レッド・メモリアル Ep#.17「神の十戒」-2
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《ボルベルブイリ》『ジュール連邦』

 

 全世界へとネットワークによって配信されたベロボグの演説。東側の国の長であった、ヤーノフ総書記の屈辱的な姿が、世界中を混乱させ、ヤーノフの処刑を行おうとしている人物、ベロボグ・チェルノの存在を全世界の人間が知る事になっていた中、セリア・ルーウェンス達も、車で移動しながら、その中継を目の当たりにしていた。

「下手な演出家ね。ベロボグは。これで、『能力者』が集まるとでも思っているのかしら?自分が神か何かであるように、パフォーマンスを見せつけたに過ぎないわ」

 車はフェイリンに運転させ、まっすぐ《イースト・ボルベルブイリ・シティ》を目指している。車内で、携帯端末を使い、中継を見ていたセリアはそのように呟くのだった。

 この中継が今、東側の世界を震撼させ、西側の世界をも巻き込む影響力を持つ事は明らかだったが、セリアはどことなくベロボグの力を認めたくはないようだった。

「でも、もし総書記が処刑されたら、この国は混乱しちゃう」

 フェイリンがセリアに向かってそう尋ねるが、

「ええ、そうね。そこの所を『WNUA軍』が一気に攻めてくるでしょう。つまりベロボグはヤーノフを処刑する事で、この街に『WNUA軍』を突入させ、混乱させるつもりでいるのよ。奴の目的は恐らく、この国を解体する事よ、それはこのテレビ中継の中でも確かに言っていた通りだわ」

 ベロボグの演説は、何度も何度も、繰り返しネットワーク中継をしているようだった。この『ジュール連邦』のテレビ局は現在、幾つもの報道規制がかかっているらしく、ベロボグの演説の事については触れていない。

 しかしながら、世界中を駆け巡るネットワークは別で、それは世界中にいる傍観者達に向け、ありのままの真実を報じていた。

(今日、ヤーノフが処刑された後から、新しい世界が始まる。それは今だかつて、この地上には存在しなかった世界だ。

 その世界では誰も差別されず、支配も無い。物質主義による競争もない。人間は、生まれ持ったありのままの姿で生きる事ができる。私の元には、それだけの国を作る準備がすでに整っている)

 何度目かのベロボグの演説だった。この『ジュール連邦』の支配者、ヤーノフを拘束し、いつでも処刑にかけられる立場にいるベロボグは、強い意志を持ち、自分がこの国の新たな指導者であると言わんばかりの様子だった。

「誰も差別されず、支配もない世界、か。言葉で言うのは簡単だけれども、やはりこいつはテロリストよ」

 セリアはそのように言い、ベロボグの映っている映像をはねのけた。光学画面が空間上をどけられる。だが画面に映るこのベロボグが、今まさに、東側の大国である『ジュール連邦』の最高権力者であるヤーノフを処刑しようとしている。

 処刑と言っても、それは残忍な行為だ。この時代西側諸国『WNUA』の国々ではまず行われていない。だが、東側諸国では国家反逆により、日常茶飯事で行われているという。

 ベロボグが行おうとしている処刑もそのようなものだ。ヤーノフを国を腐敗させた大罪者として裁こうとしている。

 彼にそのような権利があるのか、『ジュール連邦』にも司法制度はもちろんあるが、ベロボグに裁判官として、また死刑執行人としての権限はない。

 つまり結局のところ、彼がやろうとしているのは残忍な行為なのだ。

 セリアがそのように考えを巡らせていると、突然、運転しているフェイリンが言って来た。彼女は自らの能力を使い、建物を幾つも透過して、リー達の車とは一つ通りを隔てた場所を走行している。そうすれば、さすがの諜報組織のリーであっても、尾行には気がつかない。そんな芸当ができるのは、透視能力を持っているフェイリンだけだ。

