに通うでやんす!そして早く世界の産物リストを我が手に!」

 

お前…。

 

少しうんざりした目で仲間を見た。

経理任せてるとはいえ、貪欲すぎる。

 

 

「ま、まぁ、まとめるにも時間はかかるし、」

 

アイツも軽く引き気味。

そうでやんすか…?と残念そうな仲間。

 

まぁ…

これでちょくちょく遊びに来ても、問題ない、か?

 

 

挨拶も終わり、俺は船に乗り込む。

あ、そうだ。

 

「お前、玉売ってるのみたら買っといてくれよ!?わかったな!」

 

アイツにお願いを忘れない。

今ならまだここにあるかもしれない。

しばらくしたら多分どっか知らんとこに流れちまう。

 

はいはい。と軽い返事をされた。

畜生、重大さがわかってんのか。

 

絶対だからな!

見付けたら絶対買っとけよ!

 

 

「 はいはい。

 …いってらっしゃい」

 

 

一瞬何を言われたかわからなかった。

呆けた表情を浮かべる。

ああ、

そっか。

うん。

 

 

「おう!」

 

いってきます。

 

ちゃんと生きて帰ってくるさ、と

最大級の笑顔で返した。

-10ページ-

 

○月18日

これで、俺の話は終わり。

 

 

そう言って、俺は記録帳を閉じた。

 

帰路の途中、船の中で仲間たちにせがまれて今までまとめた記録を読み語っていた。

やー、長かった長かった。

 

語り終わって、大人しく聞いていた緑髪の海賊がキッとこちらを睨みつけた。

 

「…いろいろ面白い事してたのね」

 

ズルい、と呟く。

いやズルいと言われても…。

 

「もー!久しぶりにあんたのとこの船見掛けたからちょっかいだしたのに、

『キャプテンはいない』って言われたのよ?

いつ戻ってくる?って聞いても『わからない』って、何それ」

 

…タイミングが悪かったな。

 

「じゃあ戻るまで居座ってやる!って言ったら、じゃあ仕事手伝え、って。

ヒドいと思わない?」

 

…えぇ?

 

仲間をチョイチョイと呼ぶ。

小声で会話。

 

お前、アイツにそんなこと言ったの?

スゲーな。

 

「違うでやんす…。『暇だからやらせなさい!』って言って無理矢理…」

 

…。

 

「ちょっと、何コソコソしてるの?」

 

いえ何でも。

 

 

仲間と共に曖昧な笑みを浮かべる。

ワガママというか、自分勝手というか…。

まぁ、そこが面白いヤツなんだがな。

 

「商船の仕事は面白かったとはいえ、そっちのが楽しそうなんて、

…ズルい。アタシも呼びなさいよ」

 

ご無理を…。

しかし、お前が商船の仕事面白がるなんて意外だな。

…暴れられなくてヤキモキしたんじゃねーのか?

 

笑いながら言った。

ちまちま商品管理なんか肌に合わなかったんじゃないか?

 

「それは、工夫と発想力で」

 

…は?

 

彼女がそう言ったら、

女性陣は少し頬を赤らめて、

男性陣は気まずそうに視線を逸らした。

 

 

何を…した?

 

「女の子の服をガラッと変えた」

 

…は…?

 

「ちょうど南に向かってたからさー、暑かったし、水着みたいなギリギリの服にしたの!」

 

凄く可愛いやつ!と笑顔で言い放った。

おま、ちょ、

ウチの船員になにしてんだ!!

セクハラか!

パワハラか!

 

「えー?初めはみんな恥ずかしがってたけどー、他の国の人に超注目されて嬉しそうだったよー?」

 

事も無げに言う。

んな、おま、

何てことしてくださりやがりますか!

っ畜生!

 

叫んだら、緑髪の海賊は、ははーん?と嫌な笑いをした。

 

「どうしたのー?大事な仲間が変なカッコさせられたから怒った?」

 

それとも、と言いながらくるりと移動し、俺の背中にのし掛かる。

 

「それとも、…見たかった?」

 

っ!

