君に名を告ぐ ――little bird――
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「小鳥……」

 

 手を伸ばしてみても、届く訳がない。外と中、隔絶された世界。彼女は外、わたしは中の存在なの。小鳥は舞って行ってしまう。

 わたしはまた、一人。

 一人。

 ううん、ずっとだったね。

 どうして出れないんだろ。わからない、わからないよ。わたしはなんでここにいるの? わたしはなんでここから出られないの?

 

 扉のない小さな部屋、それだけがわたしに許された中。

 

「わたしは、なんなんだろ……」

 

 ここにずっといるだけ。一人で。なんのために?

 自分の寄る辺さえない孤独。小鳥はなぜ飛び立てたのだろう。枝という足場があったのに。

 

 わからない。わからないから、考えた。時間だけはたっぷりあるから。

 

 

 

 自由に動けないこと。それを、どれだけ考えてたんだろう。でも、わかった。これが、答え。今を変える理由。

 

「わたしも、変われる?」

 

 手掛かりを探して空っぽの中を探しまわる。

 探して、探して、探して……そして、見つけた。

 

「名前」

 

 わたしは、誰だったっけ。ずっと一人で忘れてしまっていたけれど。そうだ、私の名前は。

 

 ふいに扉が開く。見ると、甲冑に身を包んだ姿があった。その手には大きな槍が握られている。

「お迎えにまいりました、姫君」

 外に繋がる扉の前、彼は手を差し出してくる。私はそれに手を重ね、もう一人ではなくなったのだと改めて知った。知ってもらいたい、認めてもらいたい。私が、ここにいるということ。だから、名前を。

 

「私の名前は――」

 

 

 

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 そこは、全てが白く霞んでいた。湯気が分厚く立ちこめたような鈍い白の世界。その中に、ちいさくぽつんと、円形の空間があった。その空間だけは霞みが一切なく、代わりとばかりに沢山のモニターが浮かんでいた。古めかしいブラウン管製のものから紙一枚くらいの薄さしかないものまで種類は豊富であったが、とにかくすべてがモニターであった。

 今、モニターはその中の一つだけが映像を流していた。金属製のフレームに映っているのは、夕日の中真っ赤に染まっている画面だった。少女が一人、その画面をみつめている。目を逸らさずにいた少女の目から、一粒の涙が零れ落ちた。

「なんで、こんな……」

 少女は小さく呟いた。呟いた、と言ってもそれが音として発せられたわけではない。思えば伝わる、そんな意思伝達手段。それを隣にいる青年に行ったのだ。

「どうしたんだい?」

 柔らかい声で青年がそれに応える。少女はやはり画面から目を逸らさずにいた。

「なんでこんな結末なんでしょう。彼女は、自分を取り戻せたのに」

 ただただ言葉だけが紡がれる。少女は画面の中の出来事を受け入れたく無かったのだ。少女はずっと見ていた。画面の向こうで気が遠くなるような時間をかけて自分というものを必死で探す姿を。

「本当に取り戻せたのかな? 彼女が見つけたのは名前だけだ。それだけで何が分かるんだろうね。それがスイッチになって全てを知ることができていたのだとしても、僕達にそれを知る術は無い」

 それをわかっていて、青年は彼女に優しい言葉を一切かけない。彼が語るのはいつも可能性だ。少女はそれをわかっている。平常。それに少女は安堵していた。いつもならすぐに切られてしまうモニターの電源が未だ切られていないというだけで、彼が少女のことを慮ってくれているのはわかるのだ。それ以上は、逆に困るだけでしかない。少女は流れた涙を拭う。そして、一つ大きく深呼吸をすると彼に一つ問いかけた。

「そもそも、なぜ彼女は閉じ込められていたんでしょう」

「籠に小鳥を閉じ込めるのに、そんな特別な理由が必要かい?」

「彼らにとって、彼女が小鳥だったとでも?」

「どんな小鳥だったかはわからないけれどね。その辺りでよく見かける小鳥だったかもしれないし、美しく鳴く小鳥だったかもしれない。見目麗しい小鳥だったかもしれないし、ひょっとしたら特別な力を持った小鳥だったかもしれない。それこそ、持つ者に幸せを運ぶような、ね。いずれにせよ、あんなものに閉じ込めていたんだ。何か意味はあったんだろう」

 小鳥。彼が明確に答えを示したのはその概念だけだった。少女にはわからない。人を小鳥と表す理由が。何もかもを奪って、閉じ込めておく理由が。少女は改めて青年があんなものと表したものを見る。少女を閉じ込めていたそれは、鉄で作られた巨大な鳥かごそのものだった。

「それなら、なぜあんなことになったんですか?」

 少女には強く手を握りしめる。画面の中の世界。そこは薄暗い赤で染まっていた。鉄による包囲が生々しく、赤の中でそこだけが黒い。赤と黒。そのコントラストは幸せとは程遠そうだった。

「それを望まない人だっているってことさ」

 青年はただそれだけを答える。それ以上を語る必要は無いと彼は思っているようだった。

「妬み、ですか……?」

「それも考えられるね」

 少女が尋ねると彼はそれを肯定しはするがそれだけだった。少女は、青年がいつも物語の断片からいくつもの推論を立てることを知っている。ただ、今日はそれを語るつもりはないだろうと感じ、それ以上は踏み込まなかった。

「……いっそ、特別は特別でも不幸をもたらす特別の方が納得がいきます」

 納得がいかない、ただそれだけを思い画面の理不尽に自分なりの納得を見つける。青年はそんな少女を見て、ほんの少し頬を緩めた。

「そうだね」

 だが、ただそれだけを伝えそして少女を振り向かせる。それ以上、向き合っている必要は無いのだと言うように。

「……せっかく、取り戻せたのに」

 少女は抵抗せずそれを受け入れると、最後に一言だけ画面に映る少女に想いを寄せた。青年は、そんな少女に優しく、だが残酷な内容を伝える。

「一つ言えることはね、籠の鳥は籠から出たら生きていけない、ということだよ」

 少女はそれを聞いてある種の納得を覚えた。そして、モニターに背を向けその場を後にする。残った青年は最後にと赤で染まったモニターを一瞥する。そこには赤い血を胸から流す、息を引き取った少女が映っていた。

 

説明
名前ってなんなんだろう、という話第二段です。もっと早く上げる予定だったんですが、なんでこんなに間があいたんでしょうね。前回は330611 です。短編連作なので、こちらから読んでも問題なく楽しめます。
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