鞍馬天狗と紅い下駄 そのはち |
二十二「いまりとチラシ」
貧乏学生の僕は新聞を取っていない。
新聞を取る金銭的な余裕もなければ、読んでいる余裕もない。そもそも新聞なんてテレビ欄を見るだけにしか利用のしようがないのだ。そして、テレビ欄を確認するなんてのは、最近じゃ携帯電話が一つあれば解決してしまうことだ。
なのでその日、試読みの新聞が僕の部屋に投かんされていたなんてことは、まったくもって予想外であり、その新聞に挟まれていたチラシをたまたま見たいまりが、おでかけしようと言いだすのも、まるっきり予想外の出来事だった。
「お兄ちゃん、これ見て、ねぇ、これ。えきまえのジャシュコで、ぷりきゅあショーやるんだって。きゅあさんしゃいんもくるんだって!!」
「へー、そうなの。けどいまり、その日はちょっとお兄ちゃんセンパイと約束があってさ。悪いけれど、ジャスコに行くのはちょっと無理かなぁ……」
「えーっ、あっちゃんなんてどうでもいいよ!! ぷりきゅあ見に行こう!!」
いまりにとってはセンパイはどうでも良い存在かもしれないが、僕にとってはそうでもない。あれで結構根に持つところのあるセンパイは、約束をすっぽかしたりすると、地味な嫌がらせをしてくる。それはそう、例えば、真夜中に電話をかけてくるだとか、授業中に五分おきにメールを送信してくるだとか、そういうとてもうっとおしいのを。
なので、僕としてはセンパイとの約束を破るという事は、とても考えられなかったのだが、強情ないまりのことだ、うんというまできっと引き下がらないだろう。
センパイにジャスコに寄って貰えるように交渉してみるか。いや、目的地は隣の県にある廃病院、夜に活動することを考えると、とても朝のショーには間に合わない。
そしてなにより、この歳でプリキュアのショーを見に行くのは恥ずかしい。いい歳したお父さんならいざしらず、まだ子供もいない僕には、そんな所にのこのこと行って、周りの奥様から痛い視線を送られる度胸はない。
「ねぇ、ぷりきゅあ、ぷりきゅあ見に行こうよ、お兄ちゃん!!」
「そうは言ってもねぇ。こればっかりは」
言いかけて考え直す。そうだ何も僕が行かなくても良いんじゃないか。
幸いな事に、こういうことにうってつけな、プリキュアが好きで、いまりの世話も得意な女性が、俺の知り合いには居るじゃないか。
「いまり、やっぱりお兄ちゃんは一緒に行けないよ。だから、プリキュアは、六崎と一緒に見に行ってくれないかな?」
「かーちゃんと? べつに、それでもいまりはかまわないけど。ほんもののぷりきゅあが来るんだよ。おにいちゃん、あとでこうかいしても、知らないからね?」
二十三、「おかおねえちゃんといまり」
産んだことはないけれど、子供の世話は昔から好きだった。
きっとあんなろくでもない環境で育ったからだろう。昔から人の世話をするのが、とりわけ、子供や動物の様な、か弱い生き物の世話をするのが得意だった。
そんなだから姐御姐御と慕われて、気付けば違う意味で高嶺の花。結婚適齢期もとうの昔に過ぎ去って、可愛がっていた妹分たちがすっかりといい男を捕まえて結婚するなかお嫁に行き遅れてしまった。
もちろん、良い男が居たら結婚も考えるのだけれど、不幸にもそんな男は現れない。現れても歳が離れすぎていて、こんなおばちゃんを嫁に貰ってくれとは、中々に言い出せないのが実情だ。
どこかに良い具合に歳が近くって、それなりに生活力のある男はいないだろうか。
とりあえず、スーパーの屋上で幼女たちに交じって、プリキュアショーを見ている男なんてのはノーサンキューだが。
「はぁ、日曜日の朝から子供って元気ねぇ。アタシなんか、明日が月曜ってだけでもう気分はブルーだっていうのに。あぁ、月曜日が、仕事が、襲ってくるよぉ」
「おーかねーちゃん、おしごとしてないでしょー。いっつもいえでごろごろして、ぱちんこばっかり行ってるのに、なんでげつようびがおそってくるの?」
「そういうのと関係なくね、月曜日は襲っているのよ」
よく分かんないという顔をするいまりちゃん。可愛らしく、時に小憎たらしい彼女は私が管理しているアパートの住居者の妹、という事になっている河童娘だ。