ビクリと反応する俺。

だっ、な、う、

…くっそぉー!!

 

ふふふと笑い、俺にのし掛かりながら言葉を続ける。

 

「誰のが見たかった?…ねー、誰がいい?」

 

うっせぇ!

 

顔を赤くしながら俺は叫ぶ。

 

「…駄目だねぇ。そこは『キミだよ☆』くらい言わないと」

 

うっせぇっつーの!

 

 

照れ隠しで俺は大声で怒鳴る。

ああもう、と俺は顔を伏せる。

くっそ想像しちまった。

耳熱い。

 

クスクス笑ってる緑髪の海賊。

もー、どうしてもコイツのペースに流される。

勝てねぇ…。

 

…あれ、そういや…

気付いたことを言ってみた。

 

…男は?

 

「え?…別に何もしてないけど」

 

なんでだ?

 

「だって男の半裸なんてつまんない」

 

…デスヨネー。

 

納得するようなしないような。

可愛くないから、とかいってエプロンドレスとか着けさせるとか思った。

 

「…。ああ!あんたが着たいの?」

 

阿呆か!

 

「じゃあ、半裸なんてどうかな?女の子たちに着せたギリギリ水着の男バージョン」

 

断る!

 

「アタシも着るよ?ギリギリ水着」

 

ことわ、…え?

…いやいやいや断る!

 

危ねぇ、

キャプテンの威厳を消滅させちまうところだった。

 

ちっ、と舌打ちする緑髪の海賊。

お前なぁ…。

そんな格好して、挑発すると持ち帰るぞ?

 

ふう、とため息をつく。

まぁする気はないが。

俺にこの姫さんを扱える自信はない。

 

え?とキョトンとする姫さん。

楽しそうに言葉を続けた。

 

「アタシと一騎討ちして勝てない男なんかに、お持ち帰りされる心配はしてない」

 

ニコッと笑った。

 

ち…っ、

ちっくしょおぉぉー!!

-11ページ-

 

○月19日

パラボルト到着。

 

緑髪の海賊に挑発されて、何回目かの一騎討ちすることになった。

 

 

返り討ちにしてやらぁ!

 

「ふふん、遊んであげるよ!」

 

人の来ない森の中の広場でアイツと対峙する。

 

 

「何回目だよ…。キャプテン毎回負けるのにな」

 

「まぁ、やらせときゃいいでやんす。多分すぐ終わるでやんす」

 

うるさいぞギャラリー!

 

ガッと声を荒らげる。

今回は勝てるかもしれないだろ!

 

「はいはい、じゃ、はじめるぞー」

 

砲撃が得意な仲間の合図で、一騎討ちが始まった。

 

 

ガキンとサーベル同士がぶつかり合う音が響く。

 

数回打ち合い、その反動で俺は軽く距離を取る。

だー、やっぱ強いな。

 

「どうしたの?もう降参?」

 

ニッと笑う緑髪。

 

「そんなんじゃ、…つまんないよ!」

 

きゅっと一瞬で距離を詰められた。

すぐさま俺に攻撃を仕掛けてくる。

向かって左側からの横一線。

 

アイツが振った刀の軌道を避けるように屈み、

下から相手の刀の動きと逆方向にガッと弾いた。

力は俺のほうが強いらしく

アイツは俺の動かした方向に腕を運ばれた。

予想外の動きだったのか、珍しいアイツの驚き顔が見れた。

 

あー…、武器弾き飛ばすまではいかないか…

 

チッと舌打ちし、

刀を振った反動を利用して、一回転。

勢いを殺さないように

チャンスを逃さないように

今度は俺が横一線、

いれようとしたら、

うっかりバランス崩して倒れ込んだ。

 

草だ。

草がいけない。

 

倒れ込んだ先にはアイツがいたわけで。

 

まぁその

 

下敷きにした。

 

 

「…、ちょ、っと!重い!」

 

悪い…。

と声をかけたら

意外と近くにアイツの顔があった。

わあ。

 

慌ててアイツの上からどく。

いやそのすまん。

 

「もー…」

 

パンパンと服についた草を払う。

今回はいやに動きいいじゃないと感心したのに、とボソッと呟いた。

 

…カリムー直伝の戦闘スタイルが意外とイイ線いったか?