「ねえ、セリア。さっき、あの人が言っていた事だけれども」

 フェイリンの言葉をセリアは、《ボルベルブイリ》の街並みを見つめつつ聞いていた。だんだんと背が高い建物が増えてきて、街に清潔感が現れ始めている。

「何?」

「ベロボグの元に、あなたの娘さんがいるって言っていたけれども、それは本当なの?」

 フェイリンが言ってくる。近く、彼女からその質問をされるだろうと思っていたセリアだったが、あまりして欲しくない話だった。

「わたしの生まれたばかりの娘が誘拐されて、ベロボグの手下に成り下がっているかもって話を、あなたはさせたいの?」

 セリアの口調は攻撃的なものだった。18年間も探し続けた娘が、ベロボグの元にいる。それだけでも信じがたい事だ。

「いや、そうじゃあなくって、どうして、あの組織の人達は、あなたよりも先にその事を突き止めているのかなって思って。実際に、今はあなたの娘さんがどんな姿をしているのかも、分からないんでしょう?」

 フェイリンは尋ねてくる。まさしくその通りだ。

「ええ、分からないわね。私は確かに大学時代にベロボグと関係を持った事がある。あいつは何の警戒心も私に抱かせずに私に近づいてきて、私を身籠らせた。あなたと出会う前に私は女の子を産んだことは知っている。でも気が付いたら、ベロボグも私の娘も消えていたのよ。ただ、ベロボグって奴の本当の姿を知ったのはここ2、3日の間よ。それまではあいつがそんな人間だとは知りもしなかった。これは本当よ」

 セリアはそのように言い放つ。自分に娘がいて、行方不明になっていると言う事は、大学時代、それこそ軍に入る前からフェイリンには教えてある事だし、相談に乗ってもらった事もある。だが、それ以上は話したくは無い。

 だから、あの隠れ家として使っていた国会議事堂近くにあったアパートから出てきた時、トイフェル、トイフェルには余計な事を言って欲しくは無かった。

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 リー達が《イースト・ボルベルブイリ・シティ》へと向かっている事が分かった直後、セリアはすでに動き出していた。

 だが、焦ってアパートを出ていこうとするセリア達を、トイフェルは一瞬止めた。

「セリア・ルーウェンスさん。ベロボグを追えば、あなたの娘さんに出会う事になります。ベロボグもその娘さんが、あなたの娘であるという事を知っていますが、あなた方はお互いに親子だと言う事を知らない」

 そのトイフェルの咎めに対して、セリアは攻撃的に答えた。

「だったら、どうだって言うの?」

「あなたの娘さんは今、ベロボグの配下にいます。しかしながら、彼女はテロリストとしているのではなく、ベロボグに上手く言いくるめられ、今は保護されるような形になっているのです」

 セリアは彼の方を向き直った。そして、この18年間、どうしようもなかった事を彼に向かって尋ねる。

「あなた達は、私の娘の今を知っているの?そして、会った事があるの?」

「私どもで、娘さんは保護しました。ですが、彼女はベロボグに誘拐され、彼の配下にいます。ベロボグを追っていれば、必ず出会う事になるでしょう。そしてベロボグは、あなたの娘さんを必要としている。

 その目的は分かりませんが、必ずベロボグは娘さんを利用するはずでしょう。ベロボグを追い詰める事が、あなたの娘さんの救出にかかっている」

 トイフェルはそのように言ってくるが、セリアは彼らの事を信用する事がまだできないでいた。

「あなた達は、いつも口ばかり適当な事を言って、実際のわたしの娘の姿を見せてくれもしないのね。本当は、ベロボグの手の中にいるなんていう事は分かっていなくて、ただわたしを上手く、駒として動かせるから、そんな事を言っているんでしょう?」

 セリアはそのように言い、この男の言ってくる言葉を簡単にあしらおうとした。しかしながら男は、セリアに向かって携帯端末を突き出した。

「いいえ。我々は確かにあなたの娘さんの居所を突き止めています。そして、すでに接触もしています」

 セリアは男が突き出してきた携帯端末を受け取った。

 