河童だなんて何を馬鹿なと思うかもしれない。しかしながら、彼女が何もない所から水を出したり、きゅうりを馬鹿みたいに食べたり、頭に皿を乗せると大人になったりするのを目撃すれば、嫌でも信じるようになる。
とはいえ、妖怪ながらにそれなりに物事の分別を心得ている、とても良い子。仲良くなったこともあり、彼の兄という事になっている橋谷くんは大学生ということで、家を留守にする間、よく私が面倒を見てあげたりしているのだった。
休日なんかは、橋谷くんが甲斐甲斐しく面倒を見るのだが、今日はどうにも外せない用事があるということで、頼まれて彼女の世話を引き受けることになった。
なんでも、近くのジャスコにショーを見に行きたいとのことだったのだが。
「まさか、プリキュアショーだったとは」
いい歳して、こんな所に来て恥ずかしい。と、思わず顔が赤らんでしまう。本当に子供が居れば、こんなに恥ずかしいと感じることもないのかもしれないが、産んでないものは産んでないのだから仕方ない。私は、いろんな思いを込めてため息を吐いた。
二十四「ハードキャッチおーかねーちゃん」
「プリキュアねぇ。私が子供の頃はアッコちゃんだとか、サリーちゃんだなんて地味な感じの女の子が主人公だったけど、最近の主人公は派手なのね」
「いまり知ってるよ。アッコちゃんはね、げーのーかいのおんなばんちょうなんだよ」
「それは和田のアッコちゃんね。まぁ、今どきの子なら知らなくて当たり前よね」
フリフリの服を着て着ぐるみの化物と戦う可憐なプラスチックの顔をしたプリキュアたち。大人の目で見ると相当に不気味な光景なのだが、そこは純粋な子供たち、素直にプリキュア頑張れと声を張り上げて応援している。
かくいう私の隣に座っているいまりちゃんも、握りこぶしを作ってがんばれがんばれと舞台に向かって大声で叫んでいた。
子供ってのは疑う事を知らないんだから。私はあの美少女仮面の中に入って居るアクターが、実は男なんじゃないかと気が気でならないというのに。
「ほら、おーかねーちゃんもおうえんして!! ぷりきゅあ、まけちゃうでしょ!!」
「大丈夫よぉ。私一人が応援しなくってもぉ、これだけいっぱい応援している人が居たら、きっとプリキュアさんたちも勝てるわよ」
というか、勝てなかったら子供の夢ぶち壊しも良い所だろう。仮面ライダーだって、ゴレンジャーだって、なんだかんだで結局勝つのだから。
あぁ、こんな事を考えるようになるから、大人は素直にショーを楽しめなくなってしまうのだろうな。なんて思った時だ。
「あれー、皆、声が小さいぞ? そんなんじゃ、プリキュアの皆が負けちゃうよ!! はい、もっと大きな声で、プリキュア頑張れーっ!!」
「うわぁ、女の子向けのショーででもやるのねぇ、この掛け声」
「おーかーねーちゃん!! ほらっ、しかいのおねえさんもいってるでしょ!! おねがいだからおねーちゃんもおうえんして!! ねっ、ねっ!!」
本当にこのままだとプリキュアが負けると思っているのか、必死な顔で私の腕を引くいまりちゃん。いまにも泣き出しそうなその顔を前に、しれっと無視することができるほど、私も酷い大人ではない。
まぁ、知り合いも居ない事だし、少し恥ずかしいけれどやってあげるか。
「しかたないなわねぇ。頑張れぇー、頑張れぇー、プーリキュアー」
「そんなてきとうなおうえんでかてるとおもってるの!! もっとリズムよく、こころをこめてやらないと、ぷりきゅあなめてるの!!」
真面目にやってと、頬を膨らませて怒るいまりちゃん。そのぷっくりと膨らんだ頬が妙に可愛らしくて、怒られているのにかかわらず、私は少し幸せな気分になった。
説明 | ||
河童幼女と暮らすほのぼの小説。短編なので気軽に読んでください。 pixivで連載していた前作「河童いまりと頭の皿」はこちら。⇒ http://www.pixiv.net/series.php?id=31613 |
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