まだ実践に使うにはレベルが足りてねーみたいだけど、身に付ければなんとか…。

地べたに座って一人反省会中の俺に向かって、緑髪はこう言った。

 

 

「まったく、…今回は保留!」

 

保留?

 

「勝ちでも負けでも引き分けでもない、保留」

 

また微妙な…。

 

「今の動き、ちゃんと身に付けたらまた遊んであげる」

 

 

そう言って、緑髪は立ち上がる。

 

「じゃあアタシは船に帰るね。アタシも暇じゃないし」

 

うそつけ。

自由奔放に動いてるじゃねーか。

そう呟いた俺の額をピシッと弾いて緑髪は笑った。

 

次は楽しみにしてるよ、とひとこと残して去っていく。

 

ホント自由だなアイツ。

 

 

○月23日

まあなんとか通常運転。

変わらない、商人の生活が再開した。

 

そういや、グレートクインの港でアイツから貰った産物リストはかなり有効的に使っている。

 

つかこんな場所に宝石とか産出してたんだな。

知らなかった。

 

こじんまりとした村でささやかに取れる宝石をほどよく買い取る。

宝石ならパラボルトに持っていこう。

たしか集めてるやつがいたはずだ。

 

 

○月27日

さてと、

本日も商人仕事。

 

代わり映えしない毎日だ。

しばらく記録つけなくてもいいかな。

 

 

あ、グレートクインにいるアイツに連絡をとった。

玉は見付からない、と返事がきた。

 

『というか、店に聞いたら珍しかったからすぐ売れたって言ってたよ?見たこと無い服装だったって』

 

マジかよ…。

他国に流れたか。

 

くそー…

どっか町に行ったら台座に乗った玉を知らないか、と聞いてまわることにするか…。

…ついでだ、この村でも聞いてみよう。

そう思って、その辺にいた村人を捕まえて声をかける。

 

なぁ、アンタこのくらいの大きさの台座に乗った玉とか知らないか?

 

「いや…?なんでまた」

 

間違って売っちまってな。

 

「それくらいのモノなら、街にいけばいくらでもあるんじゃないのか?」

 

いやそれがな…。

 

そして、その村人にカリムーの冒険の話をする。

アイツから聞いた、長い長い旅の話を。

 

で、だ。

その玉は、その時カリムーたちが見付けた『世界一の宝』の場所に行くために必要なんだよ。

 

オォーっと歓声が上がった。

え?

気付いたら周りに人が集まっていた。

皆俺の話を聞いていたらしい。

講演会みたくなっとる。

 

 

「…なんであんたはそんな大事なモノを売ったんだ」

 

いや、その、

ちょっとした手違いで。

 

「宝ってなんなんだ?」

 

それは俺も知らねーんだ。

 

「…信用、できないな。話自体が嘘かもしれないし。世界一周とか、なぁ」

 

嘘じゃねーよ。

証拠に、カリムー船団の生き残りがグレートクインにいるしな。

 

「ふーん…」

 

 

まだ微妙に疑ってんな…。

くっそ、玉を見付け出すのは手間掛かりそうだ。

話が終わったのか、と集まっていた村人たちが解散した。

話し損か、と軽く舌打ちする。

おひねりくらいくれよ。面白かっただろ?

 

そんな俺に、一人の若い村人が近寄ってきた。

 

「なぁ。…オレ、それっぽいもの見付けたら教えるよ」

 

え?