 その携帯端末から表示されている立体画面を見つつ、セリアは《イースト・ボルベルブイリ・シティ》へと向かっている。

 果たして、このままベロボグへと近づいていけば、この娘と会えるのだろうか。

 携帯端末から表示されている立体画面は、この『ジュール連邦』の国の身分証明書だった。高校の学生証になっており、そこには顔写真と共に、年の頃17、8歳ほどの娘の顔が映されている。

「それが、あなたの娘さん?」

 フェイリンはそのようにセリアに尋ねてきた。しかしセリアは、

「顔だけじゃあ、分からないわ。18年も経っているのよ。私は生まれたばかりのあの子しか知らなくて、高校生のあの子の姿なんて知るはずもない」

 セリアはそのように言い、携帯端末の画面を消した。

 そして自分に言い聞かせる。これさえも罠であるかもしれないのだ。敵は自分を意のままに操るのならば、どんな事さえもしてくるだろう。

 だが、娘の存在をちらつかせれば自分が飛びついていく。そんな風に彼らは考えているのだろうか?

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3:55 P.M.

 

 ベロボグは自らが用意していた草稿を読み終え、演説を終えた。草稿の内容は頭の中に入っていたから、彼はそれをその場に合わせて適切な内容に仕上げ、その演説を終えると、画面を、シャーリ達がいて、ヤーノフが拘束されている、国会議事堂の方へと戻した。

 自分がヤーノフの処刑に立ち会う事ができないというのは、少し世界に対して非礼をするような気もしないでもない。

 しかしアリエルの確保が予想以上に遅れた上に、ヤーノフの処刑と共に、進めなければならない事があった。

 過去の負の遺産の抹消は、これからの新時代に訪れようとしている事に比べれば、実に些細なものであるかもしれない。必要なものは、新時代にやってくるもの。ヤーノフは過去の存在でしか無い。

 ベロボグはその新時代の為の計画を進める必要があった。

 この演説は、一つ計画が進められた事を意味している。全世界がヤーノフの処刑に対して釘付けになっている間に、ベロボグ達は次の計画を進める。シャーリ達はすでにその計画に対して動こうとしているようだった。

(お父様、わたし達はいつでも次の行動に移れますわ。ご命令とあらば)

 拘束されているヤーノフが映っている画面とは、また別の画面にシャーリ達の姿が映されていた。彼女らはすでに武装を始めている。

「ああ、分かっている。私も準備が出来次第、《ボルベルブイリ》に向かい、君達と合流するつもりだ」

(ええ、では後ほど。わたし達は混乱に乗じて、この地下から脱出します)

 シャーリはまるでこの現状を楽しんでいるかのような笑みを見せ、通信を続けた。

 ベロボグも急がなければならなかった。彼は撮影を行っていた部屋を後にする。誰にもこの場所を特定される事がないように、全ての撮影機材やコンピュータの電源をオフにしていく。全世界へと発信されたあの演説は、誰にもこの場所から発せられたものであると言う事は特定できないはずだ。

 ベロボグは静かにこの部屋を出た。そしてアリエルがいる場所へと戻る。

 アリエルは自分がどのような事をしたか、それを知る事はないだろう。ベロボグと顔を合せなかった小一時間ほどの間、彼はこの世界を揺るがす鉄槌を放った。しかしながら、アリエルがそれを知らない。

 その方が、アリエルの身のためだ。アリエルは温床のような環境で育ってきた。彼女のその豊かな感情と純粋な性格は、ベロボグとしてもそのままにしておきたい。自分の国が混乱に陥っていく有様から、アリエルは離れているべきだ。目を向けるべきではない。

 アリエルは食堂からロビーへと移っており、そこに設けられた窓から、海の方を向いていた。北の大地の海は、絶壁に叩きつけられる荒々しい波を見せていたが、アリエルのいるロビーは暖かい環境に保たれている。

 彼女は入院着のような白衣を着たままそこにいた。彼女は一体、何を考えているのだろうか。それはベロボグとて分からない事だった。

 そして彼女が彼の側につくのかどうか、それさえもベロボグには推し量れない。もし彼女が自分の側につかなかったとしても強制するつもりはなかった。

 ベロボグが近づいていくと、アリエルは自分の父の方は見ずに口を開いた。

 

