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 羽瀬川小鷹の所属する『隣人部』には常時行うような活動がない。

 そもそも出来て1ヶ月にも満たない出来立ての部であることもあるが、基本的に良くも悪くも活動に対して積極的なのは三日月夜空ぐらいなのだ。

 『友達を作る、あるいはできた後に円滑な付き合いができるように』という目的地も着地点も行方不明なままのこの部。当然のように部員に社交的な人間がいるわけもなく、夜空がいない日になれば他部員2名は各々勝手なことをして時間を潰す。

 それでも早々に帰らないのは、なんだかんだで学校内に自分の居場所のようなものができた一種の優越感の所為なのかもしれない。

 

 隣人部部室『談話室4』の中心に鎮座するソファの上で、小鷹はPSPをしていた。

 妹から借りたものだが、本体のカラーは男が持っていてもさして違和感のないブラックで非情に助かっている。妹が好きな色、というより妹が生み出した痛々しいキャラクターの好む色であることを除けばだが。

 プレイしているのは唯一所持するソフト、『モンスター狩人ポータブル』

 多人数協力プレイ推奨で難易度が設定されているゲームだが、それでも何度も倒されていくうちに立ち回りは覚えていった。

 経験値は確実にプレイしている本人にもたまっていく。

 そうして『ひとりでアクションゲームをする際の効果的な動き方』という経験値を着実に稼いだ一端のハンターが出来上がるわけだが。これが良いのか悪いのかについては思考を放棄している。多分そっちのほうが傷つかずに済むだろうから。

 今ではプレイキャラクターより何十倍もの巨躯を誇るモンスターどもを狩って装備充実してきていた。

 今度の相手は四速歩行の雷獣。

 ここは多少防御を捨ててでも属性耐性を付けたほうが無難だろうか。

 

「さっきから何百面相してるのよ。キモい」

 

 ……酷いいいようだ。

 先ほどまで据え置きのゲーム機でギャルゲーをしていたはずの星奈がこちらに顔を向けていた。

 隣人部の参加条件を満たす友達ゼロ人の女子。

 確かにちょうど使えそうな素材を確保してにやけていたかもしれないが、あんまりではないだろうか。

 自分は百面相どころか「やっぱりケーキはイチゴショートよね」だの「うん、ボブカットも似合ってるよ」だの、挙句の果てには「だって私たち友達じゃない!」と叫んだくせに。

 部室内には鼻にかかった声で歌声が響き、テレビ画面ではアルバムを模したグラフィックが写っている。左ページに蒼い髪の美少女のCG、右のページにスタッフロール。どうやらエンディングを迎えているらしい。

 

「っていうかまだ『モン狩』なんてしてんの?」

「俺の勝手だろ?」

 

 いつぞやの部内モン狩協力プレイを思い出したのか、星奈の表情は不愉快気に歪んだ。

 不躾に画面を覗き込んでくるものだから画面が翳ってしまいうっとうしいことこの上ない。

 ちらりと目線だけ上げると、思いのほか近い彼女との距離に少し喉が詰まった。

 綺麗な顔立ちにもかかわらず、出てくる感想が『もったいない』という段階で、目の前の美少女の内面の残念さを嘆かずにはいられない。

 黙っていれば可愛い、という点が星奈と彼女の仇敵の唯一の共通点だ

 

「やっぱりダっサいわね」

 

 見定めるような蒼い瞳が、鍛冶ハンマーを振るう分身を見ていた。

 ランクは昨日3になったばかりで2日で最高ランクまで上り詰めた星奈とは比べるべくもない。

 引き気味のカメラワークでもわかる金の長髪が槌の動きに合わせて乱れている。

 このキャラメイクについても部内でも散々にこき下ろされている。だから星奈に見せたくなかったという気持ちもあった。

 

「ほっとけ。俺は結構気に入ってるんだよ」

「そうじゃなくて、名前よ名前」

「は? 名前?」

 

 そういえば名前についてもなんだかいってたな。

 正直ゲームに実名を書いて感情移入することを好むタイプではない自分からすると、あれぐらいが妥当なあたりだと思うのだが。

 自分大好きな星奈に通用するはずもない理屈だ。

 