 

「その代わり、…宝を見付けたら少し分けてくれよ」

 

あ、ああ、

それくらいで協力してくれんならありがたい。

 

じゃあよろしくな。と俺はその村人と別れる。

 

…宝の魔力とでも言うのか。

あっさり協力してくれるらしい。

宝見付けたら分けろ、か。

謙虚っつえば謙虚か。

 

 

宝を強調すれば意外とあっさり協力者が見付かり、意外とあっさり玉も見付かるかもしれない。

 

 

…よし、その方向でいこう。

 

-12ページ-

 

―――――――――――――――――――

 

 

長い長い年月が経った。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

○月6日

 

 

カリムーが死んでから20年経った。

 

 

俺は変わらず商人を続けている。

 

ちょくちょくアイツの家に遊びに行ったり、

たまーにトラブルがあったり、

まれに冒険したりと

いろいろあるとはいえ

平穏に暮らしていた。

 

 

平和だな。

 

 

△月20日

最近アイツのところに行けてない。

仲間も少し増え、商売の規模が少し大きくなったからだ。

 

んー…。

 

手紙でも書くか…。

 

 

ペンをとり、白紙の紙に向かって頭を悩ませる。

あれこれ書くのも面倒くさい。

そうだな、

『仕事が忙しくてしばらく行けない』と『玉見つかったか?』の2点でいいか。

ざっと書き終わり、文面を見直す。

…これでいいか。

ふぅと一息。

 

 

いろんな場所を訪れたが、玉が見付からない。

20年間見付からないとかおかしいだろ。

 

ゴミとして捨てられたか、どっかの子供のおもちゃ箱にでも眠ってるのか、全く予想ができない。

 

 

…ああもう…。

 

 

◇月20日

久しぶりに暇が出来た。

面白い話も聞いたし、急いでアイツの家に向かう。

久しぶりだな、と周りを見ながらフラフラ歩いていたら

 

久しぶりに迷った。

 

…開発が進んだせいか

見知らぬ道が増えている。

半年以上来てなかったけど、こんなに道って変わるもんか?

 

 

オロオロしながらもなんとか前に進み

知っている道を探り当てた。

他の場所は変わっているのに

アイツの家の近くは不思議と変わらない。

しみじみと、少し嬉しく思う。

 

アイツの家に到着。

扉を開けようと手を伸ばした

ら、

ガツッ

っと顔面に衝撃が走った。

 

ちょうど俺が扉を開けようとした瞬間に

アイツが扉を開けたようだ。

あ、と驚いた顔をする。

 

 

「…痛ー……、」

 

「…扉に近すぎたお前が悪いと思うんだ」

 

「…おま、」

 

 

キッとアイツを睨む。

『ごめん』くらい言ってくれ。

 

 

「あー…、ごめん」

 

アイツはおざなりに謝ったあと、ふふっと笑ってこう言った。

 

「…お前変わんないな」

 

言われて俺も笑いながら言葉を返す。

 

「お前もな」

 

 

お互いニッと笑いあった。

 

 

「おかえり」

 

「ただいま!」

 

 

◇月21日

昨日は一日中、ふたりでのんびり話をした。

どこかに行くつもりだったのか?と聞いたら、急ぎの用事じゃないから大丈夫だよ、と言われた。

 

話をしていただけで、

昨日1日潰れた。

びっくりだ。

 

 

今日は朝からカリムーの石碑を建てた場所に行く。

アイツはあの日から毎日カリムーの石碑に挨拶に行っていたらしい。

昨日は?と聞いたら、行ってる暇なかっただろ?と笑われた。

 

だからまぁ、…お詫びというわけではないけどさ、とアイツは花を用意した。

ふたりでお参りに行く。

 

 

献花し終わり、ふたりで木の下に腰をおろす。

ここは海も見え、花も咲き、木もイキイキしているいい場所だと思う。

海の見える丘。

隠居したらこういうとこに住みたいもんだ。

 

 

この場所はあの時と変わらない。

静かに聞こえる波の音。

遠くから聞こえる海鳥の声。

今日は日差しが暖かく、風も心地よい。

 

しばらくふたりでこの風景を満喫した。

 

 

 

そうだ、と思い出す。

この間聞いた、船乗りの話をアイツに聞かせてやろう。

そう思って俺はアイツに話しかけた。

 

「そういえば、世界一周したやつがでたってな」

 

「うん聞いた。…20年か…長かったような意外と短かったような」

 

 

カリムーたちとコイツがそれを成し遂げてから20年。

アイツはやっぱ意外と早かったかも、とやんわり笑う。

 

そうか?