 荒々しい波が、ロビーに設けられた大きな窓その下にある断崖へと打ちつけている。北の大地の海だけがアリエルの視界の先には開けているだけで、その他には何もこの地には目に映るものがなかった。

 ここは一体どこにあるのか。アリエルにもその場所を知る事はできないようになっている。都市や人々とはかけ離れた場所に、この施設は設けられている。あたかも何かの流刑地であるかのように。

 父から下された選択肢を、アリエルは選びとろうとしていた。彼についていくか、ついていかないかという事だ。ここ数日の間、アリエルはシャーリ達に捕まり、初めて出会った父と巡り合った。

 そして父の記憶から真実を聞かされる事になった。

 それはこの世界を取り巻いている真実であり、父の真実だった。

 自分の知らない場所で起こっていた、その様々な真実に直面して、アリエルは、自分の決断に迷っていた。

 このまま平和な生活を続けていく。しかしそれが自分にとって本当に大切な事なのか。それとも父についていく事で、この世界に対して、何か影響を及ぼす事ができるのかどうか。

 そしてこのままこの場から逃げ出したとしても、母と会う事はできない。

 小一時間程度で席を外していた父は戻って来た。ロビーの窓に反射して父の顔が見える。彼はまた一度、何かを成し遂げたかのような表情をしていた。父の進めていた計画と言うものに進展があったのだろうか?

「あなたの言っていた事を、私は考えていた」

 アリエルは真っ先にそう言った。言葉通り、父に選択肢を与えられてからと言うもの、アリエルが考えていた事はそれしかなかった。

「そうか。私が与えた選択肢は決して簡単な道のりでは無いだろう。君にとって困難な道のりも待ち受けているかもしれない」

 父は静かにそう言ってくる。そしてアリエルの背後から、その大きな手のひらを優しくアリエルの肩へと乗せてきた。

「一つ約束して。私のお母さんとまた暮らせるようにと」

 アリエルはその父へとそのように言った。

「どの選択肢を選んだとしても、君を育てのお母さんと再会させるつもりでいたよ。そして産みの母親とも」

 父の言葉に新しいものを見つけた。アリエルは思わず父の方へと顔を上げた。背の高い彼はアリエルの背でさえ見上げるほどの身長がある。

「私の産みの母親?」

 アリエルにとっては意外な言葉だった。そんな言葉が父から出てくるとは。

 アリエルは物心ついた頃から、ミッシェルが自分の本当の母ではなく、産みの母親はとうに死んでしまったと聞かされていた。自分の出生については、ミッシェルによれば、孤児として預けられたものを育てられたと言う事だけ聞かされている。

 今まではそれで不自由をしなかったのだ。自分の産みの親の事など、探そうともしなかった。

「君の産みのお母さんも、この計画に関わって来ている。そして君が危険な事に巻き込まれているのだと誤解をしてしまっているらしい。君と会う事によって、その誤解も晴れていく事だろう。私はそう思っている」

 父のその言葉が意味する事は、更なる多くの謎が解けるという事でもあった。八方ふさがりになってしまっているアリエルにとっては、それは何としても手に入れたい事だった。

「私はあなた達と共にいく。でもそれは自分の意志であって、誰にも命令されたものではない事。それで構わない?」

 アリエルは父の方を振り向いてそのように言うのだった。

「もちろんだ。君がそう言うと思ってあるものを、きちんと無くさずに用意させておいた。君には私と共にある場所へと向かってもらう」

「それはどこ?」

「《イースト・ボルベルブイリ・シティ》。そこにシャーリ達も向かう事になっている。君にとっては少し働きづらい相手かもしれないが…」

 シャーリと共に働く。あのシャーリは自分の事を、ジュール人だというだけの理由で、恨んでいやしないかと、アリエルを思いとどまらせようとしてしまう。

「いえ、いいの。シャーリの事は、もう分かったから」

 アリエルはシャーリの事について、すでに受け止めるだけの覚悟ができていた。彼女が辿った境遇、そして彼女が血のつながった異母姉妹だという事も理解した。

 シャーリも父の為に行動する必要があるのだろう。

「そうか、シャーリの事も理解してもらって助かる。それでは、早速向かうとしよう。我々の家族が待っている」

 ベロボグはそのように言い、アリエルを先導しようとした。

「そしてその前に、君は着替えていきなさい。その格好では何かと不自由するだろう」

 父はアリエルを気遣うのだった。

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国会議事堂地下

 