「『ホーク』なんてやっぱりチープでクサい感じ」

「英訳がチープになるなら夜空だって『NIGHT』だっただろ」

「あの女狐はどうでも良いわよ」

 

 夜空の名前を出した途端、憮然として顔を背ける。

 まぁ怨敵の名前など確かにどうでもいいだろうし、もっといえばどんな名前だろうが憎悪の対象なのだろう。

 

「だったらどんなのがいいんだよ」

「別に難しく考えなくたっていいでしょ。丸まんま名前じゃなくても、親しくあだ名で呼べるような」

 

 星奈がうんうん唸り声を上げている隙に、防具が完成した。

 多少動きが遅くなってしまうが、大型のモンスター相手ならなんとかなるだろう。

 装備したときの見栄えも悪くない。

 

 

「そうねぇ、『タカ』とか!」

 

 

 防具の性能を確認していた指が止まる。

 

「……いいじゃない、『タカ』!

 やっぱあたしって天才ね。たちどころに姓名判断師にでもなれちゃう」

 

 耳に響く2文字が、どこか遠くで鳴っていた。

 星奈の声ではなく、もっと幼い丸い声で。

 

「ねぇ小鷹、あんたの登録ネーム『タカ』に変えなさいよ。確か村で出来たはずでしょ?」

 

 興奮している星奈の声は、小鷹の体をすり抜けてった。

 意識は過去の断片に飛んでいた。

 埃っぽい砂の匂いと、夕暮れの差した小さな遊具が褪せた色彩の中で浮かんでいる。

 逆光の中で、少年が笑いながら手を差し伸べている。

 ひどく、懐かしい光景だった。

 

「小鷹?」

 

 耳に痛いトーンから伺いたてるような声の落差で意識が戻ってきた。

 キョトンとした星奈の大きな目に目つきの悪い男が映りこんでいる。

 

「いや、やっぱダメだ」

「えー、なんでよ!」

「なんでもだ。気に入ってんの。キャラも名前も」

 

 紋切り口調で言い切り、反論する星奈を無視する。

 正直、名前もキャラもそこまで愛着があるわけではない。

 キャラクターメイクは初期に決めてから変えられないが、星奈のいうとおり、名前は簡単に変えられる。

 それでも、変えたくなかった。

 例えば星奈が提案する名前がまた違ったら、この場を治めるために変えたかもしれない。

 けどどうしても、『タカ』はダメだった。

 その呼び名は、特別なものだから。

 

「……わかったわよ」

 

 承諾の声を垂らす星奈だが、明らかに気分を害している。

 白けちゃったとPSの電源を落として、星奈はさっさと帰っていってしまった。

 いつも少しは気に病むそんなことも、どうでもよくなっていた。

 画面の中で雷獣が猛る。標的を画面の中心に捉えて動き回るそれも惰性だった。

 

 誰かが『タカ』と呼んでいる。

 少し鼻にかかった高い声は、今でも鮮明に思い出すことができた。

 そのあだ名で自分を呼ぶ奴はひとりしかいない。

 幸か不幸か、それ以来あだ名で呼ばれることなんてなかったし、自分からもそんなこと決していわなかった。

 十年前の記憶は昔と変わらず、いや昔以上に輝きを放っている。

 だからいえなかったのかもしれない。その呼び名が本当に『ありふれたものだ』と暴かれることが怖くて。

 

 

『あだ名は友達同士で使うものだからな』

 

 

 黒くたなびく髪と憂いに翳る表情。

 誰かの言葉を思い出す。ほんの最近、聞いた。

 その意味が、少しだけわかったかもしれない。

 

 画面の中の狩人『ホーク』はいつの間にか立ち止まり、雷獣の爪によって昏倒した。

 それも気にも留めずに、小鷹はぼんやりと小さな画面を眺めていた。

説明
ネタ考案時の読了巻数1巻
「僕は友達が少ない」の二次創作ssです

あだ名について、小鷹side


あと地味にあだ名で呼ばれて嬉しくて、自分も人をあだ名で呼びたかった星奈。そんなお話
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タグ
僕は友達が少ない はがない 羽瀬川小鷹 柏崎星奈 

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