もうちょい早く実行するやつが出ると思ったがな。

なんせ世は大航海時代。

そこかしこに船や船乗りが溢れている。

俺もいろんなヤツの話を聞いて、今この瞬間もいろんな場所でいろんなヤツが生きてるんだと実感する。

…話に聞いた様々な場所に魅せられて、旅立つヤツがいないとは思えない。

 

 

「いやまぁ、『世界が丸い』なんて理解されないだろうな、と。…もっと頭の柔らかい、未来の人に任せる気満々だったから…」

 

アイツは頭を掻きながら言った。

…そりゃまた気の長い話で。

なんでコイツは、たまに思考がブッ飛ぶんだ。

 

 

苦笑いしながら話を戻す。

 

 

「まあ、置いといて。そいつが、カリムーの日記だか航海日誌だかを読んで成功した、とか言ったもんだから、一躍カリムーは英雄だ」

 

「…だね。ようやくカリムーの名誉が回復したよ。よかった」

 

カリムーの名誉回復を、自分のことのように喜ぶ。

本当に嬉しそうな顔を見せた。

いやいや、

 

「…お前も、だろ?カリムーと共に帰ってきた生き残り」

 

「……まあね」

 

 

カリムーの名誉は回復した。カリムーは英雄になった。

なら共に世界一周したコイツも英雄の仲間入りだ。

 

そうだろ?と笑顔を向けて話した。

するとアイツはとても微妙な顔をしてぽつりと呟く。

 

「…ボクは、特に何もしていないよ。

実際カリムーが英雄扱いされるようになっても、他の船乗りの名前は全く表に出てこないだろ?」

 

自分が英雄だなんて、思えない。ただ旅についていっただけだ、と遠い目をする。

 

「まぁ…他の船乗りが話題に出ないのは、…大半が死んでるからだろうけど」

 

 

アイツは寂しそうな顔で呟いた。

ふと、慰霊碑が詰まった祠を見る。

こんなにたくさんの人間が偉業を成し遂げたのに、

世間には知られていない。

俺は…とても

とても、悔しく感じた。

カリムーの航海日誌だか日記だかを見付けたヤツが、名前を公表してくれりゃいいのに。

 

…えーと、…誰だっけ

世界一周したヤツ。

 

思わず口に出した。

すると、アイツは意外にもさらっと答えを教えてくれた。

 

「その人の名前はレッド・ボイラー、だよ」

 

「…詳しいな」

 

 

隠居状態なのに、なんでそんな詳しいんだ。

個人名なんか、まだほとんど報道されてないのに。

 

今は『昔カリムーってヤツが言ってたことは正しかった』

といった内容がほとんどで、世界一周したヤツはちょこっと名前が出るだけだ。

下級とはいえ貴族だったカリムーの名誉回復に時間がかかってるらしい。

 

貴族世界面倒臭ぇ。

 

確かにボクは俗世からは離れてたけどさ、とアイツは続ける。

 

 

「…3日ほど前に、客がきてね。その人から聞いたんだ」

 

「客?」

 

「うん、国の人。…その人に提督として船に乗ってくれ、と言われた」

 

「…は?」

 

 

提督って…、海軍?

なんでいきなり。

というか、提督って海軍船のトップじゃねーか。

かなり地位が高い。

出世にもほどがある。

 

…あ、提督がいるのは大概は軍だけど、まれに探索船でも提督がいるな。

国家に関わる船とか。

国家の後ろ楯がある船の。

…この場合の「提督」はニックネームに近いっちゃ近いけどな。

 

…まぁつまり国から直接連絡きたってことか?

もしくは国から援助受けてる船のオーナーから?