 《ボルベルブイリ》の地下にいるシャーリは、部下から寄せられる連絡を刻一刻と受けていた。

(彼らは、どこにも寄らず、まっすぐ標的のビルへと向かっています。今の所は順調だ)

 部下からの連絡が入る。その言葉にとりあえずシャーリは満足した。

 そしてシャーリはもう一つ、自分の前に展開する光学画面へと目をやった。その画面では、正に今、『ジュール連邦』の総書記であるヤーノフが、絞首刑へとかけられようとしていた。

 自らの執務室に設置された簡易的な絞首刑台を使い、彼は吊るされようとしている。

 その時間まではもう間も無かった。全世界にネットワークを介して中継されている画面の向こうでは、この処刑を待っている者達もいる。

 ヤーノフは実際のところ、西側諸国のみならず東側諸国内部、そして第三世界においても、独裁者として知られている男だった。だからこの処刑を望んでいる者達も多いはずだ。

 ヤーノフが処刑され、『ジュール連邦』がこの戦争と共に解体すれば。そのように思っている連中も少なくないだろう。

 そしてシャーリ達もその一員である事は、隠しようもなかった。

 できる事ならばシャーリは自ら、このヤーノフを処刑にかけてやりたかったが、そういうわけにもいかない。自分にはお父様に与えられた大切な任務があるのだ。

 全世界が東側の支配者が処刑されているのを目の当たりにしている中に、シャーリ達は動かなければならない。お父様からの大切な任務が残されている。

「シャーリ様。そろそろ出ないと」

 同じ部屋にいる部下が言って来た。時計を見ると、処刑の時間まで残り30分を切っている。これだけ時間があれば十分だろう。

 十分にこの場所から脱出する事ができ、混乱の中をあの場所へと目指す事ができる。

「レーシー。さっさと行くわよ」

 シャーリはレーシーに向かってそのように呼びかける。もうこの国会議事堂には用事は無い。世間が混乱している間にさっさと脱出してしまい、あの場所を目指す必要がある。

 この国会議事堂の占拠は大胆な行動だったが、次の任務には慎重な行動が伴う。

「分かったよ」

 レーシーはそのように言い、座っていたソファーから降り立った。

 シャーリはショットガンを片手にどんどん歩いていく。そして部下達の姿を一瞥した。この国会議事堂の地下に突入した部下達は、ほとんどが、この場に残り、ヤーノフの処刑を取り行う重大な任務を遂行する。

 シャーリ達は外へと出て、重要な任務をこなさなければならない。それはお父様から与えられた重大な任務だ。

 相変わらず照明が落ちている地下シェルターの曲がりくねった道をシャーリ達は歩いていく。この丸一日間、暗がりにいたせいもあって、もはやその暗い視界には慣れ切っていた。

 シェルターの奥の奥の部屋には食糧倉庫があり、シャーリ達はそこの壁の一つに穴を開けていた。

 政府内部に協力者がいたからこそ、こんな大胆な作戦を遂行する事ができた。食糧倉庫から一番近い地下水道でも10m以上は離れているが、そこまで穴をあける準備はすでにできていたのだ。

 後は強力な指向性爆弾で壁を吹き飛ばせば、中へと突入する事ができた。シャーリ達は今度は数名の部下を連れて、その開けた穴を外へと出ていくのだった。

 《ボルベルブイリ》の地下を走る下水道は何回もの改築をされていて、現在では図面も残っていないような地下水路がある。ジュール連邦軍の連中にとっては知りようも無いような場所まで道が伸びている。

 彼らは、ヤーノフがお父様の組織の最終目標だと思い込んでいる。だからその直前になって脱出しようとしているシャーリ達の存在には気づいていないだろう。

「またここを通るの?お洋服が汚れちゃう」

 レーシーは緊張感も無い子供の様な態度でそう言って来た。実際、彼女は子供だ。今、自分達がしている事が、どれだけの事をしているかは、はっきりと分かっていないんだろう。

「静かにしていなさいよ、レーシー」

 下水道のトンネルの中は声が響く。シャーリはレーシーを制止しながら、下水道の中を進んでいく。

 お父様はいつでも見守ってくれている。だから今度の作戦も成功するに違いない。そう思いつつも、シャーリは携帯端末を取り出し、ヤーノフの処刑の様子の中継をチェックした。

 処刑までの時間は20分ほどしかない。全世界が注目している間に、次の行動をしなければならない。

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《イースト・ボルベルブイリ・シティ》 シリコン・テクニックス

 

 リー達は《イースト・ボルベルブイリ・シティ》へとやって来ていた。そこは高層ビルが立ち並ぶ『ジュール連邦』の中でも特別な場所だ。東側諸国のどこを見回しても、ここまで発達した街は無いだろう。

 だが、現『ジュール連邦』政権が急速に推し進めた経済政策によって、一部の他国からの企業が参入し、オフィスビル街が形成される事になったのだ。

 今はこのビル街もひっそりと静まり返っている。戦争が始まり、首都内に戒厳令が敷かれているため、一般市民は外に出る事さえ許されていない。このオフィスビル街でのビジネスも停止し、まるでゴーストタウンの有様だった。

 所々、戦車が行きかっている。リー達はその戦車の検問に出くわすたびに、『ジュール連邦』政府から招かれたものであると言う許可証を見せなければならなかった。サバティーニ議員から渡された許可証が役に立つ。

 軍の警戒態勢は厳しく、兵士達はしかめ顔をして、リー達の許可証を見て疑ってくるが、政府の最高機関は軍をも上回り、彼らもリー達を通すしかなかった。

「ヤーノフの奴が処刑されようとしているぜ」

 何度も車を止められながら、リー達は、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》を進んでいく。5ブロックほどの区画しか無いこの街だが、警戒態勢が厳しくて、リー達が進むのはやっとだった。

「ああ、分かっている」

 リーはそのように答えながら車を運転した。

「こんな時に、ベロボグは俺達に何をやらせたいのか、このビルに、ヤーノフの処刑に紛れて手に入れたいものでもあるのか?」

 タカフミはそう言うのだが、リーは運転か何かに集中している。

「さあな」

「ヤーノフが処刑されれば、この国はガタガタだ。国会議事堂も占拠されたままだし、政府が立ち直るかどうかも分からん。戦争も相まって、解体される事になるかもしれない。そうなると…」

 タカフミが喋っている中、目当てのビルが正面に見えてきた。テロリスト達から渡された端末にも、目の前のビルが目的地だと示されている。

「『WNUA』がこの国を掌握するのは分かっている。それだけではなく、影響下に置かれている東側の国全てが、『WNUA』のものとなる」

 リーは淡々と答えた。

「そして、内戦はしばらく続くだろうな。世界中が混乱する。悪い方向に移っていかなきゃああいいが」

「いや、問題は、ベロボグがどう出るかだ。奴はヤーノフを処刑して、わざわざこの国を『WNUA』に渡したりはしないはずだ。ヤーノフの処刑は隠れ蓑であって、私達にさせる事がある。それが真の目的なのだろう」

 リーはハンドルを握る力を強め、車を前進させ、やがて通りの突き当りにあるビルの目の前で止めた。

「革命家を気取る男の、クーデターってところか。そんな事が起これば、もっと世界は混乱するだろうよ」

 タカフミはそう言いつつ車を降りる。ひんやりと寒い、『ジュール連邦』の空気が、人がいなくなったビル街のせいか、余計に肌寒く感じられた。

「しばらくは、ベロボグの手の上で踊ってやる。見張りもついている事だし、奴の目的が分かる。それに、俺達が組織の人間だと言う事を、ベロボグ達はまだ知らない」

 そう言いつつ、リーとタカフミは足早に目の前のビル、先端情報技術企業であるシリコン・テクニックスへと続く正面玄関へとかけていった。

 