 

なんでまた急に。

 

 

ごちゃごちゃ考えていたら

アイツはため息つきながら話を続けた。

 

「どっからバレたんだか。カリムー船団の生き残りがここにいる、って噂になってたらしくてね」

 

その腕と経験と運を見込んで、と言われたらしい。

…言われた時、スゲー迷惑そうな顔をしたんだろうな、と想像した。

だって今、スゲー嫌そうな顔しながら喋ってる。

アイツは再度ため息をつき、しかし、どっからバレたんだか…、と困った顔をした。

 

「隠してたのになぁ…」

 

 

今コイツ「面倒臭そうだから」という単語を飲み込んだ。

海軍で働いてるヤツに謝れ。

 

 

しかし、隠してたのにバレるとは不思議だな。

自分から喋らないなら

他人にわかるはずないし。

あるとすれば、

事情知ってるヤツが

ベラベラ、と…話……を、

 

 

あー…

もしかして…、

 

 

「俺、かな」

 

「…?」

 

「いや、いろんな場所で玉探してるときにな。話の流れで昔聞いたカリムーの冒険をな、話したりしてさ」

 

嫌な予感しかしない、そうこっちを見ながら押し黙るアイツ。

続きを言うの、やだな。

怒られそうだ。

そう思いつつも続ける。

 

「んでまぁ、その証拠に、カリムー船団の生き残りがグレートクインにいるぞ、と」

 

いろんな場所で、ベラベラと、たくさんの人に、話した、と後半は小さく声を発した。

一瞬流れる沈黙。

 

 

…それのせいか。と凄くムッとした声が聞こえた。

 

「…ボクの平穏を、ぶち壊しやがって」

 

いや、その

そんなつもりは全く。

あの

 

…ごめん…。

 

空気を変えるため、慌てて話題を振る。

ごめんって言ってんじゃん、そんな睨むな。

 

 

「じ、じゃあ、お前海に戻るのか?」

 

「…。…いや、断ったよ。20年以上ブランクあるんだぞ?」

 

 

…そうか。

少し勿体無い。

ブランクがあるとはいえ、かなり高位で海に戻れるんだぞ?

俺なら喜んで受けるだろうな。

 

それより、とアイツは続けた。

 

「陸中心で商人やろうかと」

 

「…商人?…つまり、俺とライバルになるわけか?」

 

それは困るな。勝てる気がしない。

そう言ったら、人の話をちゃんと聞け、と言う。

 

「…言っただろ、陸で、だよ」

 

陸で、商船が持ってきた品を集め管理する仕事。

交易所とでもいうのか、いろんな場所の産物を一ヶ所にまとめ、貿易しやすくするつもりらしい。

 

ああ、それなら俺らも楽だな。

規模の小さい商船は、品を持ってきてもロクに相手されないことがある。

買い叩かれたり、拒否されたり。

『ここに持っていけばちゃんと買い取ってもらえる』

『欲しい産物を探すときここにくればいい』

そう商船から認識されれば賑わうだろう。

 

 

「そうか…。…なら、うちの商船ご贔屓に」

 

「りょーかい」

 

 

言われなくても、とアイツは笑った。

 

 

世界は丸いと世間に認識されても、世の中はまだまだ未確定の場所がある。

 

その場所を探索する

その場所を繁栄させる

 

そんな目的を持ったヤツは、ごまんといる。

コイツはそいつらを支えるために、陸で店を構えようとしている。

海の仕事は金がかかる。

が、今安定して収入を得られるのはごく一部の人間だけだ。

コイツの考える店があれば、船乗りは安定した収入を得やすくなる。

いい考えだと俺は思う。

 

 

「まぁ、まんま売っても面白くないから…。加工したり、副産物作ったり…。いろいろするのも楽しそうだね」

 

そう言って、例え話をしてくれた。

樽があればワインや飲み物を大量に遠くに運べる。

クズ宝石を加工して装飾品にすれば、庶民にも手が届く装飾品が作れる。

 

 

「まぁ…具体的には追々考えるけど」

 

大雑把にしか考えてないからなぁ、と頭を掻きながら笑った。

いや、

 

「…いろいろ、考えてんだな」

 

「…商人がそんなんでいいの?」

 

…いや、俺は品持ってきて適当に売り捌いてたから。

そう言ったらアイツは呆気にとられた顔をした。

無計画すぎる、とため息をつく。

 

 

「…本当商人向いてないな。お仲間さんたちが可哀想だ…」

 

うっせぇ!