「あのビルに何があるのよ?」

 セリア達は検問や戦車をフェイリンの能力で避けながら移動していたから、リー達よりもだいぶ遅れてしまっている。だがフェイリンの能力はリー達を逃さず、確実に追跡を続けている。

 例え、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》の高いビルに囲まれてもそれは変わらなかった。フェイリンの目はどんなものをも透過してものを見る事ができる。

「さあ、分かんない。ビルの中は見た所、がらがらだし、普通のオフィスビルになっているようにしか見えないけれども…」

 フェイリンはそのように言う。

 また戦車が迫って来たので、セリア達を乗せた車は、戦車から見られない通りへと移動しなければならなかった。

 また遠回りになる。じりじりと迫ってはいるが、なかなかリーの元に辿りつけないために、セリアはだんだんと苛立ってきていた。

「この国の独裁者が処刑されようとしているってのに、あの男はこんな所で一体何をしているのかしら?組織って奴の命令で動いていると思う?」

 そのようにセリアは尋ねてくるのだが、フェイリンにも答えが分かるはずが無かった。彼女はただ透視してものを見て、車を先に進ませる事しかできない。

「さあそれは、あの人に直接聞いてみれば分かる事だけれども…」

「今は、ただ黙って近づくしかないというわけね」

 セリアはそう言いながら、高層ビル街と化した《ボルベルブイリ》の街を見つめることしかできなかった。

 

 一方、時間は遡り、1時間ほど前、《ボルベルブイリ》から50kmほど離れた北の荒野地帯にある、ベロボグが建てた施設からは、アリエルが動こうとしていた。

 彼女は再びその身をライダースジャケットに包んでいた。前に着ていたものとは違う。あれは薄汚れてしまい、しかも所々が損傷してしまっていた。しかしながら父が用意してくれたのは、更に上質なライダースジャケットだった。

 黒光りをする姿をしているのは変わらないが、所々のデザインが変わっているのと、生地が上質になっていて動きやすくなっているという事が分かる。

 わざわざ父が用意してくれたライダースジャケットに身を包み、アリエルは何とも言えないような感覚に襲われていた。これは感謝の気持ちと思って良いのだろうか。

 しかし、素直にそれに納得する事はできない。本当にあの父と名乗る男に感謝をしてしまって良いのか、アリエルは迷う。

 だがアリエルはエンジンをふかした。そしてアクセルを踏んで、施設の駐車場からバイクを走らさせていく。

 父の行って来た事には、何か目的があるはずだった。母親を連れ去ったのも、自分の命を救うためだと言っていたし、事が終わったら、母には合わせてくれるとも言ってくれた。

 そして父の言う言葉には説得力がある。自分でも知らない内に、彼の言っている言葉に引き込まれ、信用するにたるものとなっている。

 それは不思議なものだった。父はこの世界を変えると言っていたが、それを実現するだけのものがあるのかもしれない。

 アリエルはバイクを走らせながら、バイクの内蔵メモリーにインプットされていた、目的地の地図を展開させた。

 3Dマップでアリエルが被っているヘルメットの中に展開していくマップは、《ボルベリブイリ》の町のあるポイントを示している。

 《イースト・ボルベルブイリ・シティ》は企業街だから、アリエルもあまり行った事はない。ただ高層ビルが建ちならんでいる所だという事だけは分かっている。

 そして企業街の中でも一つのビル、シリコン・テクニックスの建物にポイントが合わさっている。そこに行けばシャーリに出会う事が出来、父にはシャーリの手伝いをして欲しいと言われていたが、そこで何があるのだろうか。

 アリエルには深まる謎ばかりだったが、父を手伝う事しか、今のアリエルにはする事ができない。養母に会う事ができる一番の近道はそこしかないように思えた。

 そして、父の言っていた、アリエルの本当の母親とは何だろうか?アリエルは今まで、自分の実の母親の事は意識しないで生きてきた。そんな母親に合わせてくれるとは、父の真意は一体何なのだろうか?

 だが、《イースト・ボルベルブイリ・シティ》に行けば、全てが分かるのだろうか?

 今のアリエルにはただ、バイクを目的地に走らせる事しか、する事が無かった。

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国会議事堂 地下シェルター

 

 国会議事堂の地下シェルターでは、『ジュール連邦』の総書記である男が、今正に処刑されているところだった。

 彼は椅子の台に乗せられ、そしてすでに首に縄がかかっていた。

 覆面をしたテロリストの男によって自動小銃を突きつけられているヤーノフ。そして声明文を読み上げているのは別の場所にいるベロボグ・チェルノだった。全世界にその薄暗い地下室は映し出され、画面に合成される形で、ベロボグの姿は映し出されている。

 ヤーノフは事もあろうか、自分の執務室で処刑される事になっていたのだ。彼の罪を読みあげた声明文はすでに終盤にまで差し掛かって来ていた。

 ベロボグは別の場所でこの有様を見て、あたかもヤーノフの持っていた権力を自分が持ち替えたかのように堂々とした姿を見せていた。

「…、お前がした罪は以上だ。何か言い残す事はあるか?」

 そのようにベロボグが尋ねた。あたかも彼もその場にいるかのように、リアルタイムの中継が処刑を演出している。

ヤーノフは首に縄をかけられたまま、じっとカメラが向いている方を見つめた。そして一言言うのだった。

「私がした事は間違っていない。世界中の者達がそれを分かっている」

「そうか」

 ベロボグはここにいないにも関わらず、そのように言った。そして、部下の方を見て軽くうなずいた。それが合図だったようだ。

 そのやり方は乱暴だったが、ヤーノフは苦しまなかった。彼の体は宙づりになり、縄がきしむ音は部屋に響き渡り、その有様はネットワークによって中継されていく。

 経った今、全世界でこの光景が皆の眼に焼き付いた。

 ヤーノフは処刑された。東側の世界の最高権力者も、ただの人間でしかなかった。

 首つり状態になる事によって、彼の肉体は生を失い、同時に権力さえも奪い取った。

 

 ベロボグはその有様を、全く別の所で見ていた。

 薄暗い部屋の中で演説の姿をしたまま、ネットに中継していた。ヤーノフは独裁者だったとはいえ、彼を処刑する事には礼儀と言うものが必要だと彼は感じていた。

 その礼儀のためにも、ベロボグは全世界に死刑執行人である自分の姿は映していた。ヤーノフも、自分の権力を奪い取る人間は誰なのか、きちんと見せておいたはずだ。

 それが直接であるか、それとも、ネットワーク回線を介してかの差だけである。時代の進歩によって、より現実に迫る形で、二つの空間を回線で繋ぎ、あたかもベロボグが手を下したかのように、ヤーノフを処刑する事ができた。

 ヤーノフと言う存在は、これで始末する事ができた。『ジュール連邦』は国会議事堂も占拠され、国力はガタガタになる。

 これに乗じて、『WNUA』が攻め込むのは明らかだ。

 世界中がネットワークを利用して注目するだろう。しかしベロボグの目的はそこにはない。

 必要になってくるものは、灯台の下に隠してある。あれを回収するためには、世界中の眼をそむけておく必要があったのだ。

 そして、どうやら現状を考えると、自分も動かなければならないようだ。実際に物事を動かしていくのは、アリエルやシャーリ達かもしれないが、組織の介入もあった以上、現地で物事を監視しておく必要がある。

 どうやら行かなければならないようだ。《イースト・ボルベルブイリ・シティ》へ。

説明
国会議事堂を占拠したテロリスト達。彼らは、『レッド・メモリアル』なる生体コンピュータを求め、リー達と抗争を繰り広げることになります。更に『ジュール連邦』の総書記の処刑さえも行おうとするテロリスト達。
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