損しなきゃいいんだよ!

 

 

…でも次からはもう少し考えて商売するようにしよう。

 

 

さて、とそろそろ俺は海に戻ろうか。

アイツもいろいろやることがあるようだ。

んっと伸びをして俺は立ち上がった。

倣って立ち上がるアイツに俺は話しかける。

 

「…俺は海で、お前は陸。お互い頑張ろうぜ」

 

「うん」

 

俺らは笑顔を向けながら、コツンと拳をぶつけ合った。

お互いの繁栄を祈って。

 

そうして俺らは帰路につく。

海で陸で成功するために。

 

 

ふたりで歩く帰り道。

ああそうだ、言うの忘れてた。と、俺はアイツにこう言った。

 

 

「そういや」

 

「ん?」

 

「その、レッド・…ボイラー?は、世界一周はしたけどな」

 

「?」

 

 

 

「カリムーの宝は、見つけてないんだよ」

 

 

知ってたか?と顔を向けたら、スゲー驚いた顔をしていた。

…知らなかったのか。

んー…、と頭を掻きながら黙って考えている。

 

「そう、なのか」

 

と曖昧な表情を浮かべながらアイツはようやく言葉を発した。

俺はブスッと自分の考えを伝える。

 

「やっぱカリムーから貰った玉。

…あれ3つないと駄目なんだな」

 

なんで俺あれ売ったんだろう。

なんで売ったんだろう。

それを聞いてアイツは、ああ、と納得したような顔になる。

そしてアイツは小さな声で、じゃあ、宝見付けてないってのは本当か…。と呟いた。

 

なんなんだ。

宝を見付けたってことを隠す意味がわからないだろ。

 

胸張って、

『宝を見付けました!』

って言うもんじゃないか?

普通。

 

不思議に思いながらも俺は歩みを進め、カリムーの、いやアイツの家の前に到着した。

 

 

じゃあ、またな!

 

「うん、またな」

 

 

お互い笑顔で手を振る。

これは今生の別れじゃない。

だからさよならなんて言わない。

 

 

そうだ。

また、気が向いたら遊びにこよう。

 

たくさんの土産話を持って。

 

きっと次からは

アイツもたくさんの話を仕入れてるだろう。

なんせ、いろんな国の産物を積んだ、山のような船が相手の商売なんだからな。

いろんな話が聞けるだろう。

 

とても楽しみだ。

-13ページ-

 

俺は船に戻り、

記録を綴った。

 

 

 

 

なあ!

 

俺の記録はここでやめるが、

少し、お前に期待したい。

 

10年でも20年でも、

…100年先でもいい。

 

これ読んでるなら

お前がカリムーの宝を見つけてくれよ。

 

俺が見付けられなかった

『世界一の宝』を!

 

 

…ああそうだ。

アイツの関係者なら、

なんか知ってるかもしれないし

仲良くなるのもいいんじゃないか?

きっとそいつも悪いヤツじゃねーよ。

 

 

仲間と一緒に宝を求めて

この大海原を走り回れ!

きっとスゲー楽しいからさ。

 

 

誰か知らんヤツに

先越されんじゃねーぞ?

 

 

わかったな?

絶対、お前がカリムーの宝を見付け出せ!

俺が出来なかった冒険を

心の底から楽しめよ!

 

 

じゃあ、

よろしくな!

 

 

 

END

説明
海洋冒険編、過去捏造。「水夫」の視点変更版。  作品背景だけ借りた半オリジ話